53_メンテナンスが明けて
話は、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」が幹部会議を開催した十日前に遡る。
「アヤセさんは、運営からのお知らせや掲示板を見ていないのですか? 色々大事な情報が載っていますから、せめて『運営からのお知らせ』だけでも普段から見ておいた方がいいですよ」
マリーは、預かったプリスに針を入れながらアヤセに情報収集の重要さを説く。
「確かに『運営からのお知らせ』は確認しておいた方がよさそうですね。マリーさんに教えてもらわなければ、こんな大事なことまで見落とすところでした……」
アヤセは、苦笑いをして画面に目を通す。そこには昨日丸一日かけて行われたメンテナンス終了後の更新について周知事項が記載されていた。
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新規更新情報!
×月×日実施のメンテナンスが無事に終了いたしました。また、今回のメンテナンスに伴い、以下のとおり更新及び新要素が実装されました!
○各ギルドにおける新規クエストを追加しました。また、生産職系ギルドでは、
所属プレイヤーが生産した生産物をギルドで委託販売できるシステムが実装
されました。
〇プレイヤーが経営可能な店舗・露店の売値及び賃料を値下げしました。
また、立地や広さ等を基準にして必要額の細分化を行いました。
〇オンラインショップの出品手数料を設定額の30%から10%に引き下げました。
また、購入者の手数料を全廃しました。
〇生産職系のプレイヤー(※)のみが加入可能な「生産職クラン」を
新設しました!
クラン対抗戦等のイベント参加に制限がありますが、設立費用は、通常の半額!
この機会に生産職のプレイヤーの皆様もクランマスターになってみませんか?
あなたのクランで作製した作品が世界を大きく変えるかもしれません!
※サブジョブで生産職系の職業を選択されたプレイヤーも含みます。
○ポテンシャルが付与されたアイテム等を素材にして、生産を行った場合に
特殊効果が追加されるバグを修正しました。
詳細については、各ページを御確認ください。今後も「The end of the world Online」における冒険をお楽しみください!
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「今回のメンテ明けの更新、アヤセさんが運営AIにした提案(注:15_「生産職としての意見」参照)がほとんど通っていますね。掲示板では生産職のプレイヤーが『産業革命だー!』とか言って盛り上がっていますよ」
「本来の産業革命と意味合いが違いますが、自分も更新内容を見て生産職に希望の光が射した気がしましたね」
従前のメンテナンス明けの更新は、基礎レベルの上限開放等がメインとなるケースが多かったが、今回蓋を開けてみたらそれらが一切含まれず、全て生産職に対する改善事項で占められていた。この異例ともいえる更新内容を見て、掲示板で生産職のプレイヤーがお祭り騒ぎをするのも無理のないことだろうとアヤセは思ったのだった。
「オンラインショップの手数料率引き下げや、ギルドの委託販売の新設は売り手に多くの選択肢を与えてくれますから、ある意味革命とも言えるかもしれませんよ。これでクランに卸さないで済むって人も沢山いると思いますから」
オンラインショップの手数料率の改定は、売り手のみならず買い手のそれにも手が加えられた結果、両者共に利用しやすくなった。今後の取引の活発化も期待され、そしてそれは最終的に売り手の利潤につながるだろうから率直に歓迎すべきことである。
また、ギルドでの委託販売は、手数料等の手間賃が不明であるので今後精査の必要があるだろうが、何より購入者がプレイヤーのみならずNPCも含まれることが目を引く点だった。
