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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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65_因縁の対決①


 チーちゃんの警戒網と、アヤセのケピ帽の検知に同時に引っかかった敵の反応。その詳細を確かめるべく、アヤセはマッピングに表れた表示を注視する。


 検知によると、敵は三人おり、前方約八百メートル先の草原を歩み続けている。歩き方からは、アヤセ達の存在に気付いている素振りは見られない。おそらく、敵など端から存在しないと決めつけ、警戒を怠っているのだろう。


 「マーカーの表示からも敵と見てよさそうです。全員プレイヤーで、三人ほどいます」

 「えっ!」

 

 「敵」という表現を聞き、マリーに緊張が走る。


 「こんな後方地点に少人数とはいえ、敵がいるのは気になりますが……」


 帝国側のプレイヤーが王国内のこんなところで何をしているのだろうか?本来なら相手の目的を確かめるべきだろうが、今は戦闘が苦手なマリーが同行している状態から考えると、リスクを避け、無用な接触を避けた方がいいかもしれない。


 (まぁ、今はマリーさんを後方拠点に送ることが第一だからな。チーちゃんに引き続き警戒をさせて、自分達は先を急ぐ方がよさそうだ)


 三人組への対処はマリーが後方拠点に着いてからでもできるかもしれない。そう考えているとチーちゃんから再度念話が届く。


 (ご主人~。スキル【視覚共有】発動するの~。敵は黒バラ記章の三人組なの~)

 

「……! 黒バラ記章だと!」


 思わず発したアヤセの声は自然と鋭くなる。

 更にチーちゃんからスキル【視覚共有】による映像が送られてくる。映し出された三人組を見たアヤセの顔が厳しいものに変わるのを、マリーは不安そうに見守った。


 「アヤセさん……」

 「マリーさんはここで待っていてください! ……こいつらは絶対に見逃してなるものか!!」


 マリーが委細を尋ねようとするのを振り切るようにアヤセは、刀の鍔元に手をかけ、走り出した。


==========


 「あ~、ダル~。今回のイベントってさ、略奪できないんでしょ? メリット無くね? それに、私達の今やっていることって意味あんの~?」


 なるるんは、心底面倒くさそうな顔をして不満を漏らす。


 「あ? 知らねーよ。岩鉄の奴がやれって言ってんだから、やるしかねーだろ」

 「大体よ、DEXやINTが高い奴なんて生産職にいくらでもいるのに、何で俺が旗持ちなんかしなきゃなんねーんだよ……」


 クリードが悪態をつき、もう一人の男性プレイヤーも愚痴をこぼす。この同行者はアヤセが脱退した後に入団した戦闘職の団員である。行軍に慣れていないようで、先ほどからしきりに不平を鳴らしている。肩に一本の旗を背負っているが、この重量もこの男が疲労する原因になっていると思われた。


 「生産職のお守りだなんて勘弁しろよ。今だって、ただでさえ歩くのがおせーのに、これ以上ノロマな生産職なんかが旗手をやるなんて考えたら、マジでキレそうだぜ」

 「そーそー、カラバーシってホントに戦闘職?」

 「うるせーな、俺は頭で戦闘をするタイプなんだよ。お前らみたいな脳筋と違ってな」

 「調子に乗っている感じが、なんかムカつくんですけどぉ~。勘違いしないでね、お利口クン(笑)確かにアンタに比べてINTが低いけど、DEXは同じくらいだから、いざとなったら、あたしでも代わりはできるから、アンタはいらないんだよね~」

 「この作戦が上手くいったら俺は、副長補佐になれるんだ。代わりをやらせるつもりはないぜ」

 「へっ! 言ってろ! 新入りのテメーが副長補佐なんてなれる訳ねーだろ!」

 「ま、実際そうなった後に吠え面かくお前らを見るのが楽しみだな。それよりもよ、さっき略奪はできないってブー垂れていたけど、それは街中だけの話だぜ」

 「は? どーいうことだよ?」

 「戦場には陣地や後方拠点があって、そこにもたんまりアイテムや装備品等の物資が積まれていることがある。それに、その場には負傷兵やたまに場違いな生産職のプレイヤーがいるからな、こいつらを殺れば経験値もがっぽり手に入るという寸法だ」

 「えっ、そうなの?」

 

