01_追放
ここは、とあるダンジョンの最下層。フロアのセーフティーゾーンで、四人の男女が休憩をとっていた。
この男女四人組は、いずれも黒を基調にした最高級品の武器・防具に身を包み、左腕に黒バラを刺繍した記章をつけているため、トップクラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」に所属していることが一目で理解できる。
「それで、新しいスキルの内容を聞かせてくれますか?」
「はい、アイオス副長……。副長が言われたとおり、基礎レベル20で出現したスキルを取得したのですが、それがどうも変でして……」
「アヤセ君、今更、君が変じゃ無いことなんて無いでしょう? 前置きはいいですから、早く説明してください」
苛立った男が、説明を促す。彼の名はアイオス。クラン「ブラックローズ・ヴァルキリー」の副団長である。金髪、耳長で整った容姿から、キャラクター作成でエルフ種を選択したことが分かる。眼鏡をかけ、その奥から他者を見下すように向ける視線は、本人の中性的で美しい顔立ちも相まって、酷薄さを物語っていた。
「済みません、副長。自分が習得したスキルは【換骨奪胎】というものでした。副長が言われていたものと違うようですが、習得スキルは取得するようにとのことでしたので、取得しました」
「かんこつだったい? 聞いたことはありませんね」
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【換骨奪胎】(アイテムマスター専用スキル)
戦闘中における参加者の装備品の回収・返還(変換)権限を有する。
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「うっわぁー! イミフなスキル! さすが、アイテムマスター(笑)ってカンジだねー!」
「戦闘中に味方の装備品を受け渡しするスキルかぁ? 確かに意味わかんねぇが、ダメスキルの予感がビンビンするぜ!」
アヤセの新スキルに対し、それぞれ感想を言ったのは、ヴァンガード・レンジャーの猫型獣人なるるんと大魔導師の人類種クリードだ。二人とも「ブラックローズ・ヴァルキリー」の幹部である。
「【良性付与】ではなく、別のスキルとは……。期待していたものと違いますが、とりあえず検証してみますか。アヤセ君、これから適当にモンスターと戦いますから、君はいつも通り、私たちの後ろに隠れてスキルを発動してみてください」
「えー、検証するの? メンドーなんですけどー? それより早くやっちゃわないー?」
「なるるんさん。幹部でいたければ黙って私の指示に従ってください」
アイオスの言葉になるるんは、フーッと頬を膨らませて反抗の意を示したが、それ以上何も言わなかった。クリードも億劫そうな態度を見せたものの、黙って従うつもりのようだった。この二人は、アイオスによって幹部に推薦された経緯があることから、彼に対し頭が上がらないところがある。
一行は、セーフティーゾーンから出て、程なくモンスターと遭遇し戦闘に入る。このダンジョンのモンスターの強さは、アヤセ以外の三人にとって余裕で対処できる程度である。
「それでは、なるるんさんは、回避で時間を稼いでください。アヤセ君は新スキルをクリード君に対し発動してください」
「ハイハイ、リョーカイ!」
「さっさと済ませろよアヤセ! こんな面倒なことなんて、さっさと終わらせちまおうぜ」
アイオスの指示でなるるんは、前面に躍り出てモンスター、ダンジョンスパイダーに得物のクローで軽く攻撃を加える。こうして敵のヘイトを集めた後は、ひたすら回避に専念して検証の時間を作り出した。
その間に、アヤセは新スキル【換骨奪胎】をクリードに向けて発動する。スキルは、クリードの武器又は防具を選択し、それを自分のインベントリに回収できるようだった。
「副長、新スキル発動しました。クリードさんの武器と防具のうち、インベントリに回収するものを選べとのことです」
「分かりました。何でも構いませんので、一つ回収してみてください」
アヤセは、クリードのメイン武器を選びそれを回収する。すると、クリードが手に持っていたロッドが光った瞬間、その手から消えて無くなった。
「おわっ! 何だ? ロッドが消えちまったぞ!?」
「インベントリを確認してください」
「ロッドのインベントリ回収を確認しました。ちなみに、武器のポテンシャル付与もできるようです」
「バカ野郎! テメェ止めろ! 俺のロッドに、糞ポテンシャル絶対付けんじゃねぇぞ!!」
「ポテンシャル付与は結構です。あと、他の装備品も回収できそうですか?」
「できます。一回につき一個ずつのようですが、制限は無いようです」
ここまで聞いて、アイオスは、無駄な作業に時間を費やしたことを後悔するようにため息をついた。
