04_プレイヤーキル(PK)
引き続きここは、帝都の噴水広場。
広場のベンチに腰掛けていたアヤセは、鬱屈とした気持ちを切り替え、今後の身の振り方を考え始める。
(ゲームはこのまま続けたいが、アカウントは再取得するか? でも……)
引退は、一切考えてはいないが、別の職業でやり直すため、アカウントを再取得するか迷う。
(再取得すれば、少なくても副長達と顔を合わせても気付かれない可能性もあるが、レベル1からやり直しだときついな)
アヤセは、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」所属時に、戦闘職パーティーに寄生し、団員から浴びせられる怒声や罵声に耐えに耐えたレベリングの結果、基礎レベルは20になっている。
(やっぱり、レベリングの苦労を考えると、このまま続けるのが得策かもしれないな。あと、気になるのはスキル【換骨奪胎】か。副長もこのスキルを目にしたのは初めてと言っていたな。大して検証もせず、その場で使えないスキルと副長は断定していたが、もしかしたらレアスキルで、後々役に立つかもしれない)
アヤセの脳裏にアイオス達の顔が浮かんでくる。それと同時にダンジョンでの出来事を思い返し、怒りがこみ上げる。
(ここまで副長達にやられて、アカウントを再取得するのは、引退と同じだ。レベル差があるとはいえ、あのサイコパス共、いや、あいつらだけではなく、生産職を奴隷扱いするクラン幹部達にも目に物を見せてやらないと気が済まない。連中の得意な戦闘に限らず何かしらの方法で一矢報いることができるはずだ)
アイテムマスターとして、まだ何かやれることがあるかもしれない。アヤセは、このままゲームを続けていくことに決めた。
(まぁ、もしかしたら、どこかでまた団長に会えるかもしれない。その時には、アイテムマスターでも、そこそこやれるということを見せたいからな)
攻略の最前線に立っているエルザと出会う機会は限りなくゼロに近いだろうが、自分のモチベーションを上げるためと言い訳して、小さな希望を抱く。
(そうと決まれば、後はどこで何をするかだ。とりあえず、クランの連中と関わりたくなから、帝国から出るか。そうなると行き先は……)
アヤセは、ステータス画面からワールドマップを呼び出す。
Tewの世界は、一つの大陸にいくつかの国々が割拠している。アヤセが今いる帝国は、大陸の中心部と北部を領有しており、東部には、主に王国が、南部には小国家群が、西部には、主に教国と共和国がある。大陸は、東西南北それぞれ外周が暗くなっており、未開放と表示され、境界付近にいるエリアボスを倒すと次のエリアが開放される仕組みになっている。現に、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」を筆頭とするトップクランが北部の攻略競争で鎬を削っているため、他の方面に比べ、北部の開放部分が際立って広い。帝国はトップクランの協力を得て、野心的に領土を四方八方拡張している模様で、ゲーム開始時から、帝国の侵略のせいで東部や南部では小国がいくつも滅ぼされている。モンスターが跋扈する危険な世界で人間同士の戦争なんて物騒なことは止めてもらいたいのだが、今のところ魔王等といった、大陸の住民にとって脅威になり得る存在も確認されていないため、各国、取り分け帝国は自分たちの国益だけを最優先に動いているようだった。
(南部は、帝国軍が侵攻のため国境に集結しているようだから、戦争に巻き込まれるかもしれない。それと、できれば、帝都からあまり旅行日数がかからない他国の街で一度落ち着きたいから、距離を考えると西部も却下。最後に残るのは、東部の王国か)
消去法で残った東部の王国であるが、悪くないと思い始める。距離も王国首都まで帝都から馬車で四日、徒歩で十日ほど。今なら帝国軍も南部に集結しており、東部は手薄、王国自体も政情が安定しているようなので、ひとまず生活の基盤を築くには最適そうだった。
こうしてアヤセは、行き先を東部の王国に決める。思い起こせば、クランに所属していた頃は、レベリングで外出する以外、クランハウスに引き籠り、技能レベルを上げるため、錬金でアイテムを作成したり、安価なアイテムにポテンシャルをひたすら付与して検証に明け暮れているだけだった。単に今後の行き先を決めただけだが、アヤセには、これからやっと自分の冒険が始まるのだと思い、期待に胸を膨らませる。
