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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第一章_王都へ

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14_クランとの対決②

 アヤセは、結局その日のうちに王都に帰り着くことはできず、街道沿いの宿場で宿を取り、ログアウトした。


 仕事を終え、帰宅した後、ログインする。だが、目を覚ました場所は、宿の客室ではなく、事務机が無機質に並んだ現実世界でいう事務所のような場所だった。

 人気の無い事務所の中で、戸惑うアヤセだったが、不意に目の前に事務服を着た若い女性が現れ、声をかけてくる。


 「初めまして、アヤセ様。ログインお待ちしていました。私は、当ゲームの運営AIです。急なお呼び立てで申し訳ございませんが、この度のクラン『ビースト・ワイルド』の件でお尋ねしたいことがありまして、御足労いただきました」

 

 髪色から靴に至るまで、全身パステルカラーのピンク色で統一した運営AIは、アヤセを席まで案内して、着席を促す。その後、事実関係の確認のため、聞き取りが始まった。


 ただし、確認といっても、メールの内容に沿った程度のもので、特に追加で何か問われるということはなかった。


 「そう言えば、シノブから回収した服等の防具類ですが、これはおそらく、クランに囲われていた生産職から奪った物だと思いますので、元の持ち主に返したいのですが、どうしたらいいでしょうか?」

 「えっ? よろしいのですか? 結果として、アヤセ様がPKKで獲得した物ですから、全部御自分の物にされても支障はないと思いますが……。返却自体は、履歴を遡ればそれほど難しくはありませんので可能でございます」

 「是非、お願いします」

 「かしこまりました。それでは、装備品をこちらでお預かりいたします」

 「それにしても、AIがプレイヤー間のトラブルを裁定するという試みは珍しいですね」

 「実を言うと、まだ見習いみたいなもので……。現在、私は事実確認等を担当するのみで、最終的な判断は人の手で行っています。これから、過去の分や、今後発生する事例を多く収集して、将来的にはAIが裁定を下せるようにするのが、当運営の目標です」

 「事例の蓄積段階ってことでしょうか? まぁ、事例が集まるということは、トラブルもそれだけあるということですので、蓄積自体を歓迎して良いものか迷いますね」

 「本当はトラブル等無く、皆様楽しんでいただけるのが一番だと思いますが、いざという時に、迅速かつ的確な裁定を下せるシステムは、必要となると思います。他にも連動して、ゲーム内の履歴等とのリンクによって、監視体制の強化も行っているところです」

 「確かに、そうかもしれません。悪質なプレイヤーが一人でも減れば、ゲームもより安全で楽しいものになるでしょうからね」


 AIの事実確認は雑談を挟んで進んでいく。話の内容は、処分の行方にも及ぶ。


 「それで、今回の件について、クラン『ビースト・ワイルド』やシノブ達には、処分が下るのでしょうか?」

 「只今、運営チームで処分を検討しているところですので、具体的な回答はいたしかねます。ただし、一般論ですが、シノブ達に関しては、ハラスメントの程度を同等の事例に照らし合わせると、アカウント削除の可能性が高そうです」

 「アカウント削除ですか。そうだとしたら、レベル1からやり直しであっても、アカウントを再取得してまた戻ってくるのでしょうか……」

 「アカウント削除者の再取得率は5%程度です。対象者の基礎レベルが高いほど再取得率は低くなる傾向にあります」


 (シノブ達は、基礎レベルが30台だったからな。何ともいえないな)


 もしかしたら、連中が再度マリーの前に現れ、害を及ぼすかもしれない。そう思うアヤセに一抹の不安がよぎる。


 「シノブ達がまた、アヤセ様達の前に現れるかもしれない……。そう懸念されていますね?」

 「ええ、自分はシノブ達に直接手を下したのですから、恨まれて当然ですが、ハラスメントの被害者が逆恨みされ、危害を加えられないか心配です」

 「その点については、私共でも対策を講じていますので、御安心ください」


 (そもそも再取得率が5%程度ならば、戻ってくる可能性は低そうだが。それに、運営でも対策を講じているなら、それはそれで懸念には及ばないかもしれない。ただそうは言っても、人の恨みを買ったことは事実だし、一応、肝に銘じておく必要はあるだろうな)


