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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第三章_PK討伐作戦

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36_討伐作戦

 拘束された五人組は、衛兵隊本部に引き立てられた。現在、各人は、それぞれ独房に押し込められている。


 「思いのほか早く釣れたな。さて、釣れた魚は大物か?」

 「五人のうち三人はクラン幹部です。一応大物のうちに入ると思います」


 五人組が拘束された後、アヤセは衛兵隊本部に戻った。今は、ギー隊長の執務室の長ソファーにギー隊長と対面するかたちでアメリーと並んで座っている。


 「これから、部下達が徹底的に取り調べを行う。何としても連中からジョルジュを殺害した犯人の手掛かりを吐かせてみせるぞ。アヤセ君には、早朝からの呼び出しに応じてもらった上に、容疑者の迅速な逮捕への協力に感謝する。……それとだ」

 

 ギー隊長は、アメリーに目を向けた後、アヤセに正対し話を続ける。


 「アメリーからブロードソードの件で報告を聞いた。君がラタスに来なかったら、彼女の父親は永遠に愚か者のレッテルを貼られ、そのまま後世に語り継がれるところだった。……あれと私は同い年で子供のころから一緒にここで育ってきた仲だった。あれの名誉が回復されたことは、衛兵隊長としてではなく、天才鍛冶師の友人の一人として感謝している。本当にありがとう、アヤセ君」

 「恐れ入ります」

 「ただ、うちの若い隊員を夜中に部屋へ引き入れるのは感心しないな。将来有望な隊員との間で『間違い』があったとなっては、それこそ一大事だ」

 「隊長! アヤセさんはそんな人ではありません!」

 

 アメリーは、ギー隊長に抗議の声を上げる。


 「お前は黙っていなさい、アメリー。アヤセ君、今回のことは私も感謝している。だけど、それとこれとは話は別だ。アメリーは私の友人だった男の大事な一人娘だ。その娘に何かあっては、私はあれに顔向けができない。……そこは分かってくれるな?」

 「ギー隊長がアメリーさんを大事にされていることは理解しているつもりです。今回は申し訳ございません。以後気を付けます」

 「アヤセさんが謝ることではありません。私が勝手に押し掛けたのですから、悪いのは私です!」

 「それでもだ。嫁入り前の娘が、真夜中に若い男の部屋に入るのを誰かに見られたらどうする? お前がブロードソードのことで頭が一杯だったのなら、アヤセ君がそこに気付かないといけないだろう?」

 「でもっ!」

 「実を言うと、アメリーさんを部屋に通した直後にその点に気付きました。しかし、結局ブロードソードの件を優先して、そのままにしてしまったのは軽率でした」

 「そんな、アヤセさんまで!」

 「アメリーさん、貴女の名誉は、貴女が思っている以上に重大である上に、失くし易いものなのです。一度失った名誉はそう簡単に挽回できません。ただ、『夜中に男の部屋を訪ねたらしい』という話が広まっただけで、地に堕ちることだってあり得ます。そういうことですので、自分の選択が軽率だったと言ったのです。アメリーさんもこれからは自分自身のためだけでなく、アメリーさんのことを心配してくれる人達のためにも御自身の名誉を守っていただきたいのです」

 「……」

 

 アヤセの言葉を受け、アメリーは黙り込んでしまうが、少しして頬を染めながらアヤセに尋ねる。


 「私のことを心配してくれる人達の中にアヤセさんは入りますか?」

 「自分ですか? ええ、勿論です。アメリーさんの名誉が守られることなら、喜んで協力させていただきたいと思います」

 「本当ですか? それでしたら、私も自分の名誉を守るために、今後の行動に気を付けますね!」

 

 明るい表情で、喜色を隠さず返答するアメリーの様子を見て、ギー隊長はため息をついた。


 「やれやれ、また違った問題が出てきそうだな……。まぁ、アヤセ君なら無闇にアメリーの気持ちを傷付けたりしないだろうし、上手くやってくれると信じるか。アメリーは以後気をつけなさい」


 アメリーのことを心配するギー隊長であったが、取り敢えずこの話題を納めることにした。


 「あの、ギー隊長。今回の件で、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 「ああ、構わないが、何かね?」

