12_自分の目標
アヤセと亀のターちゃんが買ってきた料理は、肉と葉物野菜をパンに挟んだサンドウィッチとイギリス料理のフィッシュアンドチップスを連想させる、ジャロ芋(ジャガイモに似ている芋)と白身魚のフライだった。労働者が朝の忙しい時間帯に食べる安価で簡易な料理であったが、ターちゃんお薦めの屋台の看板料理だけあって、味は大変良かった(マリーはこの屋台のことを知らず、何故ターちゃんがお薦めの屋台を知っていたかは、結局分からなかった)。
マリーの居室で、二人と三匹は料理を囲っている。着替えを済ませ、アヤセ達を待っていたマリーは、体調も回復したようで、食事の量も普段と変わりないようだった。
「残念ながら、白パンのストックが無くなりましたので、今日はこれで御容赦ください」
「そんな、この料理、とても美味しいですよ。それに、買い出しにまで行ってもらって、本当に済みません」
雑談をしながら食事をすすめていく。
やがて食事も済み、話はマリーとシノブ達の話し合いの件に移っていく。
食事の際は、明るい表情も見せていたマリーだが、昨日のことを思い返し、また暗鬱な表情に戻る。
アヤセが勧めたとおり、マリーは昨日の一連のやりとりを録音していた。アヤセも録音を聞いたが、内容は昨晩マリーが混乱の中、語ったものとほぼ同じものだった。
その中で、シノブが借金は十万ルピアであると明言しておきながら、実際にインゴットを受取ったあと、いけしゃあしゃあと更に十万ルピアの借金の存在を告げる様子や、下着の装備品を取り出し、マリーに酒場で稼いで来るように命じ、取り巻きの二人の犬だか狼だかの獣人が哄笑を浴びせる場面では、はらわたが煮えくり返る思いでそれを聞いた。
「こんなことを言われて、マリーさんがどんなに傷ついたことか……。自分は、呆れるほどの馬鹿です。やはり、同行すべきでした。本当に申し訳ございません」
アヤセは、先ほども同様の内容でマリーに対し謝罪しているが、あくまで自分の「独り言」であるため、改めてマリーに対し、しっかりとお詫びをしようと決めていた。
「いいえ、シノブさん達との話し合いが上手くいかず、私が嫌な思いをする可能性を事前にアヤセさんは言われていました。それでも断ったのですから、悪いのは私です。ですが、さすがに今回は少し落ち込みましたので、アヤセさんのお気遣いが本当に嬉しいです」
(少しどころではないだろう。自分だったら、あんな仕打ちを受けて平静でいられる訳はない)
アヤセに心配をかけないように微笑むマリーであるが、どこか陰りを感じる。
「いずれにしても、これは重大なハラスメント行為ですので、この音声データと先日の動画と合せて運営に報告すれば、間違いなくシノブ達は、アカウント削除になると思います。ただ、シノブ達のような三下が何人排除されても、クラン『ビースト・ワイルド』が残っている限り、同じことが繰り返されますので、頭は必ず潰さなければなりません。自分はこれから行動を起こします。マリーさんにも少しだけお手伝いいただきたいのです」
先ほどもマリーに聞かせたとおり、アヤセはクランとの対決を表明する。
「手伝えることがあれば、私も協力しますが、一つ、アヤセさんにお聞きしたいことがあります」
マリーの問いにアヤセは、無言で頷く。
「アヤセさんが私のために怒ってくれていることは、よく分かります。でも、クランの人達だって何をしてくるか分かりません。アヤセさんとクランは、何も関わりもないのに、ここまでやろうとするのは、何のためですか? もし、私のためだけにやろうとしているのでしたら、危険なことは止めて欲しいです」
アヤセは、しばらく黙っていたが、マリーの問いに答えるため、口を開く。
「正直、四、五日前までは、プレイヤー同士の交流すら、避けたかったのに、何故こういう思いを持つようになったのか、自分でも完全な整理がついていません。……少し長くなりますが、自分の話を聞いてくださいますか?」
「はい。是非、聞かせてください」
アヤセの申し出にマリーは先を促す。
「ありがとうございます。自分はマリーさんに出会う少し前まで、帝国に籍を置くトップクラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』に所属していました。クランにおける自分の役割は、検証要員、つまり、第三期追加販売時に実装された職業『アイテムマスター』の有用性を確かめることでした」
「『ブラックローズ・ヴァルキリー』……! 聞いたことがあります。あのエルザ団長のクランですよね? 有名なので知っています。アヤセさんはそんな有名クランに所属されていたのですね」
自嘲気味にアヤセは、小さく笑う。
「『アイテムマスター』がプレイヤーからどの様に見られているか、今更言うまでもありません。職業として全く使い物にならないことが、検証を重ねる度に分かるようになると、クランにおける自分の立場は、どんどん悪くなりました。クラン自体も幹部がほぼ全員戦闘職で、生産職を軽んじる風潮があって、一部の幹部は生産職の団員を『奴隷』と呼んで侮辱する有様でした。言うならば、自分もあいつらの言う『奴隷』の一人だったのです」
「そうだったのですね……。エルザ団長のような『ゲームの顔』とも言える人が率いるクランでも、生産職がそのように扱われているのですね……」
思い出したくもないことが思い返される。アヤセはため息をつき、再び話し出す。
「武器のポテンシャル付与で、マイナス効果が付いてしまったことを激しく罵倒されたり、レベリングでパーティーを組んだクランの団員からは役立たずとかクズとかゴミとかも言われたりしました。最終的に自分は、クランから見限られました。ダンジョンの最下層で戦闘職の団員から瀕死になるまで攻撃を食らい、モンスターの群れの中に置き去りにされるというやり方で追放されたのです」