 カラバーシの話を耳にして、なるるんの目が光る。


 「何だ、知らなかったのか? 戦争イベントでは、弱った奴と生産職を殺って経験値を稼ぐのが鉄板だろ? PKフラグも立たねーし、ホント笑っちまうくらい基礎レベルが上がるぜ」

 「スゲーな! それができるなら、衛兵隊からコソコソ逃げ回ってPKやっている奴がバカみてーだな!」

 「ま、普通にイベントに参加していると後方拠点にいる奴等は、捕虜扱いになるから、殺れないんだけどな。戦争イベントで経験値の獲得やアイテム類を略奪できるのは、軍属扱いの俺達だけの役得たぜ」


 ここまで話し、一息ついたカラバーシは、下卑た表情をして、嫌らしい声を出して笑う。


 「中にはプレイヤーやNPCの女がいてよ、こいつらを剥いて命乞いさせた後に殺るってのが中々そそるぜ」

 「うわっ、キモ~イ! でも、雑魚を嬲り殺しにするのって、最高に楽しいよね☆」

 「これは良いことを聞いたな。この仕事が終わったら、早速、後方拠点に乗り込んでヤリまくろうぜ!」


 高笑いをする三人であったが、突如大きな羽音のような音が周囲を覆うように響き渡る。音の原因は、数多の矢が飛来したものであったが、丁度矢の軌道上にいたカラバーシは完全に不意を衝かれ、数十本の矢が身体中に突き刺さり、死に戻った。


==========


 =個人アナウンス=

 スキル【連撃速射】を発動


 ポテンシャル「鞘の内」により一気に三人と距離を詰めたアヤセは、インベントリから「黒雨の長弓」を取り出し、スキルを発動する。


 (用があるのは、なるるんとクリードだけだ。顔も知らないお前は不要だ。さっさと消えろ)


 幸いにして敵は、警戒を全くしていなかったため、スキル【連撃速射】で放った矢は、ほぼ全部カラバーシに命中し、ポテンシャルの効果によって背負っていた旗をドロップさせた上、一撃で死に戻らせることに成功した。


 チーちゃんから送付された映像を目にしたとき、復讐すべき相手が目の前に現われた幸運、強力な敵に対する不安、守るべく存在としてアヤセの隣に寄り添っているマリー等、感情を揺さぶる要因がない交ぜになり、アヤセの心は、自分でも抑えきれないくらい大きく波立った。しかし、最終的に交錯する思いを全て断ちきり彼が選択したのは、因縁の相手との対決だった。


 構えた長弓をインベントリにしまい、アヤセはゆっくりと、なるるんとクリードに近付き相対する。


 「カラバーシを死に戻らせたのはテメーか! ふざけたことをしやがって!」

 「んっ!? コイツ、もしかしたら……」

 「……」

 「何だ、どーした? ……いや、待てよ、そんな馬鹿な!」

 

 なるるんとクリードは、目の前の深緑装備のプレイヤーが誰であるのかほぼ同時に気付き驚愕の声を上げる。


 「テメーは! アヤセっ!!」

 「『あの』アイテムマスター? マジで!? カラバーシはこんなゴミに一撃でやられたの?」

 「久しぶりだな。まさかこんなところで、馬鹿面をしたお前達にお目にかかれるとは思ってもみなかった」


 左手を鍔元にやり、臨戦態勢を取ったアヤセは、眼光鋭く二人を睨み付ける。一方のなるるんとクリードは、目の前にいるアイテムマスターの以前とのギャップを埋めることができないのか、アヤセのことを呆けたように見つめ、未だに武器すら構えようとしない。 


 「ア、アンタ、あんなにボコってやったのに、何でゲーム続けているワケ? バッカじゃねー?」

 「あ、ああ、そうだな。バカじゃなきゃ、あの時副長の言っていたことを頭と体で思い知っているはずだぜ」

 「奇襲のアドバンテージがあるのに、お前達の目の前に姿を晒すなんて、確かに自分は馬鹿なのかもしれない。だが、ここでお前達のことをぶちのめせると思うと、体が勝手に動いてしまったな」

