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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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78_決着

 アヤセは眼前の敵目がけ駆け出しながら、インベントリから「フリントロック式ピストル」を取り出して撃鉄を起こし、銃口を岩鉄に向ける。

 岩鉄の周囲に漂う空気は、重苦しいと言う一言では片付けられないほど張り詰めており、一歩を踏み出すのにすら相応の勇気を要求されるものである。その重圧に足が止まりそうになるが、自身の心の平静を保つように腐心し、何とか恐怖を払いのける。


 「お前の相手はここにいるぞ!」

 

 殺戮に酔いしれるかのように周囲にいる者達を見境無く攻撃する岩鉄を後方拠点から遠ざけるため、先ずは自身に注意を向けさせる必要がある。アヤセは、狙いを定めたピストルの引き金を引く。

 軽い発砲音を響かせ、銃口から飛び出した弾丸は岩鉄の鎧に命中した。


 「ヴォオオオオッッッ!!!」


 衝撃波のような空気を振動させる咆哮をあげ、岩鉄はアヤセに向き直る。

 残念ながらピストルの攻撃力程度では与えるダメージは無いに等しい。だが、本来の目的を果たすのには好都合だった。


 (よし、自分を標的としてロックオンしたみたいだな。あとは、ここから引き離すため継続してヘイトを稼がないと)


 次弾を装填しつつアヤセは、岩鉄との距離を一定になるよう湿地を走る。ピストルの操作に専念して刀から手を離していることから、「鞘の内」が発動せず動きは格段に遅くなるが、ブーツの特殊効果「健脚」のお陰で足下の悪い湿地帯を舗装された道のように動き回れることが岩鉄の機動よりも有利に働いている。撃っては引いてを繰り返しつつ、後方拠点とは逆の方向へと誘い出していく。


 「あれは……? アヤセ!?」

 「何っ? おいっ! アヤセ氏! 何をしている!?」


 岩鉄の猛攻の矛先が変わったことにより、周囲を観察する余裕ができた青星とツルガが、アヤセの敵を引きつける動きに気付いて声を張り上げる。しかし、アヤセはそれに応えない。無視をしたのは岩鉄への対処で手一杯だったのも理由の一つだったのだが、戦闘の展開を傍観して、あわよくば漁夫の利を得ようとする青星達の意図を感じ取ったからだった。


 (相手への対抗手段が限られているから下手に割り込まれると厄介だ。頼むから邪魔だけはしてくれるな!)


 そう思いつつ、アヤセは岩鉄を道筋からだいぶ離れた川沿いの湿地に誘い込む。この場所は、ブーツの特殊効果「健脚」の効果も徐々に及ばなくなっており、重い鎧に身を包んだ岩鉄も地面に足を深々と沈め動きが格段に鈍っている。作戦の第一段階は、岩鉄の誘導と機動力を奪うことが目的だったが、それは思惑通りに進んだといえる。

 だが、岩鉄も大したダメージにもならない豆鉄砲のような攻撃をしつこく繰り返すアヤセに業を煮やし反撃に転じる。


 =個人アナウンス=

 敵のスキル【シールド彗星(コメット)(惨)】が発動。回避推奨!


 仕組みが分からないが輝いた大楯から無数の石つぶてが、アヤセ目がけて飛び出してくる! その大きさは一つ一つが大人の握りこぶしくらいあり、当たりどころが悪いと致命傷になりかねない危険な物体だった。


 (こんなスキルまで!? まずいっ!)


 大慌てで粘土と泥炭を盛るように積み上げ、厚く積まれた小山の陰に身を隠す。柔らかい粘土にぶつかった石つぶては泥の中に吸い込まれて勢いを削がれたり、軌道をずらされたりしたので、アヤセは辛くも直撃を免れた。

 だが敵は息をつかせる間も与えず次の手を打ってくる。

 

 =個人アナウンス=

 敵のスキル【アルティメット・チャージ(爆)】が発動。危険! 回避推奨!


