44_人間万事塞翁が馬
(エルザ団長……。団長のお陰で自分は強敵に打ち勝つことができました。ありがとうございます)
アヤセがブラインドスキルで発動した【世界樹崩し】は、ライデンを一撃で葬り去るのに十分な威力だった。エフェクトを散りばめ消滅するライデンの傍らで、アヤセは、立て膝で刀を切り下ろしたモーションのまま止まっている。
(スキル【世界樹崩し】の最大の弱点は、発動後の硬直が異常に長いことだ。エルザ団長も硬直を嫌って、その後このスキルを全く使わなくなってしまったのだよな)
スキル【世界樹崩し】は中型刀剣専用のスキルで最高クラスの火力を誇るが、戦闘中に納刀して隙を見せるかたちになる抜刀技であることに加え、発動後の硬直が長いといった決して軽視できない短所があった(ちなみにエルザは元々攻撃力が低めで、高火力スキルも癖のあるものしかない中型刀剣に見切りをつけ、現在は、より高い火力を求めて大型刀剣に使用武器を変更している)。
(まぁ、スキルが決まれば見てのとおりの威力だから、使いどころを考えて発動させれば、自分のような非力なアイテムマスターにとって大きな強みになるのだろうけど)
ようやく硬直から解かれたアヤセは納刀しつつ、取り敢えず自身の「手札」が一つ増えたことを素直に喜ぼうと考えるのだった。
「うおおー! 兄貴―っ!!」
アヤセは、不意にすぐ近くで野太い声が自身を呼ぶのに気付く。声のする方に目をやると、コーゾとピラン、それにまかろんがアヤセに走り寄って来ていた。
「お兄さーん!」
感極まったコーゾがアヤセに抱きつこうとするが見えない壁に阻まれる。ハラスメントブロックによって近付ける距離が制限されているため、コーゾはアヤセの半径三十センチ域内に入ることができなかった。
「……コーゾ君とはフレンド登録していないから、非戦闘時はハラスメントブロックがはたらくぞ」
「そうでしたねー! こんなにお兄さんを抱きしめてあげたいのに、できないなんて悔しいですぅー! お兄さん、フレンド登録してくださーい!」
「兄貴、俺もお願いします。俺、兄貴に包まれたいす!」
「……。いや、いい。やめておく」
「そ、そんなー!」
悲嘆に暮れるコーゾとピランの背後で控え目にまかろんがアヤセを見つめている。アヤセはその視線に気付き、彼女に目を向ける。
「…アヤセ氏」
まかろんの目から涙が溢れる。
「アヤセ氏!」
彼女はアヤセに走り寄るが、コーゾ同様ハラスメントブロックにより阻まれる。
「まかろんさんともフレンド登録していませんから……」
ハラスメントブロックに阻まれ前進もままならないまかろんであるが、意に介さず走り寄る動きを止めようとしない。その姿はアヤセを前にして、その場で全力の足踏みをしているように見える。
「…ばかっ! なんで私なんかのために、こんな低レベルなのに、強い相手に立ち向かったの? ばかっ! ばかーっ!」
「……」
傍目から見ると、表情の乏しい美少女が涙(と鼻水)を流して、その場で手足をバタバタさせているシュールな光景に見えてしまうが、まかろんの言葉からは心底アヤセを心配している様子が窺い知れた。
「先ほども言いましたが、ライデンをとにかく足止めすることが自分の役割だと思っていました。しかし……、御心配をおかけして済みません。あと、このハンカチで鼻をかんでください」
「…じゃあ、フレンド登録して。アヤセ氏とくっついて二人だけで喜びを分かち合いたい」
「んだとー!?」
「ダメですー! 絶対ダメー!」
ギャーギャーとフレンドの権利(?)を巡り小競り合いを展開する三人から少し距離を置くアヤセ。ふと目をやると斜面で戦闘の経過を見ていたプレイヤー達が歓声を上げ、アヤセに対し、手を振っている。斜面に攻め寄せたPKも大方撃退され、星見の台地の防衛は、取り敢えず大きな波を退けることに成功したようだった。
アヤセは、プレイヤー達の歓声に応えるように脱帽して頭を下げつつ、ライデンが死に戻った辺りに目を向ける。
(相手がブラインドスキルのことを自慢げに話してくれたお陰で、勝利の糸口を掴めたのだが、まさか自分がレベル差四十の敵を倒せるとは思ってもみなかった。しかし、ライデンのスキル【熱烈剣+】と【爆裂剣】は強力だったな。魔力を剣に込めて使用するスキルは「魔法剣」だっけ? おそらく剣もそれ専門のお高いやつなのだろう。そう言えば、奴の死に戻りドロップが無いな? ……! まさか!)
