46_【閑話】盛り土の向こう側
「僕のスキルは完璧だった……。ツルガのヤツがやられて僕にぶつかってこなければPK共に当たっていたんだ……。まかろんも探知に失敗して、それでPKの攻撃を防ぐこともできないなんてホントに使えない女だ」
アヤセが基礎レベルの低い護衛パーティーのメンバー達のために設けた遮蔽壁代わりの盛り土の陰で青星は小声で悪態をつく。幸いにして彼らを襲ったPKはここまで追ってこなかった。周囲の安全を確認した青星は盛り土に背中を預け、大きく息を吐きながら座り込む。
「はぁぁぁ、危なかった。まかろんのヤツ一応PKを食い止める盾にはなったみたいだな。……PKは二人を倒して満足して帰ってくれたらいいけど」
もし、追ってくるのなら、近接戦が苦手な自身を誰かに護衛させなければならない。クラン「断罪の暗黒天使」の団員は実力的に不安だし、討伐作戦参加プレイヤーは斜面の敵の駆逐に忙殺されている。そうなると北と西の断崖を守っているNPC衛兵くらいしか役に立ちそうなのはいない。
「だったら、僕が北と西の警備の指揮をとればいい」
そうすればNPCの衛兵を自身の周囲に配置できるし、「警備」の名目で、咎められずあの恐ろしいPKから一番遠い位置にいることが許されるので正に一石二鳥だ。
「あのPKは弱いプレイヤーには手を出さないみたいだから、盛り土の内側にいる護衛パーティーのメンバー皆が理想的な盾になるしね。利用できる物を利用して、今度こそ僕のスキルで倒してやるぞ!」
もしかしたら一石三鳥にも四鳥にもなるかもしれない。先ほどまで命の危険を感じていた青星の気分は瞬時に楽観的になる。
「あの、青星さん……」
いつの間にか、青星の前に十人前後の護衛パーティーのメンバー達が立っていた。
「……っ。どうかしましたか?」
不意に自身にかけられた声に、青星は驚くと共に、他人に思考を邪魔されたことで苛立ちを覚えたが、それは態度や顔に出さず立ち上がって爽やかな笑顔で応じる。
青星が立ち上がるのを見計らい、プレイヤーのうち一人が初めに口を開く。
「青星さん、土山の向こう側は、今どうなっているのでしょうか? クラン【断罪の暗黒天使】の団員の人達に聞いても『分からない』としか言いませんし……」
「もし、斜面を守り切れなかったら、私達PKにやられちゃうのですか? 死に戻ったら、お金もありませんので、次は護衛パーティーに加入できません」
「青星様、僕達のこと、守ってくれるんですよね?」
プレイヤー達は次々とすがるように青星に質問を投かける。
低レベルのプレイヤーが自身に助けを求める姿を見て青星は、次第に気を良くした。
(僕はクラン「蒼き騎士団」の幹部だ。僕が弱いプレイヤー達を助けてあげれば、皆僕に感謝する。人によっては泣いて喜ぶくらいだし、僕の実力から言えばそうされても当然だろうけど。強いプレイヤーが弱いプレイヤーを助けるのは当然だ。だが、ウジ虫みたいに弱いプレイヤーも、強い者から助力を得たなら弱い者なりに精一杯賞賛と感謝を表明しなければならないよね!)
……クラン「蒼き騎士団」は低レベルプレイヤーを対象にしたお助けプレイを信条としており、青星もその一員としてクランの活動に多大な貢献をしている。しかし、彼の思想の根底にあるのは、他のトップクランの団員達が持っている、低レベルや生産職のプレイヤーを侮蔑して軽んじるものと何ら変わりはない。それは、お助けプレイをする上で致命的な欠陥であった。
心にそんな思いを持ちつつ、青星は自身のトレードマークと言える爽やかな笑顔を崩すことなく、周りのプレイヤーに答える。
「当然ですよ。今うちのクランの団員が『指揮』して斜面のPKと戦っています。敵はその人達の責任で撃退してくれるでしょう。僕は、もしかしたら北と西の断崖から敵が侵入してくるかもしれませんので、念のため警戒に当たります。……討伐を譲るかたちになりますから、僕自身の討伐数が稼げないのがツライのですけどねっ!」
自信満々な青星の笑顔を見て、皆一様に安堵の表情を浮かべる。場合によっては、彼によって盾にされることも知らずに……。
そんなプレイヤー達を尻目に青星が、台地の奥に移動しようとした時、大きな爆発音が台地中に響きわたる。突然の轟音にプレイヤー達が驚き、一斉に音のした盛り土の外を陰から窺う。青星も皆の肩越しに外の様子を覗き見た。
外では、激しい戦闘が展開されていた。
PKが巨大な火炎の球体を剣から放ち、それを深緑装備のプレイヤーがまともに食らって斜面を滑落する様子は、プレイヤー達に大きな衝撃を与えた。
「ああっ! やられた!」
「あんな強いPKがいるなんて……。私達大丈夫なの?」
「おい見ろよ! あんなにやられたのに、まだ戦うつもりだぜ!」
(あいつは? アヤセっ!!)
