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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第四章_立ち込める戦雲

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54_港のカフェ

 「先日は、ルピアを送金してくれて助かったぜ。ラタスでは御活躍だったようだな」

 「こちらも死に物狂いで紙一重の勝負ばかりだったし、活躍という自覚は無いな。でも、ラタスでは良い収穫が沢山あった」

 「そうか、それは良かったな。その話は後でゆっくりと聞かせてくれよな」


 そう言いながらホレイショは、アヤセと対面の席に腰を下ろした。


 ここは、王都東地区の港湾部の一角にあるカフェである。アヤセは待ち合わせ場所としてこの店を指定して、ホレイショが到着するまでの間チーちゃんと一緒に待っていた。


 店内の間取りは、四人掛けのテーブル席が五つほどでこぢんまりとしている。築年数が大分経っているようで、テーブルをはじめとする調度品はかなり年季が入っているが、掃除は行き届いていて清潔さが保たれている。また、センスを感じさせる生花やかわいらしい小物といった飾り付けも店内を明るくさせるのに一役買っている。アヤセやホレイショといった男性だけのグループでは、やや入店に抵抗を感じさせるレイアウトであるが、現在客はアヤセ達二人だけしかいないので周りの目を気にする必要は無い。


 「しかし、こんなところにカフェがオープンしたなんて気付かなかったぜ。『Au café de la port』……。仏語で『港のカフェ』って意味か。俺みたいな人間には、ある意味ハードルが高いが趣味の良い店だな」

 「詳しいな。店名はフランス語だったのか。ここにはチーちゃんが『このお店は、ゼッタイおススメなの~!』って言うから入ったのだけど、中々良い店だ」

 「なぁに、たまたまフランス語の単語を知っていただけだ。それで、そのメジロとお前さんは意思疎通ができるのか?」

 「一応スキルで会話ができる。正確には『メージロ』という召喚獣だが、『果実探索』というスキルを持っていて、良質な果物がある場所を教えてくれから助かるな。ここの店にしても確かにチーちゃんの言う通りだった」

 「お待たせしました。フルーツタルトです」


 どうやらアヤセは先に注文を済ませていたらしい。コックコートを着込んだカフェの店員兼料理人と思しき女性が、二人のテーブル席にふんだんにフルーツが盛られた料理を運んできた。


 「ほう、これは見事だな」


 ホレイショが席上に置かれたフルーツタルトを見て、その綺麗な出来映えに自然と感想を漏らす。女性店員は、それを聞いて嬉しそうににっこりと笑った。


 「ありがとうございます。味にも自信がありますので、是非ご賞味ください。それで、お客様のご注文はお決まりでしょうか?」

 「俺か? そうだな……」


 勝手が分からないホレイショは言い淀むが、アヤセが横から語を継ぐ。


 「取り敢えず、今自分が注文した物と同じ物を。追加の際はまたお願いします」

 「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」


 女性店員が店奥に戻るのを横目で見つつホレイショが口を開く。


 「俺は甘い物が苦手なんだ」

 「大丈夫。このフルーツタルトは、生地の甘さは控え目で、そして厳選されたフルーツは新鮮で本来の素材の良さが活かされている。互いに互いを引き立たせる両者が奏でるのは、壮大な交響曲(シンフォニー)が織りなす新たな世界への誘いと言えるだろう。甘い物が苦手な人もきっと気に入るはずだ」

 「……なんかよく分からんが、そうなのか? それよりもメージロがお前さんのタルトを食ってるぞ」

 「これはチーちゃんの分だ。ちなみに、底のタルト台は自分がもらう」

 

 二人が話しているのをよそに、チーちゃんは怒濤ともいえる勢いでタルトに盛られた果物を次々とついばんでいる。雀よりも小さな体なのに、どこに食べたものが入るのかとホレイショは首を傾げた。


