05_無銘の刀(消刻)
ここは、帝都の噴水広場。
アヤセは、今日も回帰地点の噴水広場のベンチに気持ちを沈ませ腰掛けている。
ラタ森林地帯におけるPKとの遭遇及び死に戻りを経験して以来、アヤセは、四度帝国出国を試みている。結果は、今も回帰地点で絶望のどん底に叩き落されていることから分かる通り、全て失敗している。
所持スキル【換骨奪胎】が敵を含めた戦闘中の「参加者全員」に効果が及ぶのは、大変有用であったが、これだけで全てが好転する訳ではない。敵に対するスキル発動は、どうやら、シーフ系の職業が所持するスキル「ドロー」と同じ種類に分類され、一定の距離において、基礎レベルの差(ステータスの差かもしれない)や対象となる装備品の品質と価値によって発動が決定されるらしい。これは実際に二回目の挑戦時にラタ森林地帯で遭遇したPKで試して、高レベルプレイヤーの高級装備品にスキルが発動しなかったことから導き出した結論だ(一方で、低品質、低価値の安物装備はあっさりと回収できた。ちなみにこの時、アヤセに装備を回収されたPKは、偶然にもあのゴブリン装備の戦士だったのだ!)。
一回目に引き続き、二回目も東部への移動中、PKの襲撃により死に戻ったことから、三回目と四回目は、行き先を南部諸国に定め越境を試みたが、国境で厳戒態勢を敷いていた帝国軍に捕まり、間諜の疑いをかけられ、帝都に強制送還された。五回目は、西部を目的地として国内を進んでいたところ、普通なら安全地帯とされている村落で、何故かモンスターの大群に襲われ死に戻った。
アヤセは完全に手詰まりに陥っていたのである。
(これって、いわゆる「詰み」なのか? どこに行ってもここに戻って来るって、本当に心が折れる……)
アヤセは今日何度目か分からないため息をつく。最早、帝国出国は不可能ではないか? そういう考えも浮かんでしまう。
(【換骨奪胎】で、敵の装備品を回収して、マイナス効果のポテンシャルを付与して返還すれば、阻害もできるから、売り込み方次第で、どこかのクランで検証要員として採用してくれるかもしれないが……)
そう考えて、初心を思い出す。
(そもそも、帝国から出国をしたいのは、クランの連中から離れるためだろうに。それに、どこのクランだって、生産職を軽く扱う風潮は似たり寄ったりだ。今更、クランに身を寄せるなんて、本末転倒だな。弱気になっておかしなことを考えてしまった……。だが……)
アヤセの思考は、より後ろ向きになっていく。
(正直、お手上げだ! 東も南も西もどこ行ってもダメ! 帝都には、自分なんて全く歯が立たないくらい強い奴らがいて、そいつらの影に怯えなければならないし、クランに所属するにも奴隷として生きていかなければならないなんて、何のためにゲームをやっているのか分からなくなる! やっぱり、副長が言う通り、自分は無能な存在として、ゲームから引退すべきではないのか?)
理不尽な追放、度重なる帝国出国失敗がアヤセを悲観的にさせる。自分はどうすべきか? 悩んだ末に一つの結論にたどり着く。
(これで最後だ。次に帝国を出国できなければ、引退しよう)
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アヤセは、今回をラストチャンスと位置付け、ありったけの食料と必要なアイテムをかき集め、越境に挑んだ。
行き先は、東部の王国。ただし、前回とルートは異なる。王国までの道のりは、帝都から延びる街道筋を通るのが通常であるが、行き交うプレイヤーを獲物にするPKが途中で待ち構えていた。一方、南部ルートでは、国境周辺に帝国軍が厳戒態勢をとっているため、国境を越えられなかった。PKは、街道筋に現れ、帝国軍は、国境線に陣を構えている。だが、二つは繋がっている訳では無く、両者の間には、網の切れ目のように範囲が及ばない箇所が存在する。つまり、南東部のルートである。
都合が良いことに、南東部には、ラタ森林地帯を流れるバヤン川(この川は帝国と東部を隔てているだけでなく、帝国と南部諸国の国境線の役割も担っている)の流れが緩やかになり、徒渉も可能な場所がある。帝都を出発して二日後に街道から逸れ、モンスターの出没する草原や山を踏破し、更に国境を越え、王都に至るまでは、街道筋を通行するより時間と距離をとられるが、アヤセは、東部と南部それぞれルート上における妨げの間隙を衝けるこのルートに賭けたのだった。
川面から突出している岩場を飛び越え、時には、川に足を浸からせてバヤン川を渡りきる。
水深は膝の少し下程度のものであったが、流れは意外に強く徒渉は困難を極めた。上流が乾期であり、水量が減っていたことも幸いした。もしこれ以上水量が多かったら、徒渉も叶わず川の流れにのまれ再び帝都に死に戻っていただろう。だが、これで念願だった帝国から出国したのだ!
