31_ラタスへのお使い③
戦闘開始までは、少し時間を要した。
アヤセは、木道から少し離れ、小島の様子が対岸から窺える場所で、採取を行いながら戦闘の経過を観察している。また、チーちゃんを小島の樹木の枝に留まらせ、スキル【視覚共有】で詳しい様子が分かるようにしていた。
敵は、当初の見立てどおり十五体であった。三体一組で行動をしているようで、剣、槍、斧又はメイスをそれぞれ装備し、鎧や盾等で十分な武装がなされたトカゲがそれぞれいる近接組が三組と、軽装の弓装備組が一組、魔法使いやプリースト用の杖やローブを装備した組が一組という内訳だった。
(トカゲって魔法を使えるのか?変った装備だな)
アヤセは、疑問に思うが、実際の戦闘を見れば分かるだろうと思い観察を続ける。
小島に足を踏み入れた五人組を、トカゲ達は積極的に迎撃せず、各組で隙間を作らないようにジリジリと包囲するように距離を詰めていった。それに対し五人組は、各個撃破を目論見て自分達を包囲しようと近付く、近接組の端に狙いを定め攻撃を開始する。
先手を打ったのは、五人組だった。特徴的な黒い長弓を持った猫型獣人がスキルを発動し、後方から複数の高速の矢を放つ。槍を持ったトカゲに命中した矢は、HPを半分ほど奪っていた。
それに呼応し、鎧男が槍トカゲに突進する。おそらくチャージ系スキルを発動してトカゲに追い打ちをかけようとしたようだが、スキルの発動が不完全だったようでトドメを刺すまでに至らなかった。
(おそらく、あいつらの戦法は、前衛でエルフの小僧とチンピラドワーフが敵の攻撃を一手に引き受け、順番は決まっていないかもしれないが、その隙に猫型獣人が狙撃系のスキルで削り、鎧男がトドメを刺すというところだろうな。泥男は主に鎧男の専属回復のようだ)
単純だが、決まれば中々強力な戦法の一つだ。最も、盾役のエルフの小僧とチンピラドワーフにとっては、たまったものではないだろうが。
(だが、トドメを刺せなかったことから、完全に力負けしていることが分かる。自分達より数が多い敵を、素早く効率的に減らせなければ、後はジリ貧だ)
実際、その後の戦闘は、敵主導の一方的な展開になっていく。
すぐに再包囲の態勢を整えた敵は、近接組の七体がチンピラドワーフに殺到する。鎧男、エルフの小僧もそれぞれ相対する敵に手一杯、猫型獣人もスキルのクールタイムが残っているようで、数が多すぎて狙いを絞りきれず、分散したダメージしか与えられない通常攻撃を行うのみ、プリーストに至っては、チンピラドワーフに回復魔法を使おうともしない中、あっさりとチンピラドワーフは斃れた。
何か言葉を発したのか、猫型獣人の口が動く。
チーちゃんの視覚共有では、音は聞こえないため、普通ならば猫型獣人が何を言ったかまでは分からないが、アヤセは、口の動きを見て彼女が言った言葉を理解した。
(「つかえない」か。一番使えないのは、しっかりした状況判断もできない、ノロマスキル使いのお前だろうが)
アヤセがクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の幹部達から散々言われた言葉。この言葉は、口の動きだけ見れば声が聞こえなくても分かる。
チンピラドワーフを倒した七体の近接組のトカゲ達は、そのまま鎧男に襲いかかる。今まで鎧男と相対していた一体を加え八体になったトカゲ達であるが、人数が多すぎて木々の間で渋滞を起こしている。チンピラドワーフより基礎レベルと防御力が高い鎧男は、敵の連携の拙さにも助けられ、ジリジリと後退しつつも何とか耐えている。だが、追い詰められた先は沼の淵辺であり、鎧男はトカゲ達に押されるように水中に追い落とされる。激しい水しぶきをあげ、水中に沈む鎧男。トドメを刺すためか、一組のトカゲ達が水中に入っていった。
一方、猫型獣人と泥男は、弓装備組の射撃にさらされていた。猫型獣人もクールタイムが終了し、再度スキルを発動して文字通り一矢報いようとするが、またダメージが分散してしまい、トカゲ達を一体も倒せなかった。
怖じ気づいた二人は、まだ前衛(とっくに崩壊しているが)にいるエルフの小僧を見捨て、侵入してきた沼地の出口へ逃げだそうとする。しかし、見えない壁のようなものに遮られ、小島から脱出することができないようだった。
(エリアから脱出ができないのか? フィールドボスのようなモンスターは、いないはずなのに……)
パニックに陥った二人は、空間の壁を叩いていたが、やがて接近してきた近接組の三体のトカゲの容赦無い攻撃の前に、泣き叫びながら死に戻った。
当初アヤセは、一番始めに死に戻るのは、魔法使いで盾役をやらされているエルフの小僧だと思っていたが、その予想に反して、最後まで生き残っていた。エルフの小僧は、樹魔法を使うようで、小島に生えている樹木を操り、トカゲ達の進路を枝葉で塞いだり、根っこで足をとらせたりして、攻撃を凌いでいた。
(中々面白い戦い方だが、最早どうすることもできまい。死に戻るのは時間の問題だろうな)
エルフの小僧は、一体どんな思いで死に戻ったのだろうか?