 「対策を講じていただいているなら、少しは安心できます。頼りにしています」

 「はい、皆様の安心と安全を守るのも運営AIの仕事ですので、お任せください」


 運営AIはにっこりと笑う。こうして見ていると、本当の人間のように感じられ、目の前にいる人物が、人工知能であるということを忘れそうになる。


 「当方からお伺いしたいことは、以上でございます。アヤセ様から特段御質問が無ければ、元の宿屋に転送いたしますが、いかがでしょうか?」

 「いえ、特にありません。こちらこそ、色々と対応くださいまして、ありがとうございます。参考になるお話も聞けて良かったです。職責が重い仕事だと思いますが、皆がゲームを楽しめるように環境作りをこれからも頑張っていただきたいです」

 「AIですから、職責の重さは実感しにくいですが、このようなお言葉をいただけますと、やはり、励みになります。今後とも、当ゲームをよろしくお願いいたします」

 

 そう言って、運営AIは立ち上がり、深々とお辞儀をした。アヤセもそれに応えるように、立ち上がりお辞儀を返す。

 その後、転送が開始され、次第にアヤセの体は、透けていく。事務所から消えつつあるアヤセを運営AIは見送っていたが、おもむろに口を開く。


 「一点だけ、補足させていただきます。クラン『ビースト・ワイルド』は、まだ処分保留です。アヤセ様をはじめとする他の方の意向により今後が決まります。十分にお考えになった上で御決断をなさってください」


 それを聞き、アヤセは運営AIに言葉の真意を尋ねようとしたが、すぐに転送が開始され、叶わなかった。


 ========== 


 転送により戻ったアヤセが宿を出立し、王都に帰還したのは、正午直前だった。クエストや採取等で城外に出ているプレイヤーが戻って来る時間帯とずれているためか、西城門前の広場は、以前と比べ明らかに人出は少なかった。マリーがログインしていたら、昼食の後、昨晩の報告に行こうと考えていたところで、メールの受信音が鳴る。

 差出人は、クラン「ビースト・ワイルド」のクランマスターからだった。内容は、今回の謝罪と今後について話をしたいので、今すぐ店舗に来て欲しいとのことであった。謝罪をしたいと言いながら人を呼び出すことに違和感を覚えたが、取り敢えず相手の指定した店舗へ向かうことにした。


 クラン「ビースト・ワイルド」の直営店舗は、入口に休業の札が下げられていた。入口の前で馬面が仏頂面で待っており、無言で扉を開け顔で応接室を指し示した。馬面が横柄な態度を取る理由は分かっていたので、これを無視し、中に進む。

 無人の店内は物音無く静まりかえり、先日まで客で賑わっていたことが嘘のようだった。だが、これも全て身から出た錆、自業自得の結果だ。

 アヤセは、奥の応接室のドアをノックせずに開ける。すっかりお馴染みになった室内には、牛頭が一人ソファーにかけてアヤセを待っていた。


 「どーぞ」

 

 牛頭と最後に会ったのは、昨日のことだったが、顔がやつれたように見える。馬面ほどではないが、横柄で投げやりな態度は、昨日まで★7素材を前にして、アヤセにヘコヘコしていたのとは、大違いだ。

 

 「こっちは忙しいんだ。さっさと用件を言ってもらいたいな」

 「もう一人来ますから、それまで待っていてください」


 転送前に運営AIが言っていたこと、牛頭が早急に行動に出たことから、アヤセは連中が自分を呼び出した理由に大体見当がついていた。


 (おそらく、この後来るもう一人は、マリーさんだ。どういう経緯でこうなったか知らないが、こいつらは、自分達を懐柔してクランの存続を図ろうとしているらしいな)


 しばらくの間、二人はテーブルを挟んで対峙するように無言でソファーに座っていたが、やがて馬面に連れられてマリーが入って来た。彼女はアヤセが先客としてここにいることを意外に思ったようだった。

 牛頭にソファーにかけるよう促されたマリーは、アヤセの横に座る。馬面はソファーにかけることなくアヤセとマリーの背後に立っていた。


 「お前らグルだったんだな……」


 牛頭が恨みがましく、ぽつりと小声でつぶやく。これに対してアヤセが言葉を返す。


 「そんなことを言うために自分達を呼んだのか? 無駄口を叩いてないで、さっさと用件を言え。これ以上時間を取らせるなら帰らせてもらうぞ」

 「ま、待ってくださいよ。今から言いますから」


 マリーは、普段自身に対し、敬語で丁寧に接してくれるアヤセが、牛頭とぞんざいな口調で話している姿に驚いた。同時にクランや所属団員に対して憎しみをたぎらせる様子を見て心が苦しくなる。

 そんなマリーの憂いには気付かず、アヤセは牛頭に話を促す。


 「まずは、謝罪です。アヤセさん、どーもすいませんでした。預かっていた素材の返却とお詫びとして服を進呈します」


 =個人アナウンス=

 ゴズさんから以下のアイテムが贈呈されました。受け取りを承諾しますか?