 「もしかしたら、五人組の拘束には、衛兵の殺害容疑の取り調べの他に別の目的もあるのではないかと思ったのですが。猫型獣人のネネコも『大きな仕事』を控えているとか何とか言っていましたし、どうも気になってしまいまして……」

 「さすがアヤセ君だな。実は、連中からは、別件で早急に聞き出さなければならない事項があるのは確かだ。これに関連して君にも依頼を発注しようと思っていたところだ」

 「自分に依頼を? 具体的にはどの様なものでしょうか?」

 「君が『あの』アイテムマスターでありながら『黒雨の長弓』をリザードマンから奪回したその腕を見込んでの依頼だ。具体的には、喫緊に衛兵隊が決行する討伐作戦への参加要請である」

 

 (ここでクエストの続きが出たか。「討伐」とのことだが、内容は生産職の自分でもこなせる程度のものだろうか? さすがに対象が強力すぎると厳しいな)


 「生産職のアイテムマスターが戦闘でどこまで貢献できるか分かりませんし、返答はもう少し詳しくお話しを聞かせていただいてからでもよろしいでしょうか?」

 「勿論だ。話を聞いて是非前向きに検討してくれ給え。それで、状況を整理するために、今回の討伐作戦の説明の前に、まずは衛兵隊の現状を簡単に話したいのだが良いだろうか?」

 「はい、お願いします」

 「うむ、手短に話すから少しだけ話を聞いてくれ給え。始めに、我々ラタス衛兵隊が目下抱える最重要課題は二つあったのだか、そのうちの一つが『旧湿地木道』のリザードマン討伐だった。忌々しいトカゲ共は、最近になって沼地の小島に居座り始めて、近郊の村落や街道を行き交う旅人を襲い出し、早急な対策が求められていた。だが、冒険者ギルドが出しゃばってきて『モンスターの討伐』は自分達の領域だと言い出したので、衛兵隊は今まで手が出せなかったのだ」


 (自分が沼地の対岸にいたときは島から出てこなかったけど、シナリオでは外に出て方々に被害を及ぼしていることになっているのだろうか?)


 シナリオの細かい点を疑問に思うが、ギー隊長が浮かべる表情から察するに、当人達には深刻な問題なのだろう。アヤセは黙って話に耳を傾けることにする。

 

 ギー隊長は、冒険者ギルドに対して思うところがあるようで、その批判は更に強まる。


 「どこの世界も縄張り争いはあるのだが、こんなことで討伐が遅れて住民らの被害が拡大するなんて馬鹿げている! 実際、冒険者ギルドは大した冒険者も集められず、トカゲ共に手こずって、討伐に赴いた者の装備品が奪われる始末だった。益々敵を強化させて事態を大きくした挙げ句、手が付けられなくなった今になって衛兵隊に泣きついて来たのだ」

 「なるほど、そんな経緯があったのですね」


 トカゲ討伐は、どこかのギルドから発注されたと漠然と把握していたものの、その依頼内容までアヤセは承知していなかった。だが、ギー隊長から説明を聞き、水面下で組織間のくだらない主導権争いがあったことを初めて知る。


 「腹立たしいことに冒険者ギルドは、討伐を衛兵隊に丸投げしておきながら、冒険者への依頼発注を止めていなかった。お目当てがトカゲ共の戦利品なのは分かりきっていたのだが、連中の欲深さには呆れるばかりだ!」


 リザードマンのドロップアイテムは、流通量もそれほど多くないので、生産素材として高値で取引される。ギルドが金儲けのためにドロップアイテムを欲しがるのもあり得ないことでは無かった。


 (多分、クエストの達成条件が素材納品なのだろうな。全く、住民達の生命や財産より自分達の利益優先か。プレイヤーだけでなくNPCにもどうしようもない連中はいるのだな)


 「しかし、我々が、強力なトカゲ共に対し、何かしらの行動を起こそうとしていたところで、アヤセ君が見事に討伐に成功したとアメリーから報告を受けた。君のお陰で頭を悩ませていた問題が一つ解決した訳だ」