仲間は既にやられ、十二体のトカゲ達に囲まれてジワジワと嬲り殺しにされる様子は、いくら良い感情を持たない相手とはいえ、自身もクモに食い殺されて死に戻った経験があるアヤセにとって、見ていて気分の良いものではなかった。
戦闘を開始してから僅か十五分足らず。一体のトカゲも倒すことができないまま五人組は、アヤセの視界から全員消えた。連中の戦い方にも問題があったかもしれないが、単純に敵の強さも敗因の一つとしてあるのかもしれない。
(……行くか)
結果はやる前から分かっていた。報酬に目がくらみ、相手の戦力も碌に分析もせず無謀にも突っ込んでいった連中の愚かさには、同情する余地はない。自身もこうならないためにも、今回目にしたことは、今後の戒めとして心に留めておこうとアヤセは思うのだった。
静けさを取り戻した沼地から立ち去ろうと木道に戻ろうとするアヤセであるが、目の前の沼地の水面から水泡がブクブクと上がり始め、派手な水音を上げて何かが浮かび上がってくる。アヤセは刀の鍔元に手をやり後ろに飛び退くが、水面から現れたのは、驚いたことに、先ほどトカゲ達によって、沼地に落とされた鎧男だった。
「た、たしゅけて……」
ご自慢の鎧も兜を残して全て剥ぎ取られ、体中傷だらけの鎧男は、アヤセに助けを求めて近付いてくる。何とか上半身くらいまでの深さまで泳ぎついた様子は、息も絶え絶えだ。
「これを掴め! 早く!」
アヤセは、プリスの袖を鎧男へ向け伸ばす。この男が沼に落ちた際、追ってきた三体のトカゲ達が小島に戻ったことをアヤセは視認していない。戦闘中のプレイヤーに干渉ができるか不明だし、自身が戦闘に巻き込まれる危険もあったが、先ほどのエルフの小僧のような惨劇を二度も見たくはなかった。
だが、結果としてアヤセが差し出した「手」は、鎧男に届かなかった。後を追うように水面に現れた三体のトカゲ達は、素早く、瞬く間に瀕死の鎧男を水中に引きずり込んでしまう。
アヤセは、「フリントロック式ピストル」を装備し、弾丸を水面に消える直前のトカゲに撃ち込む。しかし、参戦要請を受けていないアヤセの攻撃は、トカゲ達に届かなかった。
少しの間が空き、水面に鎧男の兜だけが浮き上がってくる。アヤセは、プリスの袖で兜を拾い上げ、自身の方へ引き寄せる。顔まですっぽり覆う兜はずっしりと重い。どうしてこんな重い兜が浮かび上がってきたのか分からなかったが、アヤセは、黙って兜をインベントリに収納した。
鎧男は、救えなかった。アヤセは、感傷に浸ることなく事実を認識し、早急にこの場を離脱しなければならない。その理由は簡単だ。すぐ目の前にいる血に飢えた強敵が、次の獲物を目指して襲いかかってくる危険が迫っていたのだから。
=個人アナウンス=
特別クエストの討伐対象と遭遇。エリア内からの離脱ができません
本来だったら、トカゲ達とは小島に足を踏み入れないと戦闘状態にならないはずである。だが、トカゲ達は鎧男を追って沼地の外に出てきてしまい、接敵範囲を広げてしまっていた。
(トカゲに捕まってしまったか! このままでは逃げられない。まずいぞ!)
