69_戦場の女神
見晴らしのよい、開けた草原をひたすら進むアヤセ達。倫理上の規制からさすがに死体が転がっていたり、血の匂がしたりすることはないがその代わり硝煙が立ち込め、周辺は至るところに壊れた武器や旗竿、真っ二つに割れた盾等が落ちており、両軍が激しくぶつかった痕跡を残している。王国軍は情報通り帝国軍を押しているようで、既に各部隊はこの地点から更に前方に進んでいた。
「見てください、王国軍です! こっちに向かってきていますよ! やっぱりアヤセさんのシャウトは届いていたのですね!」
マリーが声を弾ませアヤセに場所を指し示す。確かに王国兵達はこちらに体を向けて行進をしているようだった。
「ええ、検知でも動きを確認できました。シャウトは無事に届いていたようですね。しかし……」
求めに求めた、王国軍の反転の光景を視認したアヤセであるが、それに喜色を表わさず、寧ろ憂慮を募らせた声でマリーに応じる。
「早く隊列を組みなおして迎撃態勢を取らないと! 各隊が思い思いに展開しているだけでは、奇襲部隊を抑えることができません。この辺りでいいでしょう。ここを基点に部隊の誘導をします。マリーさん、お願いします!」
「分かりました。『御旗の威光』、『鼓舞激励』、発動します!」
アヤセに応じたマリーが頭上に旗を高く掲げ、ゆっくりと左右に振り始める。それに応じ「深紅の連隊旗」は優しい光をたたえ輝きだした。
アヤセは、自身の身体が軽くなったように感じる。連隊旗のポテンシャルが早速効果を及ぼした結果であるのだが、同様に二人のおおよそ七、八百メートル後方にいる王国軍にもその効果が目に見えて現われ始めていた。
(このくらいの距離でも旗のポテンシャルが効くのは嬉しい誤算だった。いいぞ! その調子だ!)
王国軍は、職種問わず遠距離攻撃ができるプレイヤーやNPC兵士を各隊から引き抜き、マリーが示す位置を基点にして四列横隊に並ばせている。各員のステータスの上昇に伴い、きびきびとした動作で隊列を組む様子にアヤセは手応えのようなものを感じていた。
「ア、アヤセさん、王国軍の動きはどうなっていますか?」
マリーが状況をアヤセに尋ねる。連隊旗の特殊効果とポテンシャルの使用は、MPが必要となり、またその消費が激しいようで、彼女の息遣いは荒いものになっている。
「はい、魔力回復薬です。マリーさんのお陰で王国軍の動きは格段に上がっています。発動、引き続きよろしくお願いします。もう一息です!」
マリーに魔力回復薬を手渡しつつアヤセは答える。第二列目以降はやや手間取っているようだったが、横隊の第一列目は整ったようで、射撃位置の調整のため前進を開始している。列が徐々に埋まり、明確な形ができつつある。
王国軍の士官や下士官が必死に列を整理している一方、前方では、けたたましいラッパを吹く音が聞こえてくる。後ろを見ていたアヤセは、前に向き直り、その音の出所を確認する。
(突撃ラッパだな。いよいよお出ましか!)
