64_戦う理由
翌朝―――
アヤセはバンボーに出向き、門衛が屯する番所において昨晩リセイに注文していた品々を受け取る。
代金が二万八千ルピアと思いのほか高くて懐が痛んだものの、リセイは、アヤセの要望に期待以上に応え、入手が困難と思われていたアイテムまで用意してくれていた。これで戦場へ向かう準備を万端とすることができた。
門衛にオサキとリセイに対する御礼の伝言を託したアヤセは、人と車列の流れに沿い、歩調を速めてマリーと落ちあう約束をしている西城門前広場へ向かう。
朝もやが漂う王都は、通常この時間帯であれば、大勢の労働者が仕事に繰り出すために外に出始め、それに伴って朝食を提供する屋台が賑わいを見せるのであるが、今朝はその光景が見られず、隊列を組んだ兵士や、ありとあらゆる物資を満載した荷馬車が慌ただしく西城門へ向かうのを住民達が不安げに見守るだけだった。
広場は、昨晩同様に荷駄と荷車が乱雑に集結しており、混乱を極めている。その中でマリーを見つけ出すことは困難かと思われたが、思っていたより簡単に落ち合うことができた。
白い記章が襟元に縫い付けられたネイビーブルーと総称される濃紺の上着に白の半ズボンにタイツ、特徴的な二角帽子といった格好で、帆船小説の中でも出てくる海軍の士官候補生を彷彿とさせる出で立ちのマリーは、アヤセの到着を待ち望んでいた。
「アヤセさん、アイテムは無事に受け取られましたか?」
アヤセの姿を認めたマリーが声をかけてくる。
「ええ、お陰様で、思っていた以上のアイテムを得ることができました。ちなみに、その格好は……?」
「私の持っている服で戦闘向きのものを選んでいたら、士官候補生風の衣装に落ち着きました。……その、変じゃないでしょうか?」
「これもマリーさんが仕立てたのでしょうか? よくお似合いですよ。有用なポテンシャルがありましたら後ほど付与します」
(そういえば、帆船小説にもヒロインが士官候補生の服を借りて、戦闘中に負傷者の手当てをしているのを主人公が見て驚くって描写を何度か目にしたことがあったな……。狙ってやっている訳ではないにしろ、小説と同じような状況で、いつもと違うマリーさんに柄にもなく戸惑ってしまった)
元々美形なマリーが男装をすると、美少年と勘違いする者がいても不思議ではないくらい、容姿がより中性的になるため、アヤセが似合っていると言ったのも決してお世辞で言った訳ではない。
また、彼女のイメージが大幅に変わっていることは、それだけマリーが、イベントに対して備えを十分に行い、その意気込みを示しているとも言える。
「それでは、早速戦場に向けて出発しましょう。志願の申請は、王都でするよりポワティエの宿場町で行った方が早いと思います。今日中の前線到着を目標としていますから、少しばかり強行軍になるのでその心づもりでいてください。マリーさんに負担をかけることになりますが、大変だと思ったらすぐに言ってください」
「はい、私、アヤセさんの足手まといにならないようにします! 頑張りますのでよろしくお願いします!」
マリーは、気合十分にアヤセに応じた。
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「……マリーさん、大丈夫でしょうか?」
アヤセは、息切れをして明らかに辛そうな様子を見せるマリーを気遣い、声をかける。
「はい、大丈夫です。まだ……、歩けます」
口ではそう言いながら、マリーの足取りは少しずつ遅くなり、草原に膝をつくように座り込んでしまう。
アヤセは、黙ってインベントリから敷物を取り出し、マリーに手を貸して座らせた。
「あ、ありがとうございます」
更にインベントリから、「湿原の湧水 (ラタス)」で淹れたジャスミンティーとジュイエ特製のフルーツタルトを取り出し、マリーに手渡す。
「私、アヤセさんの足手まといにならないって言ったのに、思いっきり足を引っ張っていますね……」
マリーは悔しそうにつぶやく。その後は、フルーツタルトを一口一口噛みしめるように口に運び続けた。
「美味しい……。こんなに歩くのが遅いのに、おなかだけは減るんです。これじゃあまるで、食いしん坊キャラですよね……」
「道なき草原を歩いていますから、満腹度の減少が早いのも無理はありません。この最短経路を選択したのは自分ですから、マリーさんが疲労するのは自分の責任です」
「アヤセさんは事前に強行軍だと言っていましたし、それに、一緒にいたいって言ったのは私なのですから、悪いは私です。アヤセさんのせいじゃありません……」