アヤセは不運なことに、自身が一番恐れていた事態に直面したことを認識する。
間を置かず三体のトカゲが水面を割り、アヤセの目の前に現れる。どこまで通用するか分からないが、逃げられないからには覚悟を決めて戦う他はない。
アヤセの正面三方からトカゲ達は、襲い掛かって来る。アヤセは、刀の鍔元には手をかけず、正面の斧を持った敵に駆け出して行く。
斧を持ったトカゲは、アヤセが向かってくるのを察し、迎撃の体勢をとる。すぐに抜刀して躍りかかってくるであろう、アヤセを引き付け、左右のトカゲに挟撃させようとする魂胆のようだった。
その刹那、左手を鍔元にやり、アヤセは刀の鯉口を切る。「鞘の内」の効果によって動きが遅く見えるようになった敵に対し、アヤセは自身から向かって右側の槍を持ったトカゲを標的にして、鞘引きを十分に行い、頭上から刀を抜き打つ! 槍トカゲは、まさか自身に攻撃が向くとは思っていなかったに違いない。スローモーションに見える状況下でも、相手の目が大きく見開かれるのがはっきりと分かった。アヤセの八倍判定攻撃による抜き打ちは、槍トカゲの頭部を兜ごと叩き割るには十分な威力だった。HPのゲージバーは瞬時に空になる。アヤセは、対象の消滅を最後まで見届けず次の目標に狙いを定める。四倍判定はまだ生きている。勝負は一瞬も無駄にすることはできない。
返す刀を両手持ちし、頭上に振りかぶり、真ん中の斧を持ったトカゲを横目に、左手にいる剣を持ったトカゲに正対して、槍トカゲ同様に十分に踏み込んだ上、脳天から真っ向切りする。敵は四倍速でもアヤセの速さについてくることができない。アヤセは容易に、剣トカゲに斬撃を加えることができた。
(む……。四倍攻撃では、一撃で倒せないのか?)
剣トカゲは、アヤセの斬撃を食らいつつもまだ、HPを一割程度残していた。アヤセは、トカゲの生命力の高さに感心しつつ、相手の腰の位置まで振り下ろした刀をトカゲの鳩尾に刺し込む。これで剣トカゲのHPはゼロになった。
残るは、斧を持ったトカゲのみ。すぐさま敵に体を向けざま、頸部を狙い、両手持ちした刀を左から右方向へ真一文字に振り抜く。刃筋は、アヤセの狙い通り斧トカゲの頸部をぱっくりと斬り裂き、ウィークポイント攻撃の成功判定が知らされ、トカゲは消滅した。
(ウィークポイントへの攻撃なら四倍攻撃でも一撃で倒せるか。これなら、いける!)
敵とのレベル差に不安を感じていたアヤセだが、自身の攻撃手段が通用することを確信でき、自信が湧く。刀の性能に頼れば、それほど苦労せずとも敵をせん滅できるかもしれない。楽観的な思いが頭によぎった。
三体のトカゲを撃破した後、敵は小島からアヤセに向かってこなかった。本来なら、敵が追撃の構えを見せないのであれば、そのまま離脱すればいいだけの話であるが、戦闘エリアに閉じ込められている格好となっている今は、敵を全滅させる必要がある。危険を承知で残り十二体のトカゲが待ち受ける小島に岸辺を回り込み、五人組と同じ進入ルートでアヤセは乗り込んでいった。
小島の岸辺で木道は途切れ、ぬかるんだ地面に降りるかたちになる。これだけ歩きにくい地面であったなら、先ほどの鎧男のチャージ系のスキルが不発に終わり、トカゲにトドメをさせなかったのも無理はないかもしれない。木々がところどころに生い茂り、島全体を見渡すことができないが、アヤセはケピ帽の特殊効果とチーちゃんの視覚共有で、トカゲ達の位置は把握している。トカゲ達は、小島の中央付近で近接武器を持った二組六体が、アヤセを中心に半円に広がり、その後ろに弓装備組が、また、更にその後ろに魔法使いやプリーストの装備で身を固めた組がそれぞれ陣取っていた。トカゲ達もアヤセの位置を正確に把握しているようで、移動に際し常にアヤセを中心に捉え、いつでも包囲攻撃に移れる態勢を保っている。
(来る!)
