95_魔石収集②
アヤセとマルグリットの目前に現れたモンスターは、銀色の見るからに硬そうな甲羅で身を覆った亀型モンスターだった。
====鑑定結果====
名前 メタル・ツインタートル(ユニーク)
レベル 24
職業 モンスター(爬虫類型)
HP 960
MP 544
装備
武器 なし
頭 なし
外体 なし
内体 なし
脚 なし
靴 なし
装飾品 なし
============
(ユニーク個体!?)
軽トラックほどの巨体に、長くて太い首、鋭い眼でアヤセ達をねめつける様子は正に凶悪そのものだ。更にこのモンスターには、名前に「ツイン」と入っているように目つきが悪い頭が二つあり、簡単に勝たせてくれないだろうと直感させる相手だった。
戦力的に不安が残る中でのイレギュラーの発生にアヤセは、タイミングの悪さを心の中で呪うが、すぐさま対抗のため初動に入った。
「メグ、召喚を! 急いでください!」
呆然とするマルグリットに、戦闘への集中を促す。彼女は呼びかけにハッと我に返り、慌てて召喚動作に入る。一方アヤセは、敵の出方に備えるため前に走り出た。
「攻防の分担は、先ほどと同じです。自分が召喚まで時間を稼ぎます!」
「はい! 了解ですっ!」
「グギャアアアアアッ!!」
実際の亀が鳴き声を上げるか分からないが、目の前の敵は、大きな咆哮をあげアヤセ達を叩き潰す意思を声高に表明した。
(敵は単体だから、初めは戦法を変えずに様子見をしてみるか。できればアンタレスとチャコの攻撃がこの金属亀に通じて欲しいが)
二匹に攻撃を任せることは変わりないが、今はとにかくマルグリットの召喚が済むまで相手の注意をこちらに向ける必要がある。アヤセはインベントリから「フリントロック式ピストル」を取り出し、銃口を金属亀に向ける。
このピストル特有の軽い発砲音が響き、銃口から飛び出した銃弾が金属亀の身体を貫通する。
戦争イベントでバーサクモードの岩鉄と対峙した際もそうだったが、COM操作の敵にとって大きなダメージが入る重い単発攻撃よりも、威力が低い断続的な攻撃を延々食らう方が癇に障るらしい。敵のヘイトを稼ぐのにピストルは正にうってつけの手段だった。
(今回は微弱ながらも貫通ダメージが入るから、尚更敵は頭にくるだろうな。注意がこちらに向けば好都合だ)
実際、金属亀はピストル射撃に苛立ちを感じているようで、マルグリットから距離を置くため走り出したアヤセを二本の首を振りつけつつ追いかけてきた。
太い鞭のように左右にぶん回す長い首は当たれば大きなダメージを食らうだろうが、アヤセはピストルから無銘の刀に持ち替え、「鞘の内」を発動させてそのすべてを躱す。
一方、首振りがアヤセに当たらないことに業を煮やした金属亀は、攻撃のパターンを変え、地面を踏み鳴らして巨体を突進させてくる。
(これも当たれば結構痛いだろうが、岩鉄さんのスキル【アルティメット・チャージ(爆)】に比べれば速さが格段に劣るな)
実際、金属亀の突進は、簡単に躱すことができ、岩鉄の突進との差を実感させるものだった。一通り相手の出方を窺ってみたが、攻撃は首振りと噛みつき、それに突進が主なパターンのようだ。
「この敵の攻撃は威力がそれなりでしょうが、速度が穴ですね。ただ、見た目どおりの装甲のせいで二匹の攻撃が通りにくいのも難点です」
召喚されたアンタレスとチャコと攻撃を交代したアヤセはマルグリットに魔力回復薬を手渡しつつ、簡潔に所感を述べる。
「ありがとうございます。そうですね。相手は見た目に違わず固いようですね」
「甲羅への攻撃は避けて、金属のガードが薄そうな手足や首を狙うよう、二匹には念話で伝えましたが、さすがに苦労していますね」
「えっ? 念話で伝えた!?」
