33_職人の矜持
アヤセが案内された場所は、衛兵隊本部の敷地内にある工房だった。
「衛兵隊は、装備品やアイテム類を自前調達しているのですね」
「全部が全部と言う訳ではありませんが、隊員には、なるべく良質の武具を提供できるように腕の良い職人達が日夜生産に励んでいます。場合によっては、当方で作成した物を街の武具店に卸すこともあるのですよ。評判は上々です」
アヤセが、工房中から響き渡る様々な音に負けないように大きな声で話す相手は、衛兵隊補給担当事務官のアメリーという年齢が二十代半ばくらいの凛然とした女性である。
ラタス衛兵隊に所属する千二百人のうち、三百人程度は、事務官や職人等の非戦闘員であり、裏方に回って常に約九百人の戦闘員が支障なく活動できるよう、バックアップに努めている。アメリーは、直接戦闘に加わらない事務官でありながら、衛兵隊の甲冑を着込んでいる。その姿は、彼女の身長の高さも手伝い、女性歌劇団の男役をどことなく連想させるものだった。
アメリーは、衛兵隊の職人が生産する装備品のことを誇りに思っているようで、何かに付けて当てこすりのようにアヤセに自慢してくる。
「衛兵隊の鍛冶師、錬金術師を初めとする職人達は、ラタスでも指折りの者が揃っています。勿論、生産される物の品質及び価値の高さは言うまでもありません。それなのに……」
アメリーは、不満げな表情を見せる。
「隊長の御親族が王都のアイテムマスターギルドで、ギルドマスターをされているのは存じています。その方の奨めなのか知りませんが、私は、『あの』アイテムマスターが付与するポテンシャルに頼るのなんて、反対です! 私達が精魂込めて作り上げた生産物をいたずらに廃品同然にするなんて、そんなの私達に対する最大級の侮辱です!」
「……」
どうやら、アメリーはアイテムマスターに対し、良い印象を持っていないようである。
「隊長の新しもの好きは結構ですが、もう少し控えていただきたいところです。アイテムマスターの件だけでなく、よく分からない鍛治師をどこからか招いたりして……。私はアイテムマスターのことなんか全く信用していません! 絶対に!」
アメリーは、射すくめるような鋭い目つきでアヤセを見る。その剣呑さは憎悪まで感じさせる。
(まるで親の仇のように自分のことを見てくるな。彼女のアイテムマスターに持っている不信感は余程のものだ)
アヤセが無言でアメリーを観察していたが、彼女は視線に気付き、アヤセを冷ややかに見返す。
「何ですか? 人のことをジロジロ見て」
「い、いえ、失礼しました。それより、自分は装備品に予め設定されているポテンシャルをスキルで閲覧することができますので、ポテンシャルを付与することで生じるリスクはある程度回避できると思います。皆さんの作品を貶めるつもりは決してありません。とにかく、一度対象物を閲覧してポテンシャルを付与してみないことには、ギー隊長の判断が正しいのか間違っているかも分かりません」
「そんなことは、あなたに言われなくても分かっています。だからこうしてわざわざ工房まで案内したんです! 個人的にはこんなことに付き合うのも、無駄だと思っていますけどねっ!」
アヤセが連れてこられた工房の一角には、十人程度の職人らしき者達が既に集まっていた。皆一様に部外者のアヤセを無言で睨みつけ、辺りは不穏な雰囲気に包まれている。
「アイテムマスターが何しに来た? 早く帰れ!」
「そうだ、俺達の装備品をゴミに変えることなんか許さねぇぞ!」
口々にアヤセに罵声を浴びせる職人達。
アヤセは針のムシロに座らされている思いだ。
「むっ! アヤセではないか!」
アヤセを睨み付け、罵声を浴びせた集団の後ろから、聞き覚えのある声が工房に響く。声の主は、職人達の間をすり抜け、アヤセの前に姿を現す。
「ゲンベエさん! それにタダスケ君も!」
アヤセの前に出た人物は、昨日、鍛治場を訪れた際に不在だった、ゲンベエ師匠と弟子のタダスケだった。
「服を新調したのか? 以前よりも経験も積んで冒険者として更に成長したようだな。見事な立ち姿だ」
「ありがとうございます。ゲンベエさん。タダスケ君もお元気そうで何よりです」
「アヤセさん。新調された服、とてもお似合いですよ」
「ところでお主、どうしてここにおるのだ? 職人達に睨まれて、何かやったのか?」
