51_エピローグ
「さぁ、諸君、今夜は無礼講だ! 大いに飲んでくれ給え!」
ギー隊長が今日一番の気炎を上げ、モリス主計長以下幹部達が歓声でそれに応える。
盛り上がる衛兵隊の幹部達が、酒を次から次へと飲み干す姿を尻目に、アヤセはインベントリから「湿原の湧水 (ラタス)」を取り出し、チェイサー代わりに飲む。
(アメリーさんが自分の後ろに控えて頻繁にお酌をしてくれるから、飲み過ぎてしまったな。それにしても衛兵隊の幹部達の酒量が多いこと。ただ、自分が知っている中で一番酒が強い人は、間違いなくマリーさんだな)
アヤセは、マリーと引っ越し祝い(とアヤセが口を滑らせてマリーを怒らせてしまったことへのお詫び)で食事に行った時のことを思い出す。
上機嫌のマリーが、一人で大樽を空ける勢いでビールを飲む様子に、アヤセは、ただただ驚嘆するばかりであった。おそらくマリーの酒量は、目の前の並み居る衛兵隊の幹部達よりも更に上をいくだろう。
人は見かけによらない、世の中には上には上がいる……。そんなことを思い知らされたような気がする。
(それにしても、今回のラタスでの四日間の体験は、マリーさんへの良い土産話になったな。ん…? 四日? 土産? マリーさん? あれ、何か大事なことを忘れていたような……!?)
今日は、アヤセが王都を出発して四日目である。アヤセの頭の中で、記憶が混ざりあい、そしてそれが形作られた瞬間、心地よく頭を回っていた酔いが冷水を浴びせられたように一気に醒めた。
「ああーっしまった! 今日だったんだ! 忘れていた!」
おもむろに席から立ち上がり、大きな声で叫ぶアヤセを、衛兵隊の幹部達は話を止め、一斉に目を向ける。
リザードマンのドロップ品を売却して、ホレイショへの送金が済み、心置きなく討伐作戦に参加できると思っていた一方で何か忘れているような気がしたが、思い出せないためそのまま放置してしまっていた。あの時アヤセが思い出さなければならなかったことは、マリーとの約束だったのだ!
「アヤセさん、大丈夫ですか?」
アヤセの傍らでかいがいしく給仕をしていたアメリーが心配そうに尋ねる。他の者達も急に大声を出して立ち上がり、深刻そうな表情をするアヤセを気遣うように見る。
「あっ、済みません。急に大きな声を出してしまいまして……。実は、今日王都で人と会う大事な予定があったのを忘れていたのです」
「えっ!? 今日ですか?」
「ええ、自分の商売上の話で今日戻らないと信用を失いかねないくらい大事な用事なのです。それを忘れていたなんて、自分は何て馬鹿なんだ!」
時刻は既に午後九時を回っており、いくら無銘の刀のポテンシャル「鞘の内」で夜通し走ったところで、日付が変わるまでにアヤセが王都にたどり着くのは、不可能である。アヤセの深刻な事情を聞き、アメリーのみならず他の衛兵隊幹部達も土台無理な話にどうすることもできず押し黙ってしまう。
「それなら『ファストトラベル』を使えばいい」
狼狽するアヤセにギー隊長が一つ提案する。
「ファストトラベル、でしょうか?」
「教会に設置されている移動装置みたいなものだ。主要都市の教会にしか置かれていないが、幸いラタスにはそれがある。王都ならおおよそ二時間で移動できるぞ」
さすがに移動時間はかかるようだが、それが二時間程度であるならば王都からマリーの住居への移動時間を含めても、ファストトラベルを利用すれば、何とかその日のうちにマリーの元にたどり着けそうだった。
「確か料金が五千ルピアほどかかるが、今の君には問題なかろう。急いだ方がいい。まだ間に合うはずだ」
ギー隊長はアヤセに出発を促す。所要時間や料金から、何やら航空会社の国内線を連想させる仕組みであるが、今のアヤセにとってファストトラベルは、渡りに船であることに変わりはない。
「そうですね。早速向かいたいと思います。慌ただしくなって申し訳ありませんが、自分はここで失礼させていただきます。色々とお世話になりました」
「アヤセ君には何日かここに留まり、ポテンシャルの付与等を依頼したかったが、急用ならば仕方あるまい。我々こそ世話になった。もしかしたら、次に会うのはだいぶ後になるかもしれないが、ラタスを訪れた際は、是非ここに寄ってくれ給え。君ならいつでも歓迎だ。それと、教会までの案内を付けよう」
ギー隊長はそう言いながらアメリーに視線を送る。アヤセの突然の辞去を聞き動揺を見せていたアメリーであるが、ギー隊長の意図を理解して頷き返した。
「それでしたら、私が案内しま……」
「いえ、教会の位置は把握していますし、何より急ぐ必要があります。おそらく自分一人の方が早いと思いますので、お気持ちだけで結構です」
落胆するアメリーを横目にギー隊長はアヤセの鈍さにため息をつくが、その言い分も一理あると考え直し、送別の言葉をかけることにする。
