77_狂戦士
「アヤセ氏に頼みがある」
アヤセの物思いは、ツルガの無遠慮な声に割り込まれ中断された。
「頼み、でしょうか?」
「そうだ。『あの』アイテムマスターでもできる簡単な頼みだ」
「……」
相変わらず「アイテムマスター」という職業名を持ち出して当てこすりをするツルガにアヤセは心底うんざりする。一方、ツルガはアヤセの不快感など全く解せず、命令を下すような物言いで用件を述べる。
「回復薬とポーション、それとバフパンはあるか? ありったけ提供してくれ。今すぐだ」
彼らが欲しがるアイテムは、拠点で現在発出されているクエストで納品すれば功績値が手に入るので、個人間で取引をするメリットは全く無い。それにも関わらず二人は当たり前のように供出を要求してくる。お助けプレイを看板に掲げているクランの団員でありながら、立場の弱いソロプレイヤーに対し高圧的な態度で接してくることに、アヤセは二人のみならずクランそのものの良識を疑わずにはいられなかった。
「錬金で作った回復薬はあるにはあります。ですが、自分がクエストで納品した後に皆さんが補給要請をすれば供給されると思いますが?」
「それではダメだ! 納品された物資はランダム配給になるから、俺達に回ってくるか分からない。今もこうして待っているが、輜重隊の連中は融通が利かない! 無名の兵士に貴重な回復アイテムを使ってどうなるというのだ!」
「そーそー、王国最強クランの僕達でなければ岩鉄を倒せないのに。何を考えているんだろうねー。と、言う訳で頼むよ、パン屋(笑)のアヤセさん」
爽やかな笑顔の裏側に込められた青星の悪意は、言われた当人のみならず周囲で経緯を聞いていたクラン「蒼き騎士団」の団員以外のプレイヤーの中にも気付いた者がいたかもしれない。
それはともかく、確かに二人が言う通り、王国最強のクラン「蒼き騎士団」の団員達への補給を優先させ、一刻も早く彼らを前線に復帰させるのが、岩鉄への対抗手段としての最適解であることは理解できる。しかし、拠点には先ほどアヤセが観察した通り、多くの負傷兵が担ぎ込まれており、中には予断が許されないくらい深手を負っている者もいる。いくらNPCとはいえ、目前で命の灯が消えかけている負傷兵を無視して、功績値とクランの名声を獲得することしか頭にない青星達に回復薬を渡すことは、アヤセにとって到底受け入れられるものではなかった。
「残念ながら回復薬は、クエストの納品を優先します。お二人に渡せる物はありません」
「何を言っている? 我々が岩鉄を止めなければ、もっと犠牲が増えるのだぞ!」
「何だかんだ言って、アヤセさんもやっぱり功績値が欲しいんでしょ? だけどアイテムマスター程度では、どーせ上位は無理だろうから納品するだけ無駄だよ。だからその分を分けてくれたっていいじゃない? お金もあげるよー」
青星は、ヘラヘラ笑いながらインベントリから五百ルピア硬貨を取り出し、アヤセに見せつけてくる。
「アヤセさん程度のプレイヤーだとこのコインって、すっごい大金なんじゃない? ほら、受け取りなよ? 今しか手に入らないよ?」
「……」
周囲で見ているクラン「蒼き騎士団」の団員や他のプレイヤー達の大半は、職業が「あの」アイテムマスターのアヤセが、決して大金とは言えない額のルピアを受け取るかどうか成り行きを面白がって見ている。しかし、中には、お助けプレイで評判高いクラン「蒼き騎士団」の幹部で、爽やかな笑顔がトレードマークの人気者の青星が露骨に他人を見下す発言をしていることに驚いた顔をする者もいた。
「話を最後まで聞いてください。敵を倒すのが最優先事項であることは自分も承知しています。だから回復薬は無理でも、別の物を用意させていただきます」
そう言いながらアヤセは、敷物を敷きつつ、インベントリからジュイエ特性の洋菓子の皿を大量放出する。勿論、これらには既にポテンシャルが付与されている。
「人気が出ると自分が買えなくなるので、あまり放出したくありませんでしたが、王都東地区の港湾部にあるカフェ『Au café de la port』、自分達は『港のカフェ』と呼んでいますが、そこの自慢の洋菓子です。先日星見の台地で配ったバフパンと同じようにポテンシャルが付与されています」
突如目の前に現われた大量の洋菓子とポテンシャルの内容を見せつけられ、目を丸くして固まっている二人にアヤセは説明をする。
「それと、お代は結構です。これは、青星さんとツルガさん達がたった一人の敵に苦戦している様子を憂慮した、『あの』アイテムマスターからのささやかな提供品です。どうぞ受け取ってください」
「……」
