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The end of the world online ~不遇職・アイテムマスター戦記~  作者: 三十六計
第一章_王都へ

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10/108

10_オーダーメイド

 この日の午後になってから、マリーからログインした旨のメールが返ってきた。アヤセは待ち合わせで指定されたカフェのような店でマリーの到着を待っている。 

 

 (このままでは、マリーさんは、いずれあいつらに使い潰されてしまうだろう。そうならないため、打てる手は打っておきたい)

 

 店内のテーブル席に座り、アヤセは思う。

 そうこう考え事をしていると、マリーがやってきた。心なしか服装に乱れが見られ、表情が暗く、テイムモンスターも連れていない。傍から見ても疲労が蓄積している様子が窺える。


 「遅くなってしまってごめんなさい。待ちましたか?」

 「いいえ。今来たところです。こちらこそ、お忙しいところ時間を下さいましてありがとうございます」


 マリーはアヤセのテーブル向かいの椅子に腰掛ける。店員に注文した飲み物が運ばれて来るまで二人は無言で待っていた。

 程なくしてハーブティーがテーブルに置かれる。この世界では、茶葉やコーヒーは未だ流通していないようで、お茶と言えばハーブティーが主流である。昨日、クラン「ビースト・ワイルド」で接客時に出されたのもローズマリーティーだった。


 「あの後、納品は無事に済みましたか?」

 「ええ、ストックが少しあったので、何とか間に合いました。でも、次の納品の数を増やすように言われて、今から作業に取りかかっています。済みません、ご飯はしばらく行けそうにありません」

 「食事は、いつだって行けますから、気にしないでください」


 (ここに来て、ノルマの上乗せか。「王室御用達」のお墨付きも、いよいよ手が届きそうなところまで来ているのかもしれないな)


 「それで、今日マリーさんにお会いしてお話したかったのは、二点ありまして、まず、一点目については、こちらを見ていただいた上で、話を進めさせてください」


 アヤセは、一枚の画像をマリーに見えるように画面に呼び出し、更にインベントリからセーターを取り出して、テーブルの上に置く。


 「! これは……」

 「まずは、画像ですが、昨日、クラン『ビースト・ワイルド』の店舗で撮影したものです。どれも一着二万ルピア以上の高値が付けられていました。……ここに載っている服全てを作製したのは、マリーさん、あなたですね?」

 

 品物に付されている高額な値段を目にしたマリーは、驚いた表情を見せたが、やがて無言で頷いた。

 アヤセは確信していたが、あの時馬面が自慢げに語っていた「当クラン一押しの職人」とは、何てことのない、「外奴隷」として囲っているマリーのことだったのだ。


 「値段を見て、驚かれましたか?贈答用で趣き重視と希望したら、画像のカタログの商品を提示されました。こんな高値の服を連中は一体いくらでマリーさんから買い取っているのですか?」

 「そうですね……。いつも、五百から千ルピアくらいが多いと思います」

 「場合によっては、材料費を天引きされ、赤字になることもあるのでは?」

 「はい、そうです……」


 (最低でも仕入れ値の二十倍以上で販売するなんて、あこぎでやり方が強引すぎる。とてもではないが、これは「転売」の一言では片付けられない問題だぞ)


 アヤセは、生産職を悲惨な労働条件で囲い込み、とてつもない暴利を貪るクラン「ビースト・ワイルド」に対し、嫌悪感を募らせる。


 「アヤセさん、あの、このセーターですが……」

 

 マリーは、テーブルの上に置かれたセーターについて、アヤセに尋ねる。


 「とても良いセーターですね。価値が5もある。連中の店で購入しました。絵柄を見て、マリーさんが作ったものだとすぐに分かりましたよ」

 「それは、私が初めて作った価値5の服です。お気に入りで取っておいたのですが、あるとき、納品が間に合わなかったことがありまして、数を揃えるために取り上げられてしまいました」

