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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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73/107

72_功績値

 マリーとまかろんが底の知れないアヤセの鈍感さに頭を抱えているところに、周辺の残敵を片付け終えたピラン達が集まってくる。


 「アヤセさん、星見の台地ぶり!」

 「お疲れさま~。今回も大活躍ねっ!」


 星見の台地で肩を並べて戦った、プレイヤー達がアヤセを労う。どの顔も表情は明るく、達成感に溢れていた。


 「いいえ、皆さんの助勢が無ければ今頃自分達は無残に死に戻っているところでした。本当にありがとうございました」


 そう言いながら、脱帽して頭を下げるアヤセ。それを見たプレイヤー達は、お互いに顔を見合わせ、苦笑する。


 「何言ってんすか! これは兄貴のお手柄ですぜ!」


 ピランが興奮冷めやらぬ様子で駆け寄りつつ、画面を呼び出してアヤセに見せる。


 =「ラタス湿原地帯の戦い」経過ログ=

 ・ 0:00 第二戦開始

 ・ 0:05 中央、左翼、右翼の各軍戦闘開始

 ・ 1:30 王国軍左翼後方に帝国軍奇襲部隊が出現

 ・ 5:45 王国軍左翼軍と帝国軍奇襲部隊が交戦

 ・ 6:03 王国軍の士気 +1(94)

 ・ 8:45 王国軍の士気 +1(95)

 ・12:37 王国軍の士気 +1(96)

 ・13:13 帝国軍奇襲部隊長 ジェムグン旅団長戦死 帝国軍の士気 -3(70)

      帝国軍奇襲部隊潰走 帝国軍の士気 -5(65)

      王国軍の士気 +5(100)

 (以下略)


 「旅団長の戦死? それに、帝国軍の士気が下がっている……?」

 「そうす。兄貴が『名前持ち』の敵を倒したからすよ!」

 「そうか……。やはりジェムグン族長は、名だたる将だったのか」

 「兄貴がケンタウロスのヤローを叩っ斬ったのは、すげぇシビれましたぜ。あのお姿ときたら、お、俺の惚れた兄貴はやっぱり最高だぜ! って思っちまいました。ほ、本当にたまんねぇぜぇ~」

 「ピラン君? 他の人が見ている。変な声出さない!」


 興奮から我を忘れ、とろけたような声を出して自身に熱い眼差しを送るピランをアヤセは何とか宥める。


 「それに、奇襲部隊壊滅の本当の立役者はここにいる。彼女がいなければ敵の撃退は不可能な話だったのだから」

 

 そう言いつつアヤセが体と顔をマリーに向けると、全員の視線がマリーに注がれた。


 「あ、あの、アヤセさんたら持ち上げすぎです……」


 アヤセからの賞賛やその場にいるプレイヤーの視線を受け、マリーは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の困った表情を見せる。


 「そういや、お前もすげぇじゃねえか! あんなバフ効果が出るアイテムなんか滅多にねぇぜ!」

 「きゃっ!?」

 「おい止せ! マリーさんへの接し方に気をつけろ!」


 ピランはマリーの背中を(ハラスメントブロックがはたらくので実際は背中に触れることはないが)バシバシ叩きながら、激賞の言葉を送るのだが、アヤセがそれをたしなめる。その口調は自然と鋭いものになっていた。


 「…『彼女』!? 『彼女』って言った!?」


 今までもぬけの殻のように立ち尽くしていたまかろんが、急にアヤセの言葉に食い付き、詰め寄ってきた。


 「まかろんさん?」

 「…今のは本当? そうだとしたらこの子は……。女の子!?」

 「え? ええ、皆さんに紹介が済んでいませんでしたが、彼女は、今回旗手を務めたマリーさんです。ちなみに、自分のビジネスパートナーでもあります」


 アヤセの紹介を聞き、全員が驚きの声を上げる。


 「ウソッ!? てっきり少年ぽい格好をしていたから、男の子だと思っちゃった」

 「でもまぁ、これだけ美形で中性的なら、男子にも女子にも見えるよな……」

 「マリーさんは、β版からの古参プレイヤーです。言わばここにいる自分達より大先輩に当たりますから、それなりの敬意を払ってください」

 「えっ? そうだったんすか? こいつは申し訳ねぇ。失礼いたしやした」


 ピランが無礼を詫びる。マリーは厳ついチンピラの風体をしたドワーフの態度の変わりように戸惑いながらも返礼をした。

 

