08_外奴隷
長い旅路を経てたどり着いた王都。
アヤセ達は、堀に架かる長い石橋を渡り、西城門をくぐり抜け、今、城門前の広場にいる。
「王都までの道案内、本当にありがとうございます。お陰様で無事にたどり着くことができました」
「そんな、私だって素材集めを手伝ってもらって、本当に助かりました」
二人は、無事王都に着いたことで、お互いに礼を言う。
「王都は、日が落ちると門が閉まって、それより後に通るにはお金を払わないといけませんので、間に合って良かったです」
「その辺は、帝都と同じなのですね」
城門前の広場は、現在、アヤセ達と同じように滑り込みで城門をくぐったプレイヤーでごった返している。
「あのっ、アヤセさんはこの後どうしますか?」
マリーは、もじもじしながら突然聞いてくる。
「とりあえず、今晩の宿を探して一旦ログアウトしようかと思っています。それで明日以降にギルドへの届け出をするつもりです」
「泊まる場所でしたら、酒場の二階にありますよ。それで、もし……、嫌じゃなかったら酒場でもう少しお話しませんか?」
マリーは、まだもじもじしている。
「私、あまりフレンドとかいなくて……。今日、アヤセさんと一緒に採取やお話ができて、とても楽しかったです。同じ生産職として参考になることも多かったし、もっとアヤセさんのお話を聞きたいなって……。だから、もう少しだけ一緒にいさせてください……」
「はい、ログアウトの制限時間までまだ時間がありますから、御一緒させてください。ちなみに自分もフレンドらしいフレンドは、今のところマリーさんしかいませんよ」
あっさりとマリーの申し出を快諾するアヤセ。それに伴い、マリーの表情もぱっと明るくなる。
「私だけ……! やだっ! 私ってアヤセさんの『オンリーワン』なんですね!」
「え? あの……」
「い、いえいえ、こっちの話です。それじゃあ、早速酒場に行きましょう!」
「ところで、マリーさんは、年齢的にお酒を飲んでも大丈夫……」
「あっれぇ~。マリーじゃん。何してんのぉ? こんなところで」
二人の会話に無遠慮に割って入る声の方に顔を向けると、獣人の男女が三人立っていた。そのうち、声をかけたのが、猫型獣人の女であり、他の二人は犬だか狼型の男である。マリーを見て、小馬鹿にしたようにニヤニヤ笑っている様子にアヤセは、以前所属していたクランの団員が自分に向けていた顔と同じものを感じ、不快感を覚える。
(こいつら、マリーさんが言っていた「付き合いがあるクラン」の連中だな)
アヤセはそう直感する。そんなクランの三人は、アヤセのことを初めからいなかったように無視してマリーに話しかける。
「あんたさぁ、服を作らないで外で何してる訳ぇ?」
「こんばんは、シノブさん。今日は素材集めに草原まで行ってきました」
「おいおい、ゴミみたいな素材しか集めらんねーのに、時間無駄にしてんじゃねーよ。そんなことやってる暇あったら、服作って納品した方がいいんじゃねーか?」
シノブという猫型獣人に加え、犬か狼の獣人が馬鹿にするようにマリーに話しかける。
「ホント、素材ならウチで売ってるやつ使いなさいよぉ。あんたのゴミ素材よりずっといいもの作れるわよぉ~」
「でも、少しは『採取』の技能レベルも上げたいですし」
「だ、か、ら、よ、そんなゴミ素材の服なんかだと買値も安くなるだろ? アンタ、借りが十万ルピアあるんだから、少しでも稼いでおけよな」
(えっ? 十万ルピアだと!?)
