104_王都帰還
トロワーヌ公国でのダンジョン挑戦を終えたアヤセは王都に帰還した。
当該国では「タマモの思念」の召喚に必要なアイテムの入手に成功し、召喚に一歩近付いた実りあるものだった一方で、エスメラルダ達との禍根という不安材料が新たに生まれた。
現在アヤセは、今回王都に留まっていたマリーに対し、一連の経緯を報告するためその居室を訪ねている。
例の如く彼女のテイムモンスターである亀のターちゃんを膝上に乗せつつ、アヤセが話すあいだマリーは真剣な表情でじっと耳を傾けていた。
「トロワーヌ公国でそんなことがあったのですね……」
「一言でいえば相手の首魁、エスメラルダは善悪の区別がつかない危険な思考で動く人物です。そのような人間との関りを強いられていたノエルは、現実世界で色々と苦労をしていたようです。それで、エスメラルダ達は何故か自分と同じ目的を持って行動しているようですので、今後もどこかで遭遇する可能性が高いです。本人はその件の整理がついたと言っていましたが、ノエルが今後トラブルに遭わないよう、少なくてもゲームの中だけでも様子を見守る必要があります」
「『契約の器+』の強化がアヤセさんの目的でしたよね? 何であの人達が同じ目的を持っているのでしょうね? まー、私もノエルちゃんに何か変化がないかを気にかけたいと思います」
「女性同士、自分に気付かないことがあるかもしれませんので、マリーさんの気遣いが心強いです。しかし、『ノエルちゃん』だなんて、いつの間にノエルと仲良くなったのですか?」
「顕彰式に同行してもらったときからでしょうか。アヤセさんの代わりに同行してくれて本当に助かりました」
「……」
「……要注意人物リストへの記載はまだ解除されないのでしょうか?」
「はい。さすがに自分自身でもまだ早いだろうと思っています」
「そうですか。アヤセさんに限ってそんなことは無いと思いますが、何かあったらブラックリストに登録されちゃいますから、気を付けてくださいね。アヤセさんがいなくなるなんてそんなのは悲しすぎますから」
「ええ、行動には注意しています。ブラックリスト入りなんて御免被りたいですからね」
マリーは不安な素振りを見せるが、本人から直にゲームの継続の意思を聞けたことにより、幾分気持ちが和らいだようだった。
「アヤセさんからその言葉が聞けて良かったです。それで、今度の行先は『ドゥ=パラース公国』ですね」
「はい、ホレイショとノエルの都合がつき次第出発しようと思います。先日も聞きましたがマリーさんはやはり王都で引き続き物件探しをされますよね?」
「クランハウスの候補になりそうな物件が何件かありますので、それを内見してみようと思っています。せっかく誘ってくれたのに一緒に行けなくてごめんなさい」
「いえ、こちらも急なお誘いで済みません。物件は決まりそうですか?」
「まだ検討中ですけど、もう少し決め手になりそうなものが欲しいなって思っています。後でアヤセさんやホレイショさんにも意見を聞こうと思いますが、おススメがあれば教えてくださいね」
「分かりました。候補になりそうな物件を見聞きしたらお知らせします」
クランハウスは、先日の顕彰式で授与された「陳情書」を利用することで獲得しようとマリーは考えているようだが、この「陳情書」は一枚しかないためクラン設立のもう一つの必要用件である設立費用四百万ルピアを自力で集める必要がある(最も陳情書は現物支給が原則で、現金そのものを要求することできず、設立費用の捻出はこの手段に頼れない)。しかし彼女はその大金をそれほど遠くない未来に集める算段が立ったようで、そのペースはアヤセの予想をはるかに上回っており、その仕事ぶりに驚かされるばかりだ。
「この短期間でよくあれだけのルピアを集められましたね。今更ですが自分が出会った裁縫師は、稀代の才能の持ち主だったようです」
「またまたー。売れ行きが好調なのは、アヤセさんにポテンシャルを付与してもらっているのが大きな理由ですからね」
「まぁ、自分も手数料によって安定した収入を得られますから助かっています。あと、マリーさんの仕立てた服がオンラインショップで出回るようになったせいか、最近は街中を歩いていても、深緑装備の出所を聞き出そうと絡まれることが無くなりました」
