93_【閑話】三者同盟?
レセプション会場では、大勢の出席者がマリーの入場を万雷の拍手をもって迎え入れた。
出席者の中には謁見の間で顕彰式に立ち会った者達を含まれており、自身が退出してから会場までどの様に先回りをしたのかマリーは不思議に思ったが、これはゲームの仕様であると割り切り深く考えないことにする。早速、見事な仕立てのドレスと本人達の美貌を目当てにした貴族をはじめとする多くのNPCに二人は囲まれるが、ランベールとその部下であるレセプションに随行していた近衛第二師団の士官達が、群がる人だかりをさばいてマリーとノエルに無用な負担をかけないよう、上手く制御していた。
「ジュイエさんが見たら目を輝かせそうなお料理がたくさんあるわね」
「そ~ですね~! ジュイエ先輩も来たら良かったのに~」
「リアルの世界で用事があるって言っていたから仕方がないけど、一緒に来てこれを見て欲しかったわね」
「お料理をお土産で持って帰れないかな~?」
「本当にそうね。ラビちゃん達にも食べてもらいたいけど……」
「それでしたら、厨房に申し伝えておきましょう」
そう言いながらランベールは、近くにいた士官の一人に合図して下がらせつつ、マリーに目をやり爽やかな笑顔を見せた。
「あ、ありがとうございます」
「このくらいお安い御用です。他ならぬ私のマリー殿のためなら例え火の中水の中、どの様な御要望にも応えてみせましょう」
「……(仕事はできるし、悪い人ではないのだけど自意識過剰なのが残念ね)」
「マリー殿? もしかして私の顔に見とれていますか?」
「はっ? い、いえ、違います。あの、会場には私達しかいないように見えますが、レセプションには他のプレイヤーの人達は参加しないのですか?」
「おや、違いましたか。それは残念です。ああ、それで会場には功績値の高い順に顕彰者を案内しておりまして、入場間隔を開けています。マリー殿も感じられたと思いますが、大臣や貴族連中の相手をするのは何かと時間がかかりますしね」
「へ~。そうなのですか~」
「特にマリー殿は注目の的ですから、対応に時間がかかり次の方の案内が遅れたのでしょう。そういえば宰相閣下も興味を持たれていましたし、後ほどお声がかかるかもしれません」
「……」
今までもマリーを取り込もうと目論む者が近付いてきたり、講和派と思しき大物貴族(講和派も建前上、国王に忠誠を誓い国体維持を支持していることから、今回王国の防衛に多大なる貢献したプレイヤー達を顕彰する式典に参加しない訳にはいかなかった)から牽制のような言葉をかけられたりする機会が幾度もあったが、王国関係者との煩雑な話がまだ続くと聞かされ、マリーは心の中でげんなりする中、会場入口の方向から拍手が上がった。
「どうやら、次の顕彰者が入場したようですね」
会場入口に顔を向けたマリーにランベールが簡潔に状況を説明する。
マリー達のときほどではないものの、それなりの人数がしばらくのあいだ顕彰者を称えるためその場に集まっていたが、マリーに次いで二番目に入場した顕彰者はぼそぼそと小声で返礼をしつつ、人垣からすり抜けてきた。
「あっ、あの人は?」
マリーと、青と白と黄色の甲冑を着込んだ小柄な人物は、ほぼ同時にお互いの姿を認識した。
「…マリー氏っ!」
マリーと目が合ったまかろんは、足早に近付き急かすように用件を告げる。
「…時間が無いから手短に言う。あたしとフレンド登録して。……そこの子も一緒に」
「えっ……?」
「…急いで! 事情は後で説明する」
マリーとノエルはまかろんの出し抜けな言い方に面食らうが、彼女の切迫した様子を見て慌ててステータス画面を開く。
「…じゃあ、あたしの言うとおり操作して。まず、フレンド登録を……。そう、そして次に『設定』を……」
ランベールがマリーとノエルを誘導するまかろんを興味深そうな顔で観察するなか、三人はフレンド登録を済ませ、その後も彼女に従い設定の操作を手早く進める。