アヤセはその金額に耳を疑う。このゲームの通貨「ルピア」は、現実世界の価値に換算すると、一ルピアあたり十円という設定なので、マリーの借金は百万円程度あるということだ。
「分かっています。ですので、服の納品の数をもっと増やすつもりです」
「でもねぇ~、あんたの服って、ちまちま細かいんだけど、肝心の効果が低いからあまり売れないのよねぇ~。仕方がないから引き取ってあげてるけどぉ、もっといいの作れないの?」
「私なりに、いい物が作れるように頑張っています。……頑張っています」
「ま、才能ねぇんだよ! アンタ!」
声が次第に小さくなるマリーを尻目に哄笑を浴びせる三人の獣人達。この光景は傍から見ても胸のむかつく思いだ。アヤセはこっそり運営への通報動画撮影を始める。
「いじめちゃ可哀想よぉ。それで、マリー、今週の納品なんだけど、明日までにしてくんなーい?」
「え、でも約束では週末でいいって……」
「あたしが今決めたの! できないなら、買い取りは今後一切しない! あんたの服なんて、他では売れないのに、それでどうやってお金を返せるっていうの! 今後も買い取りをして欲しければ黙って従いなさい! 分かったぁ?」
突然激昂したシノブにマリーは委縮する。シノブのあまりの剣幕に周りを行き交う人の中には振り返ってこちらを見ている者もいた。
「……はい、分かりました……」
マリーは小さい声で答える。
「分かればいいのぉ。質に問題があるなら量で補うのが常識よぉ。あんたはトロいんだからぁ、これから徹夜でも何でもしてノルマをこなしなさぁい」
シノブ達は、言うことだけ言うと、さっさとその場を去っていく。マリーは涙を浮かべて三人組の背中を見ている。
「マリーさん……」
「ごめんなさい。急に仕事が入りました。お話は、また今度にさせてください」
そう言うとマリーは、涙で濡れた目を抑えながら、人ごみの中へ走り去ってしまった。
一人その場に取り残されるアヤセ。だが、彼がやることは既に決まっている。
シノブ達の後を追うため、アヤセもまた雑踏に飛び込んでいった。
シノブ達は、マリーに会った後、何人かの生産職と思しきプレイヤーを道端で捕まえ、会話を交わした。全員話を聞いた後、狼狽していた様子から、おそらく、用件はマリーに伝えたのと同じように納期の切り上げだろう。
(これは「外奴隷」だな)
アヤセはシノブたちの行動からそう結論付ける。「外奴隷」とは、アヤセが以前所属していたトップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の副長アイオスをはじめとする一部幹部達の間で使っていた、生産職のプレイヤーをクランに所属させず、何らかの方法で影響下に置くことを指して作り出した隠語だ。
大手のクランでは、装備品やアイテムを補充させるため、大勢の生産職を抱える必要がある。ただし、所属人数に上限がある関係上、抱えきれない生産職も存在する。そのような者を、様々な手段を講じて、自クランにのみ生産品を納めるよう、囲い込みを行っていた。他のクランへの納品や市場への流出を妨害する観点もあることから、囲い込みの締め付けは強く、時には脅迫じみた方法を用いたと幹部のなるるんとクリードが話していたのをアヤセは耳にしたことがある(ちなみに連中の言い草だと、クランに所属している生産職は、「外奴隷」に対比して「内奴隷」と呼んでいるそうだ)。
シノブ達はマリーに対し、おそらく法外な値段で服飾品の素材を売りつけ、難癖をつけて完成品を買い叩き、次第に負債漬けにして、囲い込んでいったのだろう。自らのクランにだけ納品を行わせるため、急に納期を早めたりして、他の製作に取り掛かる時間の余裕を与えずにコントロールしている可能性もある。
(いずれにしても、悪質極まりない行為であることは間違いない。先ほどのマリーさんに対する言動は、立派なハラスメント行為であるから、動画を送れば運営は何らかの措置を講じる筈だ。しかし、「外奴隷」の囲い込みはあいつら単独なのか、それともクランぐるみなのか、念のため確かめなければならないな)
アヤセは引き続き尾行を続ける。
やがて三人は、商業区の一角にある店と思しき建物に、正面入口から中に入っていく。アヤセも後を追って店の入り口まで来て、看板を見る。看板には、「クラン ビースト・ワイルド直営 高級服飾品専門店」と記載されている。派手な服が三着飾られたショーウインドーを備えた店構えだ。
