55_狐陶庵(ことうあん)
ジュイエの店を辞し、その足で船材の商談に向かった二人であったが、テレピン油と帆布の両方を買い求めるのには当初の予算である五万ルピアでは足らず、三万ルピアを追加した合計八万ルピアを費やす必要があった。
「また、相棒に負担してもらったな。本当に済まねぇ」
「自分も出せるうちに出しておこうと思っているので、気にすることではない。だが、今回は、もう一声を引き出せたら何とか五万ルピアで収まったかもしれないな。『商才』の技能レベルが低いのが痛かった」
このゲームには、プレイヤーが有する技能を数値化した「技能レベル」というものがあり、スキルの習得有無や攻撃効果、生産物の性能等が決定される際に、ステータスと合わせて非常に重要な要因となる。技能は、全部で二十種類以上に及び、それぞれ0から10まで段階があり、数字が大きいほど高レベルとなる。
NPCとの交渉事は主に「商才」の技能レベルが成否に影響を与えるが、残念なことに二人ともこの技能レベルがそれほど高くないことから、商談を有利に進めることができなかった。
「確かに、ポートキングストンでも商人のNPCが会計を担当していたな」
「そうなると、プレイヤーでもNPCでも構わないから、職業が商人か「商才」の技能レベルが高い者に協力を仰ぐ必要がありそうか……」
「ああ、やはり俺達のやることは多くの人間の力が必要になりそうだぜ」
二人は、今後、マリー以外の協力者を探す必要性を身に染みて感じるのだった。
「それで、話は変わるが、相棒はこの後どうする?」
「この後の予定? そうだな……。ラタスに行く前から残っていたアイテムマスターギルドのクエストをこなそうかと思っているけど、ホレイショはどうする?」
「俺はベンの爺さんのところに行って、廃材探しでもしようかと思っている。船材は買えなくても、タダで集められる物があるかもしれねぇしな」
そう言いながらホレイショは、岸壁周りをそれとなく眺める。現在係留されている船は数隻程度であり、空いている場所では多くのプレイヤーとNPCが釣りに興じている。この岸壁は絶好の釣り場に違いない。何故なら、フリルブラウスが印象的な女性プレイヤーが、テンポ良く魚を釣り上げ、釣果を着実に積み上げている様子が窺えたからだ(ホレイショは一瞬その女性プレイヤーがこちらを見たように感じたが、気のせいだと思ってアヤセには言わなかった)。
「釣りか……。最近やってないな」
ホレイショが独り言をつぶやく。ここで言う「釣り」が現実世界のものかゲームの世界のものかは分からないが、サブジョブで水兵という海に近しい職業を選択しているホレイショが釣りを嗜むのは、何となくしっくりする。
「釣りとはゲームの世界で? それともリアル?」
「両方だが、ゲームではポートキングストンにいるとき、飯の足しにするため、よくこんな岸壁で釣りをしていたな。そのお陰で「釣り」の技能レベルは5まで上がったぜ」
「そいつは凄いな」
「ま、もう少し落ち着いたら、ゆっくりと釣りでもしたいところだな。ところでお前さんのクエストはどの辺でやるんだ?」
「今回は、全件中央地区か東地区で出されたクエストだな。珍しいのだとバンボー内のクエストもある。よく見たら依頼先はオチヨさんの店の近くだ」
「ほう、そうか。じゃあ、夜は久しぶりにオチヨちゃんの店で飲まないか?」
「そうだな。それでは、待ち合わせは午後六時に現地でいいだろうか?」
「オーケーだ。それまでにお互い仕事を済ませようぜ」
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アヤセの受注したクエストは順調に消化され、最後にバンボーのクエストを残すのみとなった。
周囲を塀で囲まれたバンボーでは、東西南北それぞれ一箇所に置かれた門からのみ出入りが可能で、アヤセはそのうち西側の門からバンボーに足を踏み入れる。
塀の外と中では、景観が大きく様変わりする。王都の街並みは、中世から近世くらいのヨーロッパの城塞都市をモチーフとした佇まいであるが、バンボーの内部は、大河ドラマや時代劇の撮影セットを何となく連想させる純和風である。建物もそうなのだが、ここで暮らす住民の服装も着物のような服を着用しており、基本的に洋装姿の人物はここではよく目立つ。
