15_「生産職としての意見」
目の前で激昂していた牛頭と馬面がいきなり消えたことにマリーは、思考が追い付かなかった。
「あの、これって……」
静まり返った室内には、アヤセとマリーしかいない。今の状況を隣にいるアヤセに自然に尋ねてしまう。
「少し待っていれば、自分達に用がある者が出て来る筈です」
アヤセの言葉どおり、二、三分経ったのち、牛頭が座っていたソファーの前に突然、パステルカラーのピンク色の事務服を着た一人の若い女性が現れた。
「アヤセ様、マリー様、お待たせいたしました。この度は、御面倒をおかけいたしまして誠に申し訳ございません」
女性は深々と頭を下げて、詫び口上を述べる。
「あなたは、誰ですか?」
「私は、当ゲームの運営AIです。マリー様には、初めてお会いしますね。アヤセ様とは、これで二度目でございますが」
「運営AI……? アヤセさんはこの人と知り合いなのですか?」
「今日ログインした際に一度会いました。今回の件で事実確認等を行っている、運営が管理している人工知能のようですよ」
「人工知能なのですか? 凄い。本当の人みたいですね」
「受け答えもそうですが、表情も豊かですし、自分もAIであることを忘れそうになりますね。自分は、一人の人格として接したいと思っています」
「アヤセ様……。お気遣いありがとうございます」
運営AIはにっこりと笑ったが、再び真面目な表情に戻り、話の本題に入る。
「それで、今回お時間を頂戴いたしましたのは、クラン『ビースト・ワイルド』に対する処分が決定されましたので、その報告です。当該クランマスターからアヤセ様に対して、詐欺と窃盗の教唆を受けたとの申し立てを受けて、運営では、和解案を御本人達に提示し、それを受け入れていただければ、クラン存続を認める旨の指示をしました。結果といたしまして、和解に至りませんでしたので、当初の処分案のとおり、クラン『ビースト・ワイルド』は解散、また、話し合いの席でクランマスター及び副クランマスターの重大なハラスメント行為も認定されましたので、アカウント削除の上、ブラックリストへの記載を行いました。その他の団員についても、クランの処分案件にかかる関与の程度に応じて、アカウント削除や長期ログイン停止等の措置が取られます」
ブラックリストに記載されてしまった牛頭と馬面は、もう二度と戻ってくることは無い。あれだけにことをやれば当然だろう。
「クランが所有していたルピアやアイテムは、今までクランによって不当な扱いを受けていた方々に均等に分配されます。なお、アヤセ様からお預かりしていた装備品についてですが、返却が全て済みました。中には長期間ログインしていない方もいらっしゃいますので、その方の分は一定期間が過ぎたらアヤセ様に贈呈いたします」
「いえ、もしかしたら当人が戻って来る可能性がありますので、そのままでお願いします」
長期間ログインしていない者は、おそらくシノブ達の締め付けに嫌気がさし、ゲームを引退してしまったのだろう。
アヤセは、戻って来る可能性はほとんど無いと思いつつ、もし、再びログインするようなことがあったら、是非、クラン解散の報告と一緒に、かつてシノブ達に取り上げられた防具も受け取って貰いたいと思っていた。
「かしこまりました。それでは、そのようにさせていただきます。それと、今回の件ですが、アヤセ様には、大変にお手数をおかけいたしました。相手側から、和解により解決を望みたい旨の大変強い訴えがありまして、当方としましても両者が納得の上、穏便に事が済むならばという思いで、このようなかたちになりました。結果として、不快な思いをされたことと存じますので、その点お詫び申し上げます」
「事情は分かりました。ただ、今回のケースは、自分に悪意があるかグレーなところがありましたので仕方がないと思いますが、このような訴えに耳を貸しすぎると、このままでは、生産依頼の際に、素材を持ち込んだプレイヤー全員が詐欺と窃盗の教唆犯になってしまいます。それと、いくら和解での解決を求めていても、両者の意思を必ず確認すべきだと思います。自分も事前に確認をいただければ、和解には応じず、告発に関してゴズとメズと争う方を選びました。マリーさんも不快な思いをせずに済んだはずだと思いますし、少なくともここへは来なかったと思います」
今回の判断は誰が下したか分からないが、当時者同士の話し合いは、悪手であったといえる。極端なことを言えば、両者が会わなかったら牛頭や馬面もアヤセ達に対するハラスメント行為が行われることなく結果として、(アカウント削除は間違いないと思うが)ブラックリストに載らなかったかもしれないし、マリーもセクハラの被害に遭わずに済んだのだ。