 「あん? 何言ってやがる?」

 「いや、ぶちのめすのは後回しだ。見たところお前達は、帝国軍に所属して戦争イベントに参加しているようだな。ここで何をしている? その目的を聞かせてもらうぞ」


 アヤセは二人を睨み付ける。

 これに対し、なるるんとクリードの二人は、下に見ている「あの」アイテムマスターの言動に苛立ちを隠さない。


 「なんで、あたし達に勝つ前提で話をしてるのか、イミフなんですけど~?」

 「装備品も変えて、ちったぁ基礎レベルも上がったみたいだが、俺達相手に勝てるとでも思っているのか? たった32ごときでイキがってんじゃねーぞ!」

 「そんな基礎レベルが低い奴に、トップクランの団員が一人死に戻らされている事実を何とも思わないのか? トップクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』の幹部はこの程度の認識しか持てないのか? だからお前達は、アイオス副長の腰巾着と言われるのだ」

 「!!」

 

 瞬時に二人の表情が剣呑なものに変わる。


 「テメー、今、何ほざいた?」

 「アイオス副長の金魚の糞、おべっか使いの太鼓持ち、実力皆無のボンクラ幹部と名高いなるるん様とクリード様でいらっしゃいますね? 副長の贔屓で幹部になれたと、クラン中の話題をかっさらったことは今でも思い出されます。滑稽な御様子は、お変わりないようですね」


 アヤセは挑発の目的をもって、薄ら笑いを浮かべて慇懃でありながら侮蔑を込めて応答する。この態度が決め手になり、二人は募らせていた苛立ちを爆発させた。


 「テメェ!! 舐めたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」

 「こいつ、雑魚のくせにあたし達にそんな口を聞いたことを後悔させてやる! それで今度こそ引退に追い込んでやっから!」


 怒りの形相を見せ、二人は素早く武器を構える。

 実際二人は、トップクランの幹部になり得る基礎レベルと実力が不足していたことは明白であったにも関わらず、アイオスの強引ともいえる推薦があったおかげで幹部になれた経緯があり、それを不満に感じていた他の団員達から陰口を叩かれ、軽く見られていた。アヤセの言ったことは、本人達も気にしており、言わば一番言われたくないことであった。

 

 「果たして、お前達に自分を引退させるだけの実力があるかな?」

 

 ====鑑定結果====

 名前  なるるん

 性別  女

 レベル 62

 職業  ヴァンガード・レンジャー / 武道家

 HP   874/874

 MP   272/272

 装備 

 武器  白蛇のクロー /(同左)

 頭   アクアピアス

 外体  黒薔薇記章の道着(幹部用)

 内体  細網の鎖帷子

 脚   黒薔薇記章のホットパンツ(幹部用)

 靴   黒薔薇記章のシューズ(幹部用)

 装飾品 快速の腕輪/HP増強リング

 ============


 ====鑑定結果====

 名前  クリード

 性別  男

 レベル 61

 職業  大魔導士 / 魔法使い

 HP   562/562

 MP   753/753

 装備 

 武器  ドルイドロッド

 頭   黒薔薇記章のバンダナ(幹部用)

 外体  黒薔薇記章のローブ(幹部用)

 内体  魔封のシャツ

 脚   黒薔薇記章のズボン(幹部用)

 靴   黒薔薇記章のブーツ(幹部用)

 装飾品 闇の精霊リング/叡智の指輪

 ============


 (ライデンほどではないにしろ、手強い相手であることには変わりはない。だが、こいつらの戦法は心得ているから、油断さえしなければいくらでも対処できる)


 アヤセは、今後の戦闘の展開を頭の中で思い描く。


 「こいつは、あたしがやる! クリードは手を出すなよっ!」

 

 なるるんは、宣言するようにクリードに告げる。どうやらアヤセの実力を見くびり、一人でアイテムマスターを圧倒できると考えているようだ。


 (なるるん一人が相手なら都合が良い。こいつの性格から、自らの手で相手をぶちのめそうすると思っていたが、やっぱり思ったとおりだった)


 最初に、動きの素早いなるるんを一対一で対処できるのは願ってもないことである。相手が思い通りの行動に出たことに、アヤセは手応えを感じる。

 

 「なるるんちゃん一人で大丈夫? お友達のクリード君に助けてもらったら?」


 アヤセは、ダメ押しの意味を込めて、再度なるるんに向け、子供を相手にするような口調で語りかけ、挑発する。


 なるるんは、自身と他人との関係に必ず優劣をつけたがり、一度下と見た者に対して、自身が勝手に作り出した上下関係を一方的に押し付けるという、非常に厄介な性質を持っている。なるるんにとってアヤセは、最も底辺に位置する虫けら同然の存在であり、そのような者が自身を軽視する言動を繰り返すことは、到底許せるものではない。頂点に達した怒りによって彼女の思考は完全に停止した。