 「シュークリームにアップルパイにフルーツタルト……。ここの店の洋菓子はどれも『最高』の一言に尽きる。こんな素晴らしい物を、虫歯やアレルギーや血糖値やカロリーを恐れずに好きなだけ楽しめるなんて、この店は最後の楽園、そう、正に『理想(ユート)(ピア)』だ!」


 見かけによらない甘党ぶりを見せるアヤセに若干引き気味のホレイショであるが、よく見るとテーブルの端に皿が何層も積み上げられているのに気が付く。アヤセとチーちゃんは、自身が来るまでにスイーツの注文を何度も繰り返していたに違いない。ホレイショは空になった皿を見ただけで胸がやけるような感覚に襲われた。


 「うっ……。そ、そうか。俺の注文分はお前さん達が食ってくれ。それよりも、あの店員、プレイヤーだったな」

 「先日の更新で店舗の価格や賃料も下がったから、早速、出店に乗り出したプレイヤーが出始めているのだろう。腕の良い生産職が独り立ちして店を構えられることは、良い傾向にあるのかもしれない」

 「そうだろうな。先日の更新のお陰で、俺も職人ギルドで委託販売を始めることができた。どうも木工品や生活用品とかは、プレイヤーの食いつきが悪いから、NPCが客になるのは大歓迎だぜ」

 「委託販売か。販売品があるのは羨ましいな……」

 「ん? アイテムマスターギルドでは、委託販売の取扱いがないのか?」

 「いや、アイテムにポテンシャルを付与すれば、装備品やアイテム問わず何でもいいそうだ」

 「何でもアリなら条件は良い方なんじゃないか?」

 「そうなのだが、自分の手持ちで売れそうな物があまり無くて……」


 アヤセの所持しているアイテム等で売り物になりそうな物は、今のところ粘土と泥炭くらいしか無い(釘粘土は現在百五十個ほどあるが、本人の中では在庫が不足していると考えているので、出品を考えていない)。普通に考えればこれらは全く需要が見込めず、委託販売を依頼しても手数料を損するだけに終わるだろう。


 「さすがに泥は買い手がつかねぇよな……」

 「自分もそう思ったのだが、しかし、まぁ世の中には何にでも例外が存在する」

 「ほう?」

 「売れないと分かっていても、試してみたくなって、軽い気持ちで泥炭をオンラインショップに出品してみたところ、売れたんだ。しかも大量に」

 「泥が? どれくらい売れたんだ」

 「売れたのは全部で三百個ほどだ。十個三十ルピアで売りに出していたので、手数料を差し引いて八百弱の利益になったのは驚きだったな」

 「本当かよ? ただの泥がどうしてそんなに売れるんだ?」

 「原因を分析してみたのだが、どうもポテンシャルが関係しているらしい。泥炭には、共通したポテンシャルが付与されていたから、それを目的として買われた可能性がある」

 「それで、そのポテンシャルは何なんだ?」

 「『火勢の加勢』というポテンシャルで、泥炭を燃料として燃やした対象物の火が消えにくくなり、更に火の勢いが増すというものだ。特に篝火やたき火で重宝するらしい」

 「何だそりゃ? 買った奴はキャンプファイヤーでもやるつもりなのか?」

 「自分もこのポテンシャルを利用して、狩場の周回をしたことがあるので、使い途はそれなりにあると思うが、確かにホレイショが言うとおり、本当にキャンプファイヤーが目的かもしれないな」

 「おいおい、本気にするなって!」


 アヤセが真剣な顔をして、自身の冗談に同意する様子を見て、ホレイショは苦笑する。


 「まぁ、いずれにしても泥炭が売れて良かったな。これからいくらでも必要になるから、金は一ルピアでも多く持っていた方がいい。それで、話を戻すが今日の買い付けは、帆布とテレピン油が目当てだ。残りのストックは約五万ルピア……。正直言ってこの金額だと両方は難しいかもしれねぇが、腕の見せどころだぜ」

