80_エピローグ
アヤセの核心を突いた質問でも、重苦しい沈黙を破ることができなかった。
しかし、その沈黙こそがアヤセの問いに対する答えを雄弁に語っている。岩鉄は敗戦の責任を取らされて、クランを追放されたのは疑いようが無かった。
「『深紅の連隊旗』……」
「!」
アヤセがアイテム名を口に出し、それに岩鉄が反応する。
「もし、連隊旗喪失が追放の理由になっているのでしたら、その原因は自分にあります。なるるんとクリード達から連隊旗を奪ったのは自分です」
「……」
それを聞き、岩鉄は表情を変えず無言のまま落ち着いた動作でお猪口の中身を一気に飲み干す。そして、手酌で酒を注ぎ直しながら静かに笑いだした。
「フ、フフフッ……。まさかこの件も貴様が絡んでいるとはな!」
岩鉄の笑いには驚嘆と自嘲が込められていたが、怒りは感じられない。アヤセは、岩鉄の心境を推し量れず無言で次の言葉を待つ。
「驚いたが、お互い両陣営に分かれ全力で戦った結果だ。俺が貴様を責めると思ったか?」
「……」
「フッ! そう思わせたのであれば、俺もまだまだだな。確かに連隊旗喪失も理由の一つだが、それだけではない。要するに敗戦の全責任が追放の理由なのだ」
アヤセは、岩鉄に恨み言の一つや二つをぶつけられるのを覚悟していたが、その潔さに感心する。しかし、それもやや過ぎるのではないかとも同時に感じた。
「敗戦は、岩鉄さん一人で負う責任では無いと思います」
「俺以外では、なるるんとクリード、あと連隊旗の旗手だった者が追放処分を受けた。アイオスの肝煎りで大役を任されておきながらの失態だったから、奴も許せなかったのだろう」
「なるるんとクリードも……」
なるるんとクリードはアイオスと謀って「リアルで心を折って引退に追い込む」ために、アヤセを瀕死状態にした上、クモのモンスターに食い殺させ、追放するという仕打ちをした。その当人達も自身と同じクラン追放という末路をたどるのは何とも皮肉であるとアヤセは感じる。最も二人に対する同情は一切無かったが。
「ところでアイオス副長は、何かしらの処分が下ったのでしょうか? 話を聞いている限りだと、なるるんとクリード達に連隊旗を任せたのは副長の推薦のように思えたのですが、それだったら、不適当な人選をした副長にも責任はあるはずです」
「アイオスはお咎め無しだ。自分の伝手で帝国軍の使者が見舞い品を持ってクランを慰問に訪れたことを理由に不問になった」
再び岩鉄は自嘲気味に静かに笑う。
「帝国軍の使者だって奴が責任逃れのために仕組んだ茶番だ。だが、ここで奴を切り捨てると、その帝国軍から今後協力が一切得られなくなる。それを分かった上で団長は苦渋の決断を下したのだ」
「……」
クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」は一体帝国軍からどのような援助を得ているのだろうか? エルザがβ版から背中を預けあって死闘を戦い抜き、共にクランを一から築き上げてきた唯一無二の同志である岩鉄を見捨ててまで得なければならない物なのだろうか?