アヤセが後方で横隊が形成されるのを見ている間に、敵も広大な草原を走り抜け、合図により列と歩調を合わせ、全速力で王国軍目掛け突撃を開始した。
「ひっ……!」
馬蹄の音や喚声等の様々な騒音が戦場を支配し、五千の敵が自らを目指して突っ込んでくる迫力はすさまじく、その勢いは圧倒されるものがある。マリーは、アヤセの前では強がって見せたものの、当然のことながらこのような体験は今までしたことが無く、気圧されて旗を振る手も止まり、目を瞑ってしまう。それに伴い、「御旗の威光」と「鼓舞激励」の発動が停止した。
「……」
恐怖に震え、旗竿を握りしめるマリーの手に優しく手が添えられる。旗をしっかり持たせるため、アヤセがマリーの背中にほとんど密着するかたちで手を伸ばしたのだった。
「アヤセさんっ!?」
「マリーさん、怖いですか?」
アヤセはマリーを落ち着かせているため、努めて平静にマリーに語りかける。
「い、いいえ……。さっきも言いましたとおり、アヤセさんと一緒なら全然怖くなんてありません」
「実を言うと自分は怖いです」
「えっ……!?」
マリーは驚く。如何なる時でも自分を崩さず、沈着冷静なアヤセからまさかそのような言葉が出てくるなんて思いもしなかった。
「自分の心臓の鼓動が聞こえますか? これだけの大軍を目の前にして、動揺をするなと言うのが土台無理な話です」
心臓がいつもより早く鼓動を打っていることを自覚していたアヤセは、自身の体をマリーの背中につけていることから、それが彼女にも伝わっているかもしれないと思い、尋ねたのだった。
一方でマリーは、再度目を瞑り、自身の背中越しに感じるアヤセの鼓動を感じ取ろうとする。少しの間そのままでいたが、アヤセと密接していることに改めて気付き、赤面する。結局アヤセの鼓動は分からずじまいだったし、もしかしたら自身こそ、胸の高鳴りを聞かれてしまったかもしれないと思い恥ずかしくなった。
「あ、あの、私には分かりません……」
「そうですか。動揺を悟られなかったということは、自分は意外にもポーカーフェイスなのかもしれませんね」
アヤセは静かに笑うが、すぐに真顔に戻る。
「先ほどマリーさんが自分と一緒なら怖くないと言われましたが、自分も同じ気持ちです。マリーさんとなら、あなたとだったなら、どんな困難や苦境でも共に乗り越えられます。だから、味方を信じて今自分達ができることを最後までやり遂げましょう!」
「!」
自身の手を包み込むように添えられたアヤセの手はとても温かい。その温もりを感じ、マリーの目から涙が滲む。恐怖は吹っ切れ、心からは憂いが取り払われる。もう何も恐れることは無かった。
「……はいっ!!」
アヤセの介助もあり、「深紅の連隊旗」は再び光を帯び、その効果を周辺に及ぼし始める。
(さぁ、マリーさん、あなたの活躍が戦場にいる全ての兵に勇気を与える『戦場の女神』として後世に語り継がれるように……。あなたの力で戦況を大きく変えて見せてください)
口に出すとマリーが謙遜すると思い、アヤセは心の中でそう思うに留める。その代わり彼女が連隊旗を存分に振れるように添える手に力を込めるのだった。
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「第一列、構えー!!」
後方より号令が微かに聞こえる。
士官の命令に従い、膝立射撃の態勢を取ったNPC兵を中心とする第一列目がそれぞれ狙いを定める。言うまでもなく標的は前方より押し寄せる帝国軍の奇襲部隊である。射撃を監督する士官達は、ギリギリまで敵を引きつける心づもりらしい。それは賢明な判断であった。
時間的に際どいところであったが、王国軍の迎撃態勢の構築は何とか間に合った。帝国軍もその動きは全力疾走の最中でも十分に認識できただろう。だが、途中で引き返すこともなく、寧ろ速度を上げて突撃をしてくる様子は、王国軍の横隊など恐れるに足りないと思っているのか、それとも、自分達の奇襲に戦いの趨勢がかかっているから何が何でも負けられないという覚悟のあらわれなのか、いずれにしても王国軍はそれに受けて立つのみである。
不意に何百羽もの鳥が一斉に飛び立ったような音が響く。音の正体は、敵が接敵前に矢を放ったものであった。
「……っ!」
急ぎアヤセは眼前に粘土を高く積み上げる。放たれた矢の大多数は、王国軍の先頭に立ち、旗を振りつける奇妙な二人組に狙いを定めたものである。粘土の壁には、軽い音をたて数多の矢が突き刺さり、二人に届くことは無かった。
(さすがに今のは危なかった!)