 「先般の木材の調達で感じたのだが、加工品の値段は、中間手数料がかかるからどうしても割高になるのは否めない。自分達で素材採取をして加工のみ頼めばコストは節約できそうだが……」


 アヤセはチーちゃんが食べ終わった、フルーツタルトの底部のタルト台をフォークとナイフで切り分けつつ、次々と平らげていく。皿が空っぽになるのに二分もかからなかった。


 「(ゲッ! このペースで食っちまうのかよ!?)ま、まぁ、最終的には加工も俺達でやった方がいいが、そうなるともっと人手が欲しいな。しかし、相棒は前に言っていた『帝国のスパイ』ってヤツがやっぱり気になるのか? ベンの爺さんに伝えた時は『分かった。』としか言わなかったし、それほど気にする必要は無いんじゃないか?」

 「情報漏洩を防ぐために人数は最小限度に抑えておくべきという考えは変らない。だが、そうは言っても二人だけでは計画も中々進まないだろう。実は、協力者になってくれそうな有望な人材がいるのだが、何故かしきりにホレイショに会いたがっているので今度会ってくれないか頼もうとしていたところだ」

 

 アヤセはホレイショに、先日のマリーとのやり取りについて簡単に説明をする。


 「ほう、そうか。優秀な裁縫師なら相棒が言うように縫帆手を引き受けてもらいたいな。相棒が信用できる人物だというなら、俺は会うことについては言うことはねぇぜ」

 「それは助かる。先方の圧が強かったから、正直困っていたんだ」

 「大体事情を聞いて、何かお前さんと相手の間で行き違いがありそうだが、その辺は俺が目の前に現れれば一発で解消するだろう。ま、会ってのお楽しみってやつだな」


 そう言って、ホレイショはニヤリと笑った。


 「……? まぁ、よろしく頼む。これで自分の心配事は一つ減った。助かったよ」

 「お待たせしました。カモミールティーとフルーツタルトです」


 二人の会話が一段落した時点で、折よくカフェの女性店員が注文の品を運んで来た。

 見映えのするフルーツタルトがテーブルに置かれ、アヤセとチーちゃんの目がキラリと光る。ホレイショはその飽くことない食欲を目の当たりにして再度胸がやけるような思いに襲われるのだった。


 「あの、お客様……」

 

 女性店員は、チーちゃんに目をやりながらアヤセに声をかける。


 「はい? ……もしかして、召喚獣入店禁止でしたか? 済みません、気付きませんでした」

 「い、いえ、本来でしたら、他のお客様で気になさる方もいらっしゃいますので、動物の入店はご遠慮いただいていますが、今はお客様達だけですので、結構です。それで、そちらの小鳥ですが、フルーツがお好きなようですね」

 「ええ、分かりますか? この召喚獣はチーちゃんっていうのですが、チーちゃんは果実がある場所を探し出すスキルを持っているのです。この店もそれに誘導されるかたちで入らせてもらいました」

 「まぁ、そうでしたのね。よろしかったら、チーちゃんにフルーツの盛り合わせなどご用意させていただきますが、いかがでしょうか?」

 「本当ですか? 是非お願いします!」


 チーちゃんもチッチと鳴き、喜びを表している。


 「チーちゃんは、ここの果物が大変気にいったみたいです。果物はどこから仕入れているのでしょうか?」

 「フルーツは南部産が多いです。最近はオンラインショップも利用しやすくなったので、遠い産地の珍しい物も以前に比べて購入しやすくなりましたが、一定量を集めるのに苦労しています」

 「やっぱり珍しい果物は、そんなに出回らねぇのか」

 「それもありますが、最低価格が高めでして予算的に仕入れが難しい場合があるのです」

 「オンラインショップ上だと、果物が交易品扱いになることで発生する現象ですね」

 「ほう? 交易品か。それだと仕入れが面倒だな」


 このゲームにおいて、資金稼ぎの手段の一つとして「交易」と呼ばれるものがある。

 端的に言うと交易は、各都市における特産品等を安く購入し、別の都市で高い値段で売却することによって生じる利ざやを稼ぎ出すものである。十五~十七世紀の大航海時代を舞台にしたゲームや、豊臣秀吉が戦国時代を成り上がるゲーム等でお馴染みのシステムだが、扱う交易品の種類や量によっては、ギルドで依頼をこなして報酬を得るよりも高い利益が転がり込んでくる。