「…最後に、『プレイヤーとの交流』で『プレイヤー (フレンド以外)からの視認を遮断』を選んで。そう、これでオーケー。……良かった。間に合った」
一通りの作業が済み、まかろんが安心したように設定が終了したことを告げたのを機にマリーが一連の経緯を尋ねる。
「まかろんさん、これって一体何なのでしょうか?」
「…理由はすぐに分かる」
まかろんがそう言い終わらないうちに、入口の扉が乱暴に開け放たれる音が聞こえる。そして一人のプレイヤーらしき人物が勢いよく入ってきた。
その人物の入場で印象的だったのは、先ほどマリー達やまかろんが入場した際に送られた拍手が全く無かったことである。会場にいるNPC達は明らかにまかろんに次いで案内されたこの人物と関わることを忌避している。半裸に近い鎧が隠している部位からおそらく女性と思われるが、この鎧以外にもホレイショと同じくらいの女性としては高い背丈でがっしりした体格に、モヒカンのような髪型と個性的で派手なフェイスペイント、眼光鋭く周りを威嚇するようにドカドカ歩き回る姿は、非常に粗暴な印象を与える。プレイヤーの出で立ちは自由で、NPCもそれについて特に言及することが少ないゲームの世界においてもかなり異質な存在だった。
「…彼女はモナ公。今回のイベント功績値第三位のプレイヤー。見ての通り問題児」
モナ公の姿に呆気に取られているマリーとノエルに対し、まかろんは簡潔に説明する。
「ああ、思い出しましたよ。彼女は主に帝国領内で山賊行為をしている王国に籍を置く冒険者ですね。徒党を組んで帝国内で金品を略奪して、その一部を貴族に流して軽視できない犯罪も見逃してもらっているという噂は幾度も耳にしたことがあります。素行が悪くて別の式典において大勢で押しかけて来たので、今回は同行者の随行を拒否されたようですね。しかも一人だけというのは余程のことです」
まかろんに飲み物が注がれたグラスを渡しつつ、ランベールが苦々しい表情で三人の話に加わる。
「…どうも」
「まかろん殿、今回の御活躍は実にお見事でした。……話の続きですが、連中の所業が結果的に後方撹乱というかたちになり、帝国に対する敵対行動として認められ、更に戦闘慣れしていますから軍の中では此度のような戦の際には、重宝している者もいるようです。連中は一体帝国領のどこからどうやって金品を集めてくるのか、相手が帝国軍だけでは無いことは想像に難くありません。騎士道精神に欠ける忌々しい者ですが、王国でもそれにすがる者もいるのが嘆かわしいことです。勿論、先ほども御覧いただきましたが、私を含めた一般的な常識を持った貴族でしたら相手にすらしません」
「…帝国軍とは関係ない村や集落から略奪しているのは有名な話。それと、自分達のクラン設立を目指しているみたいだけど、今のところ上手くいっていない。一時期『蒼き騎士団』に入団したいって、しつこく言ってきたこともあった」
式典にもいつもと変わらない甲冑姿で参席している美少女は、淡々と解説をする。
「…それに、プレイヤーに対する恫喝や付きまといとかでハラスメント行為が何度か認定されて、その度に運営から処分を受けている。当然そんな人はうちのクランではお断り。あたし達はブロック設定しているけど、これは運営の審査で時間がかかるから、今回の時のような場合はこの方法で遮断している」
「そうだったのですね」
「…マリー氏に対しても、捜し出して功績値をあれだけ稼ぎ出した秘密を吐かせるって息巻いていた。そんなのとは関わらないのが賢明。……どさくさでフレンド登録してしまったけど、迷惑だったら式が終わったら削除して」
「そんな、私は迷惑だなんて思っていません。戦争イベントの時といい、助けてくれてありがとうございます。」
「…そう、それならよかった」
「……」
(以前会った時は、アヤセさんがまかろんさんのことを随分信頼しているなって思ったけど、これだけ気配りができる人なら多分そうなんでしょうね……)
