かっこいい
「本当、日本は平和な国ですね」
隣でサンドイッチをもぐもぐしている私を尻目に、ディークはポツリと呟いた。
「ほふひた?」
口に入れたまま話す私に苦笑いをしつつ、ディークはどこか遠い目をした。
「自分が望んで今の世界にいますが、日本にきて平和や平穏と言う単語を、久々に思い出しましたよ・・・ここでは、飢える事もいつ死ぬかもしれない恐怖もないんですね」
「・・・・・」
「すみません。一個人の感想、っふぐっっ!!」
いい終わらない内に、私はディークの口の中へサンドイッチを突っ込んだ。
「お腹がすいてるなら言えばいいのに。半分個するよ?ちなみに、私はいつでもあんたに殺される恐怖と隣合わせだけど?」
「・・・別に今の話ではありませんが?」
「えっ?そぅなの?」
ディークは呆れた顔をすると、軽いため息を漏らした。
「幼少の頃を少し思い出しただけですよ。よくある話です。孤児だった僕は人買いに買われるまで、施設で今日の糧も明日の命さえ不確かな中で生きて来ましたから」
「それで、今は殺し屋に?」
「想像通りだと思いませんか?その後、人身売買された僕は類い稀な能力を活かして暗殺者として育っていく、と」
「・・・」
私がじっと見つめると、ディークは肩をすくめた。
「か・・」
「可哀想なんて同情なんかしたら、この場で殺します」
そぅ言うと、ディークは何故か心底嫌そうな顔を向けて来た。
別に同情なんかするつもりはない。むしろ・・・
「かっこいい・・・。」
「はっ?」
「いや、だってさ、誰の力も借りず今の仕事?って言っていいのかは立場的に微妙だけど、世界有数の暗殺者にまでなったんでしょう?」
「・・・」
「なんかさ、すごい孤高の存在みたいじゃん!!」
「・・本当、貴女の頭の中はどぅなってるんです?花畑でも広がってるのか、一度開いてみたいと言う興味が湧きますね」
瞬きを数回繰り返すディークに、私は本能的に距離を取ろうと身体をのけぞらせると、勢いよく頭を左右に振った。
「いや、本当止めて!!自分がスプラッタとかシャレになんないから!」
「大丈夫ですよ。先程も言いましたが、貴女ともう少し居たいので」
にこりと微笑むディークに、引き攣った笑顔を返す。あーこれ、世の女性はキャーキャー言うやつだ。目の前には、いい男がいて殺し文句を言っている。あら、本物の殺し屋だったわ。
悲しいかな。ときめきたいのに現実が許してくれない。副音声で「今は生きている貴女と」って部分が自動再生されて怖すぎてときめけないよ。
青ざめている私をよそに、ディークはこてんと首を傾けた。あーくそう。どんな仕草も様になっている。怖いけど。
「しかし、かっこいいとは初めて言われました。大概が侮蔑的な反応か同情ばかりだったので・・どうゆう感性してるんです?」
「あんた、そんなに自分の出生の事誰かに話してんの?」
「別に隠す事でもありませんから。聞かれたら答えますよ。歴史と同じで過去にそうであった、と言う事実でしかありませんしね。さすがに依頼内容等秘密義務のものもありますが」
ずがん、と何かが胸を撃ち抜いた。
私は思わず、ガシっとディークの手を両手で思いっきり掴んだ。
「分かる!分かるよそれ!!」
「・・はい?」
突然の事で若干引き気味ではあるが、そんな事知った事ではない。
「私もあんたと同じ事思ってた!」
「・・・話が全然見えないのですが?」
「こっちは歴史の事実くらいにしか思ってなのに、何か勝手に可哀想扱いされたりしてさ、何か面倒臭くなって結局隠すと今度は腫物扱いされたりさぁ、私は今を生きてるんだからって言っても、あんまり理解されないんだよねー」
ディークは私が掴んだ手をやんわり外すと、目を細めてじっと見つめてきた。
「本当に話が見えないのですが?」
「えっ?だから私も孤児で同じ考え方してるって話」
ディークは僅かに目を見開いた。
「意外ですね。日本はてっきり平和な国だと思っていたのですが」
「そりゃあ、衣食住は最低限あったよ。命の危機もそうそうないし。そこは違うかなー。でも、日本だってやっぱり育てられなくて赤ちゃん捨てたり、虐待されて行き場を失った子供達はいるよ?」
「貴女は?何故孤児に?」
「知らない。親の顔も知らないし、私ハーフかクォーターみたいだから色々あったんじゃない?・・そう言えば、小学校の授業で、自分の名前の由来を発表する機会があったんだけど・・ははっ、あれにはちょっと困ったなぁ」
思い出して、苦笑いしながら頭を掻く。
「困る?」
「そー。赤べこみたいな施設長がいてね、その人に私の名前って何で命名したの?って聞いたら、目が青いから葵って名付けたんだよーって言うもんだから、授業で発表したら周りが静まり返っちゃってねぇ。おまけに次の日よく分からないスーツのおじさん達来てたけど・・あれ、今思うと行政の人だったんだなー」
後半はほぼ独り言のように呟いて、懐かしい思い出の蓋を開けて目を細めていると、何やら隣からディークが笑う気配がした。
「ふふっ、それはまた随分とまんまな名前ですね。確かに貴女の瞳は深い海色をしてます」
微かに声を出して笑うディークに、不覚にも恐怖意外で心臓が一度大きく跳ねた。
「わぁ、あんたって笑顔以外に笑うって出来たんだー」
「人を何だと思ってるんです?」
「えっ?殺し屋」
「・・・本当に一度殺しますよ?」
「・・・」
おー。今度は恐怖で心臓がちゃんと跳ねたわぁ。正常正常。
「でもさ、笑ってくれて嬉しいよ。せっかくネタみたいな名前の由来してるのに、誰も笑ってくれないし。というか、引かれる」
「・・・僕も普通の人の感覚かと問われると甚だ疑問ですが・・ただ、貴女の話を聞いた周りの反応は正常かと思いますよ?」
私は食べ終わった弁当箱を片付けると、すっくと立ち上がった。
「そろそろ戻る・・・あー!IDカードどうしよう」
頭を抱えかけた私にディークは呆れた声を上げた。
「そんなもの、トイレの前にでも落ちてた事にすればいいでしょう。無造作に上着のポケットに入れるなんてずさんな管理をしてるんですから」
「・・・」
おいこら。偉そうに言ってるが、擦るほうが悪いからな?
「とにかく戻るよ。あっ、お昼ご馳走さま」
「・・・」
背を向けて、その一歩を踏み出した瞬間だった。
「忠告です」
「えっ?」
振り向くと、ディークは一枚の写真を指で挟んでいる。って、それはっ!!
「この死体、殺したのはプロですよ。関わらない事をお勧めします。面倒な事になりますよ」
「やめてよ!いつの間に持ち出したのよ!人の仕事道具に触らないでよ」
私はディークからもぎ取る様に写真を奪い取ると、今度こそ背を向けて歩き出した。
やれやれ油断も隙もあったもんじゃない。さっきデスクに広げた写真をいつ持って来たんだか。
そんな事を考えていた私は、ディークの宣言通り、しっかりと面倒な事に巻き込まれるとは、この時の私は夢にも思わなかった。