37_囚人のジレンマ
「連中が吐いたぞ」
リザードマンのドロップアイテムの買取り処理が済んだ後、アヤセは、一度隊長執務室を辞し、アメリーの求めに応じて、工房において装備品をはじめとした生産物にポテンシャルの付与を行っていたが、昼前になってギー隊長に再度呼び出された。上述のセリフは、アヤセが隊長執務室に入室した際に、ギー隊長が開口一番に告げたものである。
「拘束されてから、それほど経っていませんね。思っていたよりも早かったように感じます」
「うちの調査部が優秀だからと言いたいところだが、対象の意志があまりにも脆くて、あっさり落ちたのが実情だ」
「そんな簡単に口を割ったのですか?」
「ああ。少し揺さぶったら、狼狽して面白いようにベラベラ喋ったそうだ。しかも幹部の三人だけが率先して話したというのが何ともな。奴等には誇りとかクラン幹部としての自負というものが無いらしい」
「幹部の三人が? 平団員の二人は話さなかったのでしょうか?」
「どうもそのようだな。ジョルジュの件はともかく、護衛パーティーの集結については何かしら知っているだろうに。『禁錮』や『レベルダウン』をちらつかせても動揺は見せたが、転ぶことはなかったそうだ。強情な奴等だが、幹部の三人より骨がありそうだな」
アヤセは、エルフの小僧とチンピラドワーフがクランに義理立てして黙秘を貫いたことを意外に思った。
また、同時にギー隊長の口から飛び出した物騒な単語が気になる。衛兵隊によるプレイヤー用のペナルティだと思われるが、その実態はどの様なものなのだろうか?
「あの、『禁錮』や『レベルダウン』とは一体何なのでしょうか? それで自白を促すことができるのでしょうか?」
「勿論だ。ちなみに『レベルダウン』とは、自供するまで一定時間が経てば基礎レベルが1ずつ減少していく。あと、この派生として技能レベルを同様に下げたり、装備品を破壊する方法もある」
「……どれも恐ろしいですね。自分には到底耐えられそうにありません」
「まぁ、これは衛兵隊が行う『奥の手』のようなものだ。滅多に取る措置ではない。あと、『禁錮』だがこれは、独房に一定期間閉じ込めることだ」
「それは、何となくですが想像がつきました」
(しかし、運営が課す処分で「ログイン停止措置」があるが、これとは違うのだろうか?)
「ログイン停止措置」は、運営により実行される処分で、停止措置が取られた期間ログインができなくなるのだが、当該措置と「禁錮」はどう違うのかアヤセには区別がつかなかった。
「『禁錮』は、該当者が眠っている時間は処分期間に含まれない。よって、独房で過ごす実際の日数は、各人で異なるのが特徴だ」
(わざわざログインして、独房で真面目に刑に服さないと、いつまでたっても外に出られないのか。これはある意味「ログイン停止措置」よりも厳しい処分かもしれない。それにしても衛兵隊は強力な権限をもっているな。御厄介になるようなことは絶対にやめよう)
「ちなみに、『禁錮』を用いて取り調べを行う際には、ちょっとした工夫で自供する確率が上がる。例えば、今回のように被疑者が複数いる場合、これらを完全に孤立させた上で、自分一人だけ自供して、他の者全てが黙秘した場合は、取り調べに協力的だったとして禁錮を免れると言えば良い。おまけで他の者が自供をして、自分がしなければ、禁錮の期間が倍になると脅せば効果的だ。大抵の場合、これで他の者が我が身可愛さで、自分を差し置いて自供していないかと疑心暗鬼になり、進んで話し始める。全員黙っていれば証拠不十分で釈放されるのに、あの三人は、見事なくらい我々の術中に嵌まってくれた訳だ」
(この仕組みは、「囚人のジレンマ」に似ているな。現実世界の日本では、絶対にできない捜査方法だが、衛兵隊は秩序を守るためにここまでするのか……)
本来の「囚人のジレンマ」では、全員黙秘の場合でも刑罰(ゲーム上では「禁錮」に該当)の期間が設けられている(ただし刑罰の期間自体は一番短い)ので、多少の違いはあるものの、衛兵隊のやり方は、これによく似ている。
いずれにしても、全員にとって一番利益になる選択肢があるにも関わらず、何かしらのリスクやもし誰かが裏切ってもそれに対する報復措置が何も無いため、自己にとって最も利益になる選択肢を選ばざるを得なくなるというジレンマを抱えることになる。
