52_プロローグ
「皆も知ってのとおり、先般、『樹氷回廊』九合目ボスの『スノーフェアリー・クイーン』が撃破された。倒したのはクラン『アウトローズ☆エデン』所属の者達だ」
エルザの鋭い声が静まりかえった集会場に響き渡る。
ここは、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の集会場である。クラン幹部全員が参席した室内の空気は非常に重苦しい。原因はエルザが冒頭で説明したとおり、長らく自分達の攻略を足止めしていたエリアボスが他のクランによって撃破されたためだ。この事実は常に攻略の先頭を走っていたエルザ達にとって、容易に受け入れられるものではなかった。
「樹氷回廊」の全ボス初撃破は、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」が当初から掲げていた目標であり、達成の暁には報酬として、帝国軍からクランに対して旅団相当の待遇と権限が与えられるはずだった。結果として、九合目のボス撃破が他のクランに先を越されてしまったことによって、エルザ達の積み上げてきた実績は全て無と化してしまったのである。
今回ばかりは、エルザも失望を隠しきれない。ただ、彼女の失望は帝国軍からの報酬が得られないことに対してではなく、攻略の先頭の座を明け渡した結果に対してであった。
「『スノーフェアリー・クイーン』を撃破したクラン『アウトローズ☆エデン』は、今まで我々の後塵を拝してきた精々四、五番手くらいのクランで、今までの常識で考えるとあのボスを倒せるほどの実力があるとは到底思えない。何故彼らは我々が倒せなかった相手を倒すことができたのか? この理由を突きとめない限り、我々は今後も九合目で足止めされ、彼らの背中を追う立場に置かれることになる。皆に見解や意見があれば聞かせて欲しい」
幹部達はエルザに意見を求められるが、発言する者はおらず黙りこんでいる。多くの者がエルザの失望を目の当たりにして、自分達の不甲斐なさを心の中で悔やみ、クランが初めて後れをとったことに危機感を抱いているが、中にはそのような意識を欠いた者もいる。
「メンテ明けのレベル上限開放も今回無かったしな。理由なんて分かんねぇよ」
「そーそー。うちらに聞かれたって分からないよねー。団長なんだから自分で考えろっつーの☆」
クリードが小声で悪態をつくと、隣に座るなるるんが、同じく小声でニシシと笑ながら応じる。
「……おい、貴様等」
なるるん達と同じくらいの声量だが、威圧的で迫力のある声が二人の心臓を鷲掴みする。声の主は、エルザが座する上座を正面として右側先頭に席が与えられた男性幹部である。モンスターのオーガに匹敵する大柄な体を漆黒の甲冑で頭からつま先まで固めている外見は、周囲の者に自然と恐れを抱かせる迫力があった。
「貴様等、団長を愚弄するか」
クリードとなるるんを睨み付ける甲冑姿の幹部。言動や態度からエルザに陰口を叩いた二人に立腹している様子が容易に見て取れる。二人は丹田に響く男の声を聞くだけですくみ上がり声も出せない。また、他の幹部達にも緊張が走った。
「岩鉄」
「……」
「止せ」
「ハッ!」
エルザが静かに命令し、甲冑姿の男はそれに従い怒気を収める。それに伴い、クリードとなるるんは、冷や汗にまみれた顔で大きく息を吐き出し安堵の様子を見せた。
二人を威圧した男の名は岩鉄という。クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の第一パーティーの隊長を務め、クランでは、アイオスに次ぐ序列第三位の地位にある。彼が率いる第一パーティーは、エルザと行動を共にして攻略に当たる言わば親衛隊のような役割を担っている。エルザの身辺を常に護る岩鉄は、彼女に対して揺るぎない忠誠心を持っており、それは崇拝の域にまで達していると言えた。
「私は皆に忌憚ない意見を求めている。もし、原因が私にあるならば批判も甘んじなければならない。それをお前がそのように威圧したら貴重な意見が出てこなくなる。こんな真似は以後慎め」
「お言葉ですが、団長の非は絶対に有り得ません」
「私だって間違いを犯す。絶対はないぞ」
「自分にとって団長は絶対です」
「岩鉄!」
「まあ、まあ、お二人とも、今回の件について団長に原因があるなんて誰一人思っておりません。それより話を本題に戻しましょう」
エルザが頑迷な岩鉄を強くたしなめるが、アイオスが間に入って会議を本筋に戻そうとする。この取りなしにより、二人はこれ以上何も言わず副長に進行を委ねることにした。
運営が定期的に実施するメンテナンスの終了後には、大抵基礎レベルの上限が引上げられたり、強力な装備品が登場したりすることが多い。クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」は、こうしたメンテナンス明けの上限開放を狙って、パワーレベリングと生産部門による鍛冶・錬金のフル稼働で、一気に他のクランを引き離す方法で攻略勢の先頭を走ってきた。