「ええ、念話で伝えました。……もしかして、他の人が契約している召喚獣に話しかけるのはマナー違反でしょうか?」
「い、いえ、そういう訳では。でも、普通は他者が召喚した召喚獣とは念話で会話はできないはずですが……」
「自分も単純な注意を伝えるだけで、二匹と会話をしている訳ではありません」
「それでもです。サモナーの一人としてアーヤには本当に驚かされますね」
マルグリットが感心を示している中、チャコが固い皮膚で敵の攻撃を受け止め、その隙にアンタレスがスキルを発動し、毒針乱打の攻勢を強める。これが功を奏し、スキル【毒針】の効果で金属亀に状態異常「毒」が付加された。
徐々にHPを減らす金属亀に対し、巨大サソリは更に畳み掛け、遂に空振った亀の頭部に大きな鋏を活かしたスキル【パワーシザー・カッター】が直撃する! この一撃は、ウィークポイント攻撃のクリティカルとして判定され、金属亀のHPゲージを残り三分の一程度まで減らした。
今のところ形勢は優位に傾いている。しかし、ユニークボス撃破はそう簡単にいかなかった。
「グギャアアアアアアアアアアアッ!!」
金属亀が大きな咆哮を上げ、それと同時に甲羅が濃い紫色に光りだす。予想したとおり、このボスにもバーストモードが用意されているようだ。
ボスモンスターのHPが一定量を割ると発動するバーストモードは、ステータス値の上昇に加え今までの攻撃パターンが変化するため油断ができない。アンタレスとチャコは攻撃を控え、敵の出方を窺う構えを見せる。鍔元に手をやったアヤセもそれに合わせ、マルグリットと敵の中間に立ち、前後どちらにも動ける体勢を整えた。
怒りに身を任せている様子が一目で分かる金属亀は、首と手足、尻尾を突然全部引っ込める。外に出ていた体の部分が甲羅の中に消えたことに対し、すぐさま攻撃に打って出るものと思っていたアヤセと召喚獣達は面食らうが、それが金属亀の攻撃手段だとすぐに察することになった。
=パーティーアナウンス=
敵のスキル【スピン・ジェットアタック】が発動。衝突注意!
「……まずい! 散れっ!」
右前足と左後足が引っ込んだ箇所から火が勢いよく吹き出し、高速回転した甲羅がアヤセ達に向けて突っ込む!
皆慌てて散り散りに回避行動を取り、回転する甲羅の直撃を何とか免れたが、金属亀の攻撃はこれで終わりでは無かった。
アヤセを目の敵にして飛んでくる甲羅は、憎き相手に躱されたあと、直線的にフロアの壁にぶち当たる。勢いが壁に吸収され亀の動きは止まるかと思われたが、重い甲羅が衝撃そのままに跳ね返った。
「なっ!?」
獲物を逃すまいと何度か壁を反射してそのたびにスピードを増した甲羅がアヤセを捉える! 岩鉄の時と同様に衝突のダメージはドルマンのポテンシャルで免れたものの、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた分はダメージ判定がしっかり入った。
(火を噴いて突っ込んでくる亀なんて、何の怪獣だ!)
既視感がふんだんに盛り込まれた攻撃パターンはありきたりだが、実際に対峙すると非常に厄介だ。今はアヤセを倒すことに拘泥しているが、何かのきっかけでマルグリットに狙いが変わったら面倒なことになる。
「そうなる前にこちらから手を打つ!」
何度か避け損ねて跳ね飛ばされて得た情報だが、金属亀の突進には大きな特性がある。それは、物体に衝突したら正反対の方向へ反発して飛んでいくことだ。これはどんなに勢いがついていても、そして衝突した物体が壁のような固いものから、アヤセのような軟弱なものまでどの様なものであったとしても、(当たった物体が損壊することなく)例外なく起こる現象であり、この特性は大いにつけ入る隙になる。
(何にぶつかっても反射をするのであれば、軌道をこちらでコントロールできる!)