今回のケースで言えば、五人組にとって一番の利益は、全員黙秘して無罪放免になることであるが、誰か一人でも自供すれば、自身の禁錮期間が倍になるリスクが存在することから、他の者が自供してもしなくても、自分にとって利益(この場合、自供しなかったことによる禁錮期間の倍増を避ける意味もある)になる自供を結果として選んだといえる。
(この仕組みを知っていても、自分がもし実際に選択を迫られたら果たして黙秘を通すことができるだろうか? ……正直言って自信はないな)
衛兵隊の手腕には、舌を巻くと同時に恐ろしさを感じさせる。
(それにしても、そんな重圧に屈せず自供しなかったエルフの小僧とチンピラドワーフは、大したものだ。本当に何も知らないだけかもしれないが、初めに自分が持った印象を変えなければならないかな)
第一印象が第一印象だったので、アヤセは二人に対し、あまり良いイメージを持っていなかったが、それを改める必要があるのではないかと考える。それと同時に何故二人はそこまでして口を噤むのか不思議に思った。
「自供した幹部三人の供述は大体一致している。今は、調査部が裏取りを行っているところであるが、個人的には虚偽や錯誤はまず無いと思っている。それで、連中が吐いた話だが、まず、ジョルジュの件については、残念ながら幹部三人は殺害の実行犯を知らなかった。分かったのは、ネネコが所属クランのクランマスターから長弓を譲り受けたということまでだ。仕方がないがこれ以上の追及はどうやら難しそうだな」
ギー隊長は悔しそうに事の経緯を語る。
(せっかく長弓が出てきても、犯人が分からず、ギー隊長もさぞかし無念だろうな。それにしてもネネコは、長弓のログを見たことが無かったのだろうか? あと、自分がログを見ることはできないだろうか。後で運営に問い合わせてみるか)
やはり、衛兵殺害の実行犯に繋がる手掛かりを得るには、ログをたどるのが手っ取り早いだろうとアヤセは思い、その手段を自身も探ってみようと思うのだった。
「だが、もう一点の護衛パーティーの集結日時については三人ともよく話してくれた。集結日時は、明日の午前三時、場所は『星見の台地』だそうだ」
ギー隊長は、一枚の筒状に丸められた、ラタ森林地帯一帯の地図を応接テーブルに広げ、図面の一点を指でトントンと叩いて場所を示す。
「『星見の台地』は大体この辺りだ。国境のバヤン川沿いの高台で、樹木の数も少なく、開けた草地のようになっている。大人数が一堂に会する場所としては、うってつけだ。……そして対象を追い詰めて、せん滅するのにもな」
ギー隊長は、じっと地図上の「星見の台地」の場所を見つめる。その目は、毎回裏をかかれていた人狩りの撲滅を必ずここで成し遂げるという強い決意を秘めていた。
「実を言うと『星見の台地』も集結地点の候補の一つとして、前々より警戒が必要だと思っていたが、ラタ森林地帯には似たような開けた場所がいくつかあって、対象を絞り切れなかったのが現状だった。だが、今回は違う。確実な情報を入手して我々も投入できる戦力を全て注ぎ込むことができる。今度こそを人狩り共を必ず討伐してみせるぞ!」
ギー隊長は意気込みを見せる中、執務室のドアがノックされ事務官が顔を覗かせる。事務官の来室に気付いたギー隊長は、手招きで呼び寄せ、差し出された一片の用紙を受け取った。事務官を下がらせながら用紙にさっと目を通すが、直後に難しい顔になり、アヤセに向き直り、その内容を話しだした。
「やれやれ、理由が分からないが、平団員のエルフが君に話をしたいそうだ。そうすれば自身の知っていることを全て話すと言っている……。どうする? 話を聞くかね?」
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エルフの小僧ことコーゾは、憔悴しきった顔で取調室の椅子に座っている。アヤセはテーブルを挟んだ向かいの椅子にかけた。
「……」
コーゾは、アヤセが対面にかけたにも関わらず俯き黙っている。
「人払いは済んでいる。話はプレイヤー同士でできるよう、衛兵隊が取り計らってくれた。だから、言いたいことがあるのなら、心置きなく話すことができる」
アヤセは、コーゾに話を促す。それでもコーゾは、しばらく俯いたままだったが、やがて遠慮がちな上目遣いでアヤセを見つつ、口を開いた。