 ・絹反物(★7)×6

 ・純白のフリルブラウス(装備品:内体)

 ・漆黒のチュニック(装備品:内体)

 ・緑林のニットビスチェ(装備品:内体)

 

 アヤセは黙って受け取りを承諾する。三着の服は、昨日受取りを保留にしていたため、改めて進呈されたかたちになった。


 「運営からも連絡がいくかもしれませんが、シノブ達はアカウント削除になったそうですよ。ま、クランの所有物を着服していたそうですし、今更あんなのがいなくなったところで、どうでもいいでしょう。アンタが言っていたとおり、さっさと追放すべきでしたね。……しかし、何の理由があって、アンタは私達をハメたのですかね? お陰で王室御用達のお墨付きが遠のいてしまいましたよ」

 「それが謝罪の態度か? それに、人聞きの悪いことを言うな。そもそも人が持ち込んだ素材を着服したからこうなったのだろう? 言うならば、お前達が間抜けにも自滅した結果だ」

 「本心では、謝罪も不本意だと思っていますよ。運営にも、私達がアヤセさんに(そそのか)されたことを申し出ましたところ、何らかの形で和解できたら、クランを存続させて良いとのことでしてね。今から、こちらの条件を提示します。とっておきですから、必ず応じて貰えるものと思っていますよ」


 クラン「ビースト・ワイルド」が詐欺・窃盗の疑いと、囲っている「外奴隷」を虐げていることを理由に、運営から解散措置を取られそうになっている。この原因を作ったのが、アヤセであることが牛頭と馬面には分かっている。牛頭がアヤセに対し、投げやりでふて腐れた態度で接するのは、このせいである。また、支離滅裂にも自分達が詐欺と窃盗に及んだのはアヤセの誘発行為のせいであると逆に訴え、対応に苦慮した運営が折衷案として両者に和解を促す方法をとった可能性がある。


 (運営AIがあやふやなかたちでこのことを告げたのは、多分こういった事情があったからかもしれない。……運営も甘いな。実際にクランを罠にはめようと思ってはいたが、自分の悪意の有無をこいつらは絶対証明することなんてできないだろうし、現に依頼をごまかして素材の着服をしていることや「外奴隷」に劣悪な待遇で生産を強制している事実だけでも情状酌量の余地など無いだろうに。)


 「運営は、まず、あなた達との話し合いを最初に行うように指示してきました。何であなた達なのでしょうね? まぁ、いいでしょう。条件ですが、マリーさんとアヤセ……さん、お二人をうちのクランに入れて差し上げましょう」

 「えっ!?」

 「何だと?」


 マリー、アヤセはそれぞれ反応をする。

 

 (こいつら、本気でこんなことを言っているのか?)


 アヤセは、牛頭の提案に思わず正気を疑う。

 一方で牛頭は、アヤセの反応などお構いなしにべらべら喋り出す。


 「二人ともクランの正式な団員として、給金を月当たり五千ルピア支給しますよ。あと、マリーさんが生産した服飾品は、一作品につき、一律三千ルピアで買い取ります。安定した収入が入りますから、良かったですね。これで、晴れてあなた達もクラン団員だ!」

 「良い条件だろ。ぶひひひひ」


 馬面が牛頭の言葉に追随するように笑う。笑い声の気持ち悪さは見た目どおりである。

 アヤセは、隣に座るマリーに向き直る。自分の意志は固まっているが、念のためマリーの意向を確かめる必要がある。


 「マリーさんはどう思われますか?」

 「私は、別にクランに入りたい訳ではありませんし……。それに、裁縫師として今後、独り立ちして仕事をしたいと思っていますので、入団の意志はありません」

 「独り立ち? あなたの服は、高級服飾品店として、名が知れている当クランのブランドの力があるからこそ売れるのですよ。そうでないと、とてもではないが誰も見向きしないでしょうね。この世界でも生活していくためにはお金は必要です。収入のアテはあるのですか? おそらく無いでしょうから、貴女はクランに入団して、私達に商品を卸した方が賢明だと思いますがねぇ」

 

 牛頭は、嫌らしい笑みを浮かべ、マリーを頭からつま先まで舐めるように視線を動かす。

 

 「よく見たら、私好みの結構な美人さんですねぇ。マリーさんの『はたらき』次第では、更にお手当を追加しても良いですよぉ」


 マリーは、牛頭の気持ちの悪い視線と発言に顔を背け不快感を表している。


 (こいつ……! この期に及んでセクハラとは、どんな神経をしている?)