「『港のカフェ』の洋菓子はどれも絶品です。今後とも当店をよろしくお願いします……って、こんな言い方だと自分がこの店の回し者みたいですね」
周囲から小さな笑い声が漏れ聞こえてくる。アヤセは、それを耳にしながら言葉を続ける。
「カフェでは勿論、洋菓子は売り物ですので値段がついています。青星さんも御来店の際は、あれもこれも欲しくなるでしょうから、今持っているお小遣いより多めのお金を用意した方がいいですよ!」
今度はドッと大きな笑い声が沸き起こった。
「さぁ、皆さんの分もありますから、是非お試しください。今後も『港のカフェ』を御贔屓に! そして、バフ菓子を食べて戦いの完全勝利を目指しましょう!」
アヤセの呼びかけにプレイヤーのみならず、手の空いたNPC兵士達も歓声を上げ、試食するため敷物の周りに集まってくる。
一方で、洋菓子を中心とする輪に加わらず、青ざめた顔で青星とツルガがアヤセを睨み付けていたが、当の本人は全く気にする素振りを見せず、「港のカフェ」の逸品を楽しむ周りの者達と会話を交わしつつ、束の間の休息を取るのだった。
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アヤセは「無銘の刀」の鍔元に手をやり川沿いの道を南に向け走り抜ける。
後方拠点で補給を受けていたプレイヤーやNPC兵士達から集めた情報をまとめると、どうやらクラン「蒼き騎士団」の団員達と岩鉄は、拠点からそれほど離れていない比較的固い地面が広がる草地で現在もぶつかり合っているらしい。当初は、トップクランの団員を討ち取って名を上げる千載一遇のチャンスとばかりに当該クランの団員のみならず大勢のプレイヤーが寄って集って殺到したものの、手痛いしっぺ返しを食らい散々な目に遭わされ、今はクラン「蒼き騎士団」の団員だけが戦闘を継続しているようだった。
これまでの戦闘を通じて岩鉄は実に三百人以上のプレイヤーやNPC兵達を一人で退けている。基礎レベルのアドバンテージは全く無いどころか寧ろ不利にはたらく70以上の士気の差をものともせず、これだけの敵を相手に一歩も退かないその実力には率直に驚かされる。
二人を筆頭にクラン「蒼き騎士団」の団員達は、自分達の補給を最優先させ、それが済むとさっさと拠点を出発してしまった。彼らの岩鉄に対する執着ぶりはアヤセにとって理解し難いものだった。
こう言っては何だが、岩鉄は誰もが知るトップクランの団員であるものの、戦争イベントでは他のプレイヤー同様、ただの一兵卒に過ぎない。例え討ち取ったところで功績値に特別なボーナスがつくわけではないのに、青星達がこれほど岩鉄に拘る理由は単に「トッププレイヤーを自分達が倒した」というクランの箔をつける実績が欲しいだけなのである。
アヤセ自身は、戦争イベントに参加するプレイヤーは、アヤセやホレイショのように帝国の支配を拒絶し、徹底抗戦するため参加する者もいる一方、戦場となったエリアは通常その場に出現するモンスターが一時的に出現しなくなるので、戦闘区域内で(本人の実力上の理由によって)普段行けない場所へ素材等を採取しに行く目的で参加する者もおり、目的は様々であるので、青星達がどの様な思惑を持って参加してもそれ自体問題はないと考えている。
ただし、それは他の者を巻き込むのであれば話は変わる。
彼らは王国軍から与えられているクランの権限を行使して部隊を半ば強制的に動員し、岩鉄との戦闘に参加させていたと拠点で耳にした。本来なら帝国軍の追撃に向けられるはずの決して少なくない数のNPC兵が無為に消耗し、後方拠点で生死の境をさまよっているのは、全てクラン「蒼き騎士団」のせいなのである。
(お助けプレイ中心の評判の良いクランだと聞いていたけど、中身は他のクランと変わらないな。NPC兵達は死んだら二度と復活はしないということを連中は分かってやっているのか?)
クラン「蒼き騎士団」の本性を垣間見てアヤセは不信を募らせる。戦争イベントでは「王国最強」の名を冠するこのクランが重要な役割を担うだろうが、いつかその強欲さが災いし、取り返しのつかない失策を犯すのではないかと感じずにはいられない。
(連中とは戦争イベントだけでなく、他の場面でも関わりたく無いが、今のところ王国防衛の要であることは間違いないし、今後距離の取り方が課題になるかな。……あそこが戦闘域か? 意外に近かったな)
前方で、微かに人声や爆発音のような音響が耳に入る。アヤセは思案を支配していたクラン「蒼き騎士団」への憂慮を頭の中から追い出し、周囲の警戒に集中する。
(青星さんの話では、岩鉄さんもそろそろ限界だと言っていがまだ戦闘は続いているようだな。それに場所も聞いていた地点からずれているし。もしかして押されているのか?)
