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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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71_奇襲部隊壊滅

 アヤセとマリーの危機に、王国最強クラン「蒼き騎士団」の幹部まかろんが助太刀に入った。

 思いもしない人物からの介入にアヤセは戸惑うが、一方で彼女は、微かに笑みを浮かべアヤセとの再会を喜んでいるように見えた。


 「まかろんさん、どうしてここに?」

 「…今は敵の排除が優先。安心して。皆も来ている」


 真剣な表情に戻ったまかろんは、スキルを再発動するため盾を構え直しながらアヤセに応じる。


 「皆……、でしょうか?」


 言葉の意味をアヤセは尋ねるが、彼女が答えるよりも早く複数の人影が目の前を走り過ぎ、彼女が張ったバリアに跳ね返されて怯んでいた敵目掛けて躍りかかった。


 「うおおおおおっ!」


 アヤセの目の前でドワーフ姿の戦士が振り上げたメイスを大型肉食獣の頭部に力強く打ち付け、弱った敵を片付けた。


 「ピラン君!」

 「遅くなっちまって、すいやせん。でも俺達が来たからにはもう心配いりませんぜ!」

 

 ピランはアヤセに向き直り、ニッと笑ってみせる。周囲においても、ピラン以外のプレイヤー達も戦闘を展開している。戦っているのは全員アヤセが見知った顔だった。


 「『星見の台地』で一緒に戦った連中も来てるす」

 「…他にもホレイショ氏やコーゾ達は射撃の列に加わっている。皆、アヤセ氏のシャウトを聞いて集まったの」

 

 今のアヤセにとってこれほど心強い援軍が他にあるだろうか? 星見の台地で東側斜面を共に守ったプレイヤー達が駆けつけてくれたのだ!


 「アヤセさんのシャウトが皆に届いたのですね!」

 「…そう。皆アヤセ氏の声を聞いてここまで来た」

 

 まかろんは再び微かな笑顔を見せつつ、状況を説明する。彼女がクラン「蒼き騎士団」と行動を共にしていないことにアヤセは気がかりを感じたのだが、今はそれには触れず、こうして駆けつけてくれたことを率直に感謝するのだった。

 

 「…それで、あれはどうする?」

 

 スキル【フィールドガード】を再度発動させ、周囲にバリアを張ったまかろんは前方に目を向け、アヤセに尋ねる。


 「……」


 自身に向けられる鋭い視線にアヤセは気付く。ピランや他のプレイヤー達が展開する戦闘に一切加わらず、後方で成り行きを見守る一騎の人馬族がアヤセを睨み付けている。

 筋骨隆々なその姿は、他の人馬族の兵士より体格が一回り大きく、更に馬上槍や胸当てといった装備品も見た目からして他と一線を画すことから、アヤセはこの人馬族の兵士が奇襲部隊の指揮官かそれに次ぐものだと直感した。

 

 まかろん達の参戦により渾身の攻撃も阻止された敵は、最後に自身と決着をつけたがっている。その悲壮な覚悟はひしひしと伝わってきた。


 「…アヤセ氏が応じる義理は無い。ここは全員でかかるべき」

 「いいえ、自分がカタをつけます」

 「アヤセさん……」

 「………。…本当は行かせたくないけど、旗手の子のことは心配しないで。あたしがちゃんと守る」

 「はい。済みませんがよろしくお願いします」

 「…気をつけて」

 「私、連隊旗を振って応援していますから! 必ず勝ってくださいね!」


 まかろんにマリーを託したアヤセは、落ち着いた歩調で人馬族の兵士に向けて進み、彼女のスキルが及ばないところまで到達したところで立ち止まり、改めて相手と正対した。

 

 「……」

 「……」


 人馬族兵士とアヤセの視線がぶつかり合うが、両者は何も語らない。


 突然、人馬族兵士が右腕に抱えた長くて鋭い馬上槍を地面に垂直になるように上に向けてみせた。

 おそらくこの動作は、騎士が相手に対してとる敬意の表明なのだろうが、あいにくアヤセはこの世界における答礼のやり方を心得ていない。相手同様敬意を込め、右手の人差し指と中指をケピ帽のつばへ添える仕草をもって返すに留めた。


