35_五人組逮捕
アメリーが気持ちを持ち直すまで、長い時間を要した。
アヤセはそれまで、黙って側にいたが、アメリーが落ち着いた頃合いを見計らい、グラスに入った水を差し出す。
「……ありがとうございます」
アメリーは、グラスに口をつける。
「美味しい……」
「気持ちは落ち着きましたか?」
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【アイテム・その他】湿原の湧水 (ラタス) 品質4 価値2 重量2
ポテンシャル(1)…名水特選(料理素材での使用時完成品の品質1up)
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「はい。この水はラタス湿原から汲んできたのですか?」
「道中で水が湧き出ているところを発見しまして、試しに汲んできました」
「こんなユニークなポテンシャルがあるのですね。お料理が楽しくなりそうです。……今まで私は、ポテンシャルに対して偏った考えを持っていたのですね」
「実際にブロードソードに付与された『炎尽』を見たら、おそらくポテンシャルに対して否定的な考えを誰でも持つと思います。それで、お父様のこと、御愁傷様です。これほどの鍛冶師は王国だけでなく大陸全土を探したってそうはいないでしょう。本当に残念です」
「お気遣いありがとうございます。でも、今回アヤセさんにポテンシャルを閲覧してもらって、父の言っていたことが間違いではないことが証明されました。これで父の汚名を返上できます」
「そうですか……」
(いくら、アメリーさんの父親の名誉が回復されたって、亡くなった本人は生き返る訳ではない。結局、スキル【良性付与】や【一目瞭然】だけでは何の解決にも至らないのだな……)
アヤセは無力感に苛まれる。
「もし、父がアヤセさんにポテンシャルについて相談していたら、お酒に溺れることなんて無かったと思います。アヤセさんにはお礼の言い様がありません。お陰様で気持ちの整理ができました。これで母も私もやっと前に進める気がします」
(本人の気持ちに整理ができたのなら、それはそれで良かったのかもしれない。しかし、彼女には「後悔」という新たな感情が生まれているのではないだろうか?)
アヤセは、アメリーが父親の言葉を信じなったことを後悔し、新たな心の重しになっていないか心配する。
「アメリーさんは、その、お父様の最後の言葉を……」
「『信じなかったことを後悔していないか』でしょうか?」
言おうとしていたことを先に言われたアヤセは、言葉を継げずアメリーを見やる。
「していると言えばしています。ですが、後悔してもこれで父が戻って来る訳ではありません。私はこれから父の遺志を何かしらのかたちで継いで、その足跡をラタスの職人達に伝えていくつもりです。それが父への弔いになると思います」
アメリーはそう言って微笑む。その表情は、先ほどの思い詰めた顔から変化し、何かが吹っ切れたような顔になっていた。
「……アメリーさんは強い方ですね」
「アヤセさんはとても優しい方ですね。私のことをこんなに心配してくださって。さっきも言いましたが、今夜はアヤセさんに相談に来ようと思って本当に良かったです」
(そうか、自分も少しは役に立てたのだろうか?)