「……今回の事例もデータとして蓄積してもらって、次に活かしてもらいたいものです」
「誠に申し訳ございません。貴重な御意見は、今後の参考とさせていただきます」
クレームに対するテンプレートのようなことを運営AIは言って謝罪をする。
「それで、お二人にご負担をかけてしまい、お疲れのところ申し訳ございませんが、これに関連して、折り入ってお二人にお聞きしたいことがございまして、少々お時間を頂戴したいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、私は構いませんけど……」
「自分も結構です。何でしょうか?」
「実は、生産職の方々から今回のように、クランや戦闘職のプレイヤーによる、ハラスメント行為の相談がこのところ増加傾向にありまして、運営としても根本的な解決を図る必要があると認識しています。今後の参考のために、生産職の方々から、実情や、今後の在り方等、率直な御意見を広くお聞かせいただいているのですが、御協力いただけないでしょうか?」
アヤセは、横にいるマリーと顔を見合わせる。
「やはりこういったことは、長いこと生産職としてプレイしてきたマリーさんが詳しいのでは?」
「うーん、そうですね……」
マリーは考え込む。
「やっぱり、仕立てた服が売りにくいな……って、いつも感じています」
「確かに、生産物の販売ルートが、どれも売り手に不利であって、買い値が生産の手間に見合っていないのではないかと自分も感じていました」
生産職の活動は、初めに原料となる素材を入手し、その後、素材を用いて生産を行い、最後に生産した装備品やアイテム類を売却し、生活費及び素材購入の原資に充てるルピアを得て、最初の素材入手に戻るサイクルで成り立っており、マリーとアヤセは、サイクルの最後の段階である、生産物の売却に支障が生じていることを問題点として挙げた。
アヤセはおもむろに、応接テーブルに置かれていたメモ用紙と鉛筆を取り、何やら書き付けていく。アヤセが筆記を始めたことに、マリーと運営AIは、その様子を窺っている。
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○生産物の販売で現金を獲得する主な方法
①クラン、NPC商店等への売却(納品)
②ギルドの納品クエスト
③プレイヤー本人が所有する店舗、露店での販売
④オンラインショップ
⑤個人間のトレード
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「現状として、生産物を現金に換える手段としては、主にこれらが挙げられると思います。次に、問題点ですが……」
更にアヤセは、メモ用紙に加筆していく。
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○生産物の販売で現金を獲得する主な方法(問題点
①クラン、NPC商店等への売却(納品)
→(問題点)買取り額がほとんど先方の言い値。NPC商店は、低廉な売り
値で固定され、交渉が不可。クランは、悪質な買い叩きあり。暴利的な
素材販売と併せて囲い込みの温床になっている(今回問題に
なった点)。
②ギルドの納品クエスト
→(問題点)報酬は相応だが、依頼が不定期。また、納品する物品も
限定的。
③プレイヤー本人が所有する店舗、露店での販売
→(問題点)店舗購入、賃貸共に高すぎる。最低でも店舗は購入で七百万、
賃貸で月額十五万、露店は賃貸で月額五万とそれぞれルピアが必要で、
一般的な生産職では全く手が届かない。
④オンラインショップ
→(問題点)出品手数料が設定額の30%と割高。また、購入手数料も同等の
割合を買い手に課しており、取引の不活性化を招いている。
⑤個人間のトレード
→(問題点)詐欺、脅迫等のリスクが高い。信頼できる相手との取引が
絶対原則。
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「思いつく限りの問題点は、このくらいです。自分の考えを整理するために、解決案も書き出してみます」
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○生産物の販売で現金を獲得する主な方法(問題点と解決案)
①クラン、NPC商店等への売却(納品)
→(問題点)買取り額がほとんど先方の言い値。NPC商店は、低廉な売り
値で固定され、交渉が不可。クランは、悪質な買い叩きあり。暴利的な
素材販売と併せて囲い込みの温床になっている(今回問題に
なった点)。
→(解決案)②、③、④(特に③と④)が改善されればこれらへの依存が
無くなる?