しかし、先日の大掛かりなメンテナンス終了時に発表された更新内容の中に「上限開放」に関する事項は一切含まれていなかった。アイオスが前回の幹部会議でもっともらしく披露した予想はものの見事に外れたのであるが、その一方で自身のクランの強化が図れないとはいえ、このことは他のクランも条件が同じなのだから、本来だったら「樹氷回廊」九合目のボスが撃破されるような事態は起こらないはずである。その点は先ほど悪態をついたクリードのみならず、他の幹部達も疑問を感じていた。
「基礎レベルの上限が開放されず、装備品のグレードアップも無かったことですから、通常でしたら我々が後れを取る理由が全く無い訳です。皆原因が分からず首を捻っているのですが、私は二点ほど仮説を立ててみました」
「話してくれ」
エルザがアイオスに先を促す。アイオスはそれを受け、得意そうな顔をして話を続ける。
「仮説の一点目はパワーレベリングです。クラン『アウトローズ☆エデン』の団員達のレベリングが何らかの方法で捗り、団員達の底上げが我々以上に図られ、ボスを倒すほどの戦力に至ったというものです。ただし、この仮説は現実的とは言えません」
基礎レベル―――。プレイヤーの強さを測るバロメーターのようなもので、一般的に基礎レベルが高い団員を多く抱えるクランほど「強いクラン」ということになる。
現時点での上限レベルは85であり、上限に近付くほどレベルアップに必要な経験値も増え、一方で同じ敵を倒し続けても獲得経験値が減ることから、最高レベルに達するまでには、膨大な手間と時間が必要になる。クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」でも高レベルの戦闘職団員が数多く所属しているが、レベルカンストをしている者は団長のエルザに岩鉄、その他数名程度に留まる。最もこれでも多い方で、トップクランに分類されるクランであっても、レベルカンストしている団員が一人もいないというケースも少なくない。
アイオスは、そういった現状の中で、クラン「アウトローズ☆エデン」が効率の良いレベリング方法を確立し、カンストプレイヤーを自クランより多く揃えたのではないかと推測した。しかし、本人も言うようにレベリングには時間が必要であり、仮に方法が確立されたとしても、そのような動きがあれば何かしらの兆候が今回のボス撃破より前に必ず現れるはずだが、今までクラン「アウトローズ☆エデン」がそのような動きを一切見せていなかったことからしてもこの仮説は成り立たない。
エルザもアイオスの考えに同感の意を示す。
「確かに、レベリングは一朝一夕でできるものでは無い。副長の言うとおりこの仮説では説明がつかないな。それで、二点目は?」
「はい、二つ目の仮説ですが、当該クランが特殊なアイテム類の確保に成功したのではないかということです。団長は、『樹氷回廊』九合目のボスフィールドのギミックを覚えておいででしょうか?」
「ああ、勿論忘れるはずはない。ボスフィールドに等間隔で設けられている篝火台のことだろう? 『スノーフェアリー・クイーン』攻略には、篝火を灯して守り抜くことが重要だという認識を皆で共有しているはずだ」
「はい、仰る通りです。篝火はボスの特殊攻撃を弱体化し、こちらのステータスを上昇させる効果があります。効果の強弱は、灯した個数で決まりますから、多くの篝火を灯すことが求められるのです」
「そうだ。しかし、そうは簡単にいかない。篝火はボスの攻撃で簡単に消されてしまうし、そもそもそれを灯す人員を回すと、ボスに当たる人数が減るからどうしても苦戦を強いられることになる。何度も点火と戦闘の人員調整をして、挑戦してきたが結局上手くいったことが一度としてなかった」
エルザは、その時の様子を思い出し、整った眉をひそめる。多くの篝火への点火を素早く行うためには、人員を分散させる必要があるが、嫌らしいことにボスは単独行動で点火に回る者や苦労して点火した篝火を優先的に狙って攻撃をしてくる。かといって戦闘員に比重をおいてボスと対峙すると、点火数が足りず篝火の効果が弱まり最終的に力負けをしてしまう。エルザ達は人員配置を試行錯誤して何度も挑戦してきたが、その度に失敗を繰り返していた。
「ええ。本当に嫌らしい相手です。一方でこのボスは、篝火の点火と死守さえできれば、ある程度実力の劣る者達であっても攻略のチャンスが生まれると言えます」
「そうだな。篝火さえ何とかなれば、団員の平均基礎レベルが我々より低いクランでも十分攻略可能だろう。……それで副長は、クラン『アウトローズ☆エデン』がその手段となるアイテムか装備品を手に入れたと考えたのか」
「御明察、恐れ入ります。使用したアイテム類の効果に入手経路等、検証する事項が多くありますが、少なくともパワーレベリングの線より有力な仮説かと思われます。実際に我々もそのようなアイテム等を入手した経験がありますので」