「ぼ、僕は、決してアヤセさんのことを好きじゃありませんからねー。僕達に仕掛けただまし討ちは、許していませんよー」
コーゾの恨み言を聞き流し、アヤセは再度話しを促す。
「……コーゾ君達がここにいる原因は自分にもあるからな。そう思うのも分からなくもない。それより、話しがあるなら早く言ったらどうだ?」
「確かに、時間もないですし、お願いしたいこともありますから、言いますねー。護衛パーティーの集結日ですが……」
「明日の午前三時、『星見の台地』だな。既に衛兵隊のほとんどの人間が知っていると思うが」
今から言おうとしていたことが、もう衛兵隊に知れ渡っているという事実を知り、コーゾは面食らった顔をする。
「な、なんでアヤセさんが知っているのですかー?」
「幹部の三人が吐いた。自分だけ助かりたい一心であっさりと自供したそうだ」
「そ、そんな……」
コーゾは、アヤセの言っていることが信じられないという風に呆然とする。
「幹部と言えども、禁錮が怖いのは当然と言えば当然だ。しかし分からないのが、コーゾ君が何故自分になら話して良いと言ったことだ。衛兵に普通に話せばいいことだし、下手したら心証も悪くなって禁錮の期間が追加される危険があるかもしれないのに。そこまでする理由がいまいち分からないな」
「それは……、衛兵隊にはPKクランと通じている内通者がいて、そいつが護衛パーティーの集結日時に関する情報を流しているからですー」
「何? 内通者だって?」
「そうですよー、内通者ですー! そいつのせいで、僕達はいつもPKに待ち伏せされて、酷い目に遭わされているんですよー! 衛兵に今回の集結日のことを話したら、また情報が流されてしまうじゃないですかー? だから、プレイヤーの誰かにこのことを話して、クランの皆に僕達が捕まったことを伝言して欲しかったのですー」
「内通者か……。もし、本当なら重大な情報なのだが、衛兵隊の存在意義から考えるとまずあり得ないな」
「え、でもクラン幹部の人達からいつも聞かされてましたよー?」
内通者などいないと断言するアヤセに、コーゾは戸惑いを見せる。
王国の衛兵隊には、国内の秩序と国民生活の安寧を護るため権限が与えられている。その権限は強力で、違反したプレイヤーも取り締まりの対象となり、悪質な者には禁錮等といったペナルティが課されることになる。ハラスメントをはじめとするプレイヤー間のトラブル案件は、運営が裁定を行うが、ゲームの世界における生活上でのプレイヤーが引き起こす迷惑行為や犯罪、またPKに対しては衛兵隊が厳正に対処に当たっている。
(以前、運営AIが「プレイヤーの安心と安全を守るのが自分達の仕事」と言っていたけど、衛兵隊もその一端を担う重要な組織だからな。衛兵隊が善良なプレイヤー達を犠牲にしてまで、特定のクランやプレイヤーに便宜を図っているなんてことがあったら、組織の信用が根底から揺らいでしまうだろう。そうなると運営だって自分達の仕事がやりにくくなることくらい分かっているだろうから、自分で自分の首を絞めるような真似はしないはずだ)
アヤセは、自分の考えをコーゾに説明する。これに対し、コーゾもアヤセの考えに納得がいったようだった。
「よーく考えてみたら、確かに衛兵隊でそんなことをしたら誰も言うことを聞かなくなってしまいますねー。でも幹部の人達は何でそんなことを信じているんでしょうかー?」
「信じているのではなくて、信じさせようとしているのかもしれない」
「えっ? それってどういう意味ですかー?」
「それは、もう少し調べてみる必要があるな。それより、衛兵隊の脅しの内容は、中々厳しいものだっただろう。しかし、それでも今までよく黙っていたな。本当に大したものだ」
「べ、別に、大したことなんかじゃないですよー。僕には僕で、できることを考えていただけなんですよー」
コーゾは、アヤセの突然の賞賛に驚き、少し照れたように応じる。
「衛兵隊には内通者もいるって聞いていましたから、僕の持っている情報を内通者に知られなかったら、護衛パーティーのメンバーをPKから守れると思ったんですー」
「伝言を自分に託そうとした理由は何だ? 自分はコーゾ君達に好かれてもいないし、何より信用ならないと思っている衛兵隊に協力した人間に、何故そんな大事なことを任せようとした?」