「それが、王都のアイテムマスターギルドの依頼でラタスに手紙の配達に来たのですが、成り行きで、衛兵隊の備品にポテンシャルを付与する依頼を追加で受けまして……。ゲンベエさんこそ、ここで何をされているのですか? 昨日、鍛治場に伺いましたが、お留守でしたので残念に思っていたところで、まさかここでお会いできるとは思ってもいませんでした」
「そうか、それは済まなかったな。儂らは、衛兵隊長に請われて、ここの工房に泊まり込みで武器の作製と職人の指導の当たっておる。……うん? お主、今昨日と言ったか?」
「はい。装備品の特殊効果とポテンシャルを利用して、昨日の早朝に王都を出て、ゲンベエさんの鍛治場に寄ってラタスまで移動してきました」
「何と! 儂の鍛治場を経由するのは遠回りにならぬか? それを一日で? お主の装備品、中々の逸品だな。特殊効果も付いているようだから生産者の腕も良さそうだ。ポテンシャルはお主が付与したのか?」
「ポテンシャルは、自分が付与しました。それで、生産者なのですが、実はそれに関連してゲンベエさんにお願いしたいことが……」
「待って!」
再会を喜び、話が弾むアヤセ達にアメリーが割り込んでくる。
「あなた達、私達を放っておいてお喋りなんかしないで! それに、王都とラタスを徒歩一日で移動できるポテンシャル? そんなのあるの!?」
「ええ。ポテンシャルの中には、それを可能にするようなものもありますよ」
「そう簡単に信じられないわ。だって、ポテンシャルって装備品の足を引っ張る害悪でしかないのに……」
「実際、ポテンシャルよっては、マイナスに作用するものもありますが、全部がそうと言う訳ではありません。実際に付与の様子を御覧いただいた方がいいのですが、何か例を示せる物は無いかな?」
「これはいかがでしょうか? 僕が練習で作った物です。よければこれにポテンシャルを付与してください」
タダスケがアヤセに小刀を差し出す。
「タダスケ君、ありがとうございます。それでは早速スキル【一目瞭然】を発動して……」
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【武器・小型刀剣】鉄の小刀 品質2 価値1
耐久値 100 重量6 斬5 突6 打3 魔3
装備条件:STR 3以上
特殊効果:なし
ポテンシャル( )…刃こぼれ(ダメージ値20%down)
ポテンシャル( )…突攻撃力+2
ポテンシャル( )…飛刀(投擲攻撃で使用した場合ダメージ値10%up)
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(効果自体は高くないが、良性のポテンシャルが二つある。鍛冶師としての技量は発展途上だが、タダスケ君の丁寧な仕事振りが窺えるな)
アヤセは、スキル【一目瞭然】の閲覧結果をスクリーンショット撮影して、この場にいる全員に画像を提示する。
「御覧いただいたとおりポテンシャルは、一つのアイテムにつき、最大三つ事前に設定されています。アイテムマスターはこの中から、どれか一つを引き当ててポテンシャルを付与するという仕組みなのです」
アヤセは、「鉄の小刀」にポテンシャルを付与する。
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【武器・小型刀剣】鉄の小刀 品質2 価値1
ポテンシャル(1)…飛刀(投擲攻撃で使用した場合ダメージ値10%up)
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「あっ! ポテンシャルが付きました。……これは、良い方なのでしょうか?」
タダスケが疑問を口にする。
「使い方次第ですが、取り敢えず『刃こぼれ』が付与されなくて良かったと思います」
先ほどとは打って変わり、アヤセを罵倒していた職人達も顔つきを変え、真剣な面持ちで画像と小刀を見つめている。
「残念ながら、事前に設定されるポテンシャルの法則性は、自分にも分かりません。ただ、経験則の話で言いますと、良性で高効果のポテンシャルは、対象の『価値』の高さに影響を受けて出現するケースが多いと思います。ちなみに自分は価値を高める要素のうち、特に『掛ける手間暇』に着目しています」
「その着眼は、いい線を行っているかもしれぬな」
ゲンベエ師匠はアヤセに同意する。
「ただし、『手間暇』と言っても、いたずらに時間をかければ良いというものではない。儂ら刀鍛冶の言い方で例えると、どれだけ『魂を込めたか』ということだろうか。言ってみれば、『職人の矜持』がポテンシャルで試されることになるのかもしれぬ」
