13_クランとの対決①
アヤセは、クラン「ビースト・ワイルド」直営店の入口ドアを開ける。先日の来店同様、カラコロと音が鳴るドアをくぐると、馬面の店員が受付で来客を出迎えた。アヤセの初期装備で身を固めた格好を見て、追い返すべく面倒くさそうに立ち上がったところで、顔を思い出したのか急に態度を改める。
「これは、これは、いらっしゃいませ。先日はありがとうございました。本日も何かお探しでしょうか?」
「至急クランの責任者に会いたい。用件はこれだ」
声をひそめながら、インベントリから「絹反物(★7)」を取り出し、受付に広げる。
「なっ……!!」
アイテムの「★」の数を確認した馬面の鼻息が俄かに荒くなる。息が絹反物にかかり、何となく嫌な気分にさせる。
「声が大きい! それに、鼻息をかけるな! この素材で相談したいことがある。早く責任者を呼んでこい」
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アヤセが通されたのは、前回来店した際に接客を受けた個別ブースではなく、店舗奥にある応接室だった。備え付けのソファーに腰をおろし、対面にクランマスターと思しき人物と馬面が座っている。馬面はどうやら副クランマスターのようだった。
「アヤセ様、この度は、私共のクラン直営店にお越しくださいましてありがとうございます。私、クランマスターのゴズと申します。そして、こちらは、副クランマスターのメズでございます」
ゴズは牛頭の獣人で、馬面のメズと並ぶと、リアルさが手伝い大変不気味だ。何故二人ともこんな趣味の悪いアバターを選んだのか理解に苦しむ。
(最も、マリーさんや他の生産職を食い物して、私腹を肥やす連中のことなんか、分かりたくもないがな)
アヤセは、簡単に顎を引くかたちで会釈する。
「今回お持込みの素材を拝見いたしましたが、真の逸品とは正にこのことかと。まさかこのような物にお目にかかれるとは……。失礼ですがこれをどこで?」
アヤセは、牛頭を睨み付ける。冒険者が貴重な素材の入手源をそんな簡単に教える訳がない。
「理由があり今は明かせない。余計な詮索は無用に願おう」
「し、失礼いたしました。重要な情報を軽率に伺うことなどいたしまして、申し訳ございません。つい、口から出たことですので、どうか御容赦を」
「いずれ話す機会もあるかもしれない。それで、早速商売の話だ」
「はい、御用命を伺えますでしょうか?」
「服をオーダーしたい。素材はこの『絹反物(★7)』だ。三つあれば足りるな? それと、先日カタログを見せて貰ったが、このクランには腕のよい裁縫師がいると聞いた。その者に仕立てを依頼したい」
牛頭と馬面は、目の前の素材が、売却目的ではなく、オーダー用の素材として持ち込まれたことを知り、露骨に失望した様子を見せた。
「話は終わっていないぞ。最後まで聞け。勿論、報酬は用意する。これと同じ素材を三つ提供しよう」
報酬の話になり、再び二人の目の色が変わる。これだけ感情の落差が大きいと、この素材を渇望していることは、誰が見てもすぐに分かるだろう。
「アヤセ様のオーダー、何卒、私共に御用命いただきたく存じます。最高の職人が腕によりをかけ、アヤセ様の御要望にかなった服をお仕立てすることをお約束いたします!」
「そうか。良い返事が貰えて何よりだ。報酬は先払いだ」
「あ、ありがとうございます!」
報酬としてアヤセは、絹反物を二人に渡す。受け取った側は感情を隠さず、喜びを顕わにする。
「次回の持ち込みは見通しがたっていないので、今渡した物が自分の持ち分の全てだ。よろしく頼む。それと、念のためだが、これほどの素材でオーダーするのだ。性能はしっかり保証してもらうぞ」
「勿論でございます。最善を尽くして作製に当たらせていただきます」
「それと、一点頼みがある」
「はい、何なりと」
「実は、この素材は、安定して入手ができる段階まで来ている。ただ、『その後の処理』で手間取って、持ち込みまでには至らないのが現状だ。このクランに戦闘職はいるのか?」
「はい、戦闘職はおりますが、基礎レベルが御満足いただけるものかどうか……」
「基礎レベルに拘っていない。すばしっこさや体力があるならばそれで充分だ」
「そういうことでしたら、御希望に適う者が何名かおると思います」
