32_ラタス到着
(結局、魔法使い・プリースト組のトカゲ達は何のためにいたのだろうか?)
アヤセは、最後のトカゲを鳩尾への諸手突きで始末した後、考える。
弓装備組を全滅させ、アヤセは、最後に残った魔法使い・プリースト組のトカゲ達と相対するが、今までの戦闘の経過からトカゲ達は魔法を一切使えないと確信していた。案の定、アヤセが接近してもトカゲ達は魔法で迎撃せず、白兵戦ができる距離になって初めて杖で殴りかかってくるというお粗末な攻撃しかしてこなかった。ちなみに、この組には、他の組のケースでもあったとおり、五人組のメンバーである泥男とエルフの小僧の装備品を身にまとっているトカゲがいた。
トカゲ達から装備品をスキル【換骨奪胎】で回収した上で、全て刀で片付けたのち、戦利品の回収を済ませ、最後に対峙した魔法使い・プリースト組の存在意義をアヤセは考えながら納刀した。
(五人組の装備品をトカゲ達は装備していたことから、ここで敗北したら装備品を奪われて、敵に利用されてしまうということで間違いなさそうだ。プレイヤーが失敗すればするほど敵が強化される仕組みか……。面倒なクエストだな)
厄介なクエストであったが、その分実入りは良かった。トカゲのドロップ品である「リザードマンの皮」、「リザードマンの鱗」、「リザードマンの心臓」(心臓は絵的にキツいものがあるが……)は、生産素材として利用価値が高い物である。ケピ帽の特殊効果はここでも発揮され、★4から5の素材を数多く入手できた上に、幸運にも★6の皮を一つ獲得した。
(この皮で財布を作ったら、金運がアップするかな? 同じは虫類だし。リザードマン柄の財布って、ある意味お洒落かもしれない)
現実世界で蛇皮財布が金運アップのラッキーアイテムとして売り出されていることから、アヤセはそんなことを連想する。
(……。それはともかく、自分の強みは、敵からスキル【換骨奪胎】で装備品類を回収できることだ。今回一番の戦利品はこれかもしれないな)
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【武器・長弓】黒雨の長弓 品質5 価値4
耐久値 420 重量25 物 38 魔 45
装備条件:STR 30以上
特殊効果:・スキル【連撃速射】使用可
ポテンシャル( )…鱗剥がし(命中時、モンスターからドロップ品が、
プレイヤーから装備品(未装備品含む)がランダムで
ドロップする)
ポテンシャル( )…未熟の極み(矢の消費量三倍)
ポテンシャル( )…遠矢(飛距離30%up)
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長弓の品質は、「無銘の刀(消刻)」と同等である。それと、予想していたとおり特殊効果にスキルが付与されていた。
(ネーミングセンスはともかく中々の性能だ。猫型獣人には勿体ない逸品だな)
現状では、装備品の品質又は価値が5以上あれば、攻略の最前線でも十分に活躍の場があると言われている。これほどの高性能の装備品を何故、猫型獣人ごときが所持していたのか疑問だったが、結果として自身に巡ってきた幸運に感謝してインベントリに納める。
(ご主人~。お疲れ様なの~。強敵相手にお見事な立ち回りなの~)
チーちゃんがアヤセの肩に降り、戦闘の勝利を労う。
(チーちゃん、お疲れ様。チーちゃんのお陰で何とか勝つことができたよ。あの時チーちゃんの助言がなかったら、今頃自分は、トカゲ達に深緑装備と無銘の刀を奪われていた。本当にありがとう。チーちゃん)
(そんなにお礼を言われるとチーちゃん照れちゃうの~。頑張ったご主人にチーちゃんからプレゼントなの~。親密度10アップなの~)
(えっ!? そんなに?)
チーちゃんの親密度は、現在71だったはずだから、10アップしたら81になる。最近オーランジを与えるだけでは、親密度も上がりにくくなってきたところだったので、親密度10アップは嬉しい報酬だった。
(本当はもっと上げたいけどこれが限界なの~。これからもチーちゃんを可愛がってくれれば、今後もどんどん上がっていくから、どーぞよろしくなの~。それより、ご主人、長弓にポテンシャルを付けてみたらいいの~)
(確かに、せっかくだから付与してみようかな?)
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【武器・長弓】黒雨の長弓 品質5 価値4
ポテンシャル(1)…鱗剥がし(命中時、モンスターからドロップ品が、
プレイヤーから装備品(未装備品含む)がランダムで
ドロップする)
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(大当たりなの~。これで、ケピ帽の特殊効果がもっと活かされることになるの~)
チーちゃんの言うとおりだった。長弓の特殊効果でスキルを発動させ、相手に向けて矢をばら撒けば、辺り一面にドロップアイテムや装備品が転がっている……。そんな夢のような光景が広がることも期待できるのだ。
(最も、相手だって矢を躱すし、当たったとしても絶対にドロップする訳では無いから、そんなに都合良くは行かないと思うが……。しかし、また戦術の幅が広がったな)
意中のポテンシャルが付与できて満足するアヤセ。このポテンシャルを早速試してみたい気持ちに駆られる。
(矢も回収しているし、せっかく有用そうなポテンシャルが付与されたから、試してみようかな? ここのトカゲは再出現するのだろうか?)