乏しい表情にぶっきら棒に聞こえる言動から、まかろんに対し冷たい印象を持つ者もいるかもしれない。しかし、マリーとノエルが厄介事に巻き込まれないように手を打ったこと等、他人に対する気遣いは見習うべき点であるとマリーは感じた。
「ノエル達からモナ公さんのことは見えますけど、向こうは見えないんですね~。すごい必死さが伝わってきます~」
ノエルが言う通り、モナ公はマリーを探し出そうと血眼になっていた。給仕だろうが貴族だろうが傍若無人にNPCを突き飛ばし、人が集まっている場所を掻き分けたりする姿から、もし、マリーとノエルの設定が間に合っていなかったら、どの様なトラブルに巻き込まれていたか容易に想像できた。
「…お互いの干渉はできないし、設定次第で向こうを見えなくできる。でも相手の動向を知るためには、あたし達から見えていた方がいいかもしれない。最もこの方法は不便も多い」
「そうですね。無条件でフレンド以外の全プレイヤーがシャットアウトされるのは、不便かもしれませんね」
「…そう。だから使いどころが肝心」
そう言いつつ、まかろんは、手渡されたグラスに口をつけモナ公を一瞥する。
「…そういう訳で、モナ公はもうあたし達に手を出せない。だからもう放っておいていい。それで、この人は? 勝手にフレンド登録してしまったけど、マリー氏の知り合い?」
モナ公の視認外しという喫緊に追われて、お互いに名乗りもせずフレンド登録をしたノエルを見ながらまかろんはマリーに尋ねる。これに対し、ノエルは持ち前の社交性を発揮し、笑顔を見せながら、マリーが彼女を紹介する前に自己紹介を始めた。
「ノエルですぅ~。先輩の代わりにマリー先輩にくっついて顕彰式に出席しました~。よろしくお願いしま~す」
「…同行者? あたしはまかろん。クラン『蒼き騎士団』の所属。よろしく、ノエル氏。それで、『先輩』って、もしかして?」
「はい、そうです。アヤセさんが同行できなかったので、ノエルちゃんが今回付いてきてくれました。まかろんさんは同行者の人はいなのですか?」
「…あたしの同行者はいない。スミカも京も堅苦しい式典を嫌がって来なかった……!」
後半は小声であったが声質の鋭さも手伝い、まかろんの恨みがましい台詞をマリーとノエルは、はっきり聞き取ることができた。二人はまかろんが同行を断られたことを根に持っていそうな様子に、これ以上言及せず苦笑いをするに留めた。
「…あっ、関係ないことを言ってごめんね。それよりも、アヤセ氏に後輩がいたなんて知らなかった」
「はい~。ステキな先輩のカワイイ後輩です~」
ノエルの言い回しに何かを察したまかろんは、マリーに問うような視線を向ける。
「ノエルちゃんは、PK討伐作戦の時にアヤセさんに助けてもらったそうです」
「そうです! あの時の先輩って、とってもカッコよかったんですよ~!」
「…あの時に? あたしもその作戦に参加していたけど、アヤセ氏からそんな話は聞いていない」
「まかろん先輩もあの作戦に参加していたのですか? ……じゃあ、もしかして青星ってプレイヤーを殴ったクラン『蒼き騎士団』の女性幹部は?」
「…そう、それがあたし」
冷めた表情でことも無げに青星を殴り倒したことをまかろんは認める。
今までの経験上から次に二人が取る態度は、大体予想できる。目を見張って自身をまじまじ見つめるノエルを見ていれば尚更だ。まかろんはげんなりして目前の二人が軽蔑の反応を示すのを待つ。
「まかろん先輩、ありがとうございますぅ~!」
「…えっ!?」
「ちょっと、ノエルちゃん、言い方! あの、何が言いたいのかと言うと、私達はまかろんさんに感謝しているということを伝えたかったのです」
「そ~です! ジュイエ先輩にお客さんから聞いたという話を教えてもらって、ノエル、青星ってプレイヤーが大嫌いになりました! 小銭を出して先輩をおちょくるなんて最低です~!」
