67_深紅の連隊旗
硬直した二人を見下ろすアヤセ。クランに所属していた際に度重なる嫌がらせを受けたなるるんとクリードを実力でねじ伏せてログアウトに追い込んだ結果に対し、当初感じると思っていた満足感が得られず、虚無感が大部分を占めていることに戸惑いを覚えていた。
(まただ。また、シノブ達をぶちのめした時のように、得る物が何もないと感じるのは何故だ? こいつらは自分の目標である「復讐」の対象であるはずなのに、どうして気が晴れない? ……くそっ!)
アヤセは、二人の抜け殻とも言える身体の上に大量の粘土を降り落とす。こうしておけば、次回ログインした際に、生き埋め状態からすぐに死に戻りとなる。我ながら心が狭いと思いながらも、腹立たしさを紛らわすために念入りに粘土を積み上げた。
「はあ、はあ、アヤセさーん!」
ようやくアヤセのそばまで走ってきたマリーが、息切れしながら声をかけてくる。
「……マリーさん。あの場で待つよう、伝えたはずです。戦闘中に声をかけられると困ります」
アヤセはマリーの行動をたしなめる。復讐を遂げたのに思ったよりも満足感を得られないことに苛立っていたため、その言動はきついものになってしまった。
「ご、ごめんなさい。でも、アヤセさんが走っていく前に『黒バラ記章』ってつぶやいていましたし、顔つきも変わったので心配になったんです。もしかして、相手は、クラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』の人達ではなかったのでしょうか?」
「……」
マリーは相変わらず勘が鋭い。つい今しがたまで、その復讐相手と戦っていた訳であるが、アヤセはマリーにこれ以上の心配をかけないように簡潔に事実を報告する。
「マリーさんがお察しのとおり、敵はクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』の団員でした」
「やっぱり、そうだったのですね。……『復讐』ができてすっきりしましたか?」
「……」
アヤセが黙り込む様子を見て、マリーは悲しそうな表情をする。
「女の人の団員と戦っているのを見ましたが、あの時のアヤセさんの顔はとても怖かったです……。プリスの袖で首を絞めているときに笑っていたのを自分では気付きませんでしたか? ……それで、アヤセさんは、これからもこんな戦いを続けるつもりですか? 私、そんなアヤセさんを見るのはとても辛いです」
「マリーさんに心配をおかけしたことは申し訳ないと思います。今回の敵を倒したことで、自分は大きな充足感を感じると思っていました。ですが、それはどうやら見当違いだったようです」
復讐が決して楽しいものではないことは、今回の戦闘を通してアヤセはよく理解した。
だが、それは自身のゲームを続ける大きな原動力になっていることは確かである。だから、今後も復讐を止めるつもりはない。
「あいつらには、クラン在籍時におそらく一番不快な思いをさせられたのですが、そんな連中を叩きのめしても満足できませんでした。これはどうしてなのか自分も感情の整理がつきません」
「それは、復讐することの無益さを無意識に感じているから……」
「自分も当初は、そうではないかと思い、気持ちを問い返してみましたが、心の奥底では、復讐を止めるつもりは無いという思いがまだ残っているのも事実です」
「……」
「個人的な恨みがあるとはいえ、所詮なるるんやクリードは、クラン内では序列の低い下っ端幹部に過ぎません。復讐すべき相手はもっと高位の人物です。……自分を追放に追い込んだクランの副長や、それに追従する高級幹部達、それにクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』そのものに対して今後も復讐を続けるべきである……。それが自分の結論です」
「本当に、本当にそんな風に考えているのですか?」
「ええ。自分は本気で考えています」
「私は、アヤセさんが一つのことに固執されるより、もっと他のことにも目を向けて欲しいと思っています。トップクランに所属するプレイヤーを三人も倒せるくらいの実力を持つ、今のアヤセさんなら、もっと他のことでも活躍の場はあるはずです。だからこんなことはこれで終わりにしませんか?」
マリーは一縷の望みに賭けてアヤセに考え直すように促す。だが、空しくもマリーの切願は一蹴された。
