3.再度の遺骨鑑定
案の定、内臓は傷んでて碌な検査ができなかったんで、アーベントのやつは骨の検査を俺に任せて、髪と爪の分析に行っちまった。残った俺は、独りで骨を調べていたんだが、
「……特におかしな病変は無ぇか。骨折か肺病の痕跡でも残ってねぇかと思ったんだが……」
骨折の痕ってのは、特に手当が拙かったりするとはっきり残るし、肺病みてぇに骨の変形を引き起こす病もある。その線から身許を辿れねぇかと思ったんだが……上手くいかねぇもんだぜ。
「頭蓋と口蓋の縫合線、長骨の骨端線、歯の咬耗度合いなどから……歳は二十代の後半ってとこか? 骨盤の恥骨結合面まで見りゃ確かなんだろうが……面倒臭ぇからいいか……」
――骨盤は仙骨と左右一対の寛骨から成っているが、その寛骨はそれぞれ腸骨・恥骨・座骨が融合してできている。恥骨結合面とは骨盤の下端部で左右の恥骨が向かい合っている部分で、生体では軟骨によって結合されている。
若者ではこの部分を横断する形で複数の明瞭な隆起が見られるが、この隆起が年齢と共に消失してゆくなど規則的な変化が見られるため、恥骨結合面の形状はしばしば年齢の推定に用いられる。
「頭の形や髪からして長頭型の人種じゃねぇようだし……殿様たちの目撃証言もあるからこれはいいか」
さて、これで性別・人種・年齢が一応判ったわけだが……あとはどこまで生活習慣を辿れるか――だよな」
骨折の痕が残ってねぇって事からして、荒事とは縁遠いやつだったのかもな。いいとこの坊ちゃんでも、剣術の稽古とか落馬とかで骨を折るなぁ珍しくねぇ。事務方か何かだったと見ていいか? 身のこなしが達者で、そんなヘマをしでかさなかったって事も考えられるが……いや……魔術師だったって可能性もあるか。待てよ……
――連日酷使されている肉体では、そのオーバーワークに耐えるべく筋肉に、そしてその筋肉を支える骨に変化を引き起こす。骨の場合は当該箇所に骨増殖や関節炎が生じる事があり、そこから生前の行動習慣などを推測する事ができる。
「毎日剣を振ってたんなら、肩の関節に変化が起きてもおかしかねぇんだが……」
――スウェーデンで中世の遺跡から出土した人骨の肩関節に、この種の骨増殖が多発するとの報告があり、槍投げ・剣闘・樹木の伐採などが原因ではないかと推察されている。
「足の骨にもおかしなところは無ぇか……しょっちゅう馬に乗ってたってわけでも無さそうだな……」
――ユーゴスラビアの遺跡で出土した中世人骨では、成人男性の股関節に強度の骨関節炎が頻出しており、これが常習的な乗馬に起因するものではないかとされている。
「手足にも胼胝とか無かったしなぁ……やっぱり事務方か魔術関係か? ……職種についちゃこれ以上は判りそうに無ぇし……利き腕でも調べてみるか」
――腕や肩の骨に、生前の利き腕の痕跡が残る事がある。押し並べて言えば、利き腕の骨はそうでない方に較べてやや長く、骨密度も高くなる傾向にある。また、肩関節の骨にも若干の変形が見られるという。
「おっと……こいつは当たりか? ホトケさんは左利きだったみてぇだな」
この国でも左利きはそこまで多くねぇし、こんだけ骨に違いが出てるって事ぁ、利き腕の矯正もされてねぇって事だよな。
肩を並べて段平振り回す兵隊なんかだと、隣のやつに怪我させちまうってんで、入隊後に右利きに直される事もあるってぇが……ん? 待てよ? 文書仕事だと、左利きは不便だって話もあったっけか。……文官とかじゃねぇのかな? 年格好からいって、判子押すだけのお飾り上司とも思えねぇし……
「……魔術師か……でなけりゃ、実務者じゃねぇお坊ちゃまって事もあるか。……歯とか顎とかから、何か判るかもな」
――言うまでも無いが、硬いものを食するためにはしっかりと噛む必要がある。逆に言えば、子供の時から軟らかい食物中心の食生活を送っていると、食物を噛む回数が減る事になる。一般的に、骨や筋肉は使わないと発達しないから、軟らかいものを中心の食生活を送る事は、顎の骨や筋肉の発達を妨げる事になる。
現代日本人などでは、顎の骨が未発達な反面で永久歯の大きさは変わらないか、一説には寧ろ永久歯のサイズは大きくなっているという。その結果、狭い顎に永久歯が犇めき合うせいで、歯並びが悪くなっているという話も聞こえてくる。
……このホトケさんはそこまで歯並びは悪くねぇが……やっぱり顎の骨はちっと華奢みてぇだな。……案外、良いとこの出なのかもしれねぇな……
さて、あとは……
【参考文献】
・片山一道(一九九〇)「古人骨は語る――骨考古学事始め」同胞社.(一九九九年文庫化.角川ソフィア文庫)