「!!」
アヤセの告白にマリーが息をのみ、話の続きを待つ。
「……モンスターに食い殺され、死に戻ったあと、自分は、クラン『ブラックローズ・ヴァルキリー』の生産職を奴隷扱いしている幹部達に対して、どんなかたちでもいいので一矢報いたいと思いました。簡単に言えば復讐です。これが今の自分の目標です。自分の目標は、自分自身で言うのも何ですが、非生産的であり、後ろ向きだと思います。だけど、自らの欲望を実現させるために、ハラスメント行為にまで及んで、生産職を奴隷扱いする戦闘職のプレイヤーや、それを容認するクランを見て、嫌悪感を抱かずにはいられません。それは、マリーさんを苦しめているシノブ達やクラン『ビースト・ワイルド』も同じです!」
昂ぶりつつある感情を鎮めるため、一旦話を切り深呼吸する。
「今は、マリーさんが受けている仕打ちに怒り、元凶のクラン『ビースト・ワイルド』に痛手を加えることを考えていますが、もしかしたらこれは、マリーさんを自分の姿に、シノブ達や直営店の店員を、かつて自分のことを『奴隷』呼ばわりしたクランの幹部達に置き換えて、生産職として、自分が受けた扱いを思い出し、怒りを感じているに過ぎないのかもしれません。極端な話、今の自分は、マリーさんの都合は考えていないのではないか、これは、クラン『ビースト・ワイルド』に対する義憤ではなく、単なる自分の私怨ではないか、と思ってしまうこともあるのです」
「……」
「ただ、『生産職を搾取する戦闘職やクラン』に対しては、誰であろうとも不快に思うことに変わりはありません。これだけは、確信を持って言い切れます」
「……」
マリーは、アヤセの話を最後まで聞き、そのまま黙りこんでしまう。その様子を見たアヤセは、自分が喋り過ぎたかもしれないと後悔する。
アヤセも、クランから追放された際に、自分でも気付かないうちに心に傷を負っていたようだった。誰かに自分の話を聞いて貰いたい。そんな思いがよぎった結果、マリーを相手に、話さなくても良いことを長々と話してしまったのかもしれない。
マリーが自分の話をどのように受け止めただろうか? 偉そうなことを言っても結局は、自分の都合でしか動かない利己的な人間だと思い、軽蔑するかもしれない。アヤセはそう思い、言い様がない不安に襲われる。
「私、アヤセさんがどうして、私のことを気にかけてくれるのか、今までその理由が分かりませんでした。でも、今のお話を聞いて分かったような気がします」
アヤセの話を聞いて黙っていたマリーが、口を開く。
「きっとアヤセさんは、心の優しい人なのだと思います。自分が辛い経験をしたから、私のような、困っている生産職を放っておけなくて、助けたのではないでしょうか。世の中には苦労を経験した人でも、困っている人の辛さ、痛みが分からない人や、中には、自分が辛い目に遭ったから、他の人にも同じことをしてもいいと思っていたり、自分より弱い人を進んで同じ目に遭わせようとする酷い人もいます。アヤセさんは、自分のためにやっていると言われますが、私の辛いという気持ちに共感して、手まで差し伸べてくれて、私がどれだけ嬉しいと思い、救われた気持ちになったかを知って欲しいです」
アヤセに対し、感謝の言葉を述べるマリーであるが、話を続けるにあたり表情を曇らせる。
「ですけど、最初に言ったとおり、戦闘職のプレイヤーやクランに立ち向かうのは危険です。それと、復讐が目標と言われましたが、本当のことを言いますと、アヤセさんにそんな目標は持ってもらいたくありません。このゲームには、他にも沢山の楽しみ方があるのですから、復讐だけに囚われず色々と目を向けて欲しいです」
「自分のしたことがマリーさんの助けになったのは、良かったと思います。復讐の件は、今まで強力なモチベーションとなって、多くの困難を乗り越えてきた経緯もありますから、そう簡単に気持ちの整理がつけられないのが正直な感想です。あと、こんなこと言ってもマリーさんが安心するとは思えませんが、クランとやり合うと言っても、正面から殴り込みに行く訳ではなく、別の方法を採ります。これがその方法です」
アヤセは、アイテム「裁ちばさみ++」をマリーにプレゼントする。
「!! これは……。凄い! 『++』なんて初めて見ました。……って、何ですかこれは!? またプレゼントが突然送られてきて、びっくりしちゃいましたよ!」
「これも作戦の一環です。マリーさんは、この後連中から来る依頼を受けて、今プレゼントした裁ちばさみと持てる限りの技術を用いて、最高の服を仕立てて欲しいのです。おそらく、今日中には緊急で材料持込みの仕事が入るはずです」
「そ、そうなのですか? それにしても、アヤセさんにはいつも驚かせられます。これ、どうされたのですか?」
「それは、貰い物です。あと、裁ちばさみもオーダーメイドの持込素材扱いでお渡ししますので、今後も有効活用してください」
「持込素材ですか。私が遠慮して受け取らないと思って、先に理由をつけましたね。ずるいです……。受け取らない訳にはいかないじゃないですか」
「良い服を作製して貰うための『取引』ですから、受取っていただかないと困りますよ。最も、作戦と言っても実際問題、相手が欲張らないと、こちらの思惑どおりにならない程度のものです。だだし、自分は連中が欲に駆られて、必ず行動に移すと信じています」
(それが墓穴を掘ることになるとは知らずにな)
こうしてアヤセは、クラン「ビースト・ワイルド」に対し、罠を張るべく行動に出るのであった。