「仕事を依頼する際には、こちらから指示する。他のパーティーメンバーの目もあるから、持ち出しには中々神経を使う。次回は現金での買い取りを希望する。売り値は弾んでもらいたいものだ」
「も、勿論です。私共も勉強させていただきますので、何卒、お持ち込みは当クランへお願いいたします」
(これで、クランの連中は、自分が「パーティーメンバーの目を盗んで素材を持ち出している」と認識しただろう。あと、次回の供給も見込み薄ということも同様に認識したはずだ)
その後、オーダーする服の内容を三人で打ち合わせたあと、完成をメールで伝えてもらう旨を確認し、店を後にした。
(取り敢えず第一段階は終了だ。今後は連中の出方を待つとしよう)
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その日の夜、マリーからフレンドコールが来た。
「アヤセさんが言われたとおり、シノブさん達から、素材持込みで、服の作製指示がありました。納期が結構短めです……」
「その注文は、おそらく自分がしたものです。大変な仕事になってしまい、申し訳ありません。大丈夫でしょうか?」
「ええ、アヤセさんからいただいた『裁ちばさみ++』を使ってみましたが、色々と作業が捗ります。これならそれほど苦労せずノルマをこなせそうです」
「早速役立って何よりです。それで、持ち込まれた素材の『★』は最大の物でいくつでしょうか?」
「素材は、何種類かありますが、最大で★3ですね」
(よしっ! やったぞ!)
「分かりました。服が完成したら、完成品のポテンシャルを確認したいので、もう一度自分まで連絡をください。よろしくお願いします」
(さて、第二段階も上手くいった)
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翌日の午前中、マリーから再度の連絡がある。もう服が完成したらしい。マリーの仕事の速さに驚嘆しつつ、アヤセは居室へと足を運ぶ。
「さすがはマリーさん、こんな素晴らしい服を一晩で作り上げるとは……。マリーさんの腕に驚くばかりです」
「そんな、真面目な顔で言われると照れますよ~。でも、アヤセさんに褒めてもらえるのは、悪い気はしないかな~って……」
マリーは、照れた様子でもじもじしている。目が充血して、髪もボサボサの様子を見ると、一晩で完成させるには、相応の無理をしたに違いない。
「それにしても、自分の注文は一着だったはずなのに、作製の指示は三着だったのですね」
「はい、とにかく『三着納品は絶対』だと言っていました」
(三着必要な理由は何となく想像がつくが、無茶なことをやらせて、あいつらマリーさんを何だと思っている? やっぱり、奴らは害悪以外の何者でもないな)
マリーの仕立てた服は、いずれも女性用の内体の装備品で、三着とも見た目も性能も素晴らしい物だった。驚いたことに価値が8の物が二着、7の物が一着ある。一方、品質はどれも4と低さが目立っていた(それでも、元の素材の品質よりも高くなっているのが不思議だ)。
「どうしたら、こんな高い価値の物を作り出されるのでしょうか? 皆がマリーさんのことを知ったら、今後注文が殺到するのが容易に想像できます。先にオーダーメイドを予約しておいて本当に良かったです」
「前にも言いましたが、注文が沢山貰えるなんて、とても想像できませんね。でも、初めてのオーダーメイドは、絶対アヤセさんにするって決めていますよ」
「それは、大変光栄なことです」
その後、それぞれの服のポテンシャルをスキル【一目瞭然】で確認し、画像撮影を行っていく。ポテンシャルはどれも有益なものであった。
「ポテンシャルの撮影も無事に終わりました。この服は、予定どおりシノブ達に納品してください。音声データを運営に通報するタイミングは、後ほど連絡しますので、それまで待ってください」
「分かりました。……アヤセさんの言う『作戦』は順調なのでしょうか?」
「はい、順調です。連中が欲深いお陰で上手く事が運んでいます」
アヤセは、うっすらと冷たい笑みを浮かべ、答える。そんなアヤセを見て、マリーは心配そうな表情を浮かべたが、それ以上何も言わなかった。
(さて、次はいよいよ仕上げだ)
