99_千本松原海岸洞①
アヤセとホレイショは、憤然とした思いを抱え酒場からポールトロワーヌの街へ飛び出す。
アヤセが新鮮な外の空気を吸って、平静を取り戻そうと深呼吸をしていた傍らでホレイショが溜めに溜めた怒りを爆発させた。
「しかし、最近のガキ共ときたら、まぁー、あんなに傲慢なのかねっ!」
「それは人にもよるだろう。取り分けあの四人が異質なだけだ。……多分」
「ノエル嬢は、どうしてあんな奴らとつるんでいるんだろうな? 普通だったらあんな仕打ちを受けたら我慢なんてできねぇだろうに!」
「ノエルは確か二十歳になったばかりと言っていたが」
「そうなると、大学生? ……学生か? 仮にそうだとしたら、あの五人は同じ学校の同級生とかかもだぜ」
「女五人の仲良しグループ、か。最も実情はそんなものでは無いだろうけど」
「ああ、そうだな」
「以前新聞の記事か何かで見た記憶があるが、大学は高校まであったクラスの枠が無くなり、色々と開放されて自由になるものの、自由になった分、友人関係の構築が逆に限定的になるという側面があるらしい。広いキャンパスに何千人もの学生がいるのに、知り合いが十人もいないなんてこともざらにあるそうだ」
「俺の大学では学科で寝食を共にする長期間の実習があったりしたから、そんなことは無かったが……」
「自分も部活動で、他部も含めて縦と横に関係を築けたし、連盟幹事会を通じて他校の幹事とも交流があったけれども、もし部に所属していなかったら、やはり交友関係は限られていたと思う」
「狭い人間関係の中だと何かトラブルがあってもそう簡単に離れることができねぇのか。ま、実際はどんな関係かは分からんから、後で本人に聞いた方がよさそうだな。しかしさっき相棒も言ったが、あの五人は本当に異質なグループだぜ」
「全く、精神衛生上、健全とは言えない関係だ」
「それで、やっぱり連中のボスはエスメラルダだよな?」
「ああ、自分もそう感じた。あのグループの主導権はエスメラルダが握っている。ルクレツィアと他の二人は、ボスの感情を敏感に酌み取って発言しているに過ぎない」
「咳払いしたり、ジョッキに口をつけたり、髪をいじったりする動作が目立ったがあれが合図だろうな。自分が言いたくないことをルクレツィアに忖度させて言わせているという寸法か」
「もしかしたら、ルクレツィアの気性を利用して『可憐な親友』を守るように仕向けているのかもしれない。そうだとしたら、彼女は自分自身がエスメラルダの意のままに動かされていることに気付いてもいないだろう」
「そりゃ、ますます質の悪い話だぜ!」
「一体どうしたらこんな関係になるのだろうか? 自分には理解できない」
「さぁな。分かりたくもねぇが、案外エスメラルダはいいところのお嬢とかかもしれねぇな。ルクレツィアやノエル嬢はその取り巻きってやつだ」
「令和の時代にもなって、そのようなことが未だにあるのか? とにかく、ノエルがあんな連中と行動を共にしていることが問題だ。部外者が口を出すなと言われたけどノエルが望むなら力になりたいところだが」
「ああ、そうだな。元々目的のあった『千本松原海岸洞』に潜る理由が更にできたぜ」
「できれば五人がダンジョンに入った後を尾行て動向を監視したいな。不測の事態が起こった際、連中がノエルを捨て石にするのは目に見えている」
「同感だ。ノエル嬢をそんな目に絶対に遭わせる訳にはいかねぇよな。奴らに先んじるために情報収集は念入りにする必要がありそうだぜ」
「情報収集か。そうなると情報の仕入れ先は……」
アヤセの問いかけにホレイショは、お猪口を口に運ぶ動作で答えを示す。
「この店以外に飲める場所があるのか?」
「ああ、お前さんが乗合馬車で寝ているときに同乗した客から情報を色々仕入れておいたぜ」
「それは用意がいいな」
「だろ?」
二人はニヤリと笑い合う。
「『善は急げ』、か。今日は少し飲みたい気分だ」
「おっ、珍しいな。だが、情報収集も忘れなさんなよ」
「分かっている。だが、ノエルに対する不当な扱いを見せつけられたのは非常に不愉快だし、あと、ルクレツィアに居合を馬鹿にされたことも頭にきている。はっきり言えば段位でマウントを取ろうとする人間なんて碌な奴じゃない」
「ははっ! あの場では随分冷静だと思っていたがやっぱり腹が立っていたか。安心したぜ。お前さんも人間だということだな」