小島の中央は、広場のような開けた場所だった。アヤセがそこに足を踏み入れた直後、木々の奥から矢が降りかかる。チーちゃんとの視覚共有で、トカゲが矢を放った瞬間を視認していたアヤセは、それを難なく回避する。
(矢数と速さが優れているのが一体いるな。あの長弓……、まさか?)
弓装備組の一体のトカゲが黒い長弓を所持しており、嫌らしいくらい本数が多い上に、速い矢を放ってくる。この弓は、先ほどトカゲ達と戦闘に敗れた五人組のうちの一人である猫型獣人が装備していた物と酷似していた。
(トカゲ達は、倒したプレイヤー達の装備を奪っているのか!?)
よく見ると、近接組の中に、鎧男とチンピラドワーフが装備していた武器と防具を装備しているトカゲがいた。もし、ここでアヤセが死に戻った場合、無銘の刀や深緑装備を五人組のようにトカゲ達に奪われてしまうことになるかもしれない……。そんなことは絶対に避けなければならなかった。
アヤセに向けて矢を放ったのを合図に木々のあいだから、六体のトカゲが中央部の広場に躍り出てくる。三体一組で左右に展開する半円状の陣形は変わっていない。
さすがに六体相手に正面きって斬り合うには分が悪かったため、アヤセは、先ほどの五人組と同じ戦法を取り、自身に向かって左端のトカゲから各個撃破を目論む。走りながら刀の鯉口を切り、目標との距離を一気に詰める。敵は、アヤセの急な加速に慌てているが、スローモーションに見える中で必死に迎え撃つ構えを見せていた。
(正面からやり合うつもりだったようだが、反応が遅かったな!)
鞘を握った左手の小指をベルトにくっつけたまま這わせ、刀を真横に抜きながら、左手も鞘を引いていく。刀の切っ先の帽子まで抜けたのと同時に、右手に握った刀の鍔元を右腰につけ、相手に向けた切っ先を槍トカゲの鳩尾めがけ、体ごと前に出るように右腕を突き出す。トカゲは鎖帷子を着込んでいたが、アヤセの初撃効果の八倍攻撃は防具を貫通し、鳩尾に易々と刀を突き入れた。槍トカゲを撃破し、返す刀を両手持ちして右隣の斧トカゲに対して、真向に切り下ろし、続けざまの横薙ぎで仕留める。残る剣トカゲは、中段に構えたまま、すり足で素早く距離を詰め、慌ててどうにか剣を振りかぶった相手の喉元へ諸手突きを送り込み、息の根を止めた。
(これならいける!)
続くもう一組のトカゲを掃討すべく体を向ける。各組の連携が拙いトカゲ達は、まだ態勢が整っていない。距離が離れているが、すぐに詰め寄り、そのまま継続した四倍効果で押し切れると考えていた……。
だが、ここで思わぬことが起こる。
(なにっ! 動きが遅くなった!?)
自身の体で感じる変化にアヤセは戸惑う。
「無銘の刀」のポテンシャル「鞘の内」。効果は、「初太刀の攻撃速度及び威力8倍、一連の技の流れが続く限り全ての攻撃速度及び威力4倍」になるもの…。
(「一連の技の流れ」が寸断されたと判定されたのか!? 原因は、相手との距離? 攻撃間隔? 自分の体捌き? いや、原因を探るのは後だ。もう納刀する暇はない!)