青星は、火球を放ったのが自身を追い詰めたPKであると認識すると同時に、それを相手にしぶとく食らいつくプレイヤーがアヤセであることに気付き、驚愕する。
「凄い。あの人、あんなに速い攻撃について行っている……」
「あいつを止めなきゃ俺達は終わりだ。……頼む、あいつを止めてくれ。頑張れ、頑張ってくれ!」
「そうだ、頑張れ!」
手に汗を握り、アヤセの応援を始めるプレイヤー達。青星も戦闘の経過に思わず見入る。
(何で、何で、低レベルなのに、あいつはあそこまで戦えるんだ? それに何でこいつらは、あいつのことを応援するんだよ!? 応援は僕にすべきだろ?)
自身よりも基礎レベルが劣り、職業も「あの」アイテムマスターでしかないアヤセが、皆の注目を浴び、応援されている様を見て、青星は、嫉妬と怒りの感情を抑えきれなくなる。
「あいつを応援するのは止めろっ!!」
青星は、自身でも気付かずいつの間にか大声で怒鳴っていた。
「えっ、青星さん?」
突然、青星が鋭い声で怒鳴ったので、この場にいるプレイヤー全員が固まってしまう。
一方の青星もすぐに思考が冷静になり、自身の振る舞いがさすがにまずいと気付いた。
「す、済みません。ここにいては流れ弾が飛んでくることがあります。皆さんを危険に晒す訳にはいきません。早くここから離れて安全な場所に移動して欲しくて思わず、大きな声が出てしまいました。さぁ、皆さん、急いで盛り土の中に入りましょう」
青星は何とかその場を取り繕う。戸惑いを見せていたプレイヤー達も青星のいつもの笑顔を見て、外を気にしつつもその指示に従った。
プレイヤー全員が盛り土の内側に戻るのを見届けつつ、振り返って戦闘の様子を窺うとPKのスキルを連撃で食らったアヤセが地面に倒れ伏すところだった。
「無様だね、アヤセ。君には地べたがお似合いだ。罠や食料で他のプレイヤー達に媚びて東側斜面のリーダーになったところで、実力が無ければ話にならないよ。ま、精々敵を消耗させてね。そうしたら体勢を整えた僕があいつを倒してあげるから。君の死に戻りは無駄にしないよ!」
高笑いしたくなる気持ちを抑えながら、青星はその場を離れるのだった。
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「やっと、本隊が到着したか。ねぇ、君達衛兵隊って、本当にプレイヤーに優しいね。僕達に討伐数を稼がせようとしたからこんなに遅くなったんでしょ?」
「……」
青星は、周囲にいるNPCの衛兵に軽口を装った皮肉を言う。これに対して衛兵達は完全に無視を決め込む。いかに衛兵達が基礎レベルの高さとクラン「蒼き騎士団」の威光にものを言わせ、唐突に割り込んできて、好き勝手に配置変更を命令してきた青星のことを快く思っていないかは、その態度から見て取れるだろう。
「おっと、追加クエストか。討伐数が稼げなかったけど、その救済の意味もあるのかな? なになに、護送クエスト? 討伐系じゃないけど、またさっきみたいなPKが出てきても困るから、今回はこれでもいいか」
青星は、独り言を言いながらシャウトアイテムを取り出す。
「皆さん、衛兵隊の本隊が到着しました。『僕達』は星見の台地の防衛に成功したのです! もう安心です。皆さんはPKの脅威から解放されました。これから皆さんを一旦ラタスまでお送りします。衛兵達の案内に従い、移動の準備をお願いします。なお、討伐作戦参加プレイヤーで護送任務につく者は、クラン『蒼き騎士団』が指示を出しますので、盛り土の外に速やかに集合してください。繰り返します。速やかに集合してください」
ここまで喋り青星は一息つく。もう一言付け足せば良い演出ができそうだ。
「……もうすぐ日が昇ります。生き残った皆さんと一緒に迎える夜明けはとても感動的です。皆さんの協力、ありがとうございました!」
