92_【閑話】顕彰式
アヤセが突然目の前から消えたことは、マリー達にとって全く予期しない出来事だった。
「せ、先輩が消えちゃいました~!」
「一体何が起ったのですか!?」
困惑は声を上げたノエルやジュイエだけで無く、マリーとホレイショ、ラビちゃん達も同様であった。
「これはただ事じゃねぇ。召喚獣のチーちゃんまで姿形も消え失せちまって、まるで神隠しだぜ。」
ホレイショ達が訝しむのを傍目に、マリーは突然目の前でアヤセが消え失せたことに既視感を持つ。それは、以前、自身にハラスメント行為をはたらいたクラン「ビースト・ワイルド」の牛頭と馬面が運営により強制的にゲームから退場させられた光景とまるっきり同じだったからだ。
マリーは黙り込む。あの時、牛頭と馬面はアヤセとマリーに対するハラスメント行為が運営によって認定され、ブラックリスト記載の罰則が決定された。もし、アヤセの消失が運営からの召喚転移であるならば彼女には心当たりが大いにある。
マリーは戦争イベント時にアヤセが垣間見せた冷たい薄ら笑いを思い出し胸が苦しくなる。運営が戦闘のデータなどを解析して問題視したのか、それとも対戦相手のクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の女性プレイヤー達が今になって申し出たのだろうか、理由は分からないが、その懸念が杞憂であって欲しいと思いつつ、取り急ぎアヤセに現状を問い合わせようとメール送付画面を開くが、同時に驚愕の声を上げた。
「アヤセさんはログアウトしています……!」
アヤセが既にゲームから退出していることに告げたマリーに全員の視線が集まる。
悪い予感が的中してしまったマリーは言いようの無い不安に襲われる。この状況からおそらくアヤセは運営によって何かしらの罰則措置を取られた可能性が高い。まだアカウントは残っていることから、今のところブラックリスト入りは免れているようだが、これだけではアヤセのゲームの復帰有無やその時期は全くもって分からなかった。
「アヤセさん、大丈夫でしょうか……」
「まぁ、相棒のことだからまた戻ってくるだろ? 普通のログアウトの場合に残る抜け殻が消えちまっているのは不思議だが、それも含めて顛末を後で本人に聞くしかねぇと思うぜ」
事情を知らないホレイショ達はアヤセの消失を驚きこそすれ、それほど深刻に捉えていない。マリーは戦争イベントにおけるアヤセのなるるんとクリードに対する振る舞いや、復讐を目標に掲げ行動していることを皆に相談するか迷うが、本人のいない場所で公言していないことを伝えるのもどうかと思い、結局相談することは思い留めた。
「確かに本人に聞いた方が良いかと思います。マリーさんもアヤセさんにお願いごとができずに残念でしたね」
「そうだな。それでマリー嬢は相棒に何を頼もうとしていたんだ? もし俺にできることだったら手伝うぜ?」
「……」
「マリーさん?」
「え? ……あっ。済みません、ありがとうございます。私がアヤセさんにお願いしようとしていたことですよね。お願い事はこの封筒の内容に関することです」
「ああ、相棒に見てもらおうとしていたやつだな。……ちょっくら、中身を見せてもらおうかね」
ホレイショはマリーから差し出された封筒を受け取って外見を観察する。封印は既にマリーの手によって開封されていたが、封蝋の形は確かめることができる。白百合紋章を模したような花形の紋章は、戦争イベントで王国軍が掲げていた軍旗の模様とそっくりだった。
断りを入れたホレイショが同封の招待状に目を通す傍ら、マリーは内容の捕捉をする。
「これは顕彰式の招待状です。式典自体は七日後の夕方からで、レセプションもあるみたいです。アヤセさんにも勧められたのですが、色々とメリットがありそうだと思いましたので出席をしようと思っています。まぁ、匿名のままで行こうと思っていますが……」