設定では、王都には三十万人のNPCが居住しているらしい。これだけの人数であれば、全員が商品を購入する者では無いにしても、今まで対象外だった客層の新規獲得が大いに期待できる。マリーが言うとおりこれらの点は、今後生産職が自立した活動を行う上で大きな利点になることは疑いようがなかった。
「でも、私が一番びっくりしたのは、やっぱり生産職クランの実装ですね。まさかこの提案が通るとは思ってもいませんでした」
「そうですね。これが今回の更新で一番の目玉だと思います。クラン対抗戦やクラン単位でのレイドボスへの挑戦等といった、戦闘系のイベントへの参加権は無いようですが、そもそも生産職にはあまり縁がないイベントが対象ですから、メリットがデメリットを上回っていると言えますね」
「ええ、直営店の経営や趣味が合う仲間同士と一緒に生産活動をするっていうのが楽しそうです」
マリーは目を輝かせながら生産職クランへ思いを馳せている。自ら提案したアイデアが採用されたことがよほど嬉しいのだろう。今まで苦労を強いられてきた中で、生産職の居場所を望んでいた彼女が生産職クランに希望を見出していることをアヤセは、手に取るように理解できた。
「マリーさんはクラン設立をお考えですか?」
自然と口から出たアヤセの問いにマリーは困った顔をする。
「実は、そうなのですが、私には少し夢が大きすぎるんじゃないかと思っています……」
「どうしてそう思われるのでしょうか?」
「だって、設立費用は通常のクランの半額とはいえ、四百万ルピア必要になりますし、クランに入ってくれる人もいるか分かりません。……親しいフレンドと言えるのはアヤセさんしかいませんし」
「うーん、そういうことはこれから少しずつ進めていけば良いのではないでしょうか? 少なくても設立費用は、それほど苦労せずに何とかなりそうな気がしますね」
先日、マリーが行った「初めての出品」は、深夜にも関わらず出品した二十着の服全部が次々と買われ、三十分足らずで完売した。利益もしっかり上がり、販売手数料やアヤセへの報酬を差し引いてもおおよそ十九万ルピアが手元に残った。現実世界で百九十万円に相当する大金を一晩で稼ぎ出した結果にマリーは驚いていたが、各回でこのくらい利益が上がるのであれば、あと二十回程度出品すればクランの設立費用に届く計算になる。
「もしかしたら、王国での生産職クラン設立第一号はマリーさんになるかもしれませんよ。団員だって、クランの名前が知られるようになれば入団希望者が自然と集まるはずです」
「ええ~!? そんな簡単にいくでしょうか?」
「マリーさんなら大丈夫です。きっと上手くいきます」
アヤセは断言する。稀代の裁縫師「クランマスター・マリー」の名は、おそらくその道を往く者達の間で、知らない者がいないくらい有名になるはずだ。
「そんな真剣な顔で言われると、その気になっちゃいますよ~。でもアヤセさんに力強く後押しされたら、何だかちょっとだけ頑張ってみようかなって気になりました」
マリーは笑顔を見せる。希望に満ちた彼女の表情は輝いており、つい先日まで、クラン「ビースト・ワイルド」で外奴隷として囲われ、ノルマに追われていた頃の暗鬱とした顔とは大違いだ。
(やっぱりマリーさんには笑顔が似合うな。これからもこんな明るい顔でいて欲しいものだ)
「マリーさんのクラン設立の目標、自分も陰ながら応援しています」
「本当ですか? ありがとうございます!とっても嬉しいです!」
「『ビジネスパートナー』であるマリーさんの躍進は、自分にとってもメリットがありますからね。やることは限られるかもしれませんが、できる範囲で協力させていただきます」
「あ、やっぱり『ビジネス』が付くのですね……。い、いえ、こっちの話です。もし、クランが設立できたら、『パートナー』のアヤセさんには副クランマスターをお願いしようかなって思っています」
「『あの』アイテムマスターが副クランマスターですか。これは夢が膨らみますね」
「アヤセさんもその気になっちゃいましたか? そうでしたら、これからの協力、是非お願いしますね!」