「君って男は……。しかしまぁ、確かに場所が分かるのなら君一人の方が早いのかもしれないな。気を付けて帰り給えよ。あと、ダミアン殿にもよろしくな」
「はい、必ず伝えます。皆さんもありがとうございました」
出口の前で幹部や給仕を務める衛兵達に頭を下げ、アヤセは退出する。最後は慌ただしく不作法であったが、既に思考はマリーの元に向かうことだけに集中している。残された時間もそれほど多くはない。勝負はおそらく王都の教会からマリーの住居までの移動であろうとアヤセは感じていた。
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フレンドコールにアヤセは出ない。マリーは今日何度目になるか分からない呼び出しを止め、ため息を漏らした。
マリーは、オンラインショップに自身の服を出品する今日という日を心待ちにしていた。朝から準備も入念に整え、後は立ち会いを依頼していたアヤセを待つばかりであったが、午後九時を過ぎてもアヤセは現われず、心配になったマリーが、フレンドコールを幾度もなくかけているものの、当人がログイン中にも関わらず、マリーからのコールを一切取ることはない。
「アヤセさんは私との約束を忘れているのかしら? それとも、出品の立ち会いなんて面倒くさいと思い直したとか。図々しいお願いをする女だと思ってコールに出てくれないのかな……?」
マリーは再度ため息を漏らす。傍らでは元気のないマリーを案じ、三匹のテイムモンスター達が集まっている。そのうち、亀のターちゃんが短い前足でマリーの足をポンポンと叩く。
「そうよね……。アヤセさんは、そんな態度を取ったりしないわよね。でも……」
マリーが時計に目をやると、時刻は午後十一時四十五分を回り、もうすぐ日付が変ろうとしている。一体アヤセはどこにいるのだろうか?
マリーは、再びため息を漏らす。
アヤセを待つ傍らマリーは、一日中掲示板に張り付き、昨日ラタスで急きょ発出された特別クエストに関するスレッドを読み漁った。そしてそれを通して深緑装備に身を固めた一人のアイテムマスターのプレイヤーがクエストの中心となり、めざましい活躍を遂げていたことを把握している。名前こそ分からなかったが、このプレイヤーは職業、場所、特徴的な装備品等からアヤセのことで間違いないとマリーは確信を持っていた。
掲示板では、深緑装備のプレイヤーと高レベルPKが演じた激闘の経過が詳しく書き込まれており、アヤセと思しきプレイヤーの無謀とも言える立ち回りにマリーは、心配を募らせたのだが、それとは別の憂いも同時に抱いた。
「ラタスでは、かなり活躍したみたいだし、アヤセさんのことが気になる人が出てきてもおかしくないわね……」
掲示板には、アヤセと思しきプレイヤーの周りでは、ラタス衛兵隊のNPC衛兵や、クラン「蒼き騎士団」の幹部といった女性(しかも二人ともかなり美人らしい)がいたとの書き込みがあった。もしかしたら、アヤセはそんな女性衛兵やプレイヤー達と、作戦を通して一体感を強めて親密になり、今一緒に特別な時間を過ごしているかもしれない……。そう思うと、マリーの胸は次第に苦しさを増していく。
「アヤセさん……」
アヤセのことを想いマリーは悶々と憂いを積み重ね、目を滲ませるが、ここでウサギのラビちゃんが大きな耳がピンと立たせ、何かの音を聞き取るような仕草を見せる。
「えっ? 何?」
ラビちゃんの様子を見た猫のスーちゃんが鋭い声で鳴き、亀のターちゃんがマリーの前足をバシバシ叩き、それぞれ何かを訴えかける。俄かに騒がしくなったテイムモンスター達にマリーは当惑する。
「みんなどうしたの? どうしてそんなにソワソワしているの?」
理由をテイムモンスター達に尋ねたところで、居室の入り口ドアから大きな音が響く。
「マリーさん、夜分遅くに済みません。アヤセです。開けてください。まだ起きていますか?」
「……!! アヤセさん!」
三匹のテイムモンスターと共に急ぎ入り口に駆け出すマリー。もどかし気に鍵を開け、扉を開け放つ。
「伺うのが遅くなってしまい、申し訳ございません!」
脱帽し腰を直角に曲げ、お辞儀をするアヤセ。目の前にいる深緑装備の男は何故か全身ずぶ濡れで、髪の毛や袖から大量の水滴を滴らせている。雨は降っていないはずなのに不可思議な姿をしているアヤセにマリーは面食らいつつ尋ねる。
「あ、あの、こんなに濡れて一体どうしたのですか?」
「これは、教会からこちらに伺う際に、近道をしようとしまして……」
アヤセはびしょ濡れの顔をドルマンの袖で拭い、ばつが悪そうな顔をして説明を続ける。
「途中の運河を、行き交う船に飛び移って渡ろうとしたのですが、足を踏み外して、落ちてしまい、ずぶ濡れになってしまいました。ですが、何とか本日中に間に合わせたいという思いで、自力で泳ぎきってショートカットに成功したという経緯でありまして……。まぁ、その、時間が時間ですが」