(バンボーに出入りするプレイヤーはまだまだ少ないから、余計に目立つのだよな。……やっぱりチーちゃんの言うとおり、自分を尾行ている奴がいたか。既に岸壁でホレイショと別れた時点からいたようだが、よくもまあ今まで長時間の尾行を一人で続けてきたものだ)
アヤセを尾行しているのは、どうやら女性のようで、本人は気付かれていないと思っているようだが、かなり早い段階からチーちゃんの報告を得て、アヤセはその存在を察知している。バンボーのような異国情緒が漂い、外部の者が浮くような場所では、その存在が丸分かりだ。
(尾行者はプレイヤーのようだが、クラン「暗殺兵団」か「断罪の暗黒天使」の残党だろうか? だけど、幹部は全員独房に入っているはずだ。それとも、シノブ達が戻ってきた? いや、アカウントを再取得しても外見は同じようになるから、尾行者の見た目からそれはないな。……何にしても自分に対する敵意は感じられないのが不思議なところだ)
アヤセは今まで、合計九つのクエストをこなし、範囲が狭いものの、ほぼ半日王都を歩き回っている。尾行者の女性はその全てに付いて回り、そこそこの距離を移動するアヤセに付き合わされて疲労している様子が、ありありと分かった。
(放っておいても害は無さそうだが、ずっと見られているのも気分が良くないな。それに相手も疲れているみたいだから、そろそろ目的を聞き出して退散願ってもいいかもしれない)
そんなことを考えているうちにアヤセは、今日最後の依頼先である周囲を板塀で囲われた建物の前に到着する。
寺院を連想させる山門のような入口には「狐陶庵」と揮毫された立派な看板が掛かっていた。
「狐陶庵? 何て読むのだろう……。まぁ、読み方は依頼主に聞くとして、取り敢えずクエストに臨むとするか」
中に入ろうとするアヤセであるが、視界の片隅で人影が動くのを捉える。どうやら尾行者の女性が、狐陶庵の壁沿いにある灯籠の陰に身を隠してこちらを窺っているようだった。
(こっちは、仕事を終わらせてから片付けるか。終わるまでに帰ってくれないかな……)
アヤセは、クエストを優先することに決め、尾行者を無視して山門をくぐった。
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表通りは人の往来もそれなりにあって賑やかだったのだが、敷地内は外界とは打って変わって森閑としている。空気も心なしか清らかに感じられるのは、おそらく綺麗に手入れされた多種多様な花木があるからだろう。これだけ種類があれば、四季折々の植物を一年中楽しむことができるはずだ。
(ちょうど、現実世界でも藤の花が見頃だってニュースでやっていたな。これは見事な藤棚だ)
アヤセは眼前にある立派な藤棚を見上げつつ思う。薄紫に咲き誇る花から周囲に香り立つ匂いは本物さながらで、ここがゲームの世界であることを忘れさせるほどであった。
「あら、あれはオウトメージロね。今日は珍しいお客さんがお見えですこと」
花の蜜を吸うため大はしゃぎで藤棚を飛び回っているチーちゃんを眺めていたアヤセは、背後から声をかけられる。声のした方へ振り返ると、そこには一人の老婦人が立っていた。
「無断で敷地に入り済みません。あのメージロは自分の召喚獣です。御迷惑でしたら召還します」
「いいえ、迷惑だなんて思っておりません。こんな可愛らしいお客さんは大歓迎ですよ」
老婦人は穏やかな笑みを浮かべて応じる。
アヤセの目の前にいる老婦人は、年齢が六十歳前後でどことなく気品を感じさせる。特徴的なのはその服装で、黒い着物のような服を着て、頭部を顔だけ出すような白い頭巾で覆っている。その姿は、時代劇で目にする尼僧によく似ていた。
「申し遅れましたが、自分はアイテムマスターのアヤセです。庵主様より依頼を受けこちらに伺いました」
「それは、御苦労様です。私が庵主のオサキでございます」
庵主とは、主に庵室を構えている僧に対する呼称である。目の前にいる老婦人ことオサキが尼僧に似た恰好をしているのも合点がいった。
「それでは、早速ですがアヤセさんへのお頼み事をご案内します。どうぞこちらに」
藤棚できれいな声で鳴きながら花の蜜に夢中になっているチーちゃんを置いて、アヤセとオサキは敷地の奥へと進む。
アヤセが案内されたのは、一棟の小さな平屋の建物だった。六畳程度の部屋が二つと炊事場が付いただけの間取りは、正に隠者が住まう庵という感じだ。二つだけの部屋のおそらく客間だと思われる畳敷きの部屋に通され、出された麦茶を頂戴しながらアヤセは、オサキと会話を交わす。