 大楯を構え、先ほど魔法を唱えるため密集していたプレイヤー達を一瞬で葬り去ったスキルを発動し、アヤセ目がけて突っ込んでくる!


 (早い!!)


 両者を隔てる土の小山は、怒濤の突撃の前にあえなく打ち破られ、アヤセの目の前に黒い大きな塊のような岩鉄が迫る!


 「うわっ!」


 どうにか回避を試みて、岩鉄の巨体が腕を掠める程度に留めたと思ったが、その衝撃だけでアヤセの身体は空中を舞い、泥の上に投げ出される。衝突によるダメージはドルマンの特殊効果で無効となったものの、撥ね飛ばされ地面に叩きつけられたことによりHPを約二割奪われてしまった。


 (掠っただけで、自分はこうまで紙屑のように吹き飛ばされてしまうのか! 岩飛ばしは何とかなるがチャージは発動されると厄介だ!)


 立ち上がり、回復薬を飲みながら岩鉄への次の対抗手段をアヤセは模索する。

 

 (「無銘の刀」で自分から仕掛けるとジャストガードされ反撃を喰らってしまうし、ピストルのポテンシャル「貫通弾」も防具を通さない。「黒雨の長弓」や「焙烙玉」は大楯に吸収、反射されるだろう。自分の攻撃手段で有効なものがほとんど無いのは厳しいな)


 自身が所持する武器類では対処が難しいことを改めて実感する。確かに普通の職業のプレイヤーならこの段階で手も足も出ないだろう。しかしアイテムマスターとして他の職業にはできないアイテムを駆使する搦手がまだ残されているはずだ。

 

 (この手は、試す価値がある!)


 アヤセはインベントリから浮橋破壊の際に使用した焙烙玉を放出する。目的は言うまでもなく爆散であったが、対象は岩鉄ではなく泥濘の地面であった。


 インベントリに残っているありったけの焙烙玉の威力は相応であり、狂化状態の岩鉄もその轟音と、爆裂で吹き上がる泥によってアヤセを見失い、攻撃を控え大楯を構えつつ後退して様子見するほどだった。


 轟音と泥の雨はしばらく続いたが、やがて焙烙玉を出し切ったのかそれは唐突に終わる。

 飛び散る泥土を全身にかぶった岩鉄が、火薬の臭いと硝煙が立ち込める周囲を見渡し、アヤセの姿を見つけようと周囲を窺っていたところ、カチンと音をたて鎧に何かが当たった。

 

 「自分はここだ!」

 

 声のする方向には、岩鉄同様爆散した泥にまみれたアヤセがピストルを構えて立っていた。


 =個人アナウンス=

 敵のスキル【アルティメット・チャージ(爆)】が発動。危険! 危険!


 瞬時に、岩鉄はピストルでの射撃をしつこく続けるアヤセを一気に片付けようとスキルを発動する。鉄塊はぬかるんだ地面を力強く突き進むが、アヤセは回避行動を取ることなくピストルを発砲した位置から動かない。アヤセが何故そこから動かず自身を待ち構えているのか、それも考えず敵を叩き潰す本能だけで猛進する岩鉄であったが、目標の数歩手前で突然、地面に大きく沈み込んだ。


 「グオオオオオッッ!!」

 「よしっ、かかった!」


 後方に飛び退きながらアヤセは、すかさずインベントリから粘土を頭上高く放出する。瞬く間に粘土の盛り土は高く積み重なり、岩鉄の巨体は見えなくなった。


 「岩鉄が埋まった!?」

 「先ほどの爆発物は地面を掘っていたのか! これだけぬかるんでいれば重装備の奴が落ちればひとたまりもない。『あの』アイテムマスターにしてはよく考えたな!」

 「ホントだね~。おーいアヤセさん、トドメは僕達に任せてよ! 君じゃダメージ与えられないでしょ?」

 「……」

 

 支援らしい支援も一切せず(下手に手を出されたら面倒なので、手出ししてこないことは寧ろ好都合であったが)、安全な場所から高みの見物を決め込んでいた青星やツルガが、手柄を譲れと厚かましいことを言いつつ近づいてくるのをアヤセは、それに応えず黙って岩鉄が埋まった場所を一点に観察する。