 自己流の返礼であったが、その意図は相手に伝わった。


 人馬族の兵士は馬上槍を構え直し、穂先をアヤセの心臓にぴたりと向け、前足で地面を三回ほど蹴って駆け出す。どうやら右腕に持った槍で突くため、アヤセから見て右側に抜ける進路を取るようであった。

 僅か数歩走っただけで最高速度に達し、「怒涛」という表現に相応しい馬力で乾坤一擲の攻撃を繰り出そうと駆け寄る相手に対し、アヤセは左手を鍔元にやったままその場から一歩も動かない。

 左手を刀に添えたことによりポテンシャルが発動され、人馬族兵士の突進は本来の速度よりも遅く見えているはずなのだが、それでも鋭利な槍を突きつけ殺意をたぎらせ向かってくる姿には、心が乱される。

 しかし、アヤセは逸る気持ちを必死に抑えながら相手の接近をじりじりと待つ。自身の間合いに相手を引きつけ一撃で仕留める……。それが「鞘の内」の性能を最大限引き出すことになるのだから。

 

 (今っ!)


 敵の右腕に抱えられた馬上槍が胴体を貫かんとした刹那、アヤセは鯉口を切り、斜め上方へ刀を抜き付ける。初太刀攻撃の判定が入り、相手の動きが更にスローモーションに見える中、刀を抜き付けつつ、槍の先端を刀身で受け流した!


 「ヌ、ヌグオオッ!」

 

 焦る人馬族の兵士は、食いしばった歯の隙間から唸るような声を漏らす。だが、刀身を滑る馬上槍は、しゃりしゃりと金属が擦れる音を発しながら徐々に軌道が逸らされていく。スピードが乗った今となっては、最早止まることもできず、自身の得物がアヤセの身体の左側に流れされていくのに身を任せる他はない。また、これにより槍を抱え、しっかり締めていた右脇から腕が離れ、がら空きになった。


 ―――これこそアヤセが狙っていた瞬間だった。


 これだけの勢いで突っ込んできたなら、刃筋をしっかり捉えていれば大した力を入れずとも相応の斬撃を食らわせることができる。アヤセは、一歩すり足で右斜め前に身体を移動させながら、鞘離れと同時に刀を握っている右手首を返し、鞘引きしていた左手を柄に運び両手持ちになり人馬族兵士の上半身を袈裟に斬りつけた!


 ザンッ!


 周囲に響き渡る音は存外軽く、短い。だが、その手応えは確かなものだった。

 人馬族の兵士の体躯は、左肩から右腰にかけて斜めに断絶され、上半身が地面に落ち、残された下半身だけが少しの距離を走り抜けるものの、失速して横向きに倒れる。

 アヤセはその音を耳にしつつ、横血振りの後、納刀した。

 

 「っしゃあ! やったぜ!!」


 事の成り行きを見守っていたピランが、喜びを爆発させ大声で叫ぶ。その声を聞いて、残敵は逃げ去り、他のプレイヤー達が歓声を上げる。この瞬間をもって王国軍は奇襲部隊を退けることに成功したのだ。


 「……」


 周囲が歓喜に沸き返る中、アヤセは戦いの経過を振り返る。


 (もし、抜きつけのタイミングが少しでも狂っていたら、確実に槍の餌食になっていた。本当に紙一重の勝負だった)


 勝負は一瞬で決まった。しかし、その一瞬こそ生死の分かれ目だった。

 右手を柄から離しながら際どい勝利であったと実感する。それと同時に刃を合わせたことで太刀筋から垣間見えた実直な性格や、人馬族の威信を背負い最後の最後まで勝負を諦めない気概を感じとったアヤセは、撃破した人馬族の兵士が単なるモンスターではなく、敬意を払うべき一廉の人物であると認識を改めていた。