「……」
敷物の上で座り込み、落ち込むマリーにアヤセは、再度インベントリからジュイエ特製のシュークリームを取り出し、マリーに手渡す。
「疲労回復には甘いものって言いますよね。幸いにして、洋菓子は自分のインベントリに沢山ストックがありますから、満腹度が減少したら、遠慮せずに言ってください。隣、よろしいでしょうか?」
「えっ!?」
マリーは今更ながら、アヤセに洋菓子やお茶を用意させ、自身だけ敷物に座って休んでいたことに気付く。
「自分だけ先に休んでしまってごめんなさい。どうぞ……」
マリーはそう言いながら、敷物に座っている位置からずれる。そしてアヤセはマリーに礼を言い、脱刀しながらその隣に座った。
「チーちゃんに、周囲を警戒するよう指示を出します。それで、自分も満腹度が下がってきたので、ここでしばらく休憩することにしましょう。今日は王国軍の後方拠点に到着できればそれで良いのですから」
「あの、アヤセさんはとても急いでいるように見えましたけど、大丈夫なのですか?」
「よくよく考えたら、ラタスはそう簡単に陥落する都市ではありませんし、戦闘自体も聞く限りだと、今は小競り合いが展開されている程度で本格的な戦いはもう少し後になりそうです。ですから、何が何でも急がなければならないって訳ではないのですよね」
軽い感じでアヤセは応じたのだが、それは、努めてマリーを安心させるために言った方便だった。
アヤセとマリーは王都を立ち、相変わらず混み合っている街道を進み、ポワティエの宿場町を志願登録したのみで通過した後、早々に街道筋から外れて草原を進んでいる。今回のイベントの主戦場は、ラタスの南東に位置する草原地帯と湿地帯が混在する地点であり、街道を進むよりも草原を突っ切る方が最短距離で移動できるため、草原の道なき道を進んでいたのである。
ただし、普段フィールドを歩き慣れていないマリーにとって、それは大変苦労を伴うものだった。満腹度の減少が極端に早くなり、その影響を受けて各ステータスがみるみる下がり、更に歩みを遅いものにさせるという悪循環に陥っていた。
「……」
「……」
晴れ渡る草原に爽やかな風が吹き流れる。
これが、戦場への途上では無く、隣に座るアヤセとのデートであったなら、どんなに素晴らしいことだろうかとマリーは思う。しかし実際は、自身のせいでアヤセの計画に狂いを生じさせてしまっている。それは本人も十分自覚していた。
「……」
「……」
長い時間の沈黙。マリーは隣に座るアヤセに目をやる。アヤセは、複数個のシュークリームが盛られた皿を持っていたが、それがいつの間にか全部消え、皿の上が綺麗になっていた。
「……?(あんなにあったシュークリームは、どこにいったのかしら? まさか、全部アヤセさんが食べたってことは無いわよね!?)」
「マリーさん」
「は、はいっ!?」
シュークリームがどこに消えたのかを訝しんで、アヤセのことをじっと見つめていたが、急に自身に顔を向け、真っ直ぐに顔を見つめられたことにマリー心臓は高鳴る。
「そんなに食い入るように見なくても、まだ洋菓子はあります。心配しないでください」
そう言いながら、アヤセはインベントリから大きめに切り分けられたアップルパイが盛られた皿を取り出す。
「さぁ、どうぞ。このアップルパイも絶品ですよ」
あんな真剣な顔で見つめられたら、もしかしたら、好きな男性のタイプや恋人の有無とか聞かれるのではないかと少し期待してしまったが、アヤセの口からそんなことを言わせるのは至難の業であることはマリーも経験から学んでいた。
「………。ありがとうございます。お陰様で満腹度も回復しましたのでもう大丈夫です。どれも素敵なお菓子ですね」
「これらはポテンシャルを付与したお礼にもらった物です。つい最近、料理人のプレイヤーが王都の港湾地区でカフェを開いたのですが、御覧のとおり彼女は腕の良い職人です。これからきっと、あのカフェは流行るでしょうから、この洋菓子をこれだけ食べられるのも今のうちかもしれません」
「彼女?」
マリーの声色が鋭くなる。顔は笑みを浮かべているが、不穏な空気を嫌でも感じ取らせる表情は見る者(特にアヤセ)に不安を与える。
「ふーん、また新しい『彼女』とポテンシャルをきっかけに仲良くなったのですか? これで何人目でしたっけ? その話、イベントが終了したら、詳しく、じっくり、納得いくまで聞かせてくださいね」
「は、はい。それで、お聞きしたいことがあるのですが……」
(やっぱり、マリーさんは「戦慄」のスキルを使えるのではないだろうか?)