「団長のお気持ちは痛いほどよく分かる。だから俺は黙って身を引くことにしたのだ」
「……」
岩鉄が追放されたのは、単にクラン内の権力闘争の結果であって、複雑な事情がある訳ではない。団長の信頼厚い岩鉄をアイオスが邪魔に思い、敗戦を口実に排除したのが大筋だろう。
クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の幹部達への復讐を目標にしているアヤセにとって、当該クランが仲間割れで弱体化することは歓迎すべきことである。しかし、そう割り切れない心境も同時に抱いていた。
「それで、岩鉄さんは今後どうされるのでしょうか?」
アヤセの口から自然と言葉が出る。自身と同じようにアイオスへの復讐に走るのか、それともエルザへの忠誠を今後も何かしらの形で示していくのか。その去就が気になった。
「そうだな、それを決めるべく貴様に会いに来たのだ」
「自分に、でしょうか?」
「ああ。貴様は俺より早く追放され、王国で雌伏してきた。そして、先の戦争イベントで帝国に抵抗する道を示し、俺はそれに打ち負かされた。貴様をそうさせる理由は何なのか、それを知りたくてこうして訪ねたのだ」
「……」
やはり、長年苦楽を共にしてきたエルザに見捨てられたことは耐え難いことだったのだろう。見た目は平静を装っているが、後進のアイテムマスターに今後の身の振り方を尋ねなければならないほど本人が負った精神的なダメージは相応だったに違いない。
二人の間に再び沈黙が流れる。アヤセは岩鉄に本心を打ち明けるか迷うがその心情を汲み取り、これまでの経緯を振り返りつつ、自身の考えを整理するように語り出す。
「自分の原動力は、自分を追放したクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』に一泡吹かせることを目標としていることです。クランと帝国軍が副長の手引きで癒着しているのは知っていましたから、今回の王国への侵攻に対しても目標の一環として、王国軍に志願して戦いました」
エルザのクランに対するアヤセの否定的な発言に、岩鉄の顔が曇るが特に話を遮ることはせず傾聴する姿勢を崩さない。
「しかし、今回のイベントに参加したり岩鉄さんの話を聞いたりして、自分の中で疑問が出てきました。……そもそも今回の戦争イベントの参加は、本当に団長の意向なのだろうか、と」
「それはどういうことか?」
「今回のクランのイベント参加と、団長が普段から団員達に見せていた範たる振る舞いが自分の頭の中ではどうしても一致しないのです。あの団長がこんなことを望んでなんかいないのではないか……。自分はそう感じずにはいられません」
「……」
「アイオス副長は、外でも内でもエルザ団長の威を借りて、自らの派閥をクランの中で作り上げようとしています。それに引き寄せられた、なるるんやクリード達のような有象無象がクランを食い潰しているのが現状ではないでしょうか」
「つまりアイオス達が団長を利用しているということか?」
「エルザ団長に最も近い岩鉄さんでしたら、心当たりはあるのではないでしょうか?」
「むむ……」
「確か、団長の目標は、『誰よりも遠い世界に誰よりも早く到達すること』だと伺った記憶があります。アイオス副長達はそんな団長の目標に付け込んで自身の欲望を満たしていると思われます」
「……」
「自分は、団長に憧れクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』の門を叩きました。ただ団長が『ゲームの顔』とも言えるトッププレイヤーだからという理由ではなく、団長の崇高な目標や清廉な人柄に惹かれて、何かのお役に立ちたいと思ったからこそ志望したのです。……最も大して役に立てませんでしたが」
アヤセは目線を畳に落とす。だが、再び岩鉄に真っ直ぐな視線を戻し、続きを語る。
「本当はアイオス副長やそれに追従する高級幹部達を排除して、団長の目標が正しく達成できるようにすることが正しいやり方なのかもしれません。自分には、クランを復讐の対象とする目標は今でも変わりませんので、このことを実行する資格はありません。それができるのは岩鉄さんだけです」
(本来だったら、岩鉄さんがクランに留まってそれをしなければならなかったのだろうが、本人は弁明もせずあっさり追放処分を受け入れてしまったからな。せめて今後の目標にして団長のために何かして欲しいところだ)
「団長のためにか……」
「この戦争イベント一つにしても副長が考えた筋書きの一つに過ぎません。副長が一体何を考えているのか見当がつきませんが、何か良からぬことを考えているのは推測できます。団長を副長の奸計から護ることができるのは岩鉄さんをおいて他にいないと思います」
「……」
岩鉄は目を瞑り、目の前にいるアヤセの言動を反芻する。
アヤセが言ったことは、自身が漠然と考えていたことと同じである。おそらくこのアイテムマスターが言っていることは正しいだろう。
今この瞬間にもアイオスは、クランの団員を抱き込み、エルザの勇名を利用して自身の野心を満たす計画を立てているに違いない。奴が何を企んでいるのか……。底が見えない不気味な欲望を抱えたアイオスに団長が生け贄にされることは何としても防がなければならない。
「貴様の言うことは一理ある。こんな馬鹿げたことは直ちにやめさせなければならない。俺の思うところは貴様と同じだ。アイオスの野望はクランのみならず団長を道連れにしかねない。それは許されないことだ」
岩鉄は大きく息を吸い込み、深呼吸した後、刮目し堂々と宣言する。