ライデンの死に戻りドロップが一切無く、しかも自身のPK討伐数が一体分加算されていない! アヤセは自身が重大な事項を見落としていたことに今更ながら気付く。
「しまった! まずいぞ、みんな気を付けろ!」
アヤセが三人に警告を発するのと同時に、ライデンが死に戻った場所に再びエフェクトが集結し始め、人のかたちを作り出していく。
「えっ? えっ? 何ですかー!?」
「まさか俺が死に戻るなんて思いもしなかったぜ!!」
怒声を発し、先ほどまでアヤセと死闘を演じていたライデンが目の前に姿を現す。
「…しつこいっ!」
武器と予備の盾をまかろんは構える。だが、ライデンは彼女に一切目を向けずアヤセを睨み付けている。
「俺を死に戻らせたのは、アヤセ、お前が初めてだ。だが奇跡に二度目はないぜ!」
「どーしてテメーは死に戻らねぇんだよ! このイカサマヤローが!」
「おい、チンピラ! 誰がイカサマヤローだ! ……まあいい。これから死に戻るお前らに特別に教えてやる。それはこいつのお陰だ!」
やたらと自分の手の内を晒したがるライデンは、左腕にはめられた腕輪をアヤセ達に見せつける。
「『黄泉返りの腕輪』……?」
アヤセは、鑑定で閲覧した情報のうち該当しそうな装備品名を口に出す。
「そうだ。よく知っているな。この腕輪は、HPがゼロになっても腕輪の損失と引き換えに死に戻らずに一度だけ復活できる。最も、HPとMPはたった一割しか回復しないがな」
復活時のHPとMPの回復量に不満があるようだが、ライデンは回復薬等のアイテムを使用しない。手持ちが無い可能性も否定できないが、使用を要するまでもないと考えているのかもしれない。
「アヤセ、さっきは油断してお前のスキルを食らったが、同じ手は二度と通じねーぞ! さぁ、第二ラウンドをとっとと始めようぜ!」
確かに、アヤセがライデンを撃破できたのは、ラタスの湧水と釘粘土、それにブラインドスキルを用いた奇襲があったからこそで、ライデンが言うとおり、こちらの手の内が完全に分かっている相手には、同じ手は通用しない。アヤセの勝機は限りなくゼロに近いだろう。
「…ふざけないで。今度はやられない」
「そーですよー。僕達だっていますよー!」
「兄貴に手出しさせはしねぇぞ!」
まかろん達も戦闘への意志を見せ、ライデンの前に立つ。
「雑魚共はお呼びじゃねーよ。引っ込んでな!」
「ああ、待ってくれ。一つ疑問があるのだが、いいだろうか?」
緊張を高める両者のあいだでアヤセは、ライデンに疑問を差し挟む。アヤセのその場にそぐわないあまりにも平静な口調に、ライデンも毒気を抜かれ思わず応じてしまった。
「何だ急に……。まあいい、聞いてやる。だけど一個だけだぞ」
「済まない。疑問は一つだけだ。お前の『黄泉返りの腕輪』は、『腕輪の損失と引き換え』で復活できる物だと言っていたが、何故腕輪は損失せずに、今も残っているのだろうか?」
「えっ……!?」
「…そう言えば、変」
まかろんが指摘するように、この様な使用後の損失が明示されているアイテムや装備品は、条件が発動したら例外なく即消失する。それなのにライデンが所持する「黄泉返りの腕輪」は、損失することなく当人の左腕に未だに収まっている。
「いや、しかし現にこうして俺は復活している訳だが。一応情報を確認してみるか。ポテンシャル? そう言えばこんなのあったな。……なっ! 自爆!?」
突然、ライデンの腕輪が激しく点滅し始める。
「な、何ですかー?」
「お、おい、ヤベーぞ! ポテンシャルに『自爆』って書いてある!」
「何だって!? 早く装備から外してインベントリに収納するんだ!」
「ダ、ダメだ、できねー! 外せねー!」
点滅は秒を追うごとに速くなる。赤く激しく点滅を繰り返す様子は、本人のみならず周囲にも危険を及ぼすかもしれない。そうだとしたら、猶予は一刻も許されない。
(本人が外せなければ難しいかもしれないが、やるだけやってみるか!)