 「い、いえ、私、裁縫師のマリーって言います。β版からプレイしていますが、生産職ですから基礎レベルはそんなに高くないです……」

 「…女の子! そんな……」


 何故かまかろんがわなわなと震えているが、周囲はそれを放置してマリーを質問責めにする。


 「そういえば、その旗ってどこで手に入れたんだい?」

 「その服は自前? デザインが何となく似ているけど、もしかしてアヤセさんのもマリーさんが作ったの?」

 「え、ええと……」

 「マリーさんに聞きたいことはあるのは山々ですが、まだ戦争イベント中です。話は後にして、自分らも速やかに傭兵隊に合流した方がいいかもしれません」


 確かに奇襲部隊の撃退に成功したとはいえ、まだ戦場の至る所で戦闘が継続しており、ここで悠長に話をしている場合ではない。アヤセの指摘に他の者達も改めてそれに気がついた。


 「おっと、言われてみればそうだよな。話は後にして、前線に戻るか」

 「そうね。それにしても、士気が30以上離れているって結構凄いよね。これなら私達も高レベルプレイヤーと戦えそうじゃない?」

 「兄貴、俺達も行きやしょう」


 個人的に言いにくいことを聞かれ、口ごもっていたマリーは、ぞろぞろと移動を始めたプレイヤー達を見てホッとした様子を見せた。


 「アヤセさん、ありがとうございます。助かりました」


 マリーが小声でアヤセに礼を言う。


 「いいえ、御礼を言われるほどでは。皆には助けてもらいましたが、この場で活動の細部まで話す必要までありません。自分達の商売については、まだ公にしない方がいいと思います」

 「…アヤセ氏っ!!」

 「わっ!?」


 お互い距離を縮め、小声でやり取りしていたアヤセ達の背後から、恨めしそうなまかろんの声が割って入る。また、声だけでなく、彼女の小柄な身体も二人の間に割って入りアヤセのドルマンの右袖口を両手で掴む。マリーは二人を分断した突然の乱入者に眉をひそめた。


 「まかろんさん? 何か?」

 「…二人は、そ、その、どんな関係?」

 「関係、でしょうか? 先ほども言いましたが自分とマリーさんは『ビジネスパートナー』として活動しています」

 「…ビジネスパートナー!」


 そう言いながらまかろんは勢いよく顔をマリーに向ける。


 「はい、私とアヤセさんは『パートナー』として()()()()()()()をしていますよ」


 マリーは、わざと「パートナー」と言葉を縮め、(商売上の)「お付き合い」を強調し、余裕があるように見せかけるため、笑顔を浮かべて答えた。


 「…何てこと!」


 マリーとまかろん、二人の視線は交錯する。その緊迫した様子は、見る人によっては先ほどアヤセとジェムグンが交わしたものよりも激しく感じたかもしれない(アヤセは全く気付かなかったが)。


 「ま、まかろんさん、力が入っています! 袖をそんなに引っ張ったら破れます!」

 

 拮抗した視線を交わす二人であったが、傍から聞こえるアヤセの抗議にまかろんは我に返った。


 「…あっ、ご、ごめんね」


 慌てて袖から手を離したまかろんは、そのままがっくり肩を落とし、二人に背を向け、とぼとぼ歩き出す。そんな彼女の悲哀を感じさせる背中を眺め、アヤセはドルマンの袖をさすりながら怪訝な様子を見せ、マリーに尋ねた。


 「さすがは戦闘職のヘビーウォリアー、とても強い力で驚きました。……彼女は何やら落ち込んでいるようにも見えますけど、どうしたのでしょうか?」

 「あまり本人の前では、力が強いとか言わない方がいいですよ。それで、まぁー、今はそっとしておいた方がいいかもしれません」

 「はぁ……」

 「……(彼女には悪いけど、今のうちにアヤセさんとの距離を縮めたいわね。でも、二人の間に、信頼関係があるように見えるし、私も結構余裕がないのよね……)」


 まかろんを退ける方便で、自身とアヤセの関係が深いように錯覚させることに成功したマリーだが、実際のところ進展は、彼女とさほど変わりがないことも承知している。ここでライバル達との差をつけるため、今回の件はアヤセとの絆を深めるチャンスだと思っていたが、あまりその実感が得られないことに焦りを感じていた。


