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02_クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」

 ここは、とあるクランの集会場。

 室内は、普段は使われること無く、調度品が埃を被っているのだが、この日は、いつもと違い大勢の人間が集まり、張詰めた空気がその場を支配していた。


 奥行きの長い、堅牢なテーブルに着席した男女は、クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の幹部である。十九人のクラン幹部全員が一堂に会したテーブルの一番奥には、一人の女性が上座を占めていた。

 

 この女性の赤い髪と瞳は、彼女が装備している「闇」を顕在化させたような漆黒の騎士鎧がそれを際立たせる効果もあり、荒々しく燃えさかる炎を彷彿とさせる。


 彼女の名前は、エルザ。VRMMORPG「The end of the world online」におけるトップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の団長で、屈指の有力プレイヤーである。


 ゲームβテスト以来の古参プレイヤーである彼女は、今に至るまで常に攻略勢の先頭に立ち続け、その実力は他の追随を許さない。また、生粋の戦闘職である彼女のバトルスタイルは動画配信サイトを通じて世界中の人々を魅了してやまず、実際に戦闘時の動画が、テレビCMやインターネット広告でも度々使われているため、「Tewのことをあまり知らないが、エルザのことはよく知っている」という者がいるくらいである。プレイヤーの憧れの的であり、名実共に「ゲームの顔」とも言える彼女は、このゲームに無くてはならない存在と言っても過言ではなかった。

 

 そんな彼女が、今憂慮していることがある。


 今回のクラン幹部会議は、日頃、攻略遠征に赴きクランホームを空けることが多いエルザが帰還したため、攻略状況の報告を兼ねて急きょ開かれたものであるが、報告の内容が芳しいものではなく、幹部一同今後の方針を決めるにあたり頭を悩ませていた。


 「報告したとおり、現在、我々は帝国北部『樹氷回廊』九合目のボスに足止めされている。今後も北方攻略を継続するが、ボスを倒さない限り前へ進むことができない。各人の基礎レベルの底上げも大事だが、装備品類の強化も目下の課題だ。生産職の作業の進み具合はどうか」


 エルザは、生産職の統括であるアイオス副長に報告を求める。


 「鍛冶、錬金部門において鋭意作業を行っておりますが、性能の向上は頭打ちです。おそらく次回メンテ明けまでは、現時点以上のものは望めないと思います」

 「確かに、次回のメンテナンス終了後に、限界上限の更新があるという噂もあるが……。それよりも、前回実装されたポテンシャルを検証すべきではないか?」

 「お言葉ですが団長、ポテンシャルについて今まで検証を行ってきましたが、やはり、一考に値しないものと断言しますね」

 「しかし、私の基礎レベルもカンストしたし、装備品もこれ以上のものが作れないのでは、あとはポテンシャルに頼るしかないだろう?」

 「だからと言ってポテンシャルにすがるのは、リスクが大きすぎます。一流の装備品が高い確率で三流にもそれ以下にもなるのですよ?」

 「そこは、アイテムマスターが育てば変ってくるのではないか?」

 「後発職のアイテムマスターを育成するのに、どれくらい労力がかかるとお思いですか? しかも、育ったところで、どれくらいの効果が見込めるかも分からないのに? それよりも先を見越して今のうちに強化素材等の準備を進めておき、メンテ明けのパワーレベリングと生産部門による鍛冶・錬金のフル稼働で、一気に他のクランを引き離す方法が賢明かと思います」

 「いつものパターンだな」

 「ええ。私達の必勝パターンです。まぁ、私達が苦戦しているボスならば、他のクランも同じか、もっと苦戦していることでしょう。勝負まで、まだまだ時間はあります」

 

 ここまで話し、エルザは、アイオス副長の意見に同調する。ただし、一つの点を除いて。

 

 「今後の方針は、副長の言うとおり、攻略班は、継続して樹氷回廊攻略に着手、サポート班は、素材収集、自身と生産職のレベリングを、生産部門は装備品の試作、スキルの取得、基礎・技能の各レベルと、一応あると思われる熟練度の向上を行うこととするが、異存のある者はいるか?」

 

 エルザの決定に幹部達が異存を申し出ることはない。沈黙をもって賛成の意をあらわす。


 「異存は無いようなので、方針はこの通りとする。後ほど、各幹部は、班員に方針を周知徹底しておくように。ああ、それと副長」

 「はい。何でしょう?」

 「ポテンシャルの件だが、やはり、可能性も捨てきれないところがある。今後もアイテムマスターの勧誘に努め、検証を継続して欲しい」

 「は、しかし団長。ポテンシャルは……」

 「アイテムマスターが不遇職だということは、既にプレイヤーの間でも認識が広まっていて、そのせいで絶対数が少ないと聞いている。先日もクランに所属していたアイテムマスターのアヤセが脱退したようだしな。もし、今後有用性が証明されるようなことがあったら、確保が後手に回り、他のクランに後れを取ることにもなりかねない」

