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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第二章_深緑装備

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27_エピローグ

 バンボーのオチヨの店でホレイショと飲み明かした二日後、アヤセは、マリーのもとを訪れた。

 

 「今日はマリーさんに見ていただきたい物があります」

 「改まってどうしたのですか?」


 テーブルを挟み、対面に座る神妙な面持ちのアヤセにマリーは尋ねる。

 アヤセは、マリーの問いかけに応えるべく一個のアイテムをテーブルに置く。


 ====================

  【アイテム・食料品】ポテトサラダのサンドウィッチ

   生産者:アヤセ 品質2(-1) 価値1 重量1 

   特殊効果 ・ハンドメイド品(転売ロックON)

        ・紫の芽(摂食時、状態異常「毒」になる)

        ・満腹度回復UP

        ・DEX 35%down(効果四時間)

        ・MID 5%UP(効果一時間)

        ・乾燥(品質1down)        

   ポテンシャル(1)…満腹度回復UP

 ====================


 「これは……?」


 見るに耐えない惨状のサンドウィッチを前に、マリーは当惑する。


 「このサンドウィッチは自分が実験で作製した物です。原料に既製品を使用したのも原因なのでしょうが、こんな悲惨な結果になってしまいました。『料理』の技能レベルは一応3あるのですが……」

 「実験ですか?」

 「ええ、実は先日ポテンシャルと特殊効果について気付いたことがありまして……」


 アヤセは、マリーに先日のベン場長の作業場での出来事を簡単に説明する。


 「素材のポテンシャルが、完成品の特殊効果に反映されるなんて、今まで考えもしませんでしたね」

 「はい、その時も思ったのですが、『素材にポテンシャルを付与しても、作製を行う際に消滅する』という思い込みを持っていたせいで、あまり考えもせず今まで見逃していました」

 

 アヤセは、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」に所属していた時に、経費を節約するため、ポテンシャル検証用のアイテムを錬金術で素材から自前調達していたのだが、思い込みのせいもあって、素材そのものにポテンシャルを付与するということを一切行っていなかった。


 (言い訳ではないが、完成アイテム類のポテンシャル付与という目的のみ目がいって、素材のポテンシャルについて完全に見落としていた。だが、仮に気付いても過程の段階でポテンシャルを付与してアイテム類をダメにするのは絶対に避けたかったから、おそらく素材には全く手を付けなかっただろう)


 当時は、失敗を極度に恐れ、良性のポテンシャルの付与にだけ躍起になっていた。結局自分は検証を重ねていたにも関わらず、ポテンシャルのことを何も分かっていなかったのだ。


 「今までマリーさんが作製した服にポテンシャルを付与してきましたが、もし、このことを事前に把握していてポテンシャルのついた素材を厳選の上、作製を行っていたら、性能が大きく変わる物もあったと思います。そう思うと、チャンスを逃した責任を感じずにはいられません」

 「確かに、お話を聞いて少し勿体ないかな、って感じましたが、アヤセさんが実験したように、素材にマイナス効果のポテンシャルが付く場合もありますので、物によってはしない方がいい場合もありますよね。だから、アヤセさんが責任を感じることは無いと思います」

 「まぁ、マイナス効果の付いたアイテムも使い途はあると言ったらあるのですが。……済みません、横道に逸れました。自分は、報酬の歩合を変えていただいても構わないと思っています」

 「いいえ、その必要はありません。次から素材にもポテンシャルを付与していただければそれで構いません」

 

 マリーは、きっぱりとアヤセの責任を問うのは不要と告げる。


 「アヤセさんは、気付いていないようですが、ポテンシャルを付与してもらっているだけでも私は、非常に恵まれているのですよ。他の裁縫師は、ポテンシャルを付与してくれるアイテムマスターと『パートナー』の契約を結んでいないのですから(だから、絶対にアヤセさんと離れたくありません!)」

 「マリーさん……、ありがとうございます」


 アヤセは、マリーに礼を述べる。

 二人の間の問題はこれで解決した。


 「話が変りますが、今まで私達が用意してきた服も、そろそろ商品として出せる数が揃ってきたので、オンラインショップでの出品をいよいよ始めようと思います!」

 「そうですか! 遂に出品するのですね」

 

 二人で少しずつ作製をしてきた服も遂に、オンラインショップに出品ができる段階になったことをマリーは笑顔と共に報告する。アヤセもまた、成果が形のあるものになったこと喜色を表し歓迎した。