 一方、先ほどの玉砕に加え、マリーという大きな壁の存在が明るみになったことで心理的なダメージを負ったまかろんであるが、彼女の不撓不屈のメンタルは決して折れることはなかった。


 「…二人は共通の話題を持っている……。あたしが入り込む余地はあるの? いいえ、まだ、まだ負けてなんかいない! こんなことで、あたしは諦めない!」


 不穏な空気を敏感に感じ取り、自然と距離を置くピラン達を尻目に、まかろんはブツブツと小声で独り言をつぶやく。


 ……戦況は王国軍有利に傾いているが、アヤセを巡る決着はそう簡単につきそうにない。まだまだ予断は許されなかった。


 ==========


 ガラガラとけたたましい音を上げ、大きな円周の車輪が湿った大地にはっきりとした轍を作り出していく。

 二頭立ての二輪馬車の荷台に立ち、前進する王国軍の歩兵隊を追い抜きながらマリーは、「深紅の連隊旗」のポテンシャル「鼓舞激励」を発動してバフ効果を振りまく。そして、その恩恵に気付いた味方のNPC兵達が歓声を上げ、旗手に謝意を示す-――。道中そのような光景が何度も繰り返されてきた。


 「味方の士気は旺盛だ。これもマリー君のお陰であろう」


 ラタス衛兵隊の制服を着た男性が馬車に同乗するアヤセに声をかける。


 「そうですね。王国軍の士気は100を維持したままですし、これから差がもっと広がりそうですね」


 アヤセは、マリーに魔力回復薬を手渡しながら男性と今後の進展について意見を交わす。


 帝国軍の奇襲部隊を壊滅させ、アヤセとマリーは、他の者達と傭兵隊に合流すべく、草原を徒歩で移動していたところで、御者付きの軍用馬車で乗り付けた男性の出迎えを受けた。今はその要請に応じて車上の人となり、部隊の間をすり抜けるようなかたちで、二人を招いた者達が待つ目的地に向かっている。


 ちなみに、出迎えた男性はアヤセがよく知る人物だった。


 「しかし、モリス主計長が迎えに来るとは思いもしませんでした」


 ラタス衛兵隊も、籠城軍と共にラタスに籠って帝国軍と対峙しており、本来だったら衛兵隊幹部であるモリス主計長もラタスにいるはずである。アヤセは、何故主計長が戦場の真っただ中におり、そして自分達を迎える使者を務めているのか疑問を持った。


 「実を言うと、王都に出張に赴いている間に開戦となり、戻れなくなってしまってな。知り合いのいる左翼軍司令部に身を寄せてラタスと連絡を取ろうとしていたのだ」

 「それは災難でしたね。ちなみに自分らを招いたのは左翼軍司令部の方々でしょうか?」

 「そうだ。司令官は此度の奇襲部隊の撃退に多大な貢献をしたアヤセ君と、特殊な能力で味方を鼓舞し続けているマリー君に興味を示されて、こうして案内をしているという訳だ」


 左翼軍約三万の指揮権を持つ司令官が、一兵卒のプレイヤーに何の用事があるのか。随分な人物に興味を持たれたことは、それなりに名誉なことなのかもしれないが、それより今はやらなければならないことが山積している。


 「司令官の目に留まるのは結構ですが、それよりもラタスが気になります。衛兵隊の皆さんが無事なら良いのですが……」


 ラタスにいるギー隊長やアメリー等の衛兵隊の隊員達の安否が気遣われる。司令官への接見が果たして有用なものならいいが、単に時間を浪費するだけなら遠慮願いたいものである。


 「なぁに、ラタスは難攻不落の城塞都市だし、衛兵隊も城壁の上で戦う訳ではないから、心配には及ぶまい。それに、味方の騎兵連隊が迂回してラタスに向けて進軍をしている」

 「騎兵が? 攻囲軍に奇襲を仕掛けるつもりなのですか?」

 「目には目を、奇襲には奇襲ということだ。士気の差が開いているようだから、帝国軍も程なくして蹴散らされ、攻囲も解かれるだろう」

 「確かに奇襲が成功すれば帝国軍に大きな損害を与えられそうですね」


 攻囲軍はラタスに籠る王国軍を牽制するのが目的であり、戦闘にも参加しておらず、油断している可能性が高い。奇襲の効果が期待できそうだとアヤセが思っているところで、不意に、通知音が鳴り響いた。