②ギルドの納品クエスト
→(問題点)報酬は相応だが、依頼が不定期。また、納品する物品も
限定的。
→(解決案)クエストの種類を増やす(ただし優先順位は低め)、
プレイヤーの生産物をギルドで委託販売するシステムを新設
できないか?
③プレイヤー本人が所有する店舗、露店での販売
→(問題点)店舗購入、賃貸共に高すぎる。最低でも店舗は購入で七百万、
賃貸で月額十五万、露店は賃貸で月額五万とそれぞれルピアが必要で、
一般的な生産職では全く手が届かない。
→(解決案)立地、広さ等による価格及び賃料の細分化がベスト?
いずれにしても早急な値下げを切望(せめて賃貸だけでも)!
④オンラインショップ
→(問題点)出品手数料が設定額の30%と割高。また、購入手数料も同等の
割合を買い手に課しており、取引の不活性化を招いている。
→(解決案)出品の乱立を防ぐため、売り手に課す出品手数料は必要。
ただし利率は引き下げ。また、必要性があまり無い買い手の購入
手数料は全廃。
⑤個人間のトレード
→(問題点)詐欺、脅迫等のリスクが高い。信頼できる相手との取引が
絶対原則。
→(解決案)①の解決案と同様に他の手段が改善されれば、わざわざ
この方法を選ぶ者はいなくなると思う。
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全てを書き終えたところで、アヤセは、マリーにメモ用紙を差し出す。
「取り敢えず自分の考えていることを書き出してみました。他に加えることがありましたら、マリーさんの御意見を聞かせてください」
「私もアヤセさんと考えていることは、ほとんど同じです。あと、付け加えるとしたら、生産職同士で交流を持った方が、お互いの技術を高めるのに有効ですので、生産職だけのクランが設立しやすくなったら、面白いかなって思います」
「それは良いですね。今回の生産職の囲い込みも結局、戦闘職を優先的にクランに入団させて、定員に入りきらなかった生産職を不当な方法で拘束するしかなかったのが原因ですし、生産職同士で団結すれば、装備品やアイテムの供給で戦闘職クランと対等に交渉だってできるかもしれませんね!」
「実際に、団員が生産職だけのクランもあるそうですが、今のままだとクランの設立に八百万ルピア必要ですから、新設は難しいですよね」
「クランでは、直営店を開店できますので、店舗や露店を開業できないプレイヤーにとっても入団するメリットはあります。通常のクランに比べて、やれることが制限されてもいいので、もう少し設立費用を安くできたら良いのにと思いました」
マリーの意見を受け、アヤセはメモ用紙に「生産職だけのクラン」と書き足した。小さいメモ用紙は、文字でどんどん埋まっていく。
「それと……」
「お二人で盛り上がっているところ申し訳ございませんが、取り敢えずこのくらいで結構です」
二人の話は尽きないが、運営AIにより制止される。
「ああ、済みません。これが、自分達の意見として整理したメモです。良ければ参考としてお持ちください」
アヤセは、運営AIにメモ用紙を手渡す。メモ用紙を受取った運営AIは、ひととおり目を通したあと、小さくため息をつく。
「……貴重な御意見ありがとうございます。御指摘の点ですが、当運営がゲームの在り方として、『こうしたい』という思い入れがあり、特に力を入れて調整した点だったのですが、やはりゲームの進行により、それも変っていくものだと痛感いたしました」
「思い入れ、ですか?」
アヤセは、運営AIの言った「思い入れ」について興味を抱く。このゲームを作った者はどの様な想いでそれに携わったのだろうか、聞いてみたくなった。
「はい、当初、運営チームの目指したものは、プレイヤー同士の交流を活発にし、時には協力し合い、時には競い合って、刺激を受け与え、ゲームのコンセプトである、『世界の果て』を切り拓くことに突き進んでもらうことでした。オンラインショップの手数料を高めに設定しているのも、直接プレイヤーやNPCと顔を突き合わせ、店舗や露店等で商品を売買してもらおうとした狙いがあったためです。また、現行のクラン制度は、レイドボス戦やクラン対抗戦で強大な敵を相手に、団結してそれを克服してもらうことを目的として設けています。いわば、団員の結束力が試されると言っていいでしょう。勿論、戦闘職の力押しだけでは、攻略は困難ですので、生産職のプレイヤーが作り出す装備品やアイテムが必要不可欠になることは言うまでもありません。クランでは、戦闘職も生産職もお互いの長所と短所をカバーし合い、対等な関係を築くことが理想だったのです」