粘土の壁に隠れ、プリスの袖でのジャストガードし、アンタレスとチャコの攻撃に加え、時には自ら体を張り(これは相手の動きに対応できずダメージを食らってしまったのが実情だが)、敵を弾き返して目的の場所へ追い込む。
「……消耗が思いのほか激しかったが、何とか狙い通りにいったな」
泥だらけのアヤセは、敵を目論見どおり追い詰めたことに安堵する。アヤセ達が追い詰めた先はフロアの四隅の一角だった。
直角のくの字型に積み上げた粘土とフロアの壁で正方形の枠を作り上げ、そこに閉じ込められたかたちになった敵は、壁と粘土の間で衝突を繰り返して行き来している。幅を金属亀の体長にきっちり合わせた枠内では反射の間隔がほぼ無いことから、もし、枠内を上から覗くことができたら、金属の甲羅がその場で奇妙な音を出しながら空中で止まっているように見えるだろう。
(機動を無力化した以上、もうこの亀にできることは無い。終わりだ)
亀の甲羅が覗ける高さを目測して粘土の壁の一部をインベントリに収納する。そして、刀を横に抜き付け、そのまま刀を持った右手を腰に持っていき、一連の流れを止めることなく水平に構えた刃を金属亀の頸部が引っ込んだ窪みに突き入れる! ポテンシャル「鞘の内」の効果に加え、ウィークポイント攻撃の判定も付いた一突きは、甲羅で守られていない敵の体内に深々と突き刺さり、残ったHPの底を尽かせた。
「さすがアーヤ! やりましたねっ!」
アンタレスとチャコとタッチを交わすアヤセのもとに、フロアの片隅に退避していたマルグリットが声を弾ませ、アヤセ達のもとへ駆け寄ろうとする。だが、彼女の気の緩みに乗じたように泥水の深みの水が盛り上がり、巨大な物体が浮かび上がってきた。
「メグ! 後ろです!」
「えっ!?」
マルグリットの背後に現れたのは、先ほど倒した金属亀と同型のモンスターだった。瑕一つ見られない外見から、先ほど戦闘を展開したのとは別の個体と一目で分かる。
「『ツイン』とは双頭ではなく双子のことだったのか!」
新たな金属亀の出現は、この場にいる者全員が不意を衝かれ、特にマルグリットと二匹の召喚獣は棒立ちのかたちになり、初動が遅れる。一方の金属亀は、片割れが倒されたことに憤激し、手始めに近くにいるマルグリットに狙いを定め突進してくる!
甲羅の回転突撃であれば粘土の壁で遮ったり、(「鞘の内」の高速移動で目前に躍り出た)アヤセ自身が盾となったりして反射を誘発できるのだが、突進は貫通力に勝るのでこれらは容易に突き破られてしまうだろう。回転突撃よりも威力が低いものの、マルグリットの貧弱な防御力ではそれでも致命傷になる。この状況では、一番されたくない非常に危険な攻撃だった。
「くっ! 間に合え!!」
瀬戸際での焦りは禁物であるが遅れを取る訳にもいかない。初動の出遅れの挽回に逸る心を抑え、沈着を徹底させることを心掛け、ブーツのポテンシャル「足場設置」を発動させ、タイミングを見計って階段状に作り上げた足場を駆け上がっていく。また同時に鯉口を切り、刀を真上に抜きつけていく。
=パーティーアナウンス=
アヤセがスキル【世界樹崩し】を発動
マルグリットの頭上を大きく跳躍し、相手の突進の呼吸に合わせて発動したブラインドスキル【世界樹崩し】は、高さが少し足りなかったものの狙い通りに金属亀の甲羅を切りつけ、斬撃に手ごたえを感じさせるものだった。
「グッギャッアアア!」
「!!」
だがその直後、衝撃を受けたアヤセは泥土に叩きつけられた。
アヤセを泥の床に落としたものの正体は、金属亀の双頭だった。甲羅が無残にひしゃげ、顔には苦悶と憤激の表情を浮かべているがしぶとく健在している。敵はアヤセの必殺の一撃を耐えきったのだ!