 交易品の対象となる物品は多種多様であるが、その中に野菜や果物と言った食料品も含まれている。オンラインショップではこういった食料品は、市場や商店で購入したり、畑で収穫したりする食材としてではなく、あくまで商取引の対象となる交易品として扱われている点が大きな特徴である。そしてこれがこの店の仕入れに大きな影響を及ぼしていた。


 交易品は、例外を除き基本的に購入した都市から、離れれば離れるほど売り値が上がる傾向にある。プレイヤーは交易品をインベントリに詰め込むか馬車や船等の輸送手段を手配して、道中は積荷狙いの盗賊にモンスター、PK等の襲撃に備え、嵐、竜巻、崖崩れ等の様々な自然災害を乗り越え、無事に目的地に積荷を運んで初めて利益を得ることができる。

 

 だが、交易に伴うこれらの困難は、オンラインショップを利用すると、ほぼノーリスクで解決できてしまう。例えば、ホレイショが王都で交易品を購入し、これをオンラインショップに出品、すかさずラタスにいる仲間のアヤセが、これを購入する。購入された交易品は自動的に購入者のインベントリに収納されるため、王都にあった交易品が瞬時にラタスまで運ばれたかたちになる。輸送の際に生じるコストやリスクが生じず、おまけにタイムロスまで無いこの方法は、一時期プレイヤー間で「オンライン・トランスポート」、頭文字をとって「OT」と呼ばれ一部のプレイヤー達によって悪用された。

 

 この事態に運営も対抗措置を講じ、オンラインショップにおける交易品の最低出品金額を大幅に引上げ、最高出品数の単位を従前の十分の一にした。これにより、交易品は高価格で小出しの出品が必須となり、その分手数料が余計にかかるため利益が上がらなくなったことで、OTによる不正行為は激減した。


 「オンラインショップは、プレイヤーの生産物やレアアイテム等の単品物を売買するのが本来の目的ですから、私のような仕入れのやり方は、目的から離れているのですよね。王都にも南部産のフルーツを取り扱っている店があるかもしれませんが、こう広くては探しようがありませんし、仕入れ値が高くなってもオンラインショップで時折出品されるのを待つしかありません」


 その時、女性店員の悩みを聞いていたらしいチーちゃんが、何かを訴えるようにチッチッと綺麗な鳴き声を上げた。


 「……チーちゃんが言うには、『新鮮でおいしいフルーツは、東地区の露店通りにポールって住人が出している露店で売ってるの~。お値段も手ごろなの~』……って言っています。チーちゃん、よく知っているね」

 「あの、お客様は、チーちゃんと話せるのですか?」

 「召喚獣と自分は、スキルで会話ができるのです。チーちゃんが言うには『ご主人が寝ているとき(注:ログアウト中のことを指す)見つけたの~』……とのことです。果物に関して、チーちゃんの言っていることは、この店を見つけたことからも信用できると思います」

 「東地区の露店通りって言えば、ポロマック川の船着き場のところだな。ここからそんなに遠くないぜ」

 「そうですね……。ここからも近いようですから、一度露店通りを覗いてみようと思います。お客様、情報を提供くださいまして、ありがとうございます。私、ジュイエと言います。職業は料理人です」


