48_共闘
時刻は午前五時を過ぎた。既に日の出を迎え、周囲は木の幹や葉の色まで分かるくらい明るさを増してきている。PK達には最早、闇に紛れた逃亡や衛兵への不意打ちといった選択肢は残されておらず、狭められる包囲の中、衛兵隊に発見・討伐されるのを待つ他ない。
アヤセがチーちゃんの案内に従って着いた幹部達の隠れ場所は、バヤン川の淵にせせり出した大きな岩場の岩陰におおよそ五十メートル四方の河原が広がっている。この河原は、川の流れや岩の配置のお陰で王国側からは視認しづらく大人数が集合して身を隠すには都合のいい条件を備えていた。
アヤセは河原沿いに進み、岩場の切れ目付近で様子を見る。簡易テントやテーブルセットなどが運び込まれたスペースは、野戦指揮所を連想させる。検知した反応は全部で十八。先ほどのチーちゃんの報告より三人多い。ネネコ達は既に到着しているようだった。
クラン「断罪の暗黒天使」の幹部は事前に得た情報によると、ネネコ達や「星見の台地」で青星の矢の餌食になった者を含めて全部で十三人だったはずだが、ここに居る人数はそれよりも多い。その中には、PKと一目で分かる表示が出ている者もいた。
(大当たりだ。ここにはクラン「暗殺兵団」の幹部も混ざっている。衛兵隊の締めつけが功を奏してここで身を潜めているらしいな。……チーちゃん、伝令をお願い)
チーちゃんはアヤセの指示を受け、念話で了解の旨を伝えたあと、素早く飛び立つ。ギー隊長の衛兵隊の精鋭部隊もしばらくすれば到着するだろうから、動向を見守っていれば戦闘をせずともクエストの依頼内容を達成できる。アヤセは、手出しは控えて見つからないようにそのまま様子を観察するつもりでいた。
「お前らどうしてここに来たんだ! 衛兵隊に見つかっちまうじゃねえか!」
一人の男性プレイヤーがほうほうの体で逃げてきたネネコ達を頭ごなしに怒鳴る。
「だって他に行くところないじゃない? 私達、躰を重ねた仲なんだから、これくらい助けてくれて当然でしょ?」
「バカッ! そんなこと、ここで言うんじゃねぇー!」
ネネコが品の無いあけすけな表現を持ち出して話す相手は、おそらくクラン「断罪の暗黒天使」のクランマスター、迅雷であろう。二人の言い争いは、現実世界での夜の際どい話にまで及び、元から河原に潜んでいたプレイヤーのみならず、一緒に逃げてきたマッドやガイもその内容の酷さに顔をしかめている。
「……もういい。こいつがら解放されたのは間違いなく尾行が目的だ。最も、衛兵隊の探索能力はお粗末だから、ここの場所は分からないだろうが、こいつらが捕まったお陰で俺の計画が台無しだ。だから、いつも言っているはずだ。付き合う女はよく選べと。お前が付き合うアバズレのせいで、何かが失敗することはこれが初めてではないぞ」
「兄さん、それは言わない約束でしょ~?」
「お前達のせいで、俺のクランは、クラン『暗殺兵団』のみならず、クラン『断罪の暗黒天使』まで存続の危機に晒されているのだ。……やっぱり、弟のお前にクランを任せるべきではなかった。今回の尻拭いは高くつくぞ!」
「そんなぁ~。兄さん、脅かさないでよぉ~」
猫なで声で許しを請う迅雷。セリフの内容からその相手は、衛兵隊が追い続けるクラン「暗殺兵団」のクランマスター、ラセツであろう。
(まさか、ラセツと迅雷の二人は兄弟だったとは……。それに、ラセツの口ぶりから、クラン「断罪の暗黒天使」は、奴が裏で手を回して迅雷に設立させたようだな。はじめから護衛パーティーのメンバーを食い物にする目的とはいえ、随分とまあ大がかりな仕組みを作ったものだ!)
絶対にこいつらを逃がす訳にはいかない、とアヤセは思う。衛兵隊が到着するまであと僅か。チーちゃんの能力を知らないラセツが、衛兵隊の追跡能力を過小評価しているお陰で、この場からすぐに動くつもりがないのは幸いである。
「まぁ、お前達の処分は後で考える。今はここを切り抜けて帝国あたりに逃げ込むことを考えなければなるまい。ほとぼりが冷めるまで、しばらくここに隠れて、頃合いをみて脱出するぞ」
「ぐえっ!?」
突然、河原の端にいたクラン幹部が妙な声を出してうずくまる。どうやら投石か何かの攻撃を受けたようで、ダメージを負いHPバーを減らしていた。
「何だ、テメーは!」
両クランの幹部達が慌てて周辺に目をやると、岩の上に一人の男が立っていた。
「白のタンクトップと短パン姿だと!? こいつふざけているのか?」
アヤセも幹部達と同様に岩の上に立つ男に目をやるが、それが誰だか分かると軽い目眩に襲われた。
(ライデン! あいつ何をしている!?)