 重装備のプレイヤーの弱みが自重であることは容易に推測できる。トッププレイヤーたる岩鉄がその弱点に対し、対策を怠ることは万に一つもあり得ない。アヤセはクラン在籍時に岩鉄の「対策」を耳にする機会があったことから、粘土を積み上げた程度で終わるとは全く思っていなかった。

 

 (ここからが勝負だ)


 アヤセは先ほど崩された粘土の山の残骸をインベントリに収納してかき集め、それも含め粘土と泥炭を岩鉄の頭上に振り落とす。ありったけ放出しているので山はどんどん高さを増していく。


 「そんなに積み上げたら俺達の攻撃が届かないだろう! もう止めろ!」


 ツルガがアヤセを頭ごなしに怒鳴るが、これも無視する。


 「おいっ! 聞いているのか?」

 

 ツルガが苛立ちを募らせ声を荒げるが、それをかき消すように地面からボコッと泡立ちのような不吉な音が響いた。


 「な、なに今の!?」


 =個人アナウンス=

 敵のスキル【エアボール(大)】が発動。空気の膨張注意!


 「敵の沈没対策です」


 スキル【エアボール】は発動者の周囲を空気が取り囲む補助系のスキルである。取り囲む空気は目視に難があるものの、他の物質に干渉し、それが発動者と外部とのあいだの壁となり、物理攻撃や一部の属性の魔法も防ぐ役割を果たしている。また傍から見ると発動者が空気のボールの中にいるよう見えるのも特徴である。それは見た目や性能からしてバラエティ番組等で紹介される、中に人が入って斜面を転がる巨大な透明ボールを連想させるものだった。


 (この空気のボールは質量もかなりあるから浮力も強いし、水に落ちても簡単に浮かび上がることができる)

 

 アヤセはクラン在籍時に岩鉄が団長のエルザを庇った際の衝撃で、崖から海に転落したものの、このスキルのお陰で死に戻ること無く速やかに戦闘に復帰したという逸話を聞いたことがある。正にスキル【エアボール】は重装備プレイヤーにとってうってつけの転落事故対策だった。


 「しかし、湿地帯の泥を多く含んだ水に粘土と泥炭で蓋をすれば十分な浮力を得られず溺れさせることができるかもしれない、と思った訳です」

 「そ、それで、大丈夫なのか!?」

 「分かりません。狂化状態の相手を果たして止められるのかは自信がありません」

 「分からないって……。ダメだったらどうするの?」

 「トドメは王国最強クラン『蒼き騎士団』の幹部お二人がさしてくれるのですよね?」

 「えっ? あ、い、いや……」

 「……いえ、結構です。誰であってもあの敵を正攻法で倒すのは難しいでしょう」


 積まれた粘土と泥炭を警戒して見守っていた三人であるが、おもむろに小山の土が、空気が沸き立つような音とともに盛り上がり始める。


 「お、おい、どうなっているのだ? 何とかしろ!」

 「もう、積める土は残っていません。相手のガス欠を祈るしかありません」

 「ええっ!? アヤセさん、話が違うじゃない! これだからアイテムマスターは使えないんだ!!」


 青星達に何も保証はした覚えがないが、不毛な反論を避けアヤセは先ほど本人が口にしたとおり岩鉄が浮上途中で力尽きるのを祈る。しかし無情にも小山の盛り上がりは止まることなく次々と現われ、地鳴りのような音が徐々に大きくなり、やがて透明な球体の一部が頭を覗かせた!


