114_ラタス
ここはラタス衛兵隊本部。
アヤセとノエルは、ドゥ=パラースにおける一連の出来事に一区切りをつけた後、教会に設置されている転移装置を利用し、ラタスへと移動する。
同地に到着後、その足でラタス衛兵隊本部へ直行し、衛兵隊事務官の好意的かつ丁寧な案内を受け、隊長執務室に通された。
執務室にはアヤセにとって縁深い人物達がその来着を待ち受けていた。
「よく来てくれたアヤセ君!」
「アヤセさん……。お会いしたかったです!」
「先の戦闘以来だな。終了後の打ち上げに参加していなくて心配したぞ」
ラタス衛兵隊のギー隊長、アメリー、モリス主計長がアヤセとノエルを出迎える。戦争イベントの際には、アヤセの死に戻りというアクシデントもあり、その無事を確認できなかったのだが、こうして元気な姿でお互いに会うことができ、アヤセは再会に感謝するのだった。
「ギー隊長、モリス主計長、アメリーさん。御無沙汰しています。衛兵隊が戦争イベントにおけるラタス防衛で活躍されたと伺いました。ですが、皆さんが無事で本当に良かったです」
「それを言うなら、君も大層な活躍だったようだな。最も君は無理をしすぎだ。『黒塊の悪鬼』に単騎で挑むなど無謀の極みだ」
「そうですよ、隊長も言われましたが、打ち上げにいらしていなくて、皆本当に残念に思っていたのですよ」
ギー隊長とアメリーがアヤセの戦争イベントにおける戦いぶりに懸念を示す。この言葉の裏には自身の身の上を本気で考えてくれている真意があることをよく分かっていたので、アヤセはその好意を有難いと感じた。
「隊長さん、それに皆さん、こんにちわ~。お久しぶりです~」
ノエルが朗らかに挨拶をする。彼女はラタス衛兵隊が実施したラタ森林地帯に跋扈していたPKの掃討作戦(注:第三章参照)においてPKに襲われているところをアヤセに救出され、その後一時的に衛兵隊の保護を受けていた。衛兵隊の隊員とは既知の間柄であり、彼女にとってラタス衛兵隊本部の訪問は帰省と同じ感覚なのかもしれない。
「ノエル君もよく来たな。自分の家のようにくつろいでくれ給え」
「隊長さん、ありがとうございますぅ」
「ノエル、自分達は衛兵隊本部の施設をギー隊長の好意で借りている。それを忘れないように」
「は~い」
「まぁ、十字勲章所持者について我々衛兵隊は心から歓迎しよう。今回は招待客が多くなりそうだな」
「ギー隊長、その『招待客』なのですが……」
そう言いながらアヤセは執務室内を見回す。現在この部屋にいるのは衛兵隊の三人とアヤセとノエルであり、それ以外に来客の姿は見えない。
「ああ、先ほど王都から到着したぞ。今、宿舎に荷物を置きに行っているからもうすぐ戻るだろう」
「それは良かった。無事にここまで来られたようですね」
安堵の表情を浮かべるアヤセ。その様子をノエルが訝しみ理由を尋ねた。
「マリー先輩やホレイショ先輩も来られないって言っていたのに、誰かと待ち合わせをしているのですか~?」
「まぁ、そうだ。確かノエルとは初対面のはずだ」
「へ~、先輩ってノエル達以外にフレンドいたんですね~」
「……少ないことは自覚しているが、いる分にはいる」
不意にノックの音が響き、同時に執務室のドアが開かれる。入室した二人を見てアヤセは、ノエルとの会話を中断し、勢いよく振り返った。
「ドゥ=パラースからの長旅、お疲れ様です。アー、いや、アヤセ様」
「メグ、いや、マルグリットさんも王都からお越しくださいましてありがとうございます」
「よっ、兄ちゃん。呼んでくれてありがとな」
「ルネ少年もよく来てくれたね。ラタスはどうだ?」
「同じ王国なのに王都と全然違うね! 外にはどんな生き物いるんだろう。今から楽しみだよ!」
「……!」
簡単な挨拶を済ませたアヤセは、ノエルにマルグリットとルネを簡単に紹介する。
一方紹介を受けたノエルは、衝撃を受ける。以前、ジュイエの店でアヤセから聞かされた「ヴァロア家の生き残り」本人と初めて引き合わされたが、姉のマルグリットが想像以上に美人だったことは想定外だった。王都に戻ったらマリーとまかろんに報告して、早急に対策を協議しなければならないと彼女は思ったのだった。
「私は十年ほど前に父の部隊の行軍訓練に同行して、ラタスにも立ち寄ったことがあります。そういう訳で、ギーの叔父様はもちろんそうですが、モリス主計長やアメリーとも面識があるのです」
「マルグリット様が立派なレディーに成長なさって、初めは戸惑ってしまいましたが、今は感無量です」
「アメリーったら! 四歳年上の貴女は当時の私にとって、とても頼もしいお姉さんに見えたわ。それは今も変わっていなくて私も感無量です。……本当にあの頃が懐かしい」
「なんかマルグリットさんとアメリーさんって仲が良いんですね~。キレイな二人が仲良く笑いあっているだけで尊い気持ちになっちゃいます~」
(二十一歳のマルグリットさんの四歳年上だと、アメリーさんは二十五歳か。そうなると……)