 先ほどから、ギー隊長の表現が過去形になっていたのは、既にアヤセが討伐に成功し、この問題は解決していることを表している。しかしアヤセは一つ疑問に思うことがあった。


 「あの、トカゲ達は倒してもしばらくすると沼地の小島に再出現するのですが、また周辺の村落等に現れたりしないのでしょうか?」

 「ああ、一度討伐するとあの小島から出られなくなる。だから、今後ラタスに被害をもたらすことはないだろう」


 (クエストは終了したが、出現スポットはそのまま変らないということか。考え方によっては、あの小島は絶好の『狩場』になるかもしれないな)


 先日、五人組の鎧男が沼地の小島入口で言っていたことを思い出す。


 (トカゲ達の経験値は十五体で大体五千三百程度だし、ドロップ品の内容も上々と好条件が揃っている。まぁ、場所自体は、既に大勢の人に知られているから、程なくして大規模クランが占有することになるだろうが、それまでは自分も少し稼がせてもらうとするか)


 アヤセは再び沼地の小島で周回することを決める。しかし、それはやることをやってからになりそうだ。


 「そういうことで、一つ目の課題は解決したのだが、残ったもう一つの課題もまた厄介だ。ここで君がトカゲから奪った『黒雨の長弓』が関係してくる」


 アヤセは話の流れから、二点目の課題についておおよその見当がついた。そこで自ら話を向けてみることにする。


 「衛兵隊の二点目の課題とは、ラタ森林地帯で横行する『人狩り(PK)』の掃討でしょうか?」

 「ご名答。そのとおりだ。ラタ森林地帯における人狩りの被害件数は、日を追うごとに増加していて、街道は最早無法地帯と化している。このままでは街道として機能を失い、帝国から逃れてくる冒険者達を受け入れることが困難になる。人狩りの討伐は早急に手を打たなければならない問題なのだ」

 「それにしても、二つ目の課題が、ラタ森林地帯の人狩り掃討だってことにアヤセさんはよく気付かれましたね」

 「昨日、『黒雨の長弓』がPKに奪われたことをアメリーさんから伺っていましたし、実は、自分も帝国から王国に向けて移動していた際に、ラタ森林地帯で二度PKに遭遇したことがあるので、その経験から推測したのです」

 「アヤセさんも人狩りに遭ったことがあるのですか!?」

 「はい。二度とも死に戻りをしまして、三回目の挑戦で、やっと王国に入国することができました」

 「そうか、君ほどの者が到達点回帰を経験しているとは……。災難だったな」

 「最も自分が襲撃されたのは、同じラタ森林地帯ではありますが、帝国領側でした。PK達はラタス衛兵隊が周辺警備している王国領側よりも監視が緩い帝国領側で網を張っているという話を後になってから聞きましたが、最近の状況は変化しているのですね」

 「我々が保護した冒険者達からの聞き取りでは、ここのところ人狩り共は、専ら王国領側に襲撃を絞っているようだ。奴らが帝国領側ではなく、衛兵隊がパトロールしている王国領側でわざわざ狼藉をはたらくには大きな理由がある。クラン『断罪の暗黒(ダーク)天使(エンジェル)』……。何とも言いようがない名前だが、このクランが問題を複雑にしている。アヤセ君は『護衛パーティー』という言葉を聞いたことがあるだろうか?」

 「ええと、確か大勢の低レベルプレイヤーを少人数の高レベルプレイヤーが護衛する目的で組まれたパーティーのことだったと思います。そう言えば帝都でも王国入国を目的にしてパーティーメンバーを募集していたのを思い出しました。参加料が高くて自分には無縁でしたが。もしかして、パーティーメンバーを募集しているのが、クラン『断罪の暗黒天使』なのですか?」

 「そうだ。連中は、帝国国内で冒険者を募集して、王国まで護送する事業を大々的に展開している。この護衛パーティーを狙って人狩り共が集まってくるのが、問題の原因になっているのだ」

 「低レベルの未熟なプレイヤーが大勢集まるのは、PKから見れば正に『鴨がネギを背負ってやって来る』のと同じでしょうね。昔、遭遇したPKがそんなことを言っていました」

