107_百足坑道②
「残念っ!! 我が主ル=ヴィルパン様御所望の『百足坑道一の宝物』はこんなゴキブリの触角や羽ではございません! もう一度やり直してらっしゃい!!」
ダメ出しを食らうのはこれで七度目だ。この道化師が望む正解のアイテムは一体何なのだろうか? ここ数日、何度挑戦しても手がかりすら掴めない状況にアヤセ達の気分は暗鬱になる。
「かぁー! やっぱりこれじゃねぇのか!」
ホレイショはアヤセと同様がっくりと肩を落とし、落胆の様子を見せる。またノエルも疲労の色を隠すことができず黙り込んだ。
一方、そんな三者三様の悲嘆ぶりを見せる三人をさすがに気の毒に思ったのか、厳つい体格の道化師は先ほどから少しだけ神妙な顔に変わりアヤセ達を気遣う素振りを見せた。
「決まりは決まりですので『飛竜の鱗』は差し上げることはできません。まぁ~、ですがここまで根気よく挑戦された方は初めてです。我が主ル=ヴィルパン様も喜んでおいででしょう」
「はぁ、そりゃどーもありがとよ」
「ですが、働き過ぎはよくありませぬなぁ。そんなあなた方にはこれ! はいっ、どうぞ!」
「……? 『温泉旅館宿泊券』!?」
道化師からは今までこのようなアイテムの受け渡しは一切無く、予期しない贈り物にアヤセは戸惑う。道化師はそんなアヤセの反応を面白がり、けらけらひととおり笑った後、続きを語りだした。
「ここドゥ・パラースは有名な鉱山都市であると同時に温泉都市でもあります。名湯に浸かって疲れを癒されてはいかがでしょうか? きっと元気になりますぞ!」
「温泉ですかぁ~!」
「温泉」という言葉を聞き、ノエル声に元気が戻り表情も一際の輝きを見せる。
「まぁ、鉱山と温泉は縁深いものかもしれねぇが」
「先輩、温泉ですよっ! ノエルと混浴しちゃいます? ね、しちゃいます?」
「……しません。しかし、見たところ宿泊先は有名な高級宿のようですが、何故この宿泊券を自分達にくれるのでしょうか?」
訝しむアヤセの様子を更に面白がり、道化師は笑みを絶やさずあっけらかんと理由を答える。
「最近、住民の依頼を大量に受けられて『貢献度』を稼いでいるそうですね? タネを明かすと宿泊券は宿の女将から渡してくれって頼まれましてね。女将の弟が百足坑道の職長で、身内が世話になっているあなた方に日頃のお礼を兼ねて、是非宿を利用して欲しいそうです」
「職長の身内が?」
「ええ、職長もこのところ随分仕事がやり易くなったと言っていましたし、ここは好意に甘えるのも一興ですぞ!」
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―――翌朝。
「しかしこのゲームは細部にこだわるねぇ。温泉も本物と遜色ない心地だったぜ」
「見てください、ノエルのお肌を! 先輩が大好きなツルッツルッなお肌ですよぉ~!」
「はいはいそうですね。宿では女将からも情報収集できたし、それに何より料理や温泉も素晴らしかったから、いい気分転換になったな」
「そうだな。じゃあ、今日もやります、か」
昨晩満喫した温泉宿のことを話題にしつつ、ダンジョンに転移したアヤセ達は、同じ場所でいつもと変わらず監督作業に精を出しているNPCの職長に声をかけた。
「おはようございます職長。昨日は宿に泊めていただきありがとうございます」
「ああ、よく休めたかね?」
「はい、お陰様で」
「普段あんた達には世話になっているからな。ささやかな感謝のしるしだ」
百足坑道に出入りをするようになった当初は、アヤセ達に対してつっけんどんな態度を取るNPCもおり、職長もその一人だったのだが、発出されたクエストを受注するうちに打ち解けてこうして雑談を交わすような仲になっている。クエストの内容を確認した際、貢献度の存在意義が分からず(それは今でも変わらないが)、受注することに疑問を感じたのも事実だが、住民達からの信頼を多少なりとも得ることができたので、それだけでも受けた甲斐はあっただろうとアヤセは思った。
「それで、今日も依頼はあるのかい?」
「ああ、今朝はミシェルの依頼だけだ」
「ミシェル? あの親父さんまた弁当を忘れたのか」
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【クエスト(NPC(百足坑道))】
アイテムの配達
内容:アイテム「お父さんのお弁当」を第64番坑道の鉱山労働者に届けよ
報酬:貢献度+3、40ルピア、経験値20
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(いつもは、二十件近くある依頼が今日はこの一件だけか。何か妙だな)
依頼の件数の少なさから何かの兆候を感じ取るアヤセ。一方そんなアヤセのことを気にかけること無く職長は、当然三人が依頼を受けるものという体で、いち早く父親の弁当の配達クエストを毎日発出している十歳くらいの少女を手招きして呼び寄せた。
