20_服のお披露目
(メジロ、いやメージロの好物は、花の蜜とか果物だっけ?)
サモナーギルドを辞したアヤセは、中央地区の露店通りで、召喚獣「チーちゃん」のためにイチゴに似たスントロベルいう果物を購入する。通り沿いのベンチに腰掛け、自身も果実を口にしながら、チーちゃんにも分け与える。
「チーちゃんは、スントロベルが好きなの?」
アヤセは、小鳥に語りかける。だが、目の前の果実をついばむことに夢中になっているためか、何も反応を示さない。
(スキルではどうだろうか?)
スキル【念話】を発動し、再度同じ問いを繰り返す。すると、小鳥は、果実からくちばしを離し、反応を示す。
同時にアヤセの頭の中で、チッチッと鳥の鳴き声が聞こえる。何を言っているのか分からなかったが、直感的に「スントロベルも良いけど、オーランジ(オレンジに似た果物)がもっと好きなの~」ということが理解できた。
(スキル【念話】は遠隔会話もさることながら、コミュニケーションツールとしても有用だということか)
このスキルのお陰で、召喚獣とコミュニケーションが取れることは少し嬉しかった。サモナーギルド職員のマルグリットの無機質な笑いから、チーちゃんはあまり召喚獣としては、歓迎されない部類であることは分かったが、実際こうして召喚してみると愛らしい姿に心が癒される気がする。召喚に伴うMPも、ほとんど感じられないくらい消費が少なく、長時間召喚しておけるのも利点であった。「召喚術」の技能レベルを上げるためには、召喚獣をできるだけ長く召喚しておく必要があるため、この点だけで言えば、チーちゃんは決してハズレでは無かった。
(スキルの「視覚共有」と「果実探索」は把握したが、「青い鳥」が良く分からないな。そもそもチーちゃんの体色は抹茶色と白だし、青くもなんとも無いのだが……)
召喚獣のスキル【視覚共有】は文字通り、チーちゃんが見ている風景を認識できるスキルであり、スキル【果実探索】は、先ほどスントロベルを販売している露店を探し当てたような、果実のある場所を察知できる能力だった。
(スキルの発動条件も不明だし、おいおい検証しかないな)
アヤセは、夢中でスントロベルをついばむチーちゃんを見ながらそう考える。今ついばんでいる物で、少なくても三つ目のはずだが、食欲は旺盛なようで、衰える気配が見えない。ステータスを鑑定したら、レベル4になっており、親密度も上がり、10になっていた。
(もうこの辺にしておいたら?)
スキル【念話】でチーちゃんに語りかける。アヤセの呼びかけにチーちゃんは、「あと少しで、一日で貰える経験値と親密度の上限になるからそれまで食べていたいの~」と応じたように聞こえた。
(エサを与えると、それに応じて日単位で経験値と親密度が貰えるのか。果実もそれほど高い物ではないし、継続してあげ続けると、成長も見込めそうだな。でも、果実ばかりあげて大丈夫だろうか?)