 「え? 鴨が何だって? ……いや、それより、クランの連中は、帝国国内各地で集めたパーティーメンバーを一斉に護送して、一度王国国内に集結させている。理由は分からないが、おそらく王国内の行き先に応じてパーティーを組み直すためなのだろうが、それが(あだ)になって人狩り共を更に引き寄せてしまっている。衛兵隊では、護衛パーティーの集結に合わせ、警備強化等で人狩りに対抗しようとしているのだが、厄介なことに連中は集結の日時や場所を我々に隠そうとするのだ」

 「それは、奇妙ですね。……ただ、これは突飛な考えかもしれませんが、ある程度被害が出た方がPKの脅威を喧伝できて、パーティーの募集がやり易くなるのかもしれませんね」

 「……そういう考えもできるか。連中は我々のことを信用していないとか何とか言っていたが、もしかしたら、それも理由の一つかもしれないな」

 「ちなみに、集結する人数は最大どのくらいになるのでしょうか?」

 「その時々だが、月に一回か二回くらいの頻度で、三十人程度のパーティーが十二、三ということが多いな。人数にすると三百から四百人というところか」

 

 (思った以上に大人数だな。自分が帝都にいた際の加入料金は、確か八千から一万ルピアが相場だったはずだから、仮に四百人集めたとしたら、最低でも三百二十万ルピア集まる訳か。現実世界の価値で三千二百万円……。経費を差し引いても相当の利益になるだろうな。先日も第四次の追加販売があったし、基礎レベルの低い新規参入プレイヤーからの需要もかなり見込めそうだ)


 「クラン『断罪の暗黒天使』は、新興クランで護衛パーティーの商売も最近始めたばかりだ。荒稼ぎをしているが、団員の基礎レベルも中途半端なもので実態は人狩り共に押され気味で、護衛ごとパーティーを全滅されられたというケースは、枚挙にいとまが無いくらいある。我々衛兵隊としては、連中がひた隠すパーティーの集結日に合わせ、討伐隊を送り込んで群がる人狩り共を一網打尽するのが最も効果的だと考えている。それで最初の話に戻るが、今回の討伐作戦にアヤセ君にも討伐隊の一員に加わって欲しいと依頼をさせてもらったのだ」

 

 ====================

 【特別クエスト(NPC)】

  討伐作戦の参加

  内容:ラタス衛兵隊が決行する討伐作戦に参加し、PKを5体倒せ!

  報酬:神秘の木香×15、15,000ルピア、経験値600

 ====================


 (ここでギー隊長の依頼か。討伐の人数は定められているが、質についてはどうなのだろうか?)


 「討伐対象の基礎レベルに指定はあるのでしょうか?」

 「人狩り共を五体討伐してくれさえすれば、依頼は達成したと見なされる。基礎レベルには拘っていない。本音を言うと隊員の負担を減らすために、なるべく強い相手と渡り合ってもらいたいのだがな。……ボーナスはその分弾もう」


 (全く、ギー隊長も無茶を言う……。隊長には申し訳ないが、あまりに強そうな敵だったら戦闘を回避し、弱そうなのを狙い撃ちして、PKの数を一人でも多く減らす方法で貢献していくか)


 ギー隊長から漏れた本音に、アヤセは苦笑する。ただ、依頼の内容を聞いて、自身も王国入国まであと一歩のところでPKの襲撃に遭って死に戻り、また帝都からのやり直しを強いられた経験から、ラタ森林地帯の安全回復と街道の正常化が急務であることが理解できた。


 (自分もラタ森林地帯でPKに遭って死に戻った際に味わった絶望感は、計り知れないものがあった。もし、帝国から逃れようとするプレイヤーがPKに遭ったことで嫌気がさして引退してしまったら、それは残念なことだからな。この依頼は、以前の自分のように王国に逃れてくるプレイヤーを助けるという側面もあるから、受ける意義は大いにありそうだ)


 「分かりました。PKの討伐が、帝国から逃げてきたプレイヤー達にとっても脅威が排除されることに繋がると思いますから、依頼をお受けしたいと思います」

 「依頼を受けてくれるか! よろしく頼むぞ。それと、正にアヤセ君が言ったとおり、この依頼の重大な目的として、PKの討伐以外に王国に逃れてくる冒険者達の保護がある。未熟な彼・彼女らを、ここで到達点回帰させる訳にはいかない。依頼の達成条件に直接関わるものではないが、冒険者達の保護にも留意してもらいたい。衛兵隊もその心づもりで任務に当たるつもりだ」