「認知度も少しずつ上がっているようで良かったです。ここまで来られたのも私とアヤセさんの二人三脚でやってきたからですよ。ですから、これからも『パートナー』としてよろしくお願いしますね!」
「ええ、まだまだ自分にはお役に立てることがありそうですね。こちらこそよろしくお願いします」
「役に立つ、立たないではなく……、私はアヤセさんじゃなきゃ絶対ダメなんです」
「なんかぁ~、ふたりともイイ雰囲気じゃないですかぁ?」
リビングのドアが勢いよく開けられ、同時にむくれた顔の若い女性が入ってくる。マリーは女性の乱入によって、アヤセとの時間を分断されたことを少し残念に思ったようで、やや皮肉めいた口調で応じた。
「あら、ノエルちゃん、お早い着替えね。もっとゆっくり試着すればいいのに」
「先輩とマリー先輩を二人きりにさせる訳にはいかないですよぉ~」
「別にマリーさんとの間に会話が途切れて気まずくなることは無いのだが……」
「も~、そ~じゃなくて! まぁ~、それは置いておいて、ど~ですかこれ! ノエルに似合っていますか~?」
新調された服に身を包んだノエルは、その場で一回りしてポーズを決めて見せる。それを見てマリーのテイムモンスター達がノエルの元に集まり、褒めるためであろうか痛がるノエルお構いなしに足を勢いよくバシバシ叩いた。
今回、アヤセに合わせてノエルもマリーの居室を訪問した理由は、オーダーメイドをしていた服の受領のためである。
戦争イベント「ラタス湿原地帯の戦い」における顕彰式の同行者をマリーが探していた折に運営に強制召還されたアヤセに代わり、ノエルが手を挙げ同行を申し出て、その役割を見事に果たしたのであるが、マリーはノエルの同行に対する返礼として、顕彰式に出席する際に着用したドレスの他、防具使いができる装備品一式の仕立てを約束していた。そしてそれが完成し、この度引き渡すことになり、ノエルは別室で試着を行っていたのである。
「うん、仕立てた自分が言うのもなんだけども、とっても似合っているわ!」
「ありがとうございますぅ。先輩はど~ですか?」
「ノエルの魔法使いとしての魅力が十分に引き出される装備品だと思う」
(装備品の見栄えもそうだが、材料にトカゲの皮と鱗を多用した結果、防御力も底上げされているし、他の性能も良さそうだ。強力なポテンシャルを後で付与すれば更に盤石になるな)
アヤセは、ノエルの職業と装備品の性能が見事に適合しており、その実力が最大限引き出されるだろうという意味合いで発言したのだが、一方でノエルは自身の見た目が服により引き立てられ、アヤセがそれを褒めていると勘違いし、満面の笑みを浮かべた。
「先輩に褒められちゃいました~。嬉しいですぅ~」
「ところで、ブラウスは引き続き着用するのだろうか?」
「はいっ! モチロンです!」
「元々、ブラウスメインのコーディネートをオーダーしていましたから、これが無いと始まらないというかたちだったんです。それにしてもエスメラルダさんとルクレツィアさんは、人の大事なものを取り上げるなんてひどいですね! アヤセさんが取り返してくれて本当に良かったと思います」
「エスメラルダの目的はブラウスそのものではなく、ノエルに対する嫌がらせですから、向こうも燕の巣が確実に手に入るのであるならば、手放すのを躊躇う必要が無かったのでしょう。足元を見られず取り返せたのは幸運でした」
「それでも相手からブラウスを出させたことは凄いです。私も他人に大事なものを取り上げられたことがありますから、ノエルちゃんの悲しい気持ちがよく分かります。ノエルちゃんはアヤセさんにとても感謝していると思いますよ」
「そ~ですぅ! 先輩がブラウスをエスメラルダさんから取り戻してくれて、本当に、本当に、ノエル嬉しかったんですよ! それに、素材も提供してくれてありがとうございますっ!」
「それは、自分の不在時にノエルが顕彰式に同行してくれた自分なりの感謝の気持ちだ。ノエルが満足してくれて良かった。後ほどポテンシャルも付与しよう」
「本当ですかぁ~? 可愛がってくれる優しい先輩がいて、ノエル幸せですぅ~!」
「最も、トカゲからドロップした素材は無くなってしまったので、これ以上は何もしてやれないけど」
「じゃあ、先輩の愛をくださ~い」
「残念ながら、愛の力で装備品は強化されない」
「……」