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アヤセが、マリーの居室を訪ねてから二日経った後、クランからようやく注文の品が完成した旨の連絡があった。
(マリーさんは、自分と別れた後、すぐにシノブ達に服を納品しているのに、随分とかかったな。ただ単に勿体つけているだけだろうが)
こうして、アヤセは現在、前回と同様にクラン「ビースト・ワイルド」直営店の応接室でソファーに腰をおろし、テーブルを挟み牛頭と馬面の二人と対面している。
「大変お待たせいたしました。御注文の商品が完成いたしましたのでお確かめください」
馬面が倉庫から一着の服をテーブルの上に取り出す。その服は、間違いなくマリーが作製した三着の服のうちの一着だった。
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価格 -
【防具・内体】 純白のフリルブラウス 品質4 価値8 生産者:-
耐久値 150 重量5 物 13 魔 16
装備条件:INT 10以上
特殊効果:ハンドメイド品(転売ロックON)
MP自動回復(小)
ポテンシャル( )…光の壁(防御力UP(物15、魔13))
ポテンシャル( )…光のゆらめき(闇属性防御50%UP)
ポテンシャル( )…光り物の加護(釣りにおける青魚系の
釣果率UP(特大))
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(ポテンシャルまで一緒だな。これで連中は間違いなくクロだ)
アヤセが立てた作戦は、クランが依頼者の素材を着服し、契約内容も守らないように仕向けること、つまり窃盗と詐欺を誘発することであった。
王室御用達のお墨付きを得るために、高品質の服を納品しなければならないことから、クランは今後、生産に用いる高価値の素材がどうしても必要になってくる。そんな中、アヤセが持ち込んだ★7の素材は、正に「天啓」と言えただろう。
(連中は、一つでも多く★7素材が欲しい、だが、自分が依頼の際に言ったとおり、次回の供給は、見込みがたっていない。持ち込みがパーティーの共有物を盗みだしていることを匂わせているなら尚更、そう感じるだろう。自分の依頼分の素材も着服すれば、報酬分の倍の数を確保できるし、万が一、着服に気付いても脛に傷を持つ身、クレームも強くは言えないと見込んで、依頼者を騙す可能性は大いにあった。次回以降の持込みが無いという憶測は正しいが、大人しく報酬分の三つで我慢しておけば良かったものを。欲に駆られて小賢しいことをするから、自滅の道を選ぶことになったんだ)
アヤセは冷ややかに応じる
「品質が低いな。この程度の品質で、性能に支障が出ているのではないか?」
「はい、これについて説明を差し上げるところでした。申し訳ございません。当方の職人のミスによって、品質が大きく損なう結果になりましたことをお詫び申し上げます」
牛頭と馬面は座ったまま頭を深く下げる。この二人の謝罪は、全くの偽りであることは分かっている。わざとらしい態度にアヤセは静かに怒りを募らせる。
(マリーさんは、ミスなどしていない。原因は、お前達のゴミのような素材のせいだ!)
「原因を聞いているのではない。★7の素材が無駄になった結果に対し、どう責任を取るか聞いているのだ」
「それについては、こちらを御用意しております。メズ君、例の物を」
馬面が倉庫から更に服を二着取り出す。予想どおり、これらの服もマリーが徹夜で仕立てた物だった。
「どれも品質が低い物ではございますが、価値・性能共に先ほどの服共々、当店でも他の商品に引けを取らない物でございます。お詫びの印といたしまして、こちらをお納めくださいまして、何卒、容赦頂ければと存じます」
アヤセは品質の低さにクレームをつけたが、今回マリーが作製した「純白のフリルブラウス」は、店頭に並ぶ他の商品に比べ、決して見た目や性能が劣っているという訳ではなく、寧ろ優れている。それと同程度の物を追加で二着やると言われたら、何も知らない者は納得して喜んで受け取ることだろう。しかし、内情を知っているアヤセは、絶対にこれに応じることはない。もう一つの問題に取りかかることにする。
「まぁ、この件はひとまず置いておいて、このクランに、シノブという団員がいるな?」
「は? 確かにシノブは当クランの団員ですが……」