ここまで一気に語り、運営AIはため息をつく。
「ところが、今の状況を見ると、私達の理想と現実は、大きく乖離していることに今更ながら気付かされました。各クランは、戦闘時の実働員を増やすことばかり考えて団員を戦闘職だけで固め始め、追い出された生産職は、戦闘職の武力とクランの財力で縛られ、搾取され続けている……。全ては、生産職が独立して活動できる基盤が未成熟だったせいで、不本意ながらもクランへの依存を強いられる環境が形成されてしまったのが悔やまれます。私達がこの問題にもっと早く取り組んでいたら、多くの生産職プレイヤーの皆様が、当ゲームを去らなくて済んだのかもしれません」
そう言うと、運営AIは悔しそうに俯いた。こうなってしまったのは、決して彼女だけの責任では無いのだが、責任感の強さなのだろうか、人一倍自責の念に駆られているように感じられる。
(うっすら目に涙を浮かべ、後悔の感情まで表す姿は、まるで本当の人間のようだな)
アヤセは、運営AIの多感さに驚いたが、それを顔に出すのは失礼だろうと思った。先ほど自分でも言ったとおり、今後、一人の人格として接する必要がありそうだ。
運営AIは、ハンカチを取り出し、涙を拭く。
「失礼いたしました。私、人工知能なのに感情のような波があると、開発チームから指摘されたことがありまして……。こんな不安定さは不要なのに、でも、今回のような判断ミスをしたり、自身の能力にもどかしさを感じたり、不当な扱いを受けたプレイヤーの皆様のことを考えると、こうなってしまうのです。……おかしいですよね。私はもしかしたら、不良品なのかもしれません」
「運営チームがどの様な想いで、このゲームを作りたかったか、よく分かりました。結果として、目指していたものとズレが生じてしまったかもしれませんが、それに気付いて、解決に乗り出してくれたことは、一人の生産職プレイヤーとして、率直に有り難いと思います。環境が変れば、一度去ったプレイヤーも戻ってくるかもしれません。自分も先ほど、防具の返却をそのままにしてもらったのも、引退したプレイヤーが復帰してくれることに期待した面があるからです」
(自分達の意見を一つでもいいから採用してくれると、生産職も少しは活動しやすくなるだろうからな。彼女には、是非とも頑張ってもらいたいところだ)
「……今、AIとして、運営チームに改善を働きかける貴女の力量が問われているのは確かです。だけど、ゲームを去っていったプレイヤーの無念に心を痛めて、涙を流せる貴女ならきっと、人の気持ちを敏感に感じ取れる貴女ならきっと、多くのプレイヤーが安心して安全なゲームをプレイすることができる環境をきっと作り出せるはずです。貴女は決して不良品ではありません。人の心の痛みが分かる特殊能力を持った、他に類を見ないAIです」
アヤセは、運営AIに期待を込めて励ます。
運営AIは、アヤセの激励を受け、一度拭いた涙を再び目に溜める。
「アヤセ様……。ありがとうございます。私の目標が、プレイヤーの皆様に、この世界を楽しんでいただくことであるって、改めて気付かされました。そのためには、皆様の想いや感じていることをしっかりと汲み取って、受け止める力が必要になると思います。ですので、私が不要だと思っていた特徴がお役に立てる場面が、もしかしたらあるかもしれません」
そう言って、運営AIは、アヤセに駆け寄り、その手を取り、感謝を込めた熱い視線で見つめる。心なしか頬も少し染まっているように見えた。運営AIがアヤセの手を握っている様子を横で見ていたマリーは、眉間にしわを寄せる。
「私、頑張ります。皆様のために! アヤセ様、大事なことに気付かせてくださいまして、ありがとうございます。きっとアヤセ様にも、御満足いただけるようなゲームにしてみせます!」
「決意に水を差すようですけど、運営AIは、プレイヤー間のトラブル裁定も担当するのでしょうから、特定のプレイヤーにあまり感情移入しすぎないようにした方がいいのではないでしょうか? 例えば、手を握ったりするのは止めた方がいいと思いますけど」
マリーの指摘を受け、運営AIは、アヤセの手を無意識に取っていたことに気付き、慌てて手を離す。