御機嫌を損ねた素振りを見せるマリーの傍らで、ノエルのコーディネートを頭からつま先までアヤセは一通り観察する。★6や5の素材をふんだんに使ったノエルの出で立ちは、頭にはリボン付きのシルクハット状のミニハットをななめ掛けにとり付け、上半身は袖のゆったりしたボレロ風の短い上着とフリルブラウス、下半身はレザー製のコルセットと一体化した丈の短いパンプキンパンツ、脚は大腿部で折り返した同じくレザー製のロングブーツを履き、そして装飾品は指出し手袋に、アヤセの装備品の一つである「軽騎兵のサーベルタッシュ」によく似たカバンを肩から下げていた。色合いは帽子とカバンの黒と手袋の赤、ブラウスの白以外は、全て明るい茶系統で統一されている。頭髪色のオレンジブラウンとノエル本人の活発なイメージに合わせたのだろうか、総じて動きやすそうな格好だった。
「ファッションのことはよく分かりませんが、クラシックなデザインが少し入っている気がします」
「全体的にスチームパンク風にまとめています。ノエルちゃんは身長も高めですし、何よりスタイルも良いですから、ボディラインが出るような服でも難なく着こなせます。……アヤセさんも、スタイルが良い子が好みですか?」
「……。嫌いではありません。しかし、その点が必要以上に強調されたり、アピールが過ぎたりするのは苦手です」
「私は現実世界でも幼児体型でスタイルが良くありません。正直ノエルちゃんが羨ましいと思うことがあります」
「人は見かけではありません。マリーさんの魅力は他にも沢山あります」
「でも、スタイルの良い子が嫌いではないのですよね?」
「……」
「下心があって素材を貢いで、セクハラって言われないように気を付けてくださいね」
「……。下心で素材を提供した訳ではありませんが、ノエルにセクハラって言われないように気を付けます」
マリーの誤解が含まれる忠告に弁解も考えたが、この状態の彼女に対して行ったところでその効果が薄いということはアヤセも経験から学んでいた。ここで有効な手段は話題の転換である。
「話が変わりますが、折り入ってマリーさんにお願いがありまます」
「アヤセさんが私にお願いを? 珍しいですね。でも、アヤセさんの力になれるのでしたら何でも言ってくださいね!」
「実は、自分にもオーダーメイドを依頼させていただきたいのです」
「オーダーメイドを? 深緑装備に何か不備でもありましたか? そうでしたら新調よりも修理の方がいいと思いますが……」
「いえ、自分の装備品ではなく、他の者の分です。できましたら一式二人分をお願いします」
「えっ、二人分?」
「はい。例のヴァロア家の……」
「ヴァロア家? ……あー」
「以前、二人のうち一人とダンジョンに挑戦した際に、低難易度ながら非常に苦労した経験がありまして……。NPCには死に戻りの仕組みがありませんし、本人のレベルも低くしかも装備品にも恵まれず、中々気を使いますので、レベリングや装備品を充実させることが重要です。勿論、素材持ち込みで代金は前払いします。クラン設立前の多忙な時期とは思いますが、どうかお願いします」
「そういうことでしたら少し時間がかかるかもしれませんがやりましょう! 私とアヤセさんの仲ですから遠慮なんてはいりませんよ」
先ほどはアヤセに軽い皮肉をぶつけたマリーであるが、当人が困っていることがあれば力になりたいという気持ちは変わりないので、その話を応諾する。一方で良い返事をもらったアヤセは、本当にありがたいとばかりに頭を下げて感謝を表した。
「ありがとうございます! それでは素材を集めたら再度本人達を連れて伺いますのでその際はよろしくお願いします」
「素材のあてはあるのでしょうか」
「まぁ、基本はトカゲのドロップ品です。ドゥ=パラース公国の用事が済んだら直接ラタスに向かいまして、その際に収集を行うつもりです」
「そうなりますと、もう少し先になりそうでしょうか? 分かりました。採寸は素材を持ち込んだ時に一緒にやっちゃいましょう」
こうしてアヤセの依頼を二つ返事で快諾するマリー。しかし、彼女はアヤセから説明されたオーダーメイドの対象である「ヴァロア家の二人」の詳細の確認を怠ったのを後日悔やむことになる。
勿論、その二人とはマルグリットとルネのことであるが、特にマルグリットの服を仕立てたことにより、アヤセと彼女との仲がより深くなるきっかけを自身が作ってしまうとは、今の時点で当の本人も気付かなかった。