 「酷いことをする……!」

 「これは、いくらで売られていたのですか?」


 本当のことを言うかアヤセは迷う。だが、マリーは真っすぐな目でアヤセ見て言う。


 「知りたいです。是非、教えてください」

 「……三十ルピアです」

 「そう、ですか」


 マリーは、ひどく気を落としたようだった。自分が大切にしていた物を奪われ、しかも価値無しと見なされ二束三文で売られていたら、誰だってこうなるだろう。


 「マリーさん、この画像を見てください」


 アヤセは、再び画面に画像を呼び出す。


 =====================

  【防具・外体】ウサギとネコとカメのセーター 品質1 価値5 生産者:-

   耐久値 100 重量2 物 2 魔 2

   装備条件:なし 

   特殊効果:ハンドメイド品(転売ロックOFF)

   ポテンシャル( )…テイム率UP(大)

   ポテンシャル( )…テイムモンスターのステータス20%UP

   ポテンシャル( )…テイムモンスターの画像撮影時のポーズパターン増

 =====================


 「ポテンシャル?」

 「セーターを自分のスキルで鑑定した結果です。これは、決して三十ルピアで売る物ではありません。商品の本当の価値に気付かない連中の目は、節穴もいいところです」

 

 アヤセは言葉を続ける


 「三つ提示されているポテンシャルのうち、アイテムマスターである自分は、ランダムでこの中から一つ付与することができます。いくつか他にもアイテムや装備品を鑑定してみましたが、大体、一つか二つは無意味かマイナスの効果が付くポテンシャルがついています。しかし、セーターには、少なくてもマイナス効果が無いのです。これがどれだけ凄いことか、アイテムマスターの自分には、身に染みて実感できます。マリーさん、ポテンシャルを付与しても良いですか?」

 「は、はい? じゃあ、お願いします」


 ポテンシャルについて、理解が追いついていなかったマリーであるが、付与を承諾する。返答を受けアヤセは、セーターにポテンシャルを付与した。


 =====================

  【防具・外体】ウサギとネコとカメのセーター 品質1 価値5 生産者:-

   ポテンシャル(1)…テイムモンスターのステータス20%UP

 =====================


 ポテンシャルが付与されたセーターを、マリーへプレゼントとして送る。


 「えっ? これは?」

 「付与されたポテンシャルは、『テイムモンスターのステータス20%UP』でした。受け取ってください」

 「で、でも、これは、アヤセさんが買った物ですし……」

 「いいえ、連中から『取り戻した』物です。ですから、本来の持ち主にお返しします。これはマリーさんが持つべきです」

 「……ありがとうございます。本当のことを言いますと、このセーター、もう戻ってこないんじゃないかと思っていました。でも、アヤセさんが取り戻してくれて、それに素敵なポテンシャルを付けてくれて、嬉しいです。これは、アヤセさんが私に贈ってくれたプレゼントだと思ってずっと大事にします!」


 (やっと、マリーさんが笑ってくれたか)


 アヤセは、表情が暗かったマリーに明るさが戻り、ほっとする。


 「これは、まだ自分が考えているだけの段階ですが、あらかじめ設定されるポテンシャルが決まる要因として、主にアイテム等の「価値」が影響しているのではないかと思っています。価値の高さは、『素材の★の数』や、『生産者の技能レベル』、『掛ける手間暇』により上下しますが、ポテンシャルの決定には、その中で特に、『掛ける手間暇』に重点が置かれているようにも感じられます。もしかしたら、マスクデータでそれに関する数値があるかもしれません。……話が長くなりましたが、つまり、セーターの優秀なポテンシャルは、マリーさんの裁縫師としての腕と熱意に拠るところが大きい、と言うことです」

 「そんな、大げさですよ」

 「自分は本気で言っています。おそらく、マリーさんが今までクランに納品した服も同じように優秀なポテンシャルを備えているはずです。それで、お話ししたいことの二点目なのですが、こんな素晴らしい服を作製するマリーさんの腕を見込んで、自分の防具類をオーダーメイドして欲しいのです。是非お願いします」

 

 アヤセは、先ほどマリーが自分に対し向けた眼差しのように、まっすぐに彼女の目を見て、オーダーメイドを依頼する。マリーは、アヤセの申し出に興味を示したようだが、すぐに顔を曇らせる。


 「お気持ちは嬉しいのですが、クランへの納品を優先しないといけませんので、オーダーを受けられません。ごめんなさい」

 「ブラック企業さながらにノルマを課し、報酬も安い。割高で粗悪な材料を売りつけた挙げ句、自分達は暴利を貪り、私腹を肥やしている連中の仕事をどうして、そこまでして受けるのですか?」