 「ガァァァァァァァァ!」


 咆哮のような雄叫びを上げ、岩鉄を包んだエアボールが小山から飛び出す。鑑定でも確認したところHPは全く減っていない。アヤセの作戦は徒労に終わってしまった。


 「全く効いていないだと!?」

 「こんなの相手にどーやって戦えっていうのさ!」

 「……」


 岩鉄の頑強さに青星とツルガは絶望の声を上げるなか、アヤセは次に手を打つべく覚悟を決める。


 「こうなった以上は最終手段に出ます。この方法は周りにも危険が及びますので、皆さんはなるべく自分から急いで離れてください!」


 二人に退避を言い残し、相手の反応を確かめることなくアヤセは刀の鍔元に手をやり、岩鉄目指し駆け出す。ポテンシャル「鞘の内」の効果が加わり、先ほどピストル片手に走り回っていたよりもその動きは格段速くなっていた。


 (次の手に打って出るにはとにかく相手の懐に飛び込む必要がある。文字通りの鉄壁をどうやってかい潜る?)


 =個人アナウンス=

 敵のスキル【シールド彗星(惨)】が発動。危険! 危険!


 岩鉄はスキル【シールド彗星(惨)】を発動し、大楯から岩石を射出する。アヤセの陽動に惑わされることなくその対応は沈着そのものである。


 (…っ!! さすがにそう簡単に攪乱はできそうにないか! 次はチャージを発動してくるか?)

 

 地面に散乱している粘土と泥炭を片っ端から回収し、退避用の壁を作り直撃は避けられたが、石つぶてが数個掠りその分HPを減らされる。しかし致命傷には至っておらず継戦は可能だ。

 おそらく次は近付いてくるアヤセに対しスキル【アルティメット・チャージ(爆)】を発動し、撥ね飛ばそうとするはずだが、何故か岩鉄は大楯を構えアヤセが仕掛けてくるのを待つという守りの姿勢を見せる。


 (どうしてチャージで自分を狙ってこない?)


 相手の今までない不可解なパターンに疑問を感じるアヤセ。原因を探るためスキル【鑑定+】で岩鉄の状態を再度確認したところ、MPがほとんど底をついていることが分かった。


 (抜け出す際、スキル【エアボール】を乱発してMPを食ったのか? いいぞ、それならばこちらかも仕掛けられる!)


 今が好機だ! アヤセは泥地を蹴って岩鉄目掛け突っ込むが、この動きに対して岩鉄もただ手をこまねくことなくアヤセを迎え撃つ。

 岩鉄は接近するアヤセに大楯を突き出したり、振り回したりして圧倒的な重量で自身にまとわりつく敵を押しつぶそうとする。ただ、その攻撃は強力なスキルではなく、全て通常攻撃であり、スキル【アルティメット・チャージ(爆)】に比べ、威力や速度が数段劣るものであった。


 (このタイミングに合わせる!)


 鍔元と柄にそれぞれ手を添え、突き出してきた岩鉄の大楯の中心部を狙って柄頭をぶつける! 当てた柄頭が武器受けとして判定されることを期待しての一撃にアヤセの力がこもる!

 

 ガゴォッ!


 裂帛の気合を込めて突き出した刀の柄頭は、ジャストガード判定という期待していた以上の効果を及ぼした。この一撃はノックバックの効果も付加され岩鉄はわずかに後ずさる。下がった距離はほんの数十センチメートル程度だが、その際動きが止まり、アヤセにとって代えがたい貴重な時間を稼ぎ出した。

 

 次の手を打つためにはとにかく岩鉄に肉薄し、スキル【換骨奪胎】を発動する必要がある。おそらくこの好機を逃したら次は無いだろう。最初で最後のチャンスと位置付けアヤセは力強く地面を蹴り接近を試みる。

 だが、岩鉄も真意までは見抜けないまでも、アヤセの目論見が自身への接近だと察知し、それを阻止すべく素早く対応に出る。

 

 「グルゥワァアアアアアア!!」


 今迄以上の咆哮を上げ、左腕の肘を直角に曲げ、アヤセを突き飛ばそうと大楯の下先端を繰り出してきた。


 「ぐうっ!」


 アヤセはプリスの布地を展開し、大楯の先端を真正面から受けるかたちになる。HPも半分近く減るが、回復薬を飲む暇はない。重い一撃をまともに受け、アヤセは後ずさるが吹き飛ばされることなく地面に足をつけて耐えきった。