「マリーさんは先の戦争イベントでランキングに入ったのですか! 凄いです。プレイヤーの方で王城に招かれたことがあるのは、数える程度しかいないと聞いています。レセプションではどの様な料理が出されるのでしょうか? 気になりますね」
戦争イベントに参加していなかったジュイエが、マリーの実績に感嘆する。また、多くのプレイヤーが居住し、都市の全容がほとんど明らかになっている王都の中で、数少ない未知の領域である王城で提供される料理がどの様なものかを職業人として興味を持った様子を見せた。
「ありがとうございますジュイエさん。それで、一人で王城に行くのはちょっと……、と思いましたのでアヤセさんに一緒に来てくれないかと頼もうと思っていたんです」
「『当日は同行者の出席を二名まで許可する』ってやつか。それだとまぁ、エスコート役は相棒が適役だよな」
「それで、この招待状はランベール師団長の代理人っていうNPCから受け取りました」
「ああ、ランベールって確か、マリー嬢に気がある軍のお偉方か」
「はい。……そのランベールさんからのアプローチの勢いが強くて困っています。当日も私の家まで迎えに来るらしいですし、付き添いをしてくれる人がいないとちょっと不安なんです」
「そうか。同行を頼むべき肝心の相棒が、いつ戻って来るかも分からねぇから確かに困るよな」
「ええ。アヤセさんに頼めないのでしたら今回の式典への出席は、考えないといけないと思います」
「俺でよければ、と言いたいところだが、この日時だとあいにくリアルで用事があってな。下賜品も貰えるから勿体ねぇと思うが、欠席も仕方なしか」
「……あのっ、待ってください!」
マリーとホレイショは、唐突に声が上がった方向へ同時に顔を向ける。その先にいたのは、今まで黙って会話を聞いていたノエルだった。
==========
「……目録、一つ、王国軍五等勲章、一つ、八十万ルピア、一つ、陳情書一通、一つ……」
国王を上座に据え、王国の廷臣、将軍、諸貴族等が立ち並ぶ謁見の間に、マリーの功績に対する報償が粛々と読み上げられていく。
「以上、功績第一位の匿名殿に授与するものなり。匿名殿及び同行者の方はレセプション会場へ移動を」
一礼してマリーは謁見の間を案内に従い退出する。
顕彰式はあっという間に終わった。廊下には先に退出していたランベールとノエルが待っており、周囲の雰囲気に呑まれ緊張の面持ちで式典に臨んでいたマリーを労う。
「マリー先輩お疲れ様でした!」
「何もすることは無かったけど、やっぱりこういうところは疲れちゃいます……」
「国王陛下の御前ですから、緊張するのも無理は無いかと。そのような中でマリー殿の優美なお姿には、参列者の貴族連中も大いに目を引かれたでしょう。ノエル殿もそうですが素敵なお召し物ですね」
「ノエルも、近くにいた人達に着ているドレスをどこで仕立てたのか聞かれちゃいましたよ~」
「勿論私が申しているのは、ドレスだけではなくマリー殿の宝石のよう美しい瞳に、銀糸のような御髪、透き通るようなお肌といった、貴女自身の魅力についてです。……貴女が私にだけ笑顔を向けてくださるのでしたら、私以上の果報者はこの世界に存在しないでしょう!!」
「……」
ランベールの歯の浮くような台詞に対し、マリーはノエルに困惑した表情を見せ、一方のノエルは小さく肩をすくめる動作で返した。
一度は顕彰式の欠席を考えていたマリーがこうして式典に参列しているのは、ひとえにノエルが同行を申し出たからである。
ノエルの意図は読めなかったものの、社交的で物怖じしない性格の彼女が手を上げてくれたことはマリーにとって願ってもないことだったので、率直に感謝して申し出を受け入れることにした。
ちなみにマリーは自分用に式典に着ていくドレスを仕立てていたが、ノエルにも感謝のしるしとして同様の物の用意を約束し、徹夜で仕立て上げた。ノエルのドレスは急ごしらえで仕上がりに不安が残ったものの、当人や周囲の者達からの評判は上々だったので、マリーは密かに胸を撫で下ろしたのだった。