「おいラセツ! それにお前ら! 俺のことハメやがったな!!」
ライデンは、よほど怒りで頭に血が上っているのだろう。自身の姿のことなど全く気にかけず星見の台地からこの河原まで走って来たに違いない。ライデンは、投石で用いた石を捨て、岩場から河原に降り立ち、ラセツ達を睨みつける。
「ライデンか? それより静かにしろ! 衛兵隊に気付かれるだろうが!」
「うるせー! 俺にクソポテンシャルのついた『黄泉返りの腕輪』なんか装備させやがって、どういうつもりだ! 返答次第ではオマエら全員ぶち倒すぞ!」
怒りに駆られるライデンであるが、ふと視線が一点で停止する。ライデンが見つめる先にいたのは、ネネコだった。ライデンの視線を受け、ネネコが心底面倒くさそうな顔をする。
一方でライデンはネネコの態度が見えていないようで、口調を変えネネコに語りかける。
「ネネコさん! 何で今ここにいるのですか? 貴女もこいつらとグルだったのですか?」
「……」
ネネコは何も答えない。ライデンは自身の口から出た言葉が嘘であって欲しいとでも思っているのか、話す言葉が弱々しいものになっている。
「僕に『黄泉返りの腕輪』を付けてくれたとき、ネネコさんは僕の身を案じていると言ってくれましたけど、あれは嘘だったのですか? ネネコさんはポテンシャルのことを知らなかったのですよね? そうだと言ってください!」
ライデンのすがるような問いかけに、ネネコはわざとらしく大きなため息をつく。
「身を案じる? 嘘に決まっているでしょ? バカじゃない?」
「そ、そんな……」
ライデンは絶句する。ネネコの言葉がライデンとって大きなショックだったことは、彼が立眩みのようにふらついている様子からも窺うことができる。
(ライデンに腕輪を付けたのはネネコだったのか! しかし、ライデンには同情するが、もう少し人を見る目はなかったのか? いくら何でもネネコはないだろうに……)
物陰で聞き耳を立てるアヤセも、ライデンとは別の意味で絶句する。
「『黄泉返りの腕輪』って、だいぶ前にライデンに付けたやつ?」
「ああ、多分前々回の襲撃時だったと思うが、伝令でここに来ていたネネコが遊び半分で、フリー参加のライデンに付けた物だ。こいつ、今頃になってやっと気付いたのか」
「確か、ライデンってネネコに気がありそうだって聞いたことがあるけど」
「お前といい、ライデンといい何でこんなアバズレがいいのか分からないな。それにしても、あの時の鼻の下を伸ばしたライデンの顔と言ったら、『紅蓮の暗殺者』という二つ名も形無しという感じだったな!」
「本当? ダッサ! それ、見たかったなー!」
ライデンを嘲笑するラセツと迅雷。他の幹部達もそれに追従するようにライデンを嘲り笑う。
「大体さー、ネネコは俺のオンナだぜ? 人のオンナに何手を出してくれてるワケ?」
「そうよ? 私と迅雷はリアルでも付き合っているのよ? アンタみたいな暗殺バカ、遊びじゃなきゃ相手なんかしないわよ?」
ネネコはライデンに挑発するような目を向け、迅雷にしなだれかかる。迅雷も同様にライデンに目を向けつつ、ネネコの肩を抱き、顎に手をやり、唇を近づける。
「ま、そういうこと。残念だったね、童貞クン」
二人の唇が重なるのを青ざめて凝視するライデン。白のタンクトップと短パン姿の男はすっかり意気消沈してしまったようだった。
「お前に腕輪を付けた理由は、これで分かったと思うが、それでどうする? 何でそんな姿をしているか分からんが、武器も無い状態で俺達を相手にできるとでも思っているのか?」
「兄さん、こいつやっちゃおうよ」
「そうね、見ているのも気持ち悪いから殺っちゃって?」
「そうだな……、こいつを嬲り殺しにして、ついでに『紅蓮の暗殺者』の二つ名は、今日から俺が名乗るとするか」
=個人アナウンス=
スキル【連撃速射】を発動
優越感に浸った笑いを浮かべる迅雷とネネコを突然大量の矢が襲う。不意打ちを食らった二人はそれぞれ何十本もの矢を全身に浴びて、ニヤニヤ笑いのまま、あたかもハリネズミのような恰好となって無様に死に戻った。
=個人アナウンス=
クラン「断罪の暗黒天使」幹部を2体撃破。目標:34/5(達成済)
「むっ!」