マリーの夢に自身が役割を与えられるなら、助力を惜しむ理由はない。彼女の申し出にアヤセは快く頷いた。
「……よしっ。修繕はこれくらいでしょうか」
アヤセと雑談を交わしながらも、マリーは手を休めることなく針を動かし続けていた。糸切りはさみで縫い糸を切り、プリスを目の前に広げて修繕箇所を確認する。
「さすがはマリーさん、お見事な手際です」
「いえいえ、それほどでもー。耐久値も回復していますし、これで完成です」
マリーは、アヤセにプリスを返却する。
今回、アヤセがマリーの住居を訪れた目的は、先般のラタスにおけるクエストを通して消耗した深緑装備の耐久値を修繕するためである。次の出品に向けて多忙を極めているであろう、マリーが好意で自身のためにわざわざ時間を割いてくれたことに、アヤセはひとしおに感謝するのだった。
「ラタスでは本当に激しい戦いだったのですね。こんなに耐久値が減っているとは思いもしませんでした。」
貧弱なステータスのアヤセの生命を守った深緑装備の耐久値は、それぞれ200近く減少しており、アヤセが戦い抜いた激闘の様子を物語っていた。
「トカゲやライデンから嫌というほど攻撃を食らってしまいましたからね。深緑装備が無かったら、自分は二桁でも足りないくらいの回数で死に戻っていたと思います。レベルの高い相手と必要以上に戦うことは、割に合わないとつくづく実感しました」
「そういうことは、普通こんなことになる前に気付くんですよ……。消耗した装備品は、修繕のたびに最大耐久値が少しずつ減っていきますからね。こんな戦い方をしていたら、近いうちに深緑装備だって壊れてしまいます」
マリーはアヤセの無茶な戦いぶりに憂慮を見せる。
防具に設定されている耐久値は、攻撃を受けたら減少し、修繕で回復する仕組みになっている。しかし、回復が成されても、最大耐久値は元の値より減り、最終的にゼロになれば破壊扱いになり消滅する。マリーが指摘するように今後もアヤセが同じような戦いを繰り返せば、高い耐久値を誇る深緑装備であっても、あっという間に使用に耐えなくなるのは目に見えていた。
「装備品の耐用が有限なのは承知しています。マリーさんが自分のために作成してくれた深緑装備を長く使用し続けるために、今後は今以上に耐久値に気を配ります。……深緑装備が無ければ自分は、満足に戦えませんので」
「『★』の高い素材も中々手に入りませんし、次も同じ物を仕立てられるか私には分かりません。アヤセさんが以前教えてくれた、素材のポテンシャルが特殊効果として活かされることも無くなったみたいですね」
「まさかあれがバグだったとは、思いもしませんでした」
マリーは、今回の更新の中で最後にさらりと記載されていた事項について触れる。アヤセが以前発見した「素材にポテンシャルをつけて作製を行えば、完成品の特殊効果に反映される」ことが今回の更新によって修正されてしまったのだった。
「これについては、掲示板で全く話題に上がっていませんでした。今後の装備品やアイテムの性能がガラリと変わる可能性があったのに、何も反響が無いは不思議ですよね」
「プレイヤー側が事の重大さに気付く前に、運営が先手を打つかたちになったからでしょう。これだけでも、プレイヤー間におけるポテンシャルの扱いがよく分かるというものです」
今後に与える影響が他の項目と遜色がないくらい大きいはずなのに、付与役のアイテムマスターの絶対数が少ない上に、そもそもポテンシャル自体のイメージも良くないことから、この更新内容は他に比べて騒がれることが一切無かった。
「自分も、これから本腰入れて検証にかかろうとしていたところでの更新でしたからね。実際に恩恵を受けた者がどれくらいいたか……」
アヤセは、インベントリに収納された「ポテトサラダのサンドウィッチ」を思い浮かべながらつぶやく。このアイテムは先日、マリーの住居に置き忘れたものを回収したのだが、(特殊効果に現れたポテンシャルの性能に難があり過ぎるものの)実験の手応えを感じさせる作品であり、今後に期待を寄せていただけに残念に感じた。もしかしたら、ポテンシャル重複の恩恵を受けたのは、ホレイショが作製した樽を譲り受けたオチヨぐらいしかいなかったかもしれない。