 

 (立派な衛兵隊長だ。こういう人物が最前線で奮闘してくれるのであれば、王国もしばらく安泰かもしれないな)


 アヤセは、ギー隊長の心意気に感心すると同時に、自分もその一助となることを決心するのだった。


 「微力ですが、自分も力を尽くします。よろしくお願いします」

 「うむ、アヤセ君の活躍に期待しているぞ。……とは言っても、作戦の開始については、現在連中から情報を引き出そうと取り調べをしているところで、具体的な日時が定まっていない。連中がラタスにいる時点で護衛パーティーの集結日はそう遠くないと睨んでいるのだが。済まないが日時が判明するまで、ラタスに留まり待機してもらうことになるだろう」

 

 (うーん時間的な拘束があるのか……。待機期間は、どれくらいになりそうなのかな? 材木の支払期限もあるし、あまり時間を取られるのは、考えものなのだが)


 依頼のためならラタスの滞在を延ばすこともやぶさかではないが、材木の代金支払期限が迫っていることを考えると日程的に決して余裕がある訳ではない。アヤセにとって迷いどころだった。


 「アヤセさん、どうかされましたか。滞在に何か支障でもあるのですか?」


 ギー隊長の残留要請に明確な返答をしないアヤセを気にかけ、アメリーが声をかける。


 「いえ、実は王都である取引をしていまして、月末までに代金を支払わないといけませんので、資金調達をどうしようかと考えていたのです」

 「まぁ、お金が? どのくらい必要なのですか?」

 「そうですね。最低でも一万五千ルピアは必要になるかと思います」

 「何だ、金策かね? それなら、今の君にとって、うってつけの方法があるのだが?」

 「そんな都合が良い方法があるのでしょうか?」


 悩むアヤセに、ギー隊長は自信深げに頷き、解決案を示すのだった。


 ========== 


 隊長執務室に呼ばれた衛兵隊主計長の目は、会議用テーブルに山と積まれたアイテムに否応なく引き付けられていた。


 「これらは全て、ここにいるアヤセ君が『旧湿地木道』のリザードマン共を討伐して得た戦利品である」


 アヤセは、ギー隊長の示した解決案に応じ、★のグレードが比較的高い物を除いたリザードマンのドロップ品を全て衛兵隊に払い下げることにした。

 払い下げる「リザードマンの皮」、「リザードマンの鱗」、「リザードマンの心臓」は、合計四十個にのぼる。テーブルからこぼれ落ちそうなほど場所を占有しているドロップ品の山を目にして主計長は、感嘆とも当惑ともとれる複雑な顔をしている。


 「ここにあるもの全て我々が買い取ってよろしいのでしょうか?」

 「無論だ。アヤセ君の好意で我々衛兵隊が買い取るチャンスを与えてくれた。それで、モリス主計長、見積もりはどのくらいになるか?」

 

 ギー隊長は、制服姿のモリスという男性に問い返す。早朝の幹部会に臨席していた高位の役職者で、アメリーの直属の上司に当たるモリス主計長は、素早くドロップ品に目をやり、応答する。

 

 「は、はい、見た限りですと★の数も申し分ありませんし、量も量ですから、相応の額になるかと。正確な買取り額を部下達に見積もらせてもよろしいでしょうか?」

 「分かった。早速始めてくれ給え」


 ギー隊長の指示を受け、モリス主計長は、品目、個数と簡単な備考を記した表を作成し、立ち会いの事務官に手渡す。事務官は受取った表を手にして退室した。


 「リザードマンの討伐は、この戦利品のとおり、アヤセ君の活躍により完遂された。これで我々は、かねてから頭を悩ませていたもう一つの課題に本格的に取り組むことができるようになったのだ」

 「人狩り討伐ですな。ですが、人狩り共は神出鬼没で、過去に何度か行った大がかりな掃討作戦も大した成果を得られずに終わっています」

 「その通りだ。忌々しいが闇雲に各隊をパトロールさせるだけでは、人狩り共を根絶やしにすることができない。やはりクラン『断罪の暗黒天使』が運営する護衛パーティーの集結日に人狩り共も集まるのだから、その日に我々も出動し、一網打尽にするのが最も有効な手立てであろう」