 「うっせーよ! アンタ一人ぶっ殺すのなんか、五秒もかかんねーし!!」


 そう叫びながらなるるんは、力強く地面を蹴って、アヤセ目掛けて突っ込んでくる。彼女の職業ヴァンガード・レンジャーは、素早さに特化したシーフ系であるが、サブジョブで武道家を選択することがこの職業の出現条件というだけあって、生粋のアタッカーとしてSTR(力)を中心にステータスが底上げされている。その攻撃力は決して侮れるものではなかった。

 

 (さすがは速さ自慢の火力職、ヴァンガード・レンジャー、と言いたいところだが、ライデンに比べると見劣りするのが実際のところだな)


 「鞘の内」によってアヤセには、なるるんの動きをはっきり目で追うことができる。その動きは先般対峙したライデンに比べて総じて遅く、慣れてくればポテンシャルに頼らなくても攻撃を見切ることができるとさえ感じさせるものだった。


 「死ねっっ!!」


 アヤセが自身の動作を観察しているとも知らず、相手が反撃に出られず守勢に回っていると勘違いしたなるるんは、回し蹴りを繰り出す。威力重視の大技は、その分隙も大きく、四倍速度で相手の動きを見ているアヤセにとって躱すことは造作もないことだった。

 

 「ちぇっ! 何かチョーシわる~。」


 回し蹴りを躱し、バックステップで間合いを取ったアヤセを追撃せずに、仕切り直しを図るなるるんはアヤセに毒づく。どうも攻撃が当らない理由は相手ではなく自身にあると思い込んでいるようである。

 

 なるるんは続けざまに、連撃でクローを振り付け、蹴りも織り交ぜアヤセに攻撃を繰り出すが、その全てをことごとく躱される。これが何度も続き、やっと彼女も違和感を持ち始めるが、アヤセはタイミングを見計らいなるるんを焚きつけた。


 「おい、五秒経ったぞ。お前の攻撃はこんなものか? そんなことでは雑魚のアイテムマスターすら倒せないぞ」

 「~~~!!!」


頭に血が上ったなるるんが次に出す手は大抵決まっている。


 「クソ雑魚がいい気になんなよ! これでいつものようにぶっ潰してやるから!」


 そう叫びながらスキルの発動動作に移る。


 「食らえ! 【百撃蛇拳】!!」


 スキル【百撃蛇拳】は字面でも想像がつく通り、連撃の拳を繰り出し相手に反撃の隙を与えず、大ダメージを叩き出すスキルである。なるるんは、大火力の大技で相手を圧倒する嗜好があり、自身の戦闘スタイルもそれに沿ったかたちでスキルや通常攻撃のオートモーションを組んでいたのである。


 「行っくぞぉぉ!!!!」


 無数の高速の拳がアヤセに襲いかかる!


 物を激しく打ち付ける大きな音と、連撃によって生じる風圧による空気の乱れとそれによって舞い散る土埃によって、攻撃をまともに食らったと思われるアヤセの様子を確認するのが困難な状況になる。傍から見るとさすがに、これだけの攻撃を受けて無事でいられるとは到底考えられなかった。


 「おー、おー、ゴミ虫相手にマジになりやがる」


 完全勝利を確信したクリードが軽口を叩く。だが、飛び散っていたチリや埃が地面に落ち、視界がはっきりした際に二人が目にしたのは、無傷でその場に立っているアヤセだった。


 「なっ、何これ? 土の壁であたしの【百撃蛇拳】を防いだの!? あり得ないんですけどー!」


 なるるんは自身がスキルで殴っていたのは、アヤセでなかったことに声を上げて驚愕する。スキル発動中は夢中になり周りが見えなくなることがあり、認識ができなかったが、相対する二人の間には高くて厚い粘土の壁が作り上げられていた。


 なるるんの攻撃に対し、アヤセは粘土を目の前に積み上げてスキルを防いでおり、その甲斐あってダメージは全く食らっていない。


 (まぁ、実際は粘土がどんどん破壊されるからその度に積み上げる必要があったので、結構大変だったけど。だけど、御自慢のスキルが効いていないと分かったこいつの顔は、中々見物だったな)