(どうやらここが奴らの根城らしいな)
アヤセは、カラコロと鳴るドアを開け店内に入る。
店内は、小さな受付カウンターが正面に置かれ、その後ろにブースが左右に各四個、計八個ほど設けられている。店内に服飾品はショーウインドーに飾られたもの以外は見当たらない。おそらく、倉庫から取り出した商品をブースで個別に品定めする方法をとっていると思われる。ゲームの世界なので、倉庫からボタン一つで商品の出し入れができるから、その方が都合いいのだろう。聞こえてくる声から察するに個別ブースは、ほとんど埋まっており、まあまあ流行っているようだ。
受付カウンターには、執事服のような黒服を着た一人の馬面の獣人が座っていた。二足歩行の馬の獣人は見た目がかなり不気味だ。
この馬面の獣人は、初期装備品で固められた、アヤセのいでたちを一瞥して舌打ちした。
「冷やかしで来るなら帰れ。うちの商品は、お前程度には買えな……」
話を遮り、無言で十万ルピアインゴットをインベントリから取り出し、カウンターに叩き付けるように乱暴に置く。ルピアの受け払いは、現金でなくてもステータス画面上でも行えるのだが、尊大な態度の馬面を黙らせるために、あえて現金を取り出し見せつけた。
アヤセは、ルピアをフィールドボス撃破報酬やゲンベエ師匠から送られた金額等を合わせ、今のところ十万強所持している。獲得のタイミングはバラバラだったが、合計所持金額で相応するインゴットや大きな額の硬貨が出せるのは便利だ。
「こ、これは……!?」
突然目の前に現れた大金に、呆けたような馬面の手がインゴットに伸ばされるが、アヤセはさっさとそれを自分のインベントリにしまい込む。
「事情により、街中はこの格好でいる。人を見かけで判断するな。こっちは買い物でこの店まで来たんだ。早くブースに案内してもらおうか」
「こ、これは、大変失礼いたしましたお客様。ただ今、御案内させていただきます」
馬面に案内されブースの一つに通される。ブースには大きめのテーブルと椅子が四脚置かれていた。椅子に掛けて待っていると、馬面がお茶を用意して戻って来る。どうやら接客はこいつが行うようだ。
「この度は、当店への御来店ありがとうございます。当店では、ただ今キャンペーンを実施しておりまして、お客様にお勧めしている商品がこちらのように……」
「目的は贈答用。予算は十万。防具全種。足が出るなら内体、脚、靴の三品。効果よりも見栄え、細工がしっかりしている物を優先だ」
「か、畏まりました。ただ今リストを確認させていただきますので、少々お待ちくださいませ」
「自分の希望以外の無駄な売り込みには、聞く耳を持つつもりはない」という意思表示を込めて、アヤセは簡潔に、そして断定的に予算と希望を伝える。
(やはり、クラン直営店を持っていたか。この様子では、経営形態は、「払い下げ」ではなく、「転売」だな)
クランで生産された装備品やアイテムは、必ずしもそのクランのみで消費される訳では無い。
生産された装備品、アイテムが、他のクランや市場への流出するのを阻止している一方、型落ちした装備品や、需要が落ち込んだアイテム等不要になる物品も多く存在する。格の高いクラン程、そういった物品や攻略の途中で入手したドロップ品等を払い下げる直営店舗を構えているケースが多い。あの「ブラックローズ・ヴァルキリー」も帝都で直営店を経営し、トップクランの名を大々的な宣伝に利用して、二線級の装備品や余剰在庫のアイテムを売りつけ巨額の利益を上げていた。
以上の形態を主に「払い下げ」と呼んでいるが、その一方で、需要やトレンドを見込み、販売商品を絞り、生産コストを極力抑え、高値で売りつける「転売」を重点的に行うクランも存在する。「転売」は設立間もない駆け出しのクランが、投機的に手っ取り早く軍資金を稼ぎ出す目的で行うことが多い。利益を得るためには、物品の供給を完全支配せねばならず、生産職の囲い込みによる「外奴隷」化や、クランの言値で購入を強いられるプレイヤー及びNPCの不満を招く等の問題が多かった。
(「転売」なら「外奴隷」の囲い込みをクランぐるみでやっていると考えて間違いないだろう。それで、実際どのくらいの値段が付けられているか)
「お待たせいたしました。お客様の御予算と御希望ですと、こちらの商品などいかがでしょうか?」
馬面が画面に表示されたリストを見せてくる。
(何だと? どれも二万ルピア以上するぞ!?)