青星のアナウンスを聞き、何も知らない護衛パーティーのメンバーやそれを守っていたクラン「断罪の暗黒天使」の団員達から、一斉に喝采が上がる。抱き合って喜ぶ者、涙を流し無事をかみしめる者等、反応は様々だが、皆一様に青星を褒め称える声を上げていた。
「青星さん、ありがとうございます」
「青星さんの存在が俺達にとって心の支えになりました!」
盛り土の外に出るため移動を始めた青星は、わざわざプレイヤー達の真ん中を縦断する進路を選ぶ。周りのプレイヤーが青星に気付き、歓声を上げ、拍手をすることに青星は益々気を良くして手を振ってそれに応える。一方でそれを傍から見ているNPC衛兵達の顔は無表情で冷ややかだった。
「おっ、まかろんちゃん?」
盛り土の外では、まかろんと他の討伐作戦参加プレイヤー達が待っていた。まかろんは無言で青星を批難するような目で睨みつける。さすがの青星も敵前で彼女を見捨てたことに対し、多少なりとも後ろめたさを持っているようだった。
「そんな怖い顔をしないでよ。僕が後ろに退いたのは理由があるんだから。アヤセさんも僕達の存在が『必要不可欠』だって言っていたでしょ? もし、あそこで僕達全員やられたら非常にまずい事になっていたんじゃない? でも、まかろんちゃんが無事で良かった。ホントに心配したんだよ? それで、無事ってことは、あのPKを何とかアヤセさんとしのいだってことでしょ? アヤセさんは、ボコられていたけど死に戻ったの? でも、泥臭い『あの』アイテムマスターがムリして頑張った甲斐はあるかもね!」
ヘラヘラ笑いつつ青星がまかろんに問いかける。
「……PKは、アヤセ氏が倒した。あたしは後ろで見ていただけ」
「は!?」
間の抜けた声を上げる青星は、まかろんに胸ぐらを掴まれる。青星の身長はまかろんより高いのだが、弓士系のため力が彼女より劣っているので、難なく体を引き寄せられ、地面に膝を着かされる。普段は、感情を滅多に見せず無表情であるまかろんの顔は、目に涙を溜め怒りに燃えていた。
「…アヤセ氏は言っていた。あたし達のことを『作戦遂行上欠かすことができない存在』だって。だから、自分のことは構わず、役割を果たすことだけを考えて、一人で高レベルのPKに立ち向かったの! あなたは、口先だけで逃げ回って、今はルーキー相手に英雄気取り? 本当に賞賛されるのは斜面に罠を仕掛け、私達にバフパンを配り、何度倒されても立ち上がって強敵を倒した、泥臭い『あの』アイテムマスターよ!」
まかろんは、青星の顔を力一杯殴りつける。殴られた青星は、その反動で悲鳴を上げながら斜面を転がり落ちていった。
涙を流し、肩を震わせるまかろん。PKフラグが立った彼女を周囲は唖然として見ていたが、一人のプレイヤーが声をかける。このプレイヤーは、アヤセに東側斜面の指揮を頼んだ男性プレイヤーだった。
「……良く言ってくれた。少なくても、東側斜面で一緒に戦った俺達は、彼のしたことは決して忘れないだろうよ。それで、君はクラン『蒼き騎士団』の団員だな? 君も俺達に指示を出すのかい?」
「…いいえ。指示を出すのは衛兵さん。あたし達じゃない」
近くのNPC衛兵を見ながらまかろんは答える。衛兵は彼女の視線を受け、頷くと早速行動を開始する。護送クエストは、取りかかりでクラン「蒼き騎士団」の団員同士のいざこざがあったものの、粛々と実行に移されていった。
道中、まかろんは、事情を知らない護衛パーティーのメンバー等から、青星を殴り倒したことに対して幾度も非難めいた目を向けられたが、全く気に留めなかった。
少しでもアヤセが正当な評価を受けられるようになって欲しい、彼にはそれだけの資格があるのだから……。と、まかろんは思うのだった。