「ご、ごめんなさいー。さっきは少し言い過ぎましたー。確かにアヤセさんが第一印象から僕達のことをよく思っていないことは知っていましたよー。でも、沼地のリザードマンと戦おうとしていた僕達に、情報を秘密にせず戦わない方が良いって言ってくれたり、本人は助けが遅いって文句を言っていましたけど、ガイさんを助けようとしたりして、困っている人を見捨てずに助けてくれそうだなって感じたんですー。だから、僕達のことを話せばきっと分かってくれるって思ったんですよー」
「そうは言っても実際は、あの時、参戦要請を断っているからな。自分のことを買い被り過ぎだ。それに、コーゾ君の願いを聞き入れるかどうか分からない。人を簡単に利用しようと思わないことだな」
アヤセは、コーゾの期待に対し冷淡に応じる。
「そもそも衛兵隊には、コーゾ君達に禁錮を課す理由が無い。護衛パーティーの集結日を言わないことだけでは、具体的な罪状にはならないし、黒い長弓の件にしたって、ただ現物を所持しているだけでは、衛兵殺害の証拠としては弱いからな。余計なことを言わなければ衛兵隊も何もできずに放免する他はないだろう」
「そうなのですかー!? 僕は散々禁錮にしてやるとか基礎レベルを下げるぞとか言われましたよー」
「ハッタリも衛兵隊の取り調べの手法らしいな。自分達が刑事ドラマとかを見て、抱いている警察のイメージで考えていると痛い目に遭いそうだ」
不当な拘留や罰則は、運営にもクレームが行くだろうから、その辺りは慎重に判断するだろうが、取り調べや自供を促す方法は、かなり際どいところまで手を突っ込んでいるらしい。
コーゾは、アヤセの言葉を聞き黙り込んでしまう。過酷な取り調べを受けたものの、それによるリスクが初めから存在しなかった事実を知って、やはりショックを受けたようだった。
「そんな目にまで遭わされて、コーゾ君にしろ、ピラン君にしろ、何故あんなクランに居続ける? 二人のことを使い捨ての道具程度にしか見ていない連中に、何をそこまで義理立てする必要があるのか自分には理解できないな」
「それは……、クランがやっている護衛パーティーのためですよー。帝国から逃げてくる第四次組や生産職が無事にラタ森林地帯を越えられるように助けてあげようと思ったからですー」
「手助けか?」
「はいー。今、帝国ってトップクランが横暴してるじゃないですかー? それで、帝国が嫌になった人達を王国まで送る護衛パーティーを主催する側になって、弱いプレイヤーを助けてあげようと思ったんですよー。皆に感謝されて僕達は本当に良いことしているんだなーって感じますし、お金まで貰えるんですからラッキーですよねー」
「……」
「パーティーの護衛や勧誘の他にも幹部のお世話に、生産職のスカウト、また、それに対しアヤセさんみたいな非協力的で態度の悪いプレイヤーの対応とか、クランの平団員の仕事は沢山あって、とっても大変なのですが、やり甲斐はありますよねー。僕もいずれは幹部になって、もっとクランの活動を大きくするのが目標なんですー」
「……」
「あ、すいませーん。また言い過ぎましたねー」
(目標を持っていることは結構だが、やっていることは結局クラン幹部の使い走りに過ぎないのだよな。先日自分に絡んできたのも外奴隷の囲い込みをしている自覚すら持っていないのは褒められたことではない。あと、やや上から目線なのも気にくわないな)
クランの平団員は、どの程度自分のやっていることを自覚しているのだろうか。一番問題なのは、弱者の骨の髄までしゃぶり尽くすクラン幹部達なのだが、それに何の疑問も無く盲従する団員も全く責任が無いとは言い切れないとアヤセは思う。
「大した考えをお持ちのようだが、初めに自分に声をかけてきたのは何故か? 随分と深緑装備の生産者について聞きたがっていたが」
「アヤセさんに声をかけたのは、あの素敵な服を作る生産職のプレイヤーをうちのクランにスカウトするためですよー」
「スカウトは二人ではなく、幹部が担当するのだろう?」
「そうですー。よく知っていますねー。僕達はあくまで生産者の名前とコンタクトができる場所とかを調べるまでですー」
「クランに生産職は何人いる? おそらく大した人数ではあるまい」
「確かに多くはありませんねー。五人くらいですよー」
「そうか……」
クラン「断罪の暗黒天使」も他のクランと変わることはない。アヤセはそう感じつつ、話を続ける。