(いずれにしても、これで手間暇かけてポテンシャルを付与していけば、★のグレードが低い素材からでも強力な装備品が作り出せる可能性が断たれたから、深緑装備と同程度の性能がある服を再入手できる可能性も低くなった。自分の「目標」のために深緑装備を失う訳にいかない。目標の実現が不可能になった瞬間が、自分の引退の瞬間になるかもしれないのだから)
アヤセは心の中でそう思う。勿論、本人はそう簡単に引退するなんてことは考えていない。ただ、職業が「あの」アイテムマスターである以上、深緑装備が無ければ碌に戦闘もこなせないので、もしこれを失うようなことがあれば、目標達成は絶望的になる。そうなった場合は潔く諦めることも考えなければならないだろう。
(だからこそ、深緑装備をおいそれと失う訳にはいかない。それに、自分の目標だけではない、マリーさんの目標の実現のためにもこれは必要だ)
復讐が自分の目標―――。そう言って憚らなかったアヤセであるが、他人の目標に自身の価値を見出している、自分自身の心情の変化に本人はまだ気付いていなかった。
「アヤセさん?」
急に黙り込んでしまったアヤセを気遣うようにマリーが声をかける。
「え? ああ、失礼しました。考え事をしていたようです」
「そうですか。何か深刻そうな顔をしていましたから、ちょっと心配になりました。大丈夫でしょうか?」
「ええ、御心配なく。大丈夫です」
マリーに、心配されるくらいであったなら、自身の表情がもしかしたら険しいものになっていたかもしれない。アヤセはマリーの指摘を受け、彼女に心の内を悟られないように、表情を取り繕って話題を転換する。
「それで、前回の出品も好調だったようですね」
「はい、お陰様で順調でした。前回の売り上げは、締めて二十八万七千ルピアになったんですよ!」
「それほどの売り上げになったのですか! ……各品の単価を上げればもう少しで三十万に届きましたね。少し惜しい気もします」
「個人的には、今回の出品も大成功だったと思っています。欲張っちゃいけません」
「マリーさんの言われる通りです。ここは着実にこなして、顧客獲得に繋げた方が良策なのかもしれません」
マリーが世に送る出す秀逸の作品は、着実にプレイヤー達の間で注目を集めており、前回は出品開始から十分も経たず完売した。この調子で売り上げが伸びれば、マリーが目標にしている生産職ギルドの設立にかかる費用も、予想より早く集められるかもしれなかった。
「今まで調子が良かったのは、ポテンシャル付きの服であるという物珍しさも理由の一つだと考えています。これからは、買う人の目も厳しくなってくるでしょうから、性能だけじゃなくポテンシャルもより良い物を厳選する必要があると思うのです」
「……」
天才が油断しなければ、失敗は起こり得ない。現状に満足することなく、更なる向上を図るマリーの姿勢にアヤセは感服する。
「ですので、次の出品は、自分の納得できる商品を揃えるまで控えようと思っています。それに、今回の出品まで慌ただしい日が続いていましたので、少し休みたいって気持ちもあります」
「そうですか……。確かにこちらが心配になるくらい、熱心に製作に打ち込まれていましたからね。大きな仕事も一段落ついたでしょうから、時には休養も必要かもしれません。それでお休み中の予定ですが、何をされるか決めているのですか?」
「いいえ、特には。ラビちゃん達と一緒に王都のレストランや観光名所を巡ろうかなって考えていたくらいです」
「うーん、それなら今が丁度良い頃合いなのかもしれないな……」
アヤセは考え込んで言い淀む。彼がこのような態度を取る際は、大抵マリーを何かに誘おうとしているときである。
「まとまったお休みを取られるということでしたら、以前約束した白パンの生産者のもとに行くというのはいかがでしょうか……。覚えていますか?」