青星達が他の者達を置いてさっさと拠点から出立したのは、戦闘を継続している時間から逆算し、そろそろ岩鉄が斃れるだろうと見越したことが理由の一つである。先ほども述べたとおり、現在岩鉄と戦闘を継続しているのはクラン「蒼き騎士団」の団員達だけであり、その場に自分達以外誰もいない状況下でトップクランの幹部を倒すことができたら(他のプレイヤーやNPC兵達が途中で払った大きな代償を無視して)、手柄を独り占めできる。だが、戦況は彼らの思う通りに進んでいないようだ。
戦闘はこの先の窪地のような場所で展開されているようで、近づくにつれその激しさを連想させる音が鮮明に聞こえてくるものの、まだ全容を窺い知ることができない。胸騒ぎを覚えたアヤセは、無銘の刀に添える手に力が入り、その速度も自然と早まる。
「グルアアアアアアアアアアアァァ!!!!」
突然、地鳴りのような音が周囲の空気をビリビリと震わせる。その音は怪物の咆哮を連想させ、腹の底をえぐられるような圧力にアヤセは気圧されるが、何とか怖気を振るい、窪地を見下ろせる場所まで走り寄った。
「なっ……! あれは一体!?」
―――思い返してみると、青星達が退いたのを最後に誰一人として後方拠点に戻ってこないこともその予兆だったのかもしれない。岩鉄が既に倒され、追撃が再開された可能性もあるかもしれないと根拠も無く考えていたが、例えそうだとしても伝令は必ず寄越すはずで、やはり戦闘に加わっていたプレイヤー達にトラブルが発生したと考えるべきだった。
アヤセが目にしたのは、大楯を構え、魔法を唱えるため固まっていたクラン「蒼き騎士団」の団員達の中に高速で突っ込み、その場にいた者達を木っ端微塵に消滅させた、鉄の塊のような巨躯のプレイヤーだった。
その人物は、ホレイショをはるかに凌ぐ背丈に、「漆黒」という形容では足りないくらい暗くて禍々しい鎧を中心とした重装備で身を固め、巨大な身体を覆いつくす大楯に刀身が四十センチメートル程度の小剣というアンバランスな装備品が印象的であった。鎧から濃い紫色のオーラのような発光体が漏れ出て、身体の周囲に漂っている様子が尋常ならざる危険さを醸し出している。
====鑑定結果====
名前 岩鉄【状態異常(狂化(凶))】
性別 男
レベル 85
職業 テンプルナイト / プリースト
HP 855/1,955
MP 81/222
装備
武器 ロイヤルガードのカッツバルゲル++
/ ゴリアテのタワーシールド++
頭 黒薔薇記章のグレートヘルム(幹部用)++
外体 悪鬼の鎧
内体 黒薔薇記章のチェインメイル++
脚 黒薔薇記章のヘビーアーマー(下部)(幹部用)++
靴 黒薔薇記章のスチールブーツ(幹部用)++
装飾品 鉄壁の護符/ホーリーミサンガ
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(あの漆黒の巨体はやはり岩鉄さんか! 王国最強クランの団員達を子供扱いにして、実力は圧倒的だ!)
鑑定をしている間にも、岩鉄の接近を許したクラン「蒼き騎士団」の団員が狼狽しつつ近接武器で反撃を試みるがあっさりジャストガードされ、返す大楯で無残に叩き潰され死に戻る。彼らにしたって相応の基礎レベルがあり、士気の差で有利な立場にいるはずなのに全く歯が立たず一方的な展開になっていることにアヤセは驚愕する。
(しかし、岩鉄さんはこんなにアグレッシブな戦闘スタイルだっただろうか?)
アヤセがクランに在籍していた頃の記憶では、岩鉄は団長のエルザの護衛を最優先しており、扱うスキルもそれに順応した防御系のものが多かったはずだが、現在発動させているものはそれに似つかない攻撃系のものばかりであった。
(これは、鑑定結果にあった「状態異常(狂化(凶))」)が影響しているのか?)