 

 先日、無能の烙印を押し、手ひどい仕打ちで追放したアヤセの名前が、急に団長の口から出てアイオスは驚く。また、末席で会議に参加していたなるるん、クリードの二人も顔を見合わせていた。


 「だ、団長は、彼を御存知なのですか?」

 「ああ、一度話したことがある。見所がありそうなので名前だけは覚えていた。ログを目にして残念だと思ったが……。脱退の理由は分かるか?」

 「ええ。一言で言えば、彼の能力が私達の求める基準に達していなかったからです。勿論、脱退に際しては、本人によく『言い含め』、円滑に手続きを行いましたよ」


 それを聞いて、なるるんは、ニシシと小さな声をたてて笑い、クリードもニヤニヤと笑みを浮かべたが、エルザから刺すような視線を向けられ、慌てて真面目な表情を取り繕い、姿勢を正した。

 エルザは二人へ視線を向けたまま話しを続ける。


 「ここのところ、生産職の出入りが多いように見受けられる。それに、一部の戦闘職の者が生産職の団員に対し、下に見る態度を取る者もいるという。生産職あっての戦闘職だ。それを忘れた者には、幹部たる資格はない」

 「団長の御希望でしたら、アイテムマスターの勧誘について、再度検討しましょう。それと、生産職の件ですが、団長にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「ああ、構わない」

 「団長は、攻略勢としての誇りをお持ちですか?」

 「当然だ。私の目標は、誰よりも遠い世界に誰よりも早く到達することだ。そして、私はその目的を持つことに誇りを感じている。皆も私と同じ目標を持っているから、このクランに所属しているのだろう?」

 「団長の崇高な目標の下に、皆が集まっていることは、疑う余地もありません。ですが、この目標を達成するには、非情に困難を伴います。困難を克服し、トップクランとしての名声を得るためには、団員の確たる団結と高い能力が要求されることは、団長もお分かりのはずです」

 「……」

 「それは、戦闘職も生産職も同じです。いや、戦闘職を完璧にバックアップする役割の生産職の方が、寧ろ強く要求されるものでしょう。私は、団長をはじめとする戦闘職の方々が、充分な体制で攻略に臨めるように生産職の各部門を統括・管理しています。統括・管理を行う者としては、万が一でも不手際は許されるものではないと思っていますので、時には、能力の乏しい者を入れ替える等、厳しい対応も行わなければなりません。……全ては、我らの『ブラックローズ・ヴァルキリー』がトップクランであり続けるため、そして他のクランの追随を許さないため、私自ら泥を被り、身を粉にしてクランに貢献させていただきます」


 ……もっともらしいことを言っているが、アイオスはクランへの貢献を理由に、基準に満たない生産職を問答無用で切り捨てていることを認めているのである。同席している幹部の中にもそのことに気付いている者もいるが、特に異論を挟むようなことはしない。このクランの幹部は、アイオス以外全員戦闘職であり、現状、彼が戦闘職のニーズにそこそこ応えた装備品類を提供していることから、生産職団員の管理方法まで口を出す必要性を感じていないためである。また、「生産職なんて戦闘職に寄生していなければ、満足にモノも作れない貧弱な存在」という考えを戦闘職のプレイヤーが無意識に持ち、生産職を軽んじていることも問題だった。


 生産職に対し、ある程度理解を持っているエルザであるが、彼女もアイオスの考えを迷いつつも是認した。このクランがトップクランであり続けるため、そのために彼の能力が欠かせないと判断したからである。実際に、クランの諸事雑事をはじめとする運営を任せているし、クランが所在する帝国との交渉窓口となり、多大な援助を引き出していることも重視した結果だ。エルザの思いは逡巡したが、自分が攻略を推し進めることによって、貴重な素材や未知の素材も手に入るから生産職もそれを用いて、より貴重なアイテムを作り出すことができるし、それによって攻略速度も早まり、結果として多くのプレイヤーが、世界開放の恩恵を受けられるのだと自らに言い聞かせ、結局現状を受け入れることにした。


 「これからも、私達がトップクランであるために、やるべきことをする。団長も同じお考えかと思いますが?」

 「……そうだな。我々は、常に全プレイヤーの先頭に立ち、これからも後進にそれを譲るつもりはない。いつものやり方でいつものとおり勝つ。それだけだ」


 こうして幹部会は閉会した。


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