(行き先が決まれば、あとは準備か。手持ちも少ないので、乗合馬車は乗れないから歩きになるな。戦闘はできるだけ回避して、最短距離で進もう。装備が心もとないが、食料を多めに用意するか)
アヤセは、クランハウスに保管しておいた所持金やアイテムは、脱退に伴い全て没収されている。同様に装備品も追放時、アイオスに渡してしまっていたため、初期装備品しか持っておらず、不安が残ったが、残金も僅かで無駄遣いはできない。戦闘は回避することはできるが、満腹度が一定を下回るとHPやステータスがどんどん減っていくので、食料は決して欠かせない。結論として装備品よりも食料を優先することにした。
(食料を買ったら、一刻も早く王国にたどり着けるように出発だ。帝都にも思い出は多少あるが、王国での新生活が楽しみだ)
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帝都を出発して六日が経った。帝国内は、安全な街道筋を戦闘に巻き込まれること無くひたすら歩き続け、現在は国境付近のラタ森林地帯を進んでいる。この緑豊かな森林地帯を流れるバヤン川を越えれば王国領に入り、念願である帝国からの出国ができる。ここは、町村や宿場も無く、うっそうとした木々が昼間でも街道に影を落とし、遠くで鳥の気味悪い鳴き声が聞こえる、今までの街道とは打って変わった不気味さを醸し出している。一応モンスターも出没するようだが、どれも低レベルで、初心者でも倒せる程度のものということが救いであった。なるべく戦闘を避けて慎重に進めば、おそらくもう少しで王国へ入国できる筈だ。
アヤセが森林地帯に入ってから、人通りをほとんど見かけることもなく、今も前後に歩く者は誰もいない状態だったが、不意に前方から二人組が歩いてくるのが見て取れた。場所も場所であり、いつでも逃げ出せるように前方の二人組を警戒して歩みを進めていたが、二人組との距離が二十メートル前後まで近づいて来たとき、アヤセは突然背後から攻撃を受けた。
前ばかり意識を向けていたため、背後からの攻撃に全く対処できなかったアヤセのHPは瞬く間に半分を割ってしまった。慌てて第二撃を避けるため、街道脇の森に逃げ込む。
必死に逃げるが、ステータスのAGI(素早さ)が低いため、足がもたつき、地面に露出している木の根に躓き顔面から地面に突っ込んでしまう。そんなアヤセをせせら笑いつつ、三つの人影が迫って来る。おそらく前を歩いて来た二人組と、後ろから攻撃してきた者であろう。
「おいおい、もうおしまいか? 本当につまんねぇな。もっと楽しませてくれよ」
「職業は、『あの』アイテムマスター? ゴミだな。そんで、レベルはっと……。おい! こいつ基礎レベルが20もあるぞ! すげぇ、久しぶりの大物だぜぇ」
「マジかよ!? こいつは、俺に殺らせてくれよな!」
三人組は口々に話しながら近づいてくる。こんな他人を嬲ることに楽しみを見出した、反吐が出るようなニヤニヤ笑いができるのは、間違いなくプレイヤーだ。
「お前ら何でこんなことする? プレイヤー同士だろうに」
そう言いながら、襲撃者達の情報を、スキル【鑑定+】を発動して確認していく。
====鑑定結果====
名前 リョージン
性別 男
レベル 22
職業 シーフ
HP 322/322
MP 102/102
装備
武器 黒鉄のダガー
頭 黒のバンダナ
外体 なし
内体 黒の盗賊服_上
脚 スケールレギンス
靴 白兎のブーツ
装飾品 ドクロリング 耐毒リング(微弱)
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====鑑定結果====
名前 ゴブ男
性別 男
レベル 12
職業 戦士
HP 120/120
MP 62/62
装備
武器 ゴブリンバット
頭 ゴブリンスキンマスク
外体 ゴブリンスキン_外体
内体 ゴブリンスキン_内体
脚 ゴブリンスキン_脚
靴 ゴブリンスキン_靴
装飾品 ゴブリンボーンネックレス
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====鑑定結果====
名前 シリアルキラー・マンゾー
性別 男
レベル 9
職業 プリースト
HP 87/87
MP 135/135
装備
武器 オークロッド