(え~っ!? ご主人、まさか、ここのトカゲを相手に実験をするつもりなの~?)
(先ほどの反省を踏まえて、改めて挑戦したいと思ったけど、良いよね?)
(ここの敵は、装備品の性能テストで戦うには、ハードルが高すぎるの~。それに、早くラタスへ行かないと日が暮れちゃうの~)
(何となくコツをつかめたような気がするし、夜までには終わらせるから、大丈夫。二、三回はいけるはず!)
(ご主人~! そんなに激しい周回だとチーちゃん身がもたないの~)
こうして、アヤセはチーちゃんが悲鳴を上げるのをよそにトカゲ達との再戦のため、準備を進めるのだった。
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ラタスに到着したのは、結局深夜になってしまった。
アヤセは、特別通行料の千五百ルピアを門番に支払い、城門の脇にある小さなくぐり戸を通り、ラタスへの入城を果たす。
トカゲ達とは、あの後四回戦った。四回目は、日が暮れたことによる夜間の戦闘に加え、チーちゃんが寝てしまい戦線離脱したため、少々手間取ったが、攻略法を確立したアヤセは、死に戻りをリスクとして想定する必要もなく、トカゲ達のせん滅に成功した。周回の甲斐があって、アヤセの基礎レベルは3上がり27になっている。
(特別通行料が高くついたな……。遅くなったことを後でチーちゃんに怒られそうだけど、なんとか今日中にラタスに入城できた。クエストは手紙を渡すだけで終わりだが、なにぶん深夜だし、衛兵隊本部へ行くのは明日にするか)
チーちゃんは、ケピ帽の中で眠っている。アヤセ自身も朝早くから深夜まで動きっぱなしだったので、目的地のラタスに到着してさすがに疲労を感じていた。今日は、早々に近くの宿にチェックインしたのち、ログアウトすることに決めた。
翌朝……。
(やっぱり物々しさは、王都の比じゃないな。都市自体も要塞の中に居住区があるようで、少し窮屈に感じるくらいだ)
ラタス衛兵隊本部に向かう途中で購入した、串焼き肉を食べながらアヤセは思う。
ラタスはアヤセが想像していたとおり、軍事都市の様相を呈していた。王都と比べても遜色がないくらい高くて厚い城壁に多数の監視塔、大通りでは、早朝なのに隊列を組んだ大勢の歩兵や騎兵が城塞から出るため、ひっきりなしに行き来して土埃を巻き上げる。また、商店も軒を連ねているのは武具を扱う店ばかりで、酒場では非番と思しき兵士達が朝から酒を飲んでいる。帝国の最前線ということもあり、人々の日常生活の中に戦争の影が静かに、かつ根深く浸透している様子が窺えた。
(実際、過去に帝国軍の侵攻を何度か撃退しているみたいだし、軍事拠点としてはかなり堅牢なのだろうな。武具店の数も多いから、装備品も王都より良いものが揃っていそうだ。……最も住むには不便そうだが)
ラタスは、城壁などの防御施設や、その他軍隊の施設が優先的に場所を占めており、その隙間に設けられた一般住民の居住区には、高層階の狭い共同住宅が所狭しと立ち並んでいる。大通りに比べ格段に道幅が狭い路地を通っていると、王都でマリーが以前住んでいた、低所得者層が多く居住する南壁地区を思い起こさせる。
(そうは言っても、治安は断然こちらの方がいいだろうけど。何せこんな施設が近隣にあるのだから)
アヤセは、とある建物の前で足を止める。
この建物こそラタス衛兵隊の本部であった。
衛兵隊本部は、居住区に隣接している。入口はそれほど大きくなく、あまり目立たないが敷地内には、執務棟に兵舎、工房に演習場等、立派な施設を多数備えている。入口で用件を伝え、応接室に案内される途中で聞いた話だとラタス衛兵隊は、定員を千二百人ほど抱えるかなり大規模な組織のようだった。
(衛兵隊の所掌業務は、ラタスやその周辺の治安維持と国境巡視、それに加えて不法入国、密輸及び諜報活動の取締等……。今の日本だと警察に入管と税関と公安の一部業務を足した感じかな? 王都の衛兵隊はそこまでしていなかったと思うが、国境を接する最前線都市特有の権限なのだろうか?)
