42_星見の台地の死闘②
話は、アヤセが盛り土の「本陣」の異変に気付く少し前に遡る。
「…PKが動いた」
まかろんが戦闘の開始を察知して、二人に告げる。
「来たな。伝令! 南側斜面、戦闘準備!」
ツルガが、盛り土の下で待機している伝令要員の男性プレイヤーに指示する。彼は指示を受けすぐに走り出そうとするが、ツルガに止められた。
「待て! 攻撃は『蒼き騎士団』の青星か俺の攻撃から始める! それまでは、斜面のプレイヤーからの攻撃は絶対に控えるように厳命しろ。いいか、絶対だぞ!」
伝令役のプレイヤーは一瞬顔をこわばらせるが、黙って待機する仲間達のもとに駆け出す。本来、討伐作戦に参加したのに、何故か伝令という使い走りをさせられている現状に不満を持ったこのプレイヤーは、伝令を終えた後はそのまま戦闘に参加して、もう盛り土に戻るのは止めようと思っていた。
「やっとPKが来たんだね。よーし、僕のスキルでまとめて吹き飛ばしてやるぞ!」
青星がはしゃぎながら迫り来るPKを眼下に見る。
「ここでお前と俺が敵を掃討すれば、俺達の実力を改めて皆が知ることになる。そうすれば、ここにいる全員がお前の指示に喜んで従うことになるだろう。実力はこっち方が上だということを分からせるぞ」
「……(実力を見せつけるのは敵? それとも東側斜面にいるアイテムマスター?)」
まかろんは心の中で目の前の二人に問いかけるが、口には出さない。
「じゃ、初めは僕から行くよー」
青星の矢をつがえた短弓が、彼のとっておきのスキル【ライトニング・スターフォール・アロー】の発動動作によって、強い光を発する。このスキルは広範囲に光属性の矢を大量に落とすスキルであり、さしずめ「黒雨の長弓」のスキル【連撃速射】の上位互換といったところである。
このスキルであれば、自分達の足下に群がるPKを相当数片付けられるはずなので、ツルガは、自分の魔法を発動するまでもないと判断し、この場を青星に任せることにした。
青星は、まばゆい光を放つ短弓を引き絞る。この系統のスキルは発動とリロードに時間がかかるのが弱点であり、青星のスキルも発動には今しばらく時間がかかる。その間にもPKは、どんどん斜面を駆け上がってきており、南側斜面を守備しているプレイヤー達は眼前に釘粘土を踏み抜きながらも迫るPKと、盛り土に陣取って未だに攻撃を開始しない青星達を、焦りや苛立ちを顔に出して交互に見やる。
「…まだ?」
まかろんが、プレイヤー達が青星達に、今一番言いたいことを代弁する。
「静かに! 万が一ここで狙いを外したら、全てが台無しになる」
「慌てないでよ、まかろんちゃん。僕のスキルを見たら、君は僕に惚れちゃうから!」
「……」
まかろんは、無言で刺すような視線を青星に向ける。
「よしっ、そろそろイケるよー」
光る短弓からカチッという音が聞こえる。青星のスキルがいよいよ発動に至る。
「これでゲームクリアーだ!」
興奮から思わず叫ぶ青星であったが、次の瞬間、自分の体に何かが勢いよくぶつかり、弓を持っていた左腕が大きくブレてしまった。
「えっ!?」
手元を狂わせた上で発動されたスキルは、まばゆく大量の光の矢をPKの頭上を飛び越して、全く見当違いの方向に飛ばし、ラタ森林地帯の深い闇の中に吸い込ませるだけに終わった。
「おい、これって『蒼き騎士団』の攻撃でいいんだよな?」
「どうもそうみたいだ。……全く、散々待たせて期待外れな攻撃だな」
「まぁ、いいんじゃねぇか? PKも罠にかかってオタオタしているし、俺達の撃破数を稼ぐためには、あいつらの攻撃は外してくれて良かったかもしれないぜ」
命令通り、青星の攻撃が終わったので、南側斜面で無駄な待機を強いられていたプレイヤー達は、攻め寄せるPKが釘粘土を踏み抜き、動きが鈍くなったのを好機として攻勢に転じる。そこにはもう、誰も背後の盛り土の上にいる、青星達のことをわざわざ振り返って見る者などいなかった。
「な、何で!?」
青星は当惑する。自身の体にぶつかり、強い衝撃をもたらしたもの……。それは首がないツルガの体だった。
ツルガの胴体がエフェクトを散りばめ消滅するのを青星は呆然と見ていたが、自身を呼ぶ鋭い声によって現実に引き戻される。
