5.復顔
「復顔法?」
ちょいとヤバそうなネタを掘り出したアーベントと俺は、ここまでに判った情報を殿様に報告すると同時に、復顔法を行なうかどうかの判断ってやつを仰ぐ事にした。……あぁ、復顔法ってなぁ、身許不明の頭骨に粘土などで肉付けしてやって、生前の面差しを復元しようとする方法の事だ。
「へぃ。死霊術の業で髑髏に仮初めの肉付けを施して、生前の面差しを再現しようって方法なんで。幸いこの一件では、ホトケさんの髪の色や肉付きなんかは或る程度判ってますからね、それなりのものができるたぁ思ってますが……」
「うむ……」
そもそも、ホトケさんの顔に見憶えがあるなんて言い出したなぁ殿様だしな。最終確認ってやつも殿様にしてもらうのが筋だろうぜ。
「……解った。素よりこちらが言い出した事だ。確認はするが……その……グロテスクな作業なのかね? だとしたら、妻子に見せるのは躊躇われるのだが……」
「いやぁ、骨に煙を纏わり付かせて肉付けするだけでやすからね。別にグロいってわけじゃ……あぁ、けど、髑髏自体が気味悪いっておっしゃるんなら、見ねぇ方が好いかもしれやせんね」
そう言うと殿様はしばらく考えてなさったが、
「……事と次第によっては一騒ぎ起きるかもしれん。念を入れるために、やはり妻と執事にも見てもらう事にしよう」
――って事に話が纏まって、骨を焼いた煙を髑髏に纏わり付かせて肉付けしたんだが……
「……あなた……」
「旦那様、これは……」
「うむ……」
――それを見た奥方様と執事の爺さんが顔色を変えた。殿様も険しい顔をしていなさる。
「確認するが……故人は毒を盛られたと言ったな? それが死因かね?」
「いえ、そうじゃねぇようで……」
俺はアーベントの方を振り向いた。このネタを掘り出してきたなぁアーベントのやつだから、説明もやつに任せるのが筋ってもんだ。……あぁ、態とらしく大袈裟に振り向いてやったともさ。
「……髪の毛や爪に残った痕跡からみて、故人は亡くなる二~三ヵ月ほど前に砒霜を摂取していたようです……本人の意向によるものかどうかは不明ですが。摂取の期間は凡そ一ヵ月ほどで、それ以降は摂取を中止したようです」
「二~三ヵ月ほど前というと……」
殿様が混乱してなさるようだから、ちょいとばかり説明する事にした。
「屍体があんな風になっちまうには、半年から一年はかかるって話ですからね。そこから更に二~三ヵ月前って事で」
「だったら……今から半年から一年ほど前……」
奥方様は青い顔で呟きなすったが、殿様は目配せして黙らせたみてぇだ。
「……手数をかけるが……他に判明した事をもう一度話してくれ。妻と執事にも聞かせたいのでね」
殿様のご要望なわけだから、俺たちはさっき報告した内容を繰り返した。
年齢は二十代の後半、肉体労働に従事していた痕跡は無い、乗馬の習慣も無かったらしい、左利きで、しかも矯正された様子は無い、子供の頃から軟らかい上等な食事を口にしていたらしい――なんて事をな。
……話すにつれて、奥方様と執事さんの顔色が悪くなっていったっけが。
「……解った。……この件はショックレー騎士爵家が預からせてもらう。少々面倒な話になるので、くれぐれも他言は無用に頼む」
「……俺もアーベントも上司に報告する義務がありやすんで、そのために一筆認めて戴けるんなら……」
「あぁ、承知した」
面倒事を殿様が引っ被って下さるってんなら、俺の方としちゃ万々歳だ。お貴族様同士の諍いになんか、首を突っ込んで堪るもんかよ。
・・・・・・・・
こっからは後になって師匠――死霊術の師匠な?――から聞いた話だ。
ショックレー騎士爵領の隣にノートリー伯爵家ってのがあって、そこの長男は生まれつき心臓に障害があるとかで、激しい運動はできなかったんだそうだ。医者からは長生きできねぇと言われてて、本人もそれは承知していたらしい。なので当人は田舎に引き籠もって、次男坊を跡取りに据えてたそうなんだが……その次男と父親が揃って事故死しちまったらしい。
だもんで、田舎で静養中の長男が、一時的に跡取りとなる羽目になったらしいんだが……この「長男」が贋者じゃねぇかって噂が流れてたらしい。暫く体調を崩していた後で、以前にまして達者になったってんでな。死んだ当主の弟とやらが何か画策してたって話だ。
――で、ショックレーの殿様が、俺たちが調べ上げた件を親族衆やらお偉方に持ち込んだ結果、改めて師匠が例のホトケさんの降霊をやったらしい。……あぁ、師匠くれぇになると、浄化された遺体にも降霊の術を使えるんだ。
降霊を執り行なうについちゃ当主の弟ってのが随分と抵抗したらしいが、何とかって大司教が押し通したらしい。師匠は元々教会の関係者だからな。
まぁ、そんなこんなで贋者の正体が曝かれて、弟ってやつぁ「病死」したらしい。伯爵家の跡は、娘さんが婿を取って継がせる事になったとよ。
〝……場の空気を読んで訊ねはせなんだが……どうも故人は気楽な生活を楽しんでおったようじゃな。お家乗っ取りを防げた以上、思い残す事は無いと言うておった。不正を曝いてくれたお主に、宜しく伝えてくれと言うておったがの〟
まぁ、こういうのも死霊術師の仕事なんだろうよ。
これにて今話は終幕です。