 「捕らえた五人組から少しでも情報を引き出せるよう、調査部に期待いたしましょう。突破口は必ず見つかるはずです。……しかし、彼は本当に『あの』アイテムマスターなのですか? 五人組の早期逮捕に大きく貢献をしたとは事前に伺っておりましたが、これほど素材を収集できるくらいリザードマンを一人で討伐しただなんて、こうして素材の山を見せられても信じられません」


 モリス主計長は、ソファーでお茶を飲みながら、アメリーとポテンシャルを話題にして会話をしているアヤセを見やる。


 「実際にこれだけの素材を集めてきたのだから、まぐれやインチキで討伐に成功した訳では無さそうだ。ちなみに、本人の話だと、素材はいくつか損壊したものもある上に、「★」のグレードが高い物は温存しているらしい。それらの数を推定して合計すると、どうも彼一人だけでトカゲ共を六十体か七十五体討伐しているようだ」

 「何と……!」

 「基礎レベル自体大して高い訳では無いし、それに職業も『あの』アイテムマスターであるにも関わらず、腕は相当立つ。いまいち掴みどころが無い人物だが、ダミアン殿も実に有為な人材を送ってくれたものだ」


 二人の話は、執務室に事務官が戻り、モリス主計長に書類を手渡したことで一旦中断される。

 主計長は、少しのあいだ手渡された書類に目を通していたが、首を横に振りながら書類をギー隊長に手渡す。

 

 「この金額では不足か?」

 「はい、極めて甘い見積もりです」


 そう言って、再び書類をギー隊長から受け取り、テーブルに置かれたペンを用いて訂正を入れ始める。

 

 「これで良いでしょう」


 モリス主計長は、ギー隊長へ書類を提出する。

 書類を見たギー隊長は、目を丸くして大きな声を上げた。


 「おい! 主計長。何だこの金額は!? 本気なのか?」


 ソファーで会話をしていたアヤセとアメリーは、大声が上がった方向に目を向ける。


 「はい、部下が計上した金額は、愚かにも冒険者ギルドの試算額を参考にして出したものに過ぎません。こんな金額では、王都のギルド等が示す予想額を遙かに下回っております。これだけの★と数量でしたら、相応の金額を提示しないと絶対に買い取れません!」


 ギー隊長とモリス主計長は金額のことで揉めている。一体買い取り額はいくらになるのか? アヤセは期待と不安を抱え、事の成り行きを見守る。

 

 「まぁ、アヤセ君にも見てもらった方が良いだろう。主計長、少し内容を変更するぞ」


 書類に更に修正を入れた後、ギー隊長とモリス主計長はソファーへ戻り、アヤセに提示する。 

 書類には、それぞれの品目ごとの単価と数量と小計が表としてまとめられ、下部に買取り合計額が記載されていた。当初の合計額は、四万八千ルピアであったがモリス主計長はそれを十六万七千四十ルピアと訂正していた。この金額でも驚きだが、更にギー隊長が訂正を加え、最終的に合計額が十七万ルピアとなっている。当初より実に約三.五倍も買い取り額が増えていることにアヤセは更に驚いた。


 「端数を繰り上げで十七万ルピアとした。異存は無いな主計長? それで、アヤセ君、この金額で応じてくれないだろうか?」


 モリス主計長は頷き、異存が無いことを態度で示す。

  

 (これは凄い! これだけもらえれば材木の代金を丸々充当できるぞ。だが、何故こんなに金額が変ったのだろうか?)


 「値段が上がる分については、有り難いのですが、金額が倍加された理由が気になるところです」

 「それについては、私から説明させてもらおう」


 アヤセの質問に応じたのはモリス主計長だった。


 「初めに部下が算出した見積もり額は、先ほども言ったとおり、冒険者ギルドの報酬を参考にしている。ちなみに冒険者ギルドの報酬は、種類問わず十五個納品で一万八千ルピアである。この個数と報酬額を単純に四十個分に換算し、端数を調整して四万八千ルピアとして計上したのだ。各種の単価も出しているが、報酬額を基準としたもので適正とは言い難い。最も冒険者ギルドの報酬額なんて、安く買い叩くためのデタラメだ。こんなものを基準にしていたら、他のところに買い負けてしまう。これらは衛兵隊では滅多に手に入らない貴重な素材なのだから、金額を訂正して、何としてでも買い取らせてもらおうとしたのだ」