ラセツ達クラン「暗殺兵団」の幹部達はアヤセの襲撃に反応し、それぞれ散らばるが、基礎レベルがラセツ達に比べ低い上に、実戦慣れしていないクラン『断罪の暗黒天使』の幹部達は狼狽して辺りを見回すだけだった。
アヤセは、長弓をインベントリに収納して、刀の鯉口を切りつつライデン目掛けて駆け出す。進路上にマッドとガイがいたため、脇を抜けながらの抜き付けで一人を倒し、その後、余勢を駆って振り向きざまに返す刀でもう一人の頸部を横薙ぎする。貧弱な防具が災いし、それぞれ一撃で死に戻る二人を目の端に納めながら、アヤセはライデンの元に走り寄った。
「お、お前はアヤセ……?」
「そんな恰好で十八人ものプレイヤーを相手にするのは、いくらお前でも無謀すぎるのではないか?」
「さっきの俺のこと、見ていたのか?」
「……」
アヤセは答えない。その様子を見てライデンは、アヤセに見苦しいところを見られたと察し、自嘲の意味を込めて鼻をならした。
「それよりも『紅蓮の暗殺者』か。二つ名で呼ばれているプレイヤーは、自分は数えるくらいしか会ったことがない。個人的にPK自体は、全く褒められた行為ではないと思っているが、二つ名持ちの真価が分からないネネコは大馬鹿だ。お前は只の『暗殺バカ』じゃない。確固たる意志で自分のプレイスタイルを貫き通すトッププレイヤーの一人なのだから」
「何だよ急に。そんなに俺のことを褒めて、気持ちの悪い奴だな……」
ライデンは冷めた目でアヤセを見る。その態度は、先ほどの意気消沈したものから今まで見せていた皮肉めいたものに戻っていた。
「それはそうと、PKに暗殺依頼をすることはできるのか?」
「は? 暗殺依頼は、PKじゃなくても『暗殺者ギルド』でクエストとして出せるぜ。場合によっては個人契約ってこともあるしな。受ける受けねーは、プレイヤー次第だ」
「そうか。それでは、自分から『紅蓮の暗殺者』ライデンを見込み、個人契約で依頼をしたい。目の前にいる敵を全員死に戻らせたいから助太刀して欲しい。取り敢えず、報酬の前払い分はこれだ。受け取ってくれ。後払いで成功報酬も用意しよう」
=個人アナウンス=
ライデンさんに以下のアイテムをプレゼントします
・回復薬(小)×5
・炎灼の剣
・クロムソード
・ルビーの耳飾り
・漆黒のエナメルコート
・ハリネズミ柄のTシャツ
・漆黒のエナメルズボン
・エナメルブーツ(茶)
・煌炎の指輪
「なっ!? 個人アナウンスを見てまさかと思っていたが、やっぱり俺の装備品を盗ったのはお前だったのか!」
「『黄泉返りの腕輪』を回収する際にな。返却するつもりだったのだが、お前がどこかに走って行ってしまったから渡せなかったんだ……」
「いや、アイテムや装備品は正当な手段で相手から獲得したならそれは、奪った奴の物だから、これはお前の物だろう。だから報酬としては問題ねー。……依頼を受けるぜ。俺もこいつらのことをぶちのめさないと気が済まないからな! それで、他にオーダーはあるか?」
「今回の討伐作戦は、幹部の捕縛は作戦参加者が対象を死に戻らせることによって行える仕組みになっている。だから、こいつらのトドメは全部自分がさす。奴等を瀕死か状態異常『怪我』に追い込んで戦闘能力を奪ってもらいたい」
「おいおい……、半殺しって加減が大変なんだぜ。だけど、仇討ちでトドメを自分でさしたいから瀕死にしてくれって奴からのクエストも受けたことがあるから何とかなりそうだ。いいぜ、オーダーもオーケーだ」
プレゼントされた回復薬を飲みつつ、ライデンはニヤッと笑う。
「『共闘』はさすがにできねーらしいな。だから俺の攻撃は、お前に当たるから注意しろよ。巻き込まれても知らねーからな」
アヤセは頷く。
「ああ、了解だ。改めてよろしく頼む」
「おい、何をしている!敵はたった二人だ。囲んで殺せ!」
不意に、二人の間に木の小杭や氷の塊が多数飛来する。
「おわっ!?」
小杭はライデンに、氷の塊はアヤセを狙ってしつこく放たれていたが、二人の距離が十メートルほど離れたところで止まった。
「チッ……! 分断されたな」
アヤセとライデンの間に生じた隙間に素早く敵が入り込む。
ラセツの基礎レベルは59、他のクラン「暗殺兵団」の五人の幹部達はおおむね55程度である。また、クラン「断罪の暗黒天使」の幹部達はそれよりも劣り、30台後半から40台半ばくらいのレベル構成であった。