 女性店員ことジュイエは、チーちゃんの情報提供に対し礼を述べ、自己紹介する。


 「自分はアヤセです。職業はアイテムマスターです」

 「俺はホレイショだ。職業は大工で、サブジョブは水兵だ。『ジュイエ』ってフランス語で七月って意味だよな?」

 「はい、私は七月生まれですのでこの名前にしました」

 「そいつは良い名前だな。それでアンタ、プレイヤーだよな? 自分の店を構えるなんてすげぇじゃねぇか」


 ホレイショが送った賞賛に応え、ジュイエはにっこりと微笑む。


 「ありがとうございます。先日の更新で賃貸料が下がったので思いきって先週オープンしました。……ただ、場所が場所ですので、新規のお客様が中々いらっしゃらないのが難点です」


 港湾部には、造船所で働く工員や積荷の揚げ下ろしに従事する港湾労働者等が数多くいる。ただし、そのほとんどがいかつい男性NPCで、「港のカフェ」がターゲットにしている客層とは真逆の存在と言っても過言ではなく、周辺の需要と大きな乖離が生じてしまっているのは否めない。


 「品揃えは文句無しですが、確かに、立地や客層から言って顧客獲得までもう少し時間がかかりそうですね」

 「それでも大したもんだぜ。お前さんどこかで修行していたのかい?」

 「はい、さる貴族のお屋敷で料理係として働いて、技能レベルを上げました」

 「貴族の屋敷で奉公か。腕を磨くのにそんな方法もあるんだな。参考になるぜ」


 ホレイショはしきりに感心して相槌を打つ。職種が違えども生産職として、一足早く店舗を構え、一国一城の主となったジュイエには、学ぶべきことが多くあると思っているのかもしれない。


 「このフルーツタルトの見た目からして生産者の腕を感じさせるが、相棒、ポテンシャルはどうなんだ?」

 「ポテンシャル……、でしょうか?」

 

 アヤセに話を向けるホレイショから出た、「ポテンシャル」という単語にジュイエは怪訝な顔を見せる。


======================

  【アイテム・食料品】フルーツタルト 生産者:ジュイエ

 品質4 価値2 重量1 

   特殊効果 ハンドメイド品(転売ロックOFF)

   ポテンシャル( )…テイムモンスター及び召喚獣の親密度上昇率UP(効果一日)

   ポテンシャル( )…AGI 10%UP(効果二時間)

   ポテンシャル( )…カビ(HP-30、一日経過後自動廃棄)

======================


 「他のも見てみたが、ジュイエさんの腕は確かで性能も納得ものだ。ちなみに、画像の撮影後にお目当ての『テイムモンスター及び召喚獣の親密度上昇率UP』を付与できたので、チーちゃんに与えたところ、親密度は85になった。最近親密度が上がりにくかったので有難い効果だ」


 画像を二人に示しながら、アヤセがジュイエ作製のフルーツタルトのポテンシャルについて感想を述べる。品質の高さに加え、良性ポテンシャルが設定されている点から見ても、彼女が手間暇をかけて洋菓子の作製に臨んでいる姿が想像できた。


 「ポテンシャルって、『あの』ポテンシャルですよね? 私が作ったフルーツタルトにこんな性能が付いているなんて、思いもしませんでした。」

 「ポテンシャルは大抵、一アイテムにつき、予め一つから三つ設定されています。アイテムマスターはその中からランダムで一つポテンシャルを引き当てる仕組みなのです」

 「ポテンシャルはアイテムマスターが独自に生成するものだと思っていましたが、事前に設定されているのですね。知りませんでした」

 「ポテンシャルについて誤解をされている方が多いのが、アイテムマスターとして辛いところです。最も、良性のポテンシャルが設定されるのは、作品を作製した生産者の腕に拠るところが大きいのですが、付与については、何故か悪性のポテンシャルが出現しやすい傾向にあるのですよね。そこは、スキルでカバーできるのですが……」

 「相棒は、俺の生産物にもポテンシャルを付与してくれるが、大体良いヤツを引き当ててくれる。相棒に出会ってからポテンシャルに対するイメージが百八十度変ったぜ」

 「以前、ポテンシャルでバフ効果が付いたパンを配ったことがあったのですが、プレイヤーの間では好評でしたね。バフ付き料理をもし売るとしたら、珍しい物なのでまあまあの値が付くかもしれません」