 「おい、牛! いい加減にしろよ!」

 「アンタも、クランに入れるんだ。『あの』アイテムマスターを雇うクランなんて、うちぐらいでしょう? 拾って貰えるのだから、感謝して欲しいくらいです。今回、うちのクランに行った妨害だって不問にしてあげますよ。マリーさんさえいれば挽回も容易いことです」


 (こいつらの根底にあるのは、戦闘職の自分達がクランに入れてやると言えば、非力な生産職が泣いて喜ぶと信じて疑わない、生産職に対する絶対に揺らぐことがない優越意識と差別意識だ。だから、こんなふざけた提案を平気でしてくるのだろう。どこまでも生産職を下に見る腐った思考を持っている連中は、もう救いようがない。これ以上話すのも時間の無駄だ)


 アヤセは、一着の服をインベントリから取り出す。ちなみに、この服には既にポテンシャルが付与されている。


「この服の生産者は、今更言わなくても分かるよな?」


 =====================

  【防具・内体】 緑林のニットビスチェ 品質4 価値7 生産者:- 

   耐久値 140 重量5 物 18 魔 18

   装備条件:INT 10以上 

   特殊効果:ハンドメイド品(転売ロックON)

   ポテンシャル(1)…樹木の恵み(木魔法威力UP、使用MP減(中))

 =====================


 突然アヤセが取り出した服にその場にいる全員が注目する。

 

 「ポテンシャル? 何だこれは?」

 「マリーさん、今からこれをオンラインショップに出品してよろしいでしょうか?」

 「はい。良いですけど……?」


 アヤセは、「緑林のニットビスチェ」の価格を一万ルピアに設定して、オンラインショップに出品する。この場にいる全員が無言で経過を見守っていたが、ものの五分程度で服が買い取られた。

 

 「初めてだったので、値段を抑えめにしていたが、出品手数料を引かれても七千ルピアの儲けだ。お前達が言う『ブランド力』に頼って三千ルピアで卸さなくても、オンラインショップでそれ以上の利益が出ることがこれで分かっただろう? この服の生産者、つまりマリーさんには、お前達のクランに所属するメリットは無い。一切な!」

 「え!? そ、そんな! 待ってください! 分かりました。買い取りは、三千五百ルピアにします。素材だって格安でお譲りします。給金も倍額支給します!」

 「くどいぞ。素材だって自前で調達できるし、何より金額の問題ではない。和解の交渉は決裂だ。生産職だと舐めてかかって、簡単に取り込めると思っていたお前達の判断ミスだ。諦めろ」


 俄かに慌て出し、けち臭い値上げ交渉を行おうとする牛頭をアヤセは突き放す。


 「ま、待ってくれ。アンタ達と和解が成立しなければクランは解散になるんだ。頼む、和解に応じてくれよ!」

 

 馬面もここに至って、動揺を隠せず、アヤセ達に懇願する。また、牛頭もたたみ掛けるようにまくし立てる。


 「俺たちのクランをここで終わらせる訳にはいかないんだ。アンタも分かるだろ? 帝国でトップクランが台頭しているのを。今やほとんどのトップクランが帝国と結託してやりたい放題だ。後続組がないがしろにされて、古参組だけが甘い汁を吸うなんて許されるか? 俺たちは、古参組のトップクランに対抗できるクランを作りたいと思っている。後続組の意地を見せたいんだよ! だから、だから、クランを解散させないでくれ!」

 

 アヤセは冷ややかだが、強い怒りを秘めた目で牛頭を睨み付ける。


 「勝手なことを! きれいごとを抜かしても、結局お前達は、トップクランと同じように、どこかの国に取り入り、おこぼれにあずかりたいだけだろう! 同じ後続組や生産職を踏み台にしておきながら、『トップクランに後続組の意地を見せる』だなんて言葉、反吐が出る! 詭弁も大概にしろ!」

 「……俺たちの夢をどうしても邪魔するなら、こっちにも考えがある。PKを雇って、お前達を何度も死に戻らせてやる! フィールドだろうが、街中だろうが、俺達がお前達に付きまとって、PvPを何度も挑みまくってやる! こうなったら、安らげる場所なんかこのゲームには無いようにしてやるぞ! 覚悟しろよ!」


 激昂した牛頭と馬面は、インベントリから武器を取り出し、アヤセとマリーを恫喝する。

 

 その瞬間、二人は、アヤセ達の前から消えた。



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