「ところで、ノエルさんはどうして私に同行しようとしたのですか?」
廊下の移動時間を利用してマリーはノエルに改めて同行の理由を問うことにする。ノエルは今のところ、参列者と談笑して場の空気を和ませたり、マリーだけでなく本人にも何かとアプローチをかけてくるランベールを上手く躱したりと付き添いとしての役割をそつなくこなしているが、反面、彼女が何故自身に付き添うことを決めたのか、マリーは気になっており、明確な理由を聞きたいと思っていた。
「マリー先輩、『ノエルさん』なんて他人行儀なことは言わずに、呼び捨てでいいって言っているじゃないですかぁ~」
「でも……」
ノエルは、すっかり打ち解けた様子で言葉を返すが、マリーはその距離の詰め方に戸惑いを隠せない。
「え~と、それでついてきた理由ですか? 一番は欠席なんかしないで、マリー先輩が頑張った分しっかり褒められて、賞品をもらって欲しいからです~。あと、先輩に喜んで欲しいってこともそ~かもしれませんね~」
「アヤセさんのため?」
アヤセを想う行動とノエルの顕彰式への出席は一体どのように繋がるのか? あっけらかんとしたノエルの言動の真意が分からずマリーは更に戸惑う。
「はい~。マリー先輩が式に出て欲しいって一番思っている人は、たぶんマリー先輩のことを気にかけている先輩だと思ったんです~。そんな先輩が、自分がいないせいでマリー先輩が出るのを止めちゃったら、すっごく落ち込むと思うんですよ~。だからノエルが代わりをして先輩が戻ってきたときに褒めてもらいたかったんですぅ~」
「……!」
「…………。あっ、もしかして失礼なこと言っちゃいましたか? もちろん、さっきも言ったとおり、マリー先輩が表彰されるのが一番大事なんです~。本当ですよ~!」
マリーが急に黙り込んだことに気付いたノエルがやや慌てて言い繕うのを聞きながら、マリーはノエルが答えたことを頭の中で思い返す。
「……(私は、この子のことを誤解していたかもしれない)」
マリーはノエルのことを、愛想だけが良いただの八方美人で、年上の頼りがいのある男の人に甘えたいがために、アヤセについて回っているのだと思っていた。しかし、アヤセの望むことを的確に把握し、更に自身が困っている場面において、いずれはお互いライバル関係になるかもしれないことを承知で助力を申し出たことを知り、その考えを改める必要があると感じた。最もマリーがアヤセ不在を理由に顕彰式の出席を断念したら、アヤセがマリーに対し、負い目に感じて今まで以上に何かと便宜を図るようになるかもしれないのでノエルがそれを阻止するため今回の行動に出たのではないかという考えも頭をよぎったが、彼女がそこまで計算して動いておらず、あくまで当人の善意の行動であることは、その自然な振る舞いで十分察することができた。
「はっきり言われるとちょっとへこむわね」
「ごめんなさい……」
「でも、ノエルちゃんの気遣いはアヤセさんもきっと喜ぶと思うわ。勿論、私も今日は付き合ってくれて感謝している。本当にありがとうね。ノエルちゃん」
「マリー先輩……。そうですよね! きっと先輩も喜びますよねっ!」
ノエルを認め、その呼び方もフランクになったマリーの言葉を耳にして、ノエルはにっこり笑顔を見せた。
「でも、アヤセさんは私以外の誰にだって気にかけているわ。ノエルちゃんにも優しいんじゃない?」
「ええ~っ!? 先輩にどれだけ大事にされているか気付いていないのですかぁ? ノエルだってもっと優しくしてほしいのに、マリー先輩がいるから、そ~してくれないんですよ~!」
「そ、そうかしら?」
ノエルの指摘を受け、マリーは自身の置かれている状況を振り返る。しかし自身が他のライバルに比べて一歩先を行っているとは、いくら考えても自覚が持てなかった。




