111_百足坑道⑥
「正規軍四十万を号する帝国軍の大侵攻の前にアイノ王国の首都は瞬く間に陥落しました。ドワーフの王達の消息も不明となる中、竜の女王とル=ヴィルパン達は村落を守るため絶望的な抵抗を続けます」
蹂躙される畑地、焼け落ちる家屋、逃げまどい無残にも打ち倒された人々が流した血によって朱く染めあげられる雪原……。十三枚目の紙は今までのものとは打って変わり、戦争の凄惨さを嫌というほど見せつけるものだった。
そして、十四枚目では暴虐の限りを尽くす帝国軍に対し、竜の女王やル=ヴィルパン達が壮絶な戦いを繰り広げる場面が描き出されていた。
「例え最後の一人になっても戦い続ける……。彼らの奮闘は、帝国軍に五万以上の損害を与え、その後の帝国の樹氷回廊攻略を大きく停滞させるほどでした。しかし、数の差は絶対であり、覆しようがありません。衆寡敵せず、刀折れ矢尽き一人、また一人と斃れ、とうとう竜の女王も深手を負ってしまうのです」
十五枚目では、モンスターの死骸が散乱する戦場において負傷した竜の女王をル=ヴィルパンが抱きかかえ、その様子をドミニクが見守っている。手を握り必死に竜の女王に呼びかけているル=ヴィルパンの顔を見るのが忍びないくらい悲愴感を漂わせていた。
「『ここまでのようだ。この程度の敵に後れを取るなんて古代竜の力など語るに足りんな……』『もういい! 喋るな!』『いや、最後に言わせてくれ。……ありがとう、ヴィルパン。私を孤独の世界から救い上げてくれて。貴公の腕の中で死ねるなら本望だ』『馬鹿を言うな! 私が愛した貴女を死なせることなどできる訳無いだろう!』……ル=ヴィルパンは必死に竜の女王に語りかけますが、その身体はどんどん冷たくなっていきます。『仕方がない! 許せっ!』残された時間も僅かとなる中、彼はおもむろに短剣を取り出すと、それを彼女の胸元に深々と突き刺したのです」
「えっ!? ど~してそんなことをするのですか~!」
「……」
驚きの声を上げるノエルの傍らでアヤセはル=ヴィルパンの心情を想像する。
(理由は「思念化」だ。マルグリットさんから聞いた話だと、召喚獣の思念は通常対象となるモンスターを倒した際に手に入るそうだから、竜の女王を思念に変えて後ほど召喚しようとしたのだろう。しかし、全てのモンスターが思念化する訳ではない。ル=ヴィルパン氏も大胆な賭けに出たものだ)
「短剣を突き刺された竜の女王は水色の球体に変化します。この球体は召喚獣の思念で、特定のアイテム等を触媒にして召喚を行うと召喚獣を呼び出せて、それを使役することができます。ル=ヴィルパンは竜の女王を死の淵から引き上げる苦肉の策として彼女を思念に変えたのでした」
(先ほど坑道内で彼が著名な召喚士であったと聞いたが、名が知れるようになったきっかけは、古代竜種の思念を手に入れたのが理由かもしれないな)
アヤセがそのようなことを考えている間にも紙芝居は終幕に向かっている。十六枚目は、ル=ヴィルパンと護衛騎士のドミニクが荒れた地において、大きな宝箱を載せた荷車を苦労しながら押している様子が描かれている。宝箱の姿形は見覚えがある物だ。
「しかし、ル=ヴィルパンは竜の女王を召喚獣として使役することを考えていませんでした。彼が望んでいたこと、それは、召喚主と召喚獣を分離して召喚獣を単独で存在させることだったのです」
「えっ!?」
女性がさらっと述べたことに対し、アヤセが驚きの声を漏らす。
そもそも召喚獣が顕在できるのは、召喚主が召喚獣を召喚して随時消費するMPが尽きるまでに限られるのが大前提である。もし、召喚獣が召喚主から分離して独立個体として存在が可能であるならば、サモナーの短所に挙げられる、召喚時におけるMPの常時消費の問題は全く考慮する必要が無くなるのである。ただ、その場合、召喚主と召喚獣の使役関係が成り立つのかという疑問も脳裏に浮かんだ。
一方の女性は、サモナーの職業前提が根底から覆る可能性があることに気付いたアヤセに目をやったが、特に補足等を述べること無く紙芝居を進行する。
「大陸南部の奥地にある、魔力が湧き水の如くあふれ出る魔力源……。ここに思念を収めれば、召喚獣はその魔力を糧に常に顕在化することができます。ル=ヴィルパンとドミニクは、竜の女王の思念を大きな宝箱に厳重に保管し、ドゥ=パラースから、魔力源を目指します。百足坑道を何とか転移装置で山脈の反対側に行ける範囲まで掘り進み、谷底を登り、尾根に差し掛かった際に思わぬことが起こります」
「そう言えば、ここに描かれている荒地ってこの辺の風景と似てないか?」
ホレイショが疑問を口に出す中、紙は十七枚目に移る。
この紙には、先に女性が述べた「思わぬこと」の全容が描かれていた。
「突如として出現したワイバーンの大群の襲来……。二人が応戦に追われる最中、宝箱を載せた荷車が谷底深く転落してしまったのです」
ル=ヴィルパンとドミニクが懸命に荷車に手を伸ばそうとするが、その努力も空しく荷車と宝箱は深い、深い谷底へと落ちていく様が何とも言えない絶望感を漂わせている。この周辺の谷の広さと深さはかなりのもので、そこに物を落とした場合、それを探し出すことは相当という表現では済まされないくらい大きな困難に見舞われるだろう。
「思念を失くし、魔力源への移送が難しくなった今、ル=ヴィルパンは大きな決断を下します。自らを触媒として竜の女王を召喚することを試みるのです。周辺域に自らの魔力を拡散させ、谷底のどこかにある思念と共鳴させることで強引に召喚獣を呼び出す芸当は、膨大な魔力量を持つ彼にしかできません」
(ル=ヴィルパン氏は自らが「契約の依代」となって竜の女王を召喚したのか!? 仮死状態のようになってあの場で跪いているのはその副反応なのか?)
「結果的にこの試みは、成功しました。無事に召喚された竜の女王は尾根に降り立ちますが、そこで見たのは、何も反応を示さないル=ヴィルパンの姿だったのです」
十八枚目に描かれていたのは、悲嘆にくれる竜の女王だった。その表情は女性も声を震わせて紙芝居を読み上げる状況も相まって、身につまされるくらい悲しみが伝わってくる。
「竜の女王は召喚時にル=ヴィルパンの目前に召喚され、肝心の思念がある場所も常に流れ出る膨大な魔力に沈められるようなかたちになり、察知することができません。彼により命を救われたものの、行動できる範囲も限られそして何より、このような何もない場所でためらいも無く、自己犠牲を厭わず自らを助けた彼に対する後ろめたさもあり、竜の女王は悲しみに暮れるしかありません。ドミニクも懸命に宝箱の行方を探してくれていますが手がかりを全く掴むことはできませんでした。……以降の十年間、竜の女王はル=ヴィルパンを気遣いつつ、荒れ果てた山の山腹で見つかることはない自身の思念を求めて、さまよい歩くのでした」
十九枚目には「おわり」と書かれ、「ご清聴ありがとうございました♡」というふきだしが出ているデフォルメされたドラゴンが描かれていた。どうやら長い紙芝居はこれで終わったようだ。
「竜の女王さんってすごくカワイソ~です~」
竜の女王の境遇に同情を寄せるノエル。他人を思いやることができる純粋な彼女らしい考え方だとアヤセは感心する一方、そんなノエルを見守りつつ、竜の女王が描かれた紙芝居三枚目の紙を自身の顔横に掲げて、無言で何かを伝えようとしている女性に気付く。最もこのようなことをしなくても、ノエル以外は紙芝居を披露した女性の正体に気付いていたのだが。
「詳しいお話を聞かせてくださいましてありがとうございます。……その、シクリッドさんの御苦労が身に染みて理解出来ました」
驚くノエルを放置し、アヤセが代表して竜の女王ことシクリッドに礼を述べる。ル=ヴィルパンによって命を長らえ、五万もの帝国軍を葬るほどの強大な力を持ちながら彼を救うことをできなかった十年間は、彼女にとって孤独や自責に苛まれたものだったに違いない。苦難を慮るのはアヤセだけでなく他の者も同様だった。
「私の方こそ、おばちゃんの長話を最後まで聞いてくれてありがとうね~。二組目の冒険者が話をちゃんと聞いてくれる人達で良かったわ」
にっこり笑顔を見せつつ、アヤセの気遣いに応じるシクリッド。紙芝居の中の竜の女王は気高くもあり、そして近寄りがたい冷厳とした雰囲気を窺わせるものだったが、目前の人物はそれとは異なり、(外見上大きく変化しているが)上品さはそのままに大分柔和になっていた。
「そう言えば、自分達のことを今日二番目に現れたパーティーだと言われていましたが、もしかして最初にここに来たのは、緑色の巻髪戦士と黒髪の剣士がいるパーティーではないでしょうか? もしかしたら男性冒険者も五、六人いたかと思います」
この周辺で自分達の前を行くパーティーは、エスメラルダ達以外に考えられない。そんなアヤセ達の一歩先を進んでいた連中が、シクリッドとの接触後が気になり動向を尋ねる。一方、エスメラルダ達の特徴を聞いた竜の女王も何か含むものがあったようで、逆に疑問を投げかけてきた。
「あら、あなた達、あの者共を知っているの?」
「いや、いや、知り合いなんてものじゃねぇ! あいつらのせいで散々な目に遭ったんだ。坑道の転移装置を作動させてダークネス・スカウトを呼び出しやがって。俺達はその後始末をさせられたんだぜ」
「あなた達もそうなの。それは、災難だったわね」
「あなた達『も』? 連中は、ここでも問題を起こしたのですか?」
「ええ、よりによって、ヴィルパンの身ぐるみを剝ごうとしていたの。ヘラヘラ笑ってふざけた顔して! だから氷塊で圧し潰してあげたわ。だからもう、あの者達は山の向こう側へ到達点回帰しているでしょうね」
「……どうやら古代竜種の実力は本物のようだ」
「ああ、恐ろしいマダムだぜ。こいつは逆鱗に触れないほうがいいな」
アヤセとホレイショは、エスメラルダ達の傍若無人な蛮行を耳にして渋い顔をすると同時に、そんな連中を簡単に死に戻らせた竜の女王の実力に驚嘆を示した。
「あらやだ! 私はそんなに怖くなんてないわよ~。それに、見てもらったとおり、私の力はいざという時に何の役にも立たない。愛する人さえ元に戻すことができないだからね。嫌になっちゃうわ」
「マダム、もしかしたらなんだが」
「ええ、その件に関してですが、御覧いただきたいものが。この宝箱に見覚えはないでしょうか? 道中見つけた物です」
そう言いながらアヤセは、谷底で回収した空の宝箱をインベントリから放出する。紙芝居の際にも目にしていたが、実際に見比べてみると、細部に至るまで特徴の一致が見てとれる。現物を目にしたシクリッドが目を丸くして宝箱に手をやっている様子からも、彼女が長年探し求めていた物であることは、その反応ぶりから明らかだった。
「これよ、これ! 私が探していたのは! どこで見つけたの?」
「山の中腹に出る際に、谷底で見つけました。しかし、残念ですが、中身は荒らされて空でした。思念はエスメラルダ達が持っているかもしれません」
「いいえ、大丈夫よ」
「大丈夫とは?」
「ヴィルパンは宝箱に細工をしていたの。見たところそれが破られた形跡は無いから、私の思念はこの宝箱の中にあるわ!」
宝箱を入念に調べ終え、確信を持ってシクリッドは答える。その眼はらんらんと輝き、興奮を抑えきれないようだった。
「宝箱の仕掛けはドミニクが詳しいわ。今からだったら、明るいうちにドゥ=パラースへ行けるから急ぎましょう!」
そう言いながらシクリッドから膨大な魔力が溢れ出し、ふくよかな身体がみるみるうちに膨張を始め、真の古代竜種の姿へと変身していく。
「きゃぁあ!」
「おいおい、何なんだ!?」
ホレイショとノエルが驚きの声を上げる中、溢れ出した魔力が風を生み、周辺の土や石くれが舞い散り、アヤセ達は各々の帽子や髪の毛に慌てて手をやった。
「まさか、ドゥ=パラースまで飛んで行くつもりですか? 行動範囲は限られているではないのですか?」
「もちろん、飛んで行くわよ! ギリギリだけどドゥ=パラースまで行けるの。時々ご飯を食べに行くこともあるのよ!」
「外食できるのかよ! 結構自由だな!」
「少し離れた場所に人を運ぶゴンドラを置いてあるから取ってくるわね。あなた達はそれに乗ってちょうだい。さぁ、飛竜超特急便の出発よ!」