「……」
「ところで、相棒は居合道何段なんだ?」
「自分より段位の低い者がいるときに、例え他の武道だとしても自分の口から言うと自慢に聞こえるかもしれないから、どうしても必要なとき以外は言わないようにしている」
「要するに参段より上という訳か。そんなことも知らずにいい気になっている『井の中の蛙』は滑稽だな。……じゃあ、気分を晴らすため、早く飲みに行くか!」
こうしてアヤセとホレイショは、暗くなりつつあるポールトロワーヌの雑踏の中へ姿を消したのだった。
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―――翌日―――
今回アヤセとホレイショが挑戦するダンジョン「千本松原海岸洞」は、首都ポールトロワーヌからほど近い海岸地帯に所在している。
今まではクリア報酬の実入りも期待できない、訪れる者もほとんどいない魅力に薄いダンジョンだったが、世界の海を股にかけ暴れ回った大海賊の財宝が隠されているという噂がこのところ立ち始め、一攫千金を目論むプレイヤーが集まり、賑わいを見せるようになっていた。
「ま、これだけ広いと財宝も簡単に見つけられねぇだろうけどな」
そう言いながらホレイショは周囲をぐるりと見渡す。ダンジョンフィールドでは、ダンジョンの名前の由来になった立派な松の防風林に海水浴場のようなきれいに整備された白い砂浜、それに遠浅の海の上まで(どこから持ってきたのか分からないが小舟まで浮かべて熱心に海底を覗いている)、至るところで大小様々な集団のプレイヤーが宝探しに没頭していた。
「最も、活気があるのは、海賊の財宝が隠されていると言われる第一階層と第二階層だけだ。その財宝にしたって、量や価値が不明な以上、どこから何が出てきても不思議ではない。『価値の低い空瓶や長靴が実は隠された財宝でした』というオチだってあるかもしれないのだから」
「千本松原海岸洞」は、一階層目は現在アヤセ達がいる砂浜、二階層目は海岸洞窟、三階層目は断崖絶壁の崖上という三階層で構成されている。海岸洞窟が地下に潜るタイプではなく崖上に登るための経路になっており、ダンジョンが周辺の広大な海岸地帯一帯を包括しているのが特徴的だった。
「他のプレイヤー達のことは置いておいて、自分達は自分達の目的を果たすのみだ。それにノエルのことも気になる」
「お前さんのメージロからも発見の報告が来ないとなれば、ノエル嬢たちはもうこの砂浜にはいねぇだろうぜ。向こうは入場時のラッシュに巻き込まれなかったのか?」
「まさかダンジョンに開場時間が設定されていて、おまけに入場整理券まで事前に必要だとは思わなかった。全く、海水浴場でも無いだろうに……!」
「海賊の財宝関連で訪れるプレイヤーが殺到しているから、サーバーが落ちないように調整しているかもだぜ」
「とにかく、このまま松の防風林に沿って南に進めば第二階層の入口だ。第一階層にはさしたる用も無いし、先を急ぐとしよう」
「あのぉ、旦那方、ちょっとよろしいですかい?」
今後の方針を話し合う二人に松の木の陰から人影がひょっこり現れ、声をかけてくる。
「……! 半魚人かっ!」
アヤセとホレイショは素早く長弓とラッパ銃を構える。それに対し、人影は慌てた様子で、自身に向けられた武器を下ろすよう求めてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、旦那方! あっしはモンスターではありません。 悪いサハギンじゃねぇです!」
このダンジョンには「サハギン」という頭部が魚で体躯が鱗に覆われた二足歩行する半魚人型のモンスターが出現する。得物の銛や三又の槍で他種族を見つけたら問答無用に襲い掛かってくる習性から、コミュニケーションを取るのは不可能でありプレイヤーの討伐対象として扱われているが、これによく似た「魚人」という種族が存在する。
魚人はキャラメイク時における種族選択の際に、獣人のカテゴリーの中に含まれ、プレイヤーも選択できる種族であり、また、NPCの魚人も他の種族と交流をしながら実際に大陸各地で生活している。