敵は十八人中、先ほどのアヤセの奇襲で四人減らされているため残りは十四人である。数的には相手が有利であるが、ライデンの飛び抜けた実力であれば簡単に状況を覆すことができる。勿論、そのことは敵も十分承知している。
「敵は二人いるが、そのうち一人が低レベルの『あの』アイテムマスターだ。お前達四人はアイツに当たれ。あとは全員ライデンだ。分断して一対多数に持ち込む。とにかく奴を殺れ!」
ラセツの指示に従い、敵全員でそれぞれ分断したライデンとアヤセを囲む。ライデンの相手は、ラセツ以下クラン「暗殺兵団」の幹部とクラン「断罪の暗黒天使」の高レベルの幹部達十人で、一方でアヤセには比較的基礎レベルが低いクラン「断罪の暗黒天使」の幹部達が当たるようだ。ただ、いずれも基礎レベルが38から42ほどあり、レベル27のアヤセにとってはその差が相応にある相手である。
ラセツも先ほどアヤセが迅雷達四人を瞬時に葬った事実から決して侮れない相手であることを認識していたが、ライデンに対して一人でも戦力を振り分けたかったことに加え、アヤセの職業がアイテムマスターであるので、ステータスの地力が他の職業より劣ることから、最終的に力押しでも対処ができると踏んで最低限の人数を当たらせることにした。
「おいおい、随分と舐められたもんだな」
ライデンは不敵に笑う。
「抜かせ。俺達はお前より基礎レベルが低いが、この人数を一度に相手できるか? それに、アイテムマスターを潰したら、すぐに十四人全員でお前に襲いかかるぞ」
「ハッ! ちげーよ。お前達が舐めているのは、『あの』アイテムマスターだよ。たった四人でアイツのことを止められるものか」
「アイテムマスターごとき、四人でも十分に過ぎるだろう」
「ホントに何も分かっちゃいねーな。アイツはな、さっき俺のことを死に戻らせたんだぜ。言っちゃ何だが、『黄泉返りの腕輪』のクソポテンシャルに気付けたのも、アイツのお陰とも言えるかもな」
「何っ? お前が死に戻った!?」
思わず耳を疑いたくなるような、ライデンの言葉の真偽を確かめようとするラセツであるが、背後で悲痛な叫び声が上がり、慌てて声のした方へ顔を向ける。
ラセツが目にしたのは、信じがたい光景だった。
一人のクラン「断罪の暗黒天使」の幹部が、アヤセの上着の袖に首を締められ、地面から五、六メートルも吊り上げられている。この幹部は、先ほどまでアヤセを囲っていた四人のうちの一人である。ちなみに他の三人は、いつの間にか周囲にアイテム等をまき散らしてその場から消え失せていた。
アヤセは、プリスの袖で締め上げていた敵を頭から固い地面に叩きつける。強烈なネック・ハンギング・ツリーからの落とし技で、気分が悪くなるような落下の衝撃音を響かせて無惨にプレイヤーが死に戻る光景は、周りで一部始終を見ていた者達に大きな衝撃を与えた。
「……!」
「な? 四人じゃ足りなかっただろ?」
呆気にとられるラセツにライデンは語りかける。
「それじゃ、俺も仕事をするか。お前ら、俺のことを今まで散々コケにしてくれたな! 借りはきっちり返してやるから覚悟しろよ!」
アヤセから受け取った装備品を改めて身に着け、ライデンはスキル【飛燕剣】、【速歩】、【熱烈剣+】を発動し、攻勢の構えを見せる。
「くっ! 魔法使いは、アイテムマスターを狙え!」
狼狽した魔法使い達は、慌てて魔法を発動し、敵目掛けて小杭や氷の塊で捉えようとするが、既に刀の鯉口を切り、四倍速度で動くアヤセには全く命中しない。魔法を全て避けながら次第に距離を詰めるアヤセに焦りと恐怖を感じ、魔法使い達は無闇矢鱈に魔法を発動するが、それも徒労に終わり、抜き打ちで一人、また一人と切り捨てられた。
「どっちを見ている! 俺もいるぜぇ!」
アヤセに勝るとも劣らない高速の機動でライデンも敵を撹乱する。ラセツ達は二人のスピードに対応できず、アヤセを目で追っている隙にライデンに手足を斬られ、ライデンに狙いを絞ろうとするとアヤセの刀とプリスで仕留められる。二人の即席だが絶妙なコンビネーションの前にクラン幹部達は、次々に死に戻らされるか状態異常「怪我」によって行動不能に陥っていく。
十人の相手を沈黙させるのに十五分もかからなかった。