敵の最後の騎射を凌ぎ、粘土の壁と刺さった矢をインベントリに収納し、再度開けた視界で敵を見やる。アヤセ達と敵との距離はおおよそ百メートル前後。これほど近づいたら敵部隊の構成がよく分かる。
敵は帝国軍の正規兵と思しき人種の騎兵も混ざっているが、獰猛そうな大型肉食獣、脚の長い蟻やハンミョウのような巨大昆虫、上半身が人で下半身が馬の人馬族等といったモンスターが占めている。人馬族はともかく、獣や昆虫は知能が低そうなのでここまで引率するのは中々苦労しただろう。こういった事情があり、相手も容易に撤退を選べないのかもしれない。あと数秒もしないうちに敵は二人に肉薄するにも関わらずアヤセにはそんなことを想像する余裕が生まれている自分自身に少し驚いた。
「撃てぇぇぇー!!」
アヤセ達からおおよそ二十歩程度のところまで敵を引き付けた第一列約五百の火蓋が一斉に切られ、瞬時に激しい銃声と大量の硝煙が辺り一面を覆い尽くした。
マリーの「鼓舞激励」により、攻撃力が上乗せされた速くて重い弾丸は、被弾した敵をまるで水風船に針を刺したかのように破裂させ、容赦なく打ち抜いていく。
「第二列、前進! 構えー!!」
銃兵の装備は、マスケット銃と呼ばれる弾丸や火薬を銃口から入れ、込め矢で押し込む先込め式の銃である。現代の兵器とは比べ物にならないくらいの旧式装備であり、次弾の装填から発砲まではタイムラグがどうしても生じる。横隊を何列も組んだのも前列が発砲後、再装填のあいだ無防備になるため、後列が援護のため前に出て発砲して装填の時間を稼ぐという、マスケット銃の弱点を補う措置であった。
第二列目の兵が次弾装填に忙殺される第一列目の兵達の間をすり抜け、前に出る。
「撃てぇぇー!!」
斉射に加わった者の中には弓兵や魔法使いも混ざっているようだが、耳をつんざくような銃撃音から大多数は銃兵であることが窺える。
「第三列、ぜんしーん! 構えぇー!!」
「撃てぇー!!」
「第四列、前進! 構え―!」
「撃てぇぇぇぇ!!」
「第一列、前進!! 構えー!!」
―――アヤセとマリーが旗を振り続けているあいだ、前進と斉射が機械的に何度も何度も繰り返された。絶え間ない攻撃に、帝国軍の兵士やモンスターは次々と被弾し斃れていくが、それでも突撃を止めようとしなかった。初めは百単位の勇壮な密集隊形で突っ込んできたが、王国軍の射撃回数が積み重なるにつれ隊列は乱れ、今や秩序だった攻勢も行えずにいる。
「撃ち方止めーっ!」
射撃を監督していた各列の士官が発砲中止を声高に叫び、直後に大きな歓声が上がる。
奇襲部隊は戦力を使い果たし、最早脅威となり得ない。王国軍は帝国軍を撃退することに成功したのだった。
(やったか?)
一体どれくらいの矢弾や魔法が敵に対し撃ち込まれたのだろうか?
掃射が中止された戦場は、後方で上がる歓声以外は聞こえるものが無い。周囲は花火のような火薬の臭いが充満しており、目にしみる硝煙が漂い視界を遮っていた。
「……」
アヤセはマリーに重ねていた手を放す。そして、長い時間続いた銃声と敵が致命傷を負い、次々と断末魔の悲鳴を上げて消えていく光景を見続けて放心状態になっているマリーを庇うように前に出た。
(ご主人~!!)
(来たな!)
チーちゃんの念話による警告とケピ帽の検知。敵の残党が硝煙に隠れ、射撃が止まった一瞬の隙を衝いて突っ込んできた!
敵の数は精々三十といったところで、数は多くはない。しかし、殺傷能力が高そうな武器で十分に武装された人馬族の兵士や太古の生物、サーベルタイガーを連想させる鋭い牙や爪を持った大型肉食獣のモンスター達は、射撃と前進を重ねたものの、即座に救援に駆けつけられる距離に味方が近付いていない現状、アヤセとマリーにとって軽視できる存在では無かった。
(自らの命と引き換えに捨て身の突撃か!)
