106_百足坑道①
アヤセ達にもダンジョン転移の順番が回り、「百足坑道」へようやく入場することができた。
百足坑道に進入した直後に広がるのは、広大な空間だった。この空間は、名目上鉱山労働者や衛兵の休憩所兼備品置き場が設けられているようだが、プレイヤー達もダンジョン挑戦の最終準備を行うために利用しており、現に辺りはNPCが営業している売店でアイテムを買い求めたり、挑戦に際しそれぞれの役割をパーティー内で最終確認したりするプレイヤー達でごった返していた。
「さて、大分行列で待たされたがこれからが本番だな」
「最近になって、この鉱山で多種多様な鉱物素材が手に入ることが分かったから、挑戦するプレイヤーも日に日に増えているらしい。ただ、難易度も高めだから、準備が欠かせない。それを怠って小っ酷くやられる者達が後を絶たないと冒険者ギルドの職員が言っていたからな」
「まぁ、その準備もお前さんが整えてくれたからありがてぇぜ。それで、お使いは受けておくか?」
ホレイショが顔で方向を示した先には、複数人の鉱山労働者やその関係者らしきNPCが何やらプレイヤーに話しかけたそうに周辺をうろうろしていた。
「百足坑道」の特性の一つとして、ダンジョン限定のクエストが受注できる点がある。報酬自体はそれほど好条件という訳ではないが、探索中の片手間に達成できるものが多く、面倒くさがらずに受けておけば、副次的に得られるものが増えるメリットがあった。
「そうは言っても、クエストを受けている奴はあまりいねぇみたいだな」
「言い方が悪いが、クエストを受けるより坑道内で鉱石を掘った方が効率は良いからな。だが、何故ダンジョンの起点でプレイヤー頼みの依頼がこれほど発注されているのか、何かしらの理由があるのかもしれない。それに、発注主のNPC達はこの街の住民だ。何か困りごとがあって、自分達の力でそれが解決できるのであれば受ける価値もあるだろう。自分はクエストを受けようと思うが二人はどうだろうか?」
アヤセの提案に、いつものことだという顔をしたホレイショとノエルは異存を述べること無く同意を示す。そして、それを受け三人でNPCの話を聞きつつ、受注すべきクエストを吟味して回った。
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【クエスト(NPC(百足坑道))】
アイテムの納品
内容:アイテム「銅鉱石」を10個職長に納品する
報酬:貢献度+8、150ルピア、経験値50
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【クエスト(NPC(百足坑道))】
アイテムの配達
内容:アイテム「お父さんのお弁当」を第64番坑道の鉱山労働者に届けよ
報酬:貢献度+3、40ルピア、経験値20
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【クエスト(NPC(百足坑道))】
坑道調査
内容:第8番坑道の鉱脈を調べ、職長に報告する
報酬:貢献度+5、800ルピア、経験値20
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【クエスト(NPC(百足坑道))】
モンスターの駆除
内容:坑道を徘徊するモンスターを50匹討伐せよ(種類不問)
報酬:貢献度+15、1,200ルピア、経験値600
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この他にも多くのクエストがNPCから発注されており、結局アヤセは受けられるだけのクエストを受注した。
「先輩、たくさん受けましたねぇ~」
「気になる項目があってついつい多めに受注してしまった……」
「ああ、『貢献度』のことだな? これは普通、各職ギルドのランクを上げるための報酬で出てくるものだが、鉱山労働者達はギルド職員って訳じゃあねぇのに何でこんなのがあるんだ?」
「もしかしたら、貢献度が何かのイベントのトリガーになっているかもしれない。後付けの理由だけどクエストを受ける理由にはなるだろう。……多分」
「また先輩の人助けってことですね! ノエルはそれで良いと思います~。じゃあ、そろそろ行きましょう!」
「そうだな。これからは本格的なダンジョン攻略だ。油断せずに行こうぜ」
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(ご主人~、こっちは行き止まりなの~。何もないの~)
(了解。それでは反対側を進むね。御苦労様)
「……反応無し。空坑道だ」
「あいよ。第82番坑道は行き止まり、何も無し。第83番坑道を進めと……」