 (果たして、衛兵隊の買い取り額が他に比べて高いかどうかは、今は確かめようがないが、モリス主計長の誠実さがよく伝わってきた。信用のおける人物だな)


 自身の手の内を明かすのは商売の駆け引きを行う上では、あまり良い手とは言えない。だが、モリス主計長は、相手が足下を見て値をつり上げる可能性があるにも関わらず、理由を知りたがるアヤセのために衛兵隊が素材を渇望している事情まで包み隠さず説明してくれたのだ。


 (おそらく、自分を信じて衛兵隊の内情を明かしてくれたのだろう。最もこちらも材木の買受けのため現金がすぐにでも欲しい立場なのだから、買い取りに応じない理由はないのだが)


 「自分もこの金額で異存はありません。買い取りに応じさせていただきます」

 「そうか! 快諾に感謝する。現金はすぐに用意するので、素材はそのまま引き取らせていただこう」


 モリス主計長は幾分ほっとした様子で、取引の成立を喜んだ。


 「無事に買い取りも済んだようだし、まずは一安心かな。しかし、まさか主計長があれほどの金額を提示するとは思わなかった。普段は一ルピアとて無駄な支出を許さないのに、随分と大胆に買い物をしたものだな。皆も驚くぞ」

 「お言葉ですが、隊長。私は、この素材は衛兵隊の戦力強化には欠かせないものだと認識して、適正に支出額を判断して購入したのです。今も健全な会計のために、無駄な出費がないか目を光らせていることに変わりはありません」

 「分かった、分かった。そんなに怖い顔をして睨むな。トカゲの素材は貴重なものであることは確かだからな。しかし、これほど主計長の強い思い入れがある素材だ。この様子だと、生産や戦闘で無駄にしたり、ぞんざいな扱いをした輩がいたら、沼地の小島まで行ってトカゲ共を倒してこいと言われかねないな」

 「そうならないように、隊長からも皆に周知徹底してください」


 (おそらく、モリス主計長は不届き者を本気でトカゲと戦わせるつもりだろうな。それにしてもギルドのクエストにも善し悪しがあるとは思いもしなかった)


 ギルドが発注するクエストの中には、報酬と労力が見合っていない売れ残りの「不人気クエスト」があることは知っていたが、ギルドが買い叩き等の悪意を持って発注しているものが混在しているとは思いもよらなかった。


 (幸いにしてダミアン老人やマルグリットさんが、今まで普通のクエストを回してくれたから良かったものの、自分もそういったものを掴む可能性があった訳だ。これからは、悪質なクエストが紛れていることも念頭に置いて受注しなければならないな)


 今後、ギルド(特に冒険者ギルド)でクエストを受注するにあたり、一つ良い経験をしたとアヤセは思った。


 モリス主計長が王都のホレイショへの送金手続きを代行してくれるとのことだったので、アヤセは、言伝に残余金は次回の船材買い取り時に回して欲しい旨を添え、十七万ルピアを全額送ることにした。


 「アヤセさん、素材が高く売れて良かったですね! これでラタスにも心配することなく滞在することができますよ」

 「そうですね。送金も無事に済みましたし、依頼に集中できそうです」


 アメリーは、アヤセのラタス滞在期間が延びたことを心なしか嬉しそうに受け入れる。一方、かねての懸案事項が解決したアヤセであるが、これによって心が完全に晴れたという訳ではなかった。


 (材木の問題は解決したが、他に何か忘れているような気がするな? もし、そのままにしていたら取返しがつかなくなりそうな重大なこと……。でも一体何なのだろう?)


 アヤセは重大なことが抜け落ちているような感覚を覚えるが、その原因が何なのかについては分からない。


 (思い出せないなら仕方あるまい。ふとしたきっかけで思い出すこともあるかもしれないから、この件はひとまず置いておくとするか)


 思考を切り替え、討伐作戦について思いを巡らせるアヤセであるが、しばらく後に、この時に自身の心の中にあった気掛かりを、放置してしまったことを強く後悔することになるのだった。



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