「青星!!」
危険を感じたまかろんが青星に突っ込む。二人はその勢いで盛り土から転げ落ちた。地面を転がり土に塗れた青星は、混乱から立ち直れず叫びだす。
「何だよ、何だよこれは!」
「…PK。気配を全く感じなかった」
まかろんが悔しそうにつぶやく。彼女は探知系スキルを取得しており、普段は、青星とツルガが発動までに時間を要するスキルや魔法を準備するのに合わせて自身もスキルを発動させ、周辺に妨害を試みる敵がいないかを探っているのだが、今回は敵が探知に全くかからなかった。ツルガを仕留めたPKは相当な手練れに違いない。まかろんは自身の未熟を責めると共に、青星だけは何としても自身の職業「ヘビーウォリアー」としての意地とプライドに賭けて守り抜こうと決意を固める。
「ツルガがやられた! 僕のスキルも失敗した! お前は何をやっていたんだ!」
「…ごめんなさい。責めは後で受ける。でも、今は敵に集中させて」
まかろんはスキルを発動し、敵の発見に全神経を集中させるが、全く探知にかからない。
「……(敵はどこから来る? ターゲットは青星? あたし? 分からない。あたしのスキル【探知+】でも検知できないなんて、どうしたらいいの?)」
「おい、まかろん! 何とか言え! この役立たず!」
「お願い、今は静かにして!」
「……立ち出でたるは紅蓮の炎、燃やし尽くすは眼前の敵。熱烈剣!」
「!!」
まかろんの眼前に突如として現われる人影。人影は、姿を現した時には既に右手に持った小型刀剣を振りかぶっており、赤熱を帯びた刀身を、慌てて盾を構えるまかろんよりも早く彼女の体に叩き込む。
「…くうっ!」
衝撃によって吹き飛ばされるまかろん。防御力が高い鎧を着込んでいるため、致命傷まで至らないものの、小柄な体は地面に叩き付けられ、彼女の鎧には赤々と斬撃の跡が刻まれている。HPも四割程度まで削られていた。
「やっぱり、戦士系は固いな。魔法使いのように一撃とはいかねーか」
まかろんが敵の攻撃から立ち直ったが、人影は再び姿を消しており、気配も感じられない中、声だけが聞こえてくる。
「だが、それもいつまでもつかな? 覚悟しな」
「…青星、援護を(敵はあたしを狙っている。次の一撃であたしはやられるかもしれない。だけど、その間に青星がスキルを決めればチャンスはあるはず!)」
まかろんは自分の背後にいる青星に呼びかけるが、反応が返ってこない。
「…青星?」
「おいおい、誰と話している? もう一人のニーチャンはとっくに逃げちまったぞ」
「…えっ!?」
驚いたまかろんは後ろを振り向く。そこには先ほどまで自身の背後にいたはずの青星が消えていた。
「お前が吹っ飛んだときに、アイツは、脱兎の如く盛り土の向こうに逃げちまったな。本当にこれが王国最強クラン『蒼き騎士団』の幹部達なのか? さっきから見ていたが、どいつもこいつも高みの見物決め込んで何もしねーし、実力もこんなものだし、興ざめだな。……ガッカリさせんじゃねーよ!」
「…さっき?」
「ああ。俺は攻撃が始まる前から、『星見の台地』に潜入していたんだ。お前らの動きを観察して、一番強い奴を探って、殺るチャンスを待っていたんだよ。……見つかんないようにシロウト共の中にこっそり紛れて、スキルで隠れていたが」
まかろんの目の前に人影が実態を形作る。それは何も無い空間から突如人が現われたようにも見えた。
「ここにはお前しかいない以上、隠れるのはもう意味がねー。お前と青星を倒したら、今回の俺の目標はクリアだ。お前にはさっさとくたばってもらうぜ」
姿を現したPKは、顔をコートのフードで覆っているため、声でしか性別を推定できないが、声質や体つきから男性と思われる。身長は百七十五センチメートルくらい、細身で引き締まった身体は、PKがまとうエナメル質の素材で仕立て上げられた、黒のフード付きロングコートとズボン、茶色の膝丈まである編み上げブーツも相まって鍛え抜かれた金属をイメージさせる。
PKの獲物は、小型刀剣の二刀流で、刀身の長さは両方とも五十センチメートル程度、右手は順手に、左手は逆手にそれぞれ握られている。そして、右手に持つ小型刀剣が赤みを帯びている。