「やった! やったぞ! 遂に、遂に、王国に入ったんだ! ゲームやってて良かった! 生きていて良かった!」
誰もいない川原でアヤセは、喜びを爆発させる。表現がやや大げさだが、今までの苦労を考えるとこのような思考になるも無理は無いかもしれない。
「とまぁ、そうは言ってもここは、国境だし、早いところ街道筋に乗って最寄りの町か村に入りたいな。家に帰るまでが遠足、町か村に入るまでが王国入国ってね」
例えの表現に首を捻るものがあるが、画竜点睛を欠くことがないよう、改めて気を引き締めるアヤセ。ここから王国内の街道までは、まだ距離がある。時刻も夜半を過ぎており、満月が夜空に出て辺りを明るく照らしている。夜はモンスターが昼に比べ強力になることから、急ぐに越したことはない。
川原を横切り、自然堤防の土手に向かおうとするが、その中間地点に不思議な人工物が目についた。それは、周囲三辺を腰の丈程度の低い石の塀で囲み、内部の中心辺りに土台が築かれ、その上に高さ二メートル位の石碑のような物が建てられていた。石碑に花も供えられており、これをひと目見て、アヤセは、以前田舎で目にしたことがある、見通しの良い田んぼの真ん中にポツンと先祖代々の墓が祀られている個人墓地の光景を連想した。
人気の無いこんなところにいかにも怪しいオブジェクトがあることに、違和感を持ち、その場から離れようとするがそれより早く個人アナウンスが鳴り響く。
=個人アナウンス=
フィールドボスと遭遇。エリア内からの離脱ができません。
(フィールドボス!? まずいぞ、離脱できない!)
石碑を中心としてボスエリアが形成される。アヤセも見えない壁に阻まれそこから離れることができない。
(ボスエリアに入ったら、確か、ボスを倒すか死に戻るかしないと外には出られないはずだ。ここまで来て、厄介なことに巻き込まれてしまった!)
不用意にボスエリアに入り込んでしまい、焦るアヤセの目の前でボスがその形を顕していく。見た目は、時代劇で仇討ちのシーンに着る白装束のような上下白の着物衣装を身にまとっている。しかし、その衣装は所々破れ解れ、更に返り血のような、赤い斑点が至る所に付着している。背丈や体格からしてどうやら性別は男性のようだが、裸足で肌は赤紫色に染まり、顔も頭髪が無く、耳と鼻がそぎ落とされ、落ち窪んだ眼窩には眼球も無く、歯が無い口から、うめき声のような低音を終始出している。そして右手は、この不気味な化け物には不相応な美しい刀を手にし、体を地面から二十センチほど宙に浮かせ、時折ガクン、ガクンと首や腕を震わせている。……夜中の人気の全く無いこんなところで、決して遭遇したくない相手であることは間違いなかった。
(見た目からして心臓に悪い相手だ。とりあえず鑑定してみようか)
====鑑定結果====
名前 タダミチの生霊 (ユニークボス)
レベル 30
職業 モンスター(霊体系)
HP 1,566
MP 1,242
装備
武器 無銘の刀(消刻)
頭 なし
外体 なし
内体 血染めの白装束_上
脚 血染めの白装束_下
靴 なし
装飾品 なし
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(こいつは、難敵であることは、疑いようはないな。しかし、白装束に付着しているのは、やっぱり血だったのか! 怖い! 怖すぎる!)