リストの装備品は、きらびやかなドレスや礼装軍服風の服等であり、中には五万ルピアもする物があった。高値を付けているが、どれもアヤセが希望したとおり、細かい箇所も手を抜いたりせず、しっかりと細工が施されている見事な品が多かった。
「お客様の御予算の範囲でしたら、防具一式ですと、ややグレードが落ちてしまいます。贈答用と伺いましたので、一点物でグレードの高い物が良いかと思いまして、リストの商品を選ばせていただきました」
「確かに、どれも素晴らしい逸品だ。このリストに載っている物は、全部同一の生産者が作製したものか?」
「はい。当クラン一押しの職人です。どれも自信をもって皆様に御提供できるかと思います」
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価格 35,000ルピア
【防具・内体】ローブ・デコルテ_上(白) 品質2 価値6 生産者:-
耐久値 100 重量5 物 1 魔 3
装備条件:MID 2以上
特殊効果:ハンドメイド品(転売ロックOFF)
ポテンシャル(1)…未開放
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(他の物もそうだが、品質が極端に低くて、価値が際立って高い傾向だな。これは、大したことない素材を生産者の腕で補っている証拠だ。こいつらには、高品質の素材を最前線で手に入れられるだけの実力なんか伴っていない。この程度なら、マリーさんに売りつけている素材の品質も果たして怪しいものだ)
「念のためお伝えいたしますが、御購入の際には、転売防止のロックをさせていただいております」
「ロックがかかっても、プレゼントはできるのだろう? だったら問題無い」
ハンドメイド品が、既製品と異なる点として、生産者名と転売ロックの有無がステータスに掲示される。生産者名の掲示は任意であり、無記名にすることも可能である。ほとんどのクランでは、販売しているハンドメイド品は無記名にしていることが多い。理由は、個人情報保護としていることが多いが、実態は、「外奴隷」を隠すためだろう。
転売ロックは、文字通り、転売による生産者の意図しない価格の高騰を防ぐため、取られる措置である。ロックがかけられると、ロックをかけた者から直に譲渡を受けた者以降から、金銭収受やトレードができなくなる仕組みになっている。ただし、無償による贈呈 (プレゼントともいう)やPKによる死に戻りのドロップによって、他者の手に渡ることもある。
転売ロックは、勿論ロックをかけなければ、何人の手に渡ろうが、金銭収受ができてしまうので、マリー達「外奴隷」がクランに納品する際に、ロックがかけられておらず、クラン直営店での転売が可能になっていることからも、あまりその用を成しているとは言い難い。
「恐れ入ります。それで、お気に召した商品は、ございましたか?」
「正直、ここまで素晴らしい商品があるとは思ってもみなかった。サプライズでプレゼントを考えていたのだが、後で『これが良かった!』なんて文句を言われても困るから、直接本人に選んでもらった方がいいな」
「左様ですか……。確かに、お連れ様に選んで頂いた方が、確実かと存じます」
馬面は、目の前の客が購入を即決しなかったためにややがっかりしたようだった。
「リストを事前に見せたいのだが、撮影は構わないよな?」
「申し訳ございませんが撮影は、御遠慮願います」
「チップだ。取っておけ」
アヤセは、千ルピア硬貨を馬面の目の前に置く。
「パーティーの連中にも今度、この店を紹介しよう。皆、品揃えをきっと気に入るはずだ」
「……お客様には敵いませんね。一枚だけでお願いしますよ」
千ルピア硬貨をポケットにしまいながら馬面は言う。アヤセは、リストの中で比較的高価な物が並んでいるページを撮影した。
「これでよし、と。他にも色々と商品があるみたいだが、参考までにカタログを見せてもらえないか」
「ええ、どうぞ御覧下さい。お気に召した商品がありましたら、この機会に是非お買い求めくださいませ」
お茶を片手に、カタログに目を通しつつ雑談を交わしていく。
「この調子だと、随分と流行っているだろうな?」
「お陰様で、防具の性能よりも装飾や趣きを重視するお客様に御愛顧頂いております。あと、最近は、王室関係の方々からも御用命を頂く機会が増えて参りました」
「王室から! それはすごいな。トップクランでも、各国の要人の伝手を辿るのに苦労しているらしいが、どうしたら上手くいくのだろうか? 秘訣はあるのか?」
「秘訣は、信頼の積み重ねかと。私共の仕事が評価された結果だと考えています」
(ふざけたことを! 仕事の評価って、お前達のでは無くて、生産職の評価だろう? 「信頼の積み重ね」でどれだけ生産職に犠牲を強いていると思っている!)