急に話の内容が変わり、戸惑う牛頭であるが、アヤセからの問いに答える。
「大至急呼び出せ。いつも行動を共にしている犬だか狼だかの獣人二人の団員も合わせてな。連中の働き次第では、高価値の素材が手に入るかもしれないぞ」
突然、高価値素材入手のチャンスの話が出て、色めき立つ二人。シノブ達がどのように働けば素材が手に入るのか想像もつかなかったが、とにかく早急に帰還するよう、コールするのだった。
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しばらくして、シノブと他二人の獣人が応接室に入ってきた。一様になぜ自分達が呼び出されたのか、怪訝な表情を浮かべている。そして、応接室にいる唯一の部外者であるアヤセの存在に気付いた。
「クラマスゥ。こいつ何なのぉ?」
アヤセにうろんな目を向けるシノブ。この様子だと以前、マリーに納期短縮を言い渡した際に、その場に当人が居合わせたことなど覚えていないようだ。
「仮にも客に向かって、『こいつ』呼ばわりとはな。ここのクランは、こんな三下程度の団員しかいないのか?」
「はぁ? アンタが客ぅ? こんな初期装備で固めた奴が、ウチのお店で買い物できるのぉ?」
「シノブ君! このお方は、私達の大事なお客様だ!口の利き方に気を付けなさい!」
馬面がシノブの言動をたしなめる。だが、本人も以前、アヤセを外見で判断して一度店から追い出そうとしたことを考えると、あまり説得力を感じない。
「副クランマスターにも以前言ったが、人を見た目で判断するな。よく、こんな節穴揃いで商店など経営できるな。次の持込みは、他に行ってもいいのだぞ」
「そ、それは困ります。後ほどきつく叱りますので、団員の無礼は平に御容赦を」
「叱る必要はない。こんな連中がいるとクランに厄介事をもたらすから、早々に追放することだ」
「ちょっとぉ、クラマスゥ。何好き勝手言わせてるのぉ?」
「話が進まないな。おい、シノブ。お前達はどうしようもない馬鹿だが、一応戦闘職のようだな。仕事の依頼だ。達成できたら、★7の素材をやるぞ」
「なっ!? ★7ぁ? デマカセ言ってんじゃないわよぉ!」
「シノブ君、事実だ。こちらのお方は、★7の素材を提供できる立場におられる。是非、依頼をお受けしなさい。して、アヤセ様、御依頼の内容を伺えますか?」
「簡単なことだ。お前達の実力を見せて貰いたい。自分が納得できる実力だったら、素材『絹反物(★7)』を報酬として渡そう」
「実力ぅ? そのくらいなら、やってやってもいいけどぉ、どうすればいいのぉ?」
「自分だけでは、対処が難しい案件がある。今からその場所へ向かうからついてこい。あと、素材に関する秘匿情報だから、来るのはお前達だけだ。……尾行とか考えるなよ」
最後の言葉は、牛頭と馬面に向けたものだった。二人は黙って何回も首を縦に振る。
「要は、アンタが弱いから力を貸せということでしょう? 土下座でもして『お願いします』って言えばいいのにぃ。」
シノブの小馬鹿にしたような言い草を無視してアヤセは、話を進める。
「一つ言っておくが、今回は、お前達でも対処が難しいかもしれない。余裕ぶらずに本気でやれよ。さもないと、死ぬぞ」
「はいはい、分かりましたよぉ、ボ・ス」
他の獣人もニヤニヤしてアヤセとシノブのやり取りを見ている。
アヤセは、冷ややかな目線をシノブ達に投げつけるのだった。
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アヤセとシノブ達三人は、王都からかなり離れたフィールドに場所を移した。移動に時間を要したため、現在の時刻は午後十一時を過ぎており、今から王都に戻っても城門が閉じられ通行には特別な料金を払わなければならない。この辺りは、ラタ森林地帯ほどでは無いにしろ、うっそうと茂った木々が月明かりを所々遮り、闇を深くするのに一役買っている。周りにプレイヤーの姿もなく、時折現れるモンスターは、シノブ達に対処させている(シノブ達は、アヤセのことを寄生虫と呼んで、パーティーに入れなかった)。鑑定の結果から、シノブは武道家、後の二人は弓士とシーフのようであり、素早さと体力が高めの傾向にある獣人に、おあつらえ向きの職業を選んでいるようだった。ちなみに、基礎レベルはそれぞれ、シノブが33、弓士は30、シーフは31である。いずれもアヤセよりは、基礎レベルが高いが、第一線で活躍するトッププレイヤー達に比べれば足下にも及ばない。