鑑定結果を見て、そう簡単には勝てそうに無いことを認識するアヤセ。すると敵も鑑定されたことを察知してか、アヤセに顔を向け、うめき声のような音を更に響かせた。
(敵がやる気なら、こちらもやるしかない!)
ナイフを構え臨戦態勢に入る。それに対し敵も刀を振りかざし攻撃モーションに入る。
始めに敵がとった動きは、遠距離攻撃だった。振り上げた刀を斬り下ろし真空の刃を飛ばしてくる。以前、ラタ森林地帯で遭遇したPKも似たようなスキルを発動させて風の刃を飛ばしてきたが、それによく似ていた。
風の刃といい真空の刃といい、空気の動きであるので、それ自体だと目で見ることは難しいのだが、アヤセは勘と経験で、敵の刃を飛ばすタイミングと角度から、どこにどのくらいの時間で攻撃が到達するかを予測し、回避と武器受けをしている。本人の技量(プレイヤースキル(PS))は、今までのPKやモンスターとの戦いで着実に磨かれたものであり、死に戻りの経験も決して無駄では無かったのである。
(武器の耐久値も気になるし、前から試してみたかったことを一つ試してみるか)
アヤセは、敵が飛ばしてきた真空の刃を弾き返そうとナイフを振るう。だが、攻撃はアヤセに当たり、まともにダメージを受けてしまった。HPが一割程度減らされる。
アヤセが試みたことは、敵の攻撃を弾いたり受け流したりすることで判定される「ジャストガード」である。通常は盾等の防具で行うことが多いが、これを武器で行おうとしたのである。
ちなみにジャストガードが成功すると装備品の耐久値が減少せず、また場合によっては、相手が武器を落としたり、体勢が崩れて隙を作り出せる等のアドバンテージが生まれる。ジャストガードは装備品の優劣を問わずできるので、アヤセのように装備品に不安が残るプレイヤーにとって有用であるが、成否の判定がシビアで万が一失敗した際、大きな隙が生じてしまい、取り返しのつかないミスに繋がる恐れがある。
(少しタイミングが早かったな。よし、もう一回!)
二度目の挑戦は、タイミングが遅かったようで、またダメージをHP一割程度受けてしまう。
(まぁ、武器も小型のナイフだし中々難しいな。だが、タイミングは掴めてきたぞ)
敵が、三撃目を放ってくる。放ってくる角度や距離は先ほどとほぼ同じだ。
(これならいける!)
敵から放たれた真空の刃は、アヤセの予測したタイミングと場所に届く。その瞬間、アヤセは、攻撃を弾き返すべくナイフ持った右腕を横切りに振りぬいた。
軽快な衝撃音とともに真空の刃は弾き返される。そしてそれは、そのまま敵に命中する。HPは少しだけ減っていた。
(やった! 成功した! 運よく敵の攻撃も反射ダメージになったぞ!)
ジャストガードのコツも掴めたようで、アヤセはその後、立て続けに五回連続で敵の攻撃を弾き返すことに成功し、反射ダメージを与えた。
しかし、HPを減らした敵は、次の攻撃に移っていく。
(速い!)
アヤセに正対していた敵は、素早い動作で移動し、アヤセを翻弄する。宙に浮いて移動するだけあり、目で追うものも何とか見失わないようにするので精一杯だ。一方敵は、アヤセがうかつに仕掛けられないことを察してか、動きを一段と早め、こまめにジグザグに移動しつつ距離を詰めてくる。アヤセが気付いた時には、敵は右横におり、刀を切り下していた。
(クッ!)