ゲンベエの見解に職人達は一様に頷く。彼らの間では、生産する物がそれぞれ違うものの、各人の頭の中でイメージを掴むことができたようだ。
「自分は、スキル【良性付与】と【一目瞭然】を所持しています。これにより、設定されているポテンシャルに不安がある装備品は、リスクを避けて付与を見合わせることができますし、リスクは全くゼロにならないものの、付与に当たっては、良性ポテンシャルを引き当てる確率も期待できます」
「【良性付与】に【一目瞭然】……」
アメリーは独り言のようにつぶやく。
「皆さんが、ポテンシャルに、いや、アイテムマスターに良い印象を持たれていないことは承知しています。しかし、装備品の性能の底上げには、ポテンシャルの付与は有用な手段となり得るはずです。ギ―隊長が現場で奮闘する戦闘員の負担を減らすために考案した方策をここで廃案にするのはあまりに早計です。検討と検証の余地はまだあると思います」
「そんなの詭弁だわ!!」
工房中に響きわたるような怒声を上げたのは、アメリーだった。
「まるであなたは、ポテンシャルがあらかじめ決められているのは、生産者に責任があるような言い方をしているけど、確証はあるの? それに、仮に良性のポテンシャルがあっても最終的には、ポテンシャルを付与するアイテムマスターがミスをすれば、それはアイテムマスターにこそ全責任が生じるはずでしょう! あなたは、単に自分の責任を生産者に押し付けようとして、そんなことを言っているだけじゃない!」
アメリーの顔は怒りに燃えている。ここまでアイテムマスターを敵視する様子は、尋常ならざるものがあるとアヤセは感じる。
「確かに確証はありません。だけど、これは有力な裏付けになるのではないでしょうか?」
アヤセは、プリスの情報を撮影した画像を示す。その性能を目の当たりにしたアメリーや職人達は息を飲む。ゲンベエ師匠すら何も言えず目を見張るだけだった。
「……無用のトラブルを避けるため、御覧の情報は他言無用に願います。自分は、このプリスの生産者のことを知っており、彼女の才能や丁寧な仕事振り、裁縫に対する真摯な姿勢を間近に見てきました。先ほどは経験則の話と断りを入れましたが、実を言いますと自分の心の中では、確証に近い思いを持っています」
「良性かつ高効果のポテンシャルだけで構成されている装備品……。こう言っては何だが、この装備品の前には、アイテムマスターは、単なるポテンシャルの付与役に成り下がるな。正に生産職が到達すべき至高の領域といえる。これは、眼福ものだ」
ゲンベエ師匠がその場にいる職人を代表するかのように感想を述べる。
職人達は自分達より高みにある作品を見て、大きく発奮されたようだった。場の空気が大きく変わり、熱気すら帯びている。
「恥ずかしい話ですが、自分も、スキル【良性付与】や【一目瞭然】を取得した直後は、アイテムマスターこそが唯一、装備品の性能を最大限に引き出せる職業なのだと思っていました。しかし、最終的にものを言うのは、当然のことながら生産者の腕であって、自分の考えていたことは思い上がりに過ぎないと気付かされました」
「……そんな、職人の腕が悪いとポテンシャルに悪影響が出てしまうの?」
アメリーは、何かに打ちひしがれた様子で言葉を絞り出す。アヤセはその様子を見て言葉を続ける。
「勿論、このプリスは極端な例です。大部分の装備品やアイテム等に事前に設定されるポテンシャルは、良悪混在しています。ですから、アイテムマスターには、そこから良性のポテンシャルを引き当てる責任があることは、自分も自覚しているつもりです。生産者が覚悟を持って生産に当たっているなら、アイテムマスターもそれに応え、全力で覚悟を持って付与に当たらなければならないのですから」
「……」
アメリーは悲しそうに俯き、無言でアヤセの話に耳を傾けている。
「なあ、アメリー」
年長者の職人が遠慮がちにアメリーに声をかける。
「分かっているわ。皆の総意は固まっているみたいね。……ポテンシャルの件、続けてください」
そう言ったあと、アメリーはアヤセ達に背を向け、力なくこの場から立ち去って行く。
アヤセはその背中を、早速、スキル【一目瞭然】で自身の作品を閲覧してもらおうと押し寄せるゲンベエ師匠をはじめとする職人達に囲まれながら見送った。