(こいつらは、精々第二次組だな。いや、もしかしたら、自分と同じ第三次組かもしれない。こんな奴らしかいないクランでは、マリーさんに服を作らせる素材も大して集められない訳だ)
「ねぇ、どこまで行くのぉ? いい加減、行き先だけでも言いなさいよねぇ」
「ホントだぜ。いつまで歩かせるんだよ!」
「無駄骨折らせたら……。テメェ、やっちゃうよ?」
「ちょっとぉ、こんなのでも依頼人よぉ。それに、こいつを殺っても、PKペナがつくから、止めときなさぁい」
「知っているか? 対象を瀕死状態にさせてモンスターの群れに放り込めば、PKペナはつかないぞ」
「はぁ?」
「『無駄骨折らせたら、やっちゃうよ』か。お前達にそれくらいの実力があれば良いな」
「テメー、何言ってやがる?」
「プレイヤーの姿も無いようだし、この辺でいいか。おい、仕事だ。今からお前達の実力を見せてみろ。……自分を相手にしてな」
アヤセの言葉に三人は、一様に面食らった表情を見せた。それを無視してアヤセは話を続ける。
「言っただろう? 『自分だけでは、対処が難しい案件がある。』って。お前達をぶちのめすにも、相手自体がいなければ対処も何もできない案件だ。……馬鹿面していないでさっさと武器を構えろ。これはPvP(プレイヤー対プレイヤー)といったお遊びではないぞ。正真正銘の殺し合いだ」
アヤセは、初期装備のナイフをインベントリから取り出し構える。当初、呆気にとられ、アヤセの話を聞いていた三人であるが、状況が理解できるにつれ、いつもと変らない人を小馬鹿にした笑みをヘラヘラと浮かべ、終いには腹を抱えて大きな声で笑い出した。
「ひーひっひっっひ! あー、マジ腹イテー!! お前、頭沸いてんじゃね?」
「俺達相手に、何ができる? しかもテメー、職業が『あの』アイテムマスターだろ? こいつマジおかしいぜっ!」
「アンタが言っていたようにぃ、半殺しにしてモンスターの群れに放り込めばぁ、PKペナつかないのでしょう? だったら別にためらう必要ないわぁ。思い上がったお馬鹿さんに実力の違いを、たぁっぷり体に分からせてあげるわよぉ!」
三人は、哄笑しつつ、緩慢な動作で各々の武器を構え出す。
アヤセはその瞬間を見逃さず、インベントリにナイフをしまい、「無銘の刀(消刻)」を帯刀する。その刹那、刀の鯉口を切り、四倍判定が入った動作で素早く距離を詰め、シーフの獣人が構えるナイフ目掛け体当たりした。
ダメージを受けるアヤセ。だが、PKフラグはシノブ達の共闘グループに立つことになった。
「早い! けど、こいつアホじゃね? 自分からダメージくらいに来やがって」
「でも、PKフラグ、こっちに立っちまったぞ」
「さっき言ったとおりよぉ。瀕死にさせれば良いだけ!」
PKペナルティは、一般的に「PKフラグが立ったプレイヤー(共闘したプレイヤーも含む)が他のプレイヤー又はNPCにトドメを差した場合」に付くと言われている。この、「PKフラグ」は、プレイヤー同士の戦闘で先手を取った側、つまり先にダメージを与えた側(ゼロダメージや反射によって攻撃をはね返されても該当)に立つことが多いが、勿論、これに該当しないケースも存在する。例えば、PKに対する先制攻撃だったり、ダメージを与えた側がその後の敵対行動を止めているにも関わらず、相手側が何度もダメージを食らおうとまとわりついてくる等、明らかにPKを誘発している行為と判定される場合は、PKフラグが立たない場合もある。PKフラグが立つ条件は、公式でも明確に示されていない。一説には詳細なルールを公表することにより、それが悪用され、善良なプレイヤーがPKに仕立て上げられることを防ぐための措置と言われている。
三人は口々に言い合っていたが、この時点になって、ようやくシーフは、自分の装備に異変が生じていることに気付く。
「なあっ!? 俺の装備が無くなっちまった!」
「お、おい何してんだよ! ふざけて、インベントリに装備品しまってんじゃねーよ!」
「ち、ちげーって! スキル【換骨奪胎】ってやつで俺の装備が取られちまったんだ!」
「二人とも、集中ぅ! アイツの動きから目を離すんじゃないわよぉ!」
「おい、シノブっ! お前、装備品どうしたんだ?」