深緑装備のオーダーメイドを受ける条件の一つに、ゲンベエ師匠のもとに一緒に出向き、師匠が焼いた白パンを分けてもらうというものがあったが(注:10_オーダーメイド参照)、アヤセはその件をマリーの休日の過ごし方として提案する。
それに対し、マリーは、アヤセが以前の約束を覚えていたことに表情を明るくさせ、喜色を隠すことなく応じた。
「もちろんです! もしかして、連れて行ってくれるのですか?」
「ええ。案内先が王都からやや離れた場所にありますので、多忙なマリーさんに話しを向けるのも気が引けていましたけど、この機会でしたらお誘いするもの良さそうだと思いました。それで、マリーさんの御都合は……」
「都合は良いですっ! 例え他に用事があったとしても全部キャンセルします! だから大丈夫です!!」
アヤセの伺いに食い気味にかつ、力強く了承の旨を告げるマリー。その心中は、既にアヤセと二人っきりで旅行に出かけることを想像して舞い上がっている。
「あ、あの、他に用事があれば結構ですが。……いや、大丈夫そうですね。自分の準備ができましたら、再度連絡をします。詳細はその際にお知らせしますので、それまでお待ちください」
「即決」という言葉を体現したかのようなあまりにも速いマリーの返答に面食らうアヤセであるが、彼女の承諾を得られたことを理解し、今後の準備に当たることを告げた。
「はいっ! 連絡をお待ちしていますね。何だかアヤセさんにご褒美をもらっちゃったような気がします。楽しみにしていますね!」
「実際に白パンには、生産者がいますから、『御褒美』は当人からもらうことになるでしょうね」
「そういう意味では無いんですけど、まぁそれは置いといて、忘れないうちに前回の報酬のお話をさせていただきますね」
「そうですね。売り上げが好調でしたら報酬も期待できそうです! 一体いくらになるのでしょうか?」
「……」
アヤセが報酬の話になり、俄かに活気づいた様子を見て、先ほどまで気を良くしていたマリーの心は曇る。
ラタスへのお使いの直前からその兆しは見え始めていたが、ここ最近になり、アヤセが金銭への関心を益々高めていることに彼女は気付いており、憂慮していた。
「……(アヤセさんは一体何にお金を使っているのかしら? まさか、無いと思うけど、本当に女の人につぎ込んでいたりしないでしょうね?)」
今のところアヤセの生活が急に派手になる等の変化は見られない。だが、マリーは、鋭い直感でアヤセが最近行動の幅を広げていることを感じとっており、それが金銭への関心に影響を与えていると考えていた。
マリーの憂いは以前も述べた通り、全くの見当違いで、アヤセはホレイショと船材集めのために金銭を必要としているのに過ぎないのだが、当人がそのことをマリーに伝えていないこともあり、彼女は疑いを払拭することができず悶々とした思いを抱え今に至っている。
「アヤセさん、聞いてもいいですか?」
思い切ってマリーは核心に迫ることにする。先ほどの浮かれていた様子から打って変わり、真剣な表情に変わったマリーに気付いたアヤセは、その変貌に戸惑いを覚える。
「前も聞きましたが、アヤセさんの様子を見ていると、やっぱりまとまった額のお金を必要としているように思うのですが、それは今でも変わっていませんよね?」
「えっ? そ、そう見えますか?」
「大人の人に、自分で稼いだお金の使い方を聞くなんてどうかなって思いますが、以前、私に十万ルピアをためらいもなく渡すくらい、お金にこだわりを見せなかったアヤセさんが、最近、売上金額を気にしているように感じて心配しています。何か良くないことに手を出していないか聞くことは、パートナーとして私は、当然だと思っています」
「……」
(うーん、そんなつもりは無いのだが、マリーさんに心配されるくらい、お金にこだわっていると見られていたか。ホレイショとのことを話せば誤解も解けると思うのだが、どうすべきか?)