「失礼いたしました。アヤセ様、申し訳ございません。……マリー様、御忠告感謝いたします。その点は十分に弁えて参ります」
運営AIがアヤセに向ける真剣な眼差しは、決意の強さを物語っていた。手を握られた時は、少し驚いたが、この様子なら、心配には及ばないだろうとアヤセはそう思った。
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「この辺りは、桜の花がまだ残っていますね。散らないうちに見ることができて、本当に良かったです」
「……」
アヤセとマリーは、クラン直営店を辞し、現在、マリーの帰宅をアヤセが送っている格好で、城内を流れるポロマック川沿いの桜並木を歩いている。この川沿いの土堤は、桜の名所として有名で、この季節は、プレイヤー、NPC問わず多くの人出で賑わっている。時刻は夕刻を過ぎて、これから夜桜を鑑賞しながら宴会をしようとする人々が集まって来ていた。
「やっぱりゲームですから、開花の期間も現実とは少し違うようですね。桜も種類が豊富で、現実世界では開花の時期が違うものも一斉に咲いているのは圧巻です。自分は、ソメイヨシノも好きですが、あそことかあそこに咲いている、河津桜やしだれ桜も好きですね。マリーさんは、好きな桜の種類はありますか?」
「……」
マリーは、アヤセの問いかけに全く応じず、不機嫌な様子を見せ、押し黙っている。
そんなマリーの様子を見て、アヤセは迷いの表情を一瞬見せたが、話を切り出す。
「今日は一日、色々なことがあってお疲れだろうと思います。そのようなところ済みませんが、一つだけ、自分から大事な話をさせていただきたい……」
「アヤセさん、私、アヤセさんに怒っています」
アヤセの話を途中で遮るマリー。不機嫌な態度を顕わにした彼女に面食らいながらもアヤセはその理由を尋ねる。
「マリーさんが自分に怒っている?」
「はい、怒っています。昨夜遅くですが、掲示板でちょっとした騒ぎがありました。見ましたか? 王都の回帰地点で白いタンクトップと短パン姿の男女三人組が、死に戻って来たのが目撃されたみたいです。酷く怯えて、急に叫びだしたりしたので、衛兵まで来たらしいですよ」
「……」
「衛兵が来る直前、三人は、突然その場から消えてしまったそうですが、これはシノブさん達のことで、間違いないですよね?」
「……」
「シノブさんの死に戻りにアヤセさんは、関わっていますね? シノブさん達と『話し合い』をしたと昨日聞きましたが、一体どんな『話し合い』をしたのですか? 当事者のうち一方が死に戻ってくるなんて、とてもではありませんが、普通の『話し合い』とは言えません」
「……」
「私、アヤセさんにお願いしましたよね? 私のために、あれほど危ないことをしないでくださいって言ったのに。何で私のお願いを聞いてくれなかったのですか!」
マリーは、アヤセに向き直り、問いただす。その顔からは、シノブ達に対し、勝手な行動をとったアヤセを責めていると同時に、身を案じていることが窺い知れた。
「私は、アヤセさんに、シノブさん達を何とかして欲しいなんて言っていません。どうして、そこまでしたのですか?」
「シノブ達が許せなかった……。今まで生産職を散々利用して、更にマリーさんをあそこまで侮辱したあいつらを絶望の淵に追い詰めてやらないと、自分の気が済まなかったからです」
マリーの目には、涙が溜まっている。アヤセはその顔を直視できなかった。
「私、心配したのですよ? アヤセさんに何かあったら、どうしようかと心配していたんです。もう、こんな気持ちになるのは沢山です。だから約束してください。今後は、私のために無茶なことは絶対にしないって、お願いだから約束してください」
「……分かりました。約束します。今回は、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
アヤセはマリーに約束を誓い、同時に頭を下げ、出過ぎた行為を謝罪する。
マリーの言うとおり、本人はアヤセにシノブ達をぶちのめして欲しいとは、一度も言っていない。今回は、シノブ達のマリーに対する侮辱や、生産職を食い物にしていい気になっている様に憤りを感じたアヤセが、単に私怨をぶつけたに過ぎない。アヤセは行き過ぎた点を反省し、今後の戒めにしようと思うのだった。
「分かってもらえたならそれでいいです。アヤセさんは、私との約束をきっと守ってくれると信じています。それと……。もう一つ怒っていることがあります」