無力感が心を支配していたアヤセであるが、アメリーの言葉に少しだけ救われたような気がした。
「あっ、もうこんな時間! 随分長い時間お邪魔してしまいましたね」
時刻はいつの間にか、午前零時を回り日付も変わっている。若い女性を自室に引き留めておくには遅い時間だ。
「遅くまで引き留めて申し訳ありませんが、最後に一つだけアメリーさんに御覧いただきたいものがあります」
アヤセは、インベントリから「黒雨の長弓」を取り出す。
「品質や価値が高いのはもとより、何よりネーミングセンスが似ているような気がしまして……。先ほどの話で出てきた、貴族の目に留まった『黒い長弓』とは、もしかしたらこれではないかと思ったのですが、心当たりはありませんか?」
「……! これは父が生産した長弓です! これをどこで手に入れたのですか?」
「成り行きで、リザードマンが冒険者から奪った装備品を更に奪って獲得しました。特殊効果でスキルが付いている装備品を自分は初めて見ました」
「リザードマン? もしかして、『旧湿地木道』の沼地の小島に居座っているリザードマン達でしょうか? 長弓を獲得したと言うことは、勿論リザードマンも倒していますよね?」
「ええ、手強い強い相手ですが、コツを掴めばそれほどでもありません」
「凄い……! 『あの』アイテムマスターがどうしたら、あんな強力なモンスターを倒せるの?」
アメリーは驚き、敬意がこもった眼差しでまじまじとアヤセを見つめる。アヤセは、アメリーの視線に気恥ずかしさを感じながら、逸れてしまった話を元に戻す。
「やはり、お父様の作品だったのですね。これは誰かに譲られたものなのでしょうか? トカゲに奪われる前に使用していた持ち主は、どうも長弓の性能を活かしきれていなかったので、気になりました」
「元々長弓は、うちの衛兵隊の戦闘員が所持していました。ですが、おおよそ二か月前に人狩りによって隊員が殺害され、長弓を奪われてしまい、以後行方不明になっていたのです」
「人狩り?」
「ええ。ラタ森林地帯に出没する冒険者の人狩りが、往来する旅人を襲撃する事件が頻発していまして、衛兵隊もその討伐に当たっているのですが、負傷したり命を落とす隊員もいます。ギー隊長も、近頃強力になりつつある人狩りに対抗するため、ポテンシャルで装備品の強化を図ろうとしていたのです」
(人狩りは、ラタ森林地帯に出没するPKのことだな。PKの横行は、衛兵が出動するほどまで悪化しているのか)
自身も当地で二度ほどPKに遭って死に戻りを経験しているアヤセは、衛兵隊の苦労を手に取るように想像することができた。
「長弓はお話しを聞く限り、PK(注:NPCのアメリーには『人狩り』と聞こえる)に奪われた可能性が高そうですね。しかし、自分が会った持ち主はPKではありませんでした。『断罪の暗黒天使』というクランの団員でしたね」
「『断罪の暗黒天使』……。あのクランが?」
アメリーはクランの名前を聞き、独り言をつぶやく。どうやら、彼女はクラン「断罪の暗黒天使」のことを知っているらしい。
「あっ、済みません。独り言を言ってしまい、失礼しました。アヤセさんにお聞きしたことは有益な情報になりそうです。ありがとうございます」
「自分の言ったことがお役に立てそうで何よりです。長弓はお返ししますか?」
「いえ、ひとまずはアヤセさんがお持ちください。遅くなってしまいましたし、それでは、これで失礼させていただきますね」
「引き留めてしまい申し訳ありません。帰りは、お送りします」
「お気持ちは嬉しいのですが、こんな夜中に一緒にいるところを誰かに見られると噂になります。……私となんか噂になったらアヤセさんに迷惑になりますから、送りは不要です」
(うーん、確かにあらぬ話が出てしまったら、アメリーさんのために良くないかもしれないな)
「そういうことでしたら、引き留めてしまったのに心苦しいのですが、お送りは見合わせます。あ、でも念のため言っておきますけど、アメリーさんのような魅力的な方と噂になったって、迷惑に感じる人はいないと思いますよ」
「アヤセさんは、お上手ですね。私に恥をかかせないようにそう言ってくださるのですね」
アメリーは頬を染めて下を向く。そしてアヤセにも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。
「私、本気にしてしまいますよ?」
「? あの、アメリーさん?」
「い、いえ、今夜は遅くまでありがとうございました。お休みなさい」