 「それは、借りているお金もありますし……」

 「連中が今になってノルマを上乗せしてきたのには、理由があります。クランは今、王室御用達のお墨付きをあと一歩で得られるところまで来ているからです。これは、クランの構成員から実際に聞ききました。マリーさんや他の生産職が身を削って作製した服があってこそなのに、あいつは、さも自分達の手柄のように得意満面で吹聴していましたよ」

 「……」

 「王室御用達のお墨付きは、クランの功績として評価され、名前は一躍有名になるでしょう。他人を犠牲にして得た名誉によって。……そんなことが許される訳はありません。絶対に!」

 「アヤセさん……」

 「連中は、目的のため、今以上に価値の高い服を、王室に納めなければならないはずです。特にマリーさん、あなたが作製する高価値の服が必要になってきます。背景が分かれば、打つ手は簡単です。マリーさんが『服を仕立てない』と言えば、連中はどうなるか……。王室に納品できる服の供給が停滞して困る訳ですから、力関係はこちらが上です。強気に出て、借金の帳消しだって交渉できるはずです」

 「……アヤセさんの言っていることは正しいかもしれません。でも、クランには、お世話になった面もありますし、それに借りているお金は、ちゃんと返さないといけない気がします」


 (甘いな。昔どれだけ世話になったとしても、今は借金漬けにされ、奴隷同然に扱われているならば話にならない。奴らは、マリーさんの優しさや真面目な性格につけ込んで、服を作らせているに過ぎないのに。……だけど、そこがマリーさんの良いところかもしれない)


 アヤセは、話の方向を少し変えてみることにする。


 「いずれにしても、借りているお金を返すならば、今のままでは難しいと思います。クランが直接買い取りを行っている以上、値段の決め方一つにしても向こうが有利になるからです。やはり両者が対等であってこそ『取引』と呼べるのであって、力関係が偏った状態は、強要や搾取でしかありません」

 「『取引』……」

 「ええ。マリーさんと自分で交わしたような、両者が納得した上での『取引』です。このような状態に持って行くためには、マリーさんが生産職として自立する必要があると思うのです」

 

(言うは易く行うは難し、だ。しかし、マリーさんには、それができる強みがある)


 「『自立』と言っても、露店や店舗を構えるということではありません。生産職として、マリーさんが支障なく活動できるようにすることを言っています。現状では、素材の調達や買い取りを全てと言っていいほどクランに依存して、更に借金まで抱えているかたちですから、『自立』には程遠いと思います。ですので、これらを全て解決する必要があります」

 「あの、『自立』について、私の活動が支障なくできることと言われましたが、それは具体的にはどういうことなのでしょうか?」

 「お答えする前に、一つお聞きしてもいいですか?」

 「はい、構いません」

 「マリーさんは、今現在、自身が作りたい服、納得できる服を作製できていますか?」

 「!!」

 「正直言って、クランの連中は、マリーさんのことを、安い労働力程度にしか見ていません。圧倒的に有利な立場で、マリーさんの意向お構いなしに作製を強要してくるだけです。自分は、連中のことを、優秀な裁縫師を自身の私欲のために使い捨てる害悪だと捉えています。もっと言えば、そのようなクランは、潰れてしまえばいいと思っているくらいです。いずれにしても、少なくてもマリーさんが、本来目標としていたことや作りたい服を作れるようになるには、一度クランとの関係を見直して、真っ当な『取引』ができるようにすることが重要だと考えます」


 マリーはそこまで話を聞き、目を閉じしばらく考え込む。アヤセに言われたことに心当たりがないか、今一度思い返しているのだろう。やがて、目を開け、考えを口に出すように話し出す。


 「私の目標は、『自分だけにしか作れない服を仕立て、気に入ってくれた人達に着てもらうこと』でした。始めは、思うように作れなくて、誰にも評価してもらえず、落ち込んだこともありました。生活費や素材費が無くなりかけた時に、シノブさん達に声をかけてもらい、初めて自分の服が褒めてもらえたのです。それがきっかけで、仕立てた服をクランに買ってもらうようになりましたが、最近は納期や納品の数が以前より厳しくなったと感じているのも事実です。私の目標を思い返していたら、確かに今のままでは、上手くいかないと感じます。でも、お世話になった上にお金も借りているクランですから、私が物事を言うのも申し訳ないと思いますし、収入は、クランからの買い取りしかありませんので、もし、それが無くなったら生活もできません。……私には、どうしたらいいか分かりません」