アヤセの心配をよそにチーちゃんは、その後スントロベルを二つ平らげ満足した。最終的にレベルは5に、親密度は12になっていた。
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チーちゃんに果物を与えた後、アヤセは中央地区からほど近い西壁地区の賃貸共同住宅を訪ねる。目的は、マリーに注文していた服が完成したとのことなので、その受領のためである。
「アヤセさん!お待ちしていましたよ。さぁ、どうぞ入ってください」
マリーの出迎えを受け、アヤセは居室に足を踏み入れる。マリーの引っ越し先は、間取りが2LDKの部屋だった。初めに新居の間取りを聞いたアヤセは、一人暮らしには、広すぎるのではないかと感じたが、作業場や物置の用途で部屋が必要であると考えると、このくらいの広さは妥当ではないかと思い改めた。実際に部屋は、物置と寝室に一部屋ずつ使用し、リビングに作業場が据えられている。ちなみに、リビングだけでも、マリーが以前住んでいた南壁地区の賃貸共同住宅の部屋の総面積よりも広いのだが、マリーの創作意欲は尽きるところを知らず、素材や作製途中の服がところ狭しと置かれ、空いているスペースがほとんどない状態だ。それでも、テイムモンスター達は、隅に寛げる自分専用のクッションがそれぞれ一個ずつ置かれており、今まで住んでいた部屋で、皆で一つのクッションを共有して寝ていた頃に比べれば、随分広くなったと感じているだろう。
アヤセとマリーは、乱雑で物に溢れたリビングで、どうにか場所を確保して置かれたテーブルセットに掛けている。ちなみに、今回も亀のターちゃんはアヤセの膝上にいる。
「その小鳥は、召喚獣ですか?」
マリーは、アヤセの肩に乗ったチーちゃんについて尋ねる。
「サモナーギルドで『契約の器』と召喚獣の思念が手に入ったので、召喚しました。メージロというモンスターの召喚獣でチーちゃんと言います。チーちゃん、マリーさんに御挨拶を」
チーちゃんは、アヤセの促しに応じて、チッチッときれいな声で鳴く。
「チーちゃんは、『初めましてマリーっち、チーちゃんなの~、よろしくお願いしますなの~』……と言っています」
「は、はぁ。マリーっち……?」
スキル【念話】で会話しているアヤセは、チーちゃんの言葉をそのまま、マリーに口伝する。いつもと違うアヤセの口調に、マリーは戸惑った。
「ああ、自分とチーちゃんは、【念話】と言うスキルで、簡単な会話ができるのです。今のは、チーちゃんの言っていたことをそのまま伝えました」
「そうなのですね。てっきりアヤセさんが私のこと、今後マリーっちって呼ぶのかと思ってびっくりしました。それにしても、モンスター達と会話ができるスキルがあったなんて知りませんでした。私もそのスキル、欲しいなって思いました」
「自分もスキルスクロールで取得したので、詳しい習得の条件が分からないのが残念です」
「もしかしたら、サモナー専用のスキルかもしれませんね。私もこの後、テイマーにも同じようなスキルがないか探してみようと思います。チーちゃん、よろしくお願いしますね」
チーちゃんは、再度きれいな声で鳴いた。
「それで、本題ですが……」
マリーは、居住まいを正し、話を切り出す。
「お待たせしました。アヤセさんのオーダーメイドがようやく完成しました。どうぞご覧ください」
マリーは、インベントリから服を取り出す。それらを緊張の面持ちでテーブルに並べる。
「アヤセさんの期待に応えられているか、正直不安ですが……。何か直すところがあればすぐに調整しますので、遠慮なく言ってください」
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【防具・頭】深緑のケピ帽 品質8 価値9 生産者:-
耐久値 850 重量8 物 47 魔 55
装備条件:MID30以上
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・採取及びドロップアイテムのグレードup(大)
・モンスタードロップ率up(大)
ポテンシャル( )…指揮権限(パーティー、チームの構成員の
ステータスup(大)、装備者が有するスキルの共有化)
ポテンシャル( )…マッピング(位置情報等を取得可能)
ポテンシャル( )…鷹の目(200メートル以上離れた狙撃命中率及び
攻撃力50%up)
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【防具・外体】深緑のプリス 品質9 価値10 生産者:-
耐久値 900 重量10 物 96 魔 95
装備条件:AGI30以上