 アヤセの目は自然と投げ出された上半身の方に向かう。先ほど分断した下半身は消えずに残っており、このことは、まだ相手が生きていることを意味している。実際、人馬族の兵士は息も絶え絶えながら、草原に仰向けで横たわっていた。


 「……見事な腕前である。……私の負けだ」


 人馬族がコミュニケーションの取れる種族であることをアヤセは初めて知る。このような姿になっても、まだ会話ができるその生命力に内心驚嘆するが顔には出さず相手の言葉に耳を傾けた。


 「……貴殿こそ真の強者だ。……強者に討たれるのは本望」


 そう言いながら人馬族の兵士はぎゅっと目を瞑り苦悶の表情を浮かべる。いくら並外れた生命力があるとはいえ、この者の死は見た目通り差し迫っているようだった。


 「……我が名はジャイラル部、族長のジェムグン。……貴殿の名を尋ねたい」

 「アイテムマスターのアヤセ……。王国軍傭兵隊所属です」

 「……アイテムマスターのアヤセ殿……」


 人馬族ジャイラル部族長ことジェムグンは、右手を上げる。だが、既に視力が失われているようでアヤセのことを見つけられず、ふらふらと手を振りつける格好となった。

 アヤセは膝をつき黙ってジェムグンの手を両手で取る。それに対しジェムグンはアヤセの手を握り返したが、それはとても弱々しいものだった。


 「……時間が無い。アヤセ殿に頼みがある」

 「伺います」

 「……我が子、クランにこの槍と、私の死に様を、伝えて貰いたい。貴殿を、見込んでの、頼みだ」


 ジェムグンから少し離れたところに、意匠見事な馬上槍が無造作に投げ出されている。どうやら自身は、この槍とジェムグンの最期をその子供に伝える役を託されようとしているらしい、ということは理解できた。


 「……」


 果たして、人馬族のジャイラル部がどこに暮らしているのかも分からないし、相手が父親の仇の話を素直に聞くとは限らない。仮にジェムグンの頼みを聞いたとしても、それを伝える前にジェムグン所縁の者達に命を狙われるリスクも場合によっては、考えなければなるまい。それはとても割に合わないことだ。


 「今すぐにとはいきませんが、必ず伝えます」


 アヤセがジェムグンを武人として認めたように、ジェムグンはアヤセを信頼のおける人物と見込んで最後の願いを託した。自分にはジェムグンの最期に立ち会った者としてそれを伝える必要がある……。アヤセはそう感じ、損得勘定を払いのけ依頼を受託した。


 「……フッ、貴殿なら、そう言ってくれると、思っていた。……頼む」


 ジェムグンは小さく笑い、目を閉じる。

 それと同時に身体から微かな光が漏れ出し、周りを覆いはじめた。


 「……アヤセ殿の武運長久を。……さらばだ」


 無数のテクスチャがアヤセを包み込みように散る。最後の言葉を残し、ジェムグンが完全に消滅するのに、時間はかからなかった。


 「……」


 アヤセは、ジェムグンが消滅した後もしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて立ち上がり投げ出されていた馬上槍をインベントリに収納した。


 「…頼まれ事、されたの?」


 いつの間にかマリーとまかろんがアヤセのすぐ側まで来ていた。

 アヤセはジェムグンが消滅した場所から目を離さず応じる。


 「ええ。少し難しい依頼です」

 「…どうして受けたの?」


 まかろんは単刀直入にアヤセに尋ねる。その口調から得にもならない役割を引き受けたアヤセの身の上を心から案じていることが窺えた。


 「ジェムグン……、今消滅した人馬族の名前ですが、たった一合刃を交えた相手でしたけど、その人なりはそれだけで十分理解できました。もし、敵ではなく味方として出会っていたら、意気投合し、共に背中を預け合う間柄にだってなれたのではないか……。そんなことも考えてしまいました」

 「…そう」

 「彼が何を思って帝国軍に属していたかは分かりません。ですが、ジェムグン族長が見せた最後の勇姿は、彼が最も知ってもらいたい人物に伝える必要があると直感しました。自分はその役割を果たすつもりです」