 「一番良いのは、先ほど言いましたとおり、服の生産停止を交渉のカードにすることでしょう。ついでに、シノブ達のハラスメント行為も運営に通報されたらクランにとって面倒なことにもなりかねませんので、これも交渉材料として有用だと思います。……昨日のやり取りを動画で撮影しました。何も言わず、今になって言うのも申し訳ないのですが。これを通報したら、シノブ達は厄介な状況に置かれるでしょうね」

 

 運営への通報動画は、一度送信するか、送信せず一定期間保存しておくと自動消去される。今は、撮影した動画を運営に送らずそのまま保存している状態だ。


 「私は、そこまでしなくても良いと思います」

 「はい、マリーさんが事を荒立てたくないことはお話を聞いて分かりました。そうなりますと、次にやることは、借金の全額返済です。これがあるために、クランはマリーさんに強く出ている面がありますし、マリーさんが負い目を感じている原因だと思います。あと、取引は直接を避けて、手数料等の問題がありますが、『オンラインショップ』を介して行う等の措置を取れば、万一クランが買い取りをしなくても、他のプレイヤーなりクランが購入する可能性もあるので、値段の設定権もある程度こちらにあると言えます。まぁ、取引方法は他にもあるかもしれませんが、『自立』と言えるようになるには、借金の完済は絶対の条件です。ちなみに、マリーさんの借りているお金は全額でいくらほどなのでしょうか?」

 「正確な額は分かりませんが、いつも十万ルピアと言われていますので、それくらいではないかと……」


 (正確な額なんて連中も把握していまい。おそらく大雑把に吹っ掛けているだけだろう。実額も、十万ルピアあるかどうかも疑わしいな)


 「正確な金額を把握することは大事ですので、相手の口から確実な金額を聞き出すことは必須です。それで話が戻りますが、オーダーメイドの件について、今すぐにお願いしたいと言う訳ではありません。お時間がある際に仕立ててもらうかたちで構いませんので、もう一度考え直していただけませんか?」

 「そうですね……。今の状況が落ち着いたらで良いのでしたら、お受けします」

 「そうですか! ありがとうございます! オーダーの詳しい内容は、後ほどの段階で詰めるとして、先に手付け金も兼ねて前金を渡しておきますね。はい、十万ルピアです」


 アヤセはマリーの目の前に十万ルピアインゴットを差し出す。


 「え!? な、何ですか! こんな大金、素材費用を入れたって多過ぎですよ! それにどこで、これほどのルピアを手に入れたのですか? まさか! あんなことやこんなことして!?」

 「ユニークボスの撃破やクエストクリアの報酬で手に入れました。マリーさんが何を想像されているか分かりませんが、怪しいことで稼いではいないので御安心を。防具類は頭から靴まで一式を依頼したいと思っています。前金だけでは、店舗での販売額より不足してしまいますので、素材は持ち込みの上で、足りない分は後払いでお願いできればと思います。十万が自分のほぼ全財産ですので、ひとまずは前金と言うことでお願いします」

 「私の服の値段は、クランで勝手に決めているだけですし、それに、アヤセさんからこんな大金を受け取れません」

 「自分も、連中の店で初めてあの値段を見た時は、少し高いと感じましたが、ポテンシャルのことを考えると、妥当だと思うようになりました。近い将来、マリーさんが有名になって、オーダーメイドを依頼するにも予約が一杯、という事態になるかもしれません。これは、自分が服を仕立ててもらう順番を前金で予約して、マリーさんには、自分の服の作製を優先してもらうという将来を見越した『取引』と言えます」