「門前の看板を見ましたが、ここの庵の名前、えーと、きつね、とう、いおり……?」
「『ことうあん』と呼ばれていますの」
「失礼しました。狐陶庵の庭園は見事ですね。手入れは庵主様がされるのですか?」
「庵主だなんて呼ばずオサキで結構ですよ。庭園の世話はバンボーの住民の方々にもお手伝いいただいています」
「住民もここを訪れるのですか。ここには、庵主様……、いや、オサキさん一人でお住まいなのでしょうか?」
「ええ。敷地の管理と菩提を弔うために住まっています」
「菩提……」
オサキがこの庵室で弔っているのは一体誰なのだろうか? 本人の親族かもしれないし、もしかしたら、若いころにどこかの家に仕え、早世した主人を偲んだりしているかもしれない。ただ、込み入った事情は初対面の自分が詳しく聞くことではないだろう。アヤセは、話題を変えることにする。
「それにしてもこの庵室は、中々趣きがあって素敵な名前がついていますね。何か由来があるのでしょうか?」
「ええ、実は、狐陶庵には庭園や庵の他に、お堂も置かれていまして、花木の手入れもお堂に熱心に参拝に来られる方のお手伝いに頼っております。ちなみに、本堂には聖人が祀られているのですが、この聖人が狐を封じたことが、この庵の名前の由来になっているのですよ」
「なるほどそうだったのですね。封じた狐とはどの様な存在だったのですか?」
「お知りになりたいのでしたら、お話いたしましょう」
こうして当時の伝承をオサキは、アヤセに次のように語って聞かせた。
―――この地に王都が造成されたのは何百年も昔の話だが、当時のこの辺りは、荒れた土地がただ広がるうら寂しい場所だった。そこにある時、一匹の狐がこの地に住み着く。狐といってもただの狐ではなく、何百年もこの世を生きた「九尾の妖狐」である。どうやら故郷を追われる際に重い傷を負ったようで、放浪の末、流れ着いたのがこの地だったらしい。手負いの獣でありながら非常に強力な魔力と膂力を備え、凶暴で残忍な性質は当時の人々を恐怖に陥れた。しかし、およそ二百年前に、東方の国から海を渡ってきたバンボー住民達の先祖の中から一人の男が現われ、妖狐を討伐してこの地に封印した。以来、男は聖人として、住民達から自らが調伏した妖狐と共に祀られ、今でも信仰を集めている―――
「……と、私達住民の間では、このような言い伝えが残っております。ちなみに、狐陶庵があるこの場所が、妖狐を封印した場所であり、この地にお堂を建立してこうして今に至っているのです」
「それで『狐』の字が使われている訳ですね。話を伺うと妖狐は凶暴で住民を恐れさせたということですが、どの様に住民を恐怖させたのでしょうか?」
「それについては、私も古い文献等で調べてみたのですが、ただ、『住民を恐怖に陥れた』としか書いておらず、具体的なことは全く伝わっておりません。聖人が召喚術の類を用い、妖狐に酒や食物を供え、宴を催して油断させた上で、大太刀回りの末封印に成功した勇ましい様子は、はっきり伝わっているにも関わらず、伝承の一部が欠けていて何か腑に落ちないところもありますわね」
そこまで語りオサキは残念そうに軽く首を振る。
「実は、私は聖人の子孫なのですが、家系も私で最後となりますので、何とか後世に真実を語り継ぎたいと思っていたのですが、誠に残念なことです」
オサキの家系はどうやら当人を最後に途絶えてしまうらしい。最も尼の格好からして、結婚や出産を経験していないと思われたことから、それも頷けるかもしれない。
「そうですか、それは残念です……。狐陶庵はこの後どうなるのでしょうか?」
「私の後は、バンボーの住民が共同で管理していくでしょう。お堂はともかく、この庭園は皆で作り上げてきたものですし、今では皆の憩いの場としても親しまれていますから」
取り敢えず、今後ここが荒れるに任せるということは無さそうなので、その点は一安心というところだが、やはりオサキは寂しそうな顔をしている。立派に手入れされた庭園から想像ができなかったが、彼女は大きな孤独を抱えて狐陶庵に隠棲しているようだった。
「……あら、私としたことが、庵の成り立ちを話していたはずなのに、別の話をしてしまいましたわね。そろそろ本題の依頼について話を戻しましょう」
(何やら事情がありそうだが、これもイベントかな? あと、狐が関係しているとなると、自分が持っている「タマモの思念」も関連するかもしれない。いずれにしてもオサキさんから情報を聞き出すのは、これ以上は難しそうだ。バンボーの住民なら知っている者もいるかもしれない。今度誰かに聞いてみるか)