 「まだだ!!」


 岩鉄の突き出しが不発に終わったのは、ぬかるんだ地面に足をとられ重心が完全に定まっていなかったのも原因であり、決してプリスだけの力を以てして防ぎきった訳ではない。しかし、非力なはずのアイテムマスターに自身の勢いを殺されたかたちになった岩鉄は初めて動揺の色を見せた。


 大楯にプリスの袖が絡みつく。更にアヤセもプリスの袖に力添えをするかのように両手で先端を掴み、突き出された力を後ろに押し戻そうとする。スキル【換骨奪胎】で大楯を奪いたかったが、この体勢を維持するのに手一杯でさすがに手が回らなかった。


 「グオオオオオオォオオ!!!」

 

 一方で岩鉄もこれに押し負けることなく、押し切ろうと大楯を前に突き出すべく力を込める。


 「うおおおおっ!!」

 「グルゥアァァァ!!!!」


 力と力は拮抗し、ぬかるんだ大地に足を沈め二人は互いに譲らない。その様子を遠巻きに眺めている青星とツルガはその光景に驚愕しつつ、小声でコソコソと会話を交わす。


 「アイテムマスターってあんなに力が強かったっけ?」

 「知るか。それよりもアヤセ氏の魂胆が何となく分かってきたぞ」

 「は?」

 「あそこまでして岩鉄に取り付こうとする理由だ。……アヤセ氏は自爆を考えている!」

 「自爆!?」

 「ああ。先ほど俺達にも離れていろと言っていたし、おそらく距離を詰めて派手にやるつもりだな」

 「それであいつを倒せると思う?」

 「あれだけ相手が固いと道連れとまではいかないだろう。だが、自爆は自らの命と引き換えの正に『最終手段』だから威力も絶大だ。いくら岩鉄とはいえただでは済むまい」


 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑い合う。


 「もし、自爆で楯や他の防具が壊れたら僕達でもやれるよね……?」

 「やっぱり『あの』アイテムマスターは最高の捨て駒だったな」

 「ガァァァァァァッァアァァァッァ!!!」

 「ひっ……!」

 「と、とにかく逃げ散った団員を集めるぞ! これで今度こそ決着だ!」


 悪巧みを企てる二人の傍らで、力を込めるため岩鉄が再び咆哮を上げる。二人はそれに怯みつつも、行動に移るためその場を離れた。


 アヤセは二人がこの場から離れるのに気付く余裕がなかった。

 押し合いは今のところ互角だが、アヤセは限界まで力を出しきっている。岩鉄が更に馬力を増したらすぐにでも押し切られてしまうだろう。岩鉄もまた、いつまでもこの状態が続くことを是と感じていない。

 岩鉄は押し合いを維持しつつ大きく息を吸い込んだ後、決着をつけるべくアヤセを押し切るため力を入れ直し、体ごと出るように一気に前に出てきた。

 

 (この瞬間を待っていた!)


 岩鉄が前のめりに前進してきた力を利用して、アヤセはプリスの袖が絡みついた大楯を上へと跳ね上げる!岩鉄の前に進む力に合わせたアヤセの持ち上げるタイミングは絶妙で、前進しつつ岩鉄の左腕は肘を曲げ、更に曲がった肘ごと肩まで引上げられるかたちになった。

 

 「ガアアアァ!?」


 一連の動作により岩鉄の左腕はプリスの袖によって固定され、岩鉄は大楯を振り下ろすことも横に振り回すこともできない。アヤセや多くのプレイヤー達を苦しめた大楯は今や完全に封じられ岩鉄は無防備に等しい状態になったのだ!

 アヤセはこの好機を逃さず懐に入り込むべく足を踏み出すが、出し抜けに警告の個人アナウンスが鳴り響く。

 

 =個人アナウンス=

 敵のスキル【エアボール(大)】が発動。空気の膨張注意!