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・HP及びMP常時自動回復(効果(中))
ポテンシャル( )…念動(伸縮自在に装備者が念じる通り動かせる)
ポテンシャル( )…ステルス+++(効果180秒、クールタイム20秒。
発動中の攻撃による発見無効)
ポテンシャル( )…緑風(回避率up(特大)、ジャストガード自動化)
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【防具・内体】深緑のドルマン 品質9 価値9 生産者:-
耐久値 900 重量10 物 57 魔 47
装備条件:VIT25以上
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・初撃被ダメージ無効化
ポテンシャル( )…大天使の庇護(魔法攻撃被ダメージ55%down)
ポテンシャル( )…大天使の威光(敵の特殊攻撃を50%の確率で反射)
ポテンシャル( )…大天使の守護(物理攻撃被ダメージ55%down)
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【防具・脚】深緑のズボン 品質8 価値9 生産者:-
耐久値 850 重量10 物 52 魔 52
装備条件:DEX20以上
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・全ステータス+50
ポテンシャル( )…大天使の冥護(状態異常40%の確率で無効化又は
効果80%down)
ポテンシャル( )…大天使の摂理(状態異常自動回復(回復まで7秒。
一撃死無効))
ポテンシャル( )…大天使の加護(本人及びパーティー構成員の
HP自動回復(効果(大)、900秒、クールタイム180秒))
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【防具・靴】宵闇のヘシアンブーツ 品質8 価値8 生産者:-
耐久値 700 重量10 物 35 魔 37
装備条件:AGI20以上
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・健脚(悪路影響無効化)
ポテンシャル( )…円周スタン(半径20メートルの範囲の敵に状態異常
「スタン」効果を15秒間、70%の確率で与える
(耐性無効)、クールタイム120秒)
ポテンシャル( )…足場設置(空中に透明な足場を設置可(10秒間持続、
連続5個まで設置可))
ポテンシャル( )…受難告知(敵のステータス低下及び弱点を一定時間
強制付与)
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【装飾品】軽騎兵のサーベルタッシュ 品質7 価値7 生産者:-
耐久値 ‐ 重量8 物 ‐ 魔 ‐
装備条件:‐
特殊効果:・ハンドメイド品(転売ロックOFF)
・インベントリ枠1,000up
・インベントリ積載量1,500up
ポテンシャル( )…インベントリ積載量3,000up
ポテンシャル( )…リンク化(非戦闘時において、インベントリとホーム
倉庫間でアイテム類の交換が可能になる)
ポテンシャル( )…セキュリティ+++(ドロー系スキル完全無効)
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「……………………………………………」
テーブルに置かれた、各装備品を前に微動だにしないアヤセ。重苦しく長い沈黙。マリーは、その様子にますます不安に駆られる。
「……受け取れません」
絞り出すようにアヤセが発した言葉に、マリーは落胆を隠せない。目にはうっすら涙が浮かぶ。
「やっぱり、アヤセさんの求める基準に達していませんでしたか……。ごめんなさい。とても大切な素材を無駄にしちゃいました。どうお詫びしていいか分かりませんが、弁償はどんなことをしてでも必ずします」
「い、いえ、そうではありません」
アヤセが慌ててマリーの言葉を制する。
「全くの逆です。これほどの性能、自分には過ぎたる物です。『価値10』なんて、おそらく、ゲーム史上、まだ誰も作製に至っていない快挙ですよ! 他の物にしたってそうです。これらは、後続組の一介のアイテムマスター如きが持っていい代物ではありません!」
あまりの性能を目の当たりにして、アヤセは興奮気味に喋りだす。