「その場はアヤセさんも切り返したようですけど、他にもダイモンさんやアイリーンさん達から『星見の台地』での出来事も聞きました。……職業がアイテムマスターってだけで、アヤセさんを馬鹿にする青星さん達を私達は許せません! ですので、殴ったことはともかく、結果として同じクラン幹部のまかろんさんが怒ってくれたことは、とても清々しました!」
「……」
マリーとノエルの反応に面食らったものの、まかろんは二人がこうした反応を示す理由を即座に理解する。
「…二人ともアヤセ氏に恩があるのね」
「モチロンですっ! 先輩はノエルの白馬の王子様ですぅ~」
「…あたしも『星見の台地』でアヤセ氏に助けてもらった。だからあたしにとってもアヤセ氏は白馬の王子様になる」
「へっ!? ま、まさか、まかろん先輩までっ! また新たなる強敵が出現しました~!!」
「…そう、って言いたいけど、もっと強力なライバルが目の前にいる。あたし達の一歩も二歩も先を行く強力なライバルが」
そう言いながらまかろんはマリーに視線を向ける。
「わ、私ですか?」
「…マリー氏は、別格。何故ならアヤセ氏に特別に扱われているから」
「あっ、まかろん先輩もそう思います? ノエルもマリー先輩にそ~言っているんですけど本人は全然思っていないみたいなんですよ~」
「…それは贅沢な話」
「特別扱いだなんて、私はそう思えません。もしそうだとしたら、私の想いにとっくに気付いてくれているはずです……」
困惑したマリーは二人の意見を否定し、ため息をつきつつぼやく。今まで心の内にしまい込んでいた本音を漏らしてしまったのは本人も意外に思ったが、この二人は理解してくれるという、信頼感をいつの間にか抱いていたことに気付いた。
「あ~」
「…確かにアヤセ氏は鈍い」
一方マリーの想いを耳にしたノエルとまかろんであるが、二人はこれに驚くような反応を見せず、当たり前のように受け入れアヤセの鈍感さに共感を示した。
「ホントに、何であんなにドライなんでしょうね~」
「…少し男女の仲の進展に慎重なところはある。もしかしたら意図的に避けたいと思っているかもしれない」
「それじゃあ、絶望的です~! でも、ど~してなんですか~?」
「…あくまで可能性の話。でも、そうだとしたら、あたし達が無理に入り込むことはできない」
「さすがにそこまででは無いかもしれませんが、微妙に言葉尻をはぐらかされたり、取り違いが生まれやすい言い回しをしたりするのが気になりますね」
「…最もこれはあたしの考え過ぎかもしれない。でも……」
「はいっ、『でも』、ですよね~!」
三人がそれぞれ似たような感想を持ったのもアヤセの鈍さに悩まされているという共通点があったからかもしれない。お互いアヤセを巡るライバル同士であるが、話が思いのほか盛り上がり意気投合する。
「なんか皆さん同じような悩みを持っているのですねぇ~」
「こんな言い方は正しいか分かりませんが、何だか親近感が湧いちゃいました」
「…あたしも今同じことを感じた。それで二人に提案があるのだけど」
「提案ですか?」
「…あたし達、同盟を組まない?」
「えっ? 同盟ですかぁ?」
「…つまり、私達でアヤセ氏の鈍感さを打破して、同時に他の女の子達が近付かないように見張ることを一緒にしようということ」
まかろんの出し抜けな提案に、当初マリーとノエルは怪訝な顔をしていたが真意を理解し、大きく頷いた。
「アヤセさんって、NPCからも好感を持たれることがあるから油断できません。やりましょう!」
「ノエルも賛成です~!」
「…抜け駆けも禁止だけど、これ以上のライバルを増やさないためにも協力が不可欠」
そう言いながらまかろんは腕を前に差し出す。これを受け、マリーとノエルお互いに顔を見合い、まかろんの差し出された手の上にそれぞれ手を重ねた。
「皆さん、宰相閣下がお会いになるそうです」
ランベールが会話に割って入る。彼は今までのマリー達が話していた内容を聞いていなかったようで、三人が真剣な表情で頷きあい、手を重ね合わせている姿を見て、自身が目を離したわずかな時間の中で何があったのだろうかと首を捻ったのだった。