状態異常「狂化」はSTRやVID等のステータスが飛躍的に上がる半面、プレイヤー自身の制御が全く効かなくなるという特性がある。その特徴的な症状から一部のプレイヤーからは「バーサクモード」などと呼ばれているが、岩鉄のような肉弾戦が主体のプレイヤーにとってはそれに関連するステータスの底上げは、考えようによっては状態異常によるデメリットよりもメリットの方が勝っているとも言える。
(「凶」なんて危険な文字がおまけで付いているし、原因は状態異常にあると考えるのが妥当だろう。しかし、どうしてこうなってしまったのか……?)
「だから止せと言ったのだ!」
「でも、ツルガだって初めは一斉攻撃に賛成していたじゃないか! こうなるなんて誰も分からなかったんだ!」
アヤセが原因について推測を巡らせているところで、ツルガと青星がお互いを罵りながらこちらに向かって走ってきた。二人は逃げるのと責任をなすりつけ合うのに夢中でアヤセの存在に気付かない。
「本当に奴のポテンシャルでバーサクモードになっているのか? 信じられん」
「あいつがおかしくなる前に自分でそう言っていたのを聞いたから間違いないよ! 鎧のポテンシャルとからしいけど」
「HPが一定を割ったら発動するなんて、そんなポテンシャルは出鱈目すぎる! お前が言った魔法や射撃の一斉攻撃が裏目に出てしまった!」
「団長達もやられたし、接近戦じゃ勝てなかったんだから仕方がないじゃない!」
「とにかく、拠点までもう少しだ! そこまで戻れば何とかなる! それまで持ちこたえるぞ!」
青星達は、アヤセに目をくれずその横を通り過ぎる。よく見ると二人のみならずこの場にいるクラン「蒼き騎士団」の生き残りは皆こちらに逃げてきている。その様子は正に敗走そのものだ。
(狂化の原因はポテンシャルか!? どうやら青星さん達は迂闊にも虎の尻尾を踏んでしまったようだな。それにしてもこの状況は結構まずいぞ!)
苦し紛れにクラン「蒼き騎士団」の団員の数人が火炎魔法を放つが、岩鉄が構えた大楯に吸収され一拍の間を置き、威力を増して放出される。反射系のスキルと思われるが、これにより魔法攻撃を行っていたプレイヤー達は、消し炭のように消え去ってしまった。
ツルガの言葉尻から察するに連中は後方拠点で補給を受けているプレイヤーやNPC兵の戦力を当てにして後退をしているようだ。しかし、仮にそこまで戻れたとしても岩鉄の勢いは、止めるどころか火に油を注ぐ結果になるとアヤセは憂慮する。
(今の岩鉄さんはまるで暴走トラックだ。あんなのが後方拠点に突っ込んだら取り返しのつかない大惨事になるぞ!)
青星達の見苦しい振舞いは今まで散々見てきたが、相手の意向お構いなしに、岩鉄への当て馬として利用しようとするのは、さすがにやり過ぎだ。連中の思惑通りに事を進ませる訳にはいかない。そのためには、何としても岩鉄の進路を軌道修正しなければならなかった。
だが、一方でそれは相応の覚悟を要することであることもアヤセは理解している。
(カンストプレイヤーの岩鉄さんと自分が正面から戦ったところで、全く歯が立たず死に戻ることになるだろう)
先ほどジェムグンと対峙した際、まかろんに余計な事に首を突っ込む傾向について指摘されたが今回もそれに当るのだろうか? それに、結局無駄死にする可能性が高いのに、出しゃばる必要があるのか? 自身がここで静観しても誰からも責められることはあるまい。功績値だってそれなりに稼いだ。イベント終了まで生き残れば報償も期待できるかもしれない。死に戻るとペナルティで功績値は十分の一になってしまうリスクを考えると危険な橋を渡る必要性は全く感じられない。
(しかし……)
このゲームは恐ろしいくらいリアルだ。
料理の味、風の感触、世界に生息する動植物、それにこの世界に根を下ろし、日々を生きるNPC達……。彼・彼女らにも人生があり愛する家族や恋人達がいる。それは戦場で祖国のため命を懸ける兵士達も例外ではない。後方拠点で洋菓子片手に雑談を交わしただけなのに、そういった人物の背景が次々と耳に入ってきてしまった。
(この世界において住民達には住民達の人生がある。何だってこんなにAIが発達しているのか? 見過ごすには後味が悪すぎる)
アヤセは、その場に居合わせてしまい、看過できない話を聞いた現況を嘆くが、その一方で良心から生まれ出た、目を背けたくても背けられない自身がやるべきことについて、向き合う覚悟も決めている。無事に帰るというマリーとの約束を守るのは難しいが、優先順位がそれより高いものがあるのも確かだ。
(…………後方拠点にいる負傷兵達に比べれば、自分の死に戻りなんて安いものだ! さぁ、やるぞ!)




