94_魔石収集①
アヤセはインベントリから敷物を取り出し、地面に敷く。
「どうぞ、マルグリットさん」
「メグ、です」
無表情のマルグリットは、有無を言わさない口調で自身の呼び方の訂正をアヤセに求める。
「お座りください。……メグ」
「はいっ! アーヤ♪」
今度は満面の笑みをたたえ、マルグリットはアヤセが差し出した手をとり、同時に放出された洋菓子とハーブティーが並べられた敷物へ腰を下ろした。
ここは、王都内に所在する「旧浄水場跡」というダンジョン。
パーティーを組んだアヤセとマルグリットは、ダンジョンの道程の半分ほどの位置に設けられたセーフティーゾーンに立ち寄り休息している。
このゲームには、RPGでお馴染みの「ダンジョン」と呼ばれるフィールドが町の内外問わず世界中の至るところに存在し、プレイヤーはそのフィールドにおける冒険を(このゲーム本来の目的である)、世界の果てを目指す冒険とは別に楽しむことができる。ダンジョンの形態は多種多様で、一般的にイメージされる洞窟といった自然物はもとより、塔や廃墟、果ては一部のNPCの戸建て住宅まで分類されることもあり、プレイヤーの挑戦を待ち受けている。
(他にも詳細な設定がたくさんあるが、そのあたりは追々確認することにして……。それで、今自分達がダンジョンに潜っているのはこれが目的だ)
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【クエスト(NPC)】
マルグリットの依頼(1)
内容:マルグリットに同行し、魔石を収集せよ
報酬:クエスト達成時に配付
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このクエストは以前、サモナーギルドを訪れた際に依頼を提示されていたが(注:24_ベン場長参照)、アヤセがペナルティから復帰したタイミングで日取りの目処が立ったということで改めてマルグリットから依頼の話が上がった。どうも彼女が言うにはアヤセが当面の目標としている「タマモの思念」の召喚に関してもメリットがあるとのことだったので、こうして依頼を受託してダンジョンに挑戦しているかたちだ。
「洋菓子は気に入りましたか?」
「はい、とても! これだけ美味しくてステータスのバフが付くなんて素晴らしいですね!」
「生産者の腕が分かる逸品ですよね。それで、休憩の時間が短めになりますが、自分の刀の手入れが終わったら攻略を再開したいと思います。マルグ……、いや、メグはいかがでしょうか?」
「ええ、私は構いませんよ」
マルグリットの承諾を得たアヤセは、別に取り出した敷物に正座し、刀の手入れを同様に取り出した手入れ道具を用いて手早く行っていく。布に染み込ませた油を手慣れた動作で刀身に塗っていく様子に見入りながらマルグリットは感心したように言葉を漏らす。
「とても丁寧にお手入れされるのですね」
「刀の手入れは欠かすことはできません。油がけは念入りに行わないと錆の原因になりますから」
「それだけこの刀に愛着を持たれているのですね。アーヤを見ているとそれがよく分かります。そういえば、『契約の依代』ってご存じでしょうか?」
「『契約の依代』? いえ、初めて聞きました。サモナー関連のアイテムか何かでしょうか?」
「はい。アイテムや装備品の中には、『契約の器』の代わりとなって召喚獣の思念と契約を行えるものが存在します」
「そのようなものがあるのですか。それでは『タマモの思念』も『契約の依代』で召喚を行えたりするのでしょうか?」
「残念ながら『タマモの思念』に適合する『契約の依代』はありません。召喚には『契約の器++』が必要になりますね」
「そうですか……。依代になるアイテムや装備品の条件はあるのですか?」
「『契約の依代』は特定の召喚獣の思念とマッチするそうですが、私も詳しいことは分かりません。しかし、年季が入っていたり、持ち主の思い入れが強かったりする物が依代に選ばれやすいと以前文献で目にしたことがあります。アーヤの刀を見ていたら、何か強い思いが込められているような気がして、『契約の依代』になりそうだと思って、ご存知か聞いてみました」
(確かに、タダミチの私怨やゲンベエ師匠の無念がふんだんに込められている『無銘の刀』はある意味条件に合致すると思うが、果たしてこれに適合する思念があるかどうかだな)
刀身の油のかかり具合を確かめ、それを鞘に納めながらアヤセは考える。
(まぁ、今は魔石の収集に集中すべきだろう。このクエストはそう簡単にいきそうにないのだから)
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アヤセとマルグリットが現在潜っている「旧浄水場跡」は、挑戦推奨基礎レベルが18から23、ダンジョン階層は面積が小から中規模程度のフロアが四階構成と王国内では中堅クラスの難易度で、基礎レベル33で無銘の刀や深緑装備を所持しているアヤセにとって本来だったらソロであっても攻略にそれほど難儀しないはずなのだが、今までの道中は思うように進めず悪戦苦闘していた。
====鑑定結果====
名前 マルグリット
性別 女
レベル 10/65
職業 サモナーギルド職員
HP 133/133
MP 196/196
装備
武器 古びたハチェット
頭 なし
外体 なし
内体 コットンチュニック
脚 コットンスカート
靴 くたびれたレザーブーツ
装飾品 なし
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進行に手間取っている理由の一つは、マルグリットの貧弱な装備品である。
町中にいる一般人のNPCと何ら変わらない服装(もしかしたらそれより粗末かもしれない)でダンジョンに挑むマルグリットの防御力では、各階に徘徊するモンスターの一撃ですら脅威となり得たため、アヤセは攻撃が彼女に被弾しないように注意しなければならなかった。
最も、この程度は対処できるのでそれほど憂慮する問題ではない。根本的な問題は他にあった。
(御主人~、モンスターなの~!)