頭 僧侶見習いの帽子
上体 麻布のマント
上体 僧侶見習いのローブ
脚 レザーパンツ
靴 鼠皮のシューズ
装飾品 なし
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「はぁぁ? 何故って、お前馬鹿か? 俺達はPKだよ、ぴ・い・け・い!」
さも当たり前のことをアヤセが聞き返してきたかのように、馬鹿にした態度で答えるのは三人の中で一番レベルが高いリョージンである。本人は黒い衣装で統一したいようだが、性能を優先させているためか、脚装備の色が統一されていないのが見ていて間抜けだ。
プレイヤーキラー、通称「PK」は、フィールド上やダンジョン内等でプレイヤー狩りを行う者及びプレイヤー狩りの行為そのものをいう(街中にいる善良なNPC (ノンプレイヤーキャラクター)に対する攻撃行為もPKとして判定される)。Tewでは、PKが実装されており、普通より多く得られる経験値やアイテムを目当てにプレイヤーを襲ったり、高い経験値やレアアイテムをドロップするモンスターの出現地点の独占のため、周辺にいるプレイヤーを片っ端から排除する等の目的で行われるケースが多い。
PKに対してもデメリットが存在する。例えば、一度でもPKをした者は、一目で他のプレイヤーから自身がPKであることが分かるようになり、一般プレイヤーにとってPKは最も嫌がられる行為であることから、クラン入団を拒否される等でプレイヤー同士での交流が同じPKを除いて、ほぼ不可能になることが多々ある(アイオス達もこのペナルティが課されることを嫌って、最後にアヤセへのトドメをモンスターに刺させた)。他、都市の施設利用制限、賞金首への指定、NPC衛兵やPK狩りを専門にするプレイヤー(プレイヤーキラーキラー(PKK))の討伐対象になる等である。また、PKは重大なハラスメント行為に発展するおそれがあるため、運営も目を光らせ、悪質なプレイヤーをすぐに排除する体制を整えていたりとメリットよりもデメリットの方が勝るのだが、それでもPKをする者は少なからず存在する。
「第四次組のレベリングに付き合ってやっていたら、鴨がネギを背負ってやって来るとは、このことだな。最近、帝国から王国に移動するプレイヤーが増えているが、低レベルしか引っかからないから退屈してたんだよな。これは俺が貰ってやるぜ」
話の内容から察するに、三人のうち二人は、第四次追加販売組のようである。不運にもアヤセは、後発組のレベリングをPKでこなしているところに出くわしてしまったのだった。
「待てって!! 俺らのレベル上げが先だろ!?」
「うるせー! こいつを倒せば俺のレベルが上がって、お前らのサポートも楽になるだろうが!」
「そう言って、いつもお前だけいいところ持っていきやがって! 平均的にレベルを上げた方が、ギルドのクエストもこなしやすくなるんだよ! っておい! パーティー解散すんじゃねーよ!」
アヤセを前にして仲間割れを起こすPK達。このゲームの戦闘システムは少々複雑で、モンスター相手の戦闘の場合、横殴りのシステムは無く、最初にダメージを与えたプレイヤー(とプレイヤーが属するパーティー等)が攻撃権を持ち、以降、他の者は戦闘に参加できない(戦闘に参加しているプレイヤーが周囲に参戦要請して、それを承認すれば他のプレイヤーも参戦可能)。ただし、プレイヤー同士の戦闘であれば、敵味方の概念が無く、戦闘に参加しているプレイヤー全員を攻撃対象として横槍を入れることができる。この違いは、プレイヤー同士の戦闘の場合、戦闘中に参加者同士でその場限りのパーティーを組める「共闘」というシステムが実装されていることから、PKやPKKに柔軟に対応することが目的であると推測されているものの、両者が区別されている明確な理由は不明である。
仲間割れを起こしたPK達も普通にパーティーを組んでアヤセに襲いかかればいいのだが、ソロの場合は経験値の獲得量が増えるため、シーフのリョージンは、経験値(とアヤセから奪えるアイテム)の独り占めを企んだようだ。
「早い者勝ちなんだよ! 経験値とアイテムは、俺が全部いただくぜ!」
「あっ、てめぇ! 汚ねぇぞ! 俺が先だ!」
仲間割れから一転し、アヤセに飛びかかってくるPK達。自分のステータスでは、おそらく後発組の二人にも勝つことはできないだろう。だが、逃げることも叶わない今となっては、せめて一太刀浴びせてから死に戻ろうと覚悟を決めた。初期装備のナイフを取り出す。