先ほどとは、打って変わって敵の動きが速くなり、スローな動きとのギャップにまだ慣れていないアヤセは、次の行動に移るのが遅れてしまう。近接組のトカゲ達は、アヤセの戸惑いで生じた隙を見逃さなかった。
始めに攻撃を仕掛けてきたのは、アヤセから一番近い位置にいた、チンピラドワーフの装備品で身を固めた槍トカゲだった。リーチの長さを活かした素早い刺突は、アヤセの胴を貫かんとする勢いで繰り出される。アヤセは、突き出された槍の穂先を、手首を返して刀の峰で流して軌道を逸らす。ダメージは免れたものの重い一撃だった。刺突を逸らされた槍トカゲだが、体勢を崩すことなく、穂先を素早く自身の手元に引き寄せ、再び突きを入れてくる。二度目の突きをアヤセは、攻撃を躱しつつ、横薙ぎに切りつける。狙い通り槍トカゲの頸部に斬撃を見舞ったが、やはり通常攻撃では致命傷に至らない。怯み判定により足を止めた敵に追い打ちをかけようとするが、その瞬間、アヤセは衝撃を受け、自身も動きが止まってしまった。どうやら敵の攻撃を食らったようだが、本来だったらドルマンの特殊効果「初撃被ダメージ無効化」により、一撃目のダメージは無効となるはずなのに何故、ダメージを受けておまけに怯みで足止めされてしまったのか?
その理由は、続いての攻撃を受けた際に判明した。後方から放たれた矢がアヤセに命中する。アヤセの「鞘の内」の効果も途切れ、スピードが格段に遅くなったのに対し、弓装備組は積極的に矢を射かけてきている。初めに受けた攻撃も、猫型獣人の黒い長弓を持ったトカゲの射撃によるものだった。
(猫型獣人と同じスキルを発動して、複数の矢を当てられたから、初撃でもダメージと怯みが入ったか。トカゲも使えるということは、あのスキルは装備品の特殊効果か何かなのか? あの猫め! 厄介な装備をみすみす奪われて、お陰で面倒な事になった!)
何とか怯みから立ち直りつつも、弓装備組の存在に脅威を感じるアヤセ。決して放置できない相手であるが、目の前の近接組のトカゲ達もアヤセに攻勢を強め、対処もままならない。
組同士の連携は拙いところもあるが、組内三体の連携は緻密だった。近接組のトカゲ達は、槍か剣でアヤセを牽制し、どちらかに注意が向いたところでメイスが痛撃を加え、こちらが攻勢に転じようとしたら、メイスが受け、槍が躱し、剣が横か後ろから切りつけてくる。それぞれの特性を活かした攻撃に主導権を握られ、ポテンシャル「鞘の内」で対抗するにも納刀も叶わず、アヤセはジリジリと追い詰めてられていく。深緑装備の防御力や特殊効果により、アヤセはしぶとく戦い続けているが、疲労も蓄積し、勝負に対し投げやりな気持ちになりかけていた。
(くそっ! 納刀さえ、納刀さえできれば!)
疲労と焦燥がアヤセの思考を乱す。苦し紛れで切り下ろした刀は、メイスに武器受けされ、硬直が生まれた瞬間を狙い、槍と剣が同時に攻撃を加える。強い衝撃が身体中をきしませる。
いつしかアヤセは、小島の中心部から木々が茂る岸辺付近まで押されていることに気付く。この辺りは五人組が戦闘を繰り広げ、無残にもトカゲ達に敗れた場所であった。
自分も五人組のようにここで、死に戻ることになるかもしれない――。悲観的な考えが頭をよぎる中、矢がアヤセめがけ飛来する。すんでのところで、木の後ろに隠れ矢を躱すが、弓装備組の攻撃に呼応し、近接組が追い打ちをかけてくる。しつこい槍トカゲの牽制を刀で受け、返す刀で敵を後ろに下がらせるが、すかさず剣トカゲが横から切りつけようと距離を詰めてくる。
(ご主人~! 後ろなの~!)
突然チーちゃんの声が頭の中に響く。剣トカゲに向き直った、アヤセの背後へ攻撃を加えようとしていた槍トカゲの顔前にチーちゃんが飛び込む。予期せぬチーちゃんの乱入に槍トカゲは、慌てた様子を見せ、振り払おうとしている。チーちゃんが体を張って作り出してくれた、またとないチャンスをここで無駄にするわけにはいかない!