そう言い残し、アメリーは足早に部屋を後にする。部屋は再び静寂に包まれた。
(ご主人は、一言多いのが玉に瑕なの~)
突然声が聞こえ、アヤセはびっくりするが、それはケピ帽の中で眠るチーちゃんの寝言だった。
アヤセは、チーちゃんの言葉に、果たしてそうなのだろうかとブツブツと自問自答しつつ、ログアウトをしたのだった。
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食事と入浴を済ませ再度ログインするアヤセ。今日は休日だから腰を据えて長時間プレイできそうだと思いつつバイザーをかぶる。
ゲーム内の時刻は、午前六時を過ぎたところだった。
(少し遅くなったが、開門時間を少し過ぎたあたりか。ダミアン老人のクエストがまだ終わっていないのだが、昨日も追加の依頼は無かったし、材木の買受けのために本格的に金策に走らないといけないからやっぱり王都に戻るか。今から出立すれば今日中には帰れるはずだ)
王都への帰ることを決断し、ギー隊長か衛兵隊の誰かに出立の挨拶をするため身支度を整え、宿舎を出る。
「アヤセさん!」
執務棟へ向かう途中で、聞き覚えのある声に呼び止められる。
アヤセに声をかけたのはアメリーだった。
「おはようございます。アメリーさん」
「おはようございます。アヤセさん。今ちょうどアヤセさんを呼びに行こうと思っていたところでした」
今朝のアメリーは、昨日の甲冑姿と異なり、ギー隊長と同じような服を着ている。おそらく衛兵隊の制服なのだろう。背が高く、モデルのような立ち姿の彼女ならば何を着ても様になる。
「自分に何か?」
「はい。隊長がアヤセさんをお呼びです。御案内しますので、お手数ですが御足労願います」
「隊長が? 分かりました。案内お願いします」
ギー隊長のいる執務棟までの道すがら二人は会話を交わす。
「今朝方、隊長にブロードソードのポテンシャルを報告しました。隊長も父のことを気にかけてくださっていましたので、ポテンシャル『炎神』のことを話しておきたかったのです。それで、その際に『黒雨の長弓』のことも併せて話しました」
「アメリーさんが報告した内容が、自分を呼び出した理由に関係しているのですね?」
「ええ。隊長も詳しく話さなかったので分かりませんが、おそらくそうかと思われます。……最も隊長がアヤセさんからお話を聞きたいという気持ちは分かります。私だってリザードマンを倒したアヤセさんの活躍をもっと、もっと知りたいのですから」
そう言ってアメリーは、アヤセのことをじっと見つめる。凛とした彼女を体現したようなきれいな瞳は、何故か潤んでいるようにも見える。昨晩と同じように自身を見つめ、落ち着かない気持ちにさせるアメリーを躱すようにアヤセは焦って話を元に戻そうとする。
「と、取り敢えず、ギー隊長に話を聞かないといけませんね。早く行きましょう」
アヤセは歩調を速める。急によそよそしくなったアヤセの態度にアメリーは、残念そうな顔をしたが、それ以上は何も言わずアヤセと並んでギー隊長のもとに向かうのだった。
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アヤセが通されたのは、執務棟内の集会場のような大部屋だった。荘厳な佇まいの長テーブルや周囲の調度品は、アヤセが以前所属していたクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の集会場を連想させる。
「早朝から呼び立てて済まないね。今、幹部会を行っている最中なのだが、まぁ、かけてくれ給え」
アヤセは、アメリーの案内に従いテーブルの末席に着席する。
集会場には、衛兵隊の幹部が全員集合し、会議用の長テーブルを埋め尽くしている。晩春とはいえ早朝の気温は低めでひんやりとしているが、室内は人が集まっていることにより、室温も上がっているようで、外ほどの肌寒さを感じさせない。
ラタス衛兵隊の幹部は、ギー隊長を除いて全員で十五名ほどである。甲冑を着込んだ者が十一名とギー隊長やアメリーのような軽装の制服を着た者が四名の構成である。幹部達は上座のテーブルの短辺に席を構えるギー隊長の左右の長辺に序列順に座っている。会議に列席している幹部達の全ての目が途中臨席したアヤセに対し、何故隊長がこの者を呼んだのかと訝しげな視線を注いでいた。アヤセは、一斉に向けられた視線に居心地の悪さを覚えながらも、幹部達に会釈を返す。