もしかしたら「タマモの思念」は伝説上の妖狐「玉藻前」がモデルになっている、妖狐の召喚獣の思念なのかもしれない。狐陶庵とオサキ……。これらは「タマモの思念」と関連している可能性があることから、アヤセの興味を引くには十分な事柄だった。
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オサキからの依頼は単調なもので、ものの数分で終了してしまった。
「ポテンシャルの付与、御苦労様でした」
「あの木魚のポテンシャル『悪霊退散』は、文字通り霊体モンスターに効果てきめんですので、何かの際にお役立てください。あと、建付けの件は知り合いの大工が引き受けると思いますので、よろしければ、後で本人に伝えておきます」
「雨が降るといつも困るので、雨どいの修復は早くしたいと思っていましたから、お知り合いの方にどうぞよろしくお伝えください」
「はい、分かりました」
「報酬は、アイテムマスターギルドでお受け取りください。本日はご足労くださいましてありがとうございます。また、何かあった際は依頼を発注させていただきますので次回も受注くださいね」
「はい、お送りありがとうございます。それでは失礼いたします」
オサキに山門まで送られ、辞去の挨拶をして、アヤセとチーちゃんは狐陶庵を後にする。時刻は午後五時十五分を回っていた。待ち合わせの午後六時までにはまだ余裕がある。バンボーの露店には珍しい品々が並んでいるのを狐陶庵に向かう途中で見ていたので、時間まで覗いてみるのもいいかもしれないとアヤセは思ったが、山門を出たところで、一時忘れていたことを思い出し、気持ちがげんなりする。
尾行者の女性は、諦めずにまだ、狐陶庵の門から少し離れた灯籠の陰に身を隠してこちらを窺っていた。
アヤセが灯籠に視線を向けると、女性は慌てて様子を窺うために覗かせていた顔を灯籠の陰に引っ込める。わざわざ顔を隠したところで、既にチーちゃんのスキル【視覚共有】とスキル【鑑定+】で顔や名前等はしっかりアヤセに見られているが、当然女性はそれに気付いていない。髪型がオレンジブラウンのショートボブで尖った長耳が特徴のエルフ種の女性の心当たりを先ほどやっと思い出したのだが、何故自身をここまで付け回すのか理由までは分からなかった。
(こちらも半日近く尾行されて、いい加減うんざりしていたし、やっぱりこの辺で本人に目的を質してみるか)
無銘の刀の鍔元に手をやり、素早く四倍速度で灯籠脇にアヤセは走り寄って、尾行者の逃げ道を塞ぐように回り込む。女性は当初、アヤセが自身の背後に回り込んだことに気が付かなかったようで、急に尾行対象が視界から消えたことに驚き、灯籠から顔を出してしきりにアヤセが立っていた門前を見ている。
「あ、あれ!? いなくなっちゃいました~!」
「自分に何か用でしょうか?」
突然背後から聞こえた声に、女性は大きく身をすくませる。
「ぴっひゃああっ!」
女性の悲鳴ともつかない大きな叫び声で、往来を行き来していたNPCが一斉にアヤセ達の方を見る。中には、男の冒険者が女性に対し何か良からぬことをはたらいているのではと、疑わしげな目を露骨に向けてくる者までいたので、アヤセは焦る。衛兵に通報でもされると厄介だ。
「あっ、やだっ! すみません、違うんです、あははっ、何でもありませ~ん!」
女性は、笑顔を見せつつ両手を体の前で振り、慌ててアヤセから危害を加えられていないことをアピールする。その様子を見てNPC達は、再び自身の生活へと戻っていった。
アヤセは、NPCが衛兵に通報しなかったことに胸をなで下ろした。
「ふぅー、危うく不審者になるところでした。急に声をかけたりして済みません。助かりましたよ、ノエルさん」
尾行者は、先般ラタ森林地帯で、リョージン達PK三人組に襲われていたところをアヤセに助けられた、女性プレイヤーことノエルだった。
「えっ!? ノエルのこと、覚えていてくれたのですか?」
ノエルは、アヤセが自分の名前を覚えていたことに驚きの表情を見せる。
「……はい。無事に王都に到着されたようですね」
本当は、チーちゃんのスキル【視覚共有】とアヤセのスキル【鑑定+】の合わせ技でプレイヤー名を確認して、声をかける直前にようやく顔と名前が一致したのだが、彼女は泣きださんばかりの表情で感激に身を震わせている。アヤセはその様子を見て、少し後ろめたさを感じてしまったのだった。