魚人は見た目から想像できるとおり、海や河川等の水場の周辺が生活域で、海岸地帯の一角がダンジョンに含まれる「千本松原海岸洞」の第一階層でも集落を形成している。時折ダンジョンを訪れる者に、漁獲した海産物の他、砂浜や海底で拾ったガラクタ類と生活用品の物々交換を持ちかけてくるので、おそらく目の前にいる魚人もそういった目的でアヤセ達に接触してきたのだと想像できた。
「おっと、魚人か。こいつは済まねぇな」
アヤセとホレイショは相手が敵ではないことを認め、構えていた弓と銃をインベントリに収納する。それを受け魚人は落ち着きを取り戻したようだった。
「い、いえ、あっしも突然声をかけて済みません」
「それで、自分達に何か?」
「あ、はい、旦那方、海賊の財宝に興味、ありやせん?」
「いいえ、ありません」
「なっ、即答っ!? 今ここに来ている冒険者って言えば財宝狙いの人達ばかりなのに? 違うと言うんですかい?」
「ええ、自分達の目的は他にあります」
「俺達に何か情報でも売ろうって考えているなら、他を当たんな」
「そ、そんな……」
アヤセのにべもない返答に魚人はがっくり肩を落とすものの、それにめげずに再度売り込みをかけてくる。
「実はですね、財宝の隠し場所らしき入江を見つけやして、少しルピアを用立ててくれれば、御案内いたしやすぜ。あっしはそこが本命だと思っていますがね」
「胡散くせぇ情報は他で売れって言ったよな? あっちに行きな」
「そ、そこを何とか! 話だけでもっ!」
「話の主旨が変わってきているぞ。いい加減にしろよな!」
「済みませんが、こちらは人探しやら素材探しで忙しいので財宝の話は、別の人に向けてみてください」
「まぁ、ダメ元で一応ノエル嬢達のことを聞いてみるか? お前さん女五人組のパーティーを見ちゃいねぇか?」
「主なメンバーにエルフの魔法使いと黒髪の剣士、あとエメラルドグリーンの縦巻髪が特徴の重戦士がいるパーティーです」
「えっと、それはもしかしたら……」
心当たりがありそうな素振りを見せる魚人に対し、アヤセが再度尋ねる。
「御存知なのですね?」
「へい。あっしが先ほど案内した冒険者のパーティーに、そんな人達がおりましたぜ」
「本当か? それで連中はどこへ行ったんだ? 教えてくれたら礼ははずむぞ」
謝礼の話がホレイショから出て、魚人の顔がぱっと明るくなる。
「じゃ、あっしが行先まで案内しやす。お礼の話は道々させていただくってことで」
「それで構いません。なるべく会敵を避け、最短で現地に向かえるようにお願いします」
「合点でぇ。あっしの名前はギードと言いやす。以後お見知りおきを」
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魚人ことギードの案内に従い、二人が到着した場所はごつごつした岩場が広がる小さな入江だった。第一階層の南東部の端に位置するこの入江は、第二階層の海岸洞窟の入り口とは遠く離れており、上の階層を目指すプレイヤー達はこの場所に近寄ることはまず無いだろう。入江自体も自然の造形のせいで遠目からでは発見しづらく、精巧に隠されていることから、ギードの案内が無ければその存在に気付かなかったかもしれない。
「これなら、そこそこの大きさの船でも四、五隻くらい簡単に隠せそうだな。海賊船や密輸船が当局の哨戒艦をやり過ごすには都合が良さそうだぜ」
「ここの入江の奥は海岸洞窟でさぁ。洞窟の途中で第二階層になりやすのでモンスターには気を付けてくだせぇ」
「第二階層は凶暴化した半魚人や暗闇の行動に慣れた蟹型モンスター等がいますから注意が必要ですね」
「あっしも奥まで進んだことが無いので分かりやせんが、その先が物資の集積場のようになっていて、そこにお宝があるんじゃないかと言われていますぜ」
「ノエル達はここから第二階層に進んだのか……」
果たしてノエルは無事なのだろうか。崖の裂け目のようにぽっかりと穴をあける暗い洞窟の入口を見ていたら、彼女の身が案じられ気持ちが逸る。
「とにかく急ぎましょう。ここでペースを上げれば、追い付くかもしれません」
二人は用意してきたカンテラを取り出し、火を入れる。ギードもまた同様に持参していたランプに手早く点火して先導のため前に立った。
洞窟に進入し、しばらく湿気がこもる洞内を三人は黙って進んでいたが、アヤセがギードに尋ねる。
「そろそろ第二階層でしょうか?」