「自分の目標は変わることはありません。……もうこの話は止めにしましょう。今は戦争イベントに集中すべきです」
「アヤセさん……」
「マリーさんが自分のために心配していただいていることは有り難いと思っています。最もそうは言っても、相手がいなければ復讐もやりようが無いので、機会が訪れるまでは他のことにも挑戦してみるつもりです。例えば、帝国軍を王国から追い出すこともそれに含まれます」
そう言いながらアヤセは、一つのアイテムをインベントリから取り出す。
「これは……、旗?」
======================
【アイテム・特殊】深紅の連隊旗 品質6 価値5 重量12
特殊効果:御旗の威光(自軍のみ有効。行軍の目的地点を指定し、
部隊誘導が可能になる)
ポテンシャル(1)…鼓舞激励(一定範囲の自軍の所属プレイヤー、
NPCの全ステータスUP(大)(効果600秒、
リロード60秒)、低確率で士気向上(小))
======================
アヤセがインベントリから取り出したアイテムは、一本の旗だった。
旗竿の長さは二メートル前後で、金モールで飾られた旗生地は燃えるような赤、旗頭と生地の刺繍に鷲のデザインが採り入れられた、大変見映えの良い品である。
「ポテンシャルも付与されていますね。これをどこで手に入れたのですか?」
「この旗は、一番初めに倒したクランの団員が所持していたものです」
アヤセのスキル【連撃速射】によって一番初めに死に戻ったカラバーシが所持し、ドロップした旗は(本来なら戦争イベントでは死に戻りドロップは無いのだが、黒雨の長弓のポテンシャル「鱗剥がし」によって強制的にドロップされた)、「深紅の連隊旗」という名前のアイテムだった。ちなみにポテンシャルは、獲得後アヤセが付与したのだった。
「ええ、正に逸品です。連中は重要な役割を帝国軍から与えられていましたが、この連隊旗がそれを遂行する上で、必要になるアイテムだったのです。ここから先は、歩きながら説明をさせてください。自分らには少し急がなければならない事情が生じました」
そう言いながら、アヤセは草原を歩き始める。マリーも慌ててアヤセのあとを追うかたちで移動を始めた。
「あ、あの、私には何が何だか……」
「ええ、状況は目まぐるしく変化していますので、順を追って説明させていただきます。まず、あいつらが戦場から離れてこんな後方地帯で単独行動をしていた理由ですが、簡単に言うと部隊の誘導です」
「部隊の誘導?」
「今、お見せした『深紅の連隊旗』……。特殊効果に『御旗の威光』がついていましたが、これは、自軍に移動目標を指定して、そこまで導く効果があるそうです。奴らはこれを用い、モンスターの構成率が高くて統率に苦労する帝国軍の部隊を特定の場所に案内する目的が与えられていたのです」
「特定の場所? その場所って、どこなのですか?」
「王国軍の背後、正確に言うと左翼の左下あたりが目標のようですが、そこから高機動部隊で強襲して、最終的に王国軍を後方から食い破ることを目論んでいました。本格的な戦闘の開始も、自分が思っていたより早く展開されそうです」
現在、王国軍十三万と帝国軍十一万はラタス南東部の湿原地帯と草原地帯の境目付近の開けた場所で対峙している。王都の守備隊の引き抜きと、多くのプレイヤーが集まった王国軍が僅かながら兵力で勝っているものの、予断は許されない。
アヤセがクリードから吐かせた話では、帝国軍は第一戦で劣勢のふりをして後退し、それを追撃する王国軍の背後から奇襲部隊が襲撃する算段になっているようだった。既に、奇襲部隊五千は戦場を大きく迂回し、王国軍に迫ろうとしている。三人は、正確な位置に誘導するため、先行し、敵地を進んでいたところで不運にも積年の恨みを募らせたアヤセと遭遇して連隊旗を奪われるかたちとなったのだった。
「誘導は大方済んでいるようですので、旗を奪ったからといっても残念ながら時間稼ぎにしかなりません。帝国軍の襲撃は、いずれ開始されてしまいます。だから自分達は、早くこのことを王国軍に知らせる必要があります。敵の奇襲を許したら王国軍は縦横無尽に寸断され、敗北は避けられません」
草原に歩を進めながら、アヤセはマリーに状況を説明する。
アヤセの歩幅がいつもより広くなり、進行速度も先ほどより速くなっている。マリーはそれらことから、彼の心中の焦りを感じ取った。