「……これで今後の方針はある程度見えてきたな。我々もある特定の場面で絶大な効果を発揮する特殊なアイテムや装備品を充実させる必要がありそうだ」
「はい、私は団長のお考えに賛同いたします。他の方はいかがでしょうか?」
アイオスは参席している幹部達へ目を向け、賛否を問う。
「団長が望むならそれに従うのみ」
岩鉄が力強く同意を表明する。クランのナンバー2と3が賛同を示した以上、他の幹部達で異を唱えることができる者はいない。このクランでパターン化している沈黙をもって賛同が示され、方針が決定された。
「よし、攻略班は引き続き『樹氷回廊』九合目の攻略及びレベリングを継続、そして、アイテム類の調達は、サポート班と生産部門が中心となり進めて欲しい。クラン『アウトローズ☆エデン』のウォッチも忘れるな。後ほど、各幹部は、班員に方針を周知徹底しておくこと」
「団長、調達は、攻略班の方々にもお手伝いいただきたいのですが」
「攻略班を? まさか、副長はまた戦争イベントを利用するつもりなのか?」
「ポートキングストンやブルボンヌ地方の諸都市では、大変ユニークなアイテムが手に入りました。我々の方針に沿った戦略を考えると近道は、戦争イベントに便乗することであるのは明白です」
エルザは険しい顔つきでアイオスを睨む。
「私は戦争イベントへの参加は前々より反対している。人の不幸に付け込んだ火事場泥棒のようなやり方は気に入らないな。それに本来プレイヤーは国家に干渉したり、されたりせず自由に冒険するものだと思うが、いくら見返りが魅力的とはいえ、最近帝国への肩入れが過ぎるのではないか?」
「帝国が大陸統一を掲げる根幹は、各国によって引き起こされる戦乱の終息です。大陸が一つにまとまれば、我々も攻略に益々傾注できるものと思われます。それに戦争イベントに参加しているクランは他にもあります。場合によっては、その者達に貴重なアイテム類を譲ることになり、我々が更に不利な立場に立たされることになるでしょう。団長は我々が他のクランに後れを取ることを望んでおられるのですか?」
「そんなことは……無い。だが、アイテム等の入手は他にも方法があるはずだ。例えば、ポテンシャルなどはどうだ?」
エルザの提案を聞き、アイオスは大袈裟に肩をすくめ、ため息をついて見せる。
「また、ポテンシャルですか……。お言葉ですが団長、ポテンシャルについては先日報告しましたとおり、前回の幹部会議以降、二人ほどアイテムマスターを勧誘して検証を重ねてきましたが、いずれも大した成果も得られず放逐したことをお忘れですか? おそらく今後もアイテムマスターが有用なアイテムを作り出すことは、かなり難しいと私は考えます」
「……」
エルザは反論ができず黙り込んでしまう。アイオスの言うとおりアヤセが退団した後、絶対数が少ないアイテムマスターを二人ほど何とか見つけ出し、クランに迎え入れたのだが、いずれも検証の結果が散々なものだった。効率的な観点から不確定要素が高いアイテムマスターによるポテンシャル付与に頼るよりも、戦争イベントで敵国の宝物庫から戦利品を分捕った方が手っ取り早いのは、エルザも分かっていた。
「我々が再び挽回し、名実共に『トップクラン』として君臨するためには必要なことであります。最も、我々が攻略の速度を速めることは、他のプレイヤーにとっても恩恵を受けることになるのです。都合のいいことに現在、帝国軍は遅滞気味だった大陸東部の王国侵攻を計画しています。かの国はキングストン公国や南部諸都市よりも規模が大きいですから見返りもその分期待できるかと思います。……団長、御決断を。我々のクランの生き死にのみならず、大陸の趨勢がかかっております。賢明な御判断を何卒お願いいたします」
アイオスは、エルザに決断を迫った。
前回投稿して以降、気付いたら1年以上経過していたのに今更ながら気付きました…。
まずは、続きの上梓が大変遅くなりましたことをお詫びいたします。言い訳になってしまいますが、「章全部を書き終えてからアップしよう」と考えていたら、仕事で急に大きな問題が湧き上がって忙しくなったり、新型コロナに感染したり(これにかかったあと、急に作品に対して意欲が無くなり、しばらく書くのを止めてしまいました)して、続きが書き上げられないまま時間だけが経過してしまいました。
今回、第四章(と関連する幕間 (サイドストーリー))が出来上がりましたので、今更ながらアップをさせていただきます。よろしかったら、時間つぶしに一読くださいますと幸いです。
第四章のお届けは、本日より毎日1話、午前1時にアップしていく予定です(仕事の都合で1時にアップできない際は日時を変更する場合があります)。
なお、話数は現在、第四章で26話、幕間で4話の合計30話を予定しています。
それでは、お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。