予想どおり、一番始めに攻撃をしてきたのは、シーフだった。
「おらぁ!」
スキル攻撃ではなく、通常攻撃。アイテムマスター程度にスキルなどMPの無駄、そう判断して、突き出された攻撃は、早いが単調なもの。この程度なら、自分の眼でも追える。
そう判断したアヤセは、右手に握ったナイフの切っ先を地面に向けにして刀身に左手を添え、腹の部分(面になっている部分)で相手のダガーの切っ先を受け流しつつ半身になり、そのまま攻撃の勢いが余って、突進する格好になった敵をひらりと躱す。勢いを殺そうと、地面にたたらを踏んでいるところに追撃を加えるか迷ったが、止める。自分では大してダメージは与えられまい。それよりも他の二人を相手にした方がよさそうだった。
次は二人同時に襲いかかってきた。本来、後衛で味方の回復やバフを付与する役割のプリーストまで通常攻撃で殴りかかってくるとは、よっぽど相手を軽視しているのか。いや、経験値が欲しいのだろう。
アヤセは、三人がパーティーを解散して、それぞれソロになっている現況を利用し、自分から見て右手にいるプリーストの真横に位置するように体を滑り込ませる。この三人の中で一番弱いプリーストを標的にして、他の二人との間にプリーストが立つよう位置を保ちつつ、1対1の戦闘に引きずり込むのが狙いだ。
突然、相手が自身の左横に動いたので、慌てたプリーストは、右手の杖を横殴りに振り付ける。だがその動きは、上半身のみの動きで下半身に力が入っておらず、ふらつきながらのものであって、軌道もぶれている。膝を必要最低限屈め、攻撃を躱した直後、体を元に戻す反動を利用し、相手の鳩尾に狙いを定め、ナイフを突き入れる。ダメージ判定は、ウィークポイント攻撃のクリティカル。ただし、アヤセの現状のステータスと装備では、致命傷に至らずHPは残っている。
「くそっ、舐めやがって! 【エアエッジ】!」
体勢を立て直したシーフが、苛立ってスキルを発動する。エアエッジは、風の刃を飛ばすスキルで、小型刀剣を扱う職業専用のものだ。早い段階で習得できるが、MPの効率も良く、空を飛ぶモンスターにも当てることができるので、初心者、ベテラン問わず重宝されている。
(この位置でエアエッジ? こいつ、正気か!)
風の刃は、その射線上にプリーストが入っており、もろに受けるかたちになる。プリーストは先ほどのダメージも手伝って、HPがゼロになった。
「テ、テメッ……、マジフザ……!」
プリ-ストは、最後に悪態の言葉を残し、テクスチャを散りばめ消えた。その跡には、装備品とアイテムが何個か転がっている。経験値とアイテムの独り占めを謀り、パーティーを解散した三人組は、お互いの攻撃がお互いに通るようになっていた。それは、PKがPKにPKをした珍妙な瞬間だった。
(欲に駆られてパーティーを解散しなければ、エアエッジは、プリーストの体をすり抜けて自分に直撃していたのに。最も、プリーストに当たっても構わなかったのだろうが)
シーフのエアエッジは、アヤセを狙ったものであっただろうが、プリーストへの被弾を躊躇しない攻撃だった。ここまでくると醜い強欲さに呆れるばかりだ。
「クソッ! 邪魔しやがって。もう一回だ。【エアエッジ】!」
シーフが再びスキルを発動する。熟練度が高いのか、次の発動まで早い。プリーストがやられるまで、もたついていた戦士であるが、シーフの飛び道具による巻き添えを警戒して距離を保っている。
(一応物理攻撃らしいから、武器で受けられるかもしれないな)
放たれた風の刃は、アヤセ目掛けて飛んでくる。避けるのは自分のステータス値から見て困難。だが、先ほどの通常攻撃と同じく、早いが単調で軌道が読みやすいのは同じだ。
アヤセは、軌道を追い、攻撃を受け止めるべく、左手をナイフに添え、刀身の腹を正面に向けて垂直に構える。風の刃は、予想どおりの位置に飛んできた。
(よしっ。予想どおり防御成功だ! HPも減っていないな。)
激しい金属音を響かせ、エアエッジを相殺する。武器受けは完全に成功したかに見えたが、直後に驚くべきことが起こる。
=個人アナウンス=
武器が破壊されました。
(えっ……!)
アヤセは、驚愕し、右手のナイフを見やる。自分が握っていたのは、刀身の半分からきれいにポッキリ折れた、ナイフの残骸だった。
(耐久値が限界だったか! くそっ!)