マリーが時計に目をやると時刻は午後十一時五十七分を指していた。二人が交わした「四日後の訪問」という約束は一応果たしているのだが、アヤセ本人が言うようにさすがに時間が時間である。
「……」
マリーの表情は、一見困ったような顔をしているが、押し黙って口を開かず無言でアヤセを見つめる様子から、内面の感情まで窺い知るのは難しい。
「マリーさん?」
「そうですね。確かにこの時間になって来るのは非常識だと思います」
「仰るとおりです……。マリーさんの初出品に水を差すかたちになって申し訳ございません。今回は時間も時間ですし、出品は別の日に改めるとのことでしたら、いつでも構いませんので指定してください。今度は時間にも気を付けます」
顔を伏せ、小声で返答するアヤセ。それを受け、マリーは言葉を続ける。
「アヤセさん、私、始めアヤセさんの顔を見たとき本当は怒ろうと思っていたんです。私がどれだけアヤセさんが来るのを心待ちにしていたか、どれだけ初めて服を出品するのを不安に感じていたか知って欲しいと思っていました」
「……」
「でも、それとは別に、こうして私との約束を守ってくれたことや、ラタスから無事に帰って来てくれてほっとしているというか、安心したっていう気持ちもあるのです。……自分でもどっちの気持ちが強いんだろうって、正直分からないんです」
マリーは、視線をアヤセから逸らし、しばらく床を見ていたが唐突に目をつむり、頭をブンブンと勢いよく振る。
「あーもう、考えてもダメですね! やっぱり久しぶりにアヤセさんに会えて私、嬉しいんです。これだけは本当の気持ちです! ですから、出品も今からやりましょう! そして、その後はラタスでのお話しを聞かせてくださいね」
「こんな時間に伺った自分が言うのも何ですけど、本当に今からでよろしいでしょうか? ログインの多い昼間や夜の早い時間帯の方が、売れ行きが良いかもしれませんが」
「連休で明日も休みですから、まだプレイしている人は沢山いるはずです。でも次はもっと早い時間に出品しますから、遅刻厳禁ですよ。あと、運河はしっかりと橋を渡ってくださいね」
「立ち会いは、今回がマリーさんにとって『初めて』の出品になるから、行うという話ではなかったのでしょうか?」
「あっ、そ、そうでしたね。で、でも売れ残りも出るかもしれませんし……」
マリーはちゃっかりと次回の出品の立ち会いの約束を取り付けようとするが、アヤセに当然のように突っ込まれて焦りを見せる。一方、アヤセはマリーの様子を窺っていたが、やむなしという表情を見せ、それに応じる。
「まぁ、売れ残りが出た場合、その責任は自分にもありますから、次回も立ち会わせていただきます。そうは言っても、マリーさんの力作揃いですから、今夜で完売する可能性が高いかもしれませんね」
「それは実際にやってみないと分かりませんよ。そうと決まれば早速出品です。さぁ、中に入ってください! あと、タオルを持ってきますね」
「ああ、タオルが無くても大丈夫です。一度装備品をインベントリに収納して……」
会話を交わしつつ、マリーと三匹のテイムモンスター達は、嬉しそうにアヤセを居室に招き入れる。
アヤセが訪ねて来るまでは、言いたいことを山ほど考えていたマリーであったが、結局当人の無事な姿を見たら言おうとしていたことが全て吹き飛んでしまった。マリーは、これが惚れた者の弱みなのだろうかと思いつつ、アヤセが約束を守り自身のもとに戻って来てくれたことに、この上ない幸福を感じるのだった。
「……ところでお土産を買ってきてくれるって言っていましたね。どんなお土産か楽しみです!」
「うっ……(しまった! 忘れていた!)」
アヤセの顔からは冷や汗が流れ落ちる。結局、★6の「リザードマンの皮」、「リザードマンの鱗」、「リザードマンの心臓」(マリーに受取りをやんわりと拒否される)を「お土産」として供出し、その場を乗り切ったのだった。
無事に第三章も終わりまで漕ぎつけることができました。この章も後の強大なライバル?になるライデンとの顔合わせのみで終わるはずだったのですが、例の如くアヤセの寄り道せい(?)で、多くのキャラクター達との出会いが生まれました(個人的にはギー隊長とまかろんがお気に入りです)。
第四章も鋭意作成中ですが、いかんせん時間が取れない(毎日一時の投稿でやっと間に合うくらいの帰宅時間で作品を書き上げるのは大変です(長時間労働絶対反対!!))ので、続きを投稿するのは今しばらくお時間を頂戴できれば幸いです。
続きを楽しみに待っている皆さんには、本当に申し訳ありませんが、なるべく
早くお届けできるよう頑張りますのでよろしくお願いします。