「早速なのだが、アヤセ君がトカゲ共から獲得した長弓を見せてもらえないだろうか?」
アヤセは頷き、ギー隊長の求めに応じてインベントリから『黒雨の長弓』を取り出した上、陪席の事務官に手渡した。
「やっぱり、あれが生産したもので間違いないな。いつの間にか優秀なポテンシャルも付いている……」
事務官を通じて、受取った長弓を手に取り、ギー隊長は感慨深げに眺める。
「隊長、その長弓はまさか……」
甲冑を着込んだ幹部の一人が尋ねる。
「ああ、間違いない。アメリーの父親が生産し、ジョルジュが愛用していた『黒雨の長弓』だ」
幹部達から一斉に嘆息の声が上がる。
「やはり、ジョルジュの長弓か。しかし、何故この者が持っているのか?」
「確か、ジョルジュは人狩りにやられたはず……」
「詳しくは、アヤセ君から話を聞かせてもらった方が良さそうだ。諸君に紹介がまだ済んでいなかったが、彼はアイテムマスターのアヤセ君だ。『旧湿地木道』のリザードマン共を単独で討伐して、『黒雨の長弓』を獲得したほどの腕の持ち主である。それで、アヤセ君。この長弓をどの様に手に入れたのか聞かせてくれ給え」
ギー隊長はアヤセを幹部達に紹介しつつ説明を促す。
アヤセはギー隊長の出し抜けの要請に、内心戸惑いを感じたが、要点を絞って簡潔に説明するにはどのようにしたら良いかを考えつつ、口を開く。
「はい。分かりました。この『黒雨の長弓』は、『旧湿地木道』の沼地の小島にいるリザードマンをせん滅したことによって得た戦利品です。長弓は、自分が戦闘を展開する直前に戦っていたプレイヤーのパーティーが全滅したことにより奪われた物を、自分が再奪取するかたちで獲得しました。ちなみに、長弓の所有者の名前は、クラン『断罪の暗黒天使』の構成員でネネコとかいう名前の猫型獣人です」
「おい、アイテムマスターって言えば、『あの』アイテムマスターだろ? どうやったらリザードマンを十五体も倒せるのか?」
「しかも一人でなんて、俄に信じられんな」
アヤセの報告を未だに信じられない幹部達は、口々に疑問を呈しながら所感を述べ合う。
だが、ギー隊長が大きな咳払いをすると、ざわめいていた室内が再び静粛を取り戻した。
「ありがとう、アヤセ君。……諸君らが今聞いた通り、ジョルジュが愛用し、人狩りに奪われた『黒雨の長弓』をクラン『断罪の暗黒天使』の団員が所持していた。この事実は、当該クランの団員が衛兵襲撃に関与しているとして容疑をかける十分な理由になる。これは今後、事態を進展させるに当たって大きなチャンスになるかもしれない」
ギー隊長は、厳然と語り出し、幹部達も真剣な面持ちで耳を傾ける。
「猫型獣人ことネネコ及びその他パーティーメンバーは身柄を確保すべきと考える。対象はトカゲ共との戦闘に敗れ到達点回帰(注:NPCがプレイヤーの死に戻りを表現する際に用いる用語)をしていることから、ラタス城内かその付近にいる可能性が高い。念のため城内のみならず郊外にも捜索の手を伸ばし必ず捕らえるよう、各隊にその旨伝達せよ」
(詳しくは分からないが、どうやら衛兵隊は、五人組の逮捕をきっかけにして何か行動に移そうとしているらしいな)
「あの、ギー隊長、五人組を誘き出す方法で提案があるのですが……」
「黒雨の長弓」が猫型獣人の手に渡った経緯も気になるから、協力できるところは申し出てもいいかもしれない。アヤセは、ギー隊長に五人組逮捕の協力を申し出ることにした。
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アヤセは今、ラタスの城壁上にいる。この区域は、日中は開放されており、一般のNPC住民やプレイヤーが、散歩がてらに城壁上から一望できる雄大な湿地帯を眺めるために集まり、憩いの時間を思い思いに過ごしている。その中でアヤセは、城壁の上から無人の湿原に向けて、長弓で複数の高速の矢を延々と放ち続けていた。
アヤセの奇妙な行動は、当然のことながら周囲の注目を集めている。だが、当の本人は意に介さずスキル【連撃速射】を発動し続け、見せつけるように一見無意味な射撃を城外へ向けひたすら行っていた。
(まぁ、「弓術」の技能レベルも「5」に上がったし、城外への射撃も全く意味が無い訳ではない。スキル【連撃速射】は、矢を複数放つから、その分技能レベルの経験値も上乗せされるらしいな)
思いもしなかった効果をアヤセは喜んだが、ここでチーちゃんの声が頭の中に届く。
(ご主人~!)