 「……」


 星見の台地の時でもそうだったが、アヤセは誰かのためにしなくてもいい苦労を背負う傾向がある。だが実際、アヤセが負った苦労のお陰で救われた者がいるのも事実であり、そのうちの一人であるまかろんは、アヤセの心情はよく理解できなかったものの、彼がこれからやろうとすることは察することができた。


 まかろんは、ふぅーっと大きなため息をつく。


 「…あたしにできることがあったら言って。何でもする」

 「これは自分が一人で引き受けたことです。クエストのリストにも載っていないようですし、報酬だって期待できません」

 「…それでも」

 「何故ですか?」

 「…あたしもジェムグン氏の最期に立ち会った。資格はあるはず。それに……」

 「それに?」

 「…………」


 まかろんは、頬をほのかに染めて言い淀むが、大きく息を吸い、意を決して続きを話し出す。


 「…そ、それにアヤセ氏のことを放っておけない! さっきだってそう! 何でジェムグン氏と一騎打ちをする必要があったの? 低レベルなのにしなくてもいいことに首を突っ込んで! そんな無謀なことをする人をあたしは……、あたしは、放っておけない!」

 「ま、まかろんさん?」

 「…あたしは、以前アヤセ氏に助けてもらった。それはとっても嬉しかった……。きっとアヤセ氏はあの時と同じように、また誰かを助けるのだというのは何となく分かる。アヤセ氏がやりたいことをあたしは止めたりしない。だけど、あたしは心配なの! だから、今度はアヤセ氏が無茶をしないように見張る! 『大事な人』を守るために!」

 「……」

 「…あっ!」


 堰を切ったように言葉を吐き出すまかろん。しかし、興奮してアヤセへの想いを不注意に漏らしてしまったことに気付き、その勢いがみるみるしぼんでしまう。


 「…と、と、とにかく、それが理由! 以上!」


 そう言い捨てると、まかろんは兜を取り出し、すっぽりと顔を覆い、そっぽを向いてしまった。


 「……(こ、これってまさか……!?)」


 まかろんの感情の吐露を傍らで聞いていたマリーは衝撃を受ける。この甲冑で身を包んだ美少女は、装備品からクラン「蒼き騎士団」の団員だと見当がついていたが、ラタスにおける先般のPK討伐作戦のクエストで掲示板にも書かれていた、アヤセの側にいた女性幹部であることにようやく気付いた。

 自身には真似できない彼女の直情的かつ明快なアプローチに敬意すら覚えるマリーであるが、その一方で強力なライバルが突如登場したことに俄かに慌てる。

 

 「『大事な人』…」


 アヤセはおもむろにつぶやく。まかろんはその言葉に身をビクッと震わせる。顔を隠した兜の隙間から、不安げな横目がアヤセの様子を窺っているのが丸分かりであった。


 「確かに自分の戦いぶりは、歴戦の勇士のまかろんさんにとって見れば、ひよっこ同然で見てはいられないと思います。それこそ出来の悪い弟子を見るみたいな心境なのでしょうね」

 「…えっ?」

 「そんな弟子を未熟と指摘しつつ、『大事な人』と言って成長を見守ってくれるのは、自分を認めてくれたみたいで本当に有り難いです。まかろんさんは人を育てる才能があるかもしれません」

 「…あ、あの、そういう意味では無くて……」

 「やはり、この件は、助力を得た方がよさそうです。至らない自分をどうか御指導ください」

 

 そう言いつつアヤセは、まかろんの手を取り、両手でがっちりと握手した。


 「…ち、違うの! あああっ~」


 アヤセに両手で手を握られるまかろんは、複雑な思いが混濁した何とも言い様がない声を絞り出す。はからずもマリーは、彼女が玉砕する一部始終をある意味特等席で見届けてしまったのだが、アヤセがライバルになびかなかったことに胸を撫で下ろすよりも、意中の人の常識外れの手強さに対して、先行きの不安とまかろんへの同情を抱いてしまったのだった。



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