 「はい! お陰様で提供できる服を揃えることができました。出品は、明後日くらいを考えています。それで、一つお願いがあるのですが……」


 マリーは、もじもじして言い淀む。


 「あの、出品の日取りは決まりましたが、本音を言いますと、私の服が売れるか今から不安なのです。できれば『パートナー』として今まで一緒に服を作ってきたアヤセさんに、出品初日だけでも側にいて、売れ行きを一緒に見てもらえると心強いです」


 マリーたっての頼みであったが、アヤセは残念そうに表情を曇らせる。


 「マリーさんが不安に感じられているのに、申し訳ないのですが、自分は明日、アイテムマスターギルドのクエストで『ラタス』という町に行かなければなりません」

 「えっ!? クエスト? 王都から離れるのですか?」

 「はい、今回のクエストでは、おそらく三日から四日くらい王都を留守にすることになると思います」

 「そうなのですか……」


 マリーはがっくりと肩を落とす。


 アヤセと彼女の取り決めは明快で、アヤセがポテンシャルを付与した服が売れた場合、一着あたり一律で三千ルピア(売り上げが三万ルピアに満たない場合は、売上額の一割)を手数料として受け取れるというものだった(万が一、無意味又はマイナス効果が付与された場合の取り決めも行っていたが、マリーの服に関して言えばそのような事態が発生しないため、取り決めで該当する事項は、ほとんど形骸化している)。ちなみに、ポテンシャルの付与を行う日時については、生産者のマリーの都合を極力優先させることになっているが、今回のような販売の様子見は厳密に言うと「契約」の対象外であり、アヤセは必ずしもこれに従う必要はない。


 「マリーさんの服はあれだけの性能とポテンシャルが付いていますから、間違いなく出品から時間をかけず完売すると思います。何より、マリーさんが心を込めて仕立てた服なのですから、懸念には及ばないのではないでしょうか?」

 「私も、アヤセさんがポテンシャルを付与してくれたから、大丈夫だと思っています。でも……、やっぱりアヤセさんに、私が初めて出品した服が売れる瞬間を一緒に見てもらいたいです。出品は戻られてからにしようと思います。だから、立ち会い……、お願いできませんか?」


 オンラインショップ上でマリーが仕立てた服は、過去にクラン「ビースト・ワイルド」の牛頭達に対し、マリーの服に需要があることを分からせるために「緑林のニットビスチェ」をアヤセが出品し、実際に出品から五分程度で購入されている。従ってマリーの言う「初めて服が売れる瞬間」は正確には、その時のことを指しているのだろうが、彼女にとってあくまで前回のケースはイレギュラーで、アヤセと共同して作り上げた、自ら納得して出品した服こそが自分の「初めて売れた服」に相応しいのだと考えていた。


 「分かりました。マリーさんがそこまで言われるのでしたら、立ち会わせていただきます。おそらく四日後には戻っているはずなので、それでよろしいでしょうか?」


 アヤセの承諾の返事を聞き、マリーの表情は一転して明るくなる。


 「ありがとうございます。じゃあ、四日後にお願いします! 約束ですよ。待っていますから!」

 「何度も言いますけど、立ち会いは不要かもしれませんよ」

 「ふふっ、女の子にとって『初めて』ってとっても大事なんですよ? だから、『初めて』服が売れる瞬間を大事な『パートナー』と一緒に見届けたいのです」


 意味深なことを言うマリーに怪訝な顔をするアヤセ。一方、マリーは、アヤセが一緒に立ち会ってくれることに上機嫌になっていた。


 「それで、手数料は、取り決め通り実際の販売に応じて、日ごとに支払うかたちで大丈夫でしょうか?」

 「はい。あ、でも、それだと月をまたぐかもしれないか……」

 「……? あの、何か問題がありそうですか?」

 「い、いえ、支払いは取り決め通りで結構です」


 マリーは、これまで金銭にそれほど頓着していなかったアヤセが、現金を早く手に入れたがる素振りを見せたことに違和感を持つ。


 「アヤセさん、どうしたのですか? お金が必要なのですか?」


 マリーのストレートな問いかけにアヤセは、俄かに慌てる。アヤセがマリーのもとを訪れた際に決まって自身の膝上に載るテイムモンスター、亀のターちゃんの頭をゆっくりと撫で始め、何とか動揺を抑えようと焦っている。