 「うーん。でも、そんなに予約が埋まるとも思えないのですが……」

 「皆がマリーさんの腕に気付き始めたら放っておかないと思いますよ。それと、この前金は、丁度()()()()()ですので、何かと使い途があるのではないでしょうか?」


 アヤセの話を聞いて、マリーが何かに気付いたような顔をする。


 「だから『取引』なんてことを……」

 「お互いにメリットあると思いますので、提案させていただきました」

 「メリットは、私の方が多いのに。出会ってから助けてもらってばかりで、私もアヤセさんのために何かお役に立ちたいです。分かりました。『取引』をお受けしますが、条件があります」

 「条件を伺ってもよろしいですか?」

 「はい、まずは、依頼は前金のみ、十万ルピアでお受けします。それ以上の追加料金はいりません」

 「……マリーさんがそれで良いのでしたら、提示された金額でお願いします。他に条件はありますか?」

 「ええ。もう一つは……」 


 急にマリーがもじもじし始める。


 「アヤセさんと今度どこかにお出かけしたいです。食事の約束もありますが、それ以外に一緒にお出かけもしたいです!」

 「素材採取、でしょうか?」

 「そうじゃなくて! デー……、い、いや! 二人にとってどこか思い出に残る特別な場所になりそうなところに行く的な? そう! 私達の思い出になりそうな『特別な場所』に連れて行ってください!」

 「いきなりそんなこと言われましても……。『特別な場所』ですか。そうですね……」


 アヤセは考え込むが、すぐに心当たりを思い出す。


 「それでしたら、白パン! マリーさんはあの白パンを『珠玉の逸品』と言って絶賛していましたね? 実は、あれは店で販売している物ではないので、今度作っている人にまた分けてもらえないか頼んでみようと思っていたところです。そこへお連れしますので、マリーさんの分も分けてもらえないか交渉してみるというのは、いかがでしょうか?」

 「白パン? 確かに欲しいと言えば欲しいですけど……」

 「では、そこにしましょう。自分とマリーさんにとって『特別な場所』になること請け合いです」

 「え、ええ、楽しみにしています(私、白パンに目が無いと勘違いされているようだけど、結果としてデートの約束ができたから、今回はこれでいいかな)」

 

 (マリーさんは、白パンが本当に好きだな。ゲンベエ師匠の鍛治場は、間違いなくマリーさんにとって忘れられない「特別な場所」になるぞ)


 こうしてまた、二人の認識にズレが生じる……。


 この後、二人は雑談を交えつつ、今後について話を進めていった。

 そして、カフェで待ち合わせてから三時間ほど過ぎたあたりで、店を出て別れる。今、アヤセは、宿に帰る訳でもなく、街中を足の向くまま歩きつつ、今日の出来事を振り返る。


 アヤセは、クラン「ビースト・ワイルド」がそう簡単にマリーを自由にさせないだろうと懸念し、シノブ達との話し合いの席に同行することを申し出たがやんわりと断られた。


 「シノブさん達も話をすればきっと分かってくれると思います。それと、あまりアヤセさんに頼ってばかりでもいけませんし。だから、私一人で大丈夫です」

 「このような場合は、遠慮なさらず、頼ってもらって構わないのですよ。連中に話が分かるとは正直思いません。きっとマリーさんは嫌な思いをすることになります」

 「それでも、これは自分自身の問題ですから、今後私が、自立してやっていくためには、自分で対処しなければいけないと思います」

 「……マリーさんの決意が固いようでしたら、同行は見合わせます。ただ、最後に現金を渡す際は、必ず負債の金額を明確に示させること、運営への通報もあるかもしれませんので、話し合いの内容は、運営通報用の動画撮影か最低でも録音をしておくことをお勧めします」

 「今日は、色々とアドバイス、ありがとうございます。少しだけですが、物事が上手く行きそうな気がして来ました。私、頑張ってみますね。結果は後でお知らせします」


 ―――最後は、そのような会話をしてマリーと別れた。マリーは、クランからの自立を目指し、問題解決に向けて行動を起こそうとしている。しかし……。


 (間違いなく、マリーさんの試みは失敗する。クランの連中が、王室御用達のお墨付きがかかっている大事な時に、これ以上ない最高の金づるを絶対に手放す訳はない。マリーさんの意思を尊重して送り出すかたちになったが、果たしてこれで良かったのだろうか?)


 街中をぼんやりと歩きつつ、アヤセは、マリーを連中のもとに一人で行かせた自分の判断に、間違いが無かったかと何度も問い返すのだった。



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