全く反応できず、ダメージを食らう。反撃をしようとナイフで敵がいたところを斬りつけるが、既にそこに敵はおらず、十分な間合いを取られてしまっていた。
スピードもあり、重い攻撃は、アヤセのHPを二割程奪った。敵は、更に攻勢を強める。
この後、敵は同じパターンでジグザクに移動し、アヤセの右横から攻撃をしてくる。二回目は、一割程HPを持っていかれたが直撃を避けることができ、それ以降は、アヤセから向かって右方向にジグザグに一定の速度で移動したのち、急に距離を詰め、必ず右横からの攻撃を全く同じモーションで行ってくる挙動を発見し、四回連続して回避かジャストガードで防げるようになっていた。
(いくら早くても、こうも精確だったらパターンも直ぐに分かるというものだ。……だけど、反撃はできないけど)
刃筋から切り下すスピードまで寸分違わぬ精密な挙動にある意味感心するが、プログラムされたものであれば寧ろそれが当然だろうと考えを改める。
埒が明かないと感じたのか、敵は、アヤセの目の前で姿を消した。霊体系のモンスターが実体を隠すのは、それほど驚くことではないが、姿が見えない分だけ厄介だ。正面から姿を現して斬りかかって来るのは可能性が低いだろうから、おそらく、モーションが被る右横を除いた、背後か左横から攻撃を加えて来るのだろうと予測し、注意を向けていたところ、背後で窓ガラスにひびが入るような音がした。それを耳にして、咄嗟に左へ横っ飛びする。だが、完全に避けきれなかったようで、HPが二割程削られた。どうやら姿を消した後、アヤセの背後に素早く移動し、斬りつけてきたようだ。この攻撃は相当威力があるようで、刀が斬りつけた勢いで地面に食い込んでいる。まともに食らったら一撃死も覚悟しなければならないだろう。
だが、ここでアヤセが待ちに待っていたチャンスが訪れる。
=個人アナウンス=
タダミチの生霊の装備「無銘の刀(消刻)」をインベントリに回収しますか?
未だに敵は、地面にめり込んだ刀を抜くことができず手間取っている。その隙を逃さずスキル【換骨奪胎】を発動する。素早い動きで攻撃を加えて来る敵から、武器を回収するのはさすがに難しいが、動きを止めているなら話は別だ。
=個人アナウンス=
スキル【換骨奪胎】を発動。タダミチの生霊の装備「無銘の刀(消刻)」をインベントリに回収しました。
(よし! 上手くいった。この武器の性能はどうだろうか?)
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【武器・中型刀剣】 無銘の刀(消刻) 品質5 価値6
耐久値 540 重量20 斬65 突59 打44 魔50
装備条件:STR 15以上
特殊効果:対:霊体系モンスター攻撃力UP(中)
ポテンシャル(1)…未開放
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(これは、思っていた以上に性能がいいぞ! 何故か都合良く、敵の弱点である霊体系モンスターへの攻撃特性が付いているのは不思議だが、何よりも、この条件なら自分でも装備できる!)
敵の装備が回収可能であることは、鑑定した時点で分かっていた。作戦は、敵の武器を奪って攻撃を封じ、長期戦でHPを削っていくことに勝機を見出すことだった。最も、敵が魔法とか装備に拠らない攻撃方法を持っているケースも多いので、装備を回収したとはいえ勝率が低いことには変わりない。しかし、アヤセにとって嬉しい誤算だったのは、回収した装備が非力なアイテムマスターでも装備可能だったということ、そして、それが見た目通り武器の種類が刀剣だったことであった。
(刀の扱いには慣れている。さぁ、ここから反撃だ!)
刀を奪われたタダミチの生霊からは、特に新たな武器が生み出されるということも無く、素手で殴りつけてくるか、口から魔力の塊の様なものを吐きつけてくる攻撃をするだけだった。
その攻撃を難なく躱し、時にはジャストガードを成功させながら、刀剣で通常攻撃をひたすら繰り返す。形勢は好転していた。
(思った以上にいい流れだ。敵の動きも先ほどより早くないし、これなら他の装備品も回収できるな)
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【防具・内体】血染めの白装束_上 品質4 価値4
耐久値 250 重量5 物 8 魔 7
装備条件:MID 10以上
特殊効果:瘴気(敵のステータスをダウンさせる(小))
対:霊体系モンスター防御力UP(小)
ポテンシャル(1)…未開放
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【防具・脚】血染めの白装束_下 品質4 価値3
耐久値 200 重量5 物 6 魔 9
装備条件:INT 10以上
特殊効果:対:霊体系モンスター防御力UP(小)
ポテンシャル(1)…未開放
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(当然、初期装備より性能がいいな。見た目は恐ろしいが、戦闘中は装備しておいた方がいいかもしれない)
これを着て街中は歩けないだろうが、今は戦闘中だ。性能を重視し早速回収した防具を装備する。
一方、装備を奪われ褌姿になった敵は、防御力を低下させ、更に今まで自分が着ていた白装束の特殊効果でステータスがダウンし、アヤセの攻撃を一方的に食らっている。そのHPは残り一割をきろうとしていた。
「ぐるぁあああぁぅうああーーー!」
その時、突然敵が大きな咆哮を上げる。どうやら、ボスクラスのモンスターがパワーアップするバーストモードに移行したようだった。
敵は体格を二回りほど大きくさせて、身長は二.五メートルくらいになっている。周囲に禍々しいオーラのようなものを纏った褌姿の化け物は、油断ならない相手だと感じさせた。
アヤセの残りHPは四割ほど。念のため回復薬を使い、九割程まで回復をしておく。
(バーストモードになると攻撃パターンが変わるらしいが……。ひとまず様子見かな?)