機嫌を損ねたマリーに対し、たじろぎつつもアヤセは質問をする。
「聞きたいことでしょうか? 構いませんけど」
「ええ、マリーさんは、今回の戦争イベントの参加について、どうして前線に出ようと考えられたのでしょうか? イベントへの参加は、王都で生産を行う後方支援の役割もありますが……」
以前アヤセが思ったように、生産職のプレイヤーが前線に出ることは職業上、戦闘能力に不安が残ることから相当の危険を伴う。普通、生産職のプレイヤーは、戦争イベントの一環で発出される補給物資の納品クエストで貢献ポイントを稼ぐのが常で、無理をして前線近くの危険な補給処に赴いて生産活動に従事するのはかなり珍しいケースといえる。アヤセは、マリーが何故そこまで覚悟を決めて今回のイベントに参加をしようと思ったのか、その動機が気になっていた。
「それは……」
マリーは言い淀む。しかし、彼女はアヤセの質問に対して、何も回答することが無くて困っている訳ではない。自身の胸中にある様々な思いを、一番分かってもらいたい相手にどう伝えたらいいのかを迷っているのだ。
「少し、私自身の中で考えの整理がつかなくて……」
「構いません。マリーさんが思っていることを何でもいいので自分に聞かせてください」
アヤセの後押しにマリーは、気持ちを楽にして口を開いた。
「私が前線に出ようと思った理由は、ホレイショさんの話を聞いたからなんです」
「ホレイショの話……?」
「はい。直接聞いた訳ではないのですが、ホレイショさんがポートキングストンの出来事で、後悔していることがあるという話を聞いたのです」
この話は初耳である。ホレイショの後悔していることとは一体何だろうか。アヤセは話の続きがマリーより語られるのを待つ。
「キングストン公国で戦争イベントが開催されたとき、始めの方で国境地帯の砦を守るという戦いがあったそうなのですが、これは生産職も参加を推奨されていたようなんです」
「生産職が前線に出て戦うということでしょうか?」
「ホレイショさんも後になって気付いたそうなのですが、砦の門や壁を直したり、武器と防具を納品して防衛に貢献したりするスタンスで生産職もイベントに参加できる仕組みだったようです」
「そんなことが……。一概に『戦争イベント』と言っても色々な場面があるのですね」
「私も後で掲示板の過去ログを調べてみましたが、砦を巡る戦いは、一連の戦争イベントの中で、もしかしたら、キングストン公国が帝国軍を撃退できたかもしれない唯一のチャンスだったという書き込みをたくさん見ました。ですが、実際のところ、砦はわずか一日で帝国軍に奪われて、結果として公国は滅びてしまいました」
「……」
「もし、キングストン公国にいた生産職のプレイヤーが、団結して砦をうんと強化していたら、今が変わっていたかもしれない、自分達の船が壊されずに済んだかもしれない、ポートキングストンの住民が苦しむことは無かったかもしれないって、今でもホレイショさんは、後悔しているそうです」
「そうですか……」
「この話は、オサキさんから聞きました。オサキさんもオチヨさんから聞いたと言っていたので、私も直接本人から話を聞いたわけではありませんから、ホレイショさんがこのことをどう考えているかまでは分かりません。だけど、話を聞いて、生産職だって前線のどこかで必要とされる場面がきっとあると思いましたし、手遅れになる前にやらなければならないことがあるのだと気付いたんです」
「確かに、王国が帝国の手に落ちて、王都の港湾施設が破壊されたら、ホレイショは今度こそ引退してしまうかもしれません」
「私にとって王国での生活は、とても大事なものです。それは、今まで嫌なこともありましたが、王国に……、王都にいたから、アヤセさんとも出会えたのです。そんな特別な場所を守るため、少しでも前線に近いところで私の力を役立てたいと思いました。これが私の戦う理由です」
「……」
ポワティエの宿場町でホレイショが見せた熱意は、ポートキングストンでの失敗を繰り返さないという強い決意の表れだったのかもしれない。
大切なものを守りたいという思いは、戦闘職であっても生産職であっても決して変わることはない。当たり前のことだが、アヤセは改めてそのことに気付かされる。
「マリーさんの気持ちはよく分かりました。確かに、前線に近ければ近いほど、状況に応じて臨機応変な対応もできるでしょうから、貢献次第で生産職だって戦況を有利に導くことができるかもしれませんね」
「はい! ですから、こうして後方拠点まで連れて行ってくれることにとても感謝しています。でも、そのせいでアヤセさんの考えていることが上手くいっていないことは申し訳ないのですが……」
「もう、その話は言いっこ無しです。満腹度も回復したようですし、そろそろ出発しましょう。後方拠点に早く着けば、その分早く仕事に着手することもできるでしょうから」
「そうですね。私は大丈夫です」
少し長くなった休憩を切り上げ、二人は移動を再開することにする。
(ご主人~!!)
突然、チーちゃんの警戒の声が、アヤセの頭の中で響く。
そしてそれと同じくして、アヤセのマッピングでも敵の反応を検知したのだった。