「もういいでしょう。武器を返還してください。雑魚も片付けて」
その指示を受け、なるるんは、あっさりとダンジョンスパイダー三匹をクローで引き裂いた。同時にアヤセも回収したロッドをクリードに返還する。
「ったく。変なポテンシャル付いてねぇよな」
クリードはブツブツ文句を言いながら自分の得物を確かめている。彼やなるるんは、アイテムマスターという職業に対して特段嫌悪感を抱いており、実験とはいえ、自分の大事な武器を軽蔑して止まないアイテムマスターの手に渡らせたことに不満を持っているようだった。
「大方、予想した通りでしたね。新スキルの性能は。……今日はこの辺でいいでしょう。ホームへ帰還します」
そう言ってアイオスは、再度ため息を漏らす。
「済みません、副長。目当てのスキルが取れなくて」
アヤセは、失望の様子を見せるアイオスに謝罪する。
今回、ダンジョンに潜っていた目的は、アイテムマスターが基礎レベル20で習得する新スキルを得るためのレベリングであり、そのためにクラン幹部のアイオス、なるるん、クリードの三名がアヤセに同行していた。道中の戦闘は、ほぼこの三人が受け持ち、生産職のアヤセは後方で身を守るだけのいわゆる「寄生プレイ」によって経験値を稼いだ。トップクランの幹部がわざわざ三人も同行し、レベリングに付き合ったことは、アヤセの新スキルに期待を寄せていた証であったのだが、結果としてそれに応えられなかった事実に、アヤセは、申し訳なさを感じるのだった。
「いや、いいのですよ。期待していた私も馬鹿でした。貴方にそんなことができる筈も無いのに」
結果を受け止めたアイオスは、遠慮もなくアヤセに言い放つ。こんな言われ方をしても、アヤセには罪悪感しか生まれてこない。それ程に今回の結果は、アヤセにとっても落胆するものであった。
「ところで、アヤセ君、ここに来るまでに、貴方、結構ダメージを受けていましたね。私たちが護っていたにも関わらずに。……ホームに帰る前に貴方がクランの備品に与えた損害を修復しておきたいので、私のインベントリに装備品を送ってもらえませんか?」
アヤセが現在装備している装備品は、全てクランの所有物である。普段は作業場に籠りがちなクラン所属の生産職は、強力な武器・防具類を持つ必要もなく、レベリングや素材採取の際にクランから借り受け、使用後に返還する方法を採ることが多い。アイオスは、クラン副団長の地位に就いているが、同時にクラン生産職の統括も務めており、自身の職業も生産職である(基礎レベル自体は高いので、戦闘職には劣るものの今回のダンジョンに出現するモンスター程度なら敵ではない)。装備品の耐久値の回復もフィールド上やダンジョンで行えるため、アヤセは、過去レベリング等に同行した折に、何度か途中で装備品を渡し耐久値を回復してもらった経験があった。そのため、今回も何も疑いを持たず装備品を全て初期装備品に変更し、今まで装備していたものをアイオスのインベントリに送ってしまった。
「はい、結構ですよ。全く、何もしていないのに耐久値が結構減っていますね。本当に貴方は、役に立たない。本当に貴方は、価値もない」
=クランアナウンス=
アヤセさんがクランから脱退しました。
=パーティーアナウンス=
アヤセさんがパーティーから脱退しました。
突然流れるアナウンスにアヤセは理解が追い付かなかった。
「えっ!? 脱退って?」
「分かりませんか? 貴方を私の副団長権限でクランから脱退させたのですよ。まぁ追放ともいいますが」
「だからぁ、検証なんかしなくて最初からこうすればよかったのに~」
「そのとおりだぜ。それにしても、今のお前の顔、ホント、ウケたぜ! ダッセェ!」
「キャハッハ! それ言っちゃかわいそうよ、クリード。でも、こいつのアホ面見てると、たしかにそう思うわよね~☆」
なるるんとクリードの哄笑を聞き流すアヤセであるが、自然と疑問の言葉が漏れる。
「なぜ……、何故ですか?」
「何故って? 決まっているでしょう! 貴方がアイテムマスターとして、いや、プレイヤーとして無能だからですよ! 私たちのクランは、屈指のトップクラン! 今後の攻略において優秀な生産職の存在は必要不可欠! 貴方のような低レベルの無能がっ! 必須のスキル一つも取得できないようなクズが! のうのうと私達のクランで無駄飯を食らうことが許されるはずがなーーーーーーーーい!!!……って訳です」
「そんな……。そんなのって……」
アヤセは口惜しさと怒りと悲しさで、うまく言葉が出てこない。
確かに自身でも、低レベルで周りの団員の期待に応えられないのに、トップクランに籍を置いていたことに対して後ろめたさを感じていた。だからと言って無能と罵られ、こんなダンジョンの最下層で装備まで取り上げられて、追放されるなんてあんまりじゃないか!