「アメリーさんと自分は同い年か」
「えっ!?」
出し抜けなアヤセの台詞に皆の注目が集まる。
「先輩って二十五歳なんですねぇ。ノエル初めて知りました。年上ってノエルのタイプですぅ~」
「でもよぉ~、兄ちゃん、女の人のトシのことは言っちゃダメだぜー」
「あっ、しまった……。済みません。自分の周りに同じ年齢の人があまりいないので、驚いて口に出てしまいました」
「いえ、私は気にしていません。それよりも私と同い年でアヤセさんは、どの様に思われましたか?」
「えっ? まぁ、先ほど言ったとおり、自分の周りには同い年のプレイヤーやNPCもいませんから親近感を持ちました」
「私も同じ気持ちです。アヤセさんと私との間に共通点があって嬉しいです!」
「なっ…! 先輩っ!」
「ええっ!?」
アメリーの言葉に、ノエルとマルグリットは俄かに慌てる。両者は困惑して目線をさまよわせていたが、不意に視線が合う。
「あ、あのノエルさん」
小声でマルグリットがノエルに語りかける。
「何ですか、マルグリットさん」
「アメリーのことはご存じで?」
「モチロン、知ってますよ~」
「あの、何て申し上げていいのか、その、あの子ってアーヤ、いやいやアヤセ様をどう思っているのか知っていますか?」
「いろんな先輩達に油断しちゃダメって聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした~」
「そうですか。アーヤったらアメリーにデレデレしちゃって……!」
「……」
ノエルは次々登場するライバルに、気が遠くなる思いで黙り込み、また、軽い嫉妬を覚えたマルグリットもため息をつく。そんな両者の反応にルネが呆れて一言述べた。
「……姉ちゃん、皆の前で『アーヤ』って言っちゃってるぜ」
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その後、アヤセはアメリーにより大量発出された回復薬の納品クエストをこなすため、衛兵隊工房においてひたすら錬金に励んだ後、夜に衛兵隊幹部主催のレセプションに参加する。場所は前回と同じ集会場だが、その趣は異なりルネ少年の出席にあわせ、アルコール控え目の立食形式であり、ラタス衛兵隊特有のざっくばらんな雰囲気が会場を包んでいる。
「全く、うちの幹部達はメグ達や、ノエル君のところにばかり群がりおって! ここに『ラタス湿原地帯の戦い』の勝利の立役者の一人がいるというのに……! 主催者の責務を忘れたのか!」
招待客の一人であるギー隊長は、主賓のヴァロア家姉弟や社交性の高いノエルのもとに集まり、アヤセをほったらかしにする幹部達の体たらくを見て憤然とする。
「私は、このお陰でアヤセさんを一杯お世話できますから構いません」
「アメリー、お前は一応給仕なのだからもっと他の者達にも目を配りなさい」
「戦争イベントにおける勝利の立役者は他にいます。自分よりも多大な貢献をした方々の貢献で勝利できたのです」
「その中には君も含まれている。マリー君をはじめとする冒険者達も口を揃えて君のことを称えていたし、『剛槍のジェムグン』を討ち取った豪胆ぶりは、私の耳にも届いている。君の腕前を軍の上層部も注目しているそうだ」
「軍の上層部が?」
「ああ、これは近いうちに指名依頼なども来るかもしれないな」
ギー隊長のグラスにアメリーがワインを注ぐ。また、アヤセも彼女に眩しい笑顔を向けられ、酒量を控えるという当初の決意は簡単に崩れ去り、酌を受け入れた。
「依頼なんて考えられません。仮に発注があったとしても達成させる自信はありません」
「そうは言っても、心構えだけは持っておいても損は無いぞ」
そう言いながらギー隊長は、早々に空にしたグラスをアメリーに差し出し、ワインを注ぎ直してもらった。
「あっ、デキャンタが空になってしまいました」
「アメリー、アヤセ君もまだ飲むだろうから、新しいのを持ってきてくれ給え」
ギー隊長はアメリーにそう命じて下がらせる。アヤセとギー隊長は一時的に二人きりになるかたちになったが、アメリーが完全に下がった後、表情はくつろいだ様子を見せつつ、潜められた声でアヤセに本題を切り出した。
「先ほどメグからも聞いたが、ダミアン殿と協力し、帝国に当たる決意をつけてくれたみたいだな。感謝するぞ」
「マルグリットさんにも話しましたが、自分には自分の都合があり利害が一致したからであって感謝をされるほどではありません。しかし、機密を守るためここまで用心が必要な状況なのですか?」
「ラタスにおける帝国のスパイの炙り出しは、ラタ森林地帯の問題が片付きようやく着手できる状況だ。残念ながら衛兵隊にも今までつけ入る隙はいくらでもあったから、それを用心してのことだ」
「ダミアンさんから私信を託されていますので後ほど執務室へお持ちします」
「ああ、頼んだよ。時間があれば現況確認や今後の打ち合わせを行いたいところだが、まぁ、それは君の用事を片付けてからでも良かろう。ラタスで何をする予定だね?」