何もマリーが心配しているようなことをしている訳では無いので、ありのままをマリーに伝えればいいのだが、アヤセが懸念しているのは、帝国のスパイの動きである。
(今一番注意しなければならないのは、自分の活動をなまじ知ることによって、マリーさんを反帝国のイベントとも言える動きに巻き込んでしまうことなのだよな。マリーさんに迷惑をかけるのは避けたいのだけど……)
「……」
マリーにどの様に伝えたら良いかと迷うアヤセ。マリーに累が及ばないように気遣い、言葉を選んでいたのだが、疑いの目を向ける彼女は、アヤセが煮え切らない態度をとっていると誤解する。
「私には言えないんですね……(まさか、本当に!)」
「い、いえ、そういうことではありません。確かにマリーさんが言われるように、自分が大金を必要としていることは事実です。ですが、何もやましいことがある訳ではありません」
「じゃあ、どんな理由なのですか? やましくないのでしたら私にも言えますよね?」
「えーと、それは……」
「ほら、言えないじゃないですか!」
「そういう訳ではありません。具体的な話は、込み入った事情がありますので控えますが、簡単に言うと、フレンドとある事業を行っていますので、その運用資金が必要なのです」
「ふーん、お友達と『事業』ですか?」
マリーはジトッとした目つきでアヤセを一瞥する。その目はとてもではないが、それだけでアヤセの言っていることを信じる訳にはいかないと語っていた。
「そのフレンド? の方って信用できるのですか?」
「ええ、勿論です。こう言っては何ですが、最近はマリーさんといるより一緒に過ごす時間も長いので、嫌でも人となりが分かってしまいます。今では自分の信頼できる『相棒』とも言える存在です」
「なっ……!? 『相棒』!」
私より一緒にいる時間が長い? 「相棒」と呼ぶに相応しい存在? その言葉を聞き、マリーは愕然とする。
「……(確かに、アヤセさんとの取り決めでは、私以外の人とビジネスパートナーになってはいけないという内容ではなかったけど、いつの間にかそこまで深い仲になっていたなんて、油断していたわ。い、いいえ、これはアヤセさんの将来性を見越した女が、『相棒』とか体のいいことを言って、アヤセさんからお金をむしり取っているかもしれないじゃない! ドラマとかでそんな話を見たことがあるもの!)」
アヤセの言う「相棒」の性別を聞けば、誤解もすぐに解消するのだが、嫉妬で冷静さを欠いたマリーは、端から女性と決めつけ、そこまで考えが及ばない。
「アヤセさん、私をその人に会わせてくれませんか?」
「えっ!? 会わせる?」
「そう、です。その人が信用できるのか、私とアヤセさんとの『パートナー』契約に今後トラブルが起きないか確かめる必要があります。それも早いうちにですっ!!」
理論が飛躍したマリーの申し出にアヤセは困惑を隠せない。何故、マリーはそんなにホレイショに会いたがるのだろうか?
(まぁ、マリーさんもホレイショも、ナポレオン戦争の年代に興味がある、いわば共通の趣味を持った者同士だから、話は合うかもしれないけど。だけど、ホレイショを紹介することは自然と自分の現状も知らせないといけないからな……)
「……紹介することはやぶさかではありませんが、マリーさんは知らなくてもいいことを知ってしまうかもしれません。それによって今後の生活に影響が出る可能性がありますが、それでもよろしいでしょうか?」
「当然です! 知らなくて後悔するよりも知って後悔した方がいいと思っています。それに、アヤセさんのためなら私、どんな現実でも受け入れる覚悟はできています!」
固い決意を秘め、マリーは力強く応じる。
(マリーさんがそこまで決意を固めているとは知らなかったな。そうと決まれば早速ホレイショに会わせる段取りを取るとしよう。考えようによっては、マリーさんは優秀な縫帆手 (セイルメイカー)になり得るから、造船の協力をしてくれるなら頼りになるかもしれない)
(もし、アヤセさんが騙されているならば私は、それを止めなくちゃいけない! ここが正念場よ、頑張るのよ、マリー!)
こうして二人の話は、全く別方向を向いたまま、まとまった。