「えっ? 何言って……、ってアンタもその格好、どーしたのよぉ!!」
ほとんど間を置かず、三人の男女は、白いタンクトップと短パン姿になる。彼女達が装備していた武器と防具は、アヤセのスキル【換骨奪胎】で全て回収されてしまっていた。
三人から五、六メートルほど離れた場所で、アヤセは、切った鯉口を戻し、敵と相対する。そして、インベントリから、防具「般若の面」、「血染めの白装束_上」、「血染めの白装束_下」を取り出し、装備する。直後、この装備の特殊効果とポテンシャルが発動され、それをまともに受けた三人は顔が青ざめ、震え出す。弓士に至っては尻餅をついていた。
「冒険者の基本、装備品は予備を含めて二、三セットほど用意すべし。……アイオス副長もそう言っていたな。お前達、装備品はこれだけではないのだろう? これからが本番だ。これも先ほど言ったことだが、余裕ぶらずに本気でかかってこい。さもないと、死ぬぞ」
結局、装備品の予備を持っていたのは、シノブ一人のみであり、しかも所持していたのは防具だけだった。
武道家のシノブは武器を装備せずとも、素手で相応の攻撃力を有し、おまけにスキルが発動できるため、アヤセにとって警戒すべき相手だったが、【戦慄】及び【瘴気】の効果はてきめんで、のろくさいシノブのスキルや攻撃を躱して、次々とスキル【換骨奪胎】で防具を回収していった。
(こいつ、一体何着防具を持っている? おそらく、これらは「外奴隷」に作らせていた服で、気に入った服を全部自分の物にしていたのだろう。クランの納品と帳尻を合わせるために、ノルマの上乗せもしていたのかもしれない。仮にそうだとしたら、本当にとんでもない奴だ)
当初は、無謀にも徒手空拳で殴りかかってきた、白のタンクトップと短パン姿の弓士とシーフであったが、アヤセの倍撃判定にならない慎重で延々と続く執拗な通常攻撃と、【戦慄】の効果により、次第に戦意を失い、今は、HPを一割程度残し、地面に這いつくばっている。一方、シノブは、未だに必死の形相で、防具を剥ぎ取られては、その度に新しい物を再装備し、素手でアヤセに攻撃を仕掛けて来る。
「くそぉ! 何でっ! 何で当たらないのぉ!」
完全にアヤセの掌の上で踊らされていることも分からず、荒い息づかいで、アヤセに大ぶりの拳を振り付けてくる。この程度なら、【鞘の内】で動きを早めなくても、問題無く対処できる。シノブの攻撃を一歩引いて避けたあと、初期装備のナイフに武器を持ち替え、鳩尾にウィークポイント攻撃を送り込む。大したダメージではないが、怯みが生じた隙にスキル【換骨奪胎】で防具を回収した。この防具を回収したあと、シノブは新しい防具をインベントリから出さず、ただ、肩で息をして、アヤセを睨み付けるだけだった。
アヤセは、動きが止まったシノブに、持ち替えた「無銘の刀(消刻)」を抜刀し、切っ先の帽子の部分で、シノブの右腿を精確に狙い、ダメージが少なくなることに傾注して、ごくごく浅く切りつける。軽快なダメージ音を発した攻撃を受け、シノブは傷口を押さえ、片膝をつき、その場にしゃがみ込んだ。
「御自慢のコレクションも、もうお終いのようだな。どうだ、他人に大事な物を奪われる気分は? 最もこれらにしたって、元々自分の物ではないだろうがな」
アヤセはシノブに侮蔑の表情を向ける。ただ、その表情は「般若の面」に隠され、シノブ達は窺い知ることはできない。
「もう……、もうやめてくれよ。何でもするから、助けてくれぇ!」
「悪かったよ、俺達が悪かったって!」
「お前達やクランに搾取され続けた生産職は、この程度では済まないくらい、もっと辛い思いをしてきたのだ。お前達は、それを分かろうとしたか? ……いや、いい。分かろうとしなかったから、こんな酷いことができたのだろう」
泣きを入れる二人の獣人。しかしアヤセは、それを聞き入れるつもりはない。
「こんなことして、クランも黙っていないわよぉ!」
「クランの後ろ盾がなければ何もできないクズが。今更クランを出したところで、どうにもならないぞ。クラン『ビースト・ワイルド』は近い将来解体される。もう終わりだ」
「クランが解体? 何を根拠にそんなこと言うの!?」
「牛頭と馬面は、自分が持込んだ★7素材を着服した。証拠も揃っている。運営に報告したら、解体は避けられない」