 「……すごい。私もたった今、ポテンシャルに対するイメージが変りました。『目から鱗が落ちる』とは、この様なことを言うのでしょうね」


 ジュイエは画像を食い入るように見ていたが、突然、顔と体をアヤセに向ける。


 「アヤセさん。お願いがあるのですが、今後、私の作る洋菓子にポテンシャルを付与してくださいませんか? もちろんお礼もさせていただきます。バフ効果のポテンシャルが付いた商品を売り出したら、この店もきっと流行ります!」

 「やっぱり生産職だったら、相棒にポテンシャル付与を是非とも頼みたくなるよな。なあ相棒、『お礼』もするって言っているし、受けてみたらどうだ?」


 (生産職なら自身の生産物の性能が向上するポテンシャルに魅力を感じるのは当然だ。そしてそれは、自分にとって良い稼ぎ口になる。どうやらホレイショもその点に気付いたようだな)

 

 アヤセは、ホレイショが目端を利かせていち早く自身をジュイエに売り込む姿に感心するのだが、一方で懸念点が一つ浮かび上がった。


 (ジュイエさんの生産物にポテンシャルを付与するのは、マリーさんとの「ビジネスパートナー」の関係と同じだよな。別に自分はマリーさんの専属って決まりはないから、正確には、複数の人と契約を結ぶのは、違反にはならないだろうけど、自分から「ビジネスパートナーになってください」って頼んでおいて他の人とも契約するのはどうなのだろう?)


 「アヤセさん、いかがでしょうか?」


 考え込んで返答を控えているアヤセに対し、ジュイエは待ちきれないような素振りを見せ、尋ねてくる。


 「うーん、そうですね。他にも同じようなことをしている人もいますから、その兼ね合いをどうしようかと今考えていました」

 「それは俺のことか? もし、そうだったら気にすることはないぞ」

 「あ、いや、ホレイショもそうだが、考えていたのは他の人のことだ」

 「なんだ、他にもいるのか。ま、お前さんにポテンシャルを付与して欲しいって人は他にもいるだろうよ。これは早く頼んでおかないと、後々予約で埋まっちまうかもだぜ」

 「えっ、本当ですか? じゃあ、是非今決めていただきたいです。お礼は売り上げからお支払いしますから、どうぞお願います!」


 (ホレイショの奴、少し煽りすぎだぞ。まぁ、ホレイショとも事実上「ビジネスパートナー」の契約を結んでいるようなものだから、今更ジュイエさんの申し出を迷うことはないかもしれないな)

 

 「あの、お礼なのですが、具体的な金額はこの後決めるとして、ジュイエさんが作製する洋菓子も追加していただけませんか? 特にフルーツタルトは、今後間違いなく人気商品になって入手が困難になるでしょうから」


 アヤセの前向きな返答にジュイエの顔は、ぱっと明るくなった。


 「ありがとうございます! もちろんお礼に私の作った洋菓子も含めさせていただきます。これからどうぞよろしくお願いします!」


 喜びを表すジュイエと握手するアヤセ。それを見てホレイショとチーちゃんも満足げに大きく頷く。


 早速、アヤセはジュイエの生産物に片っ端からポテンシャルを付与して、お礼として多くの洋菓子を受け取ったのだった(ジュイエに現金の手持ちが無かったので、謝礼は、アヤセの勘定の相殺と洋菓子の現物支給というかたちで支払われた)。


 クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」に所属していた頃は、ポテンシャル付与がこうして安定した収入源になるとは思ってもみなかった。アヤセは、アイテムマスターの自分がポテンシャルによって、生産職のプレイヤーに受け入れられつつあることに希望を感じる。こうした活動を通して、少しでもアイテムマスターに対する周囲の認識が変って欲しいものだと思うのだった。



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