 当然のことながら、なるるんのど派手な大技を好む戦闘スタイルは、上級者にとっては、つけ入る隙がいくらでもあり、その者達と対戦する際は、単純な相手としてあしらわれ、完敗を喫するケースが多かった。彼女が低レベルプレイヤーを嬲るという趣味の悪い癖があるのも、勝てない相手にはどうしても勝てないことからくる鬱屈した感情を、自身が確実に勝てる相手にぶつけるというところから起因している。それは単なる弱い物いじめに過ぎないのだが、なるるんはそれを認めようとしなかった。


 (スキル【百撃蛇拳】にしろ、他のスキルにしろ、全て対策済みだから怖くもなんともない。だが、なるるんは、いつもの相手が今までと違うことを絶対に認められないだろう。そんな奴は大事な勝負を必ず落とす。こいつの弱さは誰のせいでもない。自分自身のせいだ)


 「馬鹿面して粘土を殴り、しかも壁一つ粉砕できないなんて、お前の実力はこの程度か? もっと本気を出せ! ボンクラ幹部!」

 

 (さぁ、これだけ言われてこいつは平静でいられる訳はない。次は必ずあのスキルが来るぞ)


 「………!!」


 肩を震わせるなるるん。自身の攻撃が今のところ全くアヤセに届いていない現実を受け入れきれず、感情のコントロールもままならない様子は、容易に見て取れる。


 「クソッ! クソッ! 舐めんなっ! 今度こそ、これで終わりにしてやる!」


 両手の掌を上に向け、握りこぶしを作り、肘を曲げ、両腰の横にぴったりとつける。

 いわゆる正拳突きの構えを取ったのだが、なるるんの周りにオーラのような目視できる力強い空気の流れが生じる。


 「はぁぁぁぁ!」


 鋭い叫び声を上げながら、なるるんはアヤセに突っ込んでくる。そのスピードは先ほどの通常攻撃から格段に速くなっていた。


 (スキル【宝珠砕掌拳】、か……)


 スキル【宝珠砕掌拳】は一撃必殺の正拳突きであり、なるるんが格下の相手を木っ端微塵にするために好んで発動するスキルである。だが、このスキルこそアヤセが待ち望んでいたものだった。


 (一撃の威力が大きいから、当たったら大惨事なのだが、発動前後の硬直が長めでPvPではとても使えるスキルではない。これを待っていたぞ!)

 

 アヤセは、右斜前に体を移動させつつ右手を柄にかける。そして、突き出されたなるるんの拳を自身の左腕と体の間に通すようにして躱すと同時に、刀は抜かず、そのまま柄頭を押し出して、なるるんの鳩尾に激しく打ち当てた! 


 「ぐえっ!?」


 ズン! という重い音を響かせ、柄はなるるんの身体に深々とぶち込まれる。正拳突きの前に出る力を上手く利用された彼女の身体には「無銘の刀」の柄が三分の一ほどめり込んでいた。


 「なにっ!」

 

 クリードが驚愕して大声で叫びつつも、ロッドを構え臨戦態勢をとる。

 しかし、アヤセは機を見逃さず、密着するくらい近い距離で、白目をむき失神するなるるんをプリスの袖で横に払いのけ、素早くクリードに走り寄った。


 「う、うわぁ!」


 サブジョブも同じ職業を選択し、魔法使いを極めた (と思い上がっている)大魔導士クリードは、闇魔法と呼ばれる六大属性(火、水、木、雷、土、風)から外れた特殊な魔法を操ることができる。この魔法は同じ属性外の光属性と相克関係にある以外は目立った弱点も無く、ダメージに加えて、デバフの効果まで付加される種類の魔法も多いため、対策が難しい部類に入るものだった。


 (だが、それも扱う人間(プレイヤー)次第、こいつに属性外魔法は過ぎたるものだ)


 急速度で迫るアヤセに動揺を隠せないクリードは、闇魔法「グラビティ・ボール」を発動する。バスケットボール大の漆黒の球体はモンスターに当たった場合、当たった箇所がえぐれるように消失するという見た目からして恐ろしい魔法であるが(プレイヤーの場合、倫理上の問題からそのような効果は出ず、大ダメージと「重力負荷 (大)」というスピードダウン系の状態異常が付与されるにとどまる)、アヤセは複数繰り出される球体を難なく躱し、クリードの目前に接近した。