アヤセは、スキル発動後の硬直で動けない。金属亀は片割れを葬り、自身にも大打撃を与えた憎き敵に報復するため、よくしなう太い首をしたたかに打ち付ける。更に勢いづく金属亀はアヤセの胴体を咥え、何度も何度も振り回した後、壁に叩きつけた。
敵の執拗に続く攻撃によりアヤセのHPはみるみるうちに減少していく。
「ああっ! アーヤっ!」
マルグリットの悲痛な声が聞こえるが、金属亀はそれを無視して未だ硬直が解けないアヤセの前に立つ。怒りに我を忘れた頭の中にはアヤセを死に戻らせることしか無いのは、血走った眼を見れば容易に察することができた。
「おい。自分にばかり気を取られていていいのか?」
「グァア?」
金属亀に声をかける満身創痍のアヤセ。集中的に痛めつけられたことは体にこたえたが、頭に血がのぼり周りが見えなくなっていることは寧ろ好都合だった。
=パーティーアナウンス=
チャコがスキル【バレットアタック】を発動
アナウンスが終わらないうちに、高速回転した球体がへしゃげた甲羅に轟音を響かせ直撃する!
=パーティーアナウンス=
アンタレスがスキル【パワーシザー・カッター】を発動
連撃でアンタレスの強力な鋏の一撃が追い打ちをかける! チャコの体当たりによって浮いた甲羅の下に対の鋏を強引にねじ込み、力一杯跳ね上げ、これにより金属亀は大きく体を浮かして横倒しになった。
「ギャアアァアア!」
金属亀は、焦燥を含んだ咆哮を上げつつ、その場でじたばた手足や首を動かす。歪んでしまった甲羅のせいで上手く起き上がれない中、何とか自身の身体を元に戻そうと必死にもがいているところで、頭部に影がかかるのに気付いた。
見上げた先にいたのは、スキル発動後の硬直が解けたアヤセだった。
「……」
冷厳と金属亀を見据え、敵に対する情けを一切見せない顔つきのアヤセは、納刀を済ませた無銘の刀の鯉口を落ち着いた所作で切った。
「ギ、ギャァアアアアッ!!」
金属亀が上げる恐怖の叫び声が響く中、真上に抜き出され、両手持ちされた刀が、地面まで割るような勢いで頸部を断ち斬る! 斬り下ろしの軌道が見えないほどの高速の斬撃は、精確にかつ豪胆に金属亀の太い双頭を刎ね飛ばした。
=パーティーアナウンス=
ダンジョンボス「メタル・ツインタートル(ユニーク)」を撃破しました。また、当該ユニークボスをプレイヤーの中で初めて撃破しましたので、報酬が追加で贈呈されます。
「終わったか……」
消えゆくテクスチャを見届けつつ、安堵の息をつくアヤセ。
アンタレスとチャコが疲労の色を見せるアヤセに近寄り、労うようにそれぞれの鋏と前足でアヤセの足をバシバシ叩いた。
(しかし今回の勝負は冷や汗をかいたな。不測の事態がいつでも起こることは肝に銘じておかなければならない。もし、マルグリットさんに何かあったらダミアン老人とルネ少年に顔向けできなくなるところだった)
「アーヤっ!!!」
「うわっ!?」
物思いにふけるアヤセにマルグリットが突っ込むように抱きつく。その衝撃は、ある意味金属亀の突撃よりも体に響くものだった。
「メ、メグ!?」
「ああ、アーヤ! アーヤっ! こんなにボロボロになって! アーヤがこのまま敵にやられていたら私もどうなっていたか! でもアーヤが無事で良かった! 本当に良かった!」
涙を流して、抱きつくマルグリットがグラマーな体つきをしていたことを感触で思い出してしまったアヤセは、慌てて動揺を抑えるため引き剥がそうとする。
「メグ、自分は抜き身を持っています。危ないから離れてください。……離れてください!」
「私、もうアーヤから離れたくありません!」
「本当に危ないですから離れてくださいっ!」
密着する女性の柔らかい身体の感触にどきまぎしながら、何とか振りほどこうと慌てるアヤセと泣きながら離れることを拒絶するマルグリット……。
そんな二人のやりとりを見ている二匹の召喚獣の目はとても冷めたものだった。