相手の出方を窺うため距離を置こうとする。だが敵は、両腕を高く掲げ、一気に振り下ろす。すると、敵を中心にした光の輪が、地面を這い中心から瞬時に広がっていった。
(なっ……!?)
光に触れたアヤセは衝撃を受けると同時に、体が動かなくなる。敵は動けなくなったアヤセ目掛け一気に距離を詰めてきて、電柱くらいの太さの脚で蹴りつけた。
蹴りの攻撃を受け、後方へ吹き飛ばされるアヤセ。今の攻撃でHPは半分を割っている。
急いで回復薬を使用し、HPを回復する。
(たった一撃でHPが四割以上も減らされた!? 連続で攻撃を受けたらまずいぞ。それにあの光の輪は、スタン効果があるのか? 単純だけど動きが速い分、面倒なことになりそうだ)
その後、形勢は再び敵有利に傾いていく。スタン効果をもたらす光の輪は、ジャンプ等で躱すことはできず、輪が消える一定の位置まで後退する必要がある。光の輪が消えた後、間合いを詰めようとするが、それに合わせ敵も魔力の塊を口から吐き飛ばしながら逃げ、距離が取れたらすかさず光の輪を発生させ、アヤセが避け損ねて動きが止まったら、殴るか蹴るかの攻撃を加える。一方的な攻勢の前に反撃も叶わず、敵からの被弾も徐々に増え、アヤセはHPを減らされては、なけなしの回復薬を消費していく。回復薬のストックが底をつくのにそれほど時間はかからなかった。
(残された手はあるにはある。だが、リスクが高すぎる)
起死回生を賭ける手段はあるが、あまりにハイリスクなもので、アヤセに二の足を踏ませる。
その手段とは、装備品のポテンシャル付与である。回収した刀や白装束は、タダミチの生霊に有効な特殊効果が付与されていたので、もしかしたら、ポテンシャルも似たようなものが付与される可能性がある。
ただし、今までの経験で、自分が付与したポテンシャルの効果で有用だったものは数える程度しかない。アヤセは、アイテムマスターとして、多くのアイテムを廃品同然に変えてしまった自分の能力に自信が持てなかった。
(無理矢理やらされた、なるるんのクローに付与したポテンシャルは、我ながら笑えたな。しかし、この装備まで同じようになってしまったらと思うと、どうしても躊躇ってしまう……)
アヤセは敵から間合いをとり、目を閉じ深呼吸する。
(だが、このままでは、敵に押し切られて終わりだ。それに、今回の挑戦で最後にするって決めたんだ。だから、結果はダメだったとしても、せめて、せめて最後だけはアイテムマスターとして、悔いを残すことなく全力でぶつかろう!)