「ま、言いたいことは以上です。今まで貴重な時間を浪費させてくれてありがとう。アヤセ君。授業料として君のクランに保管してある、私物とルピアはいただいておきますよ。例えゴミクズ程のものにしてもね。ああ、それと二人から貴方に餞別があるそうですよ」
「今までお疲れさまぁ~☆ ゴミアイテムマスター(笑)くん。これでお別れだねっ。全然悲しくないけどぉ~」
なるるんの嘲りの声が聞こえたかと思うと、衝撃がアヤセを突然襲った。そのあまりの強さに思わず膝をつく。
「あんたがポテンシャルを付与したクローだけど、何これ? 『刺突及び斬撃ダメージ値70%ダウン、打撃ダメージ値50%アップ』って、武器の特性殺してマジ使えないんですけどー」
なるるんが膝をついたアヤセの前に立つ。先ほどの衝撃は、彼女の攻撃によるものだったようだ。クラン備品のクローを手に、アヤセを見下ろしている。
「何で、アイテムマスターなんて職業があんだろうな。ネタ職にもなりゃしねぇ。ま、たまにはこんな面白装備もできるけどよ」
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【武器・ロッド】緑光の魔導杖 品質3 価値1
耐久値 125 重量5 斬1 突1 打3 魔15
装備条件:INT 10以上
特殊効果:植物魔法威力アップ(極小)
ポテンシャル(1)…生殺し(通常攻撃時HPを0にしない)
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「こんな性能、ロッドじゃ使えねぇと思っていたけど、あらら不思議、思わぬところで役に立ちましたと、さっ!」
クリードは、ロッドでアヤセを殴りつける。なるるんの攻撃で9割削られていたアヤセのHPは何度も加えられる打擲によって、とうとう1になってしまった。
「ははっ! ホントに生殺しだ! これならPKペナルティもつかないし、雑魚を嬲るには丁度いいぜ!」
「ちょっと、あたしにもやらせてよー」
「お前ロッド装備できねぇだろ? PKペナついてもいいなら、替わってやってもいいぜ」
「バーカ、PKペナなんかもらうつもりないし~」
アヤセは、何度も何度もクリードに緑色の杖で殴られる。実際に殴られるのと違い、痛みを感じることはないが、打擲が加わるたびに衝撃とそれによる行動障害が生じる。躱したり防御しようにも体が思うように動かせない。
「クリード君、いつまでやっているのですか。時間の無駄です。早く済ませますよ」
「へーい。分かりましたよ、副長」
「丁度いいのが来ましたね」
アイオスが目を向けた先には、音を聞きつけたのか、ダンジョンスパイダーが五匹近づいて来ていた。
「アヤセ君、これで本当にお別れです。本当は私達で君の息の根を止めたいのですが、皆PKペナルティを付けたくないので、始末は、モンスター達に任せます。死に戻ったら、早々にログアウトしてこのゲームから去りなさい。次に会ったときは容赦しません」
「何故、ここまでしなければならないのですか? 自分が必要ないなら、こんなことしなくてもそう言えばいいのに……」
「これから、生産奴隷がもっと必要になるわけ~。それでさ、うちのクランがゴミ生産職をクビにしているってウワサ立ったら、イイ奴隷も来なくなるでしょ~」
「正に『ブラック』だよな~。マジ笑えねぇわ。んでよ、お前がオレらの周りうろついてクランのこと悪く言うと厄介だから、心折ってリアルな意味で追放しちゃおうって思ったんだよな」
「二人とも口が悪いですよ。これは攻略のために必要な措置なのですからね。それでは、アヤセ君、ごきげんよう。永遠にさようなら」
こうしてアイオス達三人は、ニヤニヤ笑いながら、アヤセから離れていく。そして、それに応じるように、ダンジョンスパイダーがアヤセに近づいてくる。瀕死状態のアヤセは動きも緩慢で、逃げ切ることは到底できそうにない。
「本当は、スライムに溶かされるのも良いかと思いましたが、クモに体液を吸われるのも悪く無いかと。ゲームとはいえ、その辺リアルだと聞いています。トラウマを強く刻みこんでくれるでしょうね。フフフ……」
「副長ってアクシュミ~(笑)」
「やっぱ、一番の悪人は副長だよなー!」
アヤセは、遠ざかる声を聞きながら、這いずって必死にモンスターから逃げようとするが、無情にもダンジョンスパイダー達は、獲物を逃すまいとカサカサと不気味な音を立て近寄ってくる。その音や挙動は、ゲームとは思えないくらいリアルだ。
「くそっ! どうしてこんなことに! トップクランだからってこんな暴挙が許されると思うのか! あいつらめ。ゲームを辞めろだと? ふざけるなよ! 自分はゲームを辞めない! あいつらを同じ目に遭わせてやるまで絶対に辞めるものか!」
アヤセは、怒りをぶちまけるが、それと同時にクモの上顎が目前に迫り、身体を寄って集って噛みつかれ、やがてHPがゼロとなり、身体からテクスチャを辺りに散りばめて消滅した。