「正直、自分が装備するよりも、もっと有効な活用方法があります。これを王宮に献上したら、マリーさんの名声は、間違いなく大陸全土に響き渡ります。王室御用達のお墨付きを一足飛びで、どのクランよりも早く、どのプレイヤーにも先んじて、最高の栄誉を手に入れることができるとチャンスですよ!是非、そうされることをお勧めします」
「え? でも……」
「今まで秘められた才能が開花して、マリーさんもトッププレイヤーの仲間入りを果たすのですね。素晴らしい……。『感無量』とはこういうことを言うのでしょうね!」
「あ、あの、ちょっと待ってください!」
思わぬ方向に向かっている話をマリーは遮る。
「アヤセさん。私はこれを王宮へ持っていくつもりはありません」
マリーの言葉に、アヤセが怪訝な顔をする。その顔が、マリーが言ったことを理解できないと語っていた。
「えっ? ですが、価値が10の物もあるのですよ? 品質だってほとんど9とか8ですよ? 性能、特殊効果、ポテンシャル、どれを取っても最高峰の特級品ですよ?」
「そこまで、褒められると恥ずかしいのですが、これは全て、アヤセさんが高級な裁縫道具や★7と★6の素材を持ち込んでくれたから作ることができたのです」
「あの素材は、おそらく自分では二度と手に入らないかもしれません。他の方法で素材を求めたって、次が巡って来るのは相当後になるかもしれないのですよ? せっかく周りから認められる大きなチャンスなのに、それをフイにするのですか?」
アヤセの疑問に、今度はマリーが怪訝な表情をする。
「私は、アヤセさんのオーダーを受け、この服を仕立てました。依頼主に作製した服の納品を行うのは当然のことではないでしょうか?」
「うーん、確かにそうですが……。正直、これほどの服を自分が扱いきれるか自信がありません。自分のことは構わずに、マリーさんの望むとおりにしていただいても構わないのですが……」
「アヤセさんには、以前私の目標を言いましたが、覚えていますか?」
「はい、『自分だけにしか作れない服を仕立て、気に入ってくれた人達に着てもらうこと』だったと思います」
「覚えていてくれて、嬉しいです。アヤセさんは、この服を気に入ってくれましたか?」
「それは、勿論です! 性能もそうですが、何より自分の細かい注文まで完璧に応えてくれて、自分が望んでいた以上の物を作製してくれたと感じています」
「そう言ってくれると、私も作って良かったと思います。この服は、アヤセさんが着ている姿を思い描いて、アヤセさんのことだけを考えて、一生懸命作ったんです。だから自信が無いなんて言わないでください。それに、私は、王室の御用達とか栄誉とか名声に全く興味がありません」
マリーは、澄んだ目でまっすぐアヤセを見る。マリーの気持ちを察したアヤセは、自分の申し出を取り下げることにする。
「確かにマリーさんの目標には、王室の御用達は、必要では無いかもしれませんね。済みません。自分一人で舞い上がってしまいました……」
「いいえ、アヤセさんが私のことを考えて勧めてくれたのは分かっています。いつも私のことを気にかけてくれますが、たまにはご自身のことを優先してください」
「分かりました。マリーさんを失望させないように、この服を着こなしていきたいと思います」
アヤセの言葉を聞き、マリーは、ホッとして笑顔を見せる。
「良かったです! 断られたらどうしようかと思いました。それで……、早速試着してくれませんか? その、私もアヤセさんの着姿、見てみたいですし」
「そうですね、マリーさんもそう言われるのでしたら、試着してみましょうか」
五分後……。
着替えで借りた物置からアヤセが出て来た。
「やっぱり、お似合いですよ。素敵です……」
マリーは、惚れ惚れとした様子でアヤセを眺めている。自身にとっても服の仕上がりは、納得できるものだったようだ。
「着方が分からないので、自分の思うように着てみました」
「見る限り大きな間違いは無さそうですので、これで大丈夫だと思います。さあ、鏡の前に立ってみてください。お姿をご自分で確かめてみてください」
アヤセは、マリーに導かれ鏡の前に立つ。深緑に程良いバランスの銀色の飾り紐や刺繡が施された軍服調の服装は、初期装備を着たっきりだった昨日までの姿とは、まるで別人のようだった。ここまでの服を作製したマリーに対し、再び感謝と敬意を抱く。
「マリーさん、ありがとうございます。これほどの物を作製してくださって……。この服は、一生大事にします」
「ア、アヤセさんが喜んでくれて、私も嬉しいです。本当に……幸せです」
お礼を言うアヤセに対し、顔を赤らめたマリーは伏し目がちに応じる。彼女の心は、本人が言うように、大事な想い人に喜んでもらえた幸せに満ちていた。
そして、何故かチーちゃんと三匹のテイムモンスター達もやり切った感を滲ませた表情を見せ、ウンウンと頷いていた。