アヤセは、剣トカゲの切り下ろしを体の回転で躱し、その反動で槍トカゲへ向かう弾みをつける。地面を蹴り、左腕を伸ばし、掌に刀の物打ちあたりから刃を上向きに地面に平行になるように乗せる。何故か刀身が微かに光りだした。
=個人アナウンス=
スキル【変則三段突き】を発動
「チーちゃん!!」
念話ではなく、直接のかけ声であったが、チーちゃんはアヤセの言葉を理解し、槍トカゲの頭上に飛び上がる。それと入れ違いにアヤセは構えていた刀を槍トカゲの喉元に突き刺す。ウィークポイント攻撃ながら「鞘の内」の効果が無いため、致命傷には至らず槍トカゲはまだ生きている。アヤセは刀を引き戻し、体を斜めに移動させながら再度喉元を刺す。HPがまだ残っている。自身の非力さにうんざりしながら、同じ動作で喉元を三度刺す。これによって、やっと敵は斃れた。
一回目と合わせ、全部で四回ウィークポイント攻撃を加えて槍トカゲを倒した。アヤセの職業と基礎レベルを考えるとこれでも十分なダメージソースなのだが、いかんせん相手が悪い。敵はまだ八体も残っている。
(勝手に習得も取得もしていないスキルが発動したのか? 幸運な出来事だったかもしれないが、自分の火力では大したダメージにならないな。やはり「鞘の内」が勝敗を左右することには変わりない。早いところ納刀して流れをこちらに引き込みたいところだ)
(ご主人~。待ってちょ~だいなの~!)
槍トカゲを倒し、包囲に隙間ができたことで、距離を取ることができたアヤセの頭の中にチーちゃんの声が大音声で響き渡る。
(チーちゃん! さっきはありがとう。ここから「鞘の内」で何とか巻き返すから、見ていてね!)
(ご主人! そうじゃないの~!)
(え? 一体何を…)
(ご主人の職業は何なの~? 剣戦士なの~?)
(い、いや、アイテムマスターだけど……)
(そうなの~。ご主人の職業は「アイテムマスター」なの~。魔法使いにも素手で殴り合って余裕で負ける、ぶっちぎりの最貧弱職業なの~。そんなアイテムマスターが、自分よりレベルの高い脳筋モンスター相手に肉弾戦で勝てると思っているの~?)
(!)
(「鞘の内」は強力なポテンシャルに違いないけど、所詮それは、ポテンシャルの一つに過ぎないの~! ご主人は今、たった一つのポテンシャルに振り回されて、本来のアイテムマスターとしての戦い方を忘れているの~!)
(本来の……、戦い方?)
(マリーっち最高の贈り物の性能は何なの~? ご主人のインベントリには、何が入っているの~? ご主人が持っているアイテム全てを活かしてこそ、アイテムマスターはアイテムマスターとして初めて戦うことができるの~)
今日のチーちゃんはやけに饒舌だ。時間的には大した間ではないが、幸い敵は槍トカゲを失って、態勢を再構築するために攻撃を控えている。
チーちゃんの叱咤は、アヤセにとって衝撃だった。「無銘の刀(消刻)」のポテンシャルさえあれば、自身のプレイヤースキルを発揮して格上のトカゲにだって勝てる……。アヤセはそう思い上がっていた。その慢心のせいで、ポテンシャル「鞘の内」を実質上封じられ、劣勢に立たされてしまっている。最も剣戦士等の生粋の戦闘職だったら強引にこの状況を覆す手段もあったかもしれない。しかし、自身の職業は戦闘に不向きなアイテムマスターだ。とてもではないが、戦闘職の真似はできない。
(しかし、いや、だからこそアイテムマスターとして、できることがあるはず!)
アヤセは、目を瞑り、大きく深呼吸し、チーちゃんの言葉を噛みしめる。そして、目を開き、眼前の敵を改めて見据える。
(目が覚めた。もう後れは決して取らない!)
