4.毒殺未遂?
見込みのありそうなところは大体確認したし、残るは復顔法ぐれぇかと思ってよ。その前にちょいと一休みしてたんだが……
「エルメント! ちょっと来てくれ!」
アーベントのやつが血相を変えて飛び込んで来やがった。……爪と髪を調べてたんじゃなかったのかよ?
「その髪と爪から、おかしなものが出たんだ!」
おぃおぃ……一体何が出て来たってんだよ。
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「砒霜ねぇ……確かにおかしなもんにゃ違ぇねぇですな」
「そうだろう。これが魔物の毒とか蛇毒とかいうならまだしも……」
「砒霜なんてもなぁ、おいそれと手に入るようなもんじゃねぇ。あのホトケさんが砒霜の毒に冒されたってんなら……」
「何者かに毒殺されかかった可能性が高い」
まぁ、確かにそういう事になるんだが……一応、他の可能性も考えとくか。
「ホトケさんが自分の意思で服んだのかもしれませんぜ? 毒に身体を慣らすために」
「そういう事があるのは知っているが、髪や爪に残る砒霜の量をみると、耐性を付けるためにしては些か多過ぎるようだ」
「適量を知らねぇで服んでたのを後になってから気付いて、泡喰って止めたってなぁどうですかね?」
「考えられなくはないが、未検証の仮定が多過ぎるとは思わんかね?」
「まぁ、そうですね」
説明はなるべく単純にしろ、やたらと仮定を立てるな……論証の基本だな。「オオカミの剃刀」っていったか。それに……
「その場合、故人は耐性を付けるために砒霜を服用していながら、ある時点を境に服用を中止した事になる」
「減らしたんじゃなくて……ですかぃ?」
「残留濃度から判断できる限りではね。……極端に低濃度にして、服用を続けた可能性はあるが……こっちは検証のしようが無いから、考えるだけ無駄だ」
……だよなぁ……
「他の可能性と言うなら……生活習慣の中で、故人も無自覚のうちに摂取していた可能性もあるが……」
「……生前に砒霜の産地に暫く滞在してて、気づかねぇうちに毒にやられた……てぇのはちょいと無理がありゃしませんかぃ?」
「そうすると残る可能性は――何者かに毒を盛られたという事になる」
「砒霜みてぇに手に入りにくい毒を敢えて使ったって事ぁ……直ぐにおっ死んでもらっちゃ困るって事でしょうね。けど……そこまで気を遣うにしちゃあ……」
「あぁ、そんな御仁が流民のような身形で、あまつさえ他人の墓の中で最期を迎えた……というのは、どう考えてもおかしな話だ。ついでに言うと、先程出た〝耐性を付けるために故人が服用した〟という場合にも、この問題はあてはまる」
「どっちにしたところで、おかしいってぇより胡散臭ぇ話ですな」
「あぁ、こうなると故人の過去というものが問題になってくるんだが……」
面倒臭ぇ話だよなぁ……
「……そもそも、どっから砒霜なんてもんが飛び出したんで?」
「いや、生前の健康状態を調べようと思って、爪の分析をしていたんだ。爪の状態は健康を反映するからな」
「で、どうだったんです?」
「思っていたより健康状態は悪くなかったようだ。ただ、爪の中程に、判りにくいが変色部らしきものがあるのが気になってね。念のためにと思って分析したところが……」
「砒霜なんでものが出て来た――と」
そう言ってやると、アーベントのやつは疲れ切ったような顔で溜め息を吐いた。……いや……俺も吐きてぇとこなんだけどな……
「あぁ。さすがに驚いて、詳細な分析をしたんだが……」
「……何ぞ厄介な事でも?」
「厄介というか、ややこしい点がな」
アーベントが言うには、ホトケさんが砒霜を盛られてたなぁ二~三ヵ月ほど前の事で……
「先程も言ったが……砒霜の服用は精々が一月。それから後は摂取した形跡が無い」
「……ってぇ事ぁ……ホトケさんは二~三ヵ月ほど前に逃げ出したって事ですかぃ? けど、それにしちゃあ……」
「あぁ。遅効性の毒を盛られた事からみて、故人は生前それなりの地位にあったのだろう。何かの原因で毒殺されかかって、危うく危地を脱したが、元の地位からは追われたという可能性が考えられる」
「もしくは……耐性を付けるために服んでたのを、何かの理由で中止。その後で流民に身を落とした――って話になりやすか……」
どっちにしても面倒そうな話だぜ……
「……こうなると、服用の前後における故人の状況が知りたくなるな。亡くなった時の状況からは、恵まれた境遇になかった事が推定されるが……」
「身形だけ見りゃ流民ですぜ? 少なくとも、そう見られてもおかしかねぇ」
「所持金や所持品から判断しても、あの衣服が世を欺くための仮初めの姿で、実は裕福であった……という可能性は低いと思えるな。実際に爪の様子からみても、ここ数ヶ月はあまり恵まれた食生活ではなかったようだ」
「……さっきは〝悪くねぇ〟って言ってませんでしたかぃ?」
「〝思っていたより悪くない〟――だ。流民の遺体を検案した事は幾度もあるが、何れも酷いものだった」
「それに較べりゃマシ――って事ですかぃ」
俺も自分が突き止めた事を報告したんだがよ、ホトケさん、あまり働いた事が無ぇんじゃねぇかって推理にゃ、アーベントも思うところがあったみてぇだな。難しい顔で頷いてやがった。少なくとも、ガキの頃のホトケさんは良いもん食ってたみてぇだしな。
「亡くなる直前にどうやって生計を立てていたのかは不明だが……少なくともそれ以前は、ショックレー卿と面識があってもおかしくない立場の可能性があるか」
「殿様方も顔見知りだったみてぇですからね」
「だが……今のままでは決め手に欠けるな」
だよなぁ……こりゃ、復顔術の出番って事になりそうだな。デュラハンの旦那の時以来だぜ。
オッカムの剃刀:「仮説を立てるに際して、仮定の数は最低限にすべし」あるいは「最も少ない仮定のもとに立てられた仮説を採択すべし」――という原則。