「……俺のやるべきことは決まった。貴様とは、ある程度目標を同じくする者同士かもしれない。しかし、クランまで報復の対象にしていることは容認できないな」
「そうならないために、岩鉄さんが一日でも早く復帰して、クランを立て直していただきたいと思います」
「精々努力しよう。それと、貴様の団長に対する敬意はよく分かった。もしかしたら現在クランに在籍している団員連中よりもその思いが強いかもしれないな」
「団長に対する尊敬の念は今でも変わることはありません」
「だが、俺より劣る」
そう言いながら岩鉄は短く笑う。
一方のアヤセも岩鉄の口から唐突に出た冗談につられて笑った。
「突然ですが岩鉄さん、ルピアは足りていますか?」
「本当に突然だな。だが、実を言うと裸一貫の無一文で追放されたから何かと物入りなのは事実だ。しばらく王都の冒険者ギルドで仕事を請け負って、生活費や装備品の購入費用を稼ぎ出さなければなるまい。戦争イベントにも参加をするためには装備品は早く充足させたい」
「そうですね。それに関して提案があるのですが。アイオス副長の鼻っ柱をへし折って、更に岩鉄さんの退職金もクランから捻出させる方法です」
「そのようなうまい話があるのか?」
「ええ。試す価値はあると思います」
アヤセはにっこりと笑い頷いてみせる。今回の岩鉄の追放は、アイオスの甘言に乗せられているとはいえ、エルザの意志が薄弱だったことも無関係ではない。いくら尊敬する団長であったとしても、その決断が重大な誤りだったことを彼女に伝える必要がある。アヤセは自身のクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」への宣戦布告を兼ねて岩鉄に提案を行ったのだった。
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―――アヤセが岩鉄に提案を行ったのとほぼ同時刻
ここはクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の副長執務室。
アイオスは一人、グラスに注いだブランデーを静かに回しながらその香りを楽しんでいる。帝国軍がブルボンヌ地方から略奪した逸品を譲り受け、こうして一人祝杯を上げているかたちだ。
「フフフッ……。戦争イベントで敗れたのは残念でしたが、団長の犬を追い出せたのは僥倖でしたね。これでクランの掌握も今まで以上にやりやすくなるでしょう……」
グラスに満たされたブランデーに映る顔は、満足げな笑みを浮かべている。敗戦の責を負わせ、岩鉄と一緒になるるん、クリード、カラバーシも追放の処分を下さなければならなかったが、そんなものは損害のうちにも入らない。
「なるるんさんとクリードさんは戦後一度もログインしていないそうですが、別にどうでもいいでしょう。二人の代わりなんていくらでもいるのですから」
今回の戦争イベントは、勝ったらクラン内における自身の発言力が上がり、敗けても総指揮を執っていた岩鉄に全責任を押し付けることができる利点がそれぞれあり、どう転んでも自身が得をする仕組みになっていた。アイオスは、思惑が上手く運んだことを自画自賛し、文字通り勝利の美酒に酔いしれている。
「戦闘職の幹部にはカネと適当な装備品を提供して、生産職は今まで以上に締め上げれば、私に従う者ももっと増えていくでしょう。今度の戦争イベントではどこかの都市の所蔵品を手に入れたいものですねぇ……」
アイオスは自身の野望の実現にまた一歩近づいたことに満足し、漏れ出る笑いを抑えることができなかった。
「し、失礼します!!」
アイオスの夢想は、突如一人の団員が部屋に飛び込んできたことで破られる。
「何ですか、ノックもせずに! 貴方も追放されたいのですか!?」
「こちらを御覧くださいっ!」
非礼を詫びる時間も惜しいとばかりに団員は、アイオスの前まで走り寄って画面を見せる。
「オンラインショップ?」
怪訝な表情で画面を見るアイオスであるが、それを目にした途端、顔を真っ青にして椅子から飛び上がる。高級ブランデーが注がれたグラスが床に落ちて割れる音と共に、巡っていた心地よい酔いが瞬時に醒めた。
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「な、なっ……」
「掲示板でもこの出品について騒ぎが広がっています! 急がないと誰かに買われてしまいます!」
「……な、何をしているのです! 経理班長を呼びなさい! 早くっ!!」
団員が慌てふためき執務室を退出するのにも目もくれず、アイオスは自身で画面を呼び出し、出品情報を再度確認する。
「間違いありません。この装備品は私が以前錬金で作製したものです。ポテンシャルまで付与して、一体誰がこんな真似を……」
アイオスはよろめきながら椅子に落ちるように座り直す。そして頭を抱え経理班長が出頭してくるのをただ待つ他なかった。
無事に第四章の終わりまでアップすることができました。
プロローグが1話に収まりきらず2話に分けましたので、最終的に章全体で29話になりましたが、書き溜めていたものが何とか形のあるものになって、何だか肩の荷が下りたような気がします(それにしても掲載まで時間がかかってしまった……)。
本章最後までお読みくださいました皆様には感謝いたします。第四章はこれで終了となりますが、明日以降も幕間をアップする予定です。幕間は当初のお知らせしたとおり4話お届けします。
引き続き御愛読のほどよろしくお願いします。