「うわああああー! 爆発するー!!」
「そのままじっとしていろ!」
=個人アナウンス=
スキル【換骨奪胎】を発動。ライデンの装備「炎灼の剣」、「クロムソード」、「ルビーの耳飾り」、「漆黒のエナメルコート」、「ハリネズミ柄のTシャツ」、「漆黒のエナメルズボン」、「エナメルブーツ(茶)」、「煌炎の指輪」、「黄泉返りの腕輪」をインベントリに回収しました
「何とか上手くいったか……」
安堵のため息をつくアヤセ。間一髪でスキル【換骨奪胎】を発動し、ライデンから黄泉返りの腕輪を回収することに成功した(選別の余裕が無かったので片っ端から回収した結果、ライデンから全ての装備品を奪ってしまったが)。
(しかし、この装備品ときたら)
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【装飾品】黄泉返りの腕輪 品質4 価値6 生産者:-
耐久値 ‐ 重量15 物 ‐ 魔 ‐
装備条件:‐
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックON)
ポテンシャル(1)…【付与済】人間万事塞翁が馬(復活後、120秒経過
したら自爆のカウントダウン開始(20秒後、半径
100メートル以内の敵味方問わずダメージ
(極大)))
ポテンシャル…死神の嘲笑(復活後のHP及びMPがそれぞれ1に固定)
ポテンシャル…客死(復活地点ランダム)
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(ポテンシャルが全部マイナス効果しかないとは酷いな。何が「人間万事塞翁が馬」だ。「泣きっ面に蜂」じゃないか)
アヤセは、白のタンクトップと短パン姿で、お姉さん座りをしてへたり込んでいるライデンに目をやる。コートを装備している時はフードで顔を隠していたが、それが無い今は素顔をよく見ることができる。人種で明るい金髪、瞳の色は激しい炎を連想させる赤、年齢はアヤセと同じ二十代半ばくらいに見える。青星ほどではないが中々の美形だ。
アヤセは、インベントリ内で閲覧した結果をスクリーンショット撮影してライデンに画像を見せる。コーゾ達もライデンの背後に回り込み画像を覗き込んだ。
「『人間万事塞翁が馬』? なんだこれは?」
「装備品のポテンシャルを確認していなかったのか? こんなポテンシャルが付いている装備品は普通装備しないぞ」
「……ポテンシャルは確認してねー。これは、プレゼントでもらったんだ。あの娘が直につけてくれた物だし、何より『黄泉返りの腕輪』と言えばソロプレイヤーにとっては、どうしても欲しい代物だから、よくステータスを見ないで装備したままにしちまった」
「あの娘?」
「ああ、クラン『暗殺兵団』の参加受付をしていた娘で、PKクランなのにPKペナが付いていないんだぜ。あんな純真で可憐な娘は他にいねー。俺にも優しいし、とてもいい娘なんだ!」
「…だめ。ちゃんとものが見えていない」
「……」
ライデンののろけ話(?)とまかろんの的確な指摘を聞きつつ、アヤセは、女に隙を見せた本人にも問題がありそうだが、何故、クラン「暗殺兵団」の連中は、高レベルで死に戻りのリスクが低いライデンにこの装備品を装着させたのだろうかと考える。
(自爆前提だったら、低レベルプレイヤーに付けた方が良いだろうけど、作戦上で万が一ライデンクラスを倒すほどの強力な衛兵やPKKがいた場合の保険のようなものだろうか? いずれにしてもライデンはクランの団員ではないし、いくらでも使い捨てにできることに変わりはないからな)
「くそおっ!!」
ライデンに腕輪をはめた女は一体何者なのだろうか? 目の前で言葉は少なめであるが、尋常ではないくらいの回数と強さで拳を地面に叩き付け、悔しさを見せる彼の姿を見て、アヤセは疑問を感じた。
(意外にもライデンは純情なのかな? まぁ、良いように利用されたことに関しては同情するが……)
ゲームの中での恋愛も自由だが、相手が仮想世界での恋愛を望んでいるとは限らない。それが分からないと、衛兵が出動するような余計なトラブルを招いたり、相手に手玉にとられて目の前にいる白のタンクトップと短パン姿の男のようになるのである。
「ま、まぁ、色々あるようだけど取り敢えず自爆が発動しなくて良かった。それで他の装備品も回収してしまったから、それを返……」
「畜生! クラマスの野郎だな! 俺を利用しやがって、あいつはぜってー許さねぇ!」
怒りの炎を目に宿したライデンは白のタンクトップと短パン姿で猛然と森の中へと走り去る。スキル【速歩】を発動しているらしく、装備品の返却のためアヤセが呼び止める暇もなかった。
取り残されるかたちになったアヤセ達は、お互い困ったように顔を見合わせる。
「行っちゃいましたねー……」
「ああ。なあ、これって勝ったことになんのか?」
「…分からない」
「……。あいつ、あんな格好で外を出歩いて大丈夫なのだろうか?」
……最終的にライデンとの勝負は、うやむやに終った。