武器で相手の攻撃を受けた場合、その耐久値が減じてしまう。初期装備のナイフは耐久値がそれほど高いものではないので、相手の強力なスキルを受けて限界を迎えてしまったようだった。動揺し、動きが止まるアヤセ。そして、次の瞬間、胸に衝撃を受けた。
衝撃を受けた理由は、アヤセの武器が使用不能になったことをいち早く理解した戦士が、自分の得物をアヤセに叩き込んだからだった。バットの攻撃は、十分に力を込め、振り抜かれたものであり、なかなか重量があり、アヤセの体は、背後の樹木まで吹き飛ばされた。HPの残りはあと僅か。ステータス的には瀕死状態で、体を動かすことができない。
「へっへっへっ。手間取らせやがって。だが、もうお終いだぜ」
全身不気味な、緑のゴブリン装備の戦士が下品な笑い声を上げて勝ち誇る。
「おいっ、俺のエアエッジでこいつの武器を壊したんだから、俺の獲物だぞ!」
「知るかよ! お前のせいでマンゾーの奴が死に戻ったんだろ? アイツの経験値入ってんだから、こいつは俺に譲れ!」
「馬鹿言うな! アイツの経験値なんざ、クズにもなんねーよ! ああ、もういい。お前PKして経験値貰うわ」
「お、おい、止めろって。そうだ、『共闘』で手を打たねーか?」
「……まぁいいだろう。早く申請しろ。おい、トドメはお前が刺していいぞ」
「チッ! めんどくせーこと押しつけやがって。トドメのボーナスなんか付かないのによ。……おい、テメェさっさと死ねや」
戦士がゴブリンバットを振り上げる。瀕死のアヤセは黙ってそれを見ていることしかできない。
「経験値たっぷりくれて、ありがとよ。テメェはいいエサだったぜ。死に戻ったら、またここに来い。そして、経験値をまた俺達に貢げや」
腹立たしい、言葉を投げかけてくる戦士。見た目だけでなく、その顔も醜悪なゴブリンのように見えてきた。
(くそっ! この程度しか戦えないなんて! 武器さえあればもっと……、もっと善戦できたのに!! 武器が欲しい! どんな武器でもいいから代わりの武器が欲しい!)
=個人アナウンス=
ゴブ男の装備「ゴブリンバット」をインベントリに回収しますか?
(えっ!?)
アヤセは、無念を滲ませて武器を渇望していたが、突然の鳴り響いた個人アナウンスに驚いた。だが、間髪を空けずあることに気付く。この、アナウンスは聞き覚えがある。もしかしたら……。もしかしたら!
(スキル【換骨奪胎】を発動!)
=個人アナウンス=
スキル【換骨奪胎】を発動。ゴブ男の装備「ゴブリンバット」をインベントリに回収しました。
「なんだっ! 俺の武器が! おい、コラ! テメェ! 俺の武器を返しやがれ!」
突然自身の武器が手元から消え、動揺を隠せない戦士。アヤセと同様に個人アナウンスが流れたのだろうか、アヤセがインベントリに回収したのを知っているようだった。
スキル【換骨奪胎】、その効果は、「戦闘中における参加者の装備品の回収・返還(変換)権限を有する」もの。ここにおける「戦闘中の参加者」は味方のみならず敵も含まれていたのだ!
「おい、何やってんだよ! さっさと殺れ!」
「こ、こいつが俺の武器をテメェのインベントリに回収しやがった! 返せ! 俺のバット返せよ!」
「本当か!? どうやったか知らねぇが、俺の武器まで盗られると厄介だな。まぁいい。インベントリにあるならば、こいつを倒せば、ドロップするだろ? 俺が殺るぞ」
「待てよ! ドロップなら確率で出てこないこともあるんだろ? 止めてくれよ! 俺のゴブリン装備、お揃いなんだぞ!」
「そんな気色悪い装備、止めちまえって前から言ってるだろ! ……でもま、一応聞いてみるか? お前、返すつもりあるか?」
シーフが問う。それに対するアヤセの答えは決まっている。
「馬鹿が。返すわけ無いだろう。こんな雑魚に手間取って、お前達はPKとして三流以下だな。……早く殺れ」
「……っ! だ、そうだ。じゃあお望み通り死ね。そら、【エアエッジ】!」
ゴミを掃き散らかすかのように放たれたエアエッジは、アヤセのHPを全て奪った。
(また、死に戻りか! 王国まであと一歩だったのに! くそー! また帝都からやり直しかー!)
こうしてアヤセは、シーフの高笑いと戦士の悲鳴を耳にしながら、帝都へと死に戻った。