「これだけ進んだからもうすぐ境目かと。でもまぁ、後の道筋は一本道でボスがいるだけでありやすが」
「ボスだと?」
「へい、『地走り大ハンミョウ』というモンスターでやす」
「ああ、戦争イベントのとき帝国軍の奇襲部隊にいた、あのデカい虫か」
「本来のルートのフロアボスも同じですから、やはりボスを倒さないと上層に行けないようですね」
「地走り大ハンミョウ」は脚の早い昆虫型モンスターで、どんな獲物でも噛みちぎる発達した大顎に、高い跳躍力と並外れた走力を生み出す脚を持っている。ホレイショが先ほど述べたとおり、先の戦争イベントにおいて帝国軍の奇襲部隊にも編入されていたモンスターであり、その高い機動性で第一階層の砂浜を駆け回り相手を翻弄する行動パターンは厄介この上なく、苦戦を強いられるプレイヤーが続出していた。
「戦争イベントのときは、マリー嬢のバフや士気の影響であっさり倒されていたが、一応強力なモンスターに入るから撃破には難儀しそうだぜ」
「……! 噂をすればと何とやらか。検知にかかった。数は七!」
アヤセが敵の発見を小声で告げる。それと同時に限られた視界の洞窟内で、遠くからカサカサと動き回る音やきちきちと顎をかみ鳴らす不気味な音が伝わってきた。
「まだ敵はこちらに気付いていない。この通路より少し広い程度の狭い場所に固まって『まとめて狙ってください』と言わんばかりだ。……一気に片付ける!」
そう言いながら、アヤセは「黒雨の長弓」をインベントリから放出し、矢をつがえる。ホレイショもまたギードを手振りで下がらせ、散弾を装填したラッパ銃を構えた。
=パーティーアナウンス=
アヤセがスキル【連撃速射】を発動
長弓から放たれた無数の矢が、狭い洞窟内の通路を高速で駆け抜ける! 完全に不意を衝かれたハンミョウ達は、飛来する矢全てをその身で受けるほか無い。ホレイショが撃った散弾も合わさり、被弾した敵は次々にテクスチャを散りばめ消滅していった。
アヤセは長弓をインベントリに収納し、刀の鯉口を切り、一気に駆け出す。生き残りは二匹。狭い洞窟内では、ハンミョウの強みである機動力を全く生かすことができない。現に残存の二匹も目前にアヤセが駆け寄って来るにも関わらず、お互いの身動きを阻害しあい有効な手を打てずにいる。
走りながらアヤセは刀を抜き付け、一匹のハンミョウの頭部を刎ね飛ばす。そして間髪入れずに振り返りざまの袈裟斬りでもう一匹の胴体を斬りつけ、更に頭部への諸手突きを送り込みトドメをさした。
「す、すげえ……」
敵に反撃の隙を与えず、一時で全てが片付いた。ギードはその手際に感嘆の声を漏らす。
「この旦那方なら、もしかしたら……」
「上手い具合に敵が『黒雨の長弓』のスキルが活かせるように配置されていたのが幸運だった」
「これで第一階層はクリアか。それで、ここから先が第二階層になるのか?」
「そのようだ。先を急ごう」
二人は、洞窟を進もうとするが、未だギードがその場に留まっていることに気付く。
「ギードさん、案内は第一階層まででしたよね? まだ何か?」
「いえ……」
アヤセに声をかけられギードはしばし迷う素振りを見せるが、意を決してアヤセとホレイショに頭を下げ、話を切り出した。
「お願いします。あっしもご一緒させてくださいませんか?」
「どうしてだ? 戻ってまた、プレイヤー達に洞窟のありかを教えてやれば金が稼げるぜ」
「そうですが、あっしも洞窟の奥が気になりやして……。実は旦那方お探しのパーティーにもお願いしてみたんですが『足手まといはいらない』と言われ断られてしまいやした」
「ここから先のことを知らねぇのなら、案内料は払えねぇぞ。それでもいいのか?」
「構わねぇです。こちらからも是非お願いいたしやす!」
「ちょっと待ってくれ。……相棒、どうする?」
ホレイショがアヤセに同行の可否を小声で尋ねる。
「ギードさんがこれほど熱心に頼み込んでくるのには、何か訳がありそうだ。護衛も手が回りそうだし同行は構わないと思うが」
「そうか。おい、お前さん、自分の身はある程度自分で守ってくれよな。それで良いなら付いてきても構わねぇぜ」
「ありがてぇ! 自分のことは自分でやりやすから是非お願いいたしやす!」
こうしてアヤセとホレイショは思わぬ道連れを得て、先を急ぐのだった。