通された応接室でそのようなことを考えながら待っていたが、しばらくして一人の男が、アヤセが案内された入口とは別のドアから入ってきた。
「やあ、待たせたね。私がラタス衛兵隊長のギーだ。ダミアン殿の手紙を届けに来たと聞いたが、間違いないかね?」
衛兵隊長のギーは、ずんぐりむっくりとした背の低い中年男性だった。一応剣は腰に吊っているが、鎧や鎖帷子等は着用せず、動きやすい軽装をしている。白髪でおかっぱ頭の特徴的な外見も手伝って、見た目は武人ではなく文官といった感じだ。
「アイテムマスターギルドの依頼を受けて配達に上がりました、アヤセと申します。衛兵隊長自ら御対応くださいまして感謝いたします」
「ああ、いい。そんな畏まらなくて。ダミアン殿は、私の姉の舅でね。まぁ、親戚付き合いで、よくこうやって手紙のやり取りをさせてもらっているのだよ。それにうちの家系は代々衛兵隊の仕事に関わっているが、貴族じゃない。礼儀作法とかそういうのとは無縁だ」
「それは失礼しました。それで、早速ですが、預かった手紙はこちらです」
「これだな? 確かに受取ったぞ。御苦労様。報酬は、ダミアン殿が渡すから王都に戻ったら忘れずに報告してくれ給え」
ギー隊長は、形式に拘らないざっくばらんな人物だった。アヤセはその人柄に好感を持つ。衛兵隊は、庶民階級出身者が多いと聞いているが、その中でもトップに立つことは、いくら衛兵隊一家の出身とはいえ、凡庸な人物では難しいだろう。ギー隊長が有能な人物だと窺えるが、人柄もまた、統率面でプラスに作用しているものと思われる。
ギー隊長は、アヤセから受け取った手紙をその場で開封して読み始める。
「ダミアン殿の手紙には、時折機密性の高い物もあってな。そういった物は信用のおける人物に託して届けられることが多い。最も、ここのところは託せる人物がいなかったようだが。……アヤセ君と言ったな? ダミアン殿は君のことを、どんな小さな依頼にも誠実に向き合う、信頼の置ける人物だと評価しているぞ。手紙にそう書いてある」
「それは、恐縮です」
(依頼もあれだけこなして貢献度を上げれば、多少は信頼もされるようになるだろう)
アヤセは心の中で苦笑する。ただ、その一方でダミアン老人が、自身の小さな努力までしっかり見てくれていたことを意外に思うと同時に嬉しく感じた。
「うーむ」
手紙を読みながらギー隊長は唸る。書いてある内容があまり芳しいものではないようだ。
「ここのところ、王都で帝国の間諜がしきりに何かを嗅ぎ回っているそうだ。王都の衛兵隊は能力的に当てにならず、相手の目的をいまいち掴みきれないらしい。ラタスにおいても軍隊や他の機関と連携して間諜の動きに注意すべしとのことだ」
「帝国のスパイ……」
(スパイの目的は、もしかしたら、ベン場長の大砲だろうか? まさか、ホレイショの造船計画までは察知していないだろう。ただ、念のため、王都に戻ったら二人に注意喚起をした方が良いかもしれないな)
ギーの話を聞き、アヤセはそう思う。
「今のところ、国境の帝国軍に動きは見られないが、王都の活動に呼応して何か仕掛けてくるやもしれない。警戒には、越したことはないが、目下こちらでも頭が痛い問題が山積みなのだがな……」
「あの、ギー隊長」
「何か?」
「失礼ですが、部外者に手紙の内容を話しても大丈夫なのですか?」
「うん? ああ、済まん。手紙には、君に我々の仕事を手伝ってもらうように書いてあってね。そのために、君に手紙を預けてこちらに寄越したとも書いてある。ダミアン殿から事前に何か聞いていたかと思ったが」
「特に伺っていませんが、内容次第では、お手伝いできるかと思います」
「そうか。それは助かる! それで依頼内容だが、簡単に言うとうちの隊員の装備品等にポテンシャルを付与して欲しい。何でも君は【良性付与】と【一目瞭然】のスキルを所持しているそうだな。衛兵隊の戦力底上げのため是非、協力してもらえないだろうか?」
「似たような依頼を王都でも受けていますし、内容的には問題はありませんが、量的にはどのくらいになりますか? さすがに多くなりすぎるのは厳しいかと……」
「さし当たり五十人分といったところだろう。それほど多くはないと思うが」
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【クエスト(NPC)】
ポテンシャルの付与
内容:ラタス衛兵隊の装備品等に良性ポテンシャルを付与
報酬:松ヤニ(★3)×10、1,300ルピア、経験値500
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【クエスト(NPC)】
ダミアンの依頼(2)
内容:ラタス衛兵隊長ギーの依頼を完遂せよ
報酬:貢献度 (アイテムマスターギルド)+15、9,000ルピア、経験値1,400
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(ここに来てダミアン老人の依頼が出てきたな。やっぱりクエストには続きがあったのか。ここで言っている「ギー隊長の依頼」は、今提示されているポテンシャルの付与だけではなく、今後も新たに発生するかもしれない。難しいクエストもあるかもしれないが、やれるだけやってみようかな)
こうしてアヤセは、ラタスに着いて新たに提示されたクエストに取り掛かることにした。