「まだ、マリーさんを怒らせていることが?」
「はい、あります! アヤセさんは、その……、他の女の人にデレデレしすぎです!」
「女の人ですか? 今のところ、女性の知り合いは、プレイヤーNPC問わずマリーさんだけしかいないのですが……」
「違います! さっきの運営AIのことです。ちょっと可愛いからって優しくしちゃって。あんな露骨な接し方だと、下心があるって周りから見られますよ」
「下心なんて心外です。そもそも、運営AIは姿形が女性ですが、人工知能ですよ? 性別は無いと思いますが」
「でも、『一人の人格として接したい』って言っていましたよね? 私には『あなた』とか『マリーさん』としか呼んでくれないのに、運営AIには『貴女』だなんて甘く呼びかけていましたよね?」
「確かにそうですけど、甘く呼びかけていたかどうか……」
「アヤセさんは、無意識に運営AIを女性として認識しているのですよ。だからあんなに親身になって、デレデレして優しく励ましたりしちゃうんです!」
「運営AIがやる気になってくれれば、それに比例してゲームの環境は良くなるはずです。それに彼女がいるからこそ、自分達は、安心してゲームを楽しんでいられる訳ですから、日頃の御礼や激励をするのは、当然のことだと思います」
「あー! いま『彼女』って言いましたね? やっぱり、運営AIのことを女の子として見ていたんですね!」
「うっ……! ま、まぁ、外見が若い女性に見えましたから、先入観で女性であると、決めつけていたかもしれません。バイアスがかかっていたことは、確かにそうだと思います。でも、だからといって、相手の性別で態度を変えているつもりは全くありません」
「いいえ、アヤセさんが困っていたり、落ち込んでいたりする女の人に特に優しいのは、私が身をもって知っています。……こんな強くて、思いやりがあって、顔もまぁまぁ良い人が女の人に優しくしていたら、運営AIみたいな私のライバルがどんどん増えて困るんです……………って、そうじゃなくて! 私は、アヤセさんが、他の女の人にデレデレして、優しさにつけ込む悪い人に引っかかって騙されないか心配なんです! あと、周りから下心を疑われて、信用されなくなっちゃいますよ! 他に意味はありませんからね! 無いって言ったら無いですからね!」
肩で息をするマリーであったが、冷静さを取り戻すと、公衆の面前で随分と恥ずかしいことを言ってしまったことに気付く。現に、すれ違った人からは、自身とアヤセが痴話喧嘩をしていると勘違いされて、生暖かい視線と微笑みが送られてきた。マリーは今頃になって、羞恥心が湧き、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「マリーさん……」
マリーのあまりの剣幕に、若干引いていたアヤセであるが、気を取り直し、言葉をかける。その表情は真剣なものに戻っていた。
「マリーさん、ありがとうございます。他人の短所を諫めるのは、中々億劫で労力がいることなのに、こうやって心配してくれた上に、本人に気付かせてくれたことが、率直に有り難いです。確かに、女の人に下心があるように見えてしまうのは、セクハラにもなりそうですし、何よりみっともないですよね。それと、マリーさんは、自分のことを優しいと言ってくださいますが、『お願い』を聞かなかった自分を咎めつつもそれを許して、今後に期待してくれたマリーさんこそ、本当の優しさを持っています。……少し気取った言い方ですが、いつまでも、そんな優しいマリーさんでいて欲しいと思います。そしてまた、自分に短所等を気付かせてください」
それを聞いた、マリーは、真っ赤にした顔を更に赤くした。
「そんな風に優しくするから、デレデレしてるって言われるんです! で、でもっ、こういうことは、私にはもっと言って良いですからねっ!」
マリーの声は怒っているように聞こえるが、顔は笑顔だ。あまりのアンバランスな様子にアヤセは、背筋に寒いものを感じ、激しく動揺する。
(この感覚は、まさか「戦慄」!? マリーさんは、「戦慄」の効果をまき散らす装備品を持っているのか? それともスキル? いずれにしてもこの感覚は危険だ!)
アヤセは、恐ろしさと戦いながら自分の心身の状態を分析し、恐怖で支配されたこの場をどう切り抜けるか必死に考えるのだった。