(動きがあったか。チーちゃん、スキル【視覚共有】を)
アヤセの指示で、チーちゃんが見ている視界が共有される。チーちゃんの視界はアヤセの目の前に自身にしか見えないタブレットサイズの画面が出現し、それを視認するかたちになるのだが、位置や画面のサイズは任意で変更できるため、例えばチーちゃんを自分の背後が見えるように飛ばせて、車のバックミラーのようなイメージで様子を確認する等、利用の用途は幅広かった。
(最も、チーちゃんが飛んでいる時は画面が揺れるから、慣れないうちは酔いが酷くて視覚共有を解除した後も一日中、頭の中がグルグル回っているようで気持ち悪かったのだが……。まぁ、それはさておき、やっぱり現われたか。見た目からして随分と装備品が貧相になったな)
チーちゃんは、監視塔の屋根で羽を休め、城壁上のアヤセを俯瞰している。チーちゃんの視界では、そんなアヤセを目指して、五人組の男女が城壁の階段を登り、ずかずかと近付いて来るのが見えた。
アヤセは、湿原への射撃を止め、自身に近付いてくる男女に向き直る。そこには、お馴染みの猫型獣人を始めとするクラン「断罪の暗黒天使」の団員五人組が立っていた。
(やっぱり来たか。猫型獣人は、絶対に「黒雨の長弓」を諦めきれないだろうから、人目につく場所で、長弓を見せびらかせば必ず出てくると思っていた。……自分だって「無銘の刀」で同じことをされたら、果たして冷静でいられるか分からないからな)
アヤセによってまんまと誘き寄せられたとも知らず、五人組のうち猫型獣人が口火を切ってアヤセに詰め寄る。
「これは一体何のつもり? またふざけたことをして、今度こそクランを敵に回してまで私達にケンカを売るつもりね? いいわ? ぶっ殺してやるわよ?」
怒りを露わに猫型獣人は、アヤセに突っかかる。公共の場であろうがお構いなしに、脅迫めいた物騒な言動でプレイヤーに絡む姿からは、マナーの欠片すら見出すことはできない。
対するアヤセは、相手のヒートアップに反比例して、自らの思考が冷静になるのを感じながら、以前と同じような応対で言葉を返す。
「ケンカ? 滅相もない。自分が勝手に戦利品の『黒雨の長弓』を目立つ場所で試射しているだけでしょう? これのどこがケンカを売っていることになるのですか? それにしても、皆さん装備品を新たにして、心を入れ替えて一からやり直す気になったのでしょうか? 確かにあの様な戦い方では、トカゲ共はおろかその辺のモンスターにすら勝てないでしょうからね」
「お前、俺達を馬鹿にしているのか! 調子こいてんじゃねーぞ!」
相変わらず威勢だけは良い泥男(確かマッドとかいう名前だったはず。当然ながら今は裸足ではなく靴を履いており、泥にも塗れていない)が息巻く。
「自分よりも調子に乗っているのは、ピンチに陥った盾役のパーティーメンバーのサポートをせず、回復役も碌にこなせないプリーストだと思いますが。前線に残っているもう一人の盾役の魔法使いまで見捨てて逃げた挙句、泣きながら死に戻ったくせに、どんな面をしてクラン幹部だなんて威張れるのでしょうね?」
「なっ……!」
周囲に聞こえるような大声で醜態を晒された泥男は、言葉に詰まる。
「その辺にしておけや。今なら俺達も見逃してやらなくもねぇ。ただ、これ以上ディスるつもりなら、実力で黙らせてやるぞ」
今度は、鎧男(名前はガイだったか?)が泥男に代わり、凄む。どうやら兜が用意できなかったようで、覆面で顔を被っている姿は不審極まりない。
「黙らせる? 実力で? ああ、確かにあなたには、水泳の実力が有りましたね。是非そこの堀で、トカゲから素っ裸で逃れようとした泳ぎをまた見せてもらいたいですね。あと、泥地ですっ転んでスキルを不発させるのも実力のうちでしょうか? ……正直言って無様に死に戻った幹部の三人より盾役をやらされていた二人の団員の方がよっぽど勇敢で立派でしたよ。これではどっちが幹部だか分かりませんね」
「何だと!!」
「ガイ、アンタは黙ってなさい? それと、アンタ、『あの』アイテムマスターのくせに口だけは達者なようね? だけどソロの生産職が何を言っても、戦闘職が大勢集まるクランの前ではカス同然よ? 今回は、アンタのそのムカつく言い方は見逃してやるから、その長弓をさっさと返すことね?」