敵もこの人数で戦況を覆せるとは思ってはいまい。狙いは唯一つ。「深紅の連隊旗」で王国軍を誘導し、そして味方の能力強化まで行い、士気まで上げてみせた、後々の脅威となり得るマリーを道連れにすることが目的だ。
敵のうち特に馬上槍を抱える人馬族兵士の速度は、目を見張るものがある。もし、その速さに乗せた槍に胴体を刺し貫かれたらどうなるか……。結果は想像に難くない。
しかし、アヤセは例え自身が死に戻っても、マリーだけは絶対に守り抜いてみせると決死の覚悟を秘め、迎撃を試みる。
インベントリから釘粘土を放射状に次々と放出し、踏み抜いた敵の機動を削いだ上で、「黒雨の長弓」のスキル【連撃速射】を発動し、全体に矢をばら撒く。
釘粘土と「黒雨の長弓」による牽制はある程度の効果を上げたと言えるが、敵の数は大型肉食獣が二体消えた程度で、ほとんど減っていなかった。
(なかなか手強い相手だが時間は稼げた。さぁ、これでどうだ!)
アヤセが次に取り出した物は、ハンドボール大の球形の陶磁器だった。十個ほどの球体は、ホレイショと交換した錬金レシピによって作製した「焙烙玉」である。
焙烙玉をプリスの両袖で絡めとり、回転を加え勢いをつけて敵目掛けて投擲する。焙烙玉は、人馬族の兵士に触れて割れたと同時に、大きな破裂音を上げて無数の尖った危険な鉄片をばら撒き、更に巨大な火柱を作り出し周囲に展開していた他のモンスターを巻き込んだ。その威力は期待を裏切らず、敵は爆風と鉄片の影響を受けて吹き飛ぶか、火だるまになり次々と斃れていった。
炎を潜り抜けた際の焦げ跡が付いた大型肉食獣型のモンスターの口の中にプリスの片袖を突っ込み、強引にひっくり返す。そして無防備になった腹に、もう一方の片袖に括り付けた鎖付きの鉄球を力一杯叩きつけ、致命傷を負わせて仕留めた。
大型肉食獣が悲痛な断末魔を上げ消滅するのを見て、敵もようやくアヤセが簡単に倒せる相手ではないと悟り、戦法を変更してくる。
(こいつら目標をマリーさんに変えたのか? まずいぞ! 対処が間に合わない!)
敵がアヤセ自身に向かってくるのならば、それを迎え撃つだけで済むのだが、防御の手段を持ち合わせていない裁縫師のマリーを集中的に狙われるのはアヤセとしては避けたいところであった。しかし相手もその点を十分に承知し、当初の半分を割った人数を更に二手に分け、攻撃を仕掛けてくる。
焙烙玉も使い切り、釘粘土による減速もこれだけ近づいたら距離的に効果が期待できず、黒雨の長弓の矢数では分散した敵に対して大きなダメージを与えられないようでは、近接攻撃が可能な範囲までの接敵を為す術なく許してしまうだろう。マリーを守ると決意しておきながら、打つ手が無い自分自身の不甲斐なさをアヤセは呪った。
人馬族の兵士が馬上槍でマリーを串刺しにせんと蛮声を張り上げて駆け寄ってくる。数は大型肉食獣と合わせ十二、三体ほどであるが、タイミングが絶妙でアヤセに狙いを絞らせない。
敵の顔は、殺戮の狂気に駆られ、斃れた仲間の復讐をあと少しで遂げられることに狂喜している様子が分かる。だが、そう簡単に事が運ばないことを分らせてやる。アヤセはそう決意を固め、マリーを庇うべく敵の目前に立ち、最後の抵抗のため刀の鯉口を切った。
「【フィールドガード】!!」
突然、アヤセとマリーを中心にして、眩しい光がドーム状に広がり、同時に全速力で駆けてきた敵が、勢いよく光の半球体に衝突し、大きな音をたてて弾き飛ばされる。どうやら、光はバリアの役割を果たしているようだった。
「…間に合った」
背後からかけられた声に反応し、二人は振り向く。そこには青と白と黄色を基調とした甲冑に身を包んだ少女が盾を構えて立っていた。
「まかろんさん!」
「…アヤセ氏、お待たせ。……会いたかった」