「覚えてもらっていて本当に嬉しいです~。ノエル感激ですぅ~」
彼女の表情は明るく、先日PK達より受けた仕打ちから無事に立ち直ったように見える。だが、それは表向きで内面ではトラウマを抱え苦しんでいるかもしれない。アヤセはその点を気がかりに感じた。
「ラタ森林地帯では色々あったので、もしかしたらゲームを引退してしまったかと心配していました。その、今は大丈夫なのでしょうか?」
ノエルの表情は一瞬だけ曇るが、すぐに笑顔になり、アヤセに応じる。
「ノエルのこと、心配してくれてありがとうございます。でも全然平気ですよ~。ノエルを襲ったPKは、ゴブリン男以外はギーさんに言いつけてアカウント削除してもらいましたから~」
「ゴブリン男? ゴブ男は見逃したのですか?」
三人のPKのうち実際にノエルを襲っていたのは、リョージンとシリアルキラー・マンゾーの二人であって、確かにゴブ男はそれに加わってはいなかった。しかし、それにしても寛容過ぎるのではないかとアヤセは感じた。
「しかし、あいつだってその場にいて、積極的に止めようとしていませんでしたから同罪でしょう。アカウントを削除されたって文句は言えないと思います」
「でもっ、一回は止めてくれましたし、あいつらは全員やっつけられたから、もういいかなって。ノエルにとっては、助けてくれたひとがいたってことが大事なんです~」
(本人がそれで良いのなら、これ以上外野がどうこう言うことでもないな。それにしても自分のことをセクハラ男と思っていないようで良かった)
あの時、うっかりノエルの胸元に目をやってしまったせいで、彼女に嫌われてしまったと思っていたアヤセであるが、それが思い違いであることが分かり、内心ほっとした。
アヤセはノエルの服装を、視線に苦心しながらそっと観察する。彼女のような駆け出しの冒険者にとって、懐事情からそう頻繁に防具類の買い替えは難しいだろうから、装備品はラタ森林地帯で出会った時とほぼ同じであったが、一点だけ異なる点があった。
「ブラウス、着てくださっているのですね」
アヤセはノエルが着ている「純白のフリルブラウス」に目をやる。これは、リョージン達PKによって上半身の装備品を破壊されたノエルのために、急場しのぎでアヤセがプレゼントした物だった。
一方、アヤセの言葉を受け、ノエルは顔を赤らめる。
「このブラウス、とっても素敵ですね。どうです? ノエルに似合っていますか?」
「え? あー、ノエルさんにとてもよくお似合いだと思いますよ」
それを聞いたノエルは、真っ赤になったほっぺたを両手で押さえ、キャーっと黄色い声をあげて身をよじる。往来を行き交うNPC達が怪訝な目を向けてくるが、すぐに興味を失って二人の前を素通りした。
「嬉しいです~、似合っているって言われちゃいました! このブラウスは、『運命のひと』にもらった大事な物ですから、ノエル、大切に着ていますよ」
「はぁ!? 『運命のひと』……?」
ノエルの突飛な発言に戸惑い、頓狂な声を思わず上げるアヤセであるが、彼女はアヤセの反応など目にくれず話し続ける。
「そう、『運命のひと』です! ノエルが襲われて大ピンチのときに、颯爽と現われ悪人をあっという間に倒して、優しく声かけまでして、それでいて素敵なブラウスまで贈ってくれるって、どこの白馬の王子様かって感じですよ~! もうっ! カッコよすぎですぅ~」
(……まずいな。この人は、相当思い込みが激しそうだ)
アヤセの懸念をよそに興奮したノエルの勢いは、更に増していく。
「名前も聞けずいなくなっちゃったのは、寂しかったのですけど、ギーさんから運命のひとが王都に住んでいるって聞いて、王都に行けばいつかきっと会えると思って探していたんです~。そうしたら、今日、神様がノエル達を引き合わせてくれてこうして再会できました。これって運命ですよね? ゼッタイ運命ですよね?」
「……」
アヤセは、ノエルが自身を尾行していた理由を理解する。彼女は卵から孵ったひな鳥が初めて目にするものを自分の親と認識してその後を追いかけるように、アヤセを慕って今まで付け回していたのだ。
「それで、初めはフレンドからお願いします。そして、どんどん絆を深めましょうね!」
「ごめんなさい、無理です。あと、尾行とかはもうしないでください」
そう言うと、アヤセは刀の鍔元に手をやり、ノエルを置き去りにして走り去った。