 敵の意図はエアボールで自身の身を守ること、そして空気の膨張によって相手を弾き飛ばすことだ。アヤセは咄嗟にスキルを発動した岩鉄の対応に感心するが、冷静に対処をしていく。


 (これならっ!!)

 

 目にもとまらぬ鋭い抜き付けが、空気の球体を一閃する! 岩鉄のエアボールは無銘の刀により、風船が破裂するような大きな音をたてあっけなく消滅した。


 障害は取り除かれた。岩鉄に近接するという目的は、あと一歩で達成できる……。

 アヤセは最後の一歩を踏み出しながら左腕を伸ばす―――


 =個人アナウンス=

 敵のスキル【千枚通し(惨)】が発動。危険! 危険! 危険! 絶対回避推奨!!


 鳩尾に感じる衝撃……。


 岩鉄が右腕に持つ「ロイヤルガードのカッツバルゲル++」がドルマンを貫き、アヤセの体に深々と刺さっている。大楯ばかりに気を取られていたが、岩鉄の攻撃手段は最後の最後にもう一つ残されていたのだ。


 「し、しまったな………」


 状態異常「怪我」に加え、岩鉄の攻撃を受けた後から、回復を行えなかったHPはほとんど残っておらず瀕死状態である。もう戦闘を継続する力はアヤセには残っていない。刺さったままの小剣が継続してダメージを与え続けているが、岩鉄がそれを引き抜きアヤセに一撃を加えたらそれで全てが終わる。


 「アヤセさんが敵にとりついたよ!」

 「よぉし、敵はこの後もっと消耗するはずだ! 自爆後に速攻をかけるぞ!」


 団員達を集め終わった青星とツルガもいつの間にか戻り、次の攻勢に備えている。アヤセが自爆して死に戻るのを今かと待ちわびている様子が窺えた。

 

 「グッグッグッグッ!」


 岩鉄は、笑い声のようなくぐもった声を上げながら、カッツバルゲルの刺さったままのアヤセの身体を持ち上げる。すぐにアヤセを仕留めずこのような真似をしたのは、自身をここまで追い詰めたひ弱なアイテムマスターを、なるべく長い時間をかけ死に戻らせることを望んだ「状態異常(狂化(凶))」の嗜虐性のせいだったのかもしれない。だが、この歪んだ愉悦で時間を費やしたことが岩鉄の命取りになった。


 「まだ……、終わっていないぞ……!」


 =個人アナウンス=

 スキル【換骨奪胎】を発動。岩鉄の装備「ホーリーミサンガ」をインベントリに回収しました。


 カッツバルゲルを両手で掴みアヤセは、スキル【換骨奪胎】を発動する。

 瀕死状態ではさすがに回収は一品だけが限界だった。だが、これで十分だった。


 =個人アナウンス=

 スキル【換骨奪胎】を発動。岩鉄に装備「黄泉返りの腕輪」を装備品に返還しました。


 「星見の台地」でアヤセがライデンから回収した「黄泉返りの腕輪」……。自爆効果のポテンシャル「人間万事塞翁が馬」が付与された装備品は、発動直前でアヤセによって回収され、その場は難を逃れることができた。この腕輪は発動直前のままアヤセのインベントリに収納されていたが、それをスキル【換骨奪胎】により岩鉄の装備品に押し込む。


 アヤセの目的はツルガが予想したとおり自爆だった。しかし本人ではなく、相手を自爆させる点が異なっていた。いくら岩鉄が鉄壁の防御を誇り、盤石なスキルで攻撃を防げたとしても、自らの犠牲をもって発動する自爆には絶対に耐えられまい。


 「これで決着だ……!」


 「黄泉返りの腕輪」は岩鉄の装備品に納まるや否や間隔の短い赤い光の点滅を繰り返す。岩鉄や青星達もここに至り、自らに危険が迫っていることに気付いたが最早手遅れだった。


 ―――HPがゼロになったアヤセがテクスチャをちりばめ消滅する中、ラタス湿原の一角において大穴があくほどの大爆発が起り、敵味方問わず周囲にいたプレイヤー全員を死に戻らせた。




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