 「……」

 

 アヤセは、身を縮こませ防御態勢を取るために構えていたクリードの装備武器「ドルイドロッド」を抜き打ちで斬りつける。ロッドは軽い音をたて、いとも簡単に両断された。


 「ひっ……!」


 クリードは小さく悲鳴を上げる。

 それと同時に返す刀で加えられた打撃を胴体にもろに受け、地面に転がるかたちになった。


 「峰打ちでもHPがゼロにならないか心配だったが上手くいったな。お前みたいなひ弱な魔法使いを相手に手加減するのは一苦労だ」


 地面に這いつくばり悶絶するクリードをアヤセは見下し冷笑する。


 「早く予備の杖を出せ。さっさと反撃してみせろ!」


 魔法も杖が無ければその威力は激減する。これだけ距離を詰められたら、クリードが打てる手はほとんど残されていないが、反撃に移るためには兎にも角にも、予備の杖をインベントリから出さなければならない。

 

 「く、くそっ!」

 「これはもらうぞ」


 悪態をつき、クリードがインベントリから緑色の杖を取り出すが、アヤセはすかさずスキル【換骨奪胎】を発動してその杖を奪った。


 ==================

  【武器・ロッド】緑光の魔導杖 品質3 価値1 

   耐久値 125 重量5 斬1 突1 打3 魔15  

   装備条件:INT 10以上

   特殊効果:植物魔法威力アップ(極小)

   ポテンシャル(1)…生殺し(通常攻撃時HPを0にしない)

 ==================


 「スキル【換骨奪胎】? 俺の武器を奪いやがったのか!?」

 「ああ。お前達が検証を怠ったスキル【換骨奪胎】だ。敵もスキルの対象になることは知らなかっただろう?」


 そう言いながらアヤセは、クリードの防具を全てスキル【換骨奪胎】で回収する。トップクラン団員の証である黒バラ記章の装備品を根こそぎ奪われ、白のタンクトップと短パン姿にさせられたクリードは、自身が惨めな姿に変えられたことを信じられない様子だった。


 「予備の装備品があるのならさっさと装備しろ。ただ、自分が即座に回収して無力化してやる。……お前には聞きたいことがある。それを話してもらうぞ」

 「あ? 聞きたいことだと? ざけんなよ! テメェなんかに話すかよ、クソが!!」

 

 クリードは典型的な強者にへつらい、弱者に尊大に振舞うタイプの人間であり、更に自分の置かれた立場を理解することができない愚かな男だった。このような奴が色々な意味で簡単に口を割るとはアヤセも考えていない。だからこそ、「緑光の魔導杖」をわざわざクリードから回収したのだ。

 

「相変わらず虚勢を張るのだけは、一人前のようだな。だが、これでどうだ?」


 アヤセはプリスの袖を伸ばし、クリードの右腕に絡みつける。そしてその腕を後ろ方向に引っ張るようにプリスを動かした。

 真っすぐ伸びた右腕はプリスによって強引に真上に持っていかれ、徐々に可動域の限界が近付くにつれ、堪らずクリードは苦悶の声を上げる。


 「……」


 情けない悲鳴を上げるクリードを、プリスの動きを止めること無くアヤセは無感情で眺める。やがてクリードの肩から、関節を鳴らすような小さな音が鳴り、右腕が通常ではあり得ない方向に曲がり、だらりと下に落ちた。


 「ひ、ひぃぃぃぃ! 俺の、俺の腕がぁ!」

 「そちらがそのつもりなら多少手荒くなるから覚悟しておけ。最も、考えようによっては、今までの『借り』を返すにはいい機会かもしれないな。……お前の精神(こころ)がいつまで持つか試させてもらうぞ」


 もう片方の袖が伸び、クリードの首に巻き付く。袖は、少しずつではあるがミシミシと音をたて、締め上げる力を強める。


 顔から油汗を流したクリードは、予想だにしなかったプリスの力に驚き、アヤセの顔を見る。その眼は今まで見たことがないような冷厳としたものであり、それを目にした途端、体が自然に震えだし、自身を制御することができなかった。



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