アヤセは、目の前にいる馬面に対し怒りを覚えるが、感情を顔に表さず会話を続けていく。
「『信頼の積み重ね』は、簡単なことだが、一番難しいことかもしれないな。多くの生産職が血と涙を流した努力の賜物だろう。このクランは、取るに足らない矮小クランと思っていたが、万が一王室御用達にでもなったら、考えを改めなければならないな」
アヤセの皮肉を込めた、クランを貶す言葉に馬面は気づかず、上機嫌に頷いている。
「ええ、まさしく今後の貢献次第では、その筋の方から王室御用達のお墨付きを与えも良いとも言われております」
「そうか! そうなれば、他のクランに先んじる快挙だ! これは、良いことを聞いた。」
「まだ、決定したことではありませんので、この話は、くれぐれも御内密にお願いいたします」
「こんな良い情報を他に話す訳は無い。……今度、良い素材が手に入ったら買取ってくれるか?」
「はい、その際は、是非当店までお願いいたします」
馬面は、口止めを依頼したが、この調子だと、おそらく他の客にもべらべら喋っているに違いない。クランの箔付けなのか単なる自慢なのか、真意は測りかねるが、国の要人に伝手を作る難しさは疑いようもなく、ましてや王室御用達はアヤセの言葉どおり、どのクランにも先んじていることから、役得も相当期待できるだろう。だからこそ御用達を狙っている他のクラン等から妨害を受ける可能性も考慮せねばならず、情報は慎重に取り扱うべきで、馬面の言動は軽率と言える。
実際に、妨害を企んでいる者が目の前にいるのだが、馬面はそのことに気付いていない。
(本当に「良いこと」を聞いた)
アヤセは、表情を変えず心の中でそう思う。その後は、適当な世間話や雑談をしながらカタログを見ていたが、最後のページで気になる物を見つけた。
「この服なのだが?」
「はい? ……ああ、申し訳ございません。こちらは、本来の商品ではございませんが、誰かが在庫管理をする上で、適当に値段を付けて倉庫に保管した物かと思われます」
その服は、三十ルピアの値が付けられていた。商品名は、「ウサギとネコとカメのセーター」。文字通りウサギとネコとカメの三匹の動物が、仲良く真ん中に綺麗に編み込まれている。生産者は無記名であったが、アヤセには誰がこの服を作ったのかすぐに分かった。
-もちろんです! みんな大切な友達です-
アヤセの脳裏には、晴れやかな笑顔でそう口にする銀髪の少女の顔が思い浮かぶ。
「これを貰おうか」
「いえ、この服は、先ほど申し上げましたように、売り物ではございませんので、よろしければ差し上げます。こう申し上げるのも何ですが、当方でも価値の無い服の在庫処分もでき、大変助かりますので」
「価値の有る無しは、売る人間が決めるものではない。覚えておけ。……ほら、三十ルピアだ」
馬面は怪訝な表情を見せたが、タダでやると言った物に代金が貰えたので、それ以上何も言わず三十ルピアを受け取った。
「用件は済んだ。邪魔をしたな」
「いいえ、滅相もございません。次回はお連れ様との御来店をお待ちしております。……それと、素材の件、貴重な物を手に入れられましたら、どうぞよろしくお願いします」
出口まで見送られ、アヤセは店を出る。
少し歩いたところで、アヤセは、先ほど購入したセーターをインベントリから取り出し、目の前で広げてみる。
(このセーターは、マリーさんが大事にしているモンスター達を思って作った物だろう。経緯が分からないが、マリーさんがこれを簡単に手放すとは思えない。ただ、見た目や数値だけを見て、他人の大事な物を奪い、無価値と言い切り、嘲る奴らは、一体何様のつもりだ? 戦闘職やクランの幹部達が生産職を侮蔑し、搾取する構造はどこに行っても同じなのか? 生産職はこんな立場にいつまでも甘んじなければならないのか? そうだとしたら、あまりにも不条理だ!)
アヤセは、目の前に広げたセーターを見て、そう思うのだった。