「コーゾ君は『外奴隷』という言葉を知っているか?」
「『そとどれい』……? いいえ、知りませーん。初めて聞きましたよー」
「この言葉は簡単に言うと、クランが生産職を所属はさせないが、あらゆる手段を使って自分達に生産物を納めさせる仕組みだ。大体この方法で生産職を支配下に置く場合、脅迫や負債漬けが常套手段になっている。『奴隷』とはよく言ったものだな」
「!」
「お前達のクランに所属している生産職が極端に少ないのは、それを物語っている。腕の良い生産職を『外奴隷』として囲うことは、相当の利益が期待できる。自分のこの装備一式を作った裁縫師のプレイヤーも、以前まであるクランの『外奴隷』だった。千ルピー程度で買い叩かれた服がクラン直営店だと最低でも二万ルピーで販売されていたと言えばいかに暴利を貪っていたか分かるだろう」
「そんなに……」
「言うまでもなく『外奴隷』にされた生産職のプレイヤーの物理的、精神的な苦痛は計り知れない。お前達に自分達のやっていることが、不幸なプレイヤーが生まれる原因になっているのをどこまで自覚していたか聞いてみたいものだ!」
「でも、でも……」
コーゾは、アヤセの指摘に何か抗弁したそうだったが、適当な言葉が見つからずに口ごもる。アヤセは、更にもう一つの問題点について言及する。
「それともう一点の護衛パーティーの件にしたって、クランの護衛役がPKにやられて死に戻ったあと、連れられてきたプレイヤー達は、どうなった? なけなしの所持金で参加料を払ったのはいいが、肝心の護衛が全滅したあと、無惨に狩られた者達も大勢いたのではないか? 帝国の回帰地点に死に戻ったプレイヤー達にクランは、参加料を返還したのか?」
「そ、それは……」
「参加料の返還なんてしていないのだろう? 死に戻ったプレイヤーの中には、所持金も底を尽き帝国から身動きできない者もいるに違いない。……現に、護衛パーティーには参加していないが、自分も似たような境遇の一人だった。ラタ森林地帯で二度PKに死に戻らされて帝都の回帰地点に戻された時の絶望感は今でも忘れない……」
コーゾは、アヤセを見返す。沼地のリザードマンを討伐するくらいのアヤセが二度も死に戻りを経験していたことを意外に思った様子だった。
「こう言っては何だが、クラン『断罪の暗黒天使』が主催する護衛パーティーは、半端者が適当に、自分より弱い人間を相手に金を搾り取る手段として利用しているようにしか見えないな」
「そんなことありませんよー! 確かに、何人か死に戻っていますけど、犠牲はつきものですー! 皆僕達のお陰で無事に王国まで来られたって、喜んでいましたよー。」
コーゾはムキになって反論するが、アヤセは、先ほど以上に冷ややかに応じる。
「『何人か死に戻っていますけど、皆喜んでいました』か。実際に死に戻ったプレイヤーが果たして同じことを言うと思うか?」
「うっ……」
「護衛対象を全員無事に送り届けるのが、護衛パーティーの本来の責務だ。お前達がPK相手に参加者を護ることができないって分かった段階で、参加者の身の安全を第一に考えて、冒険者ギルドへPK排除のクエストを発注したとか、何か対策を講じたのか? 衛兵隊に内通者がいると分かっているならば、ルールを守らせる点では大本ともいえる運営に事の真偽を確かめたり、場合によっては苦情を申し立てることもできたはずだ。クラン幹部達は今までそういうことをやっていたか?」
「……」
コーゾは黙って首を振る。
「衛兵隊は、明日の『星見の台地』の集結に合わせ、本腰を入れて大規模な掃討作戦を展開するつもりらしい。だが、お前達のクラン『断罪の暗黒天使』が護衛パーティーの事業をこの後も継続して行うならば、同じような犠牲が出続けるだけだ。本当に帝国から逃れて来るプレイヤー達を救いたいのなら、抜本的な方策が必要になる」
話の途中であったが、アヤセのメールボックスにメールが受信された通知音が鳴った。
「済まない。少し失礼する」
コーゾに断りを入れ、アヤセはメールを確認する。
「受信ボックスに調査結果の用紙が送られてくるのか。受け取ればインベントリに自動的に収納されると……」
おもむろにインベントリから一枚の用紙を取り出し、内容を確認する。一通り確認したあと、アヤセはコーゾに話を向けた。
「話が変るが、聞きたいことがある」