態勢を立て直した敵は、弓装備組の一斉射撃から攻撃を再開した。黒い長弓を持ったトカゲが厄介だったものの、攻撃のパターンは大体同じだ。矢の射角と自身の間に障害物が来るように身体を移動させる。
矢が、木の幹に深々と刺さるのと同時に、アヤセは「フリントロック式ピストル」をインベントリから放出・装備し、牽制のため弓装備組の中で一番手近にいるトカゲに撃ち込む。ピストルのポテンシャル「貫通弾」の効果により、樹木やその他障害物をすり抜け、弓トカゲの頭を打ち抜く。致命傷には至らないが、トカゲは思わぬ反撃と障害物を貫通しての攻撃に驚き、警戒して射程外に逃れる。これで近接組と対峙する時間を作り出すことができた。
一方、近接組も弓装備組の攻撃に呼応し、残り二体で連携を取り、狙いを絞らせないようにほぼ同時に左右から迫ってくる。アヤセはピストルをインベントリに収容し、右手の剣トカゲの頭上に粘土を二十個放出する。剣トカゲは頭から降ってきた大量の土をもろにかぶって、盛り上がった土の山の中に姿を消す。アヤセを叩き潰そうと獲物を振りかざす左手のメイストカゲに対しては、プリスの両袖を伸ばし、片腕の袖で振り上げたメイスをぐるぐる巻きにして、トカゲの手からもぎ取り、同時にもう片方の袖をトカゲの首に巻きつかせ締め上げる。メイストカゲが首に巻かれた袖に四苦八苦しているなか、奪ったメイスを持つ袖が、トカゲの頭部を何度も何度もメイスでしたたかに打ち付ける。これによってトカゲはダメージを蓄積させHPをみるみるうちに減らしていった。
粘土の小山に埋もれている剣トカゲを土の上から刀で滅多刺しにしつつ、アヤセは、完全に動きを止めた、二体のトカゲに対してスキル【換骨奪胎】を発動し、トカゲ達の装備を根こそぎ奪ったあと、刀でトドメを刺す(ちなみに、メイストカゲの装備品は、五人組の一人、鎧男の兜を除いた装備一式だった)。あれだけ苦戦を強いられていた近接組との戦闘であったが、最後はあっけなく勝敗がつき、敵は全滅した。
前衛を担っていた近接組の全滅に伴い、残すは弓装備組と魔法使い・プリースト組となった。弓装備組は、前衛が倒された後も抵抗を止めず、積極的にアヤセを包囲する陣形を取り、素早い動きで距離を保ちつつ矢を射かけてくる。もし、抜刀した状態でこれに対抗していたならば、絶妙な距離の取り方に翻弄され、近接組以上に苦戦を強いられていたかもしれない。だが、無銘の刀を鞘に納め、高速移動が可能になったアヤセにとって、弓装備組の攻撃は、散発的で単調なものに成り下がっている。射角に粘土を積み上げ矢を避け、ジグザグに敵に迫り、一体を抜き打ちであっさりと倒す。続いてもう一体は、進路にプリスの袖を先回りさせ、飛び込んできたところで文字通り首根っこを押さえつける。プリスの袖は何かを握る力が弱かったが、対象に巻き付いた上で、持ち上げたり、引っ張ったり、締め上げたりする力が強く、トカゲの身体を浮き上がらせ、首を締め上げ窒息させるだけの能力があった。弓装備組も残すは一体。黒い長弓を持ったトカゲだけだ。
弓トカゲは、アヤセを寄せ付けまいとスキルを発動して無闇矢鱈に矢を連射してくる。その様子は、弓装備組が自身一体だけになり、焦りと恐怖で冷静さを欠いているように見えた。
(もう終わりだ)
アヤセは、後退しようとする弓トカゲの背後に粘土を積み上げる。バックステップをした先で突然造成された土の壁に当たり、移動を妨げられたことにトカゲは驚愕する。慌てたトカゲはサイドステップを試みるも、自身の左右に土の壁が同様に積み上げられ、退路は完全に断たれてしまった。
敵の正面に立つアヤセ。弓トカゲは最後の抵抗としてスキルを発動する。高速連射の矢が長弓から放たれたと同時に、トカゲの目の前に土の壁が現れ、矢はアヤセに届くことなく土壁に突き刺さる。トカゲは、大きな絶望の鳴き声を上げた。
アヤセは、土の壁に近づき、スキル【換骨奪胎】で敵から長弓を含めた装備品一式を回収した後、壁越しに、ピストルで貫通弾を何発も見舞ってトカゲを倒した。
トカゲは、あと三体を残すのみ。勝利は目前だった。