召喚したチーちゃんから念話での報告を受け、進むべく道を示すアヤセ。それを聞きホレイショは坑道の情報を手帳に書き記す。道中は散発する戦闘以外はこのような地道な作業を続けてきた。
アヤセ達が挑戦している「百足坑道」は、第一階層のみの単一構造のダンジョンである。この一帯は掘れば何かしらの鉱脈が見つかるため、手当たり次第に掘削を繰り返した結果、無軌道の広大な坑道が縦横に巡らされ、その様子が百足の足に例えられたことが名前の由来になっている。
事実、ダンジョン内の薄暗さや、どこに行っても代わり映えの無い風景が続くのも手伝い、方向感覚を失った挑戦者が迷子になり、衛兵や鉱山労働者の手を煩わせるケースが続出している。百足坑道が難度の高いダンジョンに分類される理由の一つがこの構造の複雑さにあった。
アヤセ達も当初、ダンジョンの仕掛けの術中にはまり、分岐のたびに進んでは引き返し、また進んでは引き返すということを繰り返していくうちに現在地を見失い、他のプレイヤー達と同じ轍を踏むところだったが、途中でチーちゃんを分岐の一方に飛ばし偵察を行わせる方法を思いつき、それを何度か行ううちに、ある法則性に気付いた。
その法則性とは、必ず分岐は二つしかないこと、そして、その分岐を進んだ先には新たな分岐か行き止まりしか無いということである(ただし行き止まりに到達するまでに相当の距離を歩かされるが)。
つまり、分岐は二択の繰り返しで、極端に言えば二択問題を正解し続けていれば、ダンジョン最奥に到達できることを意味している。更に親切なことに、各坑道には等間隔に坑道番号が記載された札が見えにくい場所ながらも掲げられており、この標識を見つけて現在位置を確認しつつ正解の坑道番号を記憶しておけば、周回だって格段楽に行えるようになっていた。
「最も行き止まりの坑道にも鉱石が採取できる鉱脈があったり、クエスト対象のNPCがいたりするので正解の坑道だけをチェックしておけば良いという訳ではない。だけどこの仕組みを知っているのと知らないのでは、攻略の難易度は雲泥の差だ」
「エスメラルダの奴らも行き止まりで見事に嵌っていやがったな。その隙に追い抜けたのは良かったぜ」
「ホントにチーちゃんのおかげで、探索もはかどりますね~!」
「まぁ、ダンジョンの構造が周回想定を思わせるところが何とも言えないが……。『飛竜の鱗』獲得のハードルは思っている以上に高いのかもしれない」
「取り敢えず受けたNPCの依頼も片付いたし、初回の探索としては上々じゃねぇか? 後はボスを倒して一度戻るとするか」
「ああ、それでボスなのだが……」
歯切れ悪く言葉を濁しつつ、アヤセはノエルに視線を向ける。
「何ですか~? そんなアツい視線を向けられたら困っちゃいますぅ~」
「……。それでボスなのだが、自分が事前に得た情報だと中々心臓に悪いモンスターらしい。特に女性は嫌悪感を持たずにはいられないそうだ」
「え~っ!? そうなんですかぁ~?」
「一応対策はしてあるので、ボス戦はホレイショと自分で対処できる。できればノエルはボスエリアの前で待っていてもらった方が良いと思っているが……」
「そんなぁ、大丈夫ですよぉ。ノエル、先輩と一緒でしたら怖くなんてありません~!」
「本当にそれでいいのか?」
「いいですぅ~。ノエルに二言はありませんっ!」
「そうか……。後悔はしないようにな」
アヤセの心配をよそに、ノエルがやる気を見せたのでこの話は自然に切り上げられ、三人は坑道の残りの道程を進むことに専念するのだった。
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=パーティーアナウンス=
ボスエリアに侵入。エリア内からの離脱ができません。
ダンジョン最奥に到達したアヤセ達は、そのままボスに挑む。
三人は臨戦態勢で敵が実態を現わすのを待つが、次第に形作られる輪郭に嫌な予感がよぎる。
「おい、ま、まさか……!」
====鑑定結果====
名前 ゴールデン・ファット・コックローチ
レベル 23
職業 モンスター(昆虫型)
HP 1,300
MP 74
装備
武器 なし
頭 なし
外体 なし
内体 なし
脚 なし
靴 なし
装飾品 なし
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「やっぱりゴキブリかぁーっ! 悪い方に予感が的中しちまったぜ!!」
「『ボスは不快害虫』と聞いていたが、まさかその代表格とは……。洞窟内だからクモかナメクジかと思っていたが甘かった!」
暗い洞窟内で、ギラギラ輝く体長五メートルくらいのまるまる太ったゴキブリを目の当たりにして、アヤセとホレイショはその遭遇に戦慄を覚える。このダンジョンの難易度が高いと言われているもう一つの理由は、不快害虫のトップに君臨するボスと戦わなければならない点だったのだ!