「おう、ミシェルの嬢ちゃん、今日も弁当を届ければいいんだな?」
ホレイショがすっかり顔馴染みになった少女に声をかけると、ミシェルと呼ばれた少女は朗らかに応じた。
「うん、お父さんいつもお昼を忘れちゃうからほんとうに困っちゃうの! いつもの場所にいると思うからおじさんお願い!」
「お、おじ……!」
「わかりましたぁ~。お姉ちゃん達に任せてね!」
「お父さんが朝出かける前に言っていたけど、そろそろ何かが出るかもしれないって。行くときは準備を忘れないでねっ!」
「……」
思わし気なミシェルの言動が気になったアヤセは、隣のホレイショに小声で尋ねる。
「今の自分達の『貢献度』はどのくらいあると思う?」
「さぁ? 途中で数えるのを止めちまったからよく分からねぇが、結構いってると思うぜ」
「自分も記憶している限り足し上げてみたが、ここ四日間の周回で八百は下らないと思う。おそらく数値を『超えた』のかもしれない」
「えっ? 『超えた』ってどういうことですかぁ~?」
「『飛竜の鱗』獲得の正解は、ゴキブリ退治の周回では無かったんだ」
「つまり『貢献度』を一定の数値まで溜めることが、このダンジョンの真の攻略法で目的のブツの入手手順だったとお前さんは言いたいんだな?」
ホレイショが導き出した推測にアヤセは頷き肯定を示す。
「全く、そうだと分かっていたら、ゴキブリのドロップアイテムの品質や価値の厳選なんて無駄なことをしなくて済んだのにな……」
「周回想定のダンジョン構造と何度も受注可能な依頼とのリンク性、それに謎の数値『貢献度』の存在……。『情けは人のためならず』なんて諺もあるが、今までの積み重ねに意味があったかどうかは、第六十四番坑道に答えがある。急いで向かうとしよう」
今まで強いられてきた停滞から転機の兆しが見えたことに、ホレイショとノエルも期待を高め、三人は意気揚々と第六十四番坑道を目指し坑道内へ足を踏み出す。
―――そして、その様子を一組のパーティーが窺っており、アヤセ達の移動に合わせて尾行を始めた。
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毎日弁当を忘れ、娘を困らせるミシェルの父親は、第六十四番坑道の掘削を担当する鉱山労働者である。この坑道は二択で言うところの「行き止まりの坑道」であり、さしたる鉱脈も無い上に、他の坑道よりモンスターの出現率が高い危険な場所であるにも関わらず、少なくない人数の鉱山労働者が作業に従事しており、アヤセも毎回弁当を届けに行くたびに不思議に感じていた。
第六十四番坑道の行き止まりに到着したアヤセは、早速、いつもこの場所にいるミシェルの父親に弁当を渡すため周囲を見回す。他の坑道と一線を画す天井高と坑道幅はここが鉱山という地下空間であることを忘れさせるくらいで、もしも、この空間で巨大なモンスターを向こうに回して、プレイヤー百人が参戦するレイドボス戦が行われたとしても窮屈に感じさせないだろう。こうして注意して観察すると、この坑道の特異さに改めて気付かされ、ミシェルと話した際に抱いた直感を信じさせる根拠になり得ると思った。
「おう、あんた達か。いつも弁当を持ってきてもらって済まないね」
探していた人物から都合よく声をかけてきたので、アヤセはミシェルから預かった弁当を手渡すためインベントリから取り出した。
「お届け物はこちらです。ミシェルさん呆れていましたよ」
「こりゃ、帰ったらまた小言を言われるなー。朝は忙しいし、今は大事な時期だから他のことがおろそかになっちまうんだよな!」
「大事な時期とは、何か特別な仕事があるのですか?」
雑談の流れで、ミシェルの父親が取り組んでいることについてそれとなく質問する。最もアヤセ自身は、相手が機密を簡単に話すことは無いだろうと思っていたが、意外にもミシェルの父親からあっさり答えが返ってきた。
「実は、この行き止まりの先に俺達が掘った穴以外の空洞がありそうなんだよ」
「空洞が? こんな地中にその様ものがあるなんて、それは妙ですね」
「だろう? もしかしたら『ル=ヴィルパンの抜け穴』かもしれないから気分も上がるってもんだぜ」
「『ル=ヴィルパン』? あの道化師の主人と同じ名前のような……」
「ああ、その道化師の主人だよ。十年前に百足坑道で行方不明になっちまってね。坑道全体くまなく探したのだが遺留品すら見つからないし、あの道化師もはっきりとしたことを言わないから色々な噂が当時立ったんだ。噂の一つに坑道のどこかに秘密の抜け穴を作ってそこを通って、山脈の向こう側へ行かれたというものがあって今でもそれが有力視されているんだ」
「抜け穴でしょうか? いくら何でも個人レベルでは規模が大きいような気がしますが」
「そうでもないんだな。ル=ヴィルパン様は著名な召喚士でね。かなり強力な召喚獣も召喚できたって言われるから、抜け穴の一つや二つくらいこさえるのだって、どうってこと無いだろうぜ」