「えっ? 聞きたいことですかー? 何でしょうかー」
急に話題が変わり、コーゾは戸惑うが、アヤセの質問に答える意志を見せる。
「クラン『断罪の暗黒天使』のクランマスターの名前は『迅雷』で間違いないか?」
「迅雷さんですかー? そうですよー。迅雷さんは、僕達のクランのクラマスですよー」
「……そうか」
====調査結果====
「黒雨の長弓」 所有者履歴
○○年○○月○○日 アルノーにより生産
(中略)
○○年○○月○○日 ジョルジュがギーより譲渡
○○年○○月○○日 ラセツがジョルジュより奪取
○○年○○月○○日 迅雷がラセツより譲渡
○○年○○月○○日 ネネコが迅雷より譲渡
○○年○○月○○日 リザードマン(旧湿地木道)がネネコより奪取
○○年○○月○○日 アヤセがリザードマン(旧湿地木道)より奪取
以上の履歴からアヤセ様の当該装備品の入手には、不正等は確認できませんでした。
※調査履歴を提示することは、個人情報の不当開示には当たりません。
The end of the world Online 運営チーム
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アヤセがインベントリから取り出した用紙は、「黒雨の長弓」の所有者履歴である。先ほど運営に「装備品の所有を巡ってトラブルがあったので、証明書類的なものが欲しい」と依頼をしたところ、調査結果としてたった今送られてきたのだった。
(ギー隊長、アヤセ、ネネコ、リザードマンは、最早説明不要だろう。アルノーは長弓の生産者でアメリーさんの父親だな。ジョルジュは殺された衛兵か。それで迅雷はクラン「断罪の暗黒天使」のクランマスターであると……。それと「ラセツ」、こいつが衛兵殺害の実行犯と見てよさそうだな)
所有者履歴には、ラセツという人物がジョルジュより長弓を「奪取」していることが明記されており、これは戦闘を経て当人の手に渡ったことを物語っている。それと、履歴にはもう一点見落としてはならない点があった。
(衛兵殺害犯のラセツがクラン「断罪の暗黒天使」のクランマスターである迅雷に長弓を譲渡している。「奪取」ではなく「譲渡」か……。非常に気になる点だな)
「衛兵から『黒雨の長弓』の所有者のことを聞かれなかったか?」
「はいー。でも、僕に分かることは、ネネコさんが迅雷さんからプレゼントとされたというくらいしか知りませんって言いましたー」
「ネネコ達も同じことを言ったそうだ。しかし、どうして迅雷は、ネネコのような奴にこんな高性能の装備品を譲渡したのだろうか。正直言ってネネコには『猫に小判』なのに」
「『猫に小判』……。それ、そのとーりですねー。僕、前にネネコさんに聞いたんですが、リアルでクラマスと会うことを条件にもらったって自慢していましたよー。迅雷さんは自分に惚れているから、一晩付き合えば何でも言うことを聞いてくれるってことも言ってましたねー。ネネコさんの話は、聞いている方が恥ずかしくなりましたよー」
「……迅雷にしろ、ネネコにしろ、何をやっているのだか。特にネネコの奴は、そんなことを周りに自慢げに吹聴するなんて、あまり利口とは言えないな」
アヤセは、品位に欠ける二人に呆れてため息をつくが、気を取り直して話を続ける。
「知っていると思うが、この長弓は以前、ラタス衛兵隊所属の衛兵が所有者だったがPKに奪われ、その際に衛兵が殺されている。衛兵殺しはこのゲームでは重罪の部類に入る。衛兵隊が血眼になって仲間を殺した犯人を捜している理由も何となく分かるだろう?」
「殺された」という表現を耳にしてコーゾの顔がこわばる。
「自分が今持っている用紙は、運営から提供された『黒雨の長弓』の所有者履歴だ。これによると、迅雷は、衛兵を殺害して長弓を奪ったPK本人から『譲渡』を受けている。お前達のクランはPKのお友達でもいるのか?」
「そんな訳ないじゃないですかー! 僕達はいつもPKに死に戻らされているって、さっき話したとおりですよー!」
(コーゾ君はやはり知らないか。いずれにしてもこの話の続きは、ギー隊長とした方が良さそうだ)
「黒雨の長弓」の所有者情報より得られた情報だけでは、判断をしかねる。もう少し情報が欲しいところだ。もう一度、ギー隊長と話をする必要がありそうだった。