「……前から言おうと思っていましたが、あなたの語尾が疑問形になる話し方は、人を不快にさせますね。まぁ、自分もそのふざけた口調は見逃しますが、長弓を返すって、一体何を仰っているのでしょうか?」
「それは、アタシの物よ? だから返せって言ったのだけど、日本語が分からないの?」
「あなたこそ日本語が分かっていますか? この長弓は、自分が戦利品として獲得した物です。戦利品は、獲得した者が自由に扱って良いはずですが。それに、この長弓があなたの物だという証拠がどこにあるのですか?」
「アタシ達が運営に訴えてログを確認してもらえばすぐに分かることよ? 悪あがきもいい加減にして、さっさと渡しなさい? 本当にぶっ殺されたいの?」
「なるほど、運営にログを見てもらう方法があったのですね。それは参考になりました。しかし、だからといって、それがあなた達に長弓を渡す理由にはなりませんね。自分もログ確認については賛成です。何なら今ここで運営に見てもらえば良いと思うくらいです。それならあなた達にわざわざ長弓を渡す必要も無いかと思います」
「何ですって?」
「……どうせ運営に確認依頼をするつもりなんて無いのでしょう? ログには当然のことながらあなたより前の所有者の情報も残っています。この長弓がどんな経歴を辿らされ、どんな経緯であなたの手に渡ったか自分も非常に興味があります。……大っぴらにできないような事情が隠されているかもしれませんしね」
「くっ……!」
猫型獣人は俯き黙り込むが、すぐに怒りの形相をアヤセに向け、ヒステリーを起こし、わめき始める。
「人をおちょくるのもいい加減にしなさいよ! それは私の長弓よ! 私の物だと言ったら私のなの! 人の物を盗っておきながらそれを返さないなんて、アンタはとんだ馬鹿野郎だわ! こっちは、『大きな仕事』があるんだからいつまでもアンタなんかと遊んでる時間は無いの! さっさとそれを寄越しなさいっ!」
急に疑問形の語尾を感嘆符に改め、激昂した猫型獣人が長弓をひったくろうと手を伸ばしてくる。
アヤセは、素早くインベントリに長弓を収納し、左手を刀に添えて鯉口を切り、のろくさい動きになった猫型獣人を半身で躱しつつ、足を引っかけた。
「フギャウッ!」
猫型獣人は、アヤセの足につまずき、派手な音をたて地面に盛大に転がった。
「テ、テメェ!」
「PvPをするつもりか!? いいだろう、受けて立つぜ! おい、お前らもやっちまえ!」
慌てて泥男と鎧男が、防具同様に貧相になった武器を構える。だが、泥男に命じられたエルフの小僧とチンピラドワーフは、そのまま突っ立ったままで動こうとしない。
「お、おい、テメェら何してやがる。さっさと武器を出せ!」
「先輩、無理すよ。この人は、俺達五人がかりで一体も倒せなかったリザードマンを一人で十五体も倒しているんですぜ? とてもじゃないが勝てっこねぇすよ……」
「それに、PKに取られた装備品等はPKKが獲得すれば、それはPKKの物になりますから、同じようにモンスターにやられた僕達の装備品が、討伐者の物になったって文句は言えないと思いますよー」
「お前ら、幹部の俺達に逆らうのか? いいぜ、後で制裁してやるから覚えておけよ!!」
「もういいでしょう。無能な幹部の言葉では、誰も動かせないっていい加減気付いたらどうですか? それと、長弓のログを知りたがっている者は自分以外にもいます。……その者達には、正直に説明した方が身のためだと思いますよ」
アヤセは右腕を上げ、合図を送る。その瞬間、城壁上にいた大勢のNPCが素早く五人組に駆け寄り、周りを取り囲んだ。
状況を理解できず、五人組は自身らを逃さないように周囲を固めたNPC達をキョロキョロ見回す。その後、甲冑姿の衛兵達が城壁に昇ってきたところで、初めて事態に気付いたようだった。
「こいつらは、衛兵隊?」
「そ、そんな……」
こうして五人組は、私服又は甲冑姿の衛兵達に囲まれ、あっさりと拘束された。
一連の経過を監視塔の上から観察していたチーちゃんは、事の終わりを見届けた後、屋根から飛び立ち、そのままアヤセの肩に降り立つ。
(ご主人、お疲れ様なの~。お手柄なの~)
(チーちゃん、お疲れ様、今回も助かったよ。ありがとう)
アヤセは、肩に乗り、チッチッときれいな声で鳴くチーちゃんに、人差し指を差し出す。チーちゃんは、その指に嬉しそうに頬ずりするのだった。