 第二戦の中間報告を告げる音だと察したアヤセは、モリス主計長に断りを入れ、ウィンドウを呼び出し、情報を確認する。


 =「ラタス湿原地帯の戦い」参戦者アナウンス=

 第二戦 中間戦況報告

 〇士気(開戦時/現在)

  王国軍 95/100

  帝国軍 73/57


 〇参戦プレイヤー数(全数)

  王国軍 2,362(平均基礎レベル27)

  帝国軍  212(平均基礎レベル62)


 〇NPC残兵数/損害数

  王国軍 117,542/12,458

  帝国軍  79,861/30,139


 〇特記事項

  ・なし


 「負傷兵が復帰して第一戦より残兵数が増えていますが両軍の兵力差が四万くらいありますね。帝国軍の士気も更に下がって57に落ちています。差も43まで広がっています」

 「そうか! 我が軍は優勢だな。これならラタスも安泰だ」


 アヤセに自信ありげにラタスの堅牢さを語ってみせたモリス主計長であるが、おそらく言葉とは裏腹に内心不安を抱えていたに違いない。戦況が目に見えて王国軍有利に進んでいるのが分かり、喜色を露わにした様子からそれが窺えた。


 「主計長も言われていましたが、決め手はここにいる『戦場の女神』です。マリーさんの『鼓舞激励』のお陰で王国軍は、士気の減少を気にせず戦うことができますから」


 士気の上限値は100であるため、これ以上深紅の連隊旗を振っても王国軍の士気は上がることがないのだが、おそらくマリー一人で今まで士気を15くらい上げているとアヤセは推測している。無制限に士気を上昇させる仕組みは、極端な話、食料を全部敵に奪われても(注:食料が無くなると時間経過とともに士気が減少し、最終的に0になるとその時点で敗北が決定する)、旗さえ振っていれば士気は保てるので、飢餓に苦しむ兵士を無理矢理戦わせるという非道な戦術も可能になる。いずれにしても連隊旗とそれを扱う能力の高い旗手の存在は、戦争イベントそのものを根底からひっくり返すことになり、その重要性は計り知れなかった。


 「もうっ! 『戦場の女神』だなんて言うのは止めてください! 本当に恥ずかしいです……」


 場所や相手を問わず、自身を褒め称えるアヤセをマリーはたしなめる。


 「おっと……、つい、自分のことのようにはしゃいでしまい、失礼しました。でも、マリーさんの活躍は、既に結果で現われているはずですよ」

 「何のことでしょうか?」

 「ウィンドウを呼び出して、プレイヤー情報を見てください」


 怪訝な表情を見せるマリーであるが、取り敢えずアヤセの言葉に従い、画面を見ることにする。


 =「ラタス湿原地帯の戦い」プレイヤー情報=

 プレイヤー名:マリー

 (中略)

 ・撃破数   0  順位  1,956/2,362

 ・功績値 2,866  順位   1/2,362


 「あの、この『功績値』とは一体何でしょうか? 私の順位が一位になっています」

 「えっ!? 一位なのですか! これは思っていた以上だ!」

 「ほう、マリー君がトップを走っているのか」


 マリーの口から出た想定外の順位に、アヤセとモリス主計長は感嘆の声を上げた。


 「功績値は、一言で言うと『プレイヤーがどれだけ自軍に貢献したか』を数値化したものです。主に敵兵の撃破数に連動して加算されていきますが、他の方法で貢献した場合でも上がります。例えば、マリーさんのように味方の支援行動も対象になります」


 知ってのとおり、マリーは現在まで「深紅の連隊旗」の性能をフルに活かして味方にバフを振りまいている。その恩恵を受けた者達は、延べで万を超していると思われる。


 「支援行動は、敵兵撃破に比べて獲得できる功績値は低めですが、何せ連隊旗の効果範囲がべらぼうに広いですから、大勢の者達にバフを与えてこれだけの数値を獲得できたのでしょう。おそらく二位との間に倍以上の差が生まれているはずです」