 「入り用なのは確かなのですが、そんな風に見えてしまいますか? 嫌だな……」

 「取り決めでは、先ほども言いましたとおり、販売着数に応じた後払いとなっていますけど、お急ぎでしたら相談に応じますよ?」

 「い、いえ、それには及びません。大丈夫です」

 「そうですか(……何か怪しいわね)」


 マリーは直感で、アヤセが自身に隠していることがあると察知する。


 (うーん、船材になりそうな良い材木が見つかったけど、購入には、月末までに十二万ルピア収めないといけないんだよな。ポテンシャルの手数料を見込んでギリギリ集まるかどうかと言うところだが、出品が遅くなると期限に間に合うか微妙なところだ。まさか、マリーさんに「前借りで金を貸してください」なんて言える訳が無いし)


 現在、アヤセはホレイショと共に船材として使えそうな素材を集めて回っている。たまたまアイテムマスターギルドの依頼を通じて知り合ったNPCの材木商が良質な木材を仕入れたという情報を聞きつけ、頼み込んだ結果、月末を代金の納付期限にして十二万ルピアで販売してくれることになった。

 ちなみに、アヤセの所持金は、現在八万四千ルピア程度でホレイショの手持ち分を足しても、目標の十二万ルピアには一万五千ルピアほど届かない。シノブ達から奪った装備品も売り払い、後の頼みは、マリーからの手数料しかないのだが、ラタスへのクエストを終えて戻ってきてからの出品だと、月末に間に合わせるのは中々難しくなりそうだった。


 「アヤセさん。私達は『パートナー』なのですよ? 私達の間に遠慮はいりません。どんなことだっていいので、私に相談してくださいね」

 「いえ、本当に結構です。マリーさんのお手を煩わせることではありませんから。だから、この話は、もうお終いにしましょう」


 (率直に話せばマリーさんのことだから、おそらくルピアを用立ててくれるかもしれない。だが、そのためには船の話をマリーさんにしなければならないし、それに金銭の貸し借りは、トラブルの元になり得るから、いくら親しいからって、いや、親しいからこそこんな話は避けなければならないだろう)


 ベン場長が言っていた、「帝国のスパイ」は、おそらく工房のみならず王都中にいると考えられる。

 ホレイショが目指す船の建造は、まだまだ計画の第一歩も踏み出していないが、アイデアや技術は、場合によって各国の軍事バランスに大きな影響を与える可能性がある。もし、帝国とそれに結託するトップクランに知られたら、厄介事に巻き込まれることは間違いない。


 マリーが信用に足る人物であることは疑いようが無いが、どこから話が漏れ、スパイの耳に入ってしまうかアヤセには、今の時点で見当がつかなかった。分からないのであるならば、この話を知っている者の数は、少ないに越したことはないだろう。


 そんなアヤセの考えをよそに、マリーは、ジトッとした疑惑の目をアヤセに向ける。


 「……(怪しい。怪しすぎる! 男の人が急にお金が必要になる理由と言えば……。まさか女の人!?)」


 二人の間を支配する沈黙。急に重苦しくなった空気にアヤセは落ち着かない気分になる。


 マリーは、更に追及の手を伸ばそうとするが、その先手を打つように、アヤセがターちゃんをテーブルの上に移し、脱いでいたケピ帽とプリスを手に取る。


 「そ、それでは遠出の準備もありますから、自分はここで失礼させていただきます。四日後にまた伺います。お土産も買ってきます!」

 「あっ! 待ってください。まだお話は……」


 マリーの制止を聞かず、室内であることお構いなしにアヤセは、帯刀もせず刀の鯉口を切り、四倍速度で部屋を退出する。途中、ドアにぶつかったようで大きな音がしたが、その後ドアを開閉する音が聞こえ、程なくして室内に静寂が戻った。


 テーブルの上で、アヤセのことを恋しそうにしているターちゃんをマリーは膝上に載せ、頭を撫でる。


 「もうっ、何で私にちゃんと話してくれないの? でも、本当にアヤセさんに好きな女の人ができたのかしら? アヤセさんに限ってそんなことは無いと信じたいけど……。ダメっ! 気になって作業に手がつかなくなっちゃうじゃない……」


 自身の想像が全くの誤解であることに気付かず、心が晴れない思いを抱えるマリーは、テーブルを見やる。


 そこには、アヤセが忘れていった、見た目からして危険さが伝わって来る「ポテトサラダのサンドウィッチ」が残されていた。



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