「取り組むことはいくつかありますが、一つは『タマモの思念』の召喚です。ひとまず必要アイテムは全て揃いましたので、次の段階に移るまでは待ちの姿勢です。必要アイテムのうち、『神秘の霊石』をお贈りいただいたことによって、時間の余裕ができましたので、他のことにも手を回せます」
「そのアイテムは確かに人狩り討伐の報酬として贈呈した記憶があるな(注:50_ラタス衛兵隊十字勲章参照)。アンボワーズ産の逸品が役立って何よりだ。それで他に行うこととは何か?」
「マルグリットさんとルネ少年のレベリングです。沼地のリザードマンを狩れるだけ狩って、稼げる限り経験値をかき集めます」
「しかし、彼女達とリザードマンを直に戦わせる訳にもいくまい?」
「それについては、対応策を考えています。二人はリスクを負うことなくレベルを上げることができるはずです」
「そうか。君のことだから十分な対策を立てているだろう。……素材は卸してもらえるな?」
「はい、勿論。明日から日帰りで通うつもりです。御期待に沿える量を狩り尽くしてみせます」
「……それは助かるがほどほどにな。当方にも予算があって報酬が無尽蔵と言う訳にはいかないがね」
「まぁ、確かにそうですね。そうなると資金が不足するな……」
「相変わらず金策にかけずり回っているのかね? 金にだらしないと信用を無くすぞ」
「決して借金に追われている訳では無く、自分は今『召喚の器+』の購入を目標にしているので大金が必要なのです。」
「ああ、確か七十万ルピアだったか? それは高額だな。そうなるとリザードマンの素材の線だけでは厳しいぞ。他にも金策が必要か。まぁ方法が無いわけでも無いが」
「本当ですか? よろしければ紹介くださいますと助かります」
「いいだろう。リザードマン狩りの片手間でも行えるものを部下に案内させよう」
ここまで話すとギー隊長は、グラスに満たされたワインを飲んで一息つく。一方のアヤセは、今が頃合いと居ずまいを正し、話題を変える。
「ギー隊長」
「何か?」
「実は、自分がラタスにいることで衛兵隊の皆さんに厄介をかけるかもしれません」
「それは穏やかではないな。もう少し事情を話してくれ給え」
「はい、事情についてお話させていただきます」
ギー隊長の求めに応じてアヤセは、エスメラルダとルクレツィアと今まで「召喚の器+」の強化に必要なアイテムを巡り、トロワーヌ公国とドゥ=パラース公国で諍いを繰り広げた経緯を説明した。
「彼女達が『神秘の霊石』をまだ持っていないとなると、アンボワーズ公国で入手しなければなるまい。あれは、かの国が手厚く保護している霊域において試練を突破しないと入手できない代物で、中々難儀だ。……燕の巣や飛竜の鱗の獲得さえ君達の力を借りていた有様ならば、君達がいないとなると尚更獲得は難しいだろう」
「そのような状況ですから、連中が最終目的地にいる自分達から横取りを思いつくのはそれほど時間がかからないと思います」
「思い出したが、先日ドゥ=パラース公国の退去を命じられて王国に強制送還された冒険者がいると通知があったが、それが連中であったな。かの国では随分派手に振る舞っていたそうだから、王国内の衛兵隊にも注意喚起が回っている訳だ」
「……」
「我々がこの地を守る以上、そんな輩に好き勝手をさせる気は無いので安心してくれ給え、と言いたいところだが、城外に出られると衛兵隊の影響が及びにくくなるな」
「どちらかと言うと、自分の用事は城外で済ませるものが大半です。マルグリットさんやルネ少年も行動を共にしますから、とばっちりを受けないようにしなければなりません」
自身やノエルだけならば、仮にエスメラルダ達が何か妨害をしてきても対処はできるが、マルグリットとルネに害が及ぶのは避けたいところである。
アヤセの悩みは、姪と甥を想うギー隊長も同じである。対応策を考える二人であるが、ギー隊長は妙案を思いついたようだ。
「それでは、衛兵を一人君達に同行させるというのはどうか? 例え一人であってもその姿を見れば、普通の者だったら良からぬ考えを捨てる大きな理由になるだろう」
「衛兵の同行者……。確かに有効な手立てです。ちなみに人選は既にお済みですね?」
「ああ、勝手な願い出だが、是非パーティーに組み込み、レベル上げに混ぜてもらえると助かる」
アヤセの問いに隊長は大きく頷くが、丁度良いタイミングでアメリーがワインの満たされたデキャンタを持って二人のもとに戻ってきた。
「あ、あの、アヤセさんまで私を見つめて……。私、何かしましたか?」
「アメリー、明日以降、アヤセ君達の行くところ全てに同行して護衛に当たる任務を命ずる。しっかりやり給えよ」
ギー隊長の出し抜けな命令は、離れた場所で歓談をしていたノエル達にも届いた。それと同時に、アメリーが見せた、はじけるような笑顔を目にした途端、ノエルとマルグリットは頭痛の種が新たに生じたことを理解したのだった。