「…っ!」
剣の熱量がまかろんにまで伝わってくる。先ほどより強力な一撃を見舞おうとPKが魔力を充填しているらしい。
「【速歩】」
PKの体がゆらりと揺れた次の瞬間、地面を蹴って走り出す。そのスピードは、目で追うのも難しいくらい、常人の速さを凌駕している。
「くっ! 【ロックガード】!」
まかろんは、スキルを発動しPKの攻撃を盾で防ごうと試みる。
「無駄だぜ! 【熱烈剣+】!!」
灼熱の刃は、スキルで強化されたまかろんの盾を易々と両断する。
「きゃあっ!」
盾を破壊された余勢でまかろんの左腕は、状態異常「怪我」に陥る。更にHPも残り二割弱まで削られた。
地面に尻餅をついた格好のまかろんに対しPKは、小型刀剣を振りかぶる。
「俺のスキル【熱烈剣+】の前では、金属製の盾だって段ボール同然よ。盾も使えねーヘビーウォリアーなんてクソの役にも立たない。もうお前に用はない。全く面白みの無い戦いだったぜ」
「だったら自分と戦え!」
PKを突然襲う斬撃。すんでのところで気付き、身を翻し攻撃回避を試みるものの、完全に避けきれずダメージを負う。PKは体勢を整えるため、バックステップで間合いをとった。
「クソッ! 今の攻撃は何だ? HPを二割近くも奪いやがった! それにこの速さ……。俺のスキル【速歩】の最速と同じ、いやそれ以上だ。こんなことをできる奴が討伐隊のプレイヤー共の中にいたのか?」
PKは、納刀を済ませ、まかろんが立ち上がるのに手を貸している、深緑一色の装備品で身を固めるプレイヤーを睨み付ける。
「まかろんさん、大丈夫ですか? はい、回復薬です」
「…アヤセ氏? あ、ありがとう……って、ここに来ちゃダメっ! 早く逃げて!」
「アヤセ……。『あの』アイテムマスター?」
PKは、アヤセのことを思い出す。
「罠を撒いたり、食料を配ったりしていた奴か。後方支援役だと思っていたら、東側斜面でサマになる戦闘指揮までとっていたな。低レベルのくせしやがって、俺にダメージ食らわせるとは、訳分かんねぇ奴だぜ」
PKを無視して、アヤセはまかろんに追加で回復薬を渡しながら、状況を聞く。
「状態異常『怪我』も解消したようですね。それで、青星さんとツルガさんは?」
「…ツルガはやられた。青星は……、知らないっ!」
「?」
「青星なんてヘタレは、もう死んだも同然だ。それよりいいところで邪魔しやがって、お前も一緒に死にてーのか?」
「先ほどの話しぶりだと随分自分のことに詳しいな。……少し気味が悪い」
「…こいつ、かなり前から台地に潜入してた。気配を消せるみたい」
「気配を消せる? ステルス系のスキルでしょうか?」
「フッ! よく知っているな!」
PKは不敵に笑う。
====鑑定結果====
名前 ライデン
性別 男
レベル 67
職業 下忍 / 魔法使い
HP 979/1,242
MP 390/473
装備
武器 炎灼の剣/クロムソード
頭 ルビーの耳飾り
外体 漆黒のエナメルコート
内体 ハリネズミ柄のTシャツ
脚 漆黒のエナメルズボン
靴 エナメルブーツ(茶)
装飾品 煌炎の指輪/黄泉返りの腕輪
============
(驚いたな。こいつの基礎レベルは、なるるんやクリードよりも高いぞ。これだけの強敵なら青星さん達も苦戦する訳だ)
PKことライデンのステータスを鑑定したアヤセは、これだけの実力者がPKの中に混ざっていたことに驚く。
「アヤセとか言ったな。さっきの一撃は褒めてやるが、俺はお前みたいな低レベルには興味ねー。俺のターゲットは、クラン『蒼き騎士団』の幹部達だ。とっとと失せれば命だけは助けてやるぜ」
「そうはいかないな。クラン『蒼き騎士団』の幹部は、作戦遂行上欠かすことができない存在だ。ここでみすみすまかろんさんをお前に殺らせはしない」
「ハッ! お前ごとき雑魚に何ができる?」
ライデンは、自身より遥かに格下のアヤセを小馬鹿にしている。確かに二人の間には、レベル差が40もあり、アヤセが単純に真正面からぶつかっても勝負にすらならないだろう。
「お前の言うとおり、自分は何もできないかもしれない。だけど、雑魚だと思って舐めてかかると痛い目を見るぞ」