ダンジョンを先行させていたチーちゃんから念話が入り、アヤセは臨戦の構えを取りつつ、マルグリットへ警告する。
「敵です!」
元々近辺に生活用水を供給する施設だったダンジョンのフロアには、打ち捨てられたあと、経年によって汚れた水が澱む貯水池が広がり、攻略に挑む者たちは幅の狭い格子状の貯水池の縁を縫うように進まなければならない。
そのような環境下で待ち受けるモンスターは、挑戦者の制限された移動範囲に対し、高い天井の利点を十分に活かして相手を翻弄する、いずれも大玉スイカくらいのサイズのコウモリや蛾の飛行モンスター、中型犬くらいの大きさのドブネズミ、水場からは水面から飛び出してくる矢じりのような鋭い口先の魚や大きな口で食らい付いてくる巨大鯰、強力な圧力がかかった毒液を噴き出してくるテッポウウオ等がおり、複数種で一度に三匹から七匹程度襲撃してくる。今回現れたモンスターもコウモリ二匹とドブネズミが四匹の構成だった。
「行きます!!」
「待ってください、メグ!」
アヤセの制止を聞かず、マルグリットは呪文を詠唱しつつ、古びた手斧を片手に躍り出る。
「モノアイスコーピオン! キャノンボールアルマジロ! 召喚!!」
マルグリットの掛け声とともに、一.五メートルほどの体長に大きな単眼が目立つ巨大サソリと、もう一体はそれに比して小ぶりな体長七十センチメートルくらいのアルマジロの召喚獣が出現し、すぐさま二体はドブネズミとぶつかり合いを始める。狭い通路で乱戦を展開しているためアヤセとマルグリットが入り込む余地は無い。本当は刀のポテンシャル「鞘の内」で先手をとって数の多いドブネズミを撫で斬りに一掃したかったのだが、アヤセは目標を切り替え、インベントリから「黒雨の長弓」を取り出しコウモリの対処にかかる。
=パーティーアナウンス=
アヤセがスキル【連撃速射】を発動。
スキル発動によって放たれた数多の矢は、敵目がけ飛んでいくが、二匹のコウモリに均等に命中せず、矢が集中した一匹のみ撃ち落とし、もう一匹は討ち損じてしまった。
(またダメージにムラが出てしまった!)
「黒雨の長弓」のスキル【連撃速射】は矢数が多いのが利点であるが、一方で複数の敵に対し発動した際、タイミング等が合わないと命中に偏りが出るのが難点だった。
アヤセが自身のプレイヤースキルの未熟さを嘆くなか、残ったコウモリがマルグリットに狙いを定めて素早く距離を詰める。
=パーティーアナウンス=
ダンジョンオオコウモリAがスキル【超音波】を発動。ステータスダウンに注意!
コウモリの発する超音波は、通常は反響音を利用した周囲環境の把握の目的で発せられるものであるが、このモンスターの場合、攻撃手段の一つとして用いられる。超音波に当てられた者は、ステータスダウンや目眩等の状態異常に陥るという厄介な効果があった。
「きゃっ!」
コウモリの攻勢を受け、状態異常を被ったマルグリットの体はふらつく。更にその機を見計らうようにサソリとアルマジロの間を二匹のドブネズミがすり抜け、マルグリットへ迫ってきた。
戦闘を展開する通路を兼ねた狭い貯水槽の縁は現在、召喚獣、マルグリット、アヤセの順に縦一列に並んでおり、アヤセは列を追い越すことができず、このままではドブネズミにマルグリットへの肉薄を許してしまうだろう。先ほども述べたとおり、モンスターの攻撃が彼女に及んだら致命傷になりかねない。予断を許さない状況だ。
(少し手荒になるが仕方ない!)