「……死に戻っても、次は、必ずぶっ殺してやるわぁ!」
シノブは、泣き顔でも、まだ、悪態をつく気力があるようだ。次の瞬間、【戦慄】が発動し、シノブを恐怖で縛りつける。
アヤセは、腕を振り抜き、刀の峰をシノブの横面に叩き込む。シノブは殴られた衝撃で顔面から地面に倒れ込み、低いうめき声をあげた。更に、倒れ込んだ際に、投げ出された右手の甲に刀が突き刺される。
シノブは泣き叫んだ。
「痛い! 痛いぃぃ!」
「痛覚設定は無いのに、何を言っている? それと、クランだけでなく、お前達も終わりだ」
「な、なんでよぉ?」
「お前達がしてきたハラスメント行為も併せて運営に報告してやる。今まで散々、生産職を食い物にしてきたのだ。アカウント削除は覚悟しておけよ」
「何でそんなことを! 私達に何か恨みでもあるのぉ!」
「恨み、か……。確かに個人的にはお前達に恨みは無いのかもしれない」
アヤセは、シノブの右掌に突き刺さったままの刀を、ゆっくり、ゆっくり大きく円を描くように回し始める。堪らずシノブは悲鳴を上げる。その様子を見ている二人の獣人は、顔を真っ青にして傍観するしかない。
「般若の面」の目が赤く光り、血の涙が流れる。【戦慄】の効果も、心なしか強くなったように感じられた。
「だが、自分のフレンドにした仕打ちは、到底許せるものではない! 借金を十万ルピア上乗せ? 赤い下着を着て酒場で踊ってこい? お前達のせいで、彼女がどれだけ傷ついたことか! 戦闘職だからって、生産職を奴隷のように扱いやがって! お前達のように心底腐った奴は、何回ぶちのめされたって、性根が直ることは無いだろうよ!」
「そ、それってマリー……」
「黙れ」
時計回ししていた刀を引抜き、返す刀でシノブの右腕を状態異常「怪我」に追い込む。
腕や足等に一定のダメージが入ると状態異常「怪我」となり、戦闘中は魔法かアイテムでHPを回復させない限り、行動が大きく制限されることになる。プレイヤーによっては、状態異常となった結果よりも、自らの身体が、思うように動かなくなることでの精神的ダメージの方が大きいという者もいるようだった。
状態異常「怪我」の右腕を呆けたように見つめるシノブ。先ほどまで悪態をついていた気概は、最早無い。その様子を見てアヤセは納刀する。
「アカウントが削除されても、ブラックリストに載らなければ再取得はできる。だが、仮に戻って来ても、二度と彼女とその周りにいる人達に近付くな。お前達を見つけたら、今日以上の苦痛を与えて、戻って来たことを必ず後悔させてやる。……何度でもな!」
【戦慄】の発動を意識しつつ三人に言い放つ。そして、傍らで右腕を死んだような目で見つめているシノブを頭から抜き打ちで両断した。
上半身を真っ二つに割られ、エフェクトとアイテム類をまき散らし消えるシノブを見て、残り二人の獣人は恐れおののく。だが、逃げることも叶わず、アヤセに抜き打ちで一人ずつ丁寧に首をはねられた。
三人のエフェクトが完全に消滅し、二束三文のアイテムが辺りに散らばる中、アヤセは一人残される格好となった。
「マリーさんですか? 運営への通報ですが、今からお願いします。はい、シノブ達と『話し合い』をしていました。ええ、詳しくは後ほどお話しします。では、よろしくお願いします」
マリーへフレンドコールし、運営への通報依頼と、シノブ達と「話し合い」をしたことを簡潔に報告する。途中、マリーから身を案じる問いかけがあったが、余計な心配をかけまいと後日報告する旨を伝え、話を切り上げた。
その後は、アヤセも運営への通報のため、シノブ達とマリーのやり取り動画や、あらかじめ用意していた、クラン「ビースト・ワイルド」の不正行為全般を告発する内容の文書を、画像等の用意できる証拠をできるだけ添付し、メール送付した。
システム上、シノブ達を「返り討ち」したかたちになったアヤセは、基礎レベルが2上がり、24になっていた。
(プレイヤーの経験値は馬鹿にできないな。PKのメリットを、したくなかったが、実感することになってしまった)
アイテムを回収し、王都へ帰還することにする。
月明かりを頼りに真夜中の街道を一人歩くアヤセ。憎きシノブ達を完膚なきまで叩き潰したことによって、達成感や爽快感が得られると思っていたが、実際は、疲労感が晴れない心を支配し、足取りを重くさせているだけだった。