鯉口を切りながらアヤセは、まかろんをかばうように前に出る。
「どうした? 先ほど雑魚に一撃食らって怖くなったか?」
「うるせぇな! 良いだろう、低レベルは狩らねーっていう俺のポリシーを曲げて、特別にお前を潰してやる!」
ライデンは、右手の剣の切っ先をアヤセに向け、叫ぶ。
しかし、次の瞬間、アヤセが視界から消えた。
「うおっ!?」
慌ててスキル【速歩】を発動し、バックステップでアヤセの抜き打ちを回避しようとするものの、躱しきれず切っ先が右肩から左腰まで浅くかするかたちになった。
「なっ! これだけで一割HPが減るのか!」
ライデンが驚いている間も、アヤセは「鞘の内」の効果を最大限に活かし再攻撃に移る。「無銘の刀」を両手に持ち、鳩尾めがけ諸手突きを繰り込むが、これは、ライデンの左手に持ったクロムソードで防がれる。ここで、「鞘の内」の効果が切れるが、動きの変化に慣れたアヤセは、気にせず敵と対する。一方、ライデンも右手の炎灼の剣を横に薙ぎ、アヤセの顔面を狙うが、アヤセは刀を手元に引き戻す反動を利用して後ろに一歩退いただけで躱す。剣が鼻先を掠めたところで再度一歩踏み出す素振りを見せるが、ライデンは手首を返し同じ刃筋でアヤセの顔面を横薙ぎする。だが、アヤセは返す刀で攻撃が来ることを予測していたので、それ以上前に出ずライデンに大きく空振りをさせた。
「チッ!」
ライデンが毒づく間にアヤセは、後ろに飛び退き納刀をする。
「お前、抜刀使いか?」
「……」
敵にわざわざ自分の手の内を見せる必要はないので、アヤセは何も答えない。
(スキル【速歩】の加速率はどのくらいかは分からないが、大体自分の四倍速程度か。これならこちらの攻撃も十分に凌げるだろう。……「鞘の内」に反応できるとはやはり高レベルなだけはあるな。様子を見た限りだと初太刀の八倍攻撃は勘で何となく対処しているみたいだが)
四倍攻撃はともかく、八倍攻撃は有効な攻撃方法になりそうだが、何度も同じことを繰り返していたら必ず相手に読まれてしまうので、使いどころを選ぶ必要がありそうだった。
(できれば「鞘の内」のことは、詳しい効果が分からずに相手が警戒してくれればいい。そうすれば時間も稼げるのだが……。もうすぐ、ギー隊長が衛兵隊の本隊を率いて「星見の台地」を包囲する。ライデンは倒さなくてもいいし、それまで生き残っていればいいのだからな。格好つけてみたが自分の実力的にはこれが限界ってところだ)
アヤセはライデンを挑発し、自身をターゲットにさせることに成功したが、さすがにこれだけのレベル差がある相手に勝てるとは思っていない。ライデンを一分一秒でもしぶとく引き付けておくことが自身の役割だと認識していた。
「初太刀の攻撃といい、中々面倒な奴だぜ。だけど、戦闘職じゃないアイテムマスターの持っている手札はそんなにねーだろう。果たして『本隊』が来るまで俺のこと足止めできるか?」
「!」
(ライデンは自分の意図を知っているのか?)
「言ったよな? 俺は攻撃が始まる前からここに潜入していたって。お前達がやっていたことを全部見ていたから、チンケな真似を考えていることもお見通しだぜ!」
もし、作戦情報が事前に漏れていたら、こんなに多くのPKが釘粘土を踏み抜くことは無かっただろう。
ライデンが高レベルプレイヤー狩りだけに興味を示し、事前に得た情報を持ち帰ろうとしなかったのは、アヤセを始めとする他のプレイヤー全員にとって幸運だった。
「俺は、フリーのPKだから、他の奴等がどうなろうと関係ねー。俺はただ強い奴と戦うことだけに興味があるんだ。クラン『蒼き騎士団』の幹部達は大したことないが、こいつらを殺って、俺はもっと強くなる。……それを邪魔するお前は目障りだ。だから俺も本気でお前を倒す!」
ライデンの「熱灼の剣」の刀身が赤々と色づき始める。
大きな破裂音のようなものがして、ライデンの剣から火が吹き出す。
「鎧のような金属を焼き切るのには【熱烈剣】だが、軽装の服を着ている奴には、燃やしてぶっ飛ばすのが一番だ。……食らいな! 【爆裂剣】!!」
ライデンが剣を払うように横に振った瞬間、無数の巨大な火炎の球体が、生き物のように剣からほとばしりアヤセに襲いかかった。