 功績値は1,000獲得できれば上位争いに加われるはずだとアヤセは記憶している。撃破数が最下位(同位順位で1,956位)にも関わらず、支援行動のみで水準の二倍以上の数値を叩き出しているマリーの実績には、ただただ驚かされるばかりだ。


 「他に自軍の士気を上昇させたことも、功績値に加算されているでしょうね」

 「そんな、私はただ旗を振っていただけです……。本当に凄いのは、実際に戦っているアヤセさんや他の人達なのに、なんだか申し訳ないと感じてしまいます」

 「……」


 自身が前線に出て体を張って戦っていないことに引け目を感じているのだろうか、マリーは現状を素直に喜べないようである。

 そんなマリーにモリス主計長が励ますように声をかけた。


 「自覚は無いのかね? 味方の将兵は君が与えた恩恵を本当に感謝しているぞ」

 「モリス主計長の言う通りです。自分も含め前線で戦う者にもそれぞれ役割がありますが、対処できる量に限りがあります。それに引き換え、マリーさんが連隊旗のポテンシャルを発動すればNPC兵も含め多くの者達が、自身が持っている以上の力で戦えるのです。胸を張って誇るべき貢献なのは誰が見たって明らかです」

 「そういえば、成績が優秀だと表彰され、報償が下賜されるぞ。だから、以降も味方の支援に努めて欲しいものだ」

 「確かに、ポワティエの宿場町で募兵担当下士官が活躍めざましい者には、『相応の報酬』をもって応えるとか言っていましたね。役得はそれなりにありそうです」

 「表彰でしょうか? でも、名前が出るのはちょっと恥ずかしいです……」


 モリス主計長の言葉に同調し、アヤセはマリーに自信を持たせようとするが、彼女は戸惑いを拭い去ることができない。もしかしたら名前が公になるのは抵抗があるのかもしれないとアヤセは感じる。 


 「一応名前は匿名にもできます。最も、名前が公に出るのに抵抗を感じているのであれば、報償は寧ろ余計なものかもしれません。考えようによってはここで名前が売れることが、良い宣伝の機会と取ることができるのですが……。例えばクランを設立した際に入団希望者が集まりやすくなる、とか考えられます」

 「ほう、マリー君は、クラン設立を考えているのかね?」

 「は、はい。生産職クランですけど……。それにまだまだ先の話になりそうです」

 「そうか、生産職クランとなると、王室の覚えが良いと好条件な援助が期待できるぞ。それにアヤセ君が言うとおり、冒険者だけでなく熟練の技術を持った住人も入団を希望するかもしれないからここは存分に名前を売っておくのも悪くはないぞ」

 「ハイスペックなNPCが募集に応じるのはかなりメリットがありそうですね。それに王室の援助も中々の魅力的です」

 「……」


 二人の会話を聞いてはいたが、マリーは考え込む仕草をして反応を示さない。その様子を見てアヤセは、クラン設立の近道に彼女が関心を示さないことを惜しいと感じる。しかし、その一方で以前本人から聞いたとおり、王室とのつながりを望んでいないことも分かっていたから、彼女が報償について魅力を感じないことも理解できた。


 「色々言ってしまいましたが、今は連隊旗のポテンシャルを駆使して味方の鼓舞に努め、王国軍の勝利に貢献することが最優先です。功績値や報償の話はのちのち考えればいい話です」

 

 今は自身の行動が功績値の高さに見合っていないと感じ、困惑しているだろうが、いずれはその重要性に気付くはずだ。別に急いで自覚をしてもらうことでもないだろう。魔力回復薬を手渡しながらアヤセはそう思った。


 「アヤセさんもモリスさんもお気遣いありがとうございます。お二人の話を聞いて少し考える必要があるかもしれませんね……」


 マリーは、二人に対し礼を言ったが、馬車に乗っているあいだ、このことが再び話題に上がることは無かった。


 ただし、マリーは二人の話を聞いて、報償の魅力やクラン設立に役立ちそうなものがあるということは理解した。今はアヤセが言う通り王国軍の勝利のためできることをするのが第一だが、何かの巡り合わせがあればそれを享受することも選択肢の一つとしてあるかもしれないと思うようになっていた。



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