刀の鯉口を切りつつ、プリスの片袖を伸ばしマルグリットへ走らせる。
「ええっ!?」
プリスの袖は驚きの声を上げる彼女の胴体に巻き付き、そのまま体を持ち上げる。そしてそのまま、貯水槽の水面スレスレに半円を描く軌道で運んでアヤセの背後に回らせた。
マルグリットと強引に位置交代したアヤセは、突っ込んでくるドブネズミに対し、抜き付けで一匹を横薙ぎし、返す刀でもう一匹を両断する。更に再攻撃に出ようとしていたコウモリを、マルグリットを持ち上げたのとは別の袖に巻き付けた鎖鉄球で叩き落とす。まともに鉄球の衝撃を食らったコウモリは貯水槽に落ち、そのまま沈んでいった。
「片付いたか」
前方ではサソリとアルマジロがそれぞれ相対していたドブネズミを倒していた。マルグリットに水面を渡らせたことに反応した、魚のモンスターの襲撃を予測してケピ帽のポテンシャルで動向を探ったが、反応が見られなかったことで戦闘が終了したと判断する。
====鑑定結果====
【召喚獣】★4
名前 アンタレス(モノアイスコーピオン)
レベル 23
HP 345
MP 177
親密度 32
スキル 毒針、パワーシザー・カッター、暗視
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====鑑定結果====
【召喚獣】★4
名前 チャコ(キャノンボールアルマジロ)
レベル 21
HP 278
MP 204
親密度 28
スキル バレットアタック、ボールガード
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(マルグリットさんの召喚獣は、二匹とも「★」の数とレベルが高くて強力なのだが、活用には色々と気を付けなければならない点があるな)
アヤセが思った通り、マルグリットの召喚獣「モノアイスコーピオン」のアンタレスと「キャノンボールアルマジロ」のチャコは戦力的には申し分の無い実力を備えている。ただし、二体ともスキルも含め対単体に特化しており、先ほどのような集団のモンスターを相手にするのは苦手なようだった。
(魔石を落とすこのダンジョンのボスは単体出現らしいから、アンタレスとチャコがいれば何とか対抗ができるのだろうが、まぁ、途中のエンカウント次第ではそれも厳しくなりそうだ)
褒めて欲しそうな様子でアヤセに寄って来た、アンタレスとチャコ(と戻ってきたチーちゃん)を代わる代わる撫でながらそのようなことを考えていたが、二匹は急に色が透け始め、時間を置かずにその場から消滅した。
「お加減はいかがでしょうか? はい、魔力回復薬です」
アヤセは顔色が優れないマルグリットに歩み寄り、魔力回復薬を差し出す。
ダンジョン攻略で苦戦しているもう一つの原因で、かつ根本的な問題はここにあった。
先ほどマルグリットの召喚獣がアヤセの前から消えたのは、彼女のMP不足が原因である。「★4」のグレードは現時点において高位に位置しており、それを使役するマルグリットのサモナーとしての実力は疑うまでも無い。しかし、召喚獣が強力である分、それに相応するMPも必要とするため、アヤセはMP回復薬をかなりの頻度で手渡さなければならなかった。
「ありがとうございます。召喚はMPをたくさん消費するので回復薬をいただけるのは本当に嬉しいです」
「それは何よりです。MP枯渇の魔力切れで気分が悪くなったら大変ですから、不足があればすぐに言ってください。ストックは十分にありますから」
(マルグリットさんの召喚獣とダンジョンの特性は、いかんせん相性も悪いし、本人の装備品にも不安が残る。それに、彼女の積極的な性格が裏目に出てしまっているのだよな)
道中に出くわすモンスターに対して貧弱な装備を顧みず果敢に前に出て、相手の数を問わず必ず召喚獣を二匹召喚して全力で挑みかかる姿勢は見上げたものだが、効率や安全性を無視した戦い方のせいで結果的に攻略に苦労していることも事実である。
(AIが戦闘の展開を学習してくれるといいのだが、最も自分も複数攻撃ができる手段がダメージ配分に不安の残る「黒雨の長弓」くらいしか無いのも問題だ。おまけに焙烙玉もストックを切らしているのが痛いな。NPCに死に戻りがないから、間違いは許されない。攻略にはもっと慎重を期すべきだった)
アヤセ自身も準備不足によって、マルグリットの強みを生かしきれていない点は認識している。出直しが頭をよぎった。
「一度体勢を整えるために戻りましょうか?」
「いえ、ここまでくれば会敵を減らせるルートを取れますので、攻略を続けた方がいいです」
「……」
「それに、ボスの倒し方は心得ています。私達にお任ください」
「本当に、大丈夫でしょうか?」
安全を重視して懸念を示すアヤセ。その姿勢を感じ取ったのか、マルグリットは、そっとアヤセの手をとった。
「メグ!?」
マルグリットの瞳は心なしか潤んでいるように見える。アヤセは、彼女に両手を握られ距離も近まっている状況も手伝い、動揺を抑えることができなかった。
「私、どうしても魔石が必要なんです! もう先ほどの戦いみたいに前に出すぎたりしませんから。だからお願いします、アーヤ!」
(うーん、まぁ、過去にもソロで攻略をしているみたいだし、ボス戦ではアンタレスとチャコが攻撃を担当して、自分がマルグリットさんの護衛をすればより盤石になるだろう。現状戦力でも、途中のエンカウントを避ければ対処できるか)
真剣な眼差しで訴えかけるマルグリットの意気込みを汲み取ったアヤセは、戦力分析を行った結果を鑑みて彼女の願いを聞き入れることにした。
「……分かりました。攻略を続行しましょう。ですが、先ほどの戦闘のように突出するのは今後控えてください。メグに何かあったら大変ですから」
「ありがとうございます! 出すぎないように気を付けますっ!」
「しかし、メグには敵いませんね」
マルグリットの熱意に負け、苦笑するアヤセ。
そして、発言の意図をすぐさま理解したマルグリットは時折見せるいたずらっぽい笑顔でこれに反応を示した。
「あら、そうでしょうか? アーヤだって女性の扱い方がお上手で敵わないと思いましたよ。あんなに情熱的に抱きかかえられたら誰だってアーヤのことを意識してしまうのではないでしょうか?」
「あれは緊急措置です」
「フフッ、私のことを気遣ってくれたのはよく分かっています。もう、お手を煩わせないようにしますけど、同じことは他の女にはやっちゃダメですよ♪」
「……。本当にメグには敵いませんね」
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後半の道中はマルグリットの案内に従った結果、エンカウントは二回のみで済んだ。戦闘を回避できたことは、このダンジョンのモンスターのドロップの実入りが良くないことから相手にすることが煩わしいと感じていたし、何よりマルグリットの無益な消耗を防げたので非常に有難かった。
「扉の向こう側がボスフロアですか?」
「はい。ボスは『ビッグ・ブラウンラット』という各階にいたネズミのモンスターの大型タイプです。素早い上に攻撃力が高めですが、私の召喚獣で十分対抗できます」
「分かりました。対処は二匹に任せ自分はメグの護衛に努めます」
簡単な役割を互いに再確認した後、扉を開き二人はボスフロアに侵入する。
「……」
フロアは約三十メートル四方の柱一本ない簡素なつくりだったが、床面はくるぶしくらいまで浸かる泥水で満ちている。ところどころ泥水が濃くなっている箇所があり、おそらく底が深くなっていると思われる。立ち回りには注意が必要だ。
=パーティーアナウンス=
ボスエリアに侵入。エリア内からの離脱ができません。
アナウンスと共にアヤセは、チーちゃんを召還の上、鍔元に手をやり、マルグリットは召喚の準備にかかり臨戦の構えを見せる。二人は緊張の面持ちでダンジョンボスの出現を見据えていたが、徐々にその姿形が形成されるのを見て、マルグリットは突然困惑の声を上げた。
「えっ!? 違う……?」
「……? 何か問題でも?」
アヤセは、彼女の言葉の真意を問い質す。
「こんなことは今までなかったのに! 違うんです! これではありません!」
動揺を隠さないマルグリットに想定外の事態が起こっていると感じたアヤセは、彼女を落ち着かせようと抑えた口調で語りかけ、状況確認を試みる。
「大丈夫です。落ち着いてください。それで、違うとはどういうことでしょうか?」
「これはいつものボスと違います! 私達がいつも相手にしているボスじゃないんです!!」