「ダメな奴はとことんダメだろうよ。こんなのと戦うのなんざ!」
「これが高難度ダンジョンと呼ばれる所以なんて、運営は何を考えている? ところでノエルは? ノエル、大丈夫か!?」
黄金ゴキブリが三人の目の前に現れてから、やけに静かになったノエルに気付いて後ろを振り向くと、彼女は真っ青な顔をして地面にへたり込んでいた。
「あ、あわわわわっ! おっきなゴキブリさんが……!」
「だから外で待っていろと言ったのに! 立てるか?」
動揺したノエルは首を横に振るのみである。その状態を認識したアヤセは、プリスの両袖を伸ばし、優しく包み込むようにノエルを抱えホレイショに預けた。
「おっと、今日のノエル嬢はまるで大きな子供だな」
「害虫駆除は自分がやる。ホレイショはノエルを頼む」
「分かった。気を付けろよ!」
ノエルがホレイショと共に後方に下がると同時に、アヤセは黄金ゴキブリの気を引くため前へ駆け出しながら、途中で採取したくず鉱石をプリスの袖で投擲する(鉱山内は火気厳禁のため、火打石で火薬に着火させるピストルや火気兵器そのものの焙烙玉は使用できない)。
鉱石が命中した敵は案の定、アヤセの陽動にかかり、ガサガサと鳥肌が立つ音をたてて高速でアヤセ迫ってきた。
(まずは敵の動きを封じる!)
大きな顎で噛み付こうと突っ込んでくる黄金ゴキブリの目前に「釘粘土」を放出し、それを踏み抜かせる。敵の機動は釘粘土の効果でアヤセに到達するまでに格段に落ち、アヤセはその突進を難なく避けた。
一方で黄金ゴキブリも初撃を躱したとはいえ、アヤセが自身の間合いにいることを鋭敏に察知し、良くしなう二本の触角を振りつけてくる。これくらいの体長の虫となると触角も鋼鉄ワイヤーさながらであり、当たると相応のダメージを覚悟しなければならない。しかし、アヤセはその動きがよく見えていた。
(遅いっ!)
自身の胴体をばらばらにする意思で振りつけられた触角を、アヤセはプリスの両袖を用い一本ずつ落ち着いて弾き返し着実にジャストガードした。そしてすかさず、ガードの反動でよろめき、重心が浮いた黄金ゴキブリの前脚をプリスの袖で絡めとり、強引にひっくり返す。空中で仰向けにされた黄金ゴキブリの巨体は、きれいな半円を描いて地面に叩きつけられた。
ゴキブリの生命力を象徴するかのような極端に高いHPのせいで衝撃によるダメージ程度では、かすり傷にすらならない。ただし、ゴキブリの特性で一度ひっくり返ると自身の力では中々起き上がることができず、追い打ちをかける大きな隙を作りだすことができた。
(これで終わらせてやる。とっておきの秘密兵器だ!)
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【アイテム・素材(食料品)】オリーブオイル 品質2 価値2 重量1
生産者:アヤセ
特殊効果:ハンドメイド品(転売ロックON)
ポテンシャル(1)…新鮮食材(小)(飲料として飲むことができる)
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インベントリから勢いよく放出された大量の液体が黄金ゴキブリの全身に降り注がれる。
この油は、ゲンベエ師匠関連のクエストで得た「オリーブオイル」のレシピにて作成したものである。先に訪れたトロワーヌ公国において、たたき売りに近い状態でオリーブが売られていたため、錬金術(と料理)の技能レベルを上げるため、これをありったけ買い集め、作成したものがアヤセのインベントリスペースを占有していた。
「これは余剰品の有効活用に入るかもしれない」
「そうかもしれねぇが……。しかしまぁ、油なんぞぶっかけてどうするつもりなんだ? この坑道は火気厳禁だから火をつけて燃やす訳にはいかねぇだろう?」
ノエルを安全な後方に移したホレイショが、アヤセの横に立ちつつ疑問を述べるものの、本人には考えがあるようで、特に懸念を示す様子は見せなかった。
「念を入れて多めに油をかけたから大丈夫だろう。そのうち効果が出てくるはずだ」
アヤセが言うように、程なくして仰向けのけぞっている黄金ゴキブリに変化が見られ、苦しそうにもがき始める。しばらく脚を痙攣させていたがやがて動きが止まり、そのまま動かなくなった。
=パーティーアナウンス=
エリアボス「ゴールデン・ファット・コックローチ」を撃破しました。報酬がインベントリに格納されます。
「これで終わりか!?」
「昆虫類は気門という器官で呼吸を行っているが、油をかけると気門の周りの毛が穴を塞いで呼吸ができなくなる。仕組みは現実世界でも同じだ」
「そう言えば、ゴキブリには同じ原理で食器用洗剤も有効だと聞いたことがあるが……。ゲームの世界でもそれが通用するとは思いもしなかったぜ」
「攻略法は全くもって単純だ。運営のリアル志向には頭が下がるが、ただまぁ、ゴキブリはハードルが高いな……。プレイヤーの中には、精神衛生上の難敵とも言えるこのボスと、どうしても戦うことができないという者も出てくるのではないだろうか?」
「まぁー、そうかもだぜ」
アヤセの害虫駆除の対策が功を奏し、色々な意味での強敵の撃破に無事成功した。
だが、ダンジョンボス撃破の達成感を得ること無く、アヤセとホレイショは今後、他のプレイヤー達がたどることが予想される苦難の道と、このような敵を用意する運営の神経への疑念を抱かずにはいられなかった。