(話しぶりから察するに、この後「ル=ヴィルパンの抜け穴」が出現する可能性が高いな。抜け穴の先には何があるのだろうか? それと一点気になることがある)
「道化師は街中で行方不明の主人が望む物を求めていますが、それが何なのか心当たりはないでしょうか?」
「さあな? 抜け穴は宝の隠し場所を兼ねているとも言われている。多分、そこにある主人の財宝かもしれないな」
「ちなみに、財宝があるかもしれないということを部外者の自分達に話して支障は無いのでしょうか?」
「まぁ、あんた達には今まで世話になっているから、そのくらい話してもいいだろう。少なくても黒髪の剣士共には教えるつもりは無いがね」
あまり見向きもされないクエストをこなして貢献度を稼ぎ、ついでにゴキブリ退治に勤しんだ結果、NPCや一部のプレイヤーに「物好きなゴキブリバスター」としてそこそこ名前が売れたアヤセ達だが、同様にエスメラルダ達もこの街で知らない者はいないほど名前が知られていた。最も、連中は悪い意味での知名度なのだが。
「まぁ、あいつらには絶対に関わらない方がいいよな。碌なことがねぇ」
「連中も随分と有名になったものだ。昨日も温泉宿の宿泊を拒否されていたくらいだし、一体何をしたらあれほど住民に嫌われるのだろうか?」
「おい、何をしている! やめろっ!!」
アヤセとホレイショがエスメラルダ達の悪評を話題にしていたところで、緊迫した声が坑道内に響き渡る。異変を感じ取り、事の重要性を察した三人と周囲のNPC達は、一斉にその方向へ駆け出す。
坑道の奥には新たに掘削された小さな穴が開いており、その横に鉱山労働者のNPCが昏倒しており、それを仲間達が介抱している。状況を確認するためミシェルの父親が声をかける。
「おい、一体どうしたんだ?」
「黒髪の奴等だ! あいつら俺達が掘りあてた穴に、止めるのも聞かずに入っていきやがった!」
「エスメラルダ達が!?」
アヤセ達が穴を覗き込むと同時に、大きな地鳴りが響き、坑道が揺れ始める。おそらくこれはイベントの開始合図だ。
「自分達が様子を見てきます。皆さんは不測の事態に備えて避難できるようにしておいてください!」
鉱山労働者達が了解の旨を返答するのを聞きつつ、アヤセ達は穴の中に飛び込む。穴は緩い登り坂の通路になっており、しばらく進むと開けた部屋のような場所に出た。
「お前ら!!」
ホレイショが部屋の中にいたエスメラルダ達を大声で咎める。部屋内には、アヤセ達が見慣れた設備が置かれており丁度、ルクレツィアがそれを作動させるところだった。
「坑道内で異変が起きています。この後大がかりな戦闘が起こる可能性が高いです! まだ多くのNPCが坑道に残されています。この状況で転移するのは早計です! 今すぐ戻ってください!」
アヤセが必死に戻るよう説得を試みるが、エスメラルダとルクレツィアは、その要請を嘲り笑って一蹴する。
「あなた達がNPCに媚びを売ってたどり着いたこの場所から、どこに行けるか楽しみです。きっとこの先には沢山のレアアイテムがあるでしょう。精々私達の後を追いかけて来なさい。残り屑くらいは置いたままにしておいてあげます」
「残念だったな。俺達が一番乗りだぜ!」
「ざまぁみろ!」
ルクレツィアに追従した、六人の男性プレイヤーが哄笑を浴びせつつ転移装置が作動し、その姿が透き通って消えていく。
だが、転移が進む中、不意に二つの人影が装置の効果範囲から飛び出してきた。
「二人共何をしているの!? 転移が始まっているのよ! 戻りなさいっ!」
ルクレツィアが飛び出したシアンとナーカを呼び戻そうとするが、二人はためらいなくそれを拒否した。
「この後戦闘があるのでしたら、それは転移装置を発動した私達のせいだと思います」
「私達は残ります。パーティーから外してください」
「……っ! あなた達、勝手にしなさい! そうやって死に戻ればいいわ!」
罵倒するルクレツィアと他の者達の姿が完全に消え、転移装置が停止して静かになるが、坑道の地鳴りと振動は収まるどころか更に大きくなり、今後に待ち受ける苦難を象徴するかのような揺れが伝わってきて不安を掻き立てる。状況が一刻の猶予も許されないものだということは十分理解できた。
「あの野郎共!! 今度見つけたらただじゃおかねぇ!」
「気持ちは分かるが今は目前の危機の対処だ。……お二人共、時間が無いので単刀直入に言います。自分達のパーティーに加入してください」
アヤセの後半の台詞は、シアンとナーカに向けて発せられたものであったが、二人はアヤセの要請を予想していたようで間髪入れず決然とした様子で言葉を返した。
「分かりました!」
「元よりパーティーを離脱したのも、そのつもりだったからです。よろしくお願いします!」
「この後、展開される戦闘は激しいものになるのが予想されます。……五人一丸になってこの危機を乗り越えましょう!」
アヤセの呼びかけに全員それぞれ気合十分に応じ、大急ぎで来た道を戻り始めた。