「今の説明で急がないといけないことは、良く分かりました。もし、私が足手まといになるようでしたら、アヤセさんだけでも先に行ってください」
「いいえ、ここでマリーさんと離れる訳にはいきません。場合によっては抱えてでも一緒に来てもらいます」
「えっ、抱えて? それって抱っこ……!?」
抱っことはお姫様抱っこのことだろうか?マリーは、アヤセの口から突然出た、大胆な発言に顔を赤らめる。だが、当の本人はそれに気付かず話を続ける。
「連隊旗の効果は、この旗は持ち主、つまり『旗手』ですが、その旗手のINTとDEXのステータス値の影響を受けるそうなのです。おそらく、ポテンシャルの『鼓舞激励』も同様でしょう。…自分のステータス値はどちらも60から70程度ですが、マリーさんのそれは、自分の倍以上であると以前伺った記憶があります」
「確かに私のステータス値は両方とも160くらいですけど、何か役に立つのでしょうか?」
「勿論です。味方に対するバフや士気向上は、戦争イベントにおいて勝敗を分ける上で重要な要因です。奇襲部隊の迎撃態勢の構築や、味方の支援で、この旗の存在は重要な意味を持つはずです」
そう断言するアヤセの話を聞いたものの、マリーはまだ半信半疑といったかたちだ。
「裁縫師は、INTとDEXが高めの傾向にある職業ですから、マリーさんは、正に旗手にうってつけと言えます。それと、これも持っておくべきでしょう。是非装備してください」
====================
【勲章】ラタス衛兵隊十字勲章
重量2
装備条件:なし
特殊効果:・ラタス衛兵隊本部の施設を無料利用可(一部有料施設を除く)
・ラタス衛兵隊本部を中心として半径15㎞圏内における
全ステータス30%UP、HP及びMP自動回復(中)
====================
=個人アナウンス=
マリーさんに以下のアイテムをプレゼントします。
・深紅の連隊旗
・ラタス衛兵隊十字勲章
自身の左胸についていた勲章をアヤセは取り外し、連隊旗と一緒にマリーへ贈った。
「これは? ……勲章ですか!?」
「はい、勲章です。戦場は勲章の特殊効果が及ぶ範囲内にありますから、マリーさんのステータスも更に底上げされ、連隊旗の効果もそれに伴って上がると思われます」
「勲章ってとても貴重なアイテムなんですよ。これはアヤセさんが大事にしているものでしょう? そんな軽々しく人に預けちゃダメだと思います」
「自分だって誰にでも勲章を託す訳ではありません。自分がこのゲームで一番信頼するマリーさんだからこそ預けるのです。戦場にはホレイショもいますし、それにラタスにはこの勲章を自分に贈ってくれた人達が帝国軍と戦っています。マリーさんが旗を振るうたび、結果として皆が生き残る確率が上がるのです。戦いの勝敗はマリーさんにかかっていると言っても過言ではありません」
マリーの顔を見るアヤセの目は真剣そのものである。その目を見たマリーは、アヤセの決意を察し、同時に自身に勲章という貴重品を預けるくらい信頼を寄せてくれたアヤセの期待に応えたいと思った。
「アヤセさん、そこまで私のことを信頼してくれるのですね……。分かりました。どこまでできるか分かりませんが、できることがあれば私もベストを尽くしたいです。勲章はお借りしますね」
今まで迷惑をかけてきた分それを取り戻したい……。マリーはアヤセに共に戦う覚悟と決意を告げる。
「ええ。よろしくお願いします。戦況ログを見ていると前線では小競り合いが活発化しているようです。本格的な戦いも近いかもしれません。急ぎましょう」
「はいっ!」
「一つ付け加えておきますと、先ほどマリーさんを抱えてでも連れて行くと言いましたが、自分のSTRではマリーさんを持ち上げることができません。代わりにプリスを引き伸ばして、体を包んで引いて歩くようなかたちになります。ほんの少しの衝撃を我慢していただければ、速度は格段に上がるはずです。それでは、早速……」
「え、えー!? そ、そういうことでしたら、やっぱりいいです……」
アヤセにお姫様抱っこをしてもらえると想像していたマリーであったが、思い描いていたイメージとの相違に落胆すると同時に、何とかプリスで引きずり回されることにならないように精一杯走り抜けようと思うのであった。