決意を固め目を見開くアヤセ。その眼にもう迷いはない。
=個人アナウンス=
「無銘の刀(消刻)」、「血染めの白装束_上」、「血染めの白装束_下」にポテンシャルを付与します。
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【武器・中型刀剣】 無銘の刀(消刻) 品質5 価値5
ポテンシャル(1)…鞘の内
(初太刀の攻撃速度及び威力8倍、一連の技の流れが続く限り全ての
攻撃速度及び威力4倍)
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【防具・内体】血染めの白装束_上 品質3 価値3
ポテンシャル(1)…防御力強化(物 10 魔 10)
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【防具・脚】血染めの白装束_下 品質3 価値2
ポテンシャル(1)…戦慄(周囲のキャラクターを慄然とさせる)
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(これは上手くいったぞ! 「防御力強化」や「戦慄」は大体効果に見当がつくが、「鞘の内」は、攻撃速度や威力の加算倍率からして有用ではあるだろうけど、やり方がよく分からないな?)
抜刀系のスキルと併用の必要があるのか? とりあえず鞘をインベントリから取り出し、白装束の帯に差して納刀を行う。
右手は柄に、左手は鞘にそれぞれ添え、左手の親指で鍔を前に押して鯉口を切り、抜き付けの真似事をしてみる。すると、驚くべき変化が起こった。
敵は、アヤセから距離を取っていたが、魔力の塊を吐き出しつつ、光の輪を放つべく素早く近寄ってきていた。だが、鯉口を切った瞬間、明らかに宙を飛ぶ魔力の塊や敵の動きが鈍ったのだった。それは、全周があたかもスローモーションになったように見えた。
(何だ? 敵の動きが遅くなった?)
鯉口を元に戻すと周りの動きが再び元の速さに戻る。その急激な変化について行けず、魔力の塊が二、三個当たってダメージを受けてしまった。
(こちらの攻撃速度が速くなるから、それに相対して敵の動きが遅く見えるという仕組みなのか! それにこれの発動条件は、抜刀系のスキルじゃない! 自分自身の刀法によるものだ!)
アヤセはそう確信する。四倍判定となる「一連の技の動き」の程度が未だ不明だが、初太刀を繰り出す前の動作もおそらく四倍判定になるだろう。抜刀の技、つまり居合の技は、抜きつける前も技のうちに入るのだから。
再度左手を鞘に添える。動きが遅くなった敵を目に据え、大股に歩を進める。アヤセの目論見どおり、敵の動きは遅く、先ほどのように距離を取れず、何もできないままその場に留まっているように見える。距離はみるみる縮まっていく。
(これでどうだ!)
瞬時、アヤセは鯉口を切り、右手を柄にかける。そして、左手で鞘を引きつつ、刀身を前方上へと抜き出し、自分より少し高い位置にある敵の顔面を斜め斬りに抜き打ちする!
正確な軌道を描き顔面に吸い込まれた斬撃は、初太刀の八倍攻撃として判定され、敵に大ダメージを与えた。ここまで攻撃して未だに敵の動きが遅いことから、四倍判定はまだ生きている。敵のHPは残り僅か。ここで勝負を決めるべく、アヤセは追い討ちをかける!
抜きつけた刀を両手に持ち、諸手突きを鳩尾へ送り込む。この攻撃は、ウィークポイント攻撃のクリティカルが追加される。更に、体を回転して突き刺さった刀を引き抜き、その余勢を駆って腰を横薙ぎして、最後に返す刀で胴体を袈裟斬りした。攻撃判定は途中で技の中断と判断されることはなかった。そして、この連撃を受けて敵のHPは全て消失した。
「グルゥゥルゥワワアアアアアアアーーーー!!」
断末魔の悲鳴とも聞こえる咆哮を辺りに響かせ、オバーアクションでのたうち回るフィールドボス・タダミチの生霊は、派手にエフェクトを散りばめて消えていく。アヤセはその様子を側で眺めていた。
=個人アナウンス=
フィールドボス「タダミチの生霊 (ユニークボス)」を撃破しました。また、当該ボスをプレイヤーの中で初めて撃破しましたので、報酬が追加で贈呈されます。
本人にはその実感がまだ湧かないかもしれないが、アヤセは勝利した。強敵に、しかもソロで初めて勝利した結果は、本人に大きな自信を与えることになった。これは、今回の戦闘で得た経験値や装備品等以上に得難い戦利品になった。
後に「最強アイテムマスター」の名を轟かせるアヤセ――。
彼の躍進は、月光輝く川原の死闘に勝利